第四十五話 御前試合/水浴び場にて
修練用のプレートメイルも用意されていたが、俺はあえて軽い革の防具だけ身につけて、装備を整えた。
修練場の中には、王族が訓練を観覧するために使う、ひときわ大きな部屋がある。外観は円筒状をしていて、上がドームのように丸くなっている――建築の歴史的に見てどうなのかわからないが、かなり高度な石工技術が用いられていることがわかる。ドームの屋根の内側に一面、人が戦っている姿が彫られているからだ。
ルネサンス期の芸術家に匹敵するような人でもいるんだろうか。床にも幾何学模様の絵が書かれていて、修練場というよりは神殿の広間のようでもある。やはり、むやみにスキルを使って破壊することはできない。
二階にあたる高さのところに観覧席が作られ、さっき円卓の間に居た人たちが全員揃っている。さっきは最後まで話さなかった『ストラテジスト』のメアリーという少女もいた。
(ストラテジスト……戦略。戦略家……エルフならあの見た目でも、そういう知識があることはありえるか)
試合前なので考えを打ち切り、俺は背中に背負ったバルディッシュの柄を握って、手応えを確認する。
そして青騎士と赤騎士が、戦いの舞台に上がってくる。ハーフ・プレートメイルを着ているのでどんな体格かまでは分からないが、ステータスで強さは確認できる――こんな感じだ。
◆ステータス◆
名前 ジェシカ・クローバー
人間 女性 28歳 レベル61
ジョブ:ジェネラル
ライフ:1036/1036
マナ :312/312
スキル:
斧マスタリー 24
槍マスタリー 81
鎧マスタリー 82
恵体 83
猛将 32
指揮 34
騎士道 70
魔術素養 24
母性 73
アクションスキル:
薪割り(斧マスタリー10)
兜割り(斧マスタリー20)
烈風突き(槍マスタリー10)
薙ぎ払い(槍マスタリー20)
連続突き(槍マスタリー30)
壁貫き(槍マスタリー40)
ブラストチャージ(槍マスタリー50)
飛翔三段(槍マスタリー60)
バスタードライブ(槍マスタリー70)
四鳳閃(槍マスタリー80)
一撃離脱(猛将20)
号令(指揮10)
布陣(指揮30)
敬礼(騎士道10)
気迫(騎士道20)
峰打ち(騎士道30)
カリスマ(騎士道50)
授乳(母性20)
子守唄(母性30)
搾乳(母性40)
説得(母性60)
パッシブスキル:
斧装備(斧マスタリー10)
槍装備(槍マスタリー10)
槍攻撃力上昇(槍マスタリー30)
鎧装備(鎧マスタリー10)
重鎧装備(鎧マスタリー30)
鎧効果上昇レベル3(鎧マスタリー70)
スーパーアーマー(鎧マスタリー80)
威圧(猛将10)
血風(猛将30)
指導(指揮20)
栄光(騎士道70)
育成(母性10)
慈母(母性50)
子宝(母性70)
オークに強い
スライムにとても弱い
潔癖症
◆ステータス◆
名前 クリスティーナ・ハウルヴィッツ
人間 女性 20歳 レベル57
ジョブ:ドラグーン
ライフ:916/916
マナ :804/804
スキル:
弓マスタリー 32
銃マスタリー 68
鎧マスタリー 58
竜騎兵 52
精霊魔術 54
恵体 73
魔術素養 65
騎士道 51
気品 20
母性 48
アクション:
遠射(弓マスタリー10)
曲射(弓マスタリー20)
乱れ撃ち(弓マスタリー30)
連射(銃マスタリー30)
狙撃(銃マスタリー60)
騎乗(竜騎兵10)
斉射(竜騎兵20)
魔術弾(竜騎兵30)
魔術弾速射(竜騎兵50)
精霊魔術レベル6(精霊魔術60)
敬礼(騎士道10)
気迫(騎士道20)
峰打ち(騎士道30)
カリスマ(騎士道50)
授乳(母性20)
子守唄(母性30)
搾乳(母性40)
パッシブ:
弓装備(弓マスタリー10)
銃装備(銃マスタリー10)
射撃命中上昇レベル2(銃マスタリー50)
鎧装備(鎧マスタリー10)
重鎧装備(鎧マスタリー30)
鎧効果上昇レベル2(鎧マスタリー50)
騎乗効果上昇(竜騎兵40)
マジックブースト(魔術素養30)
マナー(気品10)
育成(母性10)
オークに弱い
スライムに弱い
のぼせやすい
◆◇◆
(猛将……竜騎兵。これが、二人の固有スキル……どちらも上位職だけに、まだ全容は見えてないけど、今の時点でも十分に強さの片鱗を感じるな)
特に今の俺には、『竜騎兵』のスキルが気になる。竜騎兵とは、銃を持った騎兵のことを指す言葉だが、このマギアハイムの世界ならば実際に『竜』がいるのだから、俺とユィシアが組んだときに強さを発揮するスキルがあるかもしれない。すでに竜騎兵40でパッシブ『騎乗効果上昇』があるので、ぜひ欲しい――何としてでも。
二人とも騎士団長の名に恥じないステータスの高さだ。それぞれに、俺の防御を貫通する手段は持っていると思っていいだろう。ジェシカさんの槍技『四鳳閃』、クリスさんの『魔術弾速射』あたりに注意しなければ――と考えたところで、俺は遅れて気がつく。
クリスさんの名前の欄、『ハウルヴィッツ』という言葉に、俺は聞き覚えがあった。あれは……もううろ覚えになってしまっているけど。確か、フィリアネスさんが言っていた……。
『こちらがレミリア様の邸宅……やはり、ハウルヴィッツの伝統的な造りになっておりますね』
(ハウルヴィッツ……あの時フィリアネスさんは、母さんの家名のことを言ったはずだ。でも、母さんはクーゼルバーグ伯爵家の令嬢って話だったよな……どういうことだ?)
おそらく赤ん坊の時に聞いただけなので記憶に自信がない。俺は戦う前に、クリスさんに聞いてみることにした。
「あ、あの……クリスさん。戦う前に、あなたの名前を聞いてもいいですか」
「……ん? んふふ。クリスティーナ・ハウルヴィッツだけど?」
「ハウルヴィッツ……それは、俺の母さんにも関わりがある名前のはずなんです。クリスさんは、もしかして、俺の母さんと関係があったりしますか?」
――そう言って、俺はようやく気がついた。
亜麻色の、ふわふわとした髪。その色は、母さんの髪の色と同じ……!
「……クリス、どういうことだ? ジークリッド殿の母君と、どのような関係なのだ」
「後で教えてあげようと思ってたけどね。まあ、お察しのとおりだよ。ヒロト君のお母さんは、私の実のお姉ちゃんなんだよね」
「っ……な、なんで、今まで黙ってたんですか?」
飄々としていて掴みどころがなく、俺を嫌っていると思いきやそうでもない。特異なスキルを持っていて、赤騎士団長で……極めつけに、まさか俺の母さんの妹だなんて。
「……そういうことか。姉君のご子息が魔王と戦うことを、よく思っていないと」
「んふふ……どうだろうね。リカルドさんと一緒に家出したお姉ちゃんに、ハウルヴィッツのおじいちゃんはとっても良くしてくれたんだよ。それを知らずに生きてきた坊やには、ちょっと思うところもあるっていうかね。今、八歳くらいのはずだよね? それが、どうしてそんなに大きくなっちゃってるのかな?」
「は、八歳……? 何かの間違いではないのか。今の彼は、どう見ても、まだ若いとはいえ一人前の青年に見えるが……」
「それについてはまた、必ず話します。俺と二人が、一緒に戦う仲間になれるなら」
クリスさんは微笑んだままでいた。そして観覧席から見ているディアストラさんが前に出て、試合開始の合図を下そうとする。
「これより、騎士団長二人と、ヒロト・ジークリッドの御前試合を行う。騎士の誇りを失わず、いたずらに相手を傷つけず、各々の力を存分に発揮せよ。始めっ!」
(さて……やるか……!)
背中に背負ったバルディッシュの柄に手をかける。そして俺は、それを使って戦いの前に『演舞』を始めた。
ただの儀礼や、見せるためだけの動きではない。フィリアネスさんと幼い時にやってきた演舞には、間合いを確認し、自分の状態を確かめるという意味も含まれているのだ。
「……何……という……」
「……見せつけてくれるじゃない」
ジェシカさんは驚き、クリスさんは笑っている。彼女は悟っている――俺の動きが、フィリアネスさんに教わったものだということを。
巨人のバルディッシュを袈裟懸けに二度振ったあと、その勢いのままに身体の上までバルディッシュを持っていき、回転させる――轟音と共に斧槍が風を巻き起こし、まだ間合いの離れている騎士団長二人の髪を揺らした。
「――おぉぉっ!」
◆ログ◆
・あなたは「ウォークライ」を発動させた!
・パーティの闘志が昂揚する! パーティの攻撃力が一時的に上昇した!
◆◇◆
最後に雄叫び――『ウォークライ』と共に斧槍を突き出し、そのまま正面に構える。
俺の声が響いたあとで、ビリビリと空気が震えている。ただ黙って見ていたジェシカさんとクリスさんは、それでようやく我に返った。
「……二人は、戦う準備はしなくていいのか?」
「……確かめたのですか、新しい武器を。それだけの動きで……」
「久しぶりに、鳥肌立っちゃってるよ。でもいくら強い武器でも、当たらなければ意味は無いんだよね……っ!」
演舞は二人の闘志を煽る意味もある――俺の狙い通り、巨人のバルディッシュを前に萎縮していた二人の目に、闘志の炎が戻っている。
「クリス、私が先に仕掛ける……貴公は魔術弓で狙い撃てっ! はぁぁっ!」
◆ログ◆
・《ジェシカ》は「威圧」を発動させた! あなたには効果がなかった。
(猛将は自動で威圧を発動させるのか……でも、ごめん。俺には通じない……!)
「私を前に怯むこともない……そのような相手は久しぶりです……っ!」
黒い髪をなびかせながら、ジェシカさんが踏み込む――次の一瞬後には彼女は俺を間合いの中にとらえ、斧槍の柄を引き、身体をひねって強烈な突きを繰りだそうとしていた。
「御免っ……!」
◆ログ◆
・《ジェシカ》は「峰打ち」を発動した!
・《ジェシカ》は「ブラストチャージ」を放った!
単体でも使える「峰打ち」を、槍の大技に組み合わせることで、致命の一撃を避ける――さすがは騎士団長だ。
(ブラストチャージ……まともに受ければ俺の防御を貫通する。『ダメージを受けてみたい』、なんてのはさすがに舐めすぎてるよなっ……じゃあ……!)
「――甘いっ!」
◆ログ◆
・あなたは「パワースラッシュ」を放った!
・技と技がぶつかり合う! 攻撃が相殺された!
・《ジェシカ》の武器の耐久度が下がった!
「くぅっ……!」
範囲攻撃であり、複数人を攻撃することができるブラスト・チャージ。その威力を、俺が袈裟斬りで叩きつけた斧槍が封殺し、彼女の俺のものと比べて細いハルバードでは受け止めきれず、大きく弾き飛ばされる。何度も繰り返せば、彼女の武器は破壊されかねない、それほどの手応えがあった。
パワースラッシュ――俺が得意とする斧技は、斧槍でもそのまま使うことができる。今日初めて斧槍を使った俺でも、ジェシカさんに遅れを取ることはないということだ。
「――クリスティーナッ!」
「っ……!?」
◆ログ◆
・《ジェシカ》は「一撃離脱」を発動した! あなたとの間合いが大きく離れた。
◆◇◆
ジェシカさんが大きく後ろに飛ぶ――それはスキルを使わなければ不可能なほどの迅速な動きだった。
俺からジェシカさんが離れる。それが意味することに気づいたとき、俺はぞくりとする悪寒を覚える。
「ごめんねヒロト君……ちょっと熱いの行くよっ!」
――俺の視界から外れるように動いていたクリスティーナさんの声。振り返ろうとしたとき、クリスティーナさんが構えた術式弓の発射口に、巨大な火球が発生しているのが見えた。
(二人で連携してきた……ライバルのわりに、息がぴったりじゃないか……!)
◆ログ◆
・《クリスティーナ》は精霊魔術によって、火属性の魔術弾を生成した!
・《クリスティーナ》の魔術弾速射! 「火炎爆裂弾」!
「――『火炎爆裂弾』ッ!」
火球がキュィン、と音を立てて、瞬時に矢弾へと姿を変える。そして次の瞬間には、俺に向けて矢が迫っていた――魔術弾速射、発生から着弾まで、まさかここまで速いとは……!
(やるな……本当に強い……!)
「――『火精の盾』!」
減殺しきれるか分からない。それでも着弾する寸前に、精霊魔術による盾を展開する――それは少なからず、俺が魔術弾の威力を脅威に感じたからだった。
◆ログ◆
・あなたは「火精の盾」を詠唱した! 火属性に対する耐性が一時的に上昇した!
・「火炎爆裂弾」があなたに命中した! 盾を貫通、32のダメージ!
「っ……!」
32というと、やけどにもならない程度のダメージだ。それでもジェシカさんとクリスティーナさんは、俺にダメージを与えてきた――上から言うのもなんだけど、高い戦闘力を証明してくれた。
観覧席からも声が上がった。俺の身体が爆風に包まれたので、かなり派手に見えたのだろう。自然回復だけで勝手に全快するダメージでしかないが、傍から見ているとヒヤリとするはずだ――フィリアネスさんもディアストラさんも、俺の力を知っているので心配していなかったけれど。
「よしっ……!」
「クリスティーナ、油断するな! まだ、彼はあまり打撃を受けていないっ!」
ジェシカさんが冷静に判断する。その通りだと思いながら、距離の離れた二人にどう攻撃するかを考え、動こうとしたところで、着ていたものがぼろ、と崩れて取れてしまった。
◆ログ◆
・爆裂属性による追加効果! あなたの「レザーアーマー」が破壊された。
(うわっ……か、革の鎧が燃えた……!)
ここに入場する時につけてきた防具――金属製にしなかったから、火炎爆裂弾で燃やされて上半身が裸になってしまった。革製の弱点はこういうところで、適当な防具しか選ばなかったことをちょっと後悔する。
まあ、もう小手調べは済んだので、次の攻撃を受ける前に勝負をつける。だから問題ないと思ったのだが……。
◆ログ◆
・あなたの「艶姿」が発動! 範囲内にいる異性を惹きつけた。
(えぇぇぇぇ!?)
戦闘に関係ないスキルが、非常にどうでもいいタイミングで発動してしまった。確かに、女性陣からの熱い視線を感じる……そんなに見ないでくれ、俺も思春期だから恥ずかしいんだ。
ジェシカさんとクリスさんは戦闘中だから、俺の艶姿、セクシーな姿を見せたからといって、対して動揺していないはずだ――と思いきや。
「……く、クリス。鼻から赤いものが……」
「ふぁっ……え、えっと、あの、これはそうじゃなくてね? 別にいい身体してるなとか、髪の毛降ろすとワイルドだなとか考えてるわけじゃなくてね?」
クリスさんは鼻を押さえつつ言う。そういえば、『のぼせやすい』のマイナスパッシブがついていたな……それって、興奮して鼻血が出やすいってことでもあるのか。
ジェシカさん、クリスさんだけでなく、俺の半裸に対して観覧席からも熱いコメントが寄せられていた。
◆ログ◆
・《フィリアネス》はつぶやいた。「……見惚れている場合ではないのだが……ヒロト……」
・《ディアストラ》はつぶやいた。「なんというものを見せるのだ……これでは眠りに差し支える……」
・《ヴィクトリア》はつぶやいた。「もっと違うところを燃やせ……っ、煉獄の炎で……!」
・《ファーガス》はつぶやいた。「ルシエの婿ということは、私の義理の息子か……」
・《ゴドー》はつぶやいた。「魔術も使いこなしますか。研究所にぜひお招きしたいですね」
・《コーネリアス》はつぶやいた。「若い頃を思い出す。この老いぼれの血もたぎるというものだ」
◆◇◆
(女性陣と男性陣で、見てるところがまったく違うな……そしてファーガス陛下は気が早いな)
ヴィクトリアはどこを燃やしてほしいんだろう……変なことを考えてたらお仕置きだな。ジョゼフィーヌは出番に備えて、今も物陰でプルプルしているに違いない。
ディアストラさんの安眠についても気になるが、やはりまだ話してないあの少女――メアリーさんは、何も言わないままなのだろうか。と思った矢先だった。
◆ログ◆
・《メアリー》はつぶやいた。「……強いのに、無駄な筋肉がついてない。きれいな裸……」
◆◇◆
(興味を示してくれた……って、喜んでる場合じゃない。それはただの露出狂だ)
「も、もう大丈夫……お姉さんちょっとびっくりだわ。ヒロト君がこんなにイイ身体してるなんて」
「な、何を言っているっ……つつっ、続けるぞっ! はぁぁっ!」
ジェシカさんもクリスさんも辛うじて気を取り直し、再び向かってくる――前と同じパターンだ。一度目が成功したから、二度まではいけると思っているのだろう。
(一撃離脱ってスキルは、離れると同時に、俺に隙を作る。それはスキルの効果で、今の俺には防ぐ手立てはない……となると……)
『一撃離脱』をされると、0.3秒ほど俺の身体は言うことを聞かなくなる。その隙を突いて、クリスさんは確実に魔術弾を打ち込んでくるだろう――小手調べの今よりも、もっと強力なものを。
それなら、答えは一つだ。
俺は斧槍を引き、槍先をゆらりと下げる。そして全身全霊の力を込めた一撃を放つべく、腰を落とした。
「私の槍を前にして、溜めに入るとは……分かりました。正面からお受けしましょうっ!」
「ヒロト君、甘く見てもらっちゃ困るよっ! 私の魔術弾は、『いつでも』撃てるんだよねえっ!」
俺の構えを挑発と受け取り、ジェシカさんは間合いを詰めて大技を、クリスさんはジェシカさんの一撃離脱を待たず、彼女の攻撃に重ねて魔術弾を放とうとする。
(二人の動きよりも早く牽制する手段がないと思ってるのか。あまり、甘く見ないでくれよ……!)
「――雷の精霊よ、大気を駆け抜け、敵を薙ぎ払えっ!」
「っ……その魔術は……」
「フィル姉さんのっ……!?」
◆ログ◆
・あなたは「マジックブースト」を発動させた!
・あなたは「ボルトストリーム」を詠唱した!
◆◇◆
雷属性の魔術は全体的に発生が速く、敵への到達も速い。ジェシカさんの大技は発生まで時間がかかり、クリスさんの魔術弾も、強い魔術を使うほど発生が遅れる――ならば、後からでも俺の魔術の速度が上回る。
俺の手のひらから発生し、一瞬にして空間を貫いた雷光が、二人の騎士の身体を走り抜ける。
「くぅぅっ……あぁ……!」
「はぁぅっ……な、何の、これしきっ……!」
◆ログ◆
・《ジェシカ》に283ダメージ! 《ジェシカ》は麻痺状態になった。
・《クリスティーナ》に182ダメージ! 《クリスティーナ》は麻痺に抵抗した。
・《クリスティーナ》の攻撃がキャンセルされた!
◆◇◆
(っ……そうか。魔術素養が上がった分だけ、魔術の威力が上がって……ブーストはやりすぎたか……っ)
「……っ、く……まだ……魔術の一撃などでは、倒れられないっ……!」
ジェシカさんは麻痺してもなお、斧槍を握りしめて立ち続ける。何ていう……これが騎士団長の『気迫』か。麻痺による行動制限を、気合だけで低減しているのだ。
「なかなかやるね……でも、もらったよっ!」
魔術素養の高いクリスティーナさんは麻痺していない――そして、再び魔術弾速射の体勢に入る。
まだ戦いを続けたい気持ちはある。しかしさっきより高威力の魔術弾を撃ちこまれたら、見ている人たちからは俺のダメージが多いように見えるだろう。戦闘が派手になればなるほど、途中で止められる可能性も高まる。
(……負けるわけにはいかない。誰が見ても認める形で勝つ……!)
「――うぉぉぉぉぉっ!」
魔術弾速射の軌道は直線だ。正面から俺の技で受け止め、返しきる……!
◆ログ◆
・あなたは「ダブル魔法剣」を放った!
・あなたは「スパイラルサンダー」を武器にエンチャントした!
・あなたは「クリムゾンフレア」を武器にエンチャントした!
◆◇◆
「なっ……!?」
クリスティーナさんの目が見開かれる。この試合において、その一瞬の動揺が命取りだった。
神聖剣技を使うことで、相手に隙ができるかもしれない――それをわかっていて発動したのは少し卑怯にも感じたが、俺は事前に可能性を示唆していた。フィリアネスさんに学んだ演舞を見せることで。
(詠唱の速さでは上回った……あとは威力だ……!)
「――はぁぁぁぁぁっ!」
◆ログ◆
・『巨人のバルディッシュ』が光り輝く! 技の威力が上昇した!
◆◇◆
(武器が、反応して……そうか……!)
巨人のバルディッシュ――その未鑑定の能力のうちひとつが、この瞬間に明らかになった。
『ギガントスラッシュ』。巨人の振り回す戦斧にも等しいと呼ばれる一撃――それは、巨人のバルディッシュと組み合わせることで、本来の威力を発揮するのだ。
何も考えず、適切な威力の技を選んだつもりだった。その威力が、俺の想定以上に跳ね上がる――そう予感させるだけの力が、俺の振りぬかんとする斧槍に込められていた。
「私だって、負けるわけにはいかないんだよ……っ!」
クリスティーナさんは叫び、その瞳に射抜くような鋭さを取り戻す。そして、巨大なクロスボウガンに、魔術で生成した矢――俺に対抗したのか、今度は雷属性の矢を装填し、俺に向けて放ってきた。
◆ログ◆
・《クリスティーナ》は精霊魔術によって、雷属性の魔術弾を生成した!
・《クリスティーナ》の魔術弾速射! 「轟雷殲滅弾」!
◆◇◆
「『轟雷殲滅弾』!』
殲滅弾――おそらく、爆裂弾より上の威力を持つ弾。しかし、銃マスタリーか、それとも竜騎兵スキルが上がりきっていないからか、俺の予想と違い、前の魔術弾より大きく威力が跳ね上がることはなかった。
さっきと同じ弾を使えば詠唱が遅くなることもなく、俺に当てられたかもしれない。しかし、もう後の祭りだ……!
(……クリスさん、あなたはまだまだ強くなる。ジェシカさんも……でも、今は……!)
「いけぇぇぇっ……!」
◆ログ◆
・あなたは「ギガントスラッシュ」を放った! 「巨斧紅雷斬」!
◆◇◆
振りぬいた斧が描く斬撃の軌跡は、俺の想像を遥かに上回っていた。
斧槍の間合いのはるか外にいた二人の騎士を薙ぎ払い、それでも足りず、修練場の壁全体に斬撃が届き、炎と雷を纏った軌跡が走り抜ける。
「あぁぁぁぁぁっ……!」
「……きゃぁぁぁぁっ……!」
◆ログ◆
・《ジェシカ》に3238ダメージ! オーバーキル!
・「手加減」が発動! 《ジェシカ》は昏倒した。
・《クリスティーナ》に2452ダメージ! オーバーキル!
・「手加減」が発動! 《クリスティーナ》は昏倒した。
◆◇◆
唖然としたのは俺自身だった。
斧マスタリー110の必殺技「メテオクラッシュ」で1874ダメージ、それが最高だったのに、ジェシカさんという強敵を相手にして最大ダメージを大きく更新してしまったのだから。
「くぅっ……うぅ……」
「……まだ……まだっ……これからだよ……っ」
ライフが1になり、到底起き上がれないはずの二人が、武器を支えにして立ち上がってくる。
しかし、もはや見ている誰もが、試合を続けられるとは思っていなかった。
「そこまで! この試合、ジークリッドの勝利とする!」
ファーガス陛下が席を立って、力強く宣言する。それを聞いたジェシカさんとクリスさんは、がくっと膝をつき、その場にうなだれた。
◆ログ◆
・あなたは戦闘に勝利した!
・あなたのレベルが上がった! スキルポイントを3手に入れた。
・あなたの「斧マスタリー」が上昇した!
・《ジェシカ》の「槍マスタリー」が上昇した!
・《クリスティーナ》のレベルが上がった!
・《クリスティーナ》の「竜騎兵」が上昇した!
◆戦闘評価◆
・2人をオーバーキルし、戦闘評価が上昇した。
・2人に手加減して倒し、戦闘評価が上昇した。
・《ジェシカ》の状態異常により、戦闘評価が上昇した。
・《クリスティーナ》の状態異常により、戦闘評価が上昇した。
・「恭順』の効果により、《ジェシカ》《クリスティーナ》の友好度が上昇した。
◆◇◆
恭順の効果はこれで確認できた。レベルも上がったし、とても実りの多い戦いだった。
(……あれ? クリスさんは状態異常じゃなかったはずだけど……)
それも気になるが、今は二人を手当てしてあげなければ。とりあえず応急処置として、インベントリーからポーションを出して二人に使ってあげるのが良いだろう。
「ジークリッド、見事なり! 私を倒したその力、見届けさせてもらったぞ! はっはっはっ、痛快極まる! 私を馬鹿にしていたジェシカもクリスティーナも、こうなってしまえば無様なものもがっ」
「ヴィクトリア、少しおしゃべりが過ぎるぞ。今日で貴様の自由は終わりだ、みっちりと再教育してやろう」
「ふぐっ、むぐっ……んーっ、んーっ!」
調子に乗ったヴィクトリアが、顔面をディアストラさんにアイアンクローされ、そのまま連れていかれてしまった。凄まじい腕力……そのパンチを受けて無事だった俺の腹筋も、なかなかのものだ。
「ジークリッド君、見事だった! 魔王と戦った英雄の力、しかと見届けさせてもらったぞ!」
ファーガス陛下が修練場に響き渡るほど大きな声で言う。他の人達も皆席を立っていて、俺に向けて拍手をしてくれた。
フィリアネスさんは微笑み、コーネリアス公は興奮気味に顔を紅潮させ、ゴドーさんは顔面蒼白で引きつった笑いを浮かべており、メアリーさんはじっと俺を見て、無表情のままだが、手を叩いてくれている。
「あ、ありがとうございます。それより、二人の手当てを……」
照れつつ答えようとした瞬間だった。恭順が発動したあとのウィンドウに、さらにログが流れてくる。
◆ログ◆
・《ジェシカ》の「ブルーライン・ハーフプレートメイル」の耐久度がゼロになった。
・《クリスティーナ》の「レッドライン・ハーフプレートメイル」の耐久度がゼロになった。
◆◇◆
(うわっ……や、やばいっ……!)
オーバーキルが発生すると、装備の耐久度が大幅に削れる。それにしても一発で破壊してしまうとは――このままでは、二人は裸になってしまう……!
「す、すみませんっ! ちょっと眩しいですけど、何も害はないですからっ!」
◆ログ◆
・あなたは「ホーリーライト」を詠唱した!
◆◇◆
「くっ、眩しい……ど、どうしたのだ、ジークリッド君っ!」
「陛下っ、問題はございません! ヒロトにも考えのことがあってのことかと……っ!」
(フィリアネスさん、ナイス……! 今のうちに、二人を……!)
俺は目眩ましをしている間に、動けなくなっている騎士団長ふたりを担いで、修練場から足早に立ち去った。向かう先は、代わりの装備があるだろう更衣室だ。
◆◇◆
プレートメイルが破壊されたことを皮切りに、次々と二人の装備の耐久度がゼロになって、最終的には――いや、それは見なかったことにしなければならない。
俺は更衣室で適当な布を探して二人に羽織らせ、ポーションを飲んでもらった。
「んっ……んくっ……」
ジェシカさんがポーションの瓶に口をつけて飲んでくれる。白い喉が動いて、中身の半分くらいは飲んでくれた。
二人ともライフの最大値が多いので、自然回復も早い。もう少しすれば、意識もはっきりしてくるだろう。
「すみません、俺、やりすぎて……」
次はクリスティーナさんにポーションを飲ませる。もちろんその都度、新品のポーションを出している。アイテムのストックはかなりあるので、全く問題ない。
「……んっ、んっ……あはは……ヒロト君、ありがと……恥ずかしいとこ、見られちゃうとこだったよ……」
クリスティーナさんはこうして見ると、母さんを少し眠たそうにしたような、そんな顔をしていた。どうして最初から気が付かなかったのだろう、と不思議に思うくらい、姉妹らしい面影がある。
「ほんとは衛生兵の人を呼んだりした方が良かったですね。今からでも……」
「……いいえ。私も騎士団長ですから……できるなら、部下に弱った姿は見せたくありません」
「うん、私も……騎士団長って、いつも強くないとダメなんだよ。ヴィクターみたいに、場合によっては部下の子たちが支えてくれる場合もあると思うけどね……」
(うわっ……!)
クリスティーナさんが身体を起こそうとした拍子に、頼りなく胸元を覆っていた布がずれて、豊かな膨らみが半分ほど見えてしまう。
こんなこと言うのもなんだけど、姉妹で胸の形が……母さんより一回り大きいけど、張りの具合だとか、大きくても形を保っているところだとか、本当によく似てる。
(……似てるけど、それだけじゃない。やっぱり、それぞれに違うんだよな)
「……ヒロト殿も、クリスの魔術弾で、鎧が……」
「あ……そうだな。さすがに炎の魔術をまともに食らうと、ちょっとすすけてるな」
「……大丈夫? やけどとか、してない……?」
「だ、大丈夫、俺は全然……」
自分の方がダメージが大きいのに、クリスさんは本気で心配して――俺の上半身を目にして、首から上がきゅーっと真っ赤に染まっていく。
「ふぁっ……ご、ごめん。変なこと考えてるわけじゃないんだよ、ただ、はなぢ、出やすくて……」
「っ……だ、大丈夫ですか?」
「だ、だめっ……!」
鼻血を止める方法といえば、冷やすとか、小鼻を圧迫して止めるとかだっただろうか――しかし、確かにそれを俺がクリスさんにやっていいというわけではない。
しかし――今までずっと飄々としてたクリスさんが、急に恥ずかしがり始めて、正直を言うと驚いていた。それは、こんなあられもない姿にされたら、俺を警戒しても仕方がないけど。
「ご、ごめん。俺、とりあえずすすを落としてきたいんだけど……」
「は、はい……そちらに、修練後の汗を流す水場があります」
「……ふぁ……とまんない……こ、こんな時に~……かっこ悪すぎ……」
クリスさんが泣きそうな声を出していたけど、ジェシカさんが宥めていた。この二人を見ていると、マールさんとアレッタさんのやりとりを思い出す。
(みんな仲がいいんだな……騎士団は。マールさんたちとは、ジェシカさんたちはどういう関係なんだろう)
そんなことを考えているのは、さっき見てしまったジェシカさんとクリスさんの艶めかしい姿を、必死に意識の外から追いやろうとしているからだった。
水でも浴びて頭を冷やした方がいい。異性に対する意識に目覚めてしまうと、こういう部分が大変なんだな、と今さらに実感していたた。
◆◇◆
「ふぅ……」
冷たい水を浴びると、身体の火照りが少しはおさまったが、どうにも落ち着かない。
きのう、あんなにフィリアネスさんと……なのに俺は、別の女の人をすぐ意識してしまっている。
(これから、俺の指揮で一緒に戦ってくれる仲間で……ミゼールを守備してくれる人たちだぞ。適切な距離感で接しないと……)
俺が上がったら彼女たちと交代して、彼女たちが水浴びをしている間に、俺は着替えて外に出て、ミゼールに戻る支度をする。そうすれば、過剰に意識したりすることもない。
――無いんだけど。俺の頭の中では、『猛将』『竜騎兵』の二つが、ぐるぐると回っているのだった。
(欲しい……い、いや、会ったばかりだぞ。俺はもう大人と認められてるんだ、簡単にそんなことしていいわけがない。二人だって許してくれるわけが……そうだ、普通は、会ったばかりの人には……)
考えが暴走していく前に、もう一度水を浴びて、ここを出よう。
そう心に決めて、桶で水をかぶろうとしたとき――ぴちゃ、と音が聞こえた。
濡れた石の上を歩いてくる、二つの裸足の足音。俺はこんなことが、前にもあったと思い出す。そうだ、イシュアラル村での時と似ている。
(に、似てるとかそういう問題じゃなくて……な、なぜ来るっ……!?)
さっきクリスさんはあんなに恥じらっていたし、ジェシカさんだってそうだ。
なのに、彼女たちは、布一枚を纏った姿で、俺のいる水場に入ってきてしまった。
「……な、なんで……二人とも、俺、まだ入って……」
至極当然のことを聞いたはずが、ジェシカさんもクリスさんも、俺をじっと見つめて何も答えない。
原因として考えられることはある。しかし俺は、恐ろしくてなかなか確認する気になれなかった。
――俺が恐ろしいと感じたのは、自分の業だった。あまりにも深い、強欲という名の罪――。
(でも、確認しないと……それで、答えは明らかになる……)
◆情報◆
名称:ジェシカ・クローバー
関係:あなたに身も心も捧げ尽くしている
名称:クリスティーナ・ハウルヴィッツ
関係:あなたに愛情を抱いている
◆◇◆
(――ぬぁぁぁぁ!)
『恭順』の判定でボーナスが加算されたとき、なぜ危機感を抱かなかったのか――たった一回『恭順』が発動しただけでは、大して変わらないと思っていたのが仇になった。
(友好度って、異性に対しては好感度と同じじゃないか。男女には友情は存在しないとでもいうのか……?)
動揺しきった俺の前に、二人の女性が歩いてくる。
見ないようにしていたが、ジェシカさんは引き締まった身体なのにどうしてそこまで大きくなるのか分からないほど胸が大きい。母性73、俺が出会った中でも屈指の数値を誇る彼女は、胸元で布を押さえているが、手が谷間に沈み込んで、球体に近い形がくっきりと浮かび上がっていた。
そしてクリスさんを見ると本当にだめだ。髪を降ろすと、母さんに似すぎている。別人だと分かっていても、なぜか父さんの顔が脳裏を巡り、『ヒロト、自分に恥じない生き方をしろよ』と爽やかに笑いかけてくる。俺もそうしたいよ父さん、でも……!
「……こんなにお強いとは思っていませんでした。あなたの技を受けたとき、私の今まで生きてきた中で、命を賭けてきた戦いなどは、遊びにしか過ぎないと思い知らされて……」
「……ほんとにすごかったよ、ヒロト君。私ね、最初の一発が当たったとき、大したことないじゃんって思っちゃったんだ。でも、違ってた……キミはすごいよ。私が今まで見てきた男の人で……ううん、世界中探したって、キミみたいな人は見つからない……」
(ま、待ってくれ……ぬ、布はそのままにしてくれ。そうじゃないと俺は……っ!)
そうして見て気がついた。俺は、彼女たちがここに来た時から、ずっと全裸なのだと。
二人の視線がどこを向いているか怖くて、目で追いたくない。だったら隠せというところだが、風呂から上がってすぐに拭けばいいと思っていたので、水浴びには布を持ってこなかった。
(インベントリーから装備を……いや、それも置いてきてるし……つ、詰んだ……俺の男としての目覚めが、二人に悟られてしまう……!)
ジェシカさんはちら、と視線を下に向けて、口に手を当てる。それは嫌悪からではなく、恥じらいと好奇心、そしてどこか嬉しさに入り混じったような表情だった。乙女といえばそうかもしれない、二十八歳だけど、彼女はたぶん初めてなのだ。何が初めてかは、階段を上ることというかいろいろだと思う。
そしてのぼせやすいクリスさんは鼻血を出すこともなく、俺の身体を見て、心なしか息を荒くしている。そこで俺は、彼女が戦闘中に何の状態異常になっていたか理解した。気の利くログは、それを敢えて表示しなかったのだ。ログに意志があるような言い方もどうかと思うが。
(……間違いない、『発情』状態……俺の『艶姿』が発動したときに、かかってたんだ……!)
「……ヒロト君ともっとちっちゃい頃に会えてたらって思ったけど、あれだね。私もお姉ちゃんより六つも下だから、今のおっきくなったヒロト君となら、そんなに変わらないよね……とか思ったりして」
「か、変わらないというか……」
肉体年齢としては六歳しか変わらない。六歳差……これはどうなのだろう。
(そうじゃない、母さんの妹さんなんだぞ! 竜騎兵なんてスキルは見なかったことにするんだ! 見なかったことに……)
ぱさっ、ふぁさっ。
(すごい布っぽい音がしたぞ……というか俺の瞳には揺るぎない真実が映っているけど……肌色が増えた気がするけど、まだ致命的なところは見えてないぞ……逃げろ、逃げるんだ! 男のプライドも何もかも捨てて、少年の恥じらいに身を任せるんだ!)
必死に抵抗する理性。だ、だめだ、俺はフィリアネスさんと一夜を明かしたばかりなんだ。その次の日になんてだめだ、だめだ……!
「……こんな気持ちになったのは、初めてです。ヒロト様……こうしてあなたと剣を交え、こうして水浴びのお世話をさせて頂く機会を得たのは……女としての幸せをあきらめていた私への、女神様のご褒美だと……思いたいの、ですが……こ、こんな、鍛えることしかしてこなかった身体では、お相手をしていただけませんよね……」
「……ジェシカさん、男嫌いで有名なんだよ? こんな人にここまでさせちゃったんだから……ね、ヒロト君、わかるよね。何もしてあげないで帰しちゃったら、ひどい人って思われちゃうよ……?」
熱っぽい瞳のクリスさんの方が、ジェシカさんよりずっと色っぽい表情になっている。というかさっきから、その視線が、『いい身体してる』なんて言葉じゃすまないくらい、俺に熱心に向けられている。
間合いを広げなくては――と思ったが、女性から詰め寄られると、バックステップなど封印状態となる。ついに俺はジェシカさんとクリスさんの二人に迫られ、とうの昔に彼女たちが身体を覆っていた布は床にわだかまるのみとなり――前に突き出した母性の曲線が、俺の胸板のラインと交わる。曲線と曲線の接点の座標計算が始まる。俺の思考回路はオーバーヒート寸前だ。
――そしてついに、胸と胸が接触する。ふたつの柔らかいものが、俺の身体にぽよんぽよんと当たる。
「す、すみません。こんな時、どうしていいのか分からなくて、当てることしか……男性に作法を教えてもらえると、とても嬉しいのですが……」
「ヒロト君のほうに、教えてあげないとだめなんじゃない……? まだ若いんだから、初めてだよね……で、でも、私も良くわかんないし……」
心配なのはクリスさんが鼻血を出さないかということだが、今は踏みとどまっていた。
それどころかジェシカさんより先に、クリスさんが俺の頭を抱き寄せて、胸元に惜しみなく当ててくる。
「う、うわっ、柔らか……く、クリスさんっ……」
「……こんなに大きくなってから会っちゃうとね……甥っ子っていう感じ、しないよね。ヒロト君、髪長いから、ミゼールに行ったらお姉ちゃんに切ってもらいなよ……」
急成長してから伸びっぱなしの髪は、確かに切ってもらわねばならない。し、しかし、今は、それより……。
「く、クリス……私も勇気を出してやってきたのだから……その……ヒロト殿と……」
「あ、ごめんごめん……でも私、もう言っちゃうけど、我慢できないんだよね。ヒロト君、さっきはなぢ出たとき、私のはなぢ止めてくれようとしたっしょ?」
「あ、あれは……すみません、急に触ろうとしたりして。普通ダメですよね、そういうのは……」
ちゃんと敬語を使って、何とか普通の距離感に戻ろうとする。それが俺の、なけなしの最後の理性だった。
――しかし「我慢できない」とまで言ったクリスさんは、俺のそんな態度が気に入らなかったみたいで、すぅ、と目を細める。そして……。
「……ほら、分かるよね? ヒロト君……私もこれは運命だと思うんだよね。男の人の裸を見てドキッてしたら、それは本能的なものなんだよ。ヒロト君とは仲良くしたいな、っていうね」
もうジェシカさんもクリスさんも、身体は触れてしまっているのだから、できる範囲内でスキルをもらう――そうすることに、何の障害もない。
それより先については、まだ俺にはとても進めないというか、段階を踏みたい気持ちでいっぱいだ。恭順で好感度が上がったのがきっかけであっても、少しずつ信頼を積み上げ、そのうち指揮する側とされる側の関係より深まりそうなら、俺も責任の所在について真摯に検討しなければならない。
「ふ、ふたりとも。その……良かったらなんだけど、俺のお願いを聞いてくれないかな。それをしたら二人ともっと仲良くなれると思うんだ」
「うん、もちろんいいよ……? 何をしてほしいの?」
「ま、まだ恥ずかしさはありますが……ヒロト殿が望まれることならば、私はどのようなことでも……」
俺は二人に耳を寄せてもらい、何をさせてほしいかを言葉にして伝えた。
二人は顔を見合わせて驚いていたが、やがて微笑み合う。そして、ずっと胸を覆っていた両手を、二人ともそろって上にずらした。
「……いいよ、ヒロト君。上手くいくかわかんないけど……ヒロト君がしたいなら……」
(よし……行くぞ……!)
俺の手が輝き始める。クリスさんとジェシカさんは目を見開きつつも、それが意味することを本能で理解しているようだった――彼女たち二人の胸もまた、煌々と輝きを増し始める。
◆ログ◆
・あなたは《クリスティーナ》から「採乳」した。
・あなたは「竜騎兵」スキルを獲得した! 竜の名で呼ばれる騎兵の魂に触れた。
「触れるだけなのに……ヒロト君、こんなことできるんだ……」
「く、クリス……どのような感覚なのか、教えてほしいのだが……」
「何ていうかね……すごく優しい気持ちになる。ヒロト君が、可愛くてしょうがなくなるっていうか、そんな感じ……」
ジェシカさんは顔を赤らめ、俺とクリスさんのことをじっと見ている。その喉がこくんと鳴るのを見て、俺はあまり待たせてはいけないと思った。
ジェシカさんは『潔癖症』だけあって、まだ水を浴びる前に始めることを気にしているようだ。まずはリラックスさせてあげないと。
「大丈夫だよ。俺に全部任せて」
すごく年上の女性なのに、俺はそう言うべきだと思った。ジェシカさんの身体の震えが少し収まって、彼女は目を潤ませたままでこくんと頷く。
「……お願い……いたします。殿方に興味を持ってもらうような身体ではありませんが……」
そんなことがあるわけない。俺は勇ましい騎士である彼女と斧槍を交えたときのことを思い返しながら、その豊かな膨らみに手を添えた。
◆ログ◆
・あなたは《ジェシカ》から「採乳」した。
・あなたは「猛将」スキルを獲得した! 戦場に勇名を馳せる将の器を得た。
「……クリスの言うとおりですね。ヒロト殿の中に、私の力が……そして、満たされた気持ちになります……」
「二人とも、ありがとう。ごめん、こんなことお願いしちゃって……」
「んふふ……いいよ。ヒロト君、もっとすごいことしてもいいのに、優しく触るだけなんだもん……お姉さん、ますます気に入っちゃった」
クリスさんが言うと、ジェシカさんも同じ意見みたいで、口元に手を当てて上品に微笑む。このお姉さんたち二人とも、どうやら長い付き合いになりそうだ。
こうして俺は、騎士団長二人を色々な意味で味方に加え、彼女たちの上に立つことを認められた。
母さんに会ったときに、クリスさんとの関係をどう説明すればいいのかますます分からなくなっていくが――いよいよ、ミゼールに戻る時がやってきた。更衣室で上昇したスキルを確認しながら、俺は故郷のことに思いを馳せていた。




