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第二話 選択肢の罠

「良ければリオナと仲良くしてね、ヒロトちゃん」

「……あー、うー」


 しゃべれない上に、サラサさんに覗きこまれてそっぽを向く俺。うーん、こんな赤ん坊、絶対かわいくないだろうな。リカルド父さん、レミリア母さんも困った顔をすることが多い。

 ――しかし、俺は失念していた。家族には通用しない交渉術のパッシブスキルが、他人には効果を及ぼすことを。



◆ログ◆


・「カリスマ」が発動! 《サラサ》に注目された。

・「魅了」が発動! 《サラサ》は抵抗に失敗、魅了状態になった。

・《サラサ》が好意を持ってあなたを見ている。

・《レミリア》はつぶやいた。「うちのヒロトはリオナちゃんにはあげられないわね」



(や、やばっ……パッシブスキルの効果を試そうとしてセットしてたんだった……!)


「っ……!?」


 サラサさんが目に見えて反応する。どうやら、俺のスキルに抵抗できず、状態異常になってしまったらしい。

 恐る恐る、さっき頭の中に流れてきたログに目を通す。ウィンドウを表示すると見られてしまった時の反応が読めなくて怖いので、俺はいろいろ試してウィンドウを非表示にした。すると、頭の中に、ウィンドウに表示される情報が流れてくるようになった。


 まず「カリスマ」が発動したので、俺はサラサさんのステータスを見ることが出来るようになった。

 カリスマ自体は色々な職業で覚えられるスキルだったりするが、「他人に一目置かれる」という効果があるスキルだ。これが発動すると、相手をパーティに誘うためにステータスを確認したり、「口説く」「依頼」などのアクションスキルを使用することが可能となる。鑑定スキルを取らなくても、「カリスマ」があれば、これはという人物のステータスを見てパーティに誘える。


「……レミリアさん、やっぱりヒロトちゃんには見込みがあるんじゃないかしら。赤ん坊の彼に言うのも何だけれど……他の人にないものを感じるわ」

「そういうこと、良く言われるのよね……助産師さんも言ってたし」


 俺は生まれてすぐひとしきり泣いた後寝てしまったので、その間のログは見ていない。ログは一定時間経つと消えてしまうので、便利な行動記録帳というわけにもいかないからだ。なので、俺の知らない間に、近づいた人物に対してパッシブスキルが発動していた可能性はある。


 しかしレベルが低いと、「魅了」は高レベルの人物には通りにくいはずなんだけど……成功率0%じゃないとはいえ、成功してしまうとは。こうなると、サラサさんは……。



◆ダイアログ◆


・《サラサ》はあなたの命令を待っている。命令しますか? YES/NO



 ログは現在の状況を教えてくれるもので、ダイアログは俺の選択を必要とするものだ。しかし何も選択しなければ、タイムオーバーで「流れる」。


 魅了が成功したからって、近所の奥さんに対して命令することなんて俺にはない。リオナがどんな子か見せてもらいたいとは思うが、まあ、黙っていてもその機会はあるだろう。コミュニケーションがとれず、嫌われないとも限らないが。


 と、とにかく……サラサさんへの魅了を解除したい。けど、俺に出来ることは泣くことくらいだ。


「……おぎゃ、おぎゃぁ!」

「あらあら、ヒロト、びっくりしちゃったみたいね……それとも、お腹がすいた?」


 テーブルの近くで椅子に座って見ていたレミリアさんが席を立つ。しかし彼女のマナは、授乳直後で回復しきっていない。


「さっきあげたばかりだから、私はもうお乳が出ないわね……どうしようかしら」

「レミリアさん、私が代わりにあげてもいいかしら? リオナにあげるだけでは、いつも余ってしまって……」


 ――おお、神よ。


 女神に転生させられた俺が祈るのもなんだが、神に祈るしかない心境だった。

 レミリアさんに育てられるだけでも俺の赤ん坊時代は恵まれすぎているのに……まさか、近所の奥さんまで。転生前は近所に住んでいた奥さん方に「弘人くん、ずっと引きこもりで森岡さんちも大変ね」「うちの子がああなったらと思うと、他人ごとだって言ってられないわ」とか、昼下がりに井戸端会議が聞こえてきたりしていた。動揺のあまり、トラウマが蘇ってしまっている。


 いや、そんなことを考えている場合じゃない。ここは、サラサさんが無理をして授乳しようとしていないか、確かめなければなるまい。赤ん坊の俺に出来ることはそれくらいだ。

 俺は心中でそっと念じて、「カリスマ」の効果で見られるようになったサラサさんのステータスウィンドウを脳裏に展開した。


 ◆ステータス◆


名前 サラサ・ローネイア

ハーフエルフ 女性 123歳 レベル23


ジョブ:セージ

ライフ:64/64

マナ :224/264


スキル:

 鞭マスタリー 32

 白魔術 30

 薬師 20

 恵体 2

 魔術素養 20

 母性 75

 料理 20

 奴隷 20


アクションスキル:

 鞭縛り(鞭マスタリー30)

 治癒魔術レベル2(白魔術30)

 ポーション作成(薬師20)

 授乳(母性20)

 子守唄(母性30)

 搾乳(母性40)

 説得(母性60)

 簡易料理(料理10)

 料理(料理20)


パッシブスキル:

 鞭装備(鞭マスタリー10)

 女王様(鞭マスタリー20)

 薬草学(薬師10)

 回復上昇(白魔術20)

 育成(母性10)

 慈母(母性50)

 子宝(母性70)


残りスキルポイント:17


 マナを40消費しているが、それはリオナに授乳したからだろう。しかしそれ以外に得られた情報が、俺を圧倒していた。彼女はやはりハーフエルフだ……それが発端になって、クエストが発生するわけだが、それよりも意味が分からないのは、圧倒的なまでの母性。75て。


 そして「授乳」というスキルが存在するのも驚きだったのに、「搾乳」の放つ存在感は凄まじかった。確かに彼女の胸は大きいし、乳が出すぎる人は搾らないと乳腺が詰まってしまうと聞いたことはあるので、理にかなっているといえばそうなのだが……他にも突っ込みどころのあるスキルが多すぎて、すべてに言及しきれない。


 見逃せないのは「奴隷」の項目。これは、奴隷の経験があることを意味している。ハーフエルフの彼女がどんな波乱に満ちた人生を送ってきたか、ゲームでの内容を思い出すと複雑な気分だ。こんなふうに穏やかに暮らしている時代があり、俺はその場面を見ることが出来ているんだな……。


「そうね……ヒロト、お腹がすいてるみたいだから。サラサさん、良かったらうちの子に分けてあげて。リオナちゃん、いいかしら?」

「きゃっ、きゃっ」


 リオナはかなり人懐っこいようだな……俺より生まれた日がちょっと遅いのに、もう愛嬌を振りまいている。とても真似できない。と、対抗心を抱いている場合じゃない。


「ヒロトちゃん……こっちを向いてください。お母さんの方がいいでしょうけれど、今回だけは我慢してくださいね……」



◆ダイアログ◆


・《サラサ》が「授乳」を使用しようとしています。許可しますか? YES/NO



 サラサさんがリオナの授乳のために着ているゆったりした服の帯を解いて、胸をはだける。


(……すっげぇ……)


 感嘆するしかない光景だった。赤ん坊の俺から見るとそれはあまりにも雄大な山脈だった。呼吸するだけでたゆん、たゆんと揺れているそれを見上げようとして、正面から向き合えずに目をそらす。クーパー靭帯だけでこの大きさを支えられるとは信じがたい。異世界のブラジャーではこの胸はカバーしきれないのか。


 母性についての追加解説には、数値×0.2%、乳房が大きくなると書いてある。もとから大きい彼女の胸に、15%補正がかかって大きくなっている。対してレミリアさんの補正は5%弱。個人差があるし、母に対する敬意は変わらないが……こんな見事なバストは、アニメの中でしか見られないと思っていた。サラサさんは文句なしの優勝だ。何の大会かわからないが。


 しかも胸を俺に見せてから、サラサさんは恥ずかしそうに頬を赤らめている。0歳児の俺に対してあきらかに意識している理由は言うまでもない、彼女が魅了状態だからだ。


(ほ、本当にいいのか……? 何か、サラサさんの旦那さんに悪いことしてるような……)


「遠慮しなくていいんですよ……ヒロトちゃん。リオナはもうお腹いっぱいですから、余った分はいつも搾って捨ててしまうんです」

「……あー、うー」


 俺はしゃべれないので、話しかけられても答えられない。しかし、こんな場合でも意思疎通する手段がひとつある。

 それこそが、交渉術100で手に入るパッシブスキル「選択肢」だ。

 これをセットしておくと、有効な行動をシステムが計算し、候補を三つ上げてくれる。選択肢を呼び出すと全てのマナを消費するので、マナの回復手段がなければ、あまり乱発出来ない奥の手だ。

 赤ん坊の俺でも、有効な行動があるはず……教えてくれ、選択肢!



 ◆選択肢ダイアログ◆


1:《サラサ》の「授乳」を許可する

2:《サラサ》の「授乳」を許可する

3:《サラサ》の「授乳」を許可する



(ちょっと待てぇぇぇぇ!)


 赤ん坊の行動に選択の余地がないとでもいうのか……システムが俺に授乳を迫っている。強いられているんだ、という言葉が脳裏をよぎった。



 ◆ログ◆


・《レミリア》はつぶやいた。「大きい胸がいいってもんじゃないってことよね、ヒロトも」

・《リオナ》は笑っている。

・《サラサ》はあなたに向けてはにかんだ。



 レミリアさんのちょっぴりジェラシーの込められたつぶやきが、ばっちりログに表示される。そして俺は、一度選択肢を呼び出した以上、絶対にいずれかを選択しなければならないのだった。


(……神よ。空腹の俺をお許しください)


 何に赦しを乞えばいいのかもわからないので、とりあえず神に祈りながら、俺は1、2、3の選択肢を未練がましく行き来したあと、2番目を選択した。

 サラサさんに抱えあげられ、彼女は椅子に座る。そして俺は、彼女の胸に顔を向けられる――そして。


 ◆ログ◆


・《サラサ》の「授乳」はあなたには使用できなかった。使用条件を満たしていない。

・「授乳」の代替となるアクションが存在します。命令しますか? YES/NO


(し、使用できない……そうか、俺はよその赤ちゃんだからか……でも、代替アクションは使える。代替って一体なんだ……?)


 つまり授乳よりも、よその女性にお願いしても大丈夫な範囲の行為ということだろうか。そういうことなら、俺はリスクを恐れずにYESを選べる。


 ――しかし、それが甘かった。



 ◆ログ◆


・「授乳」の代替アクション、「採乳」が発動した!



(採乳……乳を採取する……って、うわっ……!)


 気が付くと、俺の手が淡く光っている。目立つほどの光ではないが、俺はこの光った状態の手をどうすればいいか、「採乳」が発動した時点で、理屈を超えて理解していた。


「……ヒロトちゃん……どうぞ」


 そう――授乳と同じ効果を得る、吸い付かずに行う行為。

 それこそが、女性の胸に触れただけで、授乳で与えられる内容と同じだけのエネルギーを吸収するスキル――「採乳」だった。

 俺の小さな手のひらが、サラサさんの大きな二つの山の左右に、一つずつぺた、ぺた、と触れさせられる――すると。


 ◆ログ◆


・あなたは《サラサ》から「採乳」した。ライフが回復した。

・《サラサ》の魅了状態が続いている。

・《サラサ》はつぶやいた。「不思議な子……こんなふうに、おっぱいを……」



 ――まだゼロ歳なのに、雄大な山に触れてしまった。大自然の偉大さを理解した俺は、感動のあまり、「採乳」を終えても手を離せずにいた。

 新しい人生は、最初からクライマックスだった。いや、終わってどうする。


「……ヒロトちゃん、もう一度いかがですか? まだ、お腹いっぱいではないって顔をしていますし……」


 そして「採乳」を行っても、女性の感情は授乳を行った時に等しく、俺に栄養を与えているのだと理解しているようだ――代替スキルとはいうが、この効力は魔術よりも魔術めいている。触れただけで、母性が20に達している女性から、恵みを受けることができるのだから。


(確かにまだライフが完全回復してないし……も、もう一回……!)



 ◆ログ◆


・あなたは《サラサ》から「採乳」した。ライフが回復した。

・あなたは「魔術素養」スキルを獲得した! マナが12増えた。魔術が上手く使える気がした。

・《サラサ》はつぶやいた。「これからもお願いしに来ようかしら……」

・《レミリア》はつぶやいた。「ヒロトを取られないように見てないとね……サラサさん、危険だわ」



 レミリアさんの心配はごもっともだ……まさか採乳で、スキルまで手に入るとは。おそらく、彼女が魔術素養スキルを持っているので、その恩恵を得られたのだろう。


 しかしレミリアさんに与えてもらっても、気品スキルが上昇するようなので、バランス良くもらっていきたい……って、何を偉そうなことを考えてるんだ。育ててもらえるだけでありがたくて涙が出そうなのに。


 リオナはサラサさんの魔術素養をたっぷり受け継いで育ちそうだ……この子が幼なじみってことになるのかな。

 レミリアさんに抱えられ、サラサさんに抱えられたリオナと対面して、俺は思った。


「きゃっ、きゃっ♪」


 ――この笑顔を、俺はどこかで見たことがある。と。


次回は月曜日更新です。夕方、夜に2話更新いたします。

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