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第三十八話 前編 未来の約束

 鐘つき塔から降りるとき、何となく気配は感じていたのだが――まさか塔を出た途端にこんなことになろうとは。


「……ヒロトさま」


 塔を出たところで、外壁を少し回ったところにいたユィシアが、すっと姿を現す。


「…………」


 沈黙が意味するところはわかる。ユィシアに、俺が何をしていたか伝わってしまったのだろう。ユィシアに対して思考を隠蔽する方法があるなら、ぜひ習得しておかないと、彼女の精神的な安寧が保たれない。


(しまったという顔をしちゃいけないな。俺は何もやましいことはしていない。いや、とてもやましいのかもしれないが、それでも俺は……!)


「ユィシア、ミコトさんを探してくれてありがとう。彼女はもう居なくなったりしないから、大丈夫だ」

「……そう。ああいうことをしたら居なくならなくなるのなら、定期的にしてあげるといい。私は嫉妬をしない。マスターの帰巣本能を信頼している」


 そう言いつつもユィシアの周りの空気がビリビリとしているのはなぜだ――と疑問に思うまでもない。

 俺は彼女に焼き餅を焼かせてしまったのだ。ユィシアが感情というものと無縁に見えたのはもう昔のことで、俺を見る目が何か切なそうというか、色々言いたいことはあるけど黙っておく、みたいなニュアンスを感じる。


「アレッタちゃん、これって修羅場的ななにか? ヒロトちゃん、ああいうことって何したの?」

「え、ええと……女の子の大切なものを受け取ったり、男の子の大切なものを捧げたりはしていないと思いたいんですけど……ヒロトちゃんはそういうことで嘘はつかないと信じてますし」

「ま、まあアレッタさんの言うとおりだけど、俺もそういうことばかり考えてるわけじゃないから。大きくなったからといって、あまり身構えないでくれると嬉しいな」


 スキルの授受に関しては、邪念を消してするものだ――互いの信頼関係を築く行為でもある。なので、ユィシアにはどうか怒らないでほしいのだが、まだ不穏なオーラが消えなくて、俺はちょっと泣きそうだった。


「まあ、ああいうことっていうと、私もいつでもしたい気持ちでいっぱいなんだけど……ヒロトちゃん、また近いうちに仲良くしようね」

「わ、私もそう思っていますけれど、小さい子の居る前では自重してください。教育に悪いですよ」


 ――ちょっとお待ちいただきたい。考える時間が欲しい。

 冷静に、冷静に。取り乱すな、慌てれば慌てるほど俺の立場は悪くなる――交渉はクールに、だ。


(……でも小さい子って、考えられるのは……)


 俺は恐る恐る周囲を見回す。すると、ユィシアの後ろから、顔を真っ赤にしたリオナとミルテがぴょこっと顔を出した。


(ま、まさか……いや落ち着け、そんなわけがない。ユィシアに連れてこられたとしても、俺が何をしてたかは、さすがに見てないはず……!)


 今となっては見下ろすくらいの身長差になった二人に対して、俺は出来るだけ自然に微笑みかけた――が、しかし。


「……ひ、ヒロちゃん、またさわってたの?」

「……な、何のことだ?」

「えっ……リオナちゃん、どこから見てたの?」

「や、やっぱり、そういった意味で仲良くしていたんですね……ヒロトちゃん、大きくなっても好きなんですね」


(好きなんだけど、改めて言われると恥ずかしすぎる……くっ、マールさんたちはなんで俺たちがいるところに気づいたんだ。勘で探し当てたとでもいうのか)


「私は気にしない。もし気づいても、見なかったふりをする」


(やっぱりユィシアの機嫌を損ねてる……ど、どうすれば……!)


 そしてユィシアだけでなく、ミルテも俺に何か言いたげにしている。


「……ヒロト、ずっと言ってなかったけど、わたし、おばば様とヒロトのことも見てた。窓の隙間から」


(や、やはりそうか……しかしこのタイミングで言われると、俺はもうどうしていいのか……)


 確か四歳の頃だから、四年以上も、ミルテは俺とおばば様の交流を見てきた可能性がある。見られてる可能性があると気付いていたのに、精霊魔術スキルをもらい続けていた俺も俺だが。


「ヒロトちゃん……そんなに守備範囲が広かったんだ。アレッタちゃん、焦ることなくてよかったね~」

「や、やめてください。いえ、かなり年上でも良いと言ってもらえれば、それは凄く嬉しいですけど……みんなが居るところでそういう話は、恥ずかしいです」

「……あとで、一人一人との面談の時間をとるべき。それが一番公平な方法」

「面談か……わかった、みんなが時間をくれるなら、一人ひとりと話したいな。俺の意識が戻る前に、色々心配かけたことも謝りたいし」


 だんだんと外堀が埋められている感があるが、もう腹をくくるべきなのだろう。

 一人ひとりと話して、大きくなってから俺はこれまで通りでいいのか、それとも変わるべきなのか。そういうことをしっかり話しておかないといけない。


「めんだん? めんだんってなに?」

「例えばだけど、俺とリオナが二人で話すってことだよ。俺に、色々言いたいこととかあったら、遠慮なく言ってくれ。基本的には、何でも聞くからさ」

「……ヒロちゃん」


 リオナは誰かに整えてもらったのか、髪の両サイドを結んでおさげにしている。そのうち一つの房をいじりながら、彼女は潤んだ目で俺を見上げながら――って、こ、これじゃ、まるで……。


「……ミコトさんのお胸にしたみたいに、リオナにもして?」


 まるで、もっと年上の女の人みたいな仕草じゃないか。そう思った時には、決定的な言葉は、既にリオナの口から出てしまっていた。


 まだ八歳の幼なじみが、というか俺にとっては物凄く遠い存在だった彼女が、今の段階で既に、何というかそこまで心と身体をオープンしてくれているとか、罪深いというか、懺悔したいというか、でもちょっと嬉しいみたいな、とりあえず今すぐ俺の頭上に金ダライを落としてほしい。無性に罰せられたくて仕方がない。


「り、りりリオナちゃん、そんなちっちゃいのに、ミコトちゃんと張り合っちゃうなんて……しゅ、しゅごい……」

「ままマールさん、なな何をうろたえてるんですか、わわ私たちは大人として、小さな子をちゃんと教え諭してあげてですねっ、ああっ、ヒロトちゃん、なに頭を抱えてるんですか! 小さい子が少し間違えたことを言ったからといって、悶えないでください!」

「……間違えてないよ? 私、ヒロちゃんともっと仲良くしたい。ミコトさんや、お母さんみたいにしたい」


(サラサさんのことを今言うのか……俺をどこまで追い詰めるんだ……!)


 サラサさんからは、三人で寝たあの日からスキルをもらったりはしていない。奴隷の首輪をつけていたサラサさんを身請けしたあと、彼女は名目上は俺の奴隷ということになっている――でも、そんな扱いをする気は、初めからなかった。しかし、俺とサラサさんの関係は、やはり今までとは変わってしまった。亀裂があるというわけじゃないが、どうしても意識して、落ち着いて話すことができていない。


『……この首輪を外すのは……ハインツではなくてはならないんです。あの人は……私を奴隷から解放するまでは、何も……』


 俺が大きくなったら、サラサさんを怯えさせないだろうか。彼女がいかに優しいといっても、子供の頃と同じ関係は続けられないだろう。サラサさんは、夫だとしているハインツさんと男女の関係がなくても、彼に操を立てているのだから。


「ヒロトちゃん、リオナちゃんのお母さんとも……もしかしてミゼールのお母さんたちは、みんなヒロトちゃん大好き仲間だったりしない?」

「み、みんなではないと思います。ほとんどかもしれませんが、ヒロトちゃんの交流関係にも限りがありますし……」


 ミゼールで俺と知り合った女性のほとんどは、スキルをくれる関係だ――とはとても言えない。いずれ露見するとしても、今はまだ伏せておきたい。

 今向き合うべきは、幼なじみ二人の気持ちだ。ふたりとも、俺がはぐらかし続けているので、涙目になってしまっている。


「……ヒロちゃん、やっぱり私じゃいやなの? 大人の女の人じゃなきゃだめなの……?」

「……ヒロトの意地悪。もう、一緒に遊ばない」

「うっ……ふ、二人とも、そんなに怒らなくても……」


 今となっては、二人と遊ぶといっても今までと同じことは出来ないだろうが、遊ばないなんて言われるとそれは寂しい。

 身体の通りに八歳の考え方をする部分も俺にはあって、二人やステラ、アッシュ、ディーンと遊ぶとき、俺は子供なりの楽しみを感じられていた。


 しかしこれからは、そうもいかないのか。成長したことを喜んでいた側面が大きかった俺だが、今更に、これで良かったのかという思いが湧く。


 そんな俺を見てユィシアはふっと笑うと、リオナとミルテの傍らにやってきてしゃがみこんだ。


「ヒロト様は……」

「……そうなの? ヒロちゃん、おっきくなったら……」

「……どれくらい……うん、わかった。それなら……」


 何を話してるんだろう……三人の会話が、断片的にしか聞こえてこない。

 静かに見守っていると、リオナとミルテがちら、と俺の方を見る。そして頬を染めて、ぷい、とまた視線を逸らしてしまった。


「ど、どうしたんだ?」


(……二人に、大きくなるまで待っていれば、ヒロト様はちゃんとしてくれると言っておいた)


 ユィシアはこちらを見やり、リオナとミルテの頭を撫でながら、俺に念話で教えてくれる。あたかもそれが、何でもないことみたいに。


(そうか、それは……いや、良くないだろ。そんな、予約してるみたいな……)


(ヒロト様が予約したのではなく、二人の方からヒロト様にことづけた。それなら、何も悪くはない)


(わ、悪くないとかそういうことじゃなくて……)


 リオナもミルテも、それでいいのか。大きくなったら、そんなことを言ったことを後悔したりしないのか。

 ――そんな俺の思いと裏腹に、リオナとミルテが二人一緒に微笑む。やがて訪れる未来に、俺とすることを期待してくれているかのように。


「ヒロちゃん、私もう怒ってないよ。おっきくなるまで待っててね」

「私はリオナより早く大きくなる。今でも少しだけ、身長が大きい」

「そんなことないよ? リオナの方がちょっと大きいもん。マールさんもそう言ってたもん」

「ほんのちょっとだけリオナちゃんがおっきいかな? 抱っこすると変わらないんだけどね」

「……すぐに追いこす。いっぱいご飯を食べて、いっぱい遊ぶ」

「そうですね、それが一番大きくなるための近道です。二人の将来が楽しみですね、ヒロトちゃん」


 アレッタさんが上手くまとめてくれたけれど、二人が俺を見る目が今までと何となく変わってしまった感じがして、何とも照れるというか、何というかだ。


 陽菜もかなり発育が良くて、クラスの男子に騒がれることがあったくらいだから、転生後もそうなることは想像に難くない。ミルテもネリスおばば様や、母親であるシスカさんのことを踏まえると、今はぺたんこでもどこかの段階で発育が始まるのではないかと考えられる。


(……って、期待しすぎだろ、俺。生涯通して授乳してもらうつもりか)


 自分を律していると、リオナとミルテがこちらにやってくる。さっきまで対抗意識を燃やしていたのに、今は仲良く手を繋いでいた。ちょっとうらやましいくらいの仲の良さだ。


「ヒロちゃん、おまつり楽しみだね。フィリアネスお姉ちゃんが言ってたけど、すごく見やすいところで見せてもらえるんだよ」

「……ステラ姉とみんなで、一緒に見る。ヒロトが起きてくれてよかった」

「ああ、二人とも心配かけたな。その……約束のことも、俺はちゃんと覚えてるから。二人が大きくなっても嫌じゃなかったら、その……」


 結構本気で恥ずかしくて、うまく言葉が出てこない。そんな俺を見て、リオナとミルテは嬉しそうに笑った。


「ヒロちゃん、背はおっきくなったけど、元のヒロちゃんとおんなじだね」

「うん。おっきくなったら大人になっちゃうかと思ったから、よかった」

「そんなこと心配してたのか……まあ、身体が大きくなったから、子供っぽいことは言ってられないけどな。遠慮せずに、今までみたく付き合ってくれ」


「つ、付き合う……ヒロトちゃん、それ私にも言ってみて?」

「俺と付き合えよ、って一度は言ってもらいたいですよね……ええ、そういう意味ではないのは分かっていますけど」


 そういう意味じゃないなんてこともなく。

 俺はそろそろ本気で考え始めていることがあった。前世では、絶対に出来なかったようなことが、この世界では可能なのだから。


 ――ひとりだけの相手を選んで、他の皆と離れていくんじゃない。皆一緒に居られる、それが俺の描く理想形だから。

 パーティ上限の百人が、全員奥さんで埋まるくらいの勢いで――とまでは言わないが。アッシュとディーンだっているし、これからも性別を問わず仲間は増やしていきたい。『天国への階段』がそうだったように。


「マールさん、アレッタさん。俺、ちゃんと責任取るから。何も心配しなくていい」

「えっ……そ、それって……あっ……」

「……ヒロトちゃん……」


 俺は二人にお礼の意味を込めて、順番に抱擁をした。マールさんはやっぱり女の人にしては大きいけど、俺ももう負けてはいない。すっぽりと腕で包み込んであげられる。

 小柄で華奢なアレッタさんとなれば、抱きしめると壊れてしまいそうなくらいで、俺は出来るだけ優しくすることを心がける。


「……ヒロト様、私も……」


 それを見ていたユィシアも進み出てくる。戦えば絶対的な力を発揮する彼女も、抱きしめた感触は、一人の女の子であることに変わりなかった。柔らかくて、ふわりといい匂いがする。


「……ヒロちゃん」

「私たちも……ちょっとだけ」

「ああ。ユィシア、いいか?」

「……後でもう一度してほしい」


 ユィシアがおねだりをするなら、俺も喜んでそれに応えたいと思う。マールさんとアレッタさんも、まだ足りないって顔で俺を見ている。リオナとミルテもそうだ。


 俺は膝をついて身をかがめ、二人を一緒に抱きしめる。起き抜けの時もそうしたけど、二人の小さな身体は暖かく、抱いているとすごく気分が落ち着く。


「ヒロちゃん、あったかい……」

「……ずっと、こうしてたい」


 ミルテの気持ちも、リオナや皆に負けないくらい強いものだと感じられる。どうしてそこまで俺を想ってくれるのか、『面談』をするとしたら、聞いてみてもいいんだろうか。それとも、もっと違う機会を待つべきだろうか。


 考えているうちに、鐘つき塔に続く階段を上がってくる人の姿を見つける。ウェンディ、名無しさん、そしてスーさんだ。


「お師匠様ーっ、ミコトさんは見つかったでありますかーっ?」

「ああ、ちゃんと見つかった! 今は外してるけど、もう大丈夫だから!」


 返事をするだけで、ウェンディがものすごい反応をする。大きくなった俺を見て、感激してくれているんだろうか。


 隣にいるスーさんと名無しさんの物腰は、いつものように静かだった――しかし。


 俺にはどうしてか、名無しさんの様子に、少しだけ違和感を感じた。


 俺の前までやってきた彼女の、仮面から覗く口元は、優しく微笑んでいる。けれどその仮面の下の顔が、本当に笑っているのかどうか、今だけは確証が持てなかった。


※ 次回は深夜2:00までに更新いたします、申し訳ありません。

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