第四話 三人娘とスキル上げ
サラサさんの件でレミリアさんにマークされてしまった俺だが、赤ん坊の時分でスキル上げすることを諦めたわけではなかった。
うちにはサラサさん以外にも、近隣に住むレミリアさんの友人がしばしば訪れる。そして分かったことがひとつ……子供がいない女性であっても、一定の年齢以上なら「母性」が20を超えている場合が多いのだ。前世ではありえないことだが、母性スキルが20を超えていれば誰でも「授乳」ができて、代替スキルの「採乳」も発動できる。異世界マギアハイム恐るべし。
今日も三人の若い女性が、我が家でお茶会をするためにやってきた。茶の類は結構貴重で、収入のいい我が家だからこそ振る舞えるものだからという理由もあるが、レミリアさんはそのあたりの交際費はけちらない。令嬢出身だから、社交の場を重視しているようだ。
「レミリア、赤ちゃんを見せてもらってもいい?」
「ええ、いいわよ。今は寝てると思うけど……あら、ずっと向こうを向いてただけね」
「知らない人たちが来たから緊張してるんじゃない?」
人見知りをしているだけなのだが、赤ん坊だと嫌われにくい。まだ俺は三人の名前を知らないが、近づいてくるだけで出るログを見れば分かるのだった。
◆ログ◆
・「カリスマ」が発動! 《ターニャ》《モニカ》《フィローネ》に注目された。
・「魅了」が発動! 《ターニャ》は抵抗に失敗、魅了状態になった。
・「魅了」が発動! 《モニカ》は抵抗に成功した。
・「魅了」が発動! 《フィローネ》は抵抗に失敗、魅了状態になった。
なるほど、ソバージュっぽい髪型の色っぽいお姉さんがターニャさんで、モニカさんはベリーショートでボーイッシュな印象の女性。そしてフィローネさんはちょっとふくよかで、常に笑顔でいる朗らかな女性だ。
ステータスを見てみると、ターニャさんとフィローネさんは「村人」で、それぞれに手に職を持っていることをあらわすスキルを持っていた。モニカさんの職業は「狩人」だが、彼女には魅了が効いていない。
こうなると、俺には何も出来ることがないな。スキル上げの観点で、狩人のモニカさんから「採乳」したかったのだが……彼女の母性スキルが21あっても、魅了が効かないと頼むことは難しい。
「ヒロトくんって言ったわよね……小さいのに、レミリアと似たような気品を感じるわ」
ターニャさんが揺りかごにいる俺を覗きこんで褒めてくれる。気品スキルは3まで上がってるけど、あまり効果はないはずだが……持ってるだけで印象が変わるということか。気品を10まで上げて「マナー」を発動させるまでは意味がないと思っていた。
「……ねえレミリア、この子のこと、あやしてあげてもいい?」
「え、ええ……いいわよ。フィローネ、どうしたの? 顔が赤いけど」
魅了状態のフィローネさんは、俺のことを意識しているようだ。ふくよかなだけあって、彼女の胸は結構豊かで、母性値も20を超えている。
村人であり、まだ職業についていない彼女から「採乳」をしても、スキルが得られるかどうか分からない。なので、どうしても採乳しなければならない場面ではないが、どうしても気にはなってしまう。
「あ、お湯が沸いたみたい……ちょっと待っててね、みんな。お茶を淹れてくるから」
レミリアさんが席を外す。するとフィローネさんが俺を抱えあげて……や、やめてくれ、急に持ち上げられるとくらくらする……。
「おぎゃぁ、おぎゃぁ!」
「あぁっ、よしよし、驚かせちゃってごめんね……」
「フィローネ、あなたの抱き方では合ってないんじゃない? 私に任せなさい」
「あっ……ちょ、ちょっと、ターニャ!」
ターニャさんに奪い取られる俺。まさか女性に取り合いをされる日が来ようとは……。
ギルマスをしていた頃も、俺は孤高のプレイヤーを気取っていたというか、交渉術のアドバンテージを隠すために、女性と仲良くなったことはなかった。事務的なやりとりならキーボードを通して交わせていたが……ああ、いや、ちょっとだけはあったかな。二人で狩りをしたとき、「これってデート?」と言われたことはあった。そのプレイヤーがリアルで女性かもわからなかったから、何とも言えないけど。
引きこもってなければ、早く外に出られてたら、オフ会くらいは行けたのにな。一緒にギルドを立ち上げたミコトさんと麻呂眉さんの顔すら知らないままに、俺は死んでしまった。
とか考えてるうちに、ターニャさんとフィローネさんが睨み合っている。モニカさんは二人が争っている理由がわからず、戸惑っていた。
「ど、どうしたの二人とも? 順番にあやしてあげなよ。ヒロトくん、嫌がってるじゃない」
「そ、そんなこと……さてはモニカ、あなたこそヒロトちゃんを……」
フィローネさん、さっきまで朗らかだったのに、今は焼き餅を焼いておられる。というか、交渉術スキルにおいて「魅了」は交渉を優位に進めるための補助スキルのはずなのに、あまりに強力過ぎる……なぜだ。
そう考えて俺は、自分が『豪運』をセットしていたことに気がついた。豪運が発動すると、ギャンブルで無条件勝利することが出来るのだが、他にも確率で発動するスキルが絶対に成功するという効果もある。
だが、豪運の発動率は現時点で3%しかないはず……まだ何かある。
ここからは推測になるが、赤ん坊に対して「母性」を持つ女性は、スキルの抵抗率が下がるんじゃないだろうか。そうでなければ、あまりに簡単に成功しすぎてる。
「あ、あたしは……赤ちゃんを見てみたいとは思うけど、それ以上のことは考えてないよ」
「そんなこと言って……こんなに可愛い赤ちゃんを、見るだけで済むはずないわ!」
(い、いや、見るだけでいいんじゃないかと……うわっ……)
モニカさんとターニャさんが言い争うのを見て、ちょっと申し訳なくなってくる……今後は魅了スキルを外しておこうか、と思った矢先。
俺のことを抱えていたターニャさんが、ふと優しい目をして見下ろしてくる。こ、これは……っ!
◆ダイアログ◆
・《ターニャ》が「採乳」を許可しています。実行しますか? YES/NO
(こ、子供がいない女性でも……魅了状態の女性の赤ん坊に対するアプローチは、全部それなのか……!?)
「ヒロトくん、少しお腹がすいてるみたいだから……お姉さんが、ちょっとだけ……」
「ターニャったら……もう。じゃあ、順番にね。モニカはどうするの?」
「あ、あたしはいいから。二人共、ちょっと変だよ? 後で我に返っても知らないからね」
モニカさんの言うことはもっともだ。いきなりよその赤ちゃんに胸を見せようとする友人を止めるのは至極当たり前だ。
し、しかし……ターニャさんはすでに見せてくれてるけど、大きいな。レミリアさんが小さいわけじゃないのに、この町の女性は発育が良すぎだ。年齢を見てみたら、まだ19歳なのに。
スキルは上がらないが……ライフは回復する。ならば……!
◆ログ◆
・あなたは《ターニャ》から「採乳」した。ライフが回復した。
・あなたは「恵体」スキルを獲得した! ライフが12上昇した。強くなった気がした。
・《ターニャ》はうっとりしている。
(ま、マジか……「村人」から採ると恵体が上がるのか……!)
恵体はかなり身体を動かさないと上がらないし、過酷な戦闘を経て徐々に伸びているスキルだ。しかしどうやら、授乳や採乳によって得られる経験値は、普通に授乳を受けるより多いらしい――こんなにあっさり上がるなんて。
町人なのにジョブが「村人」というのもこれいかにという感じだが、つまりは一般人ということだ。令嬢のレミリアさんからは得られない「恵体」が上がるのなら……俺の、選択は……。
◆選択肢ダイアログ◆
・《ターニャ》から「採乳」する
・《フィローネ》から「採乳」する
・《モニカ》に「採乳」を依頼する
採乳がそろそろゲシュタルト崩壊しそうだ……そして意味もなく、動揺のあまりマナを使って選択肢を出してしまった。もう消せないので、今度はフィローネさんにお願いすることにする。
ターニャさんがそっと俺をフィローネさんに受け渡し、当たり前のようにフィローネさんが胸を見せてくれる。うーん、すごく柔らかそうだ……マシュマロみたいな感じがする。触ることはできないが。
「ああ……どうしよう。私、まだ自分の子供も居ないのに……」
俺の手が輝き始める。そして無防備に差し出されたターニャさんの胸に、ぺた、とそっと触れた瞬間――彼女の胸全体が輝き出し、俺の身体にエネルギーが流れ込んでくる。
◆ログ◆
・あなたは《フィローネ》から「採乳」した。
・「恵体」スキルが成長した気がした。
・《フィローネ》は微笑んだ。
(手から吸収できるとは……何かドレインでもしてる気分だな)
これを繰り返せば、いつかはまた「恵体」スキルが上がるだろう。1ごとにかなり上がりにくくなるので、赤ん坊のうちに数ポイント上昇すれば御の字だ。
(うっ……や、やばい。マナがゼロだから……意識が……)
「あっ……ヒロトくん、まだ足りないみたい。すごく消耗してる……」
「モニカ、私たちはもうあげちゃったから、次はあなたがしてあげて」
「っ……そ、そんなこと、あたしは……」
(……採らせてもらってもマナは回復しないんだけど……「狩人」スキル……欲しい……)
俺は朦朧としながらモニカさんを見やる。いや、それだけで無愛想な赤ん坊に採乳させてくれるほど、世界は甘くは……。
「……わ、分かったわよ。今回だけだからね……」
(……つ、ツンデレ……だと……?)
モニカさんは俺をフィローネさんから受け取ると、椅子に座って服をたくしあげる。そして弓を引くためだろう、乳房を押さえつけていたサラシをしゅるしゅると外した。
解放された小麦色の山がたゆん、と揺れる。この世界でも日焼けはするのだ……とあさっての方向で感心する。そうでないと俺は正気を保てなかった。
「……こ、これでいいの? 触るだけで……そうなんだ……」
光る俺の手をモニカさんが恐れないのも、「採乳」というアクションの効果なのだろう。発動条件さえ満たしてしまえば、確実に触れさせてもらえる。
小麦色の大きな乳房が輝き始め、その弾力を手で確かめた瞬間、ビリビリ、と今までにない力が流れ込んできた。
◆ログ◆
・あなたは《モニカ》から「採乳」した。
・あなたは「狩猟」スキルを獲得した! 狩りの収穫ができるようになった。
・《モニカ》は優しい気持ちになった。
・「魅了」が発動! 《モニカ》は抵抗に失敗、魅了状態になった。
(……なんというコンボ……)
俺はモニカさんの腕の中で意識を失う。昼寝していると思ってもらえればいいのだが……。
どうやら「採乳」で好感度が上がった直後に、また「魅了」の判定が入ったようだ。これでモニカさんにも、今後はスキル上げに協力してもらうことができる。
しかし今はひたすらに眠い。俺はスキル取得の喜びと、優しい彼女たちに申し訳なさを覚えつつ眠りに落ちた。
明日は女騎士登場!
ちょっとずつ物語が動き始めます。基本はスキル上げです。