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第二十九話 新たなスキル

※前日より連続更新しておりますので、まだお読みでない場合は

 一つ前の話からご覧ください。


 四方に広がるのは、青の一色。雲ひとつない、空の上だった。

 イシュア神殿とは違う、けれど似たような石材で作られた神殿に俺は転移していた。


 白い床の向こうに、銀色の長い髪をした、耳の長い女性がいる。彼女はゆっくりと歩いてきて、俺の目の前に立つ――俺が見上げるようにすると、彼女はまるで愛らしいものでも見るかのように微笑んだ。


「……久しぶりね。って言ったら、あなたは怒るかしら。それとも笑う……いえ、呆れる?」


 ルシエのことを神々しいと思った――それは無理もないことだった。

 彼女は女神の祝福を受けるために、女神そのものを呼び出していたのだ。

 けれど、きっとルシエにも、儀式を行ったファムさんたちにも、その自覚はないのだろう。彼女たちがこうして女神に会ったことがあるなら、事前に話してくれていたはずだから。


「……呼ばれたのは、俺だけなのか?」

「ええ。お姫さまと他の人たちには、今のところは用はないもの。私は自分が生み出したものには、原則として干渉しないことにしているの」


 用がない、とはっきり言う女神だが、俺は酷薄だとは感じなかった。

 マギアハイムを作った神がいて、その存在をルシエたちが知るのは……決して、良いことではない。俺は女神の人格が、人々が崇拝する神のイメージ通りだとは思っていないからだ。


「……聞きたいことがいくつもあるっていう顔ね。どうしてここに呼ばれたのかは、私の側としても、あなたがゴールするまで待っているのは退屈だからというだけよ。私……女神のもとに辿りつくという目標は、洗礼の儀式に立ち会ったことで達しているといえるわ」

「俺はこのタイミングで会えるとは思ってなかった。でも、会えた以上は……」

「宮村陽菜を、なぜ魔王の転生体にしたのか。なぜ、リオナとしてあなたのすぐ近くに転生させたのか……それを聞きたいということでしょう?」


 女神なら、言わずとも分かるに決まっている。だから俺は、胸の内を言い当てられても不愉快には感じなかった。

 むしろ、女神が自分からその話題を出してくれることがありがたいとさえ思った。答えるつもりがない、と逃げられることも想定していたからだ。


「あの子はヒロト……あなたに会いたい一心で、全てを捨てて転生することを選んだ。私があなたにボーナスポイントをあげたときのことを覚えている?」

「……俺の不幸を、ボーナスに換算したって言ったな」

「ええ。そのときに、どういう項目があったか……それを考えれば、なぜ宮村陽菜がただの人間として転生できなかったのか。それも分かるはずよ」


 今でも覚えている――片思いの相手を奪われた(と決めつけられて)、96ポイント。そしてアカウントハックで財産を失ったことで、150ポイント。トラックに轢かれたことで10ポイント――合計256、カンストしていたので1ポイント切り捨てられて255だった。


「あのときのあなたには分からなかったでしょうけど……あなたは、もう一人の幼なじみの計略に嵌められて、初恋の相手を失おうとしていたの。でもそれを、彼女自身が転生してあなたに伝えようとすることは、不幸でもなんでもない。私の力で、宮村陽菜の願いを叶えてあげたと言えるわ」

「……だから、願いを叶える代償に、ボーナスを与えるどころか……マイナスを与えて、不幸にしたっていうのか……?」

「あの子はエターナル・マギアをプレイしていなかった。あなたが全てを捧げたゲームを少しプレイしただけで、あなたのことが何かわかると本気で思っていた。それをあなたは健気だと思う? それとも、『にわか』だと思うのかしら」

「そんな……ことは……」


 本当に、全くないと言えるだろうか。陽菜が転生してきたことで、俺はなぜあんなに憤ったのか……それは、陽菜が俺のために自分の人生を捨てたことが、全部だっただろうか。自問自答しても、すぐに答えが出せない。


 女神は穏やかな微笑みを浮かべている。しかし、その瞳の奥に宿る光は、笑っているようにはとても見えない。


「……だから、彼女はリスクを払わなければいけなかった。彼女は不幸でもなんでもなく、私の異世界に来て手に入れたいものがあるだけで、転生を選んだのだから」

「……お前は、陽菜に何も説明しなかったんじゃないのか? 転生したあと、自分がどんな運命を背負うかってことを。そんな騙し討ちをしてまで、あいつを転生させることは……」

「させないほうが良かった、ってあなたは言うかもしれない。でもね、それはあなたの価値観でしかないのよ。もし不幸になったとしても、簡単に幸せになれないのだとしても、彼女はそれで構わないと思った。それなら私は、彼女にしか出来ない役目を与えてあげようと思ったのよ。リオナがリリスの転生体でなければ、別の女の子がその運命を背負うことになる。そうなるのは、ヒロト……あなたの妹でも良かったのよ?」


 ――俺たちは、女神の手の平の上で踊らされているだけだ。どんなことを正論のつもりで言っても、この女神には通じない。俺の与えられた交渉スキルさえ、女神に与えて貰ったボーナスに過ぎないのだから。


「……俺は陽菜を……リオナを、守りぬく。俺はもともと、ボーナスを与えられるような人生は送ってこなかった。本当はあいつみたいな人間こそが、報われるべきなんだ」


 引け目がないといえば嘘になるが、俺のために陽菜が転生を選んだなら、一も二もなく彼女を守ろうと思う。あいつは俺が来なくていいと言うまで、ずっと俺を家から連れだそうとしてくれたのだから。

 ――陽菜が連れていこうとする外の世界より、エターナル・マギアの方が魅力的だった。もう一度リオナが記憶を取り戻したとき、そう素直に言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか……また、『素敵な世界だ』と笑ってくれるのだろうか。それは、都合のいい想像にすぎないだろうか。

 けれど陽菜が――リオナが考えることは、いつも俺の想像を超えている。


「あいつは……俺みたいなやつのために、こっちに来ちゃいけなかった。それでも……」

「……そんな言い方をして、自分を卑下しなくてもいいのよ」

「っ……な、何を……っ」


 まったく身構えられなかった。フィリアネスさんにそうしてもらう時でも、彼女が何をするか分かっていて受け入れた――それなのに。

 俺は女神に抱きしめられるまで、まったく動くことが出来なかった。

 熱のない、人間以外の存在だと思っていた女神には、ぬくもりも、心臓の鼓動さえも備わっていた。


「私はエターナル・マギアにおけるあなたの生き方が気に入っていた。だからこそ、あなたが不幸だった分だけ、この世界で生きる上での贈り物をあげたかった。私はあなたが陽菜を失ったと思いこんでいたこと、それを哀れんでいたのよ。そんなことをはっきり言えば、怒られるでしょうけど」

「……女神のくせに、怒られるとかどうとか。そんなこと、怖がったりするのかよ」

「ふふっ……ええ、怖いわよ。私だって、こうして人と言葉を交わすことが出来るのだから。言葉を交わすということはね、常に恐れと隣り合わせの行為でもあるのよ。どれだけ気をつけて話していたって、相手から心ない言葉を向けられることもある。相手が傷つけようと思って言ったわけじゃない言葉で、傷つけられることもある……」


(――それじゃ、まるで……女神が、俺と同じ……)


 そんなはずはない。こんなふうに笑って、いつも人をからかっているような女神が……人と関わることを恐れているなんて。

 けれどここにいる女神は、決して人知を超えた存在ではなく。一個の人間に近い精神性を持ち、肉体を持つ存在で……俺の同調を得るために、適当な言葉を並べているようにも見えない。


「……女神がコミュ難なんて、聞いたことないぞ。そんな素振りもなかった」

「女神にもいろいろあるでしょうけれど、私はそういう性格なのよ。あなたが転生するときに、必死でつかみどころのない女神を演じていたのかもしれない。あなたのギルドメンバーの、彼女のようにね」

「……神様なのに、キャラを作る必要があるのか? それこそ、わからないぞ」

「さて、どうでしょうね。私はあなたの追及に耳を貸すのがめんどうで、こんなことを言っているだけかもしれない。本当のことなんて、まだ何一つ教えるつもりはないのよ」


 ずっと俺を抱きしめたままで語りかけ続けていた女神は、ようやく俺を離す。 

 ――女神はさすがだとしか言いようがない。俺が一度も経験したことのないような、甘く心を揺らすような香りがする。そのままでいれば、俺は……たぶん、魅入られてしまうんだろう。自分が、そうしてきたように。


「リオナはどんなことがあっても後悔しないと決めて転生した。だから、あなたが彼女の不幸を勝手に決めてしまわなくてもいいのよ。あの子はああしているだけで、案外幸せなのかもしれないしね。それも、前世であなたをどういう存在かと思っていたかによるけど」

「も、もうその話はいい……リオナは、陽菜だったときのことを忘れてる。今後、思い出せるのかも分からないんだから」

「そこで私に答えを求めないのは……教えてくれないだろうと思っているから? それとも……」


(その答えを探すのは、俺自身だ。女神に答えをもらうのは、本来の意味でのチート……ズルだからな)


 あえて言葉にしなかったのは、自分には似合わないだろうと思ったからだ。

 ――女神には、声にしなくても伝わっている。彼女は何か言いたそうに俺を見ていたが、ふっと眉尻を下げて笑うと、俺に背を向けた。


「うわっ……そ、その服、背中が開きすぎだろ……!」


 前から見ると、ホルターネックのような形のドレスなのだが……考えてみれば、そのまま後ろを向けば相当に露出が多いだろうとは想像できた。女神にドギマギしているというのも、ちょっと前なら想像もできない状況だ。


 そんな俺の反応を肩越しにうかがって、女神はそれでも背中を向けたままでいる。一瞬、横から見る形になったとき、乳房の曲線が危ういところまで見えてしまいそうになった……真面目な話をしていたのに、全てが吹き飛びそうになる。


「……ねえ。交渉スキルを取ったら、いろんな女の人からスキルをもらえるなんて、あらかじめ想像していたの?」

「い、いやっ、それは……俺も、そんなことになると思ってなくて……狙ったわけじゃない、なんて言い訳にはならないのはわかってるけど……」

「私がどんな気持ちで、これまでのあなたを眺めていたか分かる? それに答えられたら、ご褒美をあげるわ」


(ご褒美って……)


 思わず見てしまうのは、先程からアピールされている部分……女神と呼ばれるだけはある、芸術的としか言いようのない母性の象徴。大きすぎず、決して小さくもなく、弾力的にも申し分なさそうな……。


(ま、まさか、女神の……いや、め、女神のスキルってそんな……!)


 女神に一言文句を言ってやるつもりだったし、リオナのことで本気で怒ってもいた。なのに、今俺が考えていることと言ったら……。

 質問に答えるくらいでもらえるご褒美なんて知れているだろう。それに、女神の考えを当てられる気もしない。俺の想像力は貧困だし、女神に笑われるに決まっている……飛んで火に入る夏の虫というやつだ。


「あなたにスキルをあげたのは私なんだから、答えてくれてもいいじゃない。ジークリッドは、そういうことに関しては義理に厚いと思っていたんだけど?」

「くっ……そっち方面から攻めてこないでくれ。俺に女神の気持ちなんて分かるわけないだろ。馬鹿なことやってるな、って笑ってたんじゃないのか?」


 安易な想像だけど、大外しもしてないだろうと思った。客観的に見たら、俺は採乳でスキルがもらえるからといって、色んな女の人のステータスを見ては、新たなスキルを発見してはしゃいでいたのだから。


 考えてみれば、女神に文句が言える立場にはない。反省しきりの俺を見て、女神は口元を隠して笑った。


「……そんなふうに笑ってたっていうのは、想像がつくよ。正解だろ?」

「半分は正解で、半分はかすりもしてないわね。あなたには乙女心を読み取るなんて、百年……いえ、十年早いわ」

「それは自分で十分わかってるつもりだ。いつまでも、はぐらかしてはいられないけどな。それにしても十年なんて、優しいじゃないか。そのとき、俺はまだ十八歳だし」

「交渉スキル100を取った人が、女性との駆け引きも出来ずに終わるなんて体たらくもないでしょう? 異性の心をつかむために使うなら、これほど心強いものもないわ。ゲームでは、ただ有利に立ちまわったり、攻略の助けになるだけのスキルだったけど……人との交渉こそが、人の生を形成する要素の大半なのよ。私も、今さら気がついたのだけど」


 女神にも分からないことがあるのか――いや。分からないという体で振舞っているだけで、彼女は……。


「……そんな話は、今はいいわ。あなたには、ご褒美をあげなければならないわね。何度も特別扱いをするのは、それだけあなたに見込みがあるからだと思って頂戴」

「っ……な、なんで……半分だけしか、正解してなかったんじゃないのか?」

「私はいつでも笑って見ているわ。あなただけではなく、マギアハイムの全ての生命を見守り、その残酷さも、美しさも、全てをただ眺めている。けれどそれは、常に楽しいと思っているわけではないのよ」


 女神はずっと微笑んでいる。それなのに、楽しんではいないという。

 けれど今の彼女が、俺には無理をして笑っているようには見えなかった。


「そう……私が唯一楽しいと思うのは、あなたがこの世界で足掻いているところを見ているときなのよ。見ていなくても、常に情報が頭に入ってくるのだけどね」


 ――どうして、そこまで。


 ゲームの中だからこそ共通の話題を持って話すことができた。俺自身には何の面白みもないと思っていた。


 魅了が切れたあとも、みんな俺に興味を無くすと思っていた。話せばすぐにぼろが出て、退屈だと思われる。


 けれど、そうはならなかった。俺が思っていたよりも、周囲は話下手な俺の言葉を待っていてくれたし、俺のペースに合わせてくれた。


「まあ、あなたは交渉スキルの恩恵とはいえ、赤ん坊の頃に魅了に頼りきりだったのは確かね。けれどね、あなたが彼女たちに誠意を持っていなかったら、いくら魅了されていても、スキル経験値の授受を行っただけで好感度が上がったりしないの。あなたがスキルを手に入れることを本気で喜んで、彼女たちに心から感謝したからこそ、今があるのよ。スキルのために利用しているなんて欠片でも思っていたら、こうはならないわ」


 女神が俺に肩入れしてくれる理由は、俺に共感を覚えたから――信じがたいことだが、彼女自身の言葉をありのままに信じるなら、そういうことになる。

 しかし、俺の気持ちを楽にするために言ってくれているのかもしれないが……彼女が言うほど俺は純粋じゃない。


「……最近は、もうスキルが上がらないから採乳しなくていいって思うこともあるよ。それは、誠意があるとは言えないんじゃないかな」

「マールギットのことね。あなたも遠慮していないで、少しでも経験値が入るなら触れてあげればいいじゃない。騎士道なんてそれほど目に見える効果を発揮しないスキルでも、あなたは本気で欲しいと思っていたでしょう? 極度にスキルが上がりづらくなっても、そのときはそのときで、彼女が望むことなら叶えてあげたいと思っているはずよ」


 そんなことはない、スキルにだって俺は順序をつけている。

 その証拠に、俺は神聖剣技スキルを欲しがって……初めは俺を警戒していたフィリアネスさんに、何度も……。


「……それもそうね。少しくらいの罪悪感は、代償として払うべきでしょうね」

「そう言ってもらった方が気持ちが楽になる。俺はいつか、フィリアネスさんに責められた方がいいんだ」

「何度も繰り返すけれど、そんなことは、あなたが一方的に決めることじゃないわ。これまでのあなたとの時間を考えて、それが魅了から始まったとして、否定されるべきものなのかどうか。聖騎士がどんな答えを出すのか、あなたももう気付いているはずよ」



 ――あ……それ、今話しちゃう? うん、それは思ってたよ~。



 マールさんはいつもののんびりした話し方で、そう言った。それはきっと、マールさんだけじゃなく、他の二人も気がついていることを意味していた。


「……なんて、あなたの行動を正当化してばかりいても、面白くはないわね。私はあなたが罪悪感に苛まれている様子を見るのも好きなのよ。リオナに引け目を感じて、献身的にしているのは、あまり面白くはないけれどね」

「やっぱり……リオナのことが、気に入らないって言ってるようなものじゃないか」

「私のことを、ひどい女だと言ってもらって構わないわ。私の気に入った人間が、他の人間に尽くしているところなんて、あまり見ていて気持ちのいいものじゃないのよ」

「じゃあ……俺が他の女の人からスキルをもらってるときも、あまりいい気分じゃなかったとか……?」


 話しているうちに、その答えに行き着く。女神は微笑むばかりで何も言わず、頷くこともなかった。


「そろそろ、あなたを元の世界に戻してあげないと……気付いていなかったでしょうけど、あなたは今、精神体の状態なのよ。あなたの精神だけをこちらの世界に引き寄せているから、元の世界のあなたは眠っているように見えているわ」

「……それはまずいな。ルシエたちに心配をかけてそうだ」


 しかし……精神体か。さっき感じた鼓動や熱は本物だと思えたが、俺たちが精神体同士だから、触れ合えたってことになるのか。

 物質としての身体がないからこそ、これほど女神を美しいと思うのだろうか。


(……前に会った時は、気が付かなかったな。女神って、こんなに……)


「お世辞は年中言われなれているわ……でも、いちおう受け取っておきましょう。私はそれくらいじゃ、情にほだされたりしないけれど」

「……そんなことは、期待してないよ。ちょっとしか」


 強がる気にもならず、俺は本音を口にした。女神のスキルが欲しい、そう思ったことを否定はできない。


「……ひとつ言っておくけれど。ご褒美は、私の固有スキルというわけにはいかないわよ。精神体同士での採乳は、それこそ、融け合うような経験でしょうけど……」

「や、やっぱりダメか……そうだよな。さすがに、都合が良すぎるよな……」


 しゅんとしてしまう俺。そんな俺を見て、女神は苦笑する。


「仕方のない子ね……ちょっと甘やかしてあげたくらいで、そんなになついちゃって。私があなたの幼なじみにしたことをもう忘れてしまったの?」

「忘れないよ。でもそれは、俺が……いや。俺がリオナと一緒に、向き合っていくことだから」

「……それこそ、けなげだというのよ。いいえ、これが……の弱みというものなんでしょうね……」


 女神の言葉の一部は聞き取れなかった。彼女は俺に近づき、額にかかる髪を分けて、自分の額を触れ合わせる――やはり、俺は全く身構えることができない。


「あなたの望みは分かっているわ。これまでお世話になった人たちに、お礼をしたい。というよりは、自分のパーティメンバーに、同じように限界突破をして欲しいのでしょう? けれど、ユィシアのミルクを飲んでもらうのは気が引ける……独占欲、というやつね」

「……そこまで見事に言い当てられると、何とも言えないな。自分の器の小ささを思い知らされる気分だ」

「ユィシアは私が作った生命の中でも、最強に類する種族……私も、娘を見るような気持ちで見守っているわ。あの子があなたを抱っこしてエネルギーをあげているのを見ると、大きくなったわね、と思うときもあるのよ」


 女神の容姿だけを見れば、そんな母親のような感想を抱くような年齢には見えない。初めて出会った頃のフィリアネスさんと同じか、少し年上といったところだ。

 しかし彼女が感じさせる包容力は、これまでに最も慈愛に溢れていると感じた人物――サラサさんよりも、さらに上だと感じる。比べようもないが、女神の前に居ると、全ての不安を忘れていく。


(……元から、不安なんてそうはないけどな。これは、気の迷いだ)


「強がらなくてもいいのに……いえ、そんな言い方をしたら嫌われてしまうわね。名残惜しいけれど、そろそろ時間よ。あなたが今、最も望んでいるスキルをあげる。『スキルを与えるためのスキル』をね」

「そ、そんなものが……本当に、あるのか……?」

「ええ。『授印』というスキルよ。私は洗礼の儀式で呼び出されると、男性なら腕、女性なら胸元に触れて、『刻印』を刻みこむの……そうして、王統スキルを与える。ルシエが元から王統スキルを持っているのは、彼女が本当の意味で、生まれながらの王族だから。けれどジュネガン公王家は、スキルの有無ではなく、刻印の有無で王族かどうかを判断する……スキルを鑑定できる人がいないから、そうするしかないのよ」


 生来の王族……そうだったのか。西王家の血を引く者は、血統によって王統スキルを継承するのかもしれない。


(授印……女神が持っているスキルってことなのか。他にも未知のスキルを持ってるのか……?)



 ◆ログ◆


・《名称不明》のステータスを見ることが出来ない! 何らかの力で妨害されている。



「私のステータスを見ようとしたのね……私には知覚できるわよ。でも、見えないでしょう?」

「ご、ごめん……どうしても気になって」

「私がどんなスキルを持っているのか……気になるでしょう。ひとつ言っておくと、私から手に入れられるスキルは『神性』よ。けれど、今のあなたにはまだあげられないわ」

「い、いや……俺は、神になりたいとは思ってないよ」

「神になれるところに手が届いている……そんな物言いね。神性を獲得したら、確かにそういうことになるものね。いいわ、出来るものなら、私に交渉してみなさい。私のスキルは、簡単には渡せないけれど」


 スキルで、出来る限りのことをする――それを女神も認めてくれている。ならば、応じなければ交渉スキル使いの名が廃る……!



 ◆ログ◆


・あなたは《名称不明》に「依頼」をした。

・《名称不明》は笑っている。

・あなたは《名称不明》に「交換」を申し出た。

・あなたは《名称不明》の要求に釣り合うものを所持していない。

・あなたは「魅了」スキルをアクティブにした。

・「魅了」が発動! 《名称不明》は耐性により無効化した。

・あなたは「魅了」スキルをオフにした。



 俺が持っているものは、女神に何かを依頼できる材料にはなりえない。

 彼女がくれるものを享受することしか出来ない――俺と女神の間には、交渉が成り立たない。

 しかし俺は、清々しい気持ちだった。交渉スキル110を超えても、まだ200までは遠い道のりだ。

 まだ届かなくても、いつかは……そう思うから、これからもたゆまなく、スキルを磨き続けてゆける。


「……選択肢も使ってみればいいじゃない。あなたのマナは、私が戻してあげる」


 そこまで手引きをしてくれるのか。選択肢は、今俺がするべきこと、有効な行動を指し示してくれる……それならば。



 ◆選択肢ダイアログ◆


1:何もしない

2:《名称不明》の「授印」を受ける

3:《名称不明》に「看破」を使用する



(……そうだ……さっきから、ログに表示されてる名前が……!)


 イシュア・メディア。そんな名前であるはずの女神が……名称不明になっている。

 「看破」を使えば、名前が分かるのかもしれない。しかし、無効化されたら――。


 一瞬迷っただけのはずだった。しかし気づくと女神が、今までにないほど真剣な眼差しで見つめている。


「……あなたはおとなしく、選んでいればいいのよ。ただひとつの選択を」


(自分で使えって言っておいて……めちゃくちゃだ……だけど……!)


 女神は俺のマナを回復すると約束した。それなら、まだチャンスは残されている。

 名前を知ったところで、どうなるものか分からない。ただ、イシュア・メディアという名前を、ログの上では伏せているだけなのかもしれない……でも。

 女神が、これほど警戒するのなら。「看破」は、彼女の核心に近づく情報を与えてくれる……!


「……こんなに無粋な選択肢が出てくるなんて。でも、選ばせないわよ……女神を甘く見ないで」


(――勝手に……選択肢が、選ばれる……!)



 ◆ログ◆


・《名称不明》はあなたに「授印」を施した。



「……んっ……」


(これって……首筋に、キス……?)


 女神の唇が首筋に触れる。そのしっとりとした感触と共に、熱い吐息が伝わる――。


「うぁ……ぁ……あぁぁぁっ……!」


 触れた場所が熱くなり、女神から何かが流れこんでくるのが分かる。狂おしいほどに全身が火照り始めて、目の前の女神の背中に手を回して、思うままに強くしがみついてしまう。



 ◆ログ◆


・あなたは《名称不明》から、「刻印」スキルを与えられた!

・《名称不明》はあなたの「刻印」スキルを上昇させた!

・「刻印」スキルが10になり、あなたは「【口づけ】授印」を習得した!


(刻印スキル……最初に取得できるアクションスキルが、授印……で、でも、口づけって……)


 俺は自分の身体の変化に翻弄され、当惑しながら、新たなスキルの名称を頭の中で反芻する。

 字面だけを見るならば、女神が今俺にしたようにして、スキルを与えるということになる。


「……スキル振りは、10まではサービスしてあげる。あなたのボーナスの振り方は、なかなか潔かったわ。これからも、後悔のない選択をして……そして、『本当の』私のところまでたどり着きなさい」

「っ……ま、待ってくれ! まだ、話は終わってないっ!」


 女神は止めようとする俺に取り合わず、俺の肩に手を置いて立ち上がると、唇に人差し指を当てて微笑む。


「……スキルの使用方法は、後でログを開いて確認しなさい。ひとつ注意しておくと、スキルは一人の相手に対して、一種類しか与えられない。本当に限界突破でいいのかは、その都度考えなさい」


 聞きたいことが山ほどある。最後の最後に出てきた疑問――『本当の』とはどういうことなのか。


 その答えに近づくことが出来るとしたら。それは女神が俺に使わせまいとしたスキルしかない。


「絶対に辿りつく……だから、その時はっ……!」


 目の前にいたはずの女神が、急速に遠く離れていく――俺は縋りつく思いで、スキルの使用を選択する。



 ◆ログ◆


・あなたは「看破」を試みた!

・しかし、範囲内に対象となる存在がいない。



(届かなかった……せっかく、女神の方から隙を見せてくれたのに)


 もう一度女神を呼び出しても、応えてはくれないだろう。次に会うまでは、どれだけの時間がかかるのか……。


 しかし、その時は。俺は交渉スキルを今以上に極め、女神の秘密を解き明かしてみせる。



 ――その時のご褒美は。あなたが望むものではなく、私があげたいと思うものをあげる。



 女神の声を最後にして、俺の意識は一度途切れる。

 俺が会ったのは、本物の女神じゃない――精神体。それなら、本物の身体を持つ女神が、どこかにいる。


(……もう、文句を言いたいわけじゃない。俺は……)


 女神がなぜ俺を転生させたのか。それに加えて、『本当の』彼女が、どんな状況にあるのか……。

 女神に会い、得たものもあれば、疑問も増えた。次に再会するまでに、後悔のないように準備をしておきたい。彼女と対等の位置に立ち、交渉するために。


※次回は明日21:00更新です。

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