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第四十四話 円卓会議/恭順/新たな武器

※ 昨日から続けて更新です。



 円卓の間に入ると、十人以上が一度に着座できる大きな円卓が置かれていた。席の数を数えると十三個あり、ファーガス陛下の座っている椅子は、公王のものだけあって他の椅子とは形状から違い、背もたれが異様に高く、5メートルはある天井にもう少しで届きそうなほどだった。


(ファンタジーっぽいというか、何というか……この部屋自体が、見てて何かワクワクするな)


 王の椅子以外の十二の席全てが埋まっているわけではないが、既に何人か座って待っている。部屋の中には、ヴィクトリアの姿もあった――黒い鎧姿で、着座を許されていないのか、壁際に立って前をにらんでいる。俺の視線に気づいたようだが、その顔が少し赤らみ、見るなと言っているように見えた。


 席に着いているのは、向かって王座の左側に赤と青の鎧を身につけた女性騎士が一人ずつ。右側には貴族らしい壮年の男性が一人と、若い男性の魔術師、そしてこちらは、場に似つかわしくないような、十代半ばくらいの少女が座っていた。彼女はフードで耳を隠している――どうやら、エルフかハーフエルフのようだ。そうすると、見た目より年齢を重ねているかもしれない。

 いかにも儚げに見えて、常に目を閉じている。なぜ目を開けないのだろうと気になったが、じっと見ているのも良くない。


(さて……とりあえず落ち着いて話せるように、発動しておくか)



 ◆ログ◆


・あなたは「カリスマ」をアクティブにした。

・「カリスマ」が発動! 周囲の人物があなたに注目した。リストを確認しますか? YES/NO


 ◆範囲内の対象ターゲットリスト◆


・《ファーガス》 男性 ジョブ:ロード

・《ディアストラ》 女性 ジョブ:ガーディアン

・《ジェシカ》 女性 ジョブ:ジェネラル

・《クリスティーナ》 女性 ジョブ:ドラグーン

・《コーネリアス》 男性 ジョブ:ロード

・《ゴドー》 男性 ジョブ:プロフェッサー

・《メアリー》 女性 ジョブ:ストラテジスト

・《ヴィクトリア》 女性 ジョブ:ダークナイト


 ◆◇◆



 脳裏に表示されたリストを見て、俺は思わずめまいを覚えた。

 俺にとって未知の上位職を持つ人々が、惜しみなく一堂に介していたのだから。


(ここに俺が村人として同席するのか……なぜ俺はまだ村人ノービスなのか、今さら不思議に思えてきたな)


 転職条件は多く満たしているのだが、特に変える必要がなかった――というか、父さんと母さんの子供でいるうちにいきなり職業に付くとどういう反応があるか試すのはリスクがあったので、今までは表面上、一応は普通の子供として生きてきた。一応という言葉に甘え過ぎだが。


 しかしそろそろ職業を選ぶべきでは、と思い始める。スキルを上げるという意味では、何か選んだ方がいいに決まっているわけだし……と考えて、俺は気がつく。『君主ロード』がふたりいるのはなぜだろう。


(公国の王は一人だけど、領地を持ってる人は、ロードと呼ばれる資格がある……ってことかな。そうなると、ロードの上位職になる条件は、公王といえど簡単には満たせないのか)


 統治者はロードになる資格を得て、セイントナイトを同時に極めているとパラディンという選択肢も増えるのだと考えられる。フィリアネスさんの職業選択は、騎士系職のほとんどを満たしてるんじゃないかという気もする――ころころ変えないのは、職業を少しずつ経験してスキルを取るという考えがないからだろう。


 ロードのコーネリアスという人――ライオンのような髪型をした、見るからに迫力のある壮年の男性だが、この人も公国のどこかの領主なのだろう。それにしても、何か容姿に引っかかるものがあるような……見覚えがあるというわけでもないが、何かが気になる。


 考えているうちにファーガス陛下が俺に向けて手を上げ、そして言った。


「よくぞ来た、ジークリッド君。君の椅子は新しく用意してある。フィリアネス、君も座りたまえ」

「はっ……」


 フィリアネスさんが席を教えてくれたので、椅子に座る。ちょうど王と向かい合う位置の下座だ。フィリアネスさんは俺の隣に座り、ディアストラさんは陛下の近くに立つ。


「ディアストラ卿も着席せよ。円卓の間で、そのように私を護衛する必要はあるまい」

「恐れながら、私は陛下の危機感の無さにはほとほと呆れているのです。ヴィクトリアの行動については報告を受けているはずですが、なぜこの場に身を置くことを許したのです?」


(黒騎士団、イシュアラル村を襲ったことがバレたのか……反乱を起こそうとしてたことまでは知られてないのか。黒騎士団を私的に専有して単独行動しただけでも、相当にまずいことだしな)


 状況は何となく察することができた。反逆を企てたことが露見していたら、それこそヴィクトリアはここに居られてないだろう。裁判を経て牢獄に送られるか、奇跡的に赦免を受けるかだ。どちらにせよ、黒騎士団長のポストにそのまま居続けることは考えづらいが――今の彼女は正気に戻っているし、その処分は厳しすぎるという気もする。


 それより何より、事前に分かってはいたことだが、ディアストラさんの公王に対する態度はほぼ対等のように見える。敬語を使っているけど、本来はそれすら無い関係のように見えた。主君と重臣というよりは、戦友というような感じがする。


 ファーガス陛下は口元の白い髭に触れながら苦笑いしている。父さんと同じように、女性に圧倒されるタイプなのかもしれない。そうすると王というより、苦労性の中間管理職というほうが適当な――って、それは失礼すぎるな。


「ヴィクトリアについては、申し開きは既に受けている。グールドと接触し、連携して行動した時期もあったが、祝祭に乗じてジュヌーヴを攻撃するという計画には参加しなかった。イシュアラル村の攻撃についても未遂に終わっている。ルシエの身に何かあれば直ちに処罰していたが、言ってしまえば、ヴィクトリアの行動はどうにも拙い。だが、そんな人物であるからこそ、部下に慕われているという側面もあるようだ。私にもそれは分からんでもない」


(やめてあげてください陛下、ヴィクトリアのライフはもうゼロよ!)


 聞いていて、俺の方が自分のことのようにいたたまれない。ヴィクトリアは唇をプルプルさせ、顔を真っ赤にしながら、それでも直立不動を命じられているのか、うつむきがちになりながらも立ち続けていた。


 そんなヴィクトリアを、青い鎧を着た女性騎士――ジェシカさんが睨みつける。彼女はフィリアネスさんより一回り年上で、いかにも武人という空気をまとわせていた。

 青みがかって見える黒髪を長く伸ばしていて、サークレットタイプの兜をつけている。色の違いはあるが、どこか、フィリアネスさんの若いころの出で立ちにも似ていた。


「騎士団の誇りを汚した愚か者には、すぐにでも黒騎士団長の椅子を降りてもらいたいというところだが、それは私どもの決めることではない。クリスティーナ、貴公はどう考えている?」


 おそらくジェシカさんは青騎士団長なのだろう。彼女は隣に座っている赤い鎧の騎士に視線を送る――騎士の中では珍しいことに、彼女は巨大なボウガンを使うようで、席の後ろに立てかけていた。存在こそすれ、まだほとんどこの大陸で普及していない珍しい武器だ。ジェシカさんのほうは、斧槍ハルバードを装備している。


 赤い鎧の騎士――クリスティーナと呼ばれた女性は、ふんわりとした亜麻色の髪を肩の辺りで切り揃えていて、耳にピアスをつけていた。

 ジェシカさんに引けをとらない美人で、少し眠そうに見えるがなんとも色っぽい雰囲気だ。しかしステータスを軽く見た感じでは、房中術スキルは取っていない。ということは、天然の色気ということだ。


(とりあえずステータスを見るのは後にして、話に集中しないとな)


「まあ、ヴィクター……ヴィクトリアがそういう危なっかしい人だってことは分かっていましたしね。一度くらいはこういう事件もあると思ってましたよ。だから想定の範囲内ですし、黒騎士団の連中みたいなアクの強いのを統率できるのも、彼女くらいですしね。個人的な意見としては、このまま戻してあげてもいいと思いますよ。私はめんどくさいのは嫌ですからね。団長が居なくなった後の黒騎士団をどうするか、考える労力も惜しいですし」


(……赤騎士団長、畏まった場なのに自然体で話してるな)


 赤騎士団長は言わなくていいことも全部言ってる感じがするのでヒヤヒヤするが、みんな慣れている様子だった。フィリアネスさんは思うところがあるようで、眉を下げてため息をついているが。


「それより公王陛下、私と青騎士団長はこの人の下に付けばいいんですか? 私、面倒なのであまり首都を離れたくないんですけどね」

「クリスティーナ、それくらいにしておけ。お前の優秀さは誰もが認めているが、魔術研究所の人々が呆れているぞ。公王に対して何たる態度かと」


 ディアストラさんに言われて、ゴドーと名前が表示された男性が声も出せず恐縮している。魔術研究所の人ということなら、プロフェッサーは魔術師系の上位職だろうか。


(クリスティーナさんの言う『この人』って俺のことだよな。俺の下に、青騎士団と赤騎士団がつくってことか? いつの間に、そんな大きな話に……)


「ヴィクトリアについては、しばらくディアストラ卿の下で矯正してもらうので、必然的に黒騎士団は首都近辺の砦に駐留することになる。白騎士団にも首都の守備に当たってもらわなければならない。そうなると、自由に動けるのは青騎士団と赤騎士団だけだ。貴公らも知っている通り、ジークリッド君たちが一度撃退したとはいえ、魔王リリムの脅威は未だに続いている。そのため、公国は『魔杖』の封印を解くことを決めたのだ」


(魔杖カタストロフ……それを使って、リリムを倒すつもりなのか。でも、その使い手は……)


 魔の名を冠する武器がついに実際の戦いに用いられる。そのことに心を震わせながらも、同時に案じずにはいられない。ディアストラさんの話を聞く限り、魔杖はルシエにしか使えないもののはずだ。


「魔杖を持つ者は、選ばれし者でなくてはならない。しかしそれ以外でも、杖を扱うことのできない者が持てば、ただ運ぶことだけはできる。ジークリッド君、君に魔杖の入手を頼みたいのだが……これについては、強制はできない。その理由は、君ならわかるだろう」


(……父さんは魔剣を護っている。そして俺が魔杖を取りに行く……簡単に頼めることじゃない、そう思うのは当然だ)


「……陛下。その魔杖は、どこにあるんでしょうか」


 まず、それを聞きたかった。取りに行くと先に答えなければ、教えてはくれないだろうと思った――しかし。


「ミゼールの北部の山地に、『悠久の古城』と呼ばれる城がある。魔杖は、そこに封印されている。前回魔王を倒したあと、古城には魔杖の勇者が残り、終生魔杖を守り続けることを選んだ。勇者が作った結界は、今も破られていない。それどころか、古城の姿を見ることさえ誰もできていないだろう」

「……それを皆の前で話されたということは……魔杖をめぐる戦いは、ヒロトや私たちだけが、密命として終えられるものではないとお考えなのですね」


 フィリアネスさんが問いかけると、公王は静かに頷く。円卓の間の空気がぴんと張り詰め、誰も次の言葉を発することができなくなる。


 ――この場の空気を握っているのは、俺だ。

 そう気づいても、重圧に潰されるようなことはない。リリムとの決着をつけたいというのは、元から俺の中にあった思いでもある。


「古城に最も近い町、ミゼールには、魔王が目をつける危険性がある。ジークリッド君、君の生まれ故郷は、そのまま君の弱点でもあるのだ。青騎士団、赤騎士団には、協力してミゼールを守ってもらいたい。ジークリッド君が魔杖を手に入れるまで。魔術研究所からは、優秀な魔術師の派遣を頼みたい」

「かしこまりました。戦える者をただちに選抜します」


 ゴドーという男性はよどみなく返事をする。こういう時が来ると事前にわかっていたということだろう。

 この人からは真面目そのものという印象を受ける。けれど少し小心なのか、周りのメンツに圧倒されているのか、どうも緊張しているようだった。まあ、気持ちは分からなくもない。


「……不満そうだな、ジェシカ。クリスティーナも、ジークリッドを認めていないのか?」


 ディアストラさんの言葉は、青騎士団長、赤騎士団長の心中を的確に指摘していた。二人は俺ではなく、フィリアネスさんの方を見やる。そして、先にジェシカさんが口を開いた。


「我らは、聖騎士殿に追いつき、横に並んで戦うことを目標として腕を磨いてきた。それを、この少年の実力をこの目で見ることもせず、一時的であっても配下につけというのは承服しかねます」

「公王陛下、ここはひとつ、私たちに見極めさせてもらえませんか? もちろん、フィリアネス殿が私たちを指揮し、彼女がジークリッド君を認めて付き従うというなら、それを止めることはできませんけどね……私たちにも誇りがあります。魔王より強いって言うなら、『私たち二人』を同時に相手にすることもできますよね?」

「っ……く、クリス。騎士団長二人でなどと、それこそ、騎士の精神に反して……」


 ジェシカさんの方は、赤騎士団長の発言を予想していなかったようだ。たぶん彼女の方は、俺と一対一で手合わせでもするつもりでいたのだろう――青騎士団長は真面目、赤騎士団長は曲者、そんなイメージができてきた。


「ああ、もう単刀直入に言わせてもらいます。私はフィリアネス殿よりこの子が強いとは信じてないんですよ。何か、『うまくやった』んじゃないですかね? それを明かしてもらわないと信用できません。面倒には巻き込まれたくないですしね」


(ふーん……何ていうか、この人は、悪者の演技が好きみたいだな。面倒面倒って、そのわりに一番熱くなってるじゃないか)


 俺に対して本気で悪意を持ってる人と、そうでない人が、俺にはわかる。相手の心情を汲み取るのは交渉の基本だ。


 強さを見せればいいというなら、相手のステータスを見つつ、見せられる技の範囲で勝てばいい。武器マスタリー110ポイントの技なんて使ったら、オーバーキルになってしまう。


 しかし『うまくやった』と言われたことには、少しだけ腹が立った。事実を知らないのは仕方ないとしても、類推だけでそんなことを言われると、一泡吹かせたい気分になる。


(……でも、これは逆に言えば貴重な機会だ。騎士団長クラスを二人同時に相手にして、今の俺の能力スペックを試せる。『手加減』はできるし、万が一の事故も起きない)


 今の身体の動かし方には、もう慣れてきた。間合いが変化しているので、戦い方を見直すのもいいかと思っている。まず、どんな武器を使うかだが――青騎士団長を見ていると、今まで通りの斧ではなく、斧槍ハルバード系の武器を一度使ってみたくなってきた。使い心地が良ければ、バルデス爺に武器を作ってもらうとき、斧槍にしてもらうのも良いかもしれない。


「どうですか? 強いんですよね、ジークリッド君は。魔王と戦えるような力を見せてくださいよ」

「分かりました。二人の相手をすればいいんですね? やりましょう」


 円卓の間の空気が変わる。俺の力を知っている人以外は信じられないという顔に変わった。

 ヴィクトリアは肩をすくめている。呆れているというか、どちらかといえば騎士団長二人を案じているようだった。無理もない、俺の奥の手であり、ヴィクトリアを追い詰めたグレータースライムは今も健在なのだから。


 しかし、スライム攻めをすると勘違いをされてしまう可能性がある。魔物使いが魔物を味方にすることは普通でも、村人が魔物を仲間にするのは普通ないことなので、恐れられてしまうだろう。ジョゼフィーヌには悪いが、今回は俺の力だけを見せるべきだ。


「ジークリッド殿、武器をお持ちでないようだが……いかがなされたのです?」


 ジェシカさんの言うとおり、小型斧はインベントリーにしまっているので、俺は丸腰だった。それに、あの小さい斧で戦うというのも、さすがに格好がつかない。


「事情があって、今までの武器が使えなくなってしまったんです。ジェシカさん、武器を貸してもらえますか。あなたと同じ系統の武器がいいんですが」

「っ……そ、それは、構いませんが……名工が作ったもののように、通常の武器より出来がいいものも、ストックはあります。公正を期して、私の武器に近いものを用意させましょう」

「さっきまでの勢いはどうしたんですか……まったく。ジェシカさん、本気でこの少年を倒す気があるんですかねえ? やる気がないなら私一人でもいいですよ」

「そんなことは決してない。クリスティーナ、私は一人ずつ手合わせする方が良いと思っている。貴公こそ、私の後で順番を待ってはどうだ? 回ってくるかはわからないがな」


 この二人はライバルなんだろうか。視線がバチバチと火花を散らしているような……二人とも美人だから、絵になるといえばなるけど。

 それを見ていて何か楽しそうにしているフィリアネスさん。彼女は俺が間違いなく勝つと信じているから、心配なんてしてないみたいだ。


「では、これよりヒロト・ジークリッドと騎士団長二人の御前試合を執り行う。修練場にて行い、私とファーガス陛下、そして……コーネリアス公、ご覧になられますか?」

「是非とも。彼がフィリアネスと行動を共にしていると聞き、一度その力を見せてもらいたいと思っていた」


(コーネリアス公……って、もしかして……)


 ディアストラさんに答えるコーネリアス公の視線は、どこか穏やかなものがある。

 まさか、と思っていると、コーネリアス公は席を立ち、俺の方を見た。


「私の名はコーネリアス・シュレーゼ。公王陛下に侯爵の地位を頂き、ジュネガン北方領を治めている者だ」

「あ……は、初めまして。ヒロト・ジークリッドと申します」

「昨日の演説は見事だった。これから公国を支える若き力の登場に、我ら貴族も期待を寄せている。それが重荷にならないよう、自重しなくてはならないと思ってはいるのだが……」

「い、いえ。俺にできることはやろうと思ってます。魔王と戦うことも」


 ディアストラさん、フィリアネスさんとの血の繋がりを示す金色の髪。コーネリアス公はもう六十歳代に入っていて、髪は白く変わりつつあるが、威厳を感じさせる姿をしている。年齢が上な分、ファーガス陛下よりも貫禄を感じるほどだった。かなりの長身で、老人とは思えないほど屈強そうに見える。


「西方領の北部にある古城ということは、北方領の国境に近い。陛下、我らも万一に備え、守りを固めさせていただきます」

「うむ。東西南北全てにおいて言えることだが、グールド公のように敵の手に落ち、命を落とす者が出ないよう、備えなければならない。コーネリアス公においては、ジークリッド殿と行動を共にするフィリアネス殿の祖父でもある。それゆえに、一度は顔を合わせておいてもらいたかった」

「お心遣いに感謝いたします。このような場で申し上げることではありませんが、娘たちとは長く顔を合わせておりませんでしたゆえ」


 やはり、コーネリアス公はディアストラさんの父親だった。フィリアネスさんも神妙な表情で、祖父の話に耳を傾けている。


「……やはりジークリッド殿には期待せざるを得ない。その力を、ぜひ見せてもらいたい」

「はい。二人の実力は誰もが認めるところですから、俺も胸を貸してもらうつもりで戦います」



◆ログ◆


・《ヴィクトリア》はつぶやいた。「無邪気な顔でよく言う……二人が私のようにならなければ良いがな」



◆◇◆



 彼女はスライムをけしかけることを期待しているようだが、あれはヴィクトリア限定のお仕置きなのでもうやらない。騎士といえば見境なくスライムで鎧を剥がすなんて、俺はそこまで鬼畜ではない。


(手加減して斧技を使う。今の恵体で技を繰り出すと、どうなるか……)


 猛烈に楽しみになってきた。戦闘が好きというのはやはり間違いなく、自然に血がたぎってくる。


「では、修練場に案内します。ジークリッド殿、こちらへどうぞ」


 ジェシカさんは俺を信用出来ないと言いつつ、丁寧な言葉を使い、しっかり案内してくれる。騎士道精神というやつか……クリスティーナさんのほうは巨大なボウガンを片手で担いで歩いていく。


 円卓の間を出たところで、クリスティーナさんは俺の視線に気づき、にやりと笑いつつ言った。


「ああ、心配しなくても、矢は使いませんよ? 私のボウガンは特別だからね。魔術を込めて放つことができる、術式弓というやつですよ。まあ、放つ魔術弾によっては実弾より危ないですけどねえ。くっくっく」


「術式弓……それって、どこで手に入るんですか?」

「……ん? 興味あるの? へー、そっかー、ふーん……」


 クリスティーナさんは俺のことをしげしげと見てくる。そんなに興味を持たないでくれ、未だに見られるのは恥ずかしいんだ。


「話してみないと分かんないよね、やっぱり。さっきはごめん、私、挑発するみたいなこと言っちゃって。ムカムカしたでしょ?」

「え……あ、ああ、いや。気にしてないですよ」

「ほんと? 良かったー、私、人を怒らせるのって大得意だからね。こんな性格だから、あんまり友達いないんだよね。あ、私のことはクリスって呼んでいいよ。クリスティーナって長いでしょ?」

「は、はい……よろしくお願いします、クリスさん」


(しゃべりすぎて友達ができないタイプ……俺とは逆の種類の、コミュ難ってことなのか?)


 曲者だと思っていたが、今のクリスティーナさんの嬉しそうな顔は邪気がなく、俺はすっかり毒気をそがれてしまった。


「クリス、試合の前から手のひらを返すな。その武器に興味を持たれるのがそんなに嬉しいのか」

「嬉しいよ? 私の武器を見て、ヒロト君ったら目が輝いてるんだもん。ね、ね、術式弓についていろいろ教えてあげようか。あ、実戦で見ることになるから、その後で説明した方がわかりやすいかな?」


 詳しく教えてもらいたいけど、確かに実戦で見せてもらった方が色々わかりそうだ。高威力の魔術系投射武器というのは、何となく想像がつくけど。

 クリスティーナさんはまだ興奮がさめやらぬ様子で、熱を帯びた口調で話し続けた。


「騎士団の子たちは、普通の武器しか興味ないとか、他の大陸の武器は怖いとか言って使おうとしないんだよね。ジェシカさんもハルバード一筋だし。そんな重い武器ずっと振ってたら、脱いだ時に『うわっ』って言っちゃうくらい筋肉ついちゃうよね」

「そ、そんなことは……騎士ならば当たり前だろう。クリスだけだ、鍛えずとも強いのは。フィリアネス様だって、日夜修練を積まれているにちがいない」

「えー? フィルねえさんすんごいおっぱい大きいし、鍛えなくても強いんじゃないのかなあ。鍛えたら私でも、おっぱいから落ちてくし」

「あ、あの……姉さんって?」


 騎士団長ともあろう人がおっぱいと連呼し始めたことも気になるが、さらに気になったのは彼女とフィリアネスさんとの関係だった。

 フィリアネスさんは俺達の先を歩いている。クリスティーナさんは彼女に聞こえないように声を落として言った。


「私はフィル姉さんの二つ下で、騎士学校ですごくお世話になってたんだよね。フィル姉さんは卒業する前に聖騎士として功績を上げて、飛び級で卒業しちゃったんだよ。すごいよあの人は、おっぱいも最強だし。ジーク君もそう思うっしょ?」

「え、えーと……とりあえず、呼び方を固定してもらえるとありがたいです」

「じゃあヒロト君にしよう。ジーク君だと、お父さんと同じになっちゃうもんね。斧騎士リカルド、私たちももちろん知ってるよ。才能を見込まれて出世したけど、いきなり騎士団やめちゃったんだよね」

「あ、あの……俺に対してあんまり良く思ってない感じがしましたけど、そうでもなかったんですか?」

「フィル姉さんを連れ歩いてるヒロト君には、ちょっとおもしろくない気持ちもあったよ。でもさ、術式弓に興味を持ってくれる子って逸材なんだよね。だからいいかなって。試合はもちろん全力だけどね」

「……ジークリッド殿の力を見てみたい。私もクリスも、そんな話をしていました。我々騎士団は、言ってしまえば力こそが全てという部分もある。あなたという新しい武人の力を知りたいのです。先程は不躾な申し出をして、申し訳ありません」


 ジェシカさんとクリスさん、二人はそこまで俺を悪く思ってなかった。そう思うと胸に安堵が広がる。


「あ、でもヒロト君に勝ったら、私たちを指揮下に置くのはあきらめてもらうよ。陛下だって、ヒロト君に私たちが勝ったときは強制しないと思うしね」

「それも、力こそ全てっていうことですか。分かりました」

「私もクリスティーナも、男性に負けたことは一度もありません。これからもそのつもりです」


(俺も負けるつもりはないよ。元来、負けず嫌いなんでね)


 俺が二人より強いと証明する。それ自体は不可能ではないとして、もう一つやっておきたいことがある。強い人と戦える貴重な機会だから、新しいスキルを試させてもらうことにしよう。


 交渉術にポイントを振り、120ポイントにする。それで、新しいスキルが取れたら試してみたい。強烈な技能が手に入ると思うが、交渉術系統なら、相手に大ダメージを与えるとかではないだろう。


(さて……まず、120でスキルが取れるかどうかだけど。どうか取れますように……!)



 ◆ログ◆


・あなたは交渉術スキルにポイントを10割り振った。

・スキルが120になり、新たなパッシブ「恭順」を獲得した!


 ◆スキル詳細◆


名称:恭順

習得条件:交渉術120


説明:


通常戦闘での効果

・使用者が戦闘で勝利したとき、相手の友好度を戦闘内容に応じて上昇させる。


国家間戦争での効果

・戦力差が三倍以上のとき、戦争を行わず、相手国を属国とすることができる。


制限:


通常戦闘での制限

・相手を殺害してはならない。

・相手との関係が悪化している場合、規定値まで改善しなければ友好度が上昇しない。


国家間戦争での制限

・相手国と一度でも戦争をしている場合、十年経過するまで発動しない。


使用方法:


・『恭順』パッシブを発動状態にしたまま、戦闘に勝利する。

・『恭順』パッシブを発動状態にしたまま、相手国との交渉に入る。



 ◆◇◆



 スキルの詳細に何度か意識をめぐらせたあと、じわじわとその凄さが理解できて、感嘆せざるを得なくなる。


(思った以上にとんでもないスキルだ……他のスキルも110以上になると、こんなレベルなのか?)


 スキル100以上の世界は異常だとしか言えない。今取得した『恭順』は、戦闘を行えばだいたい相手の評価が下がるのに、それどころか評価が上がるという。

 たとえば、倒した敵が起き上がって仲間になるようなイメージである。もしそれほどに友好度が上がるんだったら、全ての戦闘で『手加減』を発動すれば、仲間が増えまくることになってしまう。『調教』系のスキルがいらなくなってしまうわけだ。


 さらに三倍の戦力があれば敵国が無条件降伏するというのは、条件さえ満たせば、大国が小国をいくらでも吸収して領土を増やせることになる。この大陸に小国がどれくらいあるか把握してないが、場合によっては……いや、それは考えが飛躍しすぎだ。


(俺が領地をもらう段階で、このスキルが出てくるとは……『恭順』か……)


 これから二人と戦って勝つことができれば、友好度がどれくらい上がるか確かめられる。友好度だから、戦いを終えて友情が生まれるというようなイメージだろうか。俺の指揮下に入ってもらうなら、できるだけ友好的な方がいいに決まっている。


(あまり態度が変わりすぎるようなら、『魅了』同様、ふだんは封印だけどな……どうなんだろう)


 考えながら皆と一緒に王宮を出て、修練場に向かう。上位の騎士が訓練する場所だが、貴族も訓練に使うようで、豪奢な身なりの人々も出入りしていた。


 まず、更衣室に案内された。武器が壁一面に掛けてあり、その中にはジェシカさんの使っているハルバードと近い形のものもある――しかし、中でも俺の目を引いたのは、床に置いてある斧槍だった。


「そ、それは……置いてはありますが、使いこなすのは無理です。非常に重く、荷車を使わないと運べないほどのものですから」

「そんなものが、なぜ修練場に?」

「他に置く場所がないけど、捨てるわけにもいかなかったんじゃない? それって、遺跡洞窟から出土した武器なんだよね。『巨人のバルディッシュ』っていうらしいんだけど、見た目はそんなでもないのに、やたら重くて、でも発掘隊が必死で持って帰ってきちゃったから、ここに置いといたんじゃないかなあ」


 巨人のバルディッシュと呼ばれた武器は、よく見ると超重量のために石床にめり込んでいた。

 武器にはサイズと重量が設定されているが、こんなに重い武器は見たことがない。『巨人』という接頭語は伊達ではないようだ――となると、装備できれば攻撃力にかなり期待できる。


「これ、持たせてもらってもいいですか?」

「っ……試しにと思っているのかもしれませんが、それは無理です。肩が外れてしまいますから、他の武器を……」

「まあまあ、いいじゃん。彼だっていろいろ挑戦したい年頃なんだよ」


 クリスさんは人懐っこく笑っているが、その目からは『持てないだろうけど』というニュアンスを感じる。


 こんな武器を装備したら、それこそ戦う前に決着がついているようなものだが――試さずにはいられない。


「よっ……!」


 柄を握って力を込めただけで、メキメキ、と床のヒビが広がる。持ち手の感触は悪くない――布を巻いた方がいいかもしれないが、このままでも取り回しに不便はない。



 ◆ログ◆


・あなたは「錆びた巨人のバルディッシュ」を手に入れた。


 ◆◇◆



「なかなか手応えがある重さだけど……うん、いけそうだ」


 錆びているのが気になるが、バルデス爺に磨いてもらえばいい。貴重な武器のようなので、強化に挑戦するのはちょっと怖いが……錆を取るとプラスがついているかわかるので、3くらいついていたらそのままメイン武器にしてもいいだろう。


「じゃあ、俺はこの武器を使わせて……あ、ああ。ごめん、装備できちゃって」

「も、持ち上げ……片手で……か、片手……?」

「ま、待って? ちょっと待って……ええ? めりこんでたよね? それ、引っこ抜いて、軽々と……ええ?」


 ジェシカさんとクリスさんは動揺しすぎて、何を言っているのか要領を得ない。や、やりすぎたか……確かにこんな馬鹿げた重さの武器、装備できる方がおかしいからな。


 ちなみに巨人のバルディッシュの武器情報は、以下のようになっている。



 ◆アイテム◆


名前:錆びた巨人のバルディッシュ

種類:斧槍

レアリティ:スーパーユニーク

攻撃力:19~55×4D1

防御力:35

装備条件:恵体120


・未鑑定。

・錆びている。


 ◆◇◆



(攻撃力が通常攻撃で、最大220+恵体分で459……679か。技を使ったら強烈なことになるな)


 ただ重量のある武器によくあることだが、直撃させづらいという意味でダメージの下限が低い。ヘタをすると武器補正が19ダメージしかなかったりする。しかしクリティカルが出れば大きい、そういうタイプの武器だ。


 装備条件が恵体120ということは、ゲーム時代は存在しなかった武器ということになる。そんなものがあるのに、重すぎるというだけの理由で更衣室に放置されているなんて……それこそ、宝の持ち腐れだ。


 そして忘れてはならないのが、これでも最高レア武器ではないということだ。やはり魔武器だけがレジェンドユニークとして存在しているということだろうか。


「じぇ、ジェシカさん……大丈夫? 私、ジェシカさんが死んだら、責任感じちゃうどころじゃすまないんだけど……ていうか、私も死ぬよねえ、これ」

「……こ、これも、魔王と戦ったという英雄を信じなかった私たちへの、女神様の罰なのでしょう。もし命を落としても、それも運命と甘んじて受け入れます」


 ステータスを見る限りジェシカさんは28歳、クリスさんは20歳――その若い身空で死を覚悟させてしまったことに、ちょっと反省する。いくら使いたいからって、武器を持つだけで怖がらせてはいけない。


「い、一撃……一撃でも武器を交えられたら、本望です。私の命を賭けて止めてみせる……!」

「だ、大丈夫。絶対死なせたりはしません、それじゃ試合の意味がないですから」

「ほんとにー? あ、フィル姉さんに教えてもらったとか? 瀕死になるけど、絶対死なないさじ加減っていうのがすごく上手なんだよね、姉さんは。嗜虐的っていうかね」

「そんな言い方をするな、むしろお優しいと言うべきだ。騎士団の修練で命を落とす若者がいる中で、フィリアネス様は指導した生徒をひとりも脱落させていないのだから」


 『手加減』スキルの有用性を確認せずにはいられない。フィリアネスさんのおかげで習得していなかったら、今までも苦労していただろう。


 しかし武器を選んだだけで、ほとんど試合の勝敗すら決してしまったようなこの状況はどうしたものか……なんとか戦意を取り戻してもらって、全力でかかってきてもらわないとな。

※ 次回は水曜更新です。

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