第五十七話 現か夢か/世界の枢軸/彼女の策略
リオナとミルテ、ルシエはパドゥール家でまだ遊んでいくというので、俺は先に出させてもらうことにした。みんなと一緒に居るのが照れくさいというか、リオナの『幻界の霧』というスキルを使っている間に何が起こったのか、あいまいにしておいた方がいいと思ったからだ。
もう一回使ってくれても一向に構わないのだが――実際、夢を見ているときの俺たちはどんな行動を取っているんだろう。大人しく寝ているのに、夢の中がすごいことになっているだけなんだろうか。確かめたいような、怖いような、二律背反の葛藤に苛まれてしまう。
次の行き先は、ミゼールに元からある騎士団駐留地だ。そこに行く前にふと思い立って、久しぶりにギルドに立ち寄った。ずっと保留していたが、アッシュの商隊の護衛依頼を達成したので、報酬を受け取らなければいけない。
久しぶりにギルドの建物に入る。一階の半分を占める冒険者の酒場には、名無しさんとウェンディ、それにモニカさんの姿があった。
「ヒロト、今日はどうする? 私たちはいつでも出られるように準備してるわよ」
「騎士団の駐留地に行って、団員に模擬戦を見せることになってるんだ。たぶん、マールさんたちと戦うことになるんだけど……」
「み、見たいであります! お師匠様が大きくなってから、まだ戦いを見られてないのであります」
「小生もぜひ見たいな。騎士団の駐留地を見てみたいというのもあるけれどね……普段はなかなか足を踏み入れられない場所だ」
「うん、分かった。じゃあ、俺は依頼の報酬を受け取ってくるよ……名無しさん、ミコトさんはどうしてる?」
「彼女なら、アンナマリーさんという女性に呼ばれていたけど……彼女もヒロト君の家に泊まっているそうだね。ミコトが羨ましがっていたよ。今日にでも宿を引き払ってしまおうか、と小生に持ちかけてきたりしてね」
(そ、そうか……まあそうなっても無理はないけど、今のミコトさんと名無しさんと、ひとつ屋根の下で一緒にとなると……)
二人とも積極的に俺との触れ合いの時間を作ろうとしてくれるので、必然的に……ということになる。そうなると夜が楽しみになって……くっ、だんだん考えが安易になりつつある。女性はムードを大事にするものなんだ。泊まりに来たからって、関係が確実に進展すると思ってはいけない。
「そうなると、私もヒロトの家にお邪魔してもいいかなって思うんだけど……ふふっ、ヒロトったらひどいわね、そんな困った顔して」
「い、いや、全然困ってないよ。じゃあ、母さんにも言っておかないとな」
「本当? レミリアには私から言ってもいいけどね。ヒロトがもてても、あまり焼き餅とか焼いてないみたいだし」
「むしろ、レミリアお母様は、うれしそうだったのであります。い、いえ、私はお師匠様の弟子ですから、女性としては数に数えられてないでありますけど……」
「そんなことはないよ。小生のように仮面をつけていても、母君はヒロト君をよろしく、と言ってくれたからね」
「母さん、いつの間に……い、いや、ありがたいけど、後から聞かされると照れるな……」
名無しさんは二人と顔を見合わせて笑う。相変わらず俺達のパーティは仲が盤石だが、その結束がさらに上の段階に入りつつある。
「今思ったんだけど、旦那さんが一人に奥さんが三人のパーティって、他にあると思う?」
「も、モニカ姉ちゃん……俺もそれを考えてたけど、なんか俺、恵まれすぎてて申し訳ないよ」
「……そこで恵まれている、と言ってくれるだけでも、喜んでしまうのが女の性だね」
「本当ならもっと焼きもちを焼くかもしれないでありますが、モニカさんと名無しさんなら、私はずーっと仲良くできると思うのであります!」
「ええ、本当にね。誰かがヒロトを独占しようとしたら、その時は私もヒロトを狩りに行くけどね」
「その時は俺はあっさり狩られるよ。モニカ姉ちゃんには、今も昔も頭が上がらないし」
冗談っぽく言いはしたが、モニカ姉ちゃんはすごく嬉しそうだ。これは近々、本気で狩猟されるかもしれない。
そしてウェンディと名無しさんも泊まりにくるという話が出てからずっと笑顔だ。その期待を裏切らないために、俺に何ができるか――人生のパラメータを、甲斐性にも全振りしていかなくては。
ギルドの受付カウンターには、シャーリーさんの姿があった。最近はアッシュブロンドの髪を、左右のサイドで髪をおさげにしている――それもまたよく似合っている。
彼女は俺を見るなり、小さく手を上げてくれる。俺も手を上げ返すと、笑顔で答えてくれた。
(接したことは少ないけど、かなりよくしてくれてるよな……)
俺はシャーリーさんが風邪を引いて受付嬢の仕事を休んでいたとき、モニカ姉ちゃんたちと一緒に見舞いに行ったことがある。そのときの出来事が縁で、俺は彼女と二人のときは、『お姉ちゃん』と呼ぶようにとお願いされていた。
――今となっては、俺の姿が大きく変わってしまったが。それでもシャーリーさんは、モニカ姉ちゃんたちから聞いていたのか、俺だと分かってくれた。
「こんにちは、ヒロトさん……本当に大きくなられましたね。もう、立派な大人です。私の方が、年下なんじゃないかと思ってしまいます」
「いや、シャーリーさんは俺にとってはお姉さん……」
と言いかけたところで、シャーリーさんは微笑んでいながらも、ぴくっと反応する。
そう――彼女は俺と二人で話しているときは、『お姉ちゃん』と呼ばないと拗ねてしまうのである。モニカ姉ちゃんたちも一緒のときは、そんなこともないのだが。
「え、えーと……『お姉ちゃん』だよ」
「はい、ヒロトさん。ああ……やっぱりいいですね。ヒロトさんに一週間に一度はそう呼んでもらわないと、体調が優れないんです」
いつも元気に見えるシャーリーさんだが、実は身体が弱くて、よく風邪を引いている。兄であり、ギルド長のリックさんはいつも妹を気遣っていて、とても仲の良い兄妹だ。あの無骨な兄と可憐な妹で、似ても似つかなかったりはするのだが。
「シャーリーお姉ちゃん、報酬をお願いできるかな。すぐに必要ってわけでもないんだけど、貰っておかないと忘れそうだから」
「ヒロトさんはさすがですね、山賊を倒した上に、首領を仲間に引き入れてしまうなんて。ポイズンローズは公女を誘拐しようとしたという偽情報が流れていましたが、真相を聞いて驚きました。グールド公爵が、謀反を企てていたなんて……」
「何とか、その企ては止められたよ。それで、俺の立場も色々変わったんだけど……根本的な部分は変わってないからさ。これからも、ギルドにはお世話になるよ」
「おう、お前らが抜けたらうちのギルドの屋台骨が折れちまうからな。シャーリーだって、ヒロトが居ねえときは毎日ヒロトヒロトって……うぉっ、おめえ、よく見たら何かでかくなってねえか!? 最近の子供の成長期ってすげえな!」
「もう……兄さんは恥ずかしいので出てこないでください。事情があるに決まっているじゃないですか」
「む、むぅ……つれなくするなよ。俺だってヒロトたちが帰ってきて喜んでんだぜ? 今からでも飲みてえ気持ちだよ。まあ、ヒロトのパーティの奴らには奢らせてもらったがよ」
モニカ姉ちゃんたちを見やると、杯を上げて『ごちそうさま』と言わんばかりだ。ちゃっかりしてるな……まあ、リックさんが冒険者におごるのは良くあることなんだけど。
「騎士団が砦を増やそうとしてるってのも聞いたよ。こいつは軍事特需ってやつだな……砦の建設要員も、ギルドで募ることになった。割がいいから、人は結構集まるだろうな」
「それはありがたいです。少しでも早く砦を作れた方がいいと思うので」
俺が答えると、リックさんは不意に真面目な顔になり、カウンターから出てきて俺の首に手を回してきた。そして、周りに聞こえないような小さい声で話しかけてくる。
「魔王の話は聞いてる。おめえは何かやると思ってたが、まさか副王候補とはな……つまりは、ルシエ殿下が女王になられた暁には、おまえは『王』の称号を得るっていうことだ。そいつの意味がわかってるか?」
「え……ま、まだ、副王の話は確実に決まってはないけど。女王を補佐する役割ってことだよね?」
聞いてみると、リックさんは目を閉じて小さく首を振る。
「この国は、ジュネガン公国っていうだろ。それは、この国で王と呼ばれてるファーガス陛下もまた、『真王国』の王様の配下――つまり、『ジュネガン公』の地位を与えられてるってことなんだよ」
――真王国。この大陸の中心、ジュネガン公国北東に位置する国。
そのまるごとがゲーム時代は未実装であり、実態が見えない世界の中枢として存在していた。このマギアハイムでもその存在について聞くことはなかったが――考えてみれば、そうだ。この世界には『実装されていない』領域は存在しない。
「そして真王からすると、ジュネガン公国の女王と副王は、同じだけの権力を与えた存在なのさ。分かるか? 『副王』は、実質上この国の王様ってことなんだよ」
「っ……お、俺が……この国の、王に……?」
「ファーガス陛下はそこまでは説明してなかったのか。副王になれば、年に一度、真王国に参じる機会を与えられる。この世とは思えないほど、美しい場所らしいぜ……真王国の中心には、『世界の枢軸』と呼ばれる、世界が始まった時から存在していた高い塔があるらしい。Sランクの冒険者でも一部しか知らない、冒険者の究極の到達点と呼ばれる場所さ」
――冒険者の、究極の到達点。
ゲーム時代は片鱗すら見つけることができなかった情報を、リックさんから得られるなんて思ってもみなかった――しかし考えてみればそうだ。ステータスに載った『戦歴』の部分に、『ジュネガン公国の副王となる資格を得る』という、入手法すら知らなかった戦歴を得られた。それがフラグになったというか、ギルド長のリックさんに、俺に秘密を明かしてもいいという気持ちにさせたのだろう。
ぞくぞくと鳥肌が立つような感覚があった。『世界の枢軸』、その名称から想像するのは、この世界を創造した存在が関わっているということ。
そこが、女神のもとにたどり着くための鍵になるかもしれない。いずれ真王国に行くこと、そして世界の謎を解き明かすこと。ずっと見えなかった手がかりが形のあるものとして示された、そんな感覚があった。
「目の色が変わりやがったな……まったく、大したやつだ。本当は八歳なのに、心に見合う分だけ身体がでかくなったって感じだな。んなこと、普通は起こらねえと思うところだが、おめえは実際にやっちまってるからな……いや、それがいいことなのかどうかは、俺も微妙に引っかかるがよ」
リックさんは寿命のことを気にしてるんだろう。すごい察しのよさだ……俺はスキルをくれないからといって、男性の能力を調べなさすぎた。最強と呼べる存在は全て女性だと断言されても、それは強い男性がいないということではないのだ。
「兄さん……ヒロトさんを独り占めにしないでください。ほんとうは、みなさんも話したがっているんですよ?」
「え……お、俺と?」
「そりゃそうだ、おめえらはこのギルドの出世頭だからな。そのリーダーともなれば、おめえに憧れてこのギルドに所属したってやつもいるし、おめえと一度はパーティを組みたいってやつもいるんだぜ。まあレベルが違いすぎるから、俺のほうで止めてるがよ」
――やはり俺は、交渉術があるといっても、根底の人見知りが抜けていなかったようだ。いつもギルドに来ると、パーティのみんなと合流したところで安心して、他の人をよく見られていなかった。
酒場を改めて見てみれば、みんなが俺に注目している。男性も女性も、老いも若きも、気にせずにはいられないという目で俺を見ている。
もうずっと昔に思えるけど、ゲームの時もそうだった。ギルメンの居るフィールドに入って挨拶すると、俺が行くところに同行したいと言ったり、何でもいいから一日に一度は会っておきたいと言ってくれる人もいた。彼らの一部は、このエターナル・マギアのどこかに居るのだろうか――それとも、元の世界を選んだだろうか。おそらくは、後者なのだろうと思う。これだけ冒険を続けても、見つけられたのは三人だけだ。
それとも、この世界に馴染んでしまっているのか。俺の容姿も変わっているし、そうすると一生気づかないということもありうる。
俺の記憶力の中で唯一自慢できるのは、ギルメンの名前と職業、レベルと、ビルドのタイプを全て覚えていること。だから言い切れる、俺はギルメン二人にしか会えていないと。
「おめえくらい人望があれば、自分でギルドを作っちまってもいいんだがな。副王も、ギルドマスターも、どっちも多くの人間を束ねるってことに変わりはねえ。いや、最初におめえを見た時、こんな子供がって思ってたことを謝罪するよ。まあおめえだけが例外で、これから二歳の子供がギルドに入りたいって言っても、そりゃ断るがな。がっはっはっ」
リックさんは笑って俺の肩を叩くと、酒場に向かい、気分がいいからともう一度客全員に酒をおごる――俺は無茶しすぎないようにな、と思いつつ、酒代の半分を報酬から払っておくことにした。
「シャーリーさん、また依頼を受けに来るよ。その前に、少し大変になるかもしれないけど……ミゼールは、俺が守るから」
「はい。その前に……できれば、少しだけの時間でいいですから、また二人でお話できたら……」
「うん、分かったよ。シャーリーお姉ちゃん」
「……無理はなさらなくてもいいんですよ。でも、できたら……お願いしますね」
シャーリーさんは遠慮しているが、その期待は本物だ。仕事で話すときはほとんど感じさせないが、二人で話すときは、他のみんなには見せない顔を見せてくれる。
(子供の時と違って、その仕草を深読みしてしまうのは、良くない癖だけどな)
こんなことをしているから、一日中女の人と会ってスキル上げをするなんて生活になってしまっているのだと思う――やはり、気を引き締め直さなくては。
シャーリーさんはリックさんと同じ職業『ギルド職員』で、固有スキルを持っているのだが、もし俺がギルドを作るなら、シャーリーさんを引き抜ければ……と思ってしまう。リックさんに怒られそうなので、それこそ慎重に交渉していきたい場面ではある。
ミゼールに戻ってきて色んな役割を持っている人が集合してきたということもあるし、ギルドという形で、みんなが所属する先を作ってはどうだろうとも思う。パーティを作るだけではなく、正式にギルドを作った方が、受けられる恩恵も大きいからだ。
(そうか。家が欲しいと思ってたけど、ギルドハウスを作ればいいんだな……それも、かなりでかいやつを)
資産的には問題ないが、全てはリリムを倒してからだろう。町に残って守備につくメンバーと、古城探索に向かうメンバーを分け、魔杖を取りに行く。
ダンジョン攻略に最適な人数は六人とされている。ダンジョンの通路はそれほど広くないことが多く、前衛、中衛、後衛二人ずつが戦闘を行う上で最適とされているからだ。
今のところ考えている候補のメンバーは、このようになっている。俺は前衛から後衛までどこでもこなせるが、基本的には前衛に入るべきだろう。
前衛の候補はミコトさん、スーさん、マールさん、ウェンディ。
中衛がフィリアネスさん、アンナマリーさん。
後衛の候補は特に多く、ネリスさん、名無しさん、モニカさん。回復を考えるとサラサさんとアレッタさんのどちらかにも来て欲しいところだが――。
ダンジョン攻略という観点では、実は罠を外せる盗賊も重要だが、パメラのレベルで連れていくのはあまりに危険すぎる。今から育成して連れていくよりは、俺が盗賊スキルを上げた方が得策だろう――パメラとは後で、スキル上げに協力してもらえるかどうか、交渉の席につく必要がありそうだ。
クリスさんとジェシカさんも頼めば来てくれるだろうが、彼女たちには騎士団の指揮を頼むべきなので、今回は考えないものとする。二人とも非常に頼りになるが、戦力の配分を重視しなくてはならない。
護衛獣は別枠だが、ユィシアを守備の要とするか、それともついてきてもらうかが悩ましい。
(全員でダンジョンに行くことも考えられるが……魔剣の近くに、俺のパーティの仲間についてて欲しい。そのための戦力も、惜しんではいられない……俺がいないうちにリリムが来ても耐えられる編成は、やはり……)
ユィシアに残ってもらい、マールさん、クリスさん、ジェシカさんには守りの要になってもらう。前衛は俺とミコトさんで確定し、後衛は――いや。
今全て俺が決めてしまうのは尚早だ。みんなの意見も聞き、取り入れた方が迷いがなくていいだろう。
報酬の残額はパーティのメンバーに分配してもらった。俺は金貨一枚だけ貰っておくことにする。取り分がゼロだと、モニカ姉ちゃんたちが気にするからだ。みんなに酒をおごるのに使った、ということにしておいたが。
そして俺たちは、ミゼール南西にある騎士団駐留地にやってきた。二階建ての石で築かれた砦があり、すぐそばには騎馬の訓練をするための施設、兵士たちが腕を磨くための施設が併設されている。
ここにはエターナル・マギアのプレイヤーにとって、避けて通れない道である『藁人形』が置いてある。ゲームを始めたばかりのプレイヤーは、最初だけ騎士団の訓練場を利用できるのだが、そこで置いてある藁人形を延々と叩き続けて、レベル2まで上げないと外に出られないのである。さすがにそのシステムは、この異世界には存在しないが。
(チュートリアル、懐かしいな……藁人形を叩くのと、水が入った樽を押して運ぶやつがあるんだよな)
水が入った樽を押すほうの訓練は、ただ決まった場所を往復させるだけで、何の意味もないので『ある意味拷問』と言われていた。俺は三回キャラを作ったので両方の訓練をやったが、藁人形はボタン固定で放置すればいいだけなので、水樽を押す方も嫌いではなかったりする――と、懐かしんでいる場合ではない。
砦の中に入ると、青と赤の騎士団の兵士たちが整列し、俺を待っていた。
「「ジークリッド総指揮官殿に、敬礼!」」
青騎士と赤騎士の士官の人だろうかが号令をかけ、全員が剣を垂直に掲げて立つ。これが騎士団の儀礼ということか――というか、全員の武器が違うはずなのに、わざわざ剣を装備してきてくれたんだな。
「こ、このたびは、騎士団駐屯地にご訪問いただき、まことに……」
「お、来たねヒロト君」
領主の館から出た後、こっちに移動してきていたのだろう、クリスさん、ジェシカさん、そしてフィリアネスさんたちの姿もある。
――何か、マールさんの様子がいつもと違うような……朗らかに笑っているけど、そうか。
今日、騎士団のみんなに俺との戦いを披露するのはマールさんだからだ。
「みんな、ヒロト君が来るって言ったらすんごく緊張しちゃってさ」
「英雄の戦いを見られるとなれば、若い騎士団員にも良き手本となりましょう。彼女たちは、私たちの副官です」
号令をかけた女性騎士ふたりが恐縮している。騎士団員は7割が女性、3割は男性だった。ここにも女性が強くなりやすいという法則が適用されている。
だが男女を問わず、俺に対してもそうだが、クリスさんたちを見る目には尊敬と畏怖が込められている。ステータスを見る限り高くてもレベル25の彼らにとっては、騎士団長たちは憧れ以外の何物でもないのだろう。
「マールったら、ヒロト君が来たのにおすまししちゃって。らしくなくない?」
「ヒロトちゃんと戦える機会って、そんなに無いと思うから……というか、今日が初めてだから、さすがの私も緊張しちゃうっていうか……うぅ、これって騎士震い?」
「東方の国では武者震いというそうですね、そういうのは」
アレッタさんのツッコミを聞いて、騎士と武者は、国が違うだけで似た職業ではないかと思ったりする。そういえば『サムライ』のジョブもあるのに、まだ会ってないな……東方からこの国に来た人は、ミコトさんしか見たことがないしな。
「マールもヒロトと戦ってみれば、一段階殻を破ることができるだろう」
「ら、雷神さま……私の悩んでることについては、ヒロトちゃんに言っちゃだめですよ~。恥ずかしいですから」
「俺で良かったら、悩んでることがあったら相談に乗るけど……それとも、俺じゃ頼りないかな?」
「はぅっ……はぅ、とかもう言っちゃいけないお年ごろなのに。ヒロトちゃんは本当に、欲しい言葉をくれるよね~。クリスちゃんがめろめろになっちゃうのも納得っていうか……」
「まあめろめろだけどね。団員がいるところでは、私も威厳を保ちたいっていうかね?」
この二人は気心が知れているというのが良く伝わってくる。そしてジェシカさんが困惑した様子で咳払いをする――昔から、こういった関係性なのかもしれない。
「まったく……マールは本来、私の代わりに青騎士団長になっていたかもしれないのに。相変わらずというか、何というか……」
「まあ前代の団長に、間違えて『お母さん』って言わなければね。謹慎を食らうこともなかったのにね」
「そ、それはもう言わないで~! あんなに気にしてるなんて思ってなかったんだもん!」
女性の年齢の問題はデリケートだが、マールさんがフィリアネスさんに拾われた理由がそういうことだったとは……学校の先生に「お母さん」とつい言ってしまう事故に似ているが、騎士団においてはリストラの理由になってしまうわけだ。今は人事の若返りをしてるわけだから問題ないが。
「マールは私の可愛い部下だ。しかし、青騎士になっていた方が強くなっていたのではないか……と言われても、それは責任を感じるところだな」
「大丈夫ですよ、雷神さま。私、ジェシカちゃんと戦っても負けませんから」
「くっ……き、決めつけるのは良くないな。私はヒロト様には遅れをとったが、マール、おまえとはいい勝負ができると思っている」
「んふふ、じゃあ二人の手合わせはまた近いうちにね。よし、そろそろ外に出よう。中だと全員が試合を見られないからね」
クリスさんが言うと、団員たちが見張りを残して、ぞろぞろと砦の外に出て行く。しかし見張りの人も俺とマールさんの試合を見たいようで、少し残念そうにしていた。
晴天の空の下、柵に囲まれたグラウンド――もとい、野外の訓練場で俺とマールさんは向き合う。
俺が選んだ武器は、ジェシカさんの持つ訓練用の武器から借りた、『騎士のハルバード+3』だ。
しかしマールさんの持つ武器は、決して重量が軽いわけではなく、長さもある俺の武器が、細い棒に見えるほど巨大な鉄塊のようなメイスだった。マギアハイムでなければ、こんなので一発殴られたら即死である。
――しかし見た目以上に、マールさんの持つメイスは、凶悪以外の何物でもない性能を持っていた。
◆アイテム◆
名前:《磨り潰すもの》
種類:棍棒
レアリティ:レジェンドユニーク
攻撃力:84~252
空きスロット:4
装備条件:恵体80
・ターゲットの周囲に範囲ダメージが発生する。
・クリティカルヒット時にダメージ3倍。
・命中率マイナス20%。恵体スキルが100の場合は補正されない。
・回避率マイナス50%。恵体スキルが100の場合は20%に軽減。
(一撃必殺、本当にそんな武器じゃないか……防御を捨てて、攻撃に全振りか……!)
近接職の戦闘スタイルには手数を稼ぐタイプ、一撃を重視するタイプがあるが、マールさんのメイスは、アクションなしでは一人しか攻撃できず隙が大きいという弱点を、範囲ダメージで克服している。通常攻撃だけで複数の敵を蹴散らせるわけだ――当たりさえすれば。
しかし、俺は予感していた。マールさんは、この武器の性能を引き出せるからこそ、リスクのある部分を鑑みながらも敢えて装備しているのだということに。
◆ステータス◆
名前 マールギット・クレイトン
人間 女性 24歳 レベル52
ジョブ:ナイト
ライフ:1240/1240
マナ:204/24(+180)
スキル:
棍棒マスタリー 92
鎧マスタリー 83
騎士道 56
恵体 100
母性 78
不幸 10
アクションスキル:
インパクト(棍棒マスタリー20)
フルスイング(棍棒マスタリー30)
骨砕き(棍棒マスタリー40)
ダブルインパクト(棍棒マスタリー50)
スタンヒット(棍棒マスタリー60)
ブルータルレイジ(棍棒マスタリー70)
グラウンドデス(棍棒マスタリー80)
トリプルスター(棍棒マスタリー90)
敬礼(騎士道10)
授乳(母性20)
子守唄(母性30)
搾乳(母性40)
説得(母性60)
パッシブスキル:
棍棒装備(棍棒マスタリー10)
両手持ち(棍棒マスタリー80)
気迫(騎士道20)
峰打ち(騎士道30)
カリスマ(騎士道50)
鎧装備(鎧マスタリー10)
重鎧装備(鎧マスタリー30)
鎧効果上昇レベル3(鎧マスタリー70)
スーパーアーマー(鎧マスタリー80)
育成(母性10)
慈母(母性50)
子宝(母性70)
ハプニング(不幸10)
オークに倍撃
残りスキルポイント:142
(この人は……ボーナスがほとんど自動的に振られてない。ほぼ訓練だけで、これほど強くなれるなんて……)
個人の強さでは、ミコトさんより強い仲間はいない。そう思っていた俺の認識は、まるで誤りだった。
元々恵体に恵まれていたマールさんだが、見た目はおっとりとして優しそうですらあるのに、その身体は普通の人間の限界まで鍛え上げられている。マナが少ないという弱点はあるが、それも装備品で補っているようだ――彼女がつけているプレートメイルか、アクセサリーか。どちらにせよ、自分の長短をよく理解している。
そんな彼女が、何を悩むことがあるのか――いや、ステータスを見れば明白だろう。
彼女は、上位職に上がる条件を満たしているのに、まだクラスチェンジしていない。この世界ではどうやら、ある程度強くなると、条件を満たしていればおのずと転職するのが普通なのにだ。
「ヒロトちゃん、すっごく重い斧槍でクリスちゃんたちと戦ったんだってね。わたし、それを聞いた時、すごくわくわくしたよ。私より力のある人がいるんだ……それが、ヒロトちゃんなんだって思ったら、嬉しくてしょうがなくって」
従騎士マールギット。彼女をフィリアネスさんが引き抜いた理由がよくわかった――彼女は地位こそ得ていないが、紛れも無く、公国最強を争う騎士のひとりだ。彼女を側に置いたのは、最強と呼ばれるフィリアネスさんが慢心しないためか、それとも、純粋にマールギットさんの強さを評価したのか。
きっと、正解はどれでもない。フィリアネスさんは、マールさんのことが気に入った。ただそれだけだ。
「……マールさんは、俺と一緒にいない間も、頑張って腕を磨いてたんだな」
「ちょっと前までは、そうでもなかったよ。何度も大事な戦いのときに、一緒にいられなかったから……わたし、強くならなきゃって思って。ヒロトちゃんが、一緒に戦いたいと思ってくれるように」
スーさんと同じ――俺と一緒に戦いたい。そのために、俺と手合わせをするのは、力を示すための良い機会だということだ。
マールさんのことを、気を抜けば負けるような相手だと思っていなかったことは確かだ。
――だが、その認識を一瞬で変えられた。ここで神威は使えなくても、見せられるだけの全力で、マールさんとぶつかりたい。
騎士団員が見守る中、フィリアネスさんが試合の開始の合図を告げるために、俺とマールさんの間に立った。
「二人とも、良い顔をしているな……ヒロト、マールは強いぞ。ジェシカと共に、青騎士団の若き天才と言われたものだ」
「て、天才っていうことは全然ないですよ~、私、魔術はからっきしですし……」
「それでも、マールさんは魔力を使う技を使いこなせる。マールさんの力があれば、2発、3発で十分だ……魔力を回復する方法があれば、継戦能力にも問題ない」
「……やはりヒロトは、悠久の古城に入る際のことを考えていたか。魔力量が多い者のほうが、迷宮のたぐいに潜入するには向いているからな」
フィリアネスさんが不動のレギュラーとなっているのは、そこにも理由がある。彼女ほどマナが高ければ、戦闘中にマナ切れを心配することもない。
「やっぱりわたし、お留守番してたほうが向いてるのかな……って思っちゃうけど。それでもいいから、ヒロトちゃんと戦ってみたい。きっと、すごく楽しいと思うから」
「ああ……俺も。ごめん、勝手に連れていく人を決めようとして……後で、みんなでしっかり話そう」
「ううん、ヒロトちゃんは私たちのリーダーだから。ほんとは素直に言うこと聞く子になりたいよ。でもね、私はヒロトちゃんの、お姉さんのつもりでもいるから。ふふっ、知ってた?」
「……実を言うと、マールさんは大きい妹みたいだなって思ってたよ」
「何それ、ひどーい! もー、ヒロトちゃん、そうやって意地悪いう子は、お姉さんからのお仕置きです!」
◆ログ◆
・《マールギット》の『ブルータルレイジ』! 攻撃力と速度が上昇した!
・《マールギット》は好戦的になった。
(これが棍棒マスタリーの強み……ブルータルレイジ。俺のウォークライの上位互換だが……!)
「――うぉぉぉぉっ!」
◆ログ◆
・あなたは『ウォークライ』を発動させた!
・パーティの闘志が昂揚する! あなたの攻撃力が一時的に上昇した!
「二人とも、まだ始める合図をしていないのだが……凄まじい闘気だな。では、これより模擬試合を始める!」
「はいっ! いくよ、ヒロトちゃんっ!」
「おおっ!」
自分の背丈に近いくらいの巨大なメイスを担いでも、マールさんはまるで苦にしていない。
――そして戦いが始まった途端、いつもの笑顔は消え、戦士の顔に変わる。射抜かれるような眼差しに、本当に同一人物なのかと疑ってしまう。
「――小手調べなんてしないよ……! はぁぁぁぁっ!」
(――やはり……地烈断……!)
棍棒を極めたプレイヤーが、特に好んだコンボ。大地に棍棒を叩きつけ、地割れを発生させるグラウンドデス――それを交わすには、決まった方向に飛ぶしかない。地割れに足をとられると、そこからフルスイングなどの強力な打撃技で仕留められてしまう。
――だが、決まった方向への回避を誘えば、自ずとして追撃の機会が生まれる。この場合、叩き込んでくるのは……『トリプルスター』。もしそのうち一撃でもクリティカルすれば、おそらく俺の防御を貫通する。三つ全てが――それは考えたくはない。
「とんでけぇぇぇっ!」
俺が飛んだあと、技の硬直時間が終わった後に、最短でマールさんが追撃してくる。一つの棍棒の振り下ろした、三つに分裂して見える――その全てが実際の打撃となる、棍棒の奥義。
しかし俺の精霊魔術は、ネリスさんのおかげで80まで上げられた。そして習得できた、レベル8精霊魔術。その中に、攻撃回避に使う魔術の中でも、特に優秀なものがある――!
「――我が身体は揺らめく陽炎となる……《陽炎身》!」
◆ログ◆
・あなたは《ミラージュボディ》を発動した!
・《マールギット》の『トリプルスター』! しかしあなたの実体を捉えられなかった。
「――当たらない……どうやって……っ!」
陽光に透ける俺の映し身が生まれ、マールさんの技が空を切る。決まった回数だけ物理攻撃を無効化する、精霊魔術師の打たれ弱さを克服するためのスキルだ。
しかし、トリプルスターの三連撃でどうやらギリギリだ。消費マナも非常に大きく、全身に疲労感を覚える――強力なだけで、リスクのないスキルは存在しない。
地割れが塞がった地面に着地し、俺はマールさんに肉薄する。選択する技は――マールさんと同じく、今の俺が放つことができる、最高の技のひとつ……!
「おぉぉぉぉっ……!」
◆ログ◆
・あなたは『ダブル魔法剣』を放った!
・あなたは『サンダースコール』を武器にエンチャントした!
・あなたは『スプラッシュフラッド』を武器にエンチャントした!
・あなたは『トルネードブレイク』を放った! 豪雷驟雨撃「(サンダー・スプラッシュ・ブレイク)!」
「……きゃぁぁっ……!」
竜巻を起こす一撃と言われるトルネードブレイク。そこに、天候を一時的に変えるとまで言われるレベル8の精霊魔術を二つ重ねる――竜巻の中に捉えられたマールさんに、水が滝のように降り注ぎながら、さらに数十発の雷を落とす。雷と水系の魔術は相性が良く、相乗的に効果を増す――!
残念だが、これには耐えられない。『手加減』が発動し、雷の雨が収まったあと、マールさんは倒れる――。
しかし俺は斧槍を下げることはなかった。
マールさんは立っていた――そしてそのメイスを振りかぶり、俺に向かって突進してくる。
「……なんのこれしきっ……!」
◆ログ◆
・《マールギット》に1084のダメージ!
・《マールギット》の『スーパーアーマー』が発動! 怯みをキャンセルした!
――こんな凄まじいダメージを受けているのに。それでもマールさんは、笑っていた。
俺がこれほどに強くて嬉しいとでも言うかのように。そんな彼女が選択した、最強の技でもなんでもない、『フルスイング』。
大技を出した後の隙は終わっている。それでも俺は、マールさんと正面から撃ち合いたいと思った。
俺の方が強い、そう確認したから何だというのだろう。
彼女と少しでも長く戦っていたい。ここからは、勝敗なんて関係なく――マールさんと、楽しみたい。
◆ログ◆
・《マールギット》は『フルスイング』を放った!
・あなたは『スマッシュ』を放った!
・技と技がぶつかり合う! あなたは攻撃を相殺しきれず、120のダメージを受けた!
(やっぱりそうだ……もし、マールさんが魔法を使えたら……)
この人はもっと強くなれる。純粋な力技では、俺を凌ぐ可能性を持っているから。
――しかし、今はまだ俺が先を行く。
「ヒロトちゃん、もう一回いくよっ! でやぁぁぁぁぁっ!」
「来い、マールさんっ!」
彼女が次に繰り出す技は何か。それに応えるべき俺の技は何か。
彼女のメイスの起こす衝撃と爆風で装備の一部を破壊されながらも、俺は彼女と撃ち合いつづける。純粋な力で押し負ける感覚、その中で、俺もまだ強くなれるという可能性を見出す――。
◆ログ◆
・あなたの『恵体』スキルが1上昇した!
・あなたの『斧マスタリー』スキルが1上昇した!
・《マールギット》の『棍棒マスタリー』スキルが1上昇した!
「――そこまで!」
撃ち合う中でスキルが上がり、成長していく。気が付くと俺もマールさんもボロボロになり、訓練場の地面は凹凸だらけになっていた。
――それでも、見ていた騎士団員から拍手が送られる。その中にはクリスさん、ジェシカさんも含まれている。
「ヒロト君とひとりで撃ち合うとか……ヒロト君が付き合ってくれてたのもあるけど、やっぱりマールって、頑張り屋さんだよね。私、そういうのって好きだな」
「彼に相手をしてもらえるだけで、見ていて羨ましい……訓練が終われば、その後は……い、いや、そんな目で見るな。クリスも同罪だろう」
「んふふ、まあね。でも私、ミゼールに来てからはご無沙汰なんだよねぇ……そろそろ夜這いしちゃいたくなってきちゃった」
「よ、よばっ……ひ、ヒロト様のご寝所に、お前のような破廉恥な女を入れるわけにはいかん! 私も入らせてもらう!」
二人のやりとりが聞こえているのか、マールさんはぽりぽりと頬をかきつつ苦笑する。
「あのー、私、もう倒れそうなんだけど……もうちょっと友達に優しくしてくれたっていいじゃないよ~……あっ、ふらふら……」
「おっと……マールさん、ごめん、俺、本気で……」
マールさんの身体を支えると、彼女は俺を顧みて、頬を赤らめつつ微笑んだ。
「やっぱり……おっきくなったヒロトちゃん、反則だよ。強くて、からだも大きくて……細く見えるのに、わたしより力があるんだもん」
俺はマールさんに肩を貸す。その姿を見て、ますます騎士団員が熱狂している――俺たちの戦いが、それだけ彼らを感激させたってことらしい。
レベル8の精霊魔術がいかに強力か。そして、マールさんが近接戦闘職としてどれだけ優秀かが良く分かった。しかし、まだ強くなる余地が残されている。
魔術か、魔術素養を上昇させるジョブに転職すること。つまり、マールさんが就くべき上位職は――。
「……マールさん、魔術を使ってみたいって思わなかった?」
「えっ……」
「マールさんは、『魔術騎士』になれるんじゃないかな」
「ど、どうしてわかったの? 私も、そのために勉強しようと思ってて……」
「そうしたらもっと強くなれるよ。俺もフィリアネスさんに魔法剣を習わなかったら、ほとんど普通の斧使いだしね」
「そ、そんなこと……ヒロトちゃんは普通に斧を使うだけでも、私より強いよ。何となく分かったもん、一番強い技は使わなかったでしょ?」
山崩しなんてここで使ったら地形が変わってしまう。しかし、マールさんもいずれはその領域に達する――このまま、俺が彼女を育成すれば。
考えているうちに、フィリアネスさんがアレッタさんを連れて来ていた。マールさんの治療のためだろう。
「マールさん……貴女は本当に、無茶するんですから。ヒロトちゃんが手加減をしてくれていなかったら、怪我で済んでいませんよ」
「あはは……ほんとにね。最初の雷が落ちてくるのを受けたときは、どうしようかと……雷神様のお株を奪っちゃってましたよ」
「私ももうすぐで、あの魔術を使えそうなのだが……ヒロトは、やはり私の先を行ってしまったか。私もマールのように、知られぬところで修行しなくてはな」
「マールさん、時折いなくなると思ったら、こんなに修行していたなんて……ヒロトちゃんのそばにいるためには、確かに必要なことだと思いますが……私の立場も考えてください」
アレッタさんもそう言いつつ、十分スキルが上がっている。回復専門としてはサラサさんの方が優秀だが、アレッタさんは衛生兵なので、探索には向いている。
「アレッタさんにも、魔杖を取りに行くとき、一緒に来てもらうかもしれない。その時はよろしくな」
「えっ……わ、私でいいんですか? 私はヒロトちゃんのパーティに入るには、力不足では……」
「そんなことはない。マールがいないうちに、アレッタも遊んでいたわけではないというのは見ればわかる。やはりできるなら、私たち三人を連れて行って欲しいが……町の守りも大切なのでな。ヒロトのご家族、町の人々のこともある。役割は分担しなければならない」
「大丈夫、町のことは騎士団に任せなよ。ヒロト君が心配っていうなら、戦力を残してもらうのは助かるけどね」
「我らも簡単に敵に遅れを取るつもりはありません。砦の増築も、騎士たちの訓練になります。常に腕を磨き、ヒロト様の剣として戦いましょう」
俺は本当に恵まれている、と思う。だからこそ、誰一人失いたくない。
――やはり、ユィシアには頼んでおこう。魔王と戦い、そして退けた、俺を倒せる可能性のある唯一の少女。彼女なら、きっとみんなを守ってくれるだろう。




