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第三十話 初めての刻印

※連続更新三日目になります。

 青空の上の神殿を離れた意識は、闇を通り抜けて、現実に浮かび上がる。


「……さま……ヒロトさまっ……」

「ん……あ、あれ……ルシエ……?」


 洗礼の儀式の最中に、俺は気絶した――そういう体になっていると、女神は言っていた。

 目の前に、俺を上から見下ろして、目にいっぱい涙をためているルシエの顔がある。その瞳からこぼれた涙が、俺の頬にぽたぽたと落ちてきた。


「あぁ……良かった……ヒロトさま、お気づきになられたのですね……っ」

「あ、ああ……俺は大丈夫……え、えーと、ほんとに大丈夫だから、抱きしめたりするのは……」

「いいえ……離しません。離してなんてあげられません……とても心配したんですから……っ」


 今の俺の姿勢がどうなっているかというと、神殿の舞台に上げられて仰向けに寝かされ、ルシエの膝の上に頭を乗せられていた。そのままルシエが頭を包み込むようにして覆いかぶさってくる……儀式のためなのか、香をまとわせた衣装は、胸のすくような香りがした。


「うっうっ……ルシエ様の涙が、奇跡を起こされたのですね。このイアンナ、久しぶりに清らかな涙を禁じ得ません」

「ヒロト様は、呼吸や鼓動がとても小さくなっていましたから……私たちの儀式が間違っていたのであれば、どうお詫びをすれば良いのかと……」

「もしヒロト様の身に何かあったら、私も殉じて死を選ぶつもりでいました。本当に良かった……」


 俺が目覚めたことを知って、みんなが話しかけてくる。よっぽど心配させてしまったみたいだ……それにしてもアイラさんの愛情が、出会ったばかりだというのに深すぎるな。そこまで思ってもらえることには、ありがとうと言いたい気持ちだけど。


 しばらく泣いていたルシエは、ようやく落ち着くと、顔を上げて俺から離れる。そして、恥じらいながら頬の涙を拭い、赤い目のままで微笑んでみせた。


「……ルシエ……殿下。儀式は、無事に済みましたか?」


 神聖な場においては弁えるべきだと思い、敬語を使う。けれどその響きが、ファムさんたちにはどうも健気に聞こえたようで、涙腺を刺激してしまったようだった。二人ともぽろぽろと涙を流している。


「……私は、女神の刻印を受けられませんでした。王族としては、資格がなかったのだと思います」


 予想もしなかった答えに、俺は目を見開く。そっと身体を起こして、ルシエの姿を正面から見る。

 彼女は胸元を少しだけ開く――しかしそこに刻まれるはずだったのだろう印は、どこにもなかった。


(女神が俺を呼び出したことで……刻印を刻む機会が、失われた……いや、そんなはずは……!)



 ――スキルの使用方法は、後でログを開いて確認しなさい。



 転移する前に聞いた女神の言葉が脳裏にひらめく。女神がルシエに刻印を与えなかったなら、ここに、ルシエに「刻印」を与えられる存在は一人しか居ない――俺だけだ。


 だが、俺がルシエに授印したところで、女神に印を与えられたとは解釈してもらえないだろう――ここからは、演技が必要だ。ファムさん、アイラさんの理解を得るには……。


(一か八か……やるしかない……!)


「……俺は今、女神に会ってきました」

「っ……女神様に……ヒロト様、それは、本当なのですか……?」

「魂が女神様のもとに導かれ、それで意識を失っておられた……し、しかし、今までそんなことは一度も……」


 ファムさんが動揺している――やはり、女神に呼ばれたなんて、言っても納得してもらうのは難しい。

 交渉スキルを使って説得するしかないかと考えたところで、アイラさんが何かを言おうとする。


「……お姉さま。ヒロト様がそうおっしゃるのなら、私は信じます。ヒロト様が私たちに、そのような嘘を簡単につくとは思えない。その目を見れば、わかります」

「アイラ……」


 妹の言葉に、ファムさんは少し迷っている様子だった。けれど俺の方を見ると、ふっと目を閉じる。

 そして少しの間を置いて開いたファムさんの目からは、迷いが消えていた。


「……私たちの行った儀式が、女神様の元に届いていたということ。ヒロト様を信じるということは、それと同じ意味になります……そして、それは何よりも喜ばしいことです」

「わたくしも気絶していたのですが……女神に選ばれるべきは、やはり将来有望な殿方ということですわね。このイアンナ、女神様のお気持ちが痛いほどに理解できます」

「イアンナ、あなたは少し控えてください。今は、真面目な話をしているのですよ」

「は、はいっ、かしこまりました、殿下」


 確かに俺と同じくイアンナさんも気絶していたわけだから、女神に呼ばれたのが俺だけ、というのが引っかかったんだろうな。まあ、儀式の際にマナを消耗するみたいだから、イアンナさんのマナがもたなかったんだろう。


「ヒロト様は、女神様と、どのようなお話をされたのですか?」


(……って、い、今気がついたけど。俺がしようとしてることって……ルシエに、女神の代わりに印をつけて、儀式が成功したってことにするわけだけど……つ、つまり……)


 自分でも気づくのが遅かった。俺がルシエに刻印を授けるということは……俺が、「【口づけ】授印」のスキルを使うっていうことだ。


(い、いいのか……でも方法はそれしかない。ルシエが王族として認められて、無事に首都に送り届ける……俺たちは、そのためにここまで来たんだ)


「め、女神様は……俺に……公女殿下に、代わりに印を授ける役割を託されました。公女殿下が王族として認められなかったということは、絶対にありません」

「っ……ヒロト様から、私に、刻印を……?」

「そうだったのですね……それが本当なら、浮かび上がる印は、このようなものになるはずです」


(ファムさん、ナイス……!)


 王族であることを示す印の形が、スキルを与えるために「授印」を使ったときと違う形では困る。ファムさんが見せてくれた神歌の歌詞が書かれた本の表紙に、王族が与えられる刻印と同じだという焼き印が押されていた。それを俺は凝視し、寸分たがわず再現できるように暗記する。


 あとは、どうやって「授印」を行うのか。俺はウィンドウを脳裏に呼び出し、授印スキルのマニュアルを呼び出す。

 ――そして、その内容を目で追ううちに、俺は気がつく。


(こ、これは……これはあかんやつだ……!)



◆スキル詳細◆


名称:【口づけ】授印

習得条件:刻印10


説明:

 使用者が唇をつけた部分に、任意の形の印を刻み込むアクションスキル。

 印はひとつまでつけられる。ひとつにつき、使用者のスキルを一つ

 対象者に与えることができる。それによって習得したスキルの

 初期値は1となる。使用者のスキル値は変動しない。

 同時に、与えたスキルに対してボーナスポイントを

 9ポイントまで付与することができる。

 この際、使用者が与えたボーナスポイントは失われる。

 スキルの授与は保留することも可能。改めてスキルを与える際は、

 刻印に再び唇で触れる必要がある。


制限:

・刻印スキル自体を与えることはできない。

・対象者のマナが30ポイント以上残っていなければならない。

・「除印」スキルで印を消去しなければ、新しい刻印はつけられない。スキルを授与していない場合は、授与する際に印を付け直すことができる。


使用方法:

・【口づけ】授印を発動する旨を念じる。

 スキル名を知らない場合は、該当の行為を念じればよい。

・対象者がマナ30を消費し、身体の一箇所に魔力の発光が生じる。

 その点を、「着印点」と呼ぶ。

・着印点に唇を当てて、完了のログが出るまで接触を続ける。

・完了ログが出る前に離れた場合、完了するまで着印点は消えない。



 女神から聞いていた説明通りの内容なのだが、使用方法の欄を読んでいるうちに全てが吹き飛びそうになった。


(着印点って……も、問題ない位置に出るよな? すごいところに出たりしないよな?)


「ヒロト様、どうなされたのですか? とても難しいお顔をされて……」

「あ……い、いや、何でも……」


 そしてあっさり敬語を使うのを忘れる俺。ストロベリーブロンドの美少女は、すでに赤みが引いてきた目で、無垢な心配を俺に向けてくれる……む、胸が痛い。

 こんなに挙動不審だったら、女神に呼ばれたというのも信ぴょう性が薄れるだろうか――と心配していると。


「刻印を与える前に、集中力を高めていらっしゃるのですね……分かりました。私も、謹んで受け入れます……」


(こ、公女殿下……そんな大胆な……!)


 そこに印が与えられると思っているのだろう、ルシエが俺の目の前で、大きく胸元を開ける。

 俺に見られているからということなのか、肌がほんのりと朱に色づいていく。頬も真っ赤になっているのに、彼女は指先を震わせながらも、そのまま俺に見せてくれている。


 ささやかだと思っていた膨らみの形が、ほとんど露わになっている。発育が早い異世界では、十歳でも全く侮れたものではない。母性18の数字は伊達じゃないっていうことだ。


 ファムさんとアイラさんも顔を赤らめつつ、目をそらせないでいる。イアンナさんは歓喜のあまり、今にも卒倒しそうな感じを出している……彼女はいつかクビにならないか心配だ。


「……あ、あの……フィル姉さまのようには大きくないので、恥ずかしいのですが……」

「ご、ごめんっ……分かった、ルシエ。すぐに印をつ……つけてやるからな……っ」



◆ログ◆


・《イアンナ》はつぶやいた。「ああ、ヒロト様があんなに目を輝かせて……やはり姫様の美しさを前に、眠っていた雄性も目覚めざるをえないということですか。このイアンナ、猛烈に感激しております……!」



(……まずい、何も言い返せないぞ……悔しい……!)


 変なところで噛んでしまったし、ルシエを意識してることがもはやバレバレだ。印を与える役割を代行してるだけだというのに、ここまで意識してるのはまずい、そう分かっているのに。

 それもこれも、このけっこう透けている衣装と、ルシエの白い肌と、成長が始まったばかりで張りのある膨らみが悪い。ここだけには、俺の唇を接触させてはならない……頼む、着印点。当たり障りのない場所に……頼む……!


「じゃ、じゃあ……いくよ、ルシエ……」

「は、はい……来てください、ヒロト様……どうぞ、ご遠慮なく……」



◆ログ◆


・あなたは「授印」を発動した!

・《ルシエ》の身体の一部が発光した。キスしますか? YES/NO



(こんなときだけキスとか表示するのか、この性悪ログ……!)


 口づけもキスも同じ意味だけど、後者の方が恥ずかしい。これもファーストキスっていうんだろうか、いや、そんなこと考えてる場合じゃなくて。


(印を与えるためだしな……キスって言ってもキスじゃないよな。唇が触れたところに印が出るだけだもんな……スタンプみたいなものだ。そうだ、これはスタンプだ。ちょっと魔力を消費するスタンプだ……!)


 できるだけ心を無にして、俺はゆっくりルシエに近づいていく。

 ――そして、印が浮かんでいる部分に十分すぎるほど近づいてから気がついた。


「お、お姉さま……ルシエ公女殿下の、あんなところに光が……」

「し、印があらわれる前に、その部位が輝くというのは……その、そういうものですから……仕方がありません。ヒロト様も、他意はなく触れられることと思いますし」

「……なんていうことでしょう。乙女の限界に挑むような位置に、印をいただくなんて……公女殿下は王族として認められ、同時に大人の仲間入りもされるのですね……」


(……鎖骨の下のあたり……胸ではないよな……?)


 ものすごく微妙な位置が光っている。もうちょっと下だったら、そこに唇で触れた時点で俺の人生の第二章が始まってしまいそうな位置だった。


 葛藤する俺……目が充血してしまっていないだろうか。そう心配してルシエを見ると、彼女はじっと俺を見てぱちぱちと瞬きしてから、何を求められていると思ったのか、こくりと頷いた。


「……ヒロト様、大丈夫です。ここは、お胸ではありませんから」

「お、お胸って……」

「そうですヒロト様、そこはお胸ではありませんから、誰からもお咎めは受けません」



 ◆ログ◆


・《アイラ》はつぶやいた。「それを言ってしまうと、私たちがいけないことをしていたと言っているようなものでは……い、いえ、あれはヒロト様の勇気に対するご奉仕。神官としての務め……ああ……」


(ああ、ってなんだ……やめてくれ、何もしてないのに色っぽい声を出さないでくれ。ただでさえ俺はもう限界なんだ……!)


 こんなところで公女殿下に、初めての授印をすることになるなんて……彼女に与えるスキルは、何がいいんだろうか。


「……ルシエ、今、一番したいことってあるか? こんな時に聞くのはなんだけど」

「私は……ヒロト様に喜んでいただけるようなことが、したいです。ここまで連れてきていただいたお礼……守っていただいたお礼。そして、しるしをいただくお礼……私の身一つでは、もう返し切ることが出来ません……それでも……」


 ルシエが俺に聞こえない、ささやくような声で言う。とても言えないこと――けれど俺なら、その願いをすくってあげられる。



 ◆ログ◆


・《ルシエ》はつぶやいた。「……いつかヒロト様と、旅に出たい。私も、冒険に……」



 おそらく籠の鳥のような暮らしをしていただろうルシエが望むこと。それは、自由が欲しいということだった。

 俺が与えるスキルがきっかけになるのかは分からない。それに俺は、一つだけ選ぶとしても、ルシエに何を与えれば一番いいのか、今はまだ選べない。

 けれど俺は、彼女がいつか、飛び立つ日が来られたらいいと思った。お姫様が一度も本国を離れて周遊してはいけないなんてこともないはずだから。



 ◆ログ◆


・あなたは《ルシエ》の肌に唇で触れた。



(熱い……本当にそうだ。着印点に集まったルシエの魔力と……俺の魔力が、交じり合って……)


 二種のマナが一つになって、俺の思い描いた形を、ルシエの胸に残す。

 俺が唇を触れさせたままでわずかに動くだけで、少女は小さく反応し、身体を震わせる。俺はそれを見ていることが出来ずに、途中からは目を閉じた。


「……こんな気持ちを知ったら……私は……」



 ◆ログ◆


・あなたは《ルシエ》に刻印を与えた!



 今はまだ、俺は彼女に与えるスキルを選べなかった。彼女が本当に俺と旅に出たいというなら、そのとき、必要なスキルを選ぶべきだろう。

 それに、刻印を与えることがスキルを与える行為だなんて、彼女も今はわかっていない。今、彼女が必要としているものは、王族として認められるための刻印そのものだけだ。


「……っ」


 刻印をつけ終えたあと、ルシエはふらりと身体のバランスを崩して、俺のほうに寄りかかってきた。


「おっと……ごめん、ちょっと疲れちゃったかな。でも、ちゃんとつけられたよ」

「……ありがとうございます、ヒロト様……」


 俺に寄りすがったまま、ルシエは開いた胸元に手を当て、そこにある印を確かめるように指先で撫でた。


「……ヒロト様にいただいた、しるし……これが、女神様より託された刻印なのですね……」

「あ、ああ……上手く出来てよかった。これで、ルシエも堂々と首都に帰れる。公王陛下も、きっと喜んでくださると思うよ」

「……父上……陛下からは、私は温かい言葉をいただいたことがありません。それよりも、私は……ヒロト様にしるしをつけていただいたことが嬉しい……何よりも、嬉しいです」


 開花を目前にしたその美貌。深い緋色の瞳は、俺の姿しか映していない。

 ――そして、肌に唇が触れるという行為が。少女をほんの少しだけ、少女でなくしていく……。



 ◆ログ◆


・《ルシエ》の「母性」が上昇した!



 女性として俺を意識したことで、上昇したということなのか――これで19ポイント。

 しかし20ポイントになったからといって、俺が彼女を見る目が変わるわけではない。公女殿下である彼女は敬う対象であり、今回胸元にキスをしたことも、もう二度と許されない行為かもしれないと理解している。


(王統スキルのために採乳……は、期待しちゃいけないな。俺は、もう役目を果たしたんだ……)


 あとは首都までルシエを連れていき、みんなと一緒に、ルシエの王族としてのお披露目を兼ねた祝祭を見物する。ミゼールを出てから数日しか経っていないのに、ずいぶんと長い旅になってしまったと感じていた。


「ん……どうした? 刻印をつけたばかりで、身体が変だったり……」


 しないか、と言いかけて、俺はルシエに言葉を止められる。

 唇を塞がれている――彼女の細い指先で。


「……フィル姉さまのようになれるまで、もう少しだけお待ちください。ヒロト様は、あのような行為がお好きなのですよね……?」

「こ、行為っていうか……」


 ルシエがヴェレニスで、俺とフィリアネスさんのことをどこまで見ていたか――イアンナさんに事細かに聞かされていたのかと心配したが、やはりその通りだったようだ。


 彼女は胸元のしるしを俺に見せる。よせばいいのに、頑張ってしまっていると明らかにわかる……ほんのり赤かった顔が、さらに赤くなってしまっているから。


「……この刻印は、私が王族であることを表すと同時に……ヒロト様に初めて触れていただいたことの、証です。もう、一生消すことはありません」

「っ……る、ルシエ、それって……」


 どういう意味か確かめる前に、ルシエは微笑んで俺から離れる。

 ファムさんとアイラさんは、口元に指を当ててこっちを見つめていたが、慌てて取り繕う。彼女たちも、刻印をつけて欲しいのか……って、女神の刻印ってことにした以上、手当たり次第につけては回れないな。印はごく小さいものだけど、形は自分で決められるから、一人ひとり違う形にすれば問題ないのだが。


(って……一人ひとりって、今後も授印していくみたいな……お、俺ってどんどんダメになってないか……?)


「ヒロト様、村に戻りましょう。私と、首都までご一緒していただけますか……?」

「あ、ああ。それはもちろん、最後まで責任を持ってついていくよ」

「ありがとうございます。首都に着いたら、改めてお礼をさせていただきます……私に出来ることはささいなことかもしれませんが、王族として認められた暁には、私のために尽力してくれた方々に報いたいと思っています」


 そうか……そうだな。やっぱりルシエは、高貴な人物として義務を果たさなければならないから。俺に対しても、首都に着いたらそういう意識で接することになるだろう。

 それを寂しいと思ってはいけない。彼女に敬語を使おうと努めてきたが、それを完全に徹底すればいいだけだ。


「……ヒロト様には、個人的にお礼がしたいです。王族としてではなく、ただのルシエとして」


(……俺って、そんなに顔に出やすいのか?)


 それとも、女性が男性の感情を読み取ることに長けているのか。

 どのみち、ルシエが嬉しい事を言ってくれたことに違いはないので、まあいいか……と思ってしまう。読心術なんてスキルは、彼女は持っていないのだから。


 ルシエはイアンナさんに付き添われ、先に洗礼の間を後にする。俺はファムさんとアイラさんに手を差し出され、気恥ずかしいとは思ったが、二人と手を繋いでルシエたちの後についていった。


「ヒロト様……これから、お時間をいただけますか? よろしければ、出発の前に私たちの家に……」

「えっ……い、いや、あの……フィリアネスさんたちも待ってるから、できるだけ急ぐべきっていうか……」

「……あの、お印を与える行為は、お印を与える以外ではなさらないのでしょうか?」


(だからあかんやつなんだ……印をつけないのに授印したら、それはただのキスだ……!)


 ファムさんとアイラさんが何を望んでいるか――真面目だと思っていたファムさんも、わりと大胆だ。禁欲的な生活を送っているので、俺とお風呂に入ったときも、かなりドキドキしていたらしい。ドキドキしても無理のないことを、幾度にもわたってしてもらったわけだが。


「え、えーと……絶対、またこの村に来るから、その時に……っていうことでいいかな」

「……マールギットさんが、神殿の護衛をしてくれている間におっしゃっていました。『ヒロトちゃんは好きになっちゃだめだよ、おあずけが上手だから』と」


(ひ、人が知らないところでそんな……俺のイメージが……!)


「そういうことだったのですね……お姉さまも私も、さきほどのことで……公女殿下とヒロト様を見ているうちに、身体が……」

「……この火照りを、もう一度来ていただいたときに鎮めていただくということで、よろしいのですね?」


 そこまで念を押されたら、ちょっとだけ寄り道してもいいかな、とかダークネスな俺が囁いてくる。これが闇堕ち……じゃなくて、欲望に負けているだけだな。


(そういえば、ヴィクトリアはもう起きたかな……出発前に、グールドのことを聞いておかないと)


 考えているうちに、気が付くとファムさんとアイラさんが立ち止まっていた。


(や、やばい……答えなかったから、怒ってる……?)


「……今日は神聖な儀式の日ですし、ヒロト様もお疲れですから……身体の疲れを癒していかれる、ということではいかがですか?」

「それは名案です、お姉さま……早速家に戻ったら、薬湯をお入れしますね」


(リオナ、ミルテ、ステラ姉、ユィシア、モニカ姉ちゃんたち……俺はもうすぐ帰るけど、何も変わってなんていないからな……!)


 妖艶としか言いようがなくなった二人に連行されていく俺。二人とも神官なのだから、ちょっとくらいは我慢を覚えるべきなのではと思いつつ、ここまで迫られるとついていく以外にはない。禁欲の悟りを開くべきは俺のほうだというのは、間違いのない事実だった。

※次回は明日21:00更新です。

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