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第三十一話 光と陰

 村に戻って、神官長の家で「儀式の疲れ」を癒してもらったあと、俺はヴィクトリアが目を覚ましたと聞いて、彼女のいるところに向かった。


 村の中に、それほど多く人を入れておける場所があるわけでもない。ヴィクトリアは宿屋の一室に、手を縛られた状態で監禁されていた。


 俺とフィリアネスさんが二人で部屋に入ると、ヴィクトリアは俺に鋭い眼光を向ける。しかし戦っていたときのような覇気はなく、ふっ、と皮肉な笑みをこぼした。


「何をしに来た……私を笑いに来たのか。国の半分を手に入れるという夢も破れ、こうしてお前たちなどに捕らえられている。もはや自分が生きていられることが不思議だ。この屈辱は死に等しい」

「死ぬことで楽になれると思ってもらっては困る。お前が死ぬと、お前の両親が悲しまれるだろうからな」

「親のことは口にするな! お前はいつもそうだ、何かあればすぐ私の家族を持ち出す……っ!」

「……当たり前だろう。お前の両親には、私も昔から格別のご厚意をいただいている。近衛騎士として公国に尽くす父君と、娘思いで料理がうまく、勤勉な母君。私たちの祖父母は、いつも言っている。ヴィクターの母君を、ブラック卿に嫁がせて良かったと」

「くっ……!」


 ヴィクトリアはそれ以上反論しなかった。ふぅ、と諦観のこもったため息をつくと、フィリアネスさんを見やる。

 フィリアネスさんの祖父母ということはヴィクトリアにとっても同じなのだから、今の言葉は耳に痛かったということだろう。


「フィル……私はお前を本気で殺すつもりだった。だからこそ私も騎士として、欠片でも誇りを残したままお前の手で死にたい。私の首を、私の愛剣でねてくれ。反逆の汚名を受けて生き長らえれば、父と母の誇りに傷をつけることになる」

「……この期に及んで愛剣などと言っているあたり、私はお前のいうことを聞いてやる気にはならない。お前に騎士の誇りがひとかけらでも残っているというなら、裏切りの代償は忠義によって支払うがいい」

「……死ぬことすら許されぬというか。くっ……くくっ……酷なことを。私はその子供に思うさまやりこめられ、そして……お、女として、この23年の間、全く動かなかった心を、開かされてしまったのだぞ……?」

「そう、俺がヴィクトリアさんの心を……ってえええ!?」


 いきなり自分に話を振られると思ってなかった俺は、ナチュラルに返事をしてしまった。


(ま、まずい……フィリアネスさんに怒られる……ヴィクトリアさんとすごく仲良くなったと思われたら……いや、確かにそうなんだけど……!)


 戦闘中ですらこれほど鼓動が高まることもない。ど、どうする……どうすればいい……!?


 フィリアネスさんは肩にかかる金色の髪をさらりと後ろに流すと、俺の方をちら、と見る。その頬は、何を思っているのか、目に見えて赤くなっていた。


「この子はお前が道を外れようとするのを、スライムを使って止めてくれたのだ。その鉄仮面をつけていたせいで、お前は思ってもみないことをしようとした……元から、簡単に人を殺せるような人間ではなかったはずだ。昔のお前は、道端の花ですら、静かに愛でているようなところがあった。詩なども書いていたな」

「っ……わ、私の過去を気安く口にするな! 私は花など愛でていない! 弱者を哀れんでいただけだ! し、詩に関しては、気のせいだ! あれは平和ぼけした世界に向けての、邪悪なる呪いの羅列だッ!」


(このいたたまれない感じ……やめてあげてフィリアネスさん、これ以上黒歴史をご開帳しないであげて!)


 暗黒騎士だけに黒歴史とはこれいかに。いや、花を愛でるのも、ポエムを書くのも、むしろ白い歴史とも言えるが。ヴィクトリアにも、そんな純粋な頃があったんだな。


 俺は幸いにも黒歴史ノートを作ったりはしていないが、陽菜は何やら「絶対に見せられない」と言っているノートがあった。今となっては、その中身を確認することはかなわないわけだが――今更に惜しく感じてくる。


「はぁっ、はぁっ……き、貴様こそ、私のことを言えた義理なのか。フィル……知っているぞ。お前が子供の頃飼っていた猫に、『ミイ』という名前をつけていたことを!」

「……そ、そんなことは……私は知らない。身に覚えがない」

「ふはははっ、笑わせる! 聖騎士のくせに自分の発言に覚えがないだと? それはあの猫への裏切りではないのか!」

「くっ……だ、黙れ! 私が飼っていたあの猫は、庭で遊ばせているときに逃げてしまったのだ! 名前などつけなければよかった……そうしたら、寂しい思いなどしなくて済んだ……!」


 ぐっと拳を握りしめて心情を吐露するフィリアネスさん。それを見てヴィクトリアはさらに嘲笑するかと思いきや――言ってはいけないことを言ってしまった、というように、口を噤んでつらそうな顔をする。


(……この二人……もしかして、もともと親友だったのでは?)


 シリアスな顔を崩していいのか分からず、俺は真面目な顔をしたままで、そんな平和な結論に行き着く。

 元々は同じ騎士の道を志していたが、何かがきっかけでヴィクトリアはフィリアネスさんを妬むようになり、暗黒道に堕ちた――もともとは、二人とも清らかな少女だったのだ。フィリアネスさんは動物好きで、ヴィクトリアは花を愛するポエマーだった。ポエマーはちょっと言い方が悪いか。そう、夢見がちな少女だった。


 夢見がちな少女が成長する過程で、中二病をこじらせるというのは無くはないのではないか。それとも、これは邪気眼だろうか。くっ、右目が疼く……邪眼の力が抑えきれない……! とか言ってみてほしい。


「……今のは言いすぎた。あの猫を逃したのは、実は私だ」

「なん……だと……?」

「お前がいつも愛でている猫を奪ってやろうと思った私は、猫を遊ばせている隙に好物を使ってミイをおびき寄せたが、あろうことか私の指にかみつき、逃げてしまった。それがあの事件の顛末だ」


 淡々とした口調で言うヴィクトリアだが、言っていることはかなりひどい。事件の顛末というか、先にごめんなさいと言うべきではないのか。


「……そんな事実を今さら聞かされたところで何になる。私は、今さら浸るような感傷など持ちあわせては……」

「フィリアネスさん、いいんだよ。本当に大事だったんだね、その猫が」


 今何も言わなかったら、何のために居るのか分からなくなる。俺はフィリアネスさんの手を握って、声をかけた。彼女は目を少しうるませていたが、俺の頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でると、髪を整え直してくれてから微笑んだ。


「ふふっ……お前は優しいな。私も、ヴィクトリアに言われる前は忘れていたことだというのに」

「俺も犬を飼ってたことがあったから、気持ちはわかるんだ。まだ、ほんの小さい頃だけどさ」

「犬を……一度も見たことがないが。私がいないときに飼っていたのだな」


 犬を飼っていたというのは、前世での話だ。本当は言うべきじゃないが、つい、口をついてしまった。俺が飼っていた犬も、首輪が外れてどこかに行ってしまい、帰ってこなかったことがあったからだ。


「ふん、今はおまえがフィルに飼われているようなものではないか。振っている尻尾が見えるようだぞ」


 ヴィクトリアは俺に対して攻撃的なことを言うが、フィリアネスさんは怒りはしなかった。もう、挑発に乗る気はないということだろう――と思ったのだが。


「……私にとって、この子は何よりの宝だ。私の方がこの子についていくのが精一杯で……言葉は悪いが、飼われているとしたら、それは私の方なのだろうな」

「っ……やはり、フィルもそう感じるのか……我ら二人を従属させるほどのものが、この子供に……」

「おおかたお前のことだ、初めはヒロトの素養に気づかず、さんざん罵声を浴びせたのだろう。その苛烈な性格ばかりは、騎士団に入る頃には形成されきっていたからな。鉄仮面は関係なく」


 ヴィクトリアも波瀾万丈の人生を送っているな、と思う。それ以上に、フィリアネスさんに撫でられているのが心地よすぎて、ヘヴン状態になってしまっているけど。

 ヴィクトリアに汚らしい餓鬼、と言われなくなると逆に物足りなくなったりもする。罵倒されて喜ぶとか、俺にはそっちの気があるのか……罵倒されつつ責めたいとか、調教師なんてジョブがあったら俺にはうってつけかもしれない。自主的に転職したくはないが。


「ヒロトに罵声を浴びせた回数だけ、細剣で突くことも考えたが……」

「えっ……フィリアネスさん、さすがにそれはやり過ぎじゃないかな?」

「フィルは聖騎士としての技を使い、人を斬らずに最強の呼び声を手にした……しかしそれは、人を斬る覚悟がないということではない。私に対しての怒りも、それくらいでは足りぬほどだろう。今からでも構わん、やれ」


 ヴィクトリアの言葉に偽りはなく、彼女は怯えもせずにフィリアネスさんを見つめる。苦痛を受けることが、自分に対しての必罰なのだと受け入れているかのように。


 ――しかし、俺たちが村に辿りつく前に黒騎士団を壊滅させたということは。彼女は公爵の陰謀に与したとはいえ、罪のない人々を手にかけてはいない。


「……俺は、ヴィクトリアさんが改心するなら、許してもいいんじゃないかと思ってる。公国に仕える騎士として、裏切りは絶対に許されない、それは分かってるつもりだ。でも……」

「最初は私も、どうしていいものかと思っていた。せめて私の手で斬るべきだと思った……ヴィクトリアに一撃を放ったときは、そのつもりだった。吸魔の鎧に防がれていなければ、今頃は……」

「くくっ……あの時のお前の顔は見ものだったぞ、フィル。その顔を見られただけで、私は溜飲をいくらか下げることができた。あの鎧には、感謝しなくてはな……」


(吸魔の鎧……そういえば、ヴィクトリアはあれをどうやって手に入れたんだ?)


 俺はインベントリーの新規アイテム欄を呼び出し、その中にある吸魔の鎧のパーツの一部の情報を開いた。



 ◆アイテム◆


名前:【肩】吸魔の鎧

種類:セット防具

レアリティ:レジェンドユニーク

防御力:16


・魔術のダメージをライフ回復に変換する。

・【肩】【胸】【腰】【腕】【脚】の全ての部位を装備しなければ効果を発揮しない。



(肩鎧だけで防御力16……一式装備すれば、防具としてもきわめて優秀だ。けど、普通なら、こんなアイテムをセットで揃えるのは、何百日もプレイ……もとい、探し求めても無理かもしれない)


 ユニークアイテムですら、通常に生活している分にはほとんどお目にかからない。レジェンドユニークなんて高レアの上に、五つ集めないと効果を発揮しない防具なんて、エターナル・マギアにおいては実質上存在しない扱いにされる。それくらい手に入りにくいものを、騎士団の団長とはいえ、あのレベルで手に入れられるとは……何かある、と思わざるをえない。


「ヴィクトリアさん、あの鎧はどうやって手に入れたんだ?」

「……教えると思ったか、阿呆が。貴様もあの鎧を手に入れたいというのか? 馬鹿も休み休み言え、あれは私のような高貴な血筋の騎士でなくては、触れることも叶わぬものだぞ」

「饒舌だな、ヴィクトリア……だが、態度をわきまえてもらおう。質問に質問を返すな」

「くっ……」


 フィリアネスさんがレイピアの柄に手をかける。抜きはしないが、それだけで凄絶な殺気が走る――俺にも緊張が走るが、むしろ心地よい剣気プレッシャーだ。


「……吸魔の鎧は、私が駐留していた砦にやってきた武具商が持ち込んだものだ。それなりの金額を要求されたが……その時の私にとって……今も同じではあるが、最適な装備だと思った。あの鎧の一式を身につけると、吸い付くような感覚があった。そして鉄仮面を被ったとき、私は今までの自分を簡単に捨て去ることができた。聖騎士であるフィル、おまえを遠くから眺め、その栄光の陰にいた私は、過去のものとなったはずだった……」


 光と陰。聖騎士と暗黒騎士……フィリアネスさんが人々の思慕を集めているのを、ヴィクトリアは羨望の眼差しで見つめていた。それは、ヴィクトリアも人々に慕われる騎士になりたかったという気持ちの現れだろう。


「あの鉄仮面をつけたことで、私はお前が変わったと思っていた。元から攻撃的で、向こう見ずなところはあったが、決定的に人間性を失ったのは、あの鉄仮面をつけてからだ……ヴィクトリア、そうではないのか?」

「……鉄仮面まで着用しなければ、鎧は効果を発揮しない。そう言われたのだ」


(……なんだって?)


 ヴィクトリアの発言は、俺が見た吸魔の鎧の情報とは異なっている。

 ――悪の鉄仮面は、吸魔の鎧のセット内容に含まれていない……!


 俺はフィリアネスさんにそれとなく合図して、身をかがめてもらう。そして、髪をかきあげて耳をすませている彼女に小声でささやきかけた。


「フィリアネスさん……ヴィクトリアは、騙されてたみたいだ。あの鉄仮面で、悪い人に変えられてたんだよ」

「……やはりか。私が知っているヴィクターは、村を焼き討ちに出来るような人物ではなかった……礼を言う。私はヴィクターを斬り、全ての真実を知らぬままで終わるところだった……」



 ◆ログ◆


・《ヴィクトリア》はつぶやいた。「何を小声でささやいているのだ……き、気になるではないか……私の悪口を言っているのか? 絶対にゆるさない……地獄の釜で煮られるがいい……っ」



 結構小心者なログを見て苦笑していると、フィリアネスさんはヴィクトリアに近づき、何も言わずに腕を縛っていた縄を切った。


「……何のつもりだ?」

「お前の命……黒騎士団長の剣は、公王陛下に捧げられしもの。その役目を半ばにして死ぬことは許されない。生きてもらうぞ、ヴィクター」

「……ふん。後悔するぞ、フィル。私は懐柔などされない。いつかお前の細剣を跳ね飛ばし、地に這いつくばらせ、私の愛馬で蛙のように轢き潰してやる」

「出来るものならやってみるがいい。私はお前の相手は疲れた……ヒロトに任せたほうが、よほど充実した指導をしてもらえるだろう」

「し、指導だと……こんな汚……子供に、教えられることなどっ……あ……!」


 勢い良く反論しかけてから、ヴィクトリアは顔を赤くして口をふさぐ。


(あ、って……ま、また変なこと言い出すんじゃないだろうな……なんだその少女マンガみたいな反応は……!)


「何を言いかけたのだ? 私たちは急いでいるのだから、あまり間を持たせるな」

「……そ、その子供に、教えられることが無かったわけではない。私は……その、初めてだったからな。こんな気持ちになるものかと、少しだけ学ぶところもあった……そ、その、それについては、ゆくゆくは、汚……ではなく、立派な餓鬼……ではない、青年になってから、つ、次の過程に進むことも……視野に入れなくもない」


(そ、そこまで……何だか優しい目で見られるようになったけど、好感度が最大になってしまったのでは……?)


 ヴィクトリアに何をしたか、フィリアネスさんは現場に居合わせなかったので見ていない。俺の【暗黒】剣技スキルが10になっているということは、つまりそういうことなのだ。平均してスキルが10に達するまで、必要回数は……もう伏せても仕方ないが、採乳した回数は50回である。採乳はすればするほど友好度が上がる――最大値になるには早すぎるが、もしかしたらヴィクトリアはショタコンなのかもしれない。


「……ヒロト……やはりおまえはすごいな。あのヴィクトリアを、ここまで心酔させてしまうとは。だ、男女の関係というと、私の心情としては止めざるをえないが……」

「あ……う、うん、それは大丈夫だよ。俺はフィリアネスさんを裏切らないよ」

「そうか……いや、おまえがどうしてもというなら、束縛するつもりはない。ヴィクトリアも放っておけば、独身のままだろうからな」

「フィルに言われたくはないな。社交の場に出れば、私はおまえよりは男の扱い方をよく知っているぞ」


 二人の間の空気が段々と柔らかくなってきた。しかしヴィクトリアの罪は重いので、その責任を何らかの形で取るまでは、完全に気を許すわけにはいかない。


「それにしても……フィルにはそんな趣味があったのだな。その1点に関しては、私たちに共通点があったと言わざるをえない。ヒロト、おまえはフィルと何歳で知り合ったのだ?」

「え、えーと、それは……あれ?」


 気が付くとフィリアネスさんが部屋の隅にしゃがみこんで、耳を塞いでぷるぷると震えていた。


(……ゼロ歳から仲良くしてるっていうのは、やっぱり後ろめたいのかな? でもそれだけ、フィリアネスさんが本気でいてくれてたってことだよな……)


「聖騎士は清廉潔白、二十九歳までは戒めもあり、結婚も禁じられている……しかし私は違う。どうやら勝負は決したようだな、フィル。ヒロトが男性として私の家族に紹介できるほど成長したとき、おまえとヒロトの蜜月は終わるのだ」

「み、蜜月と言うな……わ、私もそれは否定しないが、おまえに出し抜かれるいわれはないっ!」

「何を言うフィル、恋愛は自由だ。八歳にして私はヒロトに、豊かな将来性を見出した。ヒロトも私に触れることで、とても満足そうな顔をしていた……どうだ! 出会いが遅くても、私はフィルに遅れを取ることはないぞ!」

「くぅ……!」


 囚人着のようなシンプルな格好をしていたヴィクトリアは、立派な胸を張ってふんぞり返った。薄い布なので、バストトップの形状が……言わない方がいいな。俺は何も見なかった。


(まあ、俺にとってはフィリアネスさんの方が、ヴィクトリアより何倍も大切なんだけど……)


 フィリアネスさんにはちゃんと伝えておかないといけないが、とても恥ずかしい。せめてヴィクトリアがいないときに、二人で話したい内容だ。


「ふぅ……少しは溜飲が下がった。話は変わるが、私も部下たちのことを考えると、今後はお前たちに従うべきだと考えていた。今は気分がいい、無条件で降伏してやろう」

「いや、条件を出せる立場じゃないけど……確かに、ヴィクトリアさんと部下の人たちには、こっちについてくれた方がありがたい。グールドにこれ以上協力しない、それは約束してくれるかな?」



 ――約束を違えたときは、その命は無いものと思ってくださいませ。



「っ……な、何だ、この……先程も戦場で、かすかに感じてはいたが……この殺気は、何なのだ……っ!?」


 ミコトさん……姿は見せないけど、いつでも殺せるっていう気を放ってるな。

 そして、おそらく彼女は本当に、約束を違えたときにヴィクトリアを許しはしないだろう。

 一度のギルド対抗戦で相手プレイヤーを倒した人数が、自分が倒された回数の五十倍に達する。普通なら敵プレイヤーの得意攻撃が決まれば、何人ものプレイヤーが一度にライフをゼロにされるようなゲームバランスで、彼女は驚異的な生存率を誇り、敵を葬りつづけた。それは、全く容赦しないこともひとつの理由だ。


(それは異世界でも同じだ……ミコトさんは、『闇影』だ。自分がそうするべきだと判断したら、きっと躊躇なく人を殺せる)


 ヴィクトリアは周囲に気を配っていたが、気配を探ることを諦める。その首筋に汗が伝っていた。


「……お前たちは……なぜ、そこまでの力を持って、何も求めずにいられる?」

「求めてないなんてことはないよ。そうしなきゃいけないと思い始めてる……この国を安定させないと、外には出られないから」

「外に……い、いや。私はお前たちの目的になど、興味はない。お前たちがグールドを倒せるかどうかもだ。私たちはただ傍観する。何度もこうもりのように立場を変えては、それこそ信用出来るものではあるまい」


 ヴィクトリアの言うことはもっともだ。何もせずに居てくれること、出来ればイシュアラルを黒騎士団が守ってくれればいいが、馬鹿正直にヴィクトリアを信頼もできないし、フィリアネスさんの兵に来てもらうのが一番いいだろう。


(兵……か。まさか、こんなことを考える日が来るなんてな……)


 俺も領地を持ち、自分の勢力を持つことが出来れば。そうしなければ、大きな勢力を相手にするとき、多勢に無勢という不利な条件と常に向き合わなくてはならなくなる。

 四王家のひとつで、公爵の地位を持つ敵。その力を抑えこむには、俺にも同等の力が必要だ。

 女神にボーナスを与えられ、超人的な強さを手にした俺が、権力を求めることは危険な思想だと思っていた。それは今でも変わらないし、急に兵を手に入れるなんてことは出来ない。フィリアネスさんの指揮する兵士の力を借りるだけでも、相当な助力だと理解している。


 ――しかし。イシュアラルの村と同じように、もしミゼールの町を人質に取られたら……そして、今回のように、事前に敵の企みを防ぐことが出来なかったら。


 リカルド父さんが守っている魔剣にも、敵の手が及んでしまうかもしれない。俺が今抱いている理想を全て実現するには、今のままではいけない。


(……ギルドマスターを目指そうと思ってたのに、一足飛びだな……領土が欲しいなんて)


 国から領地を与えられるには、功績が必要だ。公王に認められるために、何が出来るか……。

 そのためにルシエを守ったわけじゃない。もっと別のことで功績を上げる……名声を得なければ。

 そうしなければ、人の上に立つ資格などない。領地が欲しい、そんな目的で名声を得ようとするのは、決して清廉な行いではないだろう。


 考えているうちに、ヴィクトリアが俺を神妙な顔で見ている。彼女は俺の沈黙を、別の意味に受け取ったようだった。


「……どうしてもというなら、グールドに対して挙兵することも考えよう。我らは公国にとっては反逆者だ。その延長上で、公爵の抹殺を図ったとしても何もおかしくはあるまい?」

「それをすると、ヴィクトリアさんたちはこの国に居場所がなくなる。フィリアネスさんが言ったとおり、ヴィクトリアさんの両親にも責任が及ぶだろう……だから、傍観でいい」

「そうか……ならば、高みの見物をさせてもらおう」


 口は悪いが、言ったとおりにしてくれるならこちらとしては助かる。ヴィクトリアと部下たちをフィリアネスさんの指揮下におき、イシュアラルからヴェレニスに移動してもらえば、それで問題はない。


 しかしヴィクトリアは、何か言い残したことがあるという顔をしている。どうやら、まだ話を終えるわけにはいかないようだった。

※次回は明日21:00更新です。


※追記:申し訳ありません、少し遅れます。

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