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第三十七話 天空の瞳/公王の意志

※今回は視点の変更があります。

 ユィシア→ヒロト→フィリアネス視点の順になります。


 ∽ 首都ジュヌーヴの上空にて ∽



 マスターが探している人物のことは、私はあまり良く聞かされていないので、マスターの中にある心象イメージを元に探していたけれど、結論をいうと、私より先にマスターが見つけてしまった。


(私の視界は首都の全域に及ぶ。そんな私より先に見つけ出すなんて)


 人間は、時々理屈を超えた行動に出ることがある。不可能だと思えることを、可能にしてしまう、そんな強さを秘めている。

 私は弱くて壊れやすい人間に関心を持つことはないと思っていた。でも、マスターは違っていた。

 小さな身体で私に挑んできたときのあの目を、今でも覚えている。

 もっと記憶を辿れば、最初に湖で会っていたことは思い出せる。赤ん坊のようなマスターは、その頃からすでに一人前の戦士のように勇敢だった。蛮勇というのかもしれないが、私はマスターのそういった部分こそが、私を使役するに足り得たのだと思っている。


「はぅぅ……た、高い。見てミルテちゃん、町があんなにちっちゃくなっちゃったよ」

「……高いのは苦手じゃないけど、ぞくぞくする。落ちそう」


(落ちることはない。皇竜は、騎乗する人物に対して保護結界を張ることができる。空気が薄くて窒息することも、寒いと感じることもない)


「ふぁ~……よくわからないけど、ユィシアさん、すごい……」

「今でもびっくりしてる。ヒロトが急に大きくなったり、ドラゴンの女の人と知り合いだったり……」


(マスターを遠くに感じないで欲しい。マスターは、二人のことをいつも考えている。私には、それが分かる)


 リリスを宿している少女には、私は特別な感情を抱いていた。それは、私には似つかわしくない、実感として把握することの難しい、おそらく友情に類するものだった。だから私は、一度上空に飛んでいったのに、リオナが呼んでいると感じて、彼女たちを迎えに戻ってしまった。


 なぜ私がリオナに甘いのかといえば、母の記憶の影響だと思う。母は魔王リリスと盟約を結んでいた。

 しかし最後には、母とリリスは戦わなければならなくなった。どうしてそうなったのか、記憶は私に受け継がれることなく封印されて、ただ「悲しかった」という感情だけがある。


 でもリオナは、まだ何も知らない。一度マスターを守るために覚醒したことも、今では忘れてしまっている。

 リリムが魔王の本性を現した時、その波動がリオナの中の魔王に干渉した――それは、私がリリムの波動に気づくより早かった。リオナはヒロトが危ないと言い、私はそれを聞いて、リオナを連れていった。一緒に居たミルテもついてくると聞かなかったので、私はリスクを飲み込み、自分の正体を二人に見せた。


 魔王の力が、リリムの撃退に役に立つと考えてはいなかった。私はただ、「リリスを宿した少女の願い」を聞き届けずには居られなかった。

 二人の少女は、私の竜の姿を見て初めはとても驚いていたが、今となってはこうして私の背中に乗ることにも全く抵抗がなくなっている。子供は順応が早いのかもしれない、と私は思う。私が幼生だったときはどうだっただろうか。もう今の私と変わらないくらいに物心ついていて、恐怖や驚きといった感情を知らず、ただ宝を守り、時々外に出て水場で身体を洗ったり、山脈の奥地に出向いて新しい宝を集めたりしながら、日々を過ごしていた。


 ――そして考えているうちに、マスターから伝わってくる波動が、明らかに変わった。


 感じ取るだけでも、全身が熱くなって、その熱がリオナとミルテに伝わってしまわないかと心配する。

 それほど、マスターの心は優しい波動に満ちていた。私の心の奥まで染み渡って、とろけさせてしまいそうなほど温かい。


 遥か上空、町の人々から見えないように魔術で姿を隠蔽しながら、私は古い塔の上に、二人の姿を見つけた。黒い髪の女性は髪をおろしていて、白い素肌を見せている。私とどちらがマスターの気に入るような肌をしているだろうか、と考える。人間の姿に変わったとき、それをマスターが綺麗だと感じてくれていることは伝わっていたが、はっきり言葉にしてもらったことはない。


 一人前の若者にまで成長したマスターが、ミコトという女性から、魔力か、それに類する力を受け取っている。ふたりとも落ち着いていて、何度か魔力の流れが起きたあとは、今度はマスターが魔力を与える側に変わる。


 前に自分がそうされたときは、幼いマスターの求めに応じることを嬉しいと思い、マスターが男性であるということに関しては、それほど強く意識を持たなかった。もう少し大きくなったら、異性として強く意識するのかもしれない。既に意識はしていたが、子供のマスターに無理を強いることは出来ないと思っていた。


 それはもう待つ必要のないことなのだとひと目で分かる。マスターの成長を待ち遠しく思っている人々がいることは、首都でマスターの仲間たちと話していれば良くわかった。聖騎士も、その部下も、マスターの近くにいる人物のほとんどが、私と同じことを望んでいるのだろうと思う。


 ――でも、これほど、こんな、初めて味わうような。


 言葉にできない、というマスターの思考が伝わってきたとき、言語化できない情動があるのだろうかと思った。しかし今は、それが理解できる。


 マスターに求められているミコトと、自分が入れ替わったら。自分があれほどに想われたらと想像しただけで、私は他のことを何も考えられなくなってしまう。背中に乗っているリオナとミルテのことさえ、意識の外に追い出してしまいそうになる。


「ユィシアさん、ミコトさんは見つかった?」

「……たぶん、あそこにいるのが、ヒロト……それと、ミコトさん」


 ミルテは獣魔術を使うからなのか、とても目が良い。私が教えなくても、塔の上にいる二人の姿に気付いていた。物陰に隠れているので、何をしているかまでは見えていないらしい。


「ヒロちゃん、ミコトさんに会えたんだ……よかった。ユィシアさん、これで安心だから、宿屋さんに戻ろ?」

「……いいの? ヒロト、何か、えっと……」


 ミルテは気付きかけている。

 私は特に、マスターとミコトの前に姿を現すことに遠慮などは感じていない。

 それでもどうしてか、今の二人に水を差すと、マスターが困るのではないかという気がとてもする。


 リオナとミルテに見せるのも良くない。人間の子供は、ああいうことを知るには早い。私なら一歳の頃からつがいがどうやって子供を産むのかなどは知っていたが、人間と皇竜では事情が違う。私もそれくらいのことを意識できるくらいには、マスターとの関わりを通して、社会通念のようなものを理解しようと――



 ――ミコトさんにも、お返しをあげるよ。



(っ……だ、だめ……お返しは、まず、私の方が先に……)


「ユィシアさん? おかえしってなに?」

「……ミコトさんに何かもらったから、ヒロトはおかえししてる?」


(……等価交換を重んじるマスターは、とても律儀だと思う。でも、これ以上は、人の子の踏み込んでいい領域ではない。私だけで行ってくる)


「リオナもいきたい! ヒロちゃんがミコトさんと遊んでるなら、まぜてもらいたい!」

「そ、それは……それは、あの……お胸に……」


 ミルテはマスターのしていることの意味がわかっているようだった。獣魔術師は普通の人間と比べて、本能的に理解しやすいのかもしれない。獣魔術で宿す獣のたぐいは、術者の人としての成長より早く、成獣となるから。

 もしくは、ミルテが見たことがあるか、経験しているか。


(ヒロトさまが、幼子に手を出すとは思いにくい。ということは……他のところで……)


 今みたいなことを、何度も。それはもう十分に分かっているので、人間のするような嫉妬はない。

 けれど、落ち着かなくなる。ここから風を起こしてみたいとか、天候を変える竜魔術を使って雨を降らせてみたいとか、そういうことばかりが次々と浮かんでくる。意味のない、無駄な行動のはずなのに、そわそわして仕方がない。


「私も混ぜてほしいな……いいな、ミコトさん。ヒロちゃんと仲良くできて」

「……わたしも、混ぜてほしいけど、今はまだ小さいから、たぶんだめ。私たちには、大人の人と同じようなことはできない」

「そうなの? ヒロちゃん、私たちと同い年のはずなのに……やっぱり、おっきくなっちゃったんだ」


(……おっきくなった、とは言わないほうが良いと思う。私の個人的な見解では、そういう気がする)


「けんかい? ミルテちゃん、けんかいってなに?」

「よくわからないけど、ヒロトにはおっきくなったって言わないほうがいい」

「じゃあ、おっきしちゃったって言えばいいの?」

「あ、あんまり変わってないと思うけど、それもだめだと思う」

「ヒロちゃんあんなにおっきくなったんだよ? なのにおっきくなったって言っちゃいけないの?」

「……よ、よくわからない。大人の人たちに聞いてみたほうがいいと思う」


 リオナは純真というか、まだ性別の違いだとか、そういうことを意識させるには早いように思う。でも、マスターは幼いリオナをちゃんと女性として扱っている。私にはそれが分かるので、少し不思議に思う。

 時々マスターはリオナを違う名前で呼ぶ。リリスでもない、もう一つの名前。

 マスターが持っている大きな秘密のことを、まだ私からマスターには言っていないけれど、私は彼の心を見たことで感じ取っている。

 ヒロトさまの精神が外面よりもはるかに成熟しているからこそ、私は恭順したのだと思う。何かの力で惹きつけられたのは確かだけれど、それはきっかけにすぎない。



 ――ミコトさん、じっとしてて。大丈夫、怖くないよ。


 ――はい……すべて、ギルマスにお任せします。怖くはありませんわ。


 ――ちょっと、くすぐったいかもしれないけど……。


 ――強くなるためなら、それくらいは耐えてみせますわ。どうぞ、ご遠慮なく。


 ――じゃあ、いくよ……。


(……聞いているだけで、鼓動がおさまらない。一分間に、四百回は鼓動している……頭がおかしくなりそう……)


 今のヒロト様とミコトのやりとりを聞いていると、独占したい、石化させてずっと愛でていたいと思ったあの気持ちが蘇りそうになる。

 今はそれよりも、ヒロトさまとの間の仔を産むことが、私の確固たる生存理由になっている。


 だから、リリムに負けるわけにはいかなかった。

 空中で戦うのは久しぶりだったけれど、皇竜の翼を持つ私が、魔族の翼に遅れをとることはない。

 私は速度で圧倒し、リリムの繰り出す暗黒魔術を回避して、霧になっても逃れることのできない『炎の嵐の息』で焼きつくそうとした。


 しかしリリムは、結界で私の息を防いでいるうちに、霧になるのではなく、全身を小さな蝙蝠に分割してばらばらに飛び去ることで、追撃を逃れて退却してみせた。



 『あなたと戦う理由はないのだけど、獲物に紐がついていたのなら仕方がないわね。次は、あなたを封じてからヒロトを狙わせてもらうわ』


 『やれるものならやってみればいい。次にマスターに害意を成せば、地の果てまで追いつめて灰も残さず滅ぼす』


 『うふふっ……怖いわね。でも、それでこそ最も気高く、最も美しい種と言われるのでしょうね。私の黒く染まった翼なんかより、ずっと綺麗だわ。その、銀色の翼は』



 リリムは私に殺されかけたのに、そんなことを言っていた。まだ、力を全て出しきったわけではない――それゆえの余裕なのかもしれない。

 それとも、心から私と戦う理由がないと感じているのか。母から受け継いだ記憶の中に、リリムとの間の因縁は無いように思う。リリスを見た時に感じた言いようのない衝動は、姿が少しだけ似ているリリムを見ても、ひとかけらも感じはしなかった。


 私が考えているうちに、ヒロトさまが何かの力を使って、ミコトの身体の一部――腹部のあたりに、暖かな光が生じる。


「……ミコトさんのお腹が、光ってる」

「おなか? ピカピカしたものでも食べたのかな?」


(その発想はなかった。ときどきリオナは興味深いことを言う)


「わっ……ユィシアさんにほめられちゃった。私、何か変なこと言ったかな?」

「リオナはいつも変」

「ひ、ひどーい! いつも変じゃないもん! ときどきだもん!」


 そこまで変わっているということもない、と私は心の中で否定しておく。念話で声を伝えるか伝えないかを制御することは、さほど難しくない。


「……私、目が良くないからよく見えないよ。ミルテちゃん、ヒロちゃんたちは何してるの?」

「あっ……な、なんでもない。なにもしてないっ……」


 ミルテは顔を真っ赤にして、私の背中に顔をうずめてしまう。リオナはヒロトさまたちが何をしているか知りたくて仕方ないようだった。


 私の念話を応用すれば、私が見ている光景をふたりに伝えることは出来る。


 でも、マスターが秘密でしていることを、二人に教えてはいけない気がする。まだ早いという気もするし、何よりヒロトさまに怒られてしまいそう。


 このまま見ていたら、どこまで二人の関係が深まるのか、怖いようで、見ていたいようで、心臓から送り出される血が灼熱のように熱く感じる。やはり、背中にいる二人に熱が伝わりそうで、自重しなければと思うのに。熱病にでも罹患したかのように、ほてりが収まらない。喉がからからに渇いて、今ならあの湖の水を全部飲み干せそうな気さえする。


 そしてマスターが動いて、ミコトの装備している鎖を編んだ防具を外させる。腹部をあらわにすると、ちょうどへその下の部分が光っているのだと、私からも見て取れた。


「……どきどきする」

「うぅ~……私も見たい。ミルテちゃん、ヒロちゃんはなにしてるの? ねえねえ、ねえねえ」

「だ、だめ……リオナにはまだ早い……」

「ねえねえねえねえ。見たい見たい、ヒロちゃんが何してるか見ーたーいー!」


 リオナが駄々っ子になりつつある。ヒロトさまも彼女の扱いには困っていそうだけど、地上の生命の中で最も美しいと言われたリリスの化身である彼女は、我がままを言っても私の母性をくすぐるというか、愛らしいと思ってしまう部分がある。


 そして私は、ヒロトさまが夢中になっていて私のことを忘れていることに、少しだけ、今までにないことを思っていた。


 ――ドラゴンミルクの方がずっと滋養がある。触り心地も、大きさも、ヒロトさまの好みからは外れていないはず。それどころか、一番気に入ってくれているはず……触れてくれているときの目を見れば分かる。触れ合った回数だって、まだ会ったばかりのミコトより多い。


 そんなことを延々と考えていたら、私はマスターに、少しだけ反省してほしいと思ってしまった。

 マスターへの忠誠をつらぬくのと、リオナに見せてあげるのは、別のこと。私はそう思うことにした。

 たぶんあとでマスターに知られても、マスターは私を怒ったりはしない。もし怒られたら、私は一定の期間だけ反乱をおこす。また私の力を採りたいと言っても、採らせてあげない。


(リオナ、ミルテ、目を閉じて。私が見ているものを、二人に見せる)


「ほ、ほんとに? 私も見ていいの? ありがとう、ユィシアさん!」

「っ……ユィシアが見せるなら、しかたない。リオナ、どきどきするから、胸をおさえてて」

「う、うん……これでいい?」


 リオナとミルテは小さな手を胸に当てる。既に見る前から、二人の小さな心臓は、とくとくと小鳥のように早く動いていた。



 ∽ 鐘つき塔屋上 鐘楼の陰にて∽



 ミコトさんは自分で鎖帷子をめくり上げる。恥じらいのあまりに長い睫毛を震わせながら。


 引き締まりながらも女性らしい柔らかさを残した腹部。女性の臍の部分を、こんなに近くで見るのは初めてだった。しかし、光っている部分――着印点は、まだ下にある。


「……この光っている部分に、何をするんですの?」


 その質問に答えようとして、うまく声が出なかった――緊張のあまりに。

 しかしそんなことは言っていられない。俺は冗談を言っているわけじゃない、そのためには、少しでも落ち着いて言わなきゃならない。


「その……これは、俺のスキルで『授印』っていうんだ。俺が持ってる限界突破のスキルを、相手に印を与えることであげられる。この光ってる部分に、キスすることで」

「そ、そうなんですのね……光る場所はランダムですの? でしたら、仕方ありませんわね……」


 ミコトさんは戸惑いながら俺を見下ろす。下半身装備がそのままでは、着印点に触れることは難しい。


「……ギルマスが、あえてそこを選んだわけではないんですのね?」

「い、いや、俺も狙ってるつもりはないんだけど、すごい位置に出やすいというか……」

「……分かりました。私もシノビの道を、一度は極めたという矜持があります。それ以上の境地に達するために、ギルマスの力を分けてください」


 黒い帯をほどき、ミコトさんは片方の手で鎖帷子をめくり上げ、もう一方の手で、ズボンのような下半身装備を下にずらしていく。へその下から少しずつ、じりじりと降ろしていってもまだ授印点はあらわにならず、彼女が身につけている下着の上端が見えるぎりぎり直前で、ようやく着印点が姿を現した。


「あ、あまり……そちらの方は、見ないでください。武士の情けですわ」

「そちらというと……い、いや。分かった、絶対に見ない」

「……お願いします。終わるまで、じっとしていますから……どうぞ」


 ◆ログ◆


・あなたは《ミコト》の肌に唇で触れた。

・あなたは《ミコト》に刻印を与えた!

・刻印の力で、《ミコト》は「限界突破」スキルを取得した! さらに上の世界への扉が開いた。



 ログはミコトさんにも見えているはずだ。終わったことを告げようと顔を上げると、ミコトさんは目元を拭っていた。


「す、すみません……他ならぬギルマスが、私の限界を超えさせてくれたのだと思うと、嬉しくて……ずっと、行き詰まっていましたから」

「そうか……もう、悩むことない。これから限界を超えて強くなっていけるよ」

「……はい。限界突破をスキル上げする方法を探さないといけませんけれど」


 それこそドラゴンミルクだろうか、と思ってしまう。何か訓練で上げられたら、それが一番良いような気はするけれど――。


「ヒロトちゃんっ、ミコトちゃん! 見つけたぁ!」


「きゃっ……!?」


 ミコトさんがすごく女の子らしい悲鳴を上げる。しかしその直後には、彼女はショーツの紐を戻さないままに、下半身装備を元に戻していた。上の装備を元通り着直すのに手間取り、困ったあげく、彼女が選んだ手段は――。


「――えぇいっ!」



 ◆ログ◆


・《ミコト》は「木の葉隠れ」を発動した! 《ミコト》の姿が見えなくなった。



(なるほど……それなら、服が乱れてても関係ないな)


 俺たちを呼んだのは、マールさんだった。彼女からはミコトさんがどうなっているかまでは見えていなかったようで、いきなり消えたので驚きつつ、俺の方を見てくる。


「……ひ、ヒロトちゃんがおっきくなっちゃってる……!」

「すごい……こんなに背が伸びて……それに、たくましい……」

「ふ、二人とも……探しに来てくれたのは嬉しいけど、ちょっと思わせぶりすぎるよ。俺は元八歳なんだから、もう少し教育的な面を重視してもらえると……」


 とても元八歳の発言をしているとは言えないが、マールさんもアレッタさんも、俺の未成熟な精神をくすぐりすぎる。「おっきくなった」とか言われるだけで想像を逞しくするのが、日本人の想像力イマジネーションの素晴らしさだ。いや、素晴らしくはないか。


「あれ? ヒロトちゃん、ミコトちゃんがいなかった? 誰かと一緒にいるように見えたけど……」

「え、えーと……ミコトさんは、急用が出来たって」

「……もしかして、仲良くされていた……ということではないですか?」

「うっ……そ、それはあの、ミコトさんの気持ちもあるし……」


(ふふっ……実際に仲良くしていたのですから、そう答えても怒りませんわよ。とりあえず、後のことはお任せします……あっ……と、透明だと、元通りに服を着るのがこんなに面倒だなんて……っ)


 俺にだけ聞こえる声で囁いたあと、ミコトさんの気配が離れていく。もっと早くことを進めていれば……とも思うが、後の祭りだ。祝祭はまだ始まっていないのに、後の祭りとはこれいかに。審議は不要だ。


「……ヒロトちゃん、私より身長がおっきくなりそう……で、でも、まだ抜かれてはないよね?」

「いえ、かなり近いというか、もう追い抜いているような……私なんて、見上げるくらいになっちゃってます」

「はは……こんなことになっちゃったけど、中身は大して成長してないよ」

「身体が成長することに、とても大きな意味があるというか、なんというか……はぁ~んっ! 雷神さまに順番を譲るなんてもったいない! 今夜は祝祭の夜なのに!」

「ま、マールさんっ、そんな、開けっぴろげな……人が居ないからって、大声で言い過ぎです!」

「……ヒロトちゃん、せっかくだから、大人になってから手ごたえが変わってないかためしてみない? 私はね、久しぶりだから、けっこうすごいと思うよ~」

「そ、そんなっ……そんなことをするなら、私だって……ヒロトちゃんとこうして話せるのを、ずっと楽しみにしていたんですからっ……!」


 マールさんとアレッタさんは、祝祭を見物するためなのか、鎧は着ていない。二人とも珍しくスカートを穿いていて、いつもよりすごく女性らしさが強調されていた。髪もいつもと違って、よそゆきの髪型になっている――マールさんはリボンでポニーテールにしていて、アレッタさんは髪に飾りのついたピンをつけていた。


「二人とも、その服すごく似合ってるよ。髪も可愛いね」

「かっ、かわっ……かわわっ……か、川いい? ヒロトちゃん、川が好きだったんだ~ってそんなわけないでしょ~! アレッタちゃんったら!」

「ヒロトちゃん……私、もうすぐ……なんですけど、それでも可愛いって言ってくれるんですか?」

「うん。何歳になったって関係ないよ」

「ほぁ……ほぁぁぁぁ! なんですか! なんですかこれ! ちょっと王国中にヒロトちゃんのかっこよさを伝える旅に出てくる! 私絶対伝説作ってくる!」

「……わかってはいましたけど、やっぱり……大きくなると、まるで、羽化するみたいに……」

「えっ……い、いや、俺は思ったことを言っただけなんだけど……」


 旅に出ようとするマールさんを引き止め、ずっと頬を赤らめてため息ばかりついているアレッタさんと一緒に、俺は塔を降りることにした。


 最後に忘れてはいけないものが一つある――ミコトさんが外して忘れていった、あの装備を拾っておかないと。



 ◆ログ◆


・あなたは「香木のかんざし」を手に入れた。



 ∽ 王宮にて ∽



 ルシエは祝祭でお披露目に出る前に、父君である公王陛下への挨拶を済ませた。


 私もミコト殿を探したかったのだが、ルシエに付き添う役目も外すことは出来ず、マールとアレッタに後のことを託した。ヒロトが目覚めれば、ミコト殿をきっと引き止めてくれるだろうという思いもあった。


(ヒロト……おまえなら、きっと大丈夫だな。しかし……)


 祝祭に出るために、王族のドレスを着て化粧をし、髪を結っているルシエ。私も今日ばかりは聖騎士の鎧を脱ぎ、貴族としての正装で、ルシエに付き添うことになっていた。


「フィル姉さま、申し訳ありません。ヒロト様が、大変なときに……」

「……峠はもう越えている。一時は、自分の命に代えても助けると思ったものだが。やはりヒロトは、只者ではない」


 ヒロトが持っていたエリクシールは、助からないほどの重傷だった小さな身体を癒すどころか、成長させた。

 エリクシールは、その場に居合わせた私――そして、リオナとミルテ、ユィシアによって、一口ずつヒロトに口移しで飲ませた。


 その時のことを、ヒロトはおそらく覚えていない。しかし私は思い出すだけで、そのときの感触を、つい先程のことのように思い出さずにはいられなかった。


 王宮に仕える侍女たちによって髪を整えられたルシエは、同性の私から見ても羨むほどに、神々しいような輝きをまとっていた。

 なぜ、彼女がその幼さで、今のように落ち着いていられるのか――それは、幼少から与えられた宿命が、彼女を早く大人に近づけたのだろう、と思う。


 ――まるで、ヒロトと同じように。


「フィル姉さま……先ほど陛下がお話されたことは、ヒロト様にはまだ伏せておいてください」

「……いいのか?」

「はい。彼には、まだ自由に羽ばたく鳥でいてほしい。私の我がままで、しがらみを作りたくはないのです」


 ルシエの言葉が本意ではないと、私には簡単に見抜くことができた。

 長い付き合いだからではない。ヒロトのことを想うということについては、私たちは同じ女なのだから、見ているだけで感じ取れる。ルシエにとって、ヒロトがどんな存在になっているのか。


「ヒロトは陛下の意志すら、受け入れてしまう器を持っている。ルシエ……おまえは、ヒロトの大きさを甘く見ている」

「……フィル姉さま」


 ルシエはドレスが乱れないように、静かに、けれどまっすぐに私の胸に飛び込んできた。

 幼い頃から知っている、可憐な少女。聖騎士として私が守るべき存在、その中でも、正直に言ってしまうならば、公王陛下よりも尊い存在。


 ――そんな彼女の想いを、私は叶えてやりたいと思う。


 ルシエが成人し女王となったあと、女王を支える副王の地位を、ヒロト・ジークリッドに与える。


 それこそが、公王陛下が、ヒロトがルシエを守り通したことを知ったあとに下された結論だった。


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