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第四十三話 再び王宮へ

 宿に戻ってみんなの洗礼(?)を受けたあと、俺は一旦風呂に入り、着替えて王宮に向かう準備をした。


「今日は改めて、ファーガス陛下に謁見しないといけないのよね。私たちは待っていればいい?」

「ああ、一応、俺が代表者ってことで話を聞いてくるよ」

「ヒロトちゃんパーティというか、ヒロトちゃんはそのうち領主になるんだから、私たちはヒロトちゃん領の人たちっていうことになるのかな? アレッタちゃん、どう思う?」

「そうなると、騎士団を退団しないといけなくなるでしょうか。フィリアネス様なら、即断されると思いますが」


 フィリアネスさんの領地ヴェレニス村のこともあるし、その辺りは色々と整理しないといけない。

 彼女も王宮に来るはずだから、そこで話すことになるだろう。ディアストラさんと対面することになりそうで少し気になるが、二人が距離を置きつづける理由は、もう無くなりつつある――俺も二人が和解できるように、働きかけていきたいと思う。


「ヒロちゃん、しばらくしたらおうち……じゃなくて、ここに帰ってくるの?」


 リオナ、ミルテ、ステラがやってくる。三人とも、聞きたいことは同じようで、リオナがリーダーみたいになっていた。

 しっかりしているステラ姉が前に出そうなのに、リオナはこういう積極的な所があって、おとなしい二人を引っ張っている。魔王の転生体である彼女は戦闘力も異常に高いので、いざとなれば他の二人を守ることもできるだろう――よほどのことがなければ、リオナには戦わせたくないとは思うが。


「これからどうするか、王様と話してきて決めるよ。まあ、何か頼まれるかもしれないけど、まずミゼールに帰ることになると思う。サラサさんにもすぐ会えるよ」

「ほんと!? よかった、お母さんのごはんが食べれる♪」

「……私も食べにいきたい。おばば様も一緒に」

「私のお母さんは、ヒロトの家に行きたがりそう。ヒロトのお母さんとお酒を飲むの、大好きだもの」


 みんなの家族に会いたい気持ちはよくわかる。俺もホームシックとはいかないが、父さんと母さんの顔が見たい。

 成長した俺の姿を見ていきなり勘当されるということはないと思いたいが、両親の心情を思うと今から緊張してしまう。8歳の息子が帰ってきたらいきなり14歳相当に成長してるって、どこの親でも冷静に受け止められることではないだろう――けど。


 リカルド父さん、そして俺のやんちゃを許してくれた母さんなら、大目に見てくれるんじゃないかという期待はある。まず怒られるかもしれないが、それはやむなしだろう。子供が死ぬような無茶をしたら、二人は本気で怒ってくれると知っている。


(……なんだ、俺、めちゃくちゃ二人に甘えてるんじゃないか)


「どうしたの? ヒロちゃん、顔が赤いよ?」

「風邪を引いているかもしれないから、外に行くのはやめて、私たちが看病をするわ。大丈夫よ、アレッタさんもついているから」

「……また気を失ったら……あ……」


 ミルテが何かに気がついたように口を押さえて、目を見開く。そして、顔を赤らめて俺を見てきた。


「……ヒロト……おぼえてる? ヒロトがあぶなかったとき、私と、リオナと、聖騎士さまと、竜のお姉ちゃんが……」

「だ、だめっ、ミルテちゃん言っちゃだめ! わたしたちはなにもしてないの! そういうことにしたのっ!」

「ひゃんっ……り、リオナ、あぶないから……っ」

「だめぇー! だめなのー! ヒロちゃんには言っちゃだめ!」


 リオナは何を慌てているのか、ミルテに抱きついて止めようとする。ケンカというよりは、まるで子猫がじゃれあっているような微笑ましい光景だった。


「リオナとミルテが、ヒロトが起きる前からずっとこうなの。ヒロトは何があったかわかる……?」


 ステラ姉はキャラメルブラウンの髪を撫で付けつつ言う。こうしてみると十歳というのは、結構大きいな……と言ったら、ステラ姉の気持ちとして複雑だろうか。

 改めて見ると子供の頃と比べて髪を伸ばしていて、ふわふわとゆるいウェーブがかかってきている。エレナさんは服屋の娘だから、ステラ姉にもおしゃれをさせていて、清楚な洋服に髪を飾るカチューシャがよく似合っていた。


「ど、どうしたの? ヒロト、そんなにじっと見てはだめよ。大きくなったらそういうことをしてはいけないの」

「い、いや……違うよ。そういえばステラ姉のこと、こういうふうに落ち着いて見るの久しぶりだと思って」

「ヒロちゃん、おっきくなってもステラお姉ちゃんのこと、そうやっていうの? 『ステラ姉』って」

「……でも、安心した。ヒロトが『ステラ』って呼び捨てにしたら、びっくりするから」


 リオナとミルテはぴたっとじゃれるのをやめてそんなことを言う。こういうのを、おしゃまさんと言うのだろうか。おしゃまさんて。


「……わ、私は……ヒロトが大きくなっても、今までと変わりないけど……でも、やっぱり……」


 俺が大きくなったので立ち位置を気にしているということなら、その心配はなくしてあげておいた方がいいだろう。少し考えて、俺はステラ姉にどう接していくべきかを考える。


「……そのうち、俺もステラ姉も大人になったら、そのときは呼び捨てにするかもしれない。ってことでいいかな」

「大人になったら……わ、私は、ヒロトがそうしたいのなら、それでもかまわないけれど……」

「ありがとう。俺も身体が大きくなっただけで、中身はそんなに変わってないんだ。だから、急にいろいろ変わるよりは、ゆっくりの方が嬉しいな」

「……わ、私も……ごめんなさい、ヒロトが変わってしまったんじゃないかと思ったりして。これからも、今までみたいに仲良くしてくれる……?」


 俺の方から見下ろすくらいになってしまったけど、俺はステラ姉の気持ちを大事にしたいと思った。

 身体が大人になってできることが増えたのは確かだけど、それで何もかもを変えてしまったら、それこそリリムの思う壺だ。俺は俺で、芯がぶれることがあってはいけない。


「それにしても大きくなっちゃったね……こうして見るとびっくりするよ」

「なんか腕とかぶら下がれそうだよな。すげー! 今のヒロト、めちゃ強そうだもんな!」

「まあ確かに強くはなったけど、まだまだだよ」


 アッシュ兄とディーンも俺に話しかけたくてしょうがなかったようだ。なぜか二人とも、キラキラした目で俺を見ている。


「ど、どうかした? 二人とも」

「昨日の話を聞いたら、母さんたちが驚くと思うけど、それだけのことをしたんだよね、ヒロトは。凄いなぁ……僕もディーンも、ずっとそのことを話してたんだよ」

「アッシュ兄、なんか町に帰ったらすげーことになるって何度も言ってさ。アッシュ兄の母ちゃんが大喜びするとか、これから色々やんなきゃいけないことがあるから、ヒロトの力になりたいってさ。おれもなんにもできねーけど、ヒロトみたいにでっかくなる頃には、なんかできるようにしとく! 絶対役に立つからな!」

「うん、ありがとう。そうか……そうだよな。二人とも、俺の演説を聞いてたんだもんな……」


 アッシュ兄は12歳、ディーンは10歳。どちらも俺がどんな立場にあるか、ちゃんと理解している。

 この年齢で英雄なんてありえない、普通はそう思うところだが、もう俺という存在に『普通』という概念が通用しないと、二人も分かっているのだろう。


「ヒロトの領地ができたら、ジークリッド領ということになるのかな?」

「はー、ほんとすげーなー。領地とかってふつう貰えるもんじゃないのに、ヒロト、俺より年下なのにもうもらっちゃってさ」

「まだ正式に決まってないから、その辺りも話してくるよ。その後で、みんなでミゼールに帰ろう」


 身長が逆転すると、少年二人の頭に手を置きたくなったが、それはしなかった。二人にも男のプライドというものがあり、容易にしてはいけないことだ。


 みんなとの話も一段落したのでそろそろ出ようかというところで、ミコトさんが声をかけてきた。


「ギルマス、途中まで私も同行しますわ」

「小生も一緒に行こう。モニカ嬢とウェンディはどうする?」

「あたしは遠慮しとくわ、王宮は肩が凝っちゃうから。この子たちを見てるから、じっくり話してきて」

「私は、少し実家に戻ってくるのであります。近況を報告したら、何とかまた冒険者を続けさせてもらうのであります!」

「ウェンディ、首都の出身だったの? そんな素振り、全然なかったじゃない」

「は、はい……私、勘当同然なので。でも、私はもう将来のことも決めてしまいましたから、両親に伝えておきたいのであります。感謝を伝えることが、できていなかったでありますから」


 ウェンディは今日は武装しておらず、ナップザックに鎧をしまっていつもと違う私服を着ていた。それは実家に挨拶するためだったのか、と納得する。


「俺も行った方がいいよな、本当は」

「はひゃぁっ……と、突然核心を突かないでくださいでありますっ、そそそんな、お師匠様に実家に挨拶に来ていただくなんて……っ」

「ヒロト、色々詰め込みすぎよ。それは、挨拶に行くのは大事なことだし、私のところにも来てくれると嬉しいかな、と思ってはいるけど……」

「モニカ嬢も本音がぽろりと出ているね。ヒロト君、身辺の整理の準備はいいかな?」

「な、名無しさん……あまり脅さないでくれ。自分で言ってみて、俺も後から気がついたよ」


 実家に挨拶するって相当なことだよな。ディアストラさんに会ってフィリアネスさんとのことを話すのも、ある意味同じくらい大きな出来事だったわけで。

 それで俺がディアストラさんにハニートラップを仕掛けられるとは思ってもみなかったが。シュレーゼ家の事情が複雑すぎて、通常の感覚を失いかけていた。そうだ、実家に挨拶は大事だ。そして非常に緊張を強いられる。ウェンディを(パーティに)くださいと言わなければいけないわけだし……。


「で、ではっ、お師匠様はおかまいなく、行ってきてくださいであります! 私は軽く挨拶を済ませて、何くわぬ顔で戻ってくるのでありまーすっ!」

「あっ……ウェンディ、そんなに遠慮しなくてもいいのに。前例があると私も気が楽だから」


 モニカ姉ちゃんのアプローチがさっきから激しい。ミゼールに行ったら、モニカ姉ちゃんのお父さんには挨拶すべきだろうか。あなたの娘さんの矢でハートを撃ち抜かれました、と言っておこうか。赤ん坊の頃からお世話になっていました、というのはずっと秘密でいいと思う。



◆◇◆



 朝食をとっていなかったので、宿で食事をしているマールさんとアレッタさんに挨拶して、外に出てきた。


 祝祭はまだしばらく続くそうだが、各地から集まってきた人々は、ルシエの挨拶が終わったことで一段落したと見ているのか、首都からはかなり人が減っていた。といっても、祝祭の日の人口密度が異常だっただけで、ミゼールと比べれば圧倒的に人が多い。市場は今日も賑わっている。


「あ、そうだ。アッシュ兄の運んでた荷物はどうなったか、二人は知ってるか?」

「ええ、無事に届けられたそうですわ。パドゥール商会はもともと、首都を拠点にしているとうかがいました……あのお店がそうです。運んでいた荷物の中には、ヒロトさんのお母様が織られた布もあるそうですわね」

「おや……ミコトはギルマスと呼ぶのをやめたのかい? まあ、確かに今はギルドマスターではないけれど、小生は懐かしい響きだと思っていたんだけどね。無くなると少し寂しいな」

「ギルドどころか、一足飛びで領主になってしまいましたから……どう呼んでいいものか、といったところですわ。ヒロト様と呼んでもいいのですけれど」

「い、いや……ミコトさんにそう呼ばれるのは、ちょっとな。前世を知ってる相手だと、なかなか気恥ずかしいものがあるし」

「ふふっ……そんなことを律儀に気にしているんですのね。ヒロトさんは相変わらず、可愛いですわ」

「っ……だ、大胆だね。そんなこと、さらりと言えるなんて」


 名無しさんは仮面で隠れていても、耳まで赤くなっているのがわかる。そんな彼女の反応を見て、ミコトさんはくすくすと笑っていた。


「可愛いですけれど、時々大胆で……やはり、目が離せませんわ。本当はもっと強くなるために、パーティを抜けようと思っていたのですが、その必要もなくなってしまいました。これからもよろしくお願いしますわ、マユさんも」

「……ミコトはパラメータが完成されているようだから、小生にも思うところはある。このままでは足を引っ張るだけだからね。強くなるには、やはり修行をするしかないのかな」

「スキル上げだったら俺も手伝うよ。パーティなら、効率のいいやり方がたくさんあるしさ。二人とも、ボーナスは自分で振れるんだよな? それなら、レベルを上げるって手もあるし……あ、あれ? どうした?」


 なぜかじっと見られている……な、何故だろう。こんな往来の真ん中で、ふたりの女性に見られていたら、ちょっと目立つというか恥ずかしいというか、逃げ出したい気分だ。


「……その、ヒロトさんは、スキルを上げる効率的な方法を持っていらっしゃいますけれど……」

「ま、待って……ミコト、人の居ないところまでその話題は保留にしておこう。小生もこんな仮面をつけているけど、恥ずかしいという感情はあるんだよ」

「っ……い、いえ、そこまで恥ずかしいことを口に出すつもりはないのですが……そうですわよね、やはり人前で話すことではありませんわよね。そんなことを、ヒロトさんったら子供の頃から何度も……」


(今さら蒸し返されるとは……確かに俺はいけない子供だったかもしれない。しかしそれはえーと、英雄になるためだったとしたらどうだろう。全ての採乳が、英雄になるためのスキル上げとして立ち上がってくる……!)


「ヒロト君、ミコトもなかなか危ういけど、君もうんうん頷きながら拳をぎゅっと握る姿がとても不審だよ。何をひとりで納得しているのかな?」

「うっ……い、いやぁ……何というか、俺の気持ちは二人とも分かってくれると思うんだけど、どうだろう。赤ん坊の頃って他に何もできることがなくてさ、それでも自分を強化できるとわかったら、普通は強化するだろ?」

「むう……それはそうですけれど。思わず『むう』なんて言ってしまいましたわ」

「萌えキャラを演じようとしてもそうはいかないよ。君がそれなりに夢見がちな女子だったということは、小生の胸ひとつに留めておいてあげるけれどね」

「と、留めてないじゃありませんの! ちょっとギルマスと付き合いが長いからって調子に乗って! マユさんの意地悪!」


 ミコトさんは転生する前、闇影と名乗っていたころは12歳だったわけで。麻呂眉さんはたぶんお姉さんだったから、その頃の関係はこんな感じだったのかもしれない。そう思うと何か感慨深いものがある。


「……何をにこにこしているんですの? ヒロトさん、話はまだ終わってませんわよ」

「その話は後にしよう。ヒロト君が無限スキル上げループをしなかったことと、ヒロト君が使ってきたあのスキルの、男性から女性に向けて使用できるバージョンは無いのかということについてはね」

「ぶっ……ま、待ってくれ。そんなスキル、俺は八年超みっちりマギアハイムを生きてきたつもりだけど、マジで一度も見つけられなかったんだ。怠慢ってわけじゃないんだ、本当に」


 採乳でスキルをさんざんもらったなら、パーティメンバーにお返しできるようにしてほしい、というのは分かる。とても分かるのだが、『刻印』も女神しか持っていないと思われるレアスキルだから、他にスキル経験値をあげられるようなアクションスキルはなかなか見つかりそうにない。


「……み、見つけられないというか……その……男性から女性に対して与えるものというか……い、いえ、与えるというのか分かりませんが、生命の営みと言いますか……」

「そ、そこまでにしておいてくれないと、小生も恥ずかしくて一緒にいられないんだけど……」

「で、ですわよね。ああ、でも思ってしまいましたの。もしヒロトさんの協力を得てスキルを効率良く上げられたら、今よりずっと強くなれそうですから」

「スキル10まではなんとかなるんだけどな。20、30となると、無限ループじゃ済まないくらいの回数が必要なんだ」


 スキルという言葉自体、一般の人達に聞かせるべきじゃないので俺たちはひそひそと話しながら歩く。距離感が縮まっているけど、それを気にしている場合でもない。


「そうでしたのね……では、あの行為ではほとんど経験がつめないんですのね。分かりましたわ」

「別の経験を積んでいる気はするけれど……ああごめん、もうそっちの方面からは離れるよ。小生もミコトの影響を受けてしまっているようだ」

「……そんなことを言って。ヒロトさんが法術スキルを持っているのは、誰のおかげなのか、気づかない私ではありませんわよ」

「っ……ま、まあ、それはね。ヒロト君は恩人だから、それくらいしても許されると思うよ。ヒロト君、そうだろう?」

「え、えーと……」


 許されるかどうかを心配するのは俺の方だと思っていたか、何だか逆転してしまっている。


「……マユさんは着痩せするタイプのようですわね。でも、何か、転生する前よりも……」

「その続きを言われたら、しかるべき措置をとらないといけない。口は災いのもとだと覚えておくといい」

「っ……わ、分かりましたわ。そんなに怖い声を出さないでくださいませ、心臓に悪いですわ」


(転生する前と、何か変わってる……ってことかな?)


 今の話の流れだと、名無しさんが変化した部分は――いや、考えないでおこう。まさかそんなことが理由で、名無しさんが女神にペナルティを受けたなんて、そんなことは。


 ――しかしこういう時に限って、あの悪戯好きな女神は、俺の心に囁いてくるのだった。俺の予想は、あながち外れてはいないと。



◆◇◆



 そういえばミコトさんには限界突破をあげたけど、名無しさんには『刻印』で何のスキルをあげたらいいだろう。

 やはり汎用性のある限界突破か……スキル200のメンバーが揃えられれば、最終的には想像を絶する戦力になるけど、200に1つ上げるだけでも、ボーナスを振らなければ年単位で時間がかかりそうだ。


(ボーナスポイントを取得する方法はあるけど、貴重すぎるからな……みんなが全てのスキルを200にするのは、ちょっと無理だな)


 そろそろ自分のスキルを見て、極めるものを選び、最終形を考える時期かもしれない。

 やはり、交渉スキルを200にするべきなのか。今の手持ちのスキルで行き詰まったとき、ボーナス割り振りを考えれば良いのか――悩ましい。


 しかし、瀕死になってから回復し、成長したときに恵体と魔術素養が大きく上昇したりしたので、スキル上げの方法は単に時間をかけて訓練する以外に、いろいろあるとも考えられる。俺と同じ方法でステータスを上げるのはまず無理なので、命に関わらず、スキルを大幅に上げる方法があれば――と考えてしまう。


「ヒロトさん、私たちは王宮の中を見せてもらっていますわね。名無しさんと話したいこともありますし」

「あ……ご、ごめん、ちょっと考え事してて」

「若いから悩みも多いだろうけど、あまり溜め込みすぎない方がいいよ。いつでも相談するといい」


(名無しさんもまだ全然若いんだけど……というか、あの言い方はわざとだったりしないよな)


 経験してしまうとデリカシーというステータスが減少するのだろうか。即物的な考え方をしてしまう自分を戒めたくなる。ちょっとした言い回しで想像を膨らませていいのは中学生までだ――と思ったが、俺の現在の年齢は中学二年生相当だった。


 二人と別れて階段を上がり、円卓の間のある階に上がる。玉座の間の前を通って衛兵と挨拶し、目的の部屋のある廊下にたどり着くと、そこには待っていてくれた人の姿があった。


「あ……フィリアネスさん!」

「ヒロト、待っていたぞ。円卓の間に入るように言われているが、おまえと一緒がいいと思ったのでな」


 今日のフィリアネスさんは騎士鎧を身に着けている――相変わらず胸甲が完全に胸を覆っておらず、乳袋がとてつもないことになっている。直視できないほどの存在感だ。


「あ、あの……フィリアネスさん、他の男の人もいる前で、その鎧はちょっと気になるな」

「む……そ、そうか。胸甲は交換できるのだが、置いてきてしまったのでな。では、外套を羽織っておくとしよう」

「ご、ごめん。気にしすぎだって分かってるけど、俺……」


 他の男の目に見せたくないという思いが、こんなに強くなってしまった。自分の狭量さに、自分で驚いてしまう。

 しかしそんな俺を見て、フィリアネスさんは嬉しそうに微笑んでくれた。


「昔の私なら、鎧になど構っていなかった。動きやすく、防御力がある程度確保できればそれでいいと思っていたが……おまえの気持ちが何より大切なのだから、これからは気をつけなくてはな」

「あ……い、いや。俺、こんなこと言ってるわりに、フィリアネスさんのいつもの鎧姿が好きなんだ。ごめん、子供みたいな我がまま言って」

「そ、そうなのか……では、私の鎧姿も捨てたものではないのだな。この鎧は特注品なのだが、自分ではかなり気に入っているから嬉しい。ありがとう、ヒロト」


(この人以上に、騎士姿が似合う人はいないのに……捨てたものじゃないとか、本気で思ってたりする。ほんとにすごい人だ)


 最強の聖騎士でありながら、未だに謙遜し続けている。だから彼女はまだまだ強くなる……油断したら、俺でも遅れをとってしまいそうだ。俺も負けるわけにはいかない、戦士としての矜持がある。


「フィリアネスさん、これからもよろしく」

「な、何を急にかしこまっているのだ……そういう態度はよくない。また危ないことをしそうで心配になる。私の遠くには行くな」

「い、いや、そういうつもりじゃなくてその……っ」


 フィリアネスさんが俺の手を引いて連れて行こうとする。手を繋いで円卓の間に入るなんて、物凄く注目を集めてしまいそうだ。恥ずかしさで今から顔が熱くなってしまう。


 そうこうしているうちに、後ろからガチャ、ガチャという硬質な足音が聞こえてくる。振り返ると、昨日より重装の鎧――おそらく守護騎士ガーディアンとしての正式な鎧を身につけたディアストラさんの姿があった。


(しかしそれでも乳袋なのか……何という親子……!)


 そんなところが共通点だと気がつく俺も俺だが、ディアストラさんは隙のない鎧姿なのに、あえて胸甲だけはつけないのは何かの主義か信条でもあるのか、後で円卓の間で議題に上げたくなってしまう。


「ジークリッド。侍従から聞いたが、私の別邸に泊まったそうだな」


 ディアストラさんは薄く笑みを浮かべている。眼の奥が笑っていないのはいつも同じだ――しかし、いつまでも圧倒されている俺ではない。


「はい。『お母さんの』ディアストラさんに断らずに泊まったことは、すみませんでした」

「……フン。そんなことで目くじらを立てていたら、それこそ貴様の思う壺だ。まったく、食えない男だ」


 俺とディアストラさんのやりとりを、フィリアネスさんは何も言わずに見ていた。

 しかし昨日のように、辛そうな顔はしていない。ディアストラさんはそんな娘と目を合わせ、ただ何も言わずに見つめる。

 無言の時間が過ぎる。先に口を開いたのは――フィリアネスさんだった。


「……私は、ヒロトと共に生きていきます。そしてこの剣で、母上……あなたのことも、守ってみせる」


 ディアストラさんは何も言わない。答えないままに、俺達の横を通り過ぎ、円卓の間に入って行こうとする。

 しかし彼女は立ち止まった。そして振り返ると、今度は俺の方を見やった――とても静かな瞳をしていた。


「何を吹き込んだのか知らんが……人の心に立ち入ったのなら、それだけの覚悟をすることだな」

「最初から覚悟してます。ゆうべは、それを確かめただけですよ」

「……そうか。あまり身体に負担をかけないことだ、フィル、おまえは聖騎士なのだからな。我が国の戦力の要であるうちは、自覚を持って行動しなくては」

「母上……っ」

「私のことは、母と呼ぶな。円卓の間に入ったら、私情を捨てよ」


 ほんの一瞬だけ、俺にはディアストラさんが微笑したように見えた。俺たち二人に向けて。

 しかしそれは、見間違いではなかったのかと思うほど短い時間だった。気がつけばディアストラさんは、円卓の間に入った後だった。


「……おまえは、母とどんな話をしたのだ? 昨日とは、母がまるで別人のように見えたぞ」


 フィリアネスさんは笑っている。でもその目が潤んでいて、少し赤くなっていた。

 俺はそこで確かめる――フィリアネスさんは、本当にお母さんが大好きで、尊敬しているんだと。


「大事な話をしたんだ。それだけのことだよ」

「……そうか。ありがとう、ヒロト」


 フィリアネスさんは俺の肩に手を置き、額を胸元に触れさせてきた。俺は彼女の背中に手を回し、ぽんぽんと優しく叩く。ほんの短い間のことで、彼女はすぐに気を取り直し、いつもの凛とした姿に戻る。


 円卓の間に二人で入るとき、俺はこんなことを考えていた。

 『そうか』という言い方が、ディアストラさんとフィリアネスさんは同じだった。

 人に心を許したときの言葉が同じ。それは、二人が姿だけでなく、よく似ているからなんだと思った。


※ 次回は水曜更新予定でしたが、繰り上げまして今日更新です。

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