第三十三話 首都潜入
※久しぶりの更新になります。
6月は第10.5話を加筆しておりましたので、まだご覧でない方は
そこからお読みいただければ幸いです。
イシュアラル村を発ち、ジュネガン公国の中央部に位置する首都ジュヌーヴを目指して俺たちは北上する。
ただでさえグールドの領地の中にいるのだから、公道を通って移動すれば、敵にこちらの状況を知られる可能性もある。もし敵の斥候が出てきていても、祝祭に出席するために首都にいるというグールドの元に情報が伝わるまでは、若干のタイムラグがあると思われるが――それも絶対ではない。
ゲームでは遠くに情報を伝える便利機能として「ウィスパー」があった。異世界にそれに類するスキルや道具があるかはまだ確かめられていないが、離れていても情報をやりとりする方法が無いとはいえない。
「ヒロト……難しい顔をしているようだが。一人で悩むのではなく、私にも相談してくれて良いのだぞ」
「あ……ご、ごめん。大したことじゃないんだ」
「ひとりで大したことじゃないと決めるのはいけませんわよ、ギルマス。よく一人作戦タイムを取っていましたけど、その癖は治っていませんのね」
フィリアネスさんが馬を近づけて話しかけてくる。ミコトさんは俺と同じ馬に乗って、後ろから手を伸ばして手綱を握ってくれていた――常に肩に胸が乗ったり、ぽよぽよと当たったりして、移動が全く苦にならないどころか、俺の後ろ半身は常に幸せな状態だった。
そんな場合ではないと分かっている、しかし急を要する移動中であっても、心地良いものは心地良い。いたしかたなし、と言ったところである。
「敵に俺たちの行動を把握されるのはまずいから、パメラに公道以外の道を案内してもらえて良かったと思ってたんだ」
「あたしの名前が聞こえたみたいだけど、どうかしたかい? 裏切ったりしないから信用しなよ、あたしらだって、グールド公爵をそのままにしておいたらこの国で生きていけやしないんだ。嘘の道を教えたりしないよ」
パメラは山賊の首領だったので、公道を通る人々を襲撃するために、先回りしたり、奇襲するための経路を幾つも知っていた。森の中を馬で通ることができるように、付近の住民が作った道などを知っているわけだ。
盗賊ギルドに上納金を収めていたパメラは、盗賊ギルドの首都支部にも顔が利き、俺たちに首都に着いてからの活動の拠点を紹介してくれる上に、グールドの居場所についても教えてくれることになっていた。
山賊に公女誘拐の罪をなすりつけ、皆殺しにしようとするという暴挙を働いたグールドは、盗賊ギルドにとって抹殺しなければならない敵に変わっている。グールドを打倒しようとしている俺たちに、助力は惜しまないだろうというのがパメラの考えだった。まだギルドの幹部に確認はしていないというが、彼女の意見を信じることに、ミコトさんもフィリアネスさんも異存はなかった。
「ギルマスと彼女の間には、よほどのことがあったみたいですわね……八歳の少年を見る目に、あきらかに畏敬が込められているんですもの。いえ、どちらかといえば畏怖ですわね」
「私も気になるが、ヒロトのことだからな。正義感を以って、盗賊に道を諭したに違いない」
「ま、まあそんなところかな……」
アッシュの商隊が無事に公道を行き来するためには、山賊と話をつけておく必要があったというだけなのだが、俺の赤ん坊の頃の業が思いがけず有効に働いてしまった。
そんな俺を頼ってパメラがやってきたというのも、彼女がある意味俺の力を高く評価しているからと言えなくもない。何も報告せずに逃げたら、俺がひどいことをすると思っているのかもしれないが。
憎むべきはグールドであり、パメラたちはこの場合は被害者だ。悪党だからといって、無実の罪で殺されてはたまらないだろう。グールドの配下が現在進行形で山賊討伐に動いている今、少しでも早くグールドの動きを止めなければならない。
「山賊も災難でしたわね……という言い方にも、語弊がありますけれど。悪事を働けば、より大きな悪によって飲み込まれてしまう場合がある。そのリスクは、今回のことで学ぶべきですわ」
「わ、分かってるよ……あたしはもう、山賊稼業はやらない。そこのヒロトのパーティに勧誘されてるからね。それで今までと同じことをやってたら、パーティの評判を落としたとかいう理由で……ああ、言葉にも出来ない……まあいいわ、でもね、あたしはあんたらと同じ危険を冒すつもりまではないよ。首都まで案内したら、そこで一旦お別れだからね」
パメラのステータスは低くはないが、俺とフィリアネスさん、ミコトさんとはレベルが違いすぎる。スキルを利用すれば戦闘には参加できると思うものの、平均レベル57のパーティに、レベル30のパメラを入れても戦力は大して向上しないし、彼女をいたずらに危険な目に遭わせることになる。
そんなことを考えていると、背後でミコトさんが小さく笑う。何か含みがあるみたいで、少しぞくっとしてしまった。
「彼女をパーティに……なるほど、そういうことですか。盗賊の技は、彼女から貰い受けたんですの?」
「っ……ま、まあ、その、教えてもらったというか、何というか……」
「ヒロトは自らを研鑽することに余念がないからな。例え盗賊の技といえど、学ばずには居られなかったのだろう」
フィリアネスさんは俺が神聖剣技を使えるのは授乳したためだと思っているようだが、他の女性に対しても、だいたいその方法でスキルをもらったとまでは思っていないようだ。異世界の人たちは、スキルで人の能力が決まると認識していないのだから、無理もないのだが。
「……もう少ししたら、お姉さんと遊んでいたとか、優しくしてもらったなんて言葉ではすまなくなりますわよ?」
「う、うん……分かってるよ、それは。いつまでもごまかしたりするつもりはないし」
「ふふっ……別に、いじめたいわけではありませんわ。遊びでしているわけではありませんものね……ですが、私もギルマスにスキルをあげることになるかと思うと、少し考えてしまいましたの。ギルマスに本命の女性がいたら、それは浮気になりませんこと?」
「ほ、本命……それは……」
俺の頭の中に一人だけ浮かんでくるなら、その人が本命ということになるだろう。しかし同時に何人も浮かんでくるものだから、我ながらどうしようもない。
「……もしそういった事情も何もかも、気にされないということであれば。無事に全てが終わったときは、声をかけてくださいませ。心の準備は、しておきますわ」
「ミコト殿、先ほどから何をヒロトにささやいているのだ? その……あまり密着するのは、教育上あまりよくない。ミコト殿には、胸甲を装着することをお勧めしたい」
「この黒装束の下には、鎖帷子を着込んでいますから大丈夫ですわ。直接当たってはいませんわよ」
(それにしては、この柔らかさは……も、もしかして。鎖帷子が、すごい形をしているのでは……?)
「ギルマス、想像していることは何となく分かりますけれど、あまり気もそぞろで居るのはよくありませんわよ。修羅場が待っているのですから」
「う、うん。分かってるよ、ミコトさん」
「……ヒロト、休憩を取っている場合ではないが、馬の足を休めるための時間を取りたい。そ、そこで、私の馬に乗り換えてみるというのは……」
フィリアネスさんがこちらの方をちらちらと窺いながら言うと、ミコトさんが後ろでくすっと笑った。
「あら、一人乗りでは寂しいんですの? それでしたら、ギルマスをお貸ししてもいいですわよ」
「か、貸すという言い方は、ヒロトがミコト殿の所有物のように感じる。ヒロトは物では無いのだから、貸し借りするものではないぞ」
「ふふっ……清廉な心の持ち主こそが、聖騎士になる資格を持つということですわね。フィリアネスさんには、あまり意地悪をしてはいけない気がしますわ」
「む……わ、私の方が年上なのではないかと思うのだが。その言い方では、まるで私が……」
「俺には同じくらいにみえるよ。フィリアネスさんは、若い時からあまり変わらないよね」
十四歳の彼女と会ってから、すでに八年。フィリアネスさんはますます優美で、かつ凛とした空気を持つ女性になったが、出会った頃の面影が失われたわけではない。サークレットからクラウンに装備を変更したことで、強さと共に高貴な雰囲気まで身につけている。まさに隙なし、といったところだ。
「……それは、私が子供っぽいということか? ヒロトがそう言うなら、否定はしないが」
「ギルマスにとっては、女性の年齢は関係ない……ということですわね。私とは九歳差ですから、一桁ですし、たいした差ではないということになりますか?」
「なりますか? と言われても……え、えーと。上は十五歳までなら、全然気にしないよ。場合によってはそれ以上でも大丈夫だし」
ネリスさん、サラサさんなど、二十歳以上年上の女性にもかなりお世話になったからな……そんな人たちに対して、守備範囲の外だなんてとてもいえない。エレナさんも三十三歳だが、最近とみに色気が増してきてしまい、数年ほど友達のお母さんとして接してきた結果、適切な距離を置くとさらに魅力が際立つものだなと思ってしまったりして――だからそれはまずいというのに。
「え、えーと……今は、気を引き締めるべき時だから。そういう話は、後で……あれ?」
フィリアネスさんは何やら顔を赤らめて、指を折って数えている。彼女と俺は十四歳差だが、それをいちおう確かめているようだ。
それが終わると、フィリアネスさんはほっとしたように胸に片手を当てる。しかし、俺のほうを見やる目はジト目で、俺とミコトさんを見比べていた。
「……少しでも年が近いほうが、親しみが持てたりはしないのか?」
「っ……そ、そんなことないよ。いや、ミコトさんが好みじゃないってわけじゃなくて……」
「ま、まあ……そんなことを急に言われても、困ってしまいますわね。好みというのは、好きという字が含まれていますのよ? それを口にするということは、それなりの覚悟が必要ですわ」
「そ、それは拡大解釈であって、ヒロトはそこまでのことを言っては……っ」
「聖騎士さん、前を見ないと木にぶつかりますわよ?」
「くっ……す、すまないオラシオン。不甲斐ない主だが、どうか見放さないでほしい」
オラシオンが自分で木を回避してくれたので、フィリアネスさんは愛馬の背中を撫でつつ語りかける。オラシオンは特に気にしておらず、高い声でひとつ鳴いてそれに応えた。
◇◆◇
ジュヌーヴに入る前に、俺たちはヴェレニスに立ち寄った。フィリアネスさんの部下によると、グールドはヴェレニスよりもジュヌーヴに近い場所の砦に軍勢を駐留させ、自らは手勢を連れて首都に入ったということだった。
ルシエをこのまま首都に連れて行くことはできない。俺たちがグールドを倒したあとでなければ、彼女が狙われてしまう。誘拐どころか、敵はルシエを亡き者にしようとする可能性もある――ならば、ヴェレニスの村で身を隠しておいてもらう方がいいだろうと俺たちは考えた。
「ルシエ、必ず祝祭の前にお前を迎えに来る。マールとアレッタ、そして私の部下が、お前のことを守り通してくれる。信頼してやってくれ」
「はい、フィル姉さま……どうか、ご無事でいてください。ヒロト様、ミコト様、ご武運をお祈りしています」
「ルシエ殿下の期待に応え、必ずやお戻りください。その暁には、このイアンナ、持てる限りの手を尽くしてヒロト様のお疲れを癒してさしあげましょう」
「その役目は私たちがするからいいです。ヒロトちゃん、信じてるからね! 悪い公爵さまなんてやっつけちゃえ!」
「フィリアネス様も、ミコトさんも、どうかお気をつけて……ヒロトちゃんと、無事に帰ってきてください」
アレッタさんは胸に手を当てて、祈るような仕草を見せる。衛生兵である彼女には、彼女なりに俺たちの無事を祈る作法があるようだ。マールさんもそれに倣って、神妙なようすで目を閉じていた。
「ルシエのことは頼んだぞ、マール、アレッタ。グールドはヴォーダンの砦に兵を置いているようだが、おそらくそれは、ファーガス陛下に対する牽制の意味がある。ルシエを守るために陛下が兵を動かし、グールドを討とうとすれば、グールドは無実の罪を訴えて応戦するだろう。山賊に罪を着せようとしたこと、黒騎士団を抱き込もうとしたこと……それらを総合すれば、もはやグールドは手段を選ぶつもりはないと見ていい」
フィリアネスさんの言葉に、一気に空気が緊張する。戦争が始まってもおかしくない状況にある、それをフィリアネスさんから改めて告げられると、戦というものが現実の脅威として皆に認識される。
すでにグールドの軍勢による襲撃を受け、その実態を知っているパメラは、目に見えて分かるほどその顔から血の気が引いていた。思い出したくないというように首を振り、首都の方角を忌々しそうに見やる。
「……グールドと、その下僕どもはおかしくなってる。あんなのが国を取っちまったら、恐怖政治が始まるのは目に見えてる。盗賊ギルドの上の方々がどう考えてるか、まだ結論は出てないけど、まあ『殺るしかない』ってことにはなるだろうね。でもあんたらに手を汚すことを強要出来るやつなんて、どこにもいない。このまま、国を捨てて逃げちまうって手も……」
「それはできない。俺の父さんと母さん、他にも守るべき人たちが多くこの国にいる。その人たちだけを連れて逃げるなんてこともできない。そうしてしまえば、あまりに大切なものを失いすぎる」
「……馬鹿だね。仮にも国の4分の1を治めてた男を、簡単に倒せると思うのかい?」
大きな力を相手にしていることは、十分すぎるほど理解している。だが、戦う前から屈することはできない。
俺は物理的にも、精神的にも、この国で勝てない相手はいないというつもりでいた。スキルの数値が高いだけでないと証明するために、実戦も重ねてきたつもりだ。
「パメラさんも、私たちに助けを求めたということは、グールド公爵を倒すしかないということは分かっているはずですわ。ギルマス、いえ、ヒロトさんの手を汚させなくても、私だけで終わらせることもできる。個人の戦闘力とは、それほどの領域に昇華出来るものなのです。たゆまない修練によって」
「そ、そんなに華奢な身体で、一人でグールドを倒せるって……? あんた、その変わった格好といい、何者なんだい? 確か、海を渡った東の大陸に、黒尽くめの戦闘集団が居るって聞いたことはあるけど……まさか、その一員だったっていうんじゃ……」
ミコトさんはパメラの問いに、ただ微笑みを返す。この五年間、彼女がどうやって生きてきたのか――スキルを複数カンストさせるために、あらゆる努力をして、修羅場をくぐってきたことは間違いない。ボーナスポイントだけであれだけのスキルを取ることはできないのだから。
シノビという職業を選んだ彼女は、心までくノ一としてロールプレイしている。
だからこそ、分かってしまう。彼女が忍びの本懐を果たそうとしていること――敵の首魁の首を彼女自身の手で取り、戦いを終わらせようと考えていることが。
「私はすでに、この身をグールドを倒す刃に変えています。フィリアネスさん……公王家に仕えてきたあなたには、無理を強いることはできない。南王家が公王陛下を裏切ろうとする反逆者であっても、王家の一部であることは確かなのですから」
「……王家と、王家に連なるもの全てを守ることが私の義務だ。そのことに、今でも変わりはない。だからこそ、私はグールドを討たなければならない。私欲のために公国の民に血を流させようとする者は、許すわけにはいかない」
「それは尊い覚悟です。けれどあなたには、人は斬れない。殺傷力に特化した武器ではないレイピアで、戦いでは常に手加減をして相手の命を奪わずに留める……敵が強くなるほど、そんな甘さは必ず命取りになります」
ミコトさんはフィリアネスさんの決意を問う。その言葉は、俺に対しても向けられているように感じた。
しかしフィリアネスさんは一寸も揺らぐことなく、ミコトさんの目を見返して言った。
「騎士団に入るということは、守るために人の命を奪うこともあるということだ。初めから、そう心に決めることなく騎士団に身を置くことはできない。ミコト殿の気持ちは嬉しく思うが、覚悟を改めて問う必要はない」
「今まで、戦争とかなかったから、本気で命の取り合いなんてしたことなかったけど……私たちは、守るためには、そうしなければならないこともあるって教えられてます。それを間違いだと思っていたら、もうとっくの昔に騎士団をやめて田舎に帰ってます」
「衛生兵の私でも、杖を使って戦う技術は身につけています。戦う技術とは、人の命を奪うことができる技術です。奪わなくて済む命なら、奪われてほしくない、そんな気持ちもあります……でも、それが全てだとも思ってはいません」
騎士団は、国家にとっての最高戦力だ。そこに所属している彼女たちは、普段どれだけ優しくても、それだけの覚悟を決めている。
甘いことは言っていられない。それでも俺は、この手で人を殺めたあとに、リオナやステラ、戦いを離れて平和に暮らしている人たちから、恐怖の目で見られはしないかと思ってしまう。
(……それでも俺は、守りたいんだ)
結論は揺らがない。無益な殺生はしない、そう決めてはいるが、倒さなければならないものは斃す――グールドが居なくならなければ、この国にも、パメラたちにも、平穏が戻ることはないのだから。
◇◆◇
その日の夜のうちに、俺はパメラ、ミコトさん、フィリアネスさんと四人で首都ジュヌーヴに向かった。
人口が多い都市だが、遠くからではほとんど明かりが見えない。首都はぐるりと城壁で囲まれていて、城の周囲を照らす明かりが目立ち、首都の中までを窺うことは出来ないのだ。
俺たちは森の中を進んで南から首都に近づくと、正門からは入らず、壁沿いに東側に迂回して、盗賊ギルドの人間が使う地下通路から入ることになった。パメラが首都に滞在するときに使っている隠れ家を経由して、首都の中に入る――そんな手順を踏むのは、正面から入ればグールドの配下に把握される可能性があるからだ。手間はかかるが、隠密行動を何よりも優先する。
異世界でも大きな都市には下水設備があり、盗賊ギルドは下水道を地下通路として利用している。普段人が出入りせず、首都の中のあらゆる場所に繋がっているため、利便性が高いとのことだった。問題があるとすれば、流れていく下水の悪臭だろうが、それも布で口を覆い、さらに魔術で対策を行えば気にならない。
魔術で空気の清浄化を行う方法はいくつかあって、どんな環境でも新鮮な空気を吸うことが出来る――例えば風精霊の力を借りる『浄化の風』。本来は毒霧攻撃などを防ぐ魔術だが、下水潜入においても役に立った。
水の流れる音の中で、俺たちの足音は紛れて聞こえない。外套で身体を覆い、フードを被って姿を分かりにくくした俺たち一行は、下水道を抜けてパメラの隠れ家に辿り着いた。
「ふぅ……久し振りだね、ここに戻ってくるのも。まあとりあえず、その辺に座りな。グールド公爵がどこに居るかはギルドの方で把握してるからね。ここの伝声管で、『上』に連絡できるからちょっと待ってな」
「上って、この上に盗賊ギルドの施設があるのか?」
俺が尋ねると、パメラはなぜか少し気を良くしたようだった。俺が知らないことを教えられるというのが嬉しいらしい――理由を考えると、少し照れるものがある。
「首都は広いし、そこらじゅうに盗賊ギルドのアジトがある。普段は一般市民として暮らしてるけどね。盗賊だって、常に盗みを働いたり、略奪してるわけじゃない。あたしらの稼業は、町に溶け込むことも仕事のうちなのさ」
「……盗賊ギルドは、冒険者ギルドとも協力することがあると聞いたが」
フィリアネスさんは、部屋にある毛皮を張った椅子には腰掛けず、立ったままでいる。盗賊の部屋というのが、どうにも落ち着かないようだった。ミコトさんは周囲を見回している――何か珍しいアイテムでもないか、吟味しているのだろう。エターナル・マギアを経験している人なら、新しい場所に好奇心をそそられるのも無理もない。
「冒険者ギルドは、汚れ仕事を盗賊ギルドに依頼することがある。何かを盗むこと、盗まれたものを取り返すことも、冒険者ギルドに持ち込まれる依頼の一つだからね。あたしたちは共存共栄、持ちつ持たれつってことさ。冒険者ギルドの表向きの姿しか知らないやつはわんさかいるけどね」
(俺もその一人か……ゲーム時代でも、そんな設定は明かされなかったしな……)
考えてみれば、特に不思議なことではない。もし盗品を探してくれという依頼があったとしたら、盗品を扱う市場に精通している盗賊ギルドに情報を求めれば、話は早いからだ。
しかし盗賊という稼業自体が、公的には罪になる仕事だ。盗賊ギルドがそれでも取り締まりを逃れて存在し続けているのは、したたかな取り引きの結果だろう。盗賊ギルドなりに、生存するための方策を講じているわけだ。
パメラは伝声管の向こうに盗賊ギルドの人間が居ることを確認したあと、要件を伝えた。あちらからの声を聞く時は伝声管に耳を当てる――昔、何かのアニメ映画でそんな光景を見たことがあったな、と俺は思い出す。
「出来れば今夜中に……いや、ここで教えてもらっても構わないよ。そっちから人を寄越す? わかった、ここで待ってればいいんだね」
パメラはやり取りを終えると、真っ先に俺の方を見る。パーティのリーダーとして、しぶしぶながらも認めてくれているということだろう。
「ちょっと待ってな、冒険者ギルドの人間が来る。表のことには、あっちの方が詳しいからね」
(首都の冒険者ギルド……あの人も、まだ居るんだろうか。もう、ずっと会ってないな……)
俺がまだ一歳を過ぎたばかりのころ、家に勤めてくれていたメイドであり、冒険者ギルドから派遣された執行者でもあった女性――スザンヌ・スー・アーデルハイド。
俺にとっては恩人といえるその人に会うのは、もっと先になると思っていた。グールドを倒したあと、祝祭を終えて、冒険者ギルドに行って――そこで会えるかどうかも、わからないと思っていたのに。
部屋のドアが、一定のリズムでノックされる。それがどうやら合図だったらしく、パメラは誰かを尋ねることもなく、外に居た人物を迎え入れた。
「……スーさんっ……!」
そこに居たのは、最後に会った時よりずっと大人になったスーさんだった。しかも、俺の家に務めていた頃と同じ、メイド服を身につけている。
「ギルマス……知り合いがいたのですか? 冒険者ギルドに」
「坊っちゃん……っ!」
スーさんが駆け寄ってくる。パメラも突然のことで、言葉を挟む余地がなかった。フィリアネスさんも驚いているが、静かに見てくれている。
抱きしめられるかと思ったが、スーさんは皆の手前、そこまではしなかった。俺が被っていたフードを外して顔を確かめると、かすかに微笑みを見せる。
「……お久しぶりです。よもや、このような場所で再会するとは。これも、何かの導き……いえ。まだ、喜ぶべき時ではありませんね」
「スーさん……といいましたか。私はヒロトさんのパーティの一員で、ミコト・カンナヅキと申します。ギルマスとは、どのようなご関係ですか?」
忍者と執行者、どこか通じるもののある二人が、視線を交錯させる。な、何か不穏な感じが……どのようなご関係って、俺とスーさんは再び出会ったとき、腕比べをする約束をした関係だ。一応、そういうことになっているはずだが……。
「私は、坊っちゃんの家に仕えていたメイドでした。今でも、首都では表向きは受付嬢の仕事をしていますので、正装はメイド服になります」
「そ、そうですか……言われてみれば、ギルドの受付嬢の制服は、なぜかメイド服でしたわね」
ミゼール冒険者ギルドのシャーリーさんのことを思い出す。彼女もまた、スーさんと同じく、赤ん坊の頃から今に至るまで俺の毒牙にかかっていない一人だ。毒牙は我ながら言い過ぎだろうか。
ゲーム時代はギルドの受付嬢がパーティに参加するクエストというのがあって、その耐性の高さが注目されたこともあった。ギルド娘装備というセット装備を一式身に付けると、状態異常の多くを防ぐことが出来たそうだが、俺は男キャラだったので集めなかった。麻呂眉さんはロマンだといって集めていたが。
「だけど、いいのかい? こんなところに、その格好のままで顔を出して」
「問題ありません。外では気配を消していますので」
パメラの問いかけに、スーさんは事も無げに答える。十六歳から二十四歳になったのに、昔から変わらない淡々とした物言いが変わらなくて、何か嬉しくなってしまう。彼女にも色々あったり、レベル的には大きく成長しているのだろうから、「変わっていない」と一言で言うと誤解されそうだが。
「隠密行動が出来るスキル……いえ、技術をお持ちというわけですわね。貴女と私の考え方は、一部が同じ方向を向いている気がしますわ」
「……確かに。突然そんなことを言われても、と答えるのが普通でしょうが、私も同じことを考えました。坊っちゃんとの関係性も、どうやら近いものがあるようですね」
バチバチッ、と音がしそうな勢いで、忍者と執行者の間に見えざる火花が散る。西洋における忍者イコール執行者、と言えなくはない気もするし……密命を帯びて影で任務を遂行するという意味では共通点があるから、スキルも似た傾向にあるんじゃないかと思う。
「スー殿に聞きたいことがあります。私の名は、フィリアネス・シュレーゼ……首都に住まう方ならば知っているかもしれないが、改めて名乗らせていただこう」
「はい、存じ上げております。聖騎士フィリアネスの名を知らぬ方は、この国の端まで行っても見つからないでしょう。その勇名は、他国にまで轟いていると聞いています」
「恐れられているということなら、国を守る者としては喜ばしいことなのだろうな」
フィリアネスさんは苦笑して言う。恐れられて嬉しい人なんて、例え軍人であってもそうはいないだろう――まして、心優しい彼女ならなおさらだ。
「フィリアネス殿がここに居るというのも、想定外でしたが……南王家の動きについては、もうご存知と考えてよろしいのですか?」
「もはや、誤魔化しても仕方があるまい。私たちは、西王家のルシエ・ジュネガン公女が王族として認められるため、祝祭まで守り通すためにここに来た」
「さっきも言ったと思うけど……グールド公爵が来てるんだろう? 情報を、教えて欲しいんだよ。冒険者ギルドも、グールドのことはよく思ってないって聞いたよ」
(それは初耳だな……いや、パメラが協力を要請して、スーさんがここに来たってことは、そういうことなのか)
「……グールド公爵の行動は、冒険者ギルドの情報網でも把握しています。公王に情報を届けることも、私たちの仕事ですが……公王はグールド公爵を警戒していますが、具体的な方策を打つことが出来ていません。公王が動くことで、公爵に内乱の動機を与えることを危惧しているのです」
「グールドの暴虐を関知していてなお、今まで放っておいたというのか……? そういうことならば、黒騎士団がグールドの企みに関与していたことも……」
「はっきりと知ることが出来たのは、イシュアラル村での事件があってからです。あの件もギルドは関知しておりましたが、ヴィクトリア団長はフィリアネス様によって誅罰を受け、グールド公爵との関係を絶ったと判断いたしました。今も南ジュネガンの動きは偵察させておりますが、グールドの兵がイシュアラルに向かっており、黒騎士団と交戦する可能性があるとのことです」
あらゆるところで、戦の口火が切られようとしている。今夜のうちに、グールドを討たなければ。
この夜が明けて、次の一日を終えれば、もう祝祭の当日なのだ。ルシエは明日までに首都に入らなければならない――そうでなければ、彼女が王族になったことを祝う祝祭で、不在ということになってしまう。国民に彼女の姿がお披露目され、王位継承者だと広く認知される機会だというのに。
(それ自体は、ルシエが心から望んでることなのかは分からない……でも、きっと、必要なことだ)
迷いを捨てなければ、仲間に危険が及ぶことになる。
後戻りできない境界線を、今踏み越えようとしている。
(絶対に失敗は出来ない……そうしたら、リオナたちのところにも戻れなくなる)
「……でも、逃げる気は初めからないんだよな」
「ヒロト……?」
「ああ、ううん。グールドを早く何とかしないと、っていうのは、じゅうぶん分かってる。スーさん、グールドの居場所を教えてくれないかな」
「……その前に。少しだけ、失礼いたします」
「え……?」
スーさんは俺に歩み寄ると、昔よりずっと大きくなった俺を、軽々と持ち上げて抱っこした。
◆ログ◆
・《スー》は「観察眼」を使った!
・《スー》が《あなた》のステータス情報の一部を取得した。
観察眼は、狩人などの職業で取得できる、相手のステータスや弱点を知ることができるスキルだ。俺も狩人のスキルを上げて、いずれ取得したいと思っていた。色んな場面で使える、非常に有用な技能だからだ。
執行者スキルを上げても覚えられるんだろうか……と思うが、ステータスはやはり見られない。スーさんの髪飾りは昔とは違っているが、俺のスキルを防ぐ装備効果が同じように付加されているようだ。
「あ、あの……スーさん、俺、もう大きくなったから、そういうふうに抱っこされると恥ずかしいよ」
「っ……申し訳ありません。つい、昔を思い出してしまい……」
スーさんは慌てて俺を下に降ろす。昔と同じ気持ちで居てくれるのは嬉しかったが、みんなの前では照れるものがあった。
「……坊っちゃん、そのお年で、この国の命運のかかった戦いに臨まれるとは。わたくしも、想像もしていませんでした。あなたが、そこまで強くなるとは……」
「あ、当たり前だよ。ヒロト様は、赤ん坊の時にあたしをやっつけてるんだからね。こうなることは目に見えてたよ。ああ、なんでまた捕まっちまったんだか……」
様、って普通に言うけど、なんだか俺に服従してることをアピールしているような……しかもちょっと嬉しそうだったりして、なんとも言えない。もしかしてパメラはツンデレだったんだろうか。ツンデレって久しぶりに使ったな。
「文句を言ってはいるが、あのまま逃げることも出来たのに助けを求めてきたという点では、パメラもヒロトに見所があると思っているのではないのか?」
「っ……は、はんっ。あたしゃ、この国を離れる気も、グールドの追っ手に怯えて生きるのもまっぴらなだけだよ。あんな奴らが国の偉いさんをやってるようじゃ、先行きもロクなもんじゃない」
パメラの言い分は尤もだが、彼女は何やらしきりに耳たぶを触って気にしている。その頬が赤くなっているのを見て、ミコトさんがふっと笑った。
「ともあれ、ヒロトさんの実力についてスーさんが理解してくれているなら、話は早いですわね。私たちのリーダーがヒロトさんだというのも、納得していただけると思いますし」
「坊っちゃんは子供の頃から、人を導く器を持っておりました。多少人見知りをしていらっしゃいましたが、それさえ克服すれば……」
「そうだったな……初めの頃のヒロトは、私にあまりなついてくれなかったのだが。今となっては、私の方が……」
「フィリアネスさん、緊張感を無くしてはいけませんわよ。ギルマスの話をするとき、微笑ましく思う気持ちはとても良くわかるのですけれど」
「む……そ、そうだな。済まない、今はそんな場合ではなかったな」
フィリアネスさんは恥じ入るが、それを見ているミコトさんも、スーさんでさえ、それを不謹慎だとは咎めなかった。
「剣を持てば無類の強さを誇る騎士であっても、ギルマスの前では……ということですわね」
「ギルマス……? それは、ヒロト坊っちゃんのことを言っているのですか?」
「いえ、お気になさらないでくださいませ。私は彼をそう呼ぶ、というだけですわ」
「……そうですか。坊っちゃんが、自分のギルドを作られたのかと思いました。今の坊っちゃんであれば、それだけの力を持っていらっしゃる……正直を言えば、震えがくるほどです」
(俺の強さを観察眼で見抜いても、それを喜んでる。つまり彼女は、それほどに強いってことだ)
八年前からたゆまない鍛錬を積んでいれば、どうなるか。
彼女のステータスを見たら、俺もまた驚くことになるんだろう――手合わせするときのことが、楽しみになってくる。
ゲームにおけるプレイヤー同士の対戦――PVPも、何度も俺の血を熱くさせた。実際に互いの力を認め合う戦うことが、楽しくないわけがないのだ。
「……主人に仕えていたメイドというようには見えませんわね。待ち焦がれていた、という顔ですわ」
「否定はしませんが。今は、一刻を争います。それ以上のお話は、全てが終わったあとにいたしましょう」
そして、作戦会議が始まる。俺たちがグールドを、今夜のうちに倒すには、どう動けばいいのか。
スーさんの手引きがあれば、首都の情報を知り尽くしているも同然だ。彼女は俺の方をもう一度見やると、黒髪のおさげに触れながら小さく笑った。
◇◆◇
公国の首都ジュヌーヴには、公王の居城に隣接して、円卓議場などの施設がある。それらをまとめて公王府と呼び、その中に、王族が首都に訪問したとき、滞在することになっている屋敷がある。
グールド公爵が今まさに滞在している別邸もそこにある。公爵の私兵は、俺たちが事前に把握していた通り、首都に近い砦に配されている。その気になれば、いつでも攻め入れる――そんな脅しの意味があるようにも受け取れる。もちろん、青、赤、白の三つの騎士団が公王府を守っているので、実際に攻め込んだりすれば自殺行為ではあるが。
スーさんは砦にいる兵自体は問題ではなく、そこからグールドに追従して首都に入った兵士たちが、当面の障害になると説明してくれた。
「グールドが滞在している屋敷を、現在五十人の兵が守備しています。それが何故なのかは明白です……彼らは、ルシエ公女を手中に出来なかったのは、何者かの助力によるものと察しているのでしょう」
「反撃を恐れているということか……グールドは、私たちの素性は把握していないのか?」
「フィリアネス様は、領地であるヴェレニスに駐留している。表向きにはそういうことになっていますので」
「……グールドの企みに従ったことも、間違いばかりでは無かったようだな。事前に私が動いていることを知られれば、組織上は私の指揮下にある白騎士団も累が及ぶことになる。それは避けたかった」
つまりグールドは、実際に顔を合わせるまで、誰が敵なのかも知らないということだ。
「五十人の兵については、あなたたちの実力なら難なく切り抜けられるでしょう。しかし、グールドには常に付き従っている護衛がいるという情報があります。どのような人物かはわかりませんが、グールドの全幅の信頼を得ているようです」
「そいつが、かなり強いかもしれないってことか……分かった。気構えはしておくよ」
「私は、冒険者ギルドの仲間と共に首都の民を守らなければなりません。お二人とも、坊っちゃんのことを、なにとぞよろしくお願いいたします」
スーさんが深く頭を下げる。フィリアネスさんとミコトさんは、二人で彼女の肩に手を置いた。
「顔を上げてください、スーさん。私たちの方が、彼に守られているようなものなのですから」
「ヒロトが居るからこそ、私も戦わなければならないと思った。意志を託しているのではない、彼の意志こそが、常に私の望みなのだ」
そう言う二人の目には、俺の心に無限の力を湧き起こさせる輝きがあった。
――みんなで、待ってくれている人の元に帰る。そして、祝祭の日を迎えるんだ。
「……良い仲間を見つけられましたね、ヒロト坊っちゃん」
「うん。おれも、いつもそう思ってるよ」
俺はスーさんが昔言いかけたことを、今でも覚えている。
彼女が言ったとおり、俺が英雄になるような器を示すことができたら――その時は。
◇◆◇
グールドの屋敷に近づくまでは、何ら難しいことはなかった。隠密スキルを使って気配を隠し、屋敷の気配を窺う――明かりは消えておらず、物々しい武装をした守備兵たちが、夜通しの番をしていた。
(魅了スキルで敵を減らすか……いや、数が多すぎるか)
「ギルマス、屋敷の裏に回って侵入しますか? それとも……」
「……何か、不穏な気配がする……肌にまとわりつくような、違和感がある。何なのだ、これは……」
「フィリアネスさん……?」
フィリアネスさんの表情は険しく、その顔が青白く見える。彼女だけが感じ取れる違和感が、あの屋敷にはある。
言われてみて、俺も気がつく――兵たちの表情も、視線も全く動いていない。まるで人形でも置いてあるかのように、ただ呼吸する動きしかしていないのだ。
「……戦闘回数は少ないほうがいい。裏に回ろう」
「了解しましたわ……屋敷の裏に、木がありますわね。あれを利用すれば、二階のバルコニーから入ることが出来ます」
「私は二人のように、気配を隠すことが出来ない……済まない、敵に見つかれば戦うしかない」
「うん。それでも俺は、フィリアネスさんが居てくれた方が心強いと思ってるよ」
「……ああ。そうでなくては、私はここに来ることすら出来ていない。ありがとう、ヒロト」
屋敷の裏に回ると、ミコトさんが木の高い位置に鉤縄を引っ掛け、するすると登っていく。フィリアネスさんも鎧をつけているのに、それを感じさせない身軽さであっという間に登ってしまった。
(し、しかし……下から見るとああなってるのか……)
まさか下にいて見えてはいけないものが見えるとは思ってなかったので、普通に見てしまった。何か言われたら『月がきれいですね』と文豪風にごまかしたいところだ。
しかしバルコニーに上がり、屋敷の二階の廊下に出たところで、そんな気の抜けたことは言っていられなくなった。
「っ……見つかった……!」
巡回していた槍を持つ守備兵が、こちらに気づく。フィリアネスさんもスキルが無いなりに気配を殺していたはずなのに、その守備兵の感覚は恐ろしく鋭敏だった。
「何ですの、あれはっ……!」
兵は俺たちを見るなり、無言で走りこんできた――生気がない表情のままで、しかしその動きだけが獣じみている。
◆ログ◆
・《スレーター》は「突撃」した!
・《フィリアネス》は武器で攻撃を受け止めた! ノーダメージ!
・武器の耐久度が減少した。
「くっ……!」
――目を疑う光景だった。公国最強のフィリアネスさんが、一介の兵士の突きで押されたのだ。
いつものフィリアネスさんなら避けて反撃するところが、レイピアの刃で受け流すことしか出来なかった。
(どういうことだ……グールドの私兵のレベルは、想像以上に高いのか……!?)
◆ログ◆
・《スレーター》の活動停止が早まった。
(活動……停止?)
「ギルマスっ……!」
俺と同じようにログの見えているミコトさんが声を上げる。俺は仮説を立てるものの、まるで《スレーター》という兵士が人間でないかのような『活動停止』の文字列に、妥当な解答を見出せない。
(そんなことはいい……やるしかない……!)
「フィリアネスさん、下がるんだっ!」
「っ……!」
◆ログ◆
・あなたは「ダブル魔法剣」を放った!
・あなたは「アイスボール」を武器にエンチャントした!
・あなたは「パラライズ」を武器にエンチャントした!
・あなたは「スマッシュ」を放った! 「凍結麻痺撃!」
ドヴェルグの小型斧が双属性の精霊魔術を纏う。それを見ても引くことなく、兵士は下がるフィリアネスさんに追い打ちをかけようとする――しかしそれを、俺の一撃が断ち切る。
「うぉぉっ……!」
◆ログ◆
・《スレーター》に371ダメージ!
・《スレーター》は凍結した。
・《スレーター》に麻痺は効果がない。
敵兵が槍を突き出そうとしたままで凍りつく。手加減をセットしておいたのに、発動しない――あれだけのダメージを与えても、ライフがゼロにならなかったということだ。
「さすがですわね、ギルマス……ですが、ここの敵は異常ですわ。フィリアネスさんの言った通りでしたわね」
「……全く、人間の身体の限界など無視した動きだった。それに……この兵士。あまりにも……」
青白い肌で、生気が感じられない。しかしここまで来た以上、敵がどれほど普通じゃなくても、グールドの下まで走り抜けるしかない……!
「行こう、二人とも……決して気を抜いちゃいけない」
『了解っ!』
俺たちは屋敷の広い廊下を駆け抜けていく。青ざめた顔の兵士たちが現れ、俺たちの道を塞ぐ――しかし初めから気を抜かなければ、俺たちの敵ではなかった。
「はぁぁっ!」
「邪魔を……するなっ!」
◆ログ◆
・《ミコト》は当て身を繰り出した!
・《ガルザス》に575のダメージ!
・《フィリアネス》は「ダブル魔法剣」を放った!
・《フィリアネス》は「サンダーストライク」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「パニッシュ」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「ツインスラスト」を放った! 「轟雷罰連閃」!
・《ボルドール》に772のダメージ!
・《ボルドール》に麻痺は効果がない。
ダメージを与えて、敵は倒れている――しかし、昏倒したというログが流れない。二人とも手加減はしているはずなのに。そしてパラライズの上位魔法であるパニッシュでも、麻痺が全く通っていない。
「手応えがありませんわ……ですが、しばらくは動けないはず……!」
「今は進むしかない……っ、出てくる敵は、全て排除する……っ!」
俺は胸騒ぎを覚えながらも、二人と共に駆けることしか出来ない。これまでも、何度も予測のつかないこと、予備知識のない出来事は起きて、時に苦難として俺の前に立ちはだかってきた。
しかし、俺は全てを乗り越えてきた。これもそのうちの一つだ――後ろを振り返ることは、できない。
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