第五十話 ドワーフの孫娘/皇竜素材の価値
薄暗い工房の中は、ほの赤い炉の光と、カンテラの明かりで照らされていて、部屋の中はかなりの熱気がこもっていた。換気口に相当するものはちゃんとあるようだが、それでも竜の巣の溶岩地帯を彷彿とさせる暑さだ。
バルデス爺がいるのかと思ったが、中にいるのは小柄な少女――いや、ドワーフの若い女性だった。頭に布を巻き、ゴーグルのようなものをつけて、木綿のシャツの肩の部分をまくりあげてタンクトップのようにして、膝丈のキュロットのようなものを穿いている。どうやら、何か鍛造している途中のようで、鉄床に赤熱した金属を置き、ハンマーで手際よく叩いていた。
「あ、あの……すみません、ちょっといいですか」
どう声をかけていいのか迷ったが、ハンマーで叩く作業が中断したときに呼びかけてみた。すると彼女はゴーグルを外し、俺の方を見てにこやかに答えてくれた。『カリスマ』はもちろん発動している。
「あ、お客さん? おじいなら、今はいないよ。ちょっと用事があるって出かけちゃってて」
「そうですか。じゃあ、また出直します」
「……ちょっと待って? お兄さん、どこかで見たことあるような……私とどこかで会ったことある?」
「え……? え、えーと、看板に書いてあったエイミさんが、あなたですか?」
「うん、そうそう、私はエイミ。バルデスおじいの孫で、つい最近ここで働かせてもらうことにしたの。うーん、でもこんな髪の長い男の人、やっぱり見たことないような……お兄さん、なんて名前?」
ドワーフの女性は身長が120センチくらいしかなく、見た目は本当に少女のようだ。ドワーフ女性の身長の平均がこれくらいで、男性の方はけっこう幅広く、2メートルの巨体のドワーフもいたりする。男性は見るからに屈強な肉体をしているが、女性はそうでもなく、腕が丸太のように太いわけでもない。
ドワーフの男性は小さい女性が好きと言われていたが、それはあくまで種族の特性なので、あまり偏見の目で見てはいけない。しかし、リオナたちと変わらない身長なのだが――明らかに違うのは、胸が大きいことだ。全体的にロリ巨乳が揃っている種族というのも、大地の神か何かの巡り合わせだろうか。
「お兄さん?」
「あ……お、俺は、ヒロト・ジークリッドって言います」
「え……えぇーっ!? おじいの一番弟子のヒロト坊や!?」
よほどエイミさんはびっくりしたのか、目を真ん丸にして大声を出す。そしてわたわたと小さな身体をひとしきり動かして慌ててから、テーブルの上にあった水差しから水を注いで、喉をうるおした。
「んくっ、こくっ……はぁ、びっくりした……きのうの夜、おじいが家に帰ってきたとき、ヒロト坊やが大きくなったって言ってたけど、そういう意味だったんだ。ああびっくりした、ちょっと前まで、私と同じくらいの身長だったのに、そんなおっきくなってると思わなくって。人間ってたまに急成長とかするの?」
「あ……そ、そうか。エイミさん、何度か、ここに来たときにお茶を持ってきてくれてたよね。俺、じっちゃんの仕事を集中して見てたから、あんまり顔を見てなくて……」
「あはは、まあそれは仕方ないね。もう結構昔だもんね、5、6年前だっけ。ヒロト坊やがうちに来て、おじいに何か作ってもらってたのって」
俺の最初の武器となった玩具斧を作ってもらったとき、エイミさんはじっちゃんと俺にお茶を持ってきてくれたことがあった。でもその時は、彼女と顔を合わせることはなかったはずだが――。
「エイミさんとちゃんと話すのって初めてだね。じっちゃんは、家族には鍛冶の仕事に関わらせないって言ってたけど……何か、考えが変わったとか?」
「うん、実は私、5年くらい修行に行ってたんだ。おじいの生まれ故郷って、ずっと東にあるラバブ火山帯っていうところなんだけど、そこでおじいが鍛冶を勉強した工房に行って、技法をいろいろ教えてもらってきたの。ほら、おじいももう、ずっと炉の火を見てたから目が弱っちゃって。完全に目が見えなくなる前に、うちの家族の言うこと聞いて、半引退することにしたの」
「そうだったのか……これからは、エイミさんがこの工房をやっていくんですか?」
「うん、まだおじいが請け負ってる仕事は残ってるから、おじいと二人でやっていく感じだけどね。ほら、このゴーグルって魔道具ってやつで、これがあれば目への負担も少なくできるからさ。まあ、おじいはもう片目がほとんど失明しちゃってるんだけどね」
鍛冶屋にはそういうリスクもあると知ってはいたが、まさかバルデスじっちゃんがそこまで身体に負担をかけていたなんて……いつも元気だから、これからも変わらず、工房の親方であり続けるのだと思っていた。
「あ、そんなに心配しなくてもいいよ。町外れのネリスおばばが、ヒロト坊やがお世話になったからって、おじいに目の薬を作ってくれたんだって。ヒロト坊やってどうしてそんなに顔が広いの? うちの近所の人たち、ほとんどヒロト坊のこと知ってるよ」
「子供の頃から、いろいろお世話になってるからな……」
「ふーん……なんかメルちゃん、あ、雑貨屋の店主のメルオーネのことなんだけど、あの子私と昔から友達なのね。最近来てくれなくてさみしいって言ってたよ」
「早めに行こうと思ってたんだ。昔、メルオーネさんにもお世話になったから」
特にそれだけなら隠すこともないと思って言うと、エイミさんはすぐに答えず、俺の顔をじっと見る。
(っ……ま、まさか、メルオーネさんが俺に授乳したことを話したんじゃ……!?)
エイミさんはゴーグルを額に上げたままで、少し汗をかいており、赤い髪が頬に張り付いている。
鍛冶師の仕事はこの過酷な環境で、改めて大変だな……と思い、つい、と視線を下に向けて、俺は気づいた。暑いから薄着というのはわかるが、シャツを大きく盛り上げた部分に、ぽっちりとした突起が視認できてしまう。
「わっ……え、エイミさん、す、透けてるから、何とかしたほうが……」
「ん……あっ。ご、ごめんなさい、私、こういうのほんと無頓着で……おじいがいるときは、長袖の上着を絶対脱ぐなって言われてるのにね。やけどしちゃうと大変だし。私はもうそんな素人じゃないから、手袋だけで大丈夫って言ってるんだけどね」
薄着の理由を説明してくれるのはわかったが、その間もまったく隠そうとしない……ドワーフの女性というか、エイミさんはけっこうさっぱりした性格なのだろうか。
「まあそれはいいとして、ヒロト坊やがもし良かったら、依頼があったら私が請け負うよ。こう見えても、おじいには今日から仕事を受注していいってお墨付きをもらってるからね。武器や防具の修理、製作、開発、なんでもござれだよ。宝石細工も簡単なものなら作れるしね」
「そうなのか。じゃあ、ぜひお願いしたいな」
「うん、何にする? あ、今作ってたのは、ターニャから頼まれたはさみだよ。髪を切る時に使うはさみね」
調髪師のターニャさんにとって、はさみは必須のアイテムだろう。母さんも布切りばさみはこの工房で作ってもらっていた。父さんが木こりの仕事に使う斧もそうだ。
ミゼールにはここ以外にも工房はあるものの、金属加工の仕事はほぼここに回ってくる。そんな職人気質のじっちゃんが認めたんだから、エイミさんの技量はかなりのものだろう。
◆ステータス◆
名前 エイミ・ソリューダス
ハーフドワーフ 女性 20歳 レベル32
ジョブ:ブラックスミス
ライフ:508/508
マナ :120/120
スキル:
鍛冶師 69
宝石商 42
格闘 24
恵体 39
魔術素養 8
母性 45
アクション:
メンテナンス(鍛冶師20)
研磨(鍛冶師40)
鍛冶レベル6(鍛冶師60)
宝石鑑定(宝石商20)
宝石細工(宝石商30)
魔晶生成(宝石商40)
パンチ(格闘10)
キック(格闘20)
授乳(母性20)
子守唄(母性30)
搾乳(母性40)
パッシブ:
育成(母性10)
宝石拾い(宝石商10)
熱に少し強い
まず『ハーフドワーフ』という種族を見て、彼女が人間の少女に近い容姿をしている理由を悟る。どうやら、お父さんとお母さんのどちらかが人間のようだ。
(スキル構成はドワーフらしい感じだな……じっちゃん譲りで、格闘の心得もあるのか。おおっ、『魔晶生成』のアクションがある!)
セディと話したときに『魔石鉱』という名前が出てきたが、鉱山から採取された魔石の原石は、そのままでは利用できない。魔石には魔力を貯めこむ性質があるのだが、石の種類によっては、魔術を封じ込めることができるものがある。例えば精霊魔術の『ファイア・ボール』を封じると、精霊魔術のない人でも、魔石が割れてしまうまでは自分のマナを消費してファイア・ボールを発動することができたりする。そうやって魔術などの効果を発揮できるように加工した石を『魔晶』と呼ぶ。『魔晶生成』は原石を魔晶に加工する際に必要になる技能だ。
ただ自分が扱えない魔術を封じてある魔晶ならまだしも、店などで簡単に買える魔晶は明かりを灯したり、弱い回復魔術を発動するものだったりで、今まであまり興味がなかった。しかし高レベルの魔術を封じた魔晶は、装備品の強化にも用いられるので、いずれは収集する必要があると思っていた。
「ターニャもヒロト坊やと知り合いだよね。ってことは、あのはさみはヒロト坊やの髪を切るために使うのかな? そんなに長いと、ちょっと女の子みたいに見えちゃうしね」
「お、女の子ってことはないと思うけど……俺だって一応斧が使えるから、戦士みたいなものだし」
「これからもっと男らしくなっていくんじゃない? 大きくなってもまだ線が細いから、そんなに男っぽいっていう感じはしないっていうか……あ、でも結構すごいかも。見た目より力はありそうね」
エイミさんは俺の二の腕に触れて、筋肉の付き具合を確かめて言う。特に筋肉質というわけでもないが、恵体の数値からすると、俺の腕には見た目から想像できない力が宿っているわけで、エイミさんもそれを少し感じ取ってくれたのかもしれない。
「……あっ、ごめんなさい。私、朝から工房にいるから汗くさいよね。私、昔から汗っかきで……おじいが帰ってきたら、今日はもうあがろうかなと思ってたんだけど」
「いや、全然気にならないよ。工房で働くってことは、汗をかくってことだもんな」
「おじいは涼しい顔してるんだけどね。体質で、熱にすごく強いんだって。私も他の家族よりは強いんだけど、おじいにはかなわないなぁ。一日中工房にいても平気なんだよ、すごいよね」
全身が毛深く、純然たるドワーフのイメージそのままのバルデス爺と、ハーフドワーフのエイミさんでは、確かに耐性に差があるのもうなずける。
「あ、あの……エイミさんは、お父さんとお母さんの、どちらかがドワーフなんだよね」
「え? あ、そっか、私ってあまりドワーフっていう見た目はしてないから、それで分かったんだね。うん、お父さんがドワーフなの。本当はおじいの跡をつぐのはお父さんだったんだけど、私が小さい頃にけんかしちゃって、お父さんが家を出て行っちゃってね」
「それで長い間、跡継ぎを他に作ろうとしなかったのか。俺、じっちゃんのこと、まだ全然知らなかったんだな……」
じっちゃんは息子さんが家を出たことなど俺には一言も言わず、鍛冶の仕事を見せてくれた。ときどきじっちゃんが寂しそうな目をすることに気づいていたが、それは、息子さんに鍛冶を教えていた頃のことを思い出していたからだったんだろうか。
「ふふっ……ヒロト坊や、お父さんのこと考えてくれてるの? 優しいね」
「あ……う、うん。俺の家は、父さんも母さんも家にいてくれるけど、それを当たり前に思っちゃいけないと思って。そんな言い方したら、失礼かな」
「ううん、うちのお父さんも手紙だけは送ってくるからね。自分の目指す武器を作るためには、ミゼールでくすぶってはいられないとか言って出て行っちゃった、困ったお父さんだけど……鍛冶の修行をしてみて分かったの。お父さんの気持ちも何となくわかるなって」
鍛冶スキル69のエイミさんより、お父さんはさらにスキルが高いと考えられる。その名工とも呼べる人物が、家族と離れてまで作ろうとしている武器……想像するだに、強力なものだというのはうかがい知れる。
「でも私も、おじいの跡継ぎに認めてもらうために頑張ったからね。まだ全部の技法を覚えたわけじゃないけど、だいたいのことはできるから、任せてみて。おじいちゃんにも見てもらうけどね」
「うん。えっと……この武器なんだけど、錆びちゃってるんだ。これって磨けるかな?」
「あ、斧槍? ヒロト坊や、斧を使ってるって話だったもんね……えーと、錆びにもいろいろあって、金属が腐食されちゃってると、直すっていうよりほぼ作りなおすことになっちゃうんだけど……これは、表面が風化してるだけみたいだね。遺跡か何かから掘り出したままで、石がくっついてるの」
「えっ……そ、そうか。金属質の石がくっついて、鞘みたいになっちゃってるのか……」
俺は床に置くわけにもいかず持ったままでエイミさんに見せていたが、その重量がどれほどか、彼女は見ただけで悟ったようだった。
「こっちの床は、重いものを乗っけても大丈夫なように金属の板を敷いてあるから。ここに置いてみて」
◆ログ◆
・あなたは「巨人のバルディッシュ」を置いた。
彼女の指示に従ってバルディッシュを置く。エイミさんは、尖った彫刻刀のようなものとハンマー――あれは、ノミと玄翁ってやつだろうか。それを持ってきて、巨人のバルディッシュの表面を削ろうとする。
「ちょっと心配かもしれないけど、私も鍛冶屋の端くれだからね。柄を持てば、余計な金属質を取り去ったときの形は分かるから……っていうか、私の持ってる器具だと、くっついた石は削れても、この武器本体の金属は削れないと思う。だから大丈夫だよ」
しっかり解説してくれてから、エイミさんは集中して、バルディッシュの表面の石を削った――すると。
「あ……な、中に、確かに違う金属が……これが、巨人のバルディッシュの本体なんだな」
「中身をきれいに削り出しても、相当重い武器だね……こんなのを使いこなすなんて、ヒロト坊や、見た目よりすごく力があるんだね」
「錆びてる状態でも、なんとか使えてるけどね。錆びを取ったら、今よりかなり使えるんじゃないかと思うんだ」
「うん……それは間違いないよ。周りについてる石の年代から見ても、この武器は古代の武器って言ってもいいと思う。何千年も形を保ってるなんて、普通の武器じゃ無理だからね。『魔剣』とまではいかなくても、この武器は相当強いよ」
そんなものが、修練場で放置されていた――もしかしたら、扱えない武器や防具ってやつは、この世界では打ち捨てられたり、死蔵されてるケースが多いのかもしれない。
「これはけっこう時間かかりそうだね。しばらくうちの工房で預かるけど、いい?」
「うん、お願いするよ。代金はどれくらいになるかな」
「ふふっ……おじいの一番弟子のヒロト坊やからは、お金なんてとらないよ。私は二番弟子だからね」
「えっ……お、俺、バルデス爺に弟子って言われたことないけど、そういう気持ちでいてくれたのかな……」
セディにもそう言われたし、町の人たちからすると公然の事実らしい。俺の鍛冶師スキルはまだ30で、エイミさんの半分にもなっていないのに。
「ヒロト坊やがおじいの仕事に興味を持ってくれたから、おじいは嬉しかったんだよ。それで、私が修行に出るって言っても許してくれたの。ドワーフの里の工房に、紹介状も書いてくれたしね」
「……俺、何も考えてなかったな。じっちゃんに、武器を直してもらって……それで、面白そうだから見てただけで……」
「自分が一生をかけた仕事を面白そうって思ってもらえたら、嬉しいに決まってるじゃない。私もそうだよ」
エイミさんはそう言いつつ、いったん頭に巻いていた布を外した。肩くらいの長さの髪はかなりのくせっ毛で、先のほうがくるくると巻いている。しかしその無造作な感じが、さっぱりとした性格の彼女によく似合っていた。
「うーん、やっぱり暑い。ネリスおばばに、氷の魔術の魔晶を早く作ってもらわなきゃ」
「あ……それって、精霊魔術が使えればいいんだよな? それなら、俺もできるよ。アイスストームでいいかな」
「えっ……ほ、本当に? じゃあ、協力してもらってもいい? 私の左手を握って魔術を唱えてくれたら、私がそれを石に籠めるから」
「へえ……そんなふうにするのか。魔術が暴発したりしないかな?」
「それが大丈夫なんだよね。空の魔石に、発動する前の魔術を封じ込める技術。それ自体は、鍛冶師の技術じゃなくて、魔石加工をしてる人から教えてもらったの」
魔晶があれば、武具に組み込むことで魔術を付与することができる。鍛冶師として必要な技術を一人で備えている彼女には、これからもお世話になるだろう。
(全てのスキルを一人で揃えたい……という気もするけどな。宝石商の勉強は、また今度だ)
エイミさんは『空の魔石』を持ってきた。透明で、手のひらに乗る程度の水晶のような見た目をしている。色は薄い紫色だ。
手袋を外すと、彼女は右手に魔石を握りしめ、俺に左手を差し出す。その手を握ると、やはり少女のように小さいが――これは紛れもない、職人の手だ。
「私が合図したら、三秒以内に魔術を唱えて。そうじゃないと、普通に発動しちゃうから……いくよ。3、2、1……はい!」
「吹き荒れろ、氷の嵐よ――アイスストーム!」
◆ログ◆
・《エイミ》は『魔晶生成』を発動した! 『アイスストーム』を空の紫水晶に封じ込めた!
・《エイミ》は『氷嵐石』を手に入れた。
「よーし、できた……あ、もう空気がひんやりしてきてる! すごいねヒロト坊や、こんな難しい魔術が使えるなんて。これからもお願いしちゃいたいくらい」
「俺にできることなら協力するよ。仲間には、色んな魔術を使える人がいるし」
魔石と魔術には相性があり、魔石の種類によっては法術や治癒魔術を封じ込めることはできないので、その都度違う石を集めないといけない。
「この水晶って、西の鉱山で取れるってやつかな?」
「そうそう、今は取れなくなってるんだけど、何とかまた採掘してもらえるように、領主様に要望を出すってっておじいが言ってたよ。魔晶があったほうが、冒険者の人が怪我をすることも減るだろうし」
「実は、さっき領主のセディと話してきて、採掘を再開することになったんだ」
「りょ、領主様と……? ヒロト坊やって、そんな偉い人とまで知り合いなの? おじいったら、そういうこと全然教えてくれないんだから」
エイミさんが驚く間も、俺の魔術を封じ込めた石はひんやりとした冷気を放ち続けて、部屋が少し涼しくなった。
「作業の内容によっては温度を下げるわけにいかないから、魔晶はしまっておくことになりそうだけど。でも、大事にするね。魔術を発動しなかったら、一年くらいは冷気を保ってそうだし」
「あ、あの……エイミさんは、魔晶を武器に組み込んだりもできるよね?」
「それは武器次第かな。武器には魔晶が組み込めるものと、そうでないものがあるの。材質とか、作った人の腕とかいろいろ影響するんだけど、私たちはそれを『穴が空いてる』っていうのね。穴の数だけ魔晶をはめこめるって感じだけど、私は二つ穴が空いてるのを、一ヶ月に一個作れるかどうかかな。一つなら沢山作れるんだけどね」
(一つでも、魔晶装備とそうでないものでは全然違うからな……パーティのみんなの装備を増強してもらおう。そのためには魔晶の原料集めもしなきゃな)
やることがまた増えたが、どのみちミゼールの周囲の砦を増やすまで、魔杖のある悠久の古城に向かうことはできない。ゲームと違うのは、町の状況まで考えて動かなければならないということだ。
スーさんがパーティを少数精鋭にする機会があるかもしれないと言っていたが、確かにその通りだ。今のメンバーを、古城に向かう班と、町を守る班に分ける必要がある。
「エイミさん、魔晶の原料がいっぱい手に入るようになったら、たくさん作ってもらっていいかな? 俺のパーティのみんなの装備を、1ランク強くしたいんだ」
「うん、それは全然大丈夫。私も今は経験を積みたいから、仕事はどんどん頼んでくれた方が嬉しいな。あ、でも炉の維持とか、工具の買い替えとかもあるから、えっと……ヒロト坊や、出資ってわかる?」
「この工房の設備を整えるために、投資をしてくれってことだよね。これくらいでいいかな?」
俺はインベントリーから金貨の袋をひとつ取り出すと、それをエイミさんに渡した。
◆ログ◆
・あなたは100000ジュナに相当する金貨を《エイミ》に渡した。
『ジュナ』は公国における貨幣単位である。金貨1枚で1000ジュナの価値があるので、袋には100枚入っていることになる。
「こ、こんなに……? かかった分だけ、後で請求する形でもいいのに……」
「おじいにはお世話になってるから。それに、エイミさんにもこれからお世話になると思うしね」
「……お、お金は大事にしないとだめだよ? 私の仕事なんて、まだこんなに出してもらうほどじゃないし」
ドワーフはお金に目がない、というのはエイミさんも同じようだ。がめついとかじゃなく、彼女たちの種族も本能的に宝が好きなのである。
「……じゃ、じゃあ、遠慮無く設備を新しくさせてもらうけど、いいの? 返さないよ?」
「うん、大丈夫。武具の強化にこれくらい払うのは、普通なら当たり前だしさ。むしろ安いと思うよ」
エターナル・マギアは武具の強化が進むほど、異常に金がかかるようになるゲームだった。オンラインゲームにはよくあることだが、武器の強化の難易度を上げることで、プレイヤーの時間と根気を費やした分だけ強さに差をつける部分があった。
最終強化装備を作るためには十万どころか千万単位で金がかかったものだから、俺もそういう時に備えてお金を貯めていたので、資産が七千万ジュナくらいあったりする。銅貨銀貨を金貨に換えて袋に詰め、インベントリーに放り込んでいるので、さっきの袋が数百個溜まっているわけだ。金貨の10倍の価値がある白金貨に交換したいが、公国に流通している数が少ないので、まだ整理ができてない。
金を稼ぐのに一番便利だったのはポーション生成と売却だったが、これもやりすぎると需要と供給のバランスが崩れるので、ポーションの種類を変えたりしていろいろしていた。この町、ひいてはジュネガン西部に出回っているポーションの中には、俺が作って流通させたものも残っているだろう。
「……ヒロト坊やのこと、おじいの弟子としての好敵手だと思ってたのに。うちの工房の出資者になっちゃったから、もうそれどころじゃないね」
「俺も鍛冶の修行をしたい気持ちはあるけど、それは色々落ち着いてからの楽しみにしようかな。そのときは、エイミさんに教えてもらいたいな」
「う、うん……私にできることなら、教えてあげる」
鍛冶場の炉の光の加減かとも思うが、エイミさんの頬が赤らんで見える。あらためて、身長低めなのに母性が高いということがどういうことかを確認しつつ、俺は今日一日の流れを思い返して、さすがに既に持っているスキルを上げさせてもらうことから考えを遠ざけた。
エイミさんの小柄さも、俺に自重させる理由となった。鍛冶師スキルの経験値は、実践を以って上げるべきだ。じっちゃんもきっとそう思っている。
「あ……そうだ。これ、バルディッシュの周りの石を取ったあと、刃を磨くのに使えるかな?」
「何か素材を持ってるの? 見せてみて」
「うん、ちょっと待っててもらえるかな」
ユィシアが脱皮したあとの、クリスタルの彫像のような水晶殻。あれを、俺は物陰でインベントリーから引っ張り出し、エイミさんのところに運んできた。
「ちょ、ちょっと……なにこれ? 彫像……ちがう……こ、これって、まさか……!」
「う、うん。雌皇竜の水晶殻っていう素材だと思うんだけど、使えそうかな?」
「……! ……!?」
エイミさんは驚きのあまり声も出なくなっている。この反応は、どうやら凄い素材ってことだろうか。
「つ、使えるもなにも……こんなにきれいなもの、武器の素材になんて使わない方がいいわよ。もちろん、物凄い装備はできるけど、美術品としての価値の方が……こ、これ、小さい国なら一つ丸ごと買えるんじゃない?」
◆ログ◆
・《エイミ》は『宝石鑑定』を行った。
・『雌皇竜の水晶殻』の価値が判明した! 253590666721ジュナに相当している。
「げぇっ!?」
「わ、私だってそれくらい言いたいくらいの気持ちで……こ、こんなのどこで見つけたの?」
(け、ケタが一瞬わからなくなった……2535億ジュナ……今の俺の資産なんて目じゃないぞこれ……!)
ちなみにゲーム時代は1億ジュナがRMTにおいて千円だったので、253万円に相当する。これを高いと見るか安いと見るか……異世界においては、ちょっと額が大きすぎて実感がわかない。
ゲーム時代の俺の資産は一兆に達していたので、だいたい一千万円の価値があった。そこまで稼ぐにはもっと時間がかかると思っていたが、ユィシアは脱皮するだけで、俺がエターナル・マギアをプレイし続けて溜めた額の4分の1の価値を作り出してしまったのである。お金が全てではないが、もはやユィシアが神獣か何かに思えてくる。いや、雌皇竜という存在が、それほど希少で尊い存在だというのは、わかっていたつもりなのだが。
武器を研ぐとかそういうレベルではない。ユィシア像は、いずれ自分の家を持ったときに守護神として飾るしかない、そういうアイテムだ。武具の素材にしたら物凄く強いのだろうが、背に腹は変えられない。
「ああ、驚きすぎてまだドキドキする……これ、俺の知り合いの皇竜の女の子が脱皮してできたものなんだ」
「……っ」
「あっ……え、エイミさん! ごめん、貧血起こすくらい驚くと思わなくて!」
「し、知り合いに竜の女の子がいて……だ、脱皮……脱皮……?」
完全に目を回してしまったエイミさん。ユィシアの存在がやはり規格外であるということを、もっと俺は自覚しなくてはならないようだ――反省しなくては。




