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第二十八話 洗礼の儀式/遥かなる招待

※本日よりしばらく、毎日更新させていただきます。


 捕らえた捕虜の数、実に二百人弱。黒騎士団全体からすると一部ではあるが、団長であるヴィクトリアに付き従った団員たちは選りすぐりの実力を持つ者たちで、騎兵・弓兵・魔術兵・衛生兵のバランスも取れていた。工作兵を入れていないのは、昔からの騎士団のスタイルということらしい。


 つまり、敵はそれなりに強かったわけだ――俺たちが相手ということでなければの話だが。団長の実力からして、全く侮れるものではない。スライムをテイムして育成してなければ、かなりの力技で倒すことになっただろう。


 敵の男性、女性の比率はほぼ同じで、男女別々に山賊などを拘置するために作られた場所に入っていてもらうことになったのだが、フィリアネスさんが神殿の護衛兵に指示して、手際よくやってくれた。マールさんとアレッタさんも神殿から様子を見にきたが、捕虜の姿を見て、いかにも複雑そうにしていた。


「ヴィクター団長、あの鉄仮面が取れなくなってから団員の人たちにも心配されてたけど、こんなことになってたなんて……いやはや、ストレスは溜めちゃいけないよねって思いました」

「そんな軽い感じで流していいことじゃありませんよ。これから、黒騎士団の人たちはどうするんでしょう。ここにいる人たち以外は、団長たちの裏切りがあったことを知っているんでしょうか……?」


 黒騎士団がどうなるか、というのは俺も気にしている。グールドの命令でルシエを誘拐しようとしたことが公になれば、ファーガス王は黙ってはいないだろう。今まで公爵のはかりごとに全く気づかなかったのかどうかも、今の情報だけでは把握しようがないのだが。


「ひとつ明るい材料があるとすれば、ヒロトのスライムが、ヴィクター……ヴィクトリアの仮面を外してくれたことだ。人間の手では外しようのなかった装備を、スライムならば外せるというのは盲点だった。彼女に代わって礼を言うぞ、ヒロト」

「あ……い、いや。俺はその、あの女の人が吸魔の鎧ってやつを装備してると、厄介だなと思っただけだよ」


 実際に装備を外した順序は、吸魔の鎧のあとで悪の鉄仮面を流れで外したわけだが……その下に着ていたクロースアーマーを脱がせたのは、正当な行いとは言いがたい。なので、正直いつ指摘を受けるかと思っていたが、やはり俺は非難されなかった。ここまでくると逆にヴィクトリアに申し訳ない……感情に任せて脱がせてしまったが、本来は武士の情けで、辱めを与えるべきではないのだ。


 あられもない姿になっていたヴィクトリアは、外套にくるまれてマールさんに連行されていった。重要な捕虜なので、丁重な扱いをされることになるだろう……俺も後でもう一度話をしておきたい。


「ギルマス、先ほど吸魔の鎧などのドロップ品をインベントリーに回収していましたけれど……他に、何か変わったものはありましたか?」

「いや、無かったと思うけど。あとで調べてみようと思ってたけど、今出した方がいいか?」


 ヴィクトリアから外した装備は、適当に回収して背中のリュックサックに入れておいた。インベントリーの容量が見た目より大きいとはいえ、さすがに吸魔の鎧一式はアイテム欄を圧迫するので、後でどうするか考えなければならない。売るのはもったいないし、ヴィクトリアに返すのも危険がともなう。


 考えている俺をよそに、ミコトさんは別のことを気にしているようだった。


「……い、いえ、そういった方も見たことはありますから、普通だとは思うのですが……」

「え……普通って、何のことだ?」



 ◆ログ◆


・《ミコト》はつぶやいた。「着物の下につけないというケースもありますけれど、騎士の方にもそういった文化がありますのね……」


 ミコトさんは答えずに、ログにつぶやきだけを残して行ってしまおうとする。これからルシエの洗礼が行われるのに、見に行かないんだろうか。


「ミコトさん、神殿には行かないのか?」

「ええ。私は、首都での祝祭のときにルシエ殿下を見られれば十分ですわ。ギルマスと一緒に行って、あなたがでれでれしているところを見るのも、あまり気分が良いとは言えませんし」

「えっ……み、ミコトさん……」

「私は景色のいいところを探してきますわ。スクリーンショットは撮れませんが、心の中には残せますから」


 ミコトさんは指を二本立てて頭の横で振ると、それを挨拶として今度こそ立ち去ってしまった。まあ、パーティから外れたわけじゃないし、元から自由を好む彼女を束縛する気もない。


「ヒロトちゃんとミコちゃんは、相変わらず仲良しですな~。ちょっと妬けちゃうよね、アレッタちゃん」

「そうですね……い、いえ、そんなことで妬いていたら、私はとっくの昔に炭になってます」


 あ、アレッタさん、そんなに……俺は女性の気持ちに疎すぎるな。もっと敏感にならないと、いつかみんなに愛想を尽かされてしまいそうだ。


「罪作りなものだな……ヒロト、私たちは護衛兵とともに、捕虜を監視していなければならない。神殿に行き、ルシエの洗礼に立ち会ってやってくれ。神官長が言っていたぞ、ヒロトはまだ幼いので、男子でも神殿の奥に入ることができると」

「っ……う、うん。わかった、行ってくるよ……ふもっ」


 ファムさんとアイラさんとのことがバレたかと思ったが、そうでもなかった――そして、フィリアネスさんに正面から抱きしめられ、胸に顔をうずめられた。戦闘を終えて装甲を外していた彼女の胸は、俺の顔を余すところなく申し分のない弾力ではさみこんでくれる。


「ボルトストリーム・トマホークか……良い技だな。私は魔法剣にボルトストリームを使おうと思ったことはなかったが、ヒロトの技を見て心が踊った。何事も、試してみるものだ」

「お、俺も……ミラージュアタック、凄くかっこいいと思って見てたよ。フィリアネスさんはやっぱり強いや」

「うむ……私はもう、お前にはかなわないと思っているのだがな。そろそろ、今の限界を超える糸口を探さなければ、置いて行かれるばかりだろう。今のままで終わるつもりはない……それは、覚えておいてほしい。お前の隣がふさわしい騎士になれるよう、努力しよう」


 急にそこまでのことを言われると思っていなくて、俺は呆然としてしまう。嬉しいことを言われていると頭でわかっていても、急にどうしたんだ、と心配になる部分もあった。


(限界……そうだ。フィリアネスさんのスキルはもう100に近いものが幾つもある。マールさんもそうだし、ミコトさんは既に複数スキルがカンストしてる)


 ユィシアのドラゴンミルクを提供すれば、限界は限界ではなくなる。ユィシアが同意してくれたら実現できることだが、それ以外の方法も模索してみたいという気はする。


(採乳は女性からスキルをもらうスキル……男からスキルを与える方法は、何かあったりしないだろうか?)


 俺が「指導」スキルを使ったとして、既に相手が習得しているスキルを上げられるだけで、新規のスキルを覚えさせることはできない。現実的じゃないか……でも、それが出来ればみんなに恩返しできるしな。無理だと決めつけずに、方法を探してみたい。


 スキルがカンストして上がらなくなった状態で経験値が入ると、どれくらい『勿体ない』と感じるか……カンストが当たり前のゲームですら、まだカンストしてないメンバーが成長していくのを見て、少しうらやましいと思うこともあったものだ。このままだと、フィリアネスさんたちもそういう気持ちを味わうことになってしまう。


「……人の胸の中で考え事をするというのは、あまり良くないくせだな。それとも、私の胸はそれほどに慣れてしまったということなのか?」

「あ……い、いや、そうじゃないよ。フィリアネスさんに隣にいたいって言われて、嬉しかったんだ」


 フィリアネスさんはすごく嬉しそうに微笑んでくれて、俺の頬を撫でてくれた。このまま二人だったら、キスでもしてもらえそうなそんな空気だったが――あいにくマールさんとアレッタさんが熱視線を注いでいる。


「む……こ、こほん。ヒロト、洗礼が終わったら私たちはすぐに首都に向かわなければならない。一刻も早く出発する必要があるが、ルシエはきっと、ヒロトを待っているはずだ。彼女の儀式を見届けてやってくれ」

「うん、わかったよ。マールさんとアレッタさんも、またあとでね」

「はーい。私もハグしたかったけど、あとに取っておいても、それはいいものだしね。ね、アレッタちゃん」

「は、はい……いいんでしょうか、そんな。でも、遠慮していてもさみしいですからね」


 フィリアネスさんは二人を出し抜いてしまった気分なのか、少し気恥ずかしそうにしていた。俺としては彼女に抱きしめられるのは最大級のご褒美なので、余韻が抜けきらずに足元がふわふわとしていた。



◇◆◇



 神殿は村から山門を出て、山の縁を円を描くようにして登った先にあった。石作りの、ギリシアの神殿のような荘厳さを感じさせる建物だ。


 護衛兵二人に頭を下げて中に入っていく。足音の反響する回廊を抜けると、驚くほど広い空間が広がっている――ゲーム時代はそれほど大きさを感じなかったのに、こうして目にすると「洗礼の祭壇」のある広間は圧倒されるほどのスケールだった。


 見上げると、円形のドームのようになっている。階段を降りていった先にプールがあり、その中央に円形の舞台があって、その上にルシエと神官長姉妹、そして傍らにはイアンナさんが正座をして控えている。石床の上で正座……よく我慢出来ているものだ。意外に根性があるんだな、と見直してしまう。


 物々しい雰囲気に、俺は近づいていいのかも迷うほどだったが、ファムさんは俺の姿を認めると声をかけてきた。


「ヒロト様、よくぞいらっしゃいました……ルシエ殿下のたっての希望で、あなたさまがいらっしゃるまでお待ちしておりました」

「セーラと比べれば劣りますが、私と姉も全霊を込めて、神歌を奏上いたします」

「うん。俺は、ここから見させてもらうよ……こんなに近くでいいのかな」


 舞台のすぐ下から見上げる、アリーナ席のような位置。ライブなんて行ったのは前世での幼い頃に親に連れられて行った一回だけだが、その時の感覚を思い出す。舞台の上の歌手が、とても眩しい存在に見えたものだ。


 そして――円形の舞台の中央で跪き、祈りを捧げていたルシエが、立ち上がってこちらを振り返った。


 一歩ずつ歩み寄ってくるその姿を見て、俺は言葉を失っていた。

 出会ってからここまで、俺はルシエのことを、どれだけ見目麗しくはあっても同じ人間なのだと思っていた――しかし。


 洗礼を受けるための衣装を身にまとったルシエは、目に映る風景の現実感が失われるほどに美しかった。

 胸のうちから広がった感情が、ぞくりと俺の全身を震わせる。


(……こんなに……衣装ひとつで変わるものなのか)


 瞬きをすることさえ忘れていた俺を、ルシエはじっと見下ろしていたが――その頬に赤みが差して、ようやく俺は、彼女が現実の存在なのだと受け止めることができた。


「……ヒロト様、そして皆さんに護衛していただき、ここまで無事に来ることが出来ました。洗礼の前に、謝意を述べさせていただきます。本当に、ありがとうございます」

「……ありがとう。今は、みんなを代表して受け取らせてもらうよ……いや。受け取らせて、いただきます」


 敬語は使わないでほしいと言われたが、今だけは必要だと感じた。

 敬うべき存在を敬う。しきたりや掟を重んじる人の気持ちが、今になってようやく分かった――敬うという気持ちは、尊敬の対象に対して距離を置くということではない。憧れを態度に表すのは、当然のことなのだ。


(憧れ……か。でも、本当に、それくらい綺麗だ……)


 リオナやミコトさんが居たら、普通に頬をつままれているだろう。しかし赤くさらりとした髪に宝石をちりばめたティアラをつけ、ユィシアが纏っていたもののような透ける薄衣をまとったルシエは、高くから降り注ぐ細い光をいくつも浴び、舞台を囲う水面に反射するきらめきを纏って、神々しいとしか言いようのない輝きを放っている。


 白い肌に、まだ女性らしさが芽吹きかけたばかりの身体の曲線。俺の視線を受けて頬を染めながら、彼女は薄衣のみを纏った身体を隠そうとはしない。なぜ男子禁制なのか、それがとても良くわかる――もし俺と同じ十歳より下の少年が他にいても、とても見せられない、見せたくはないと思う。


「……いかが……でしょうか。この服は……一生に何度も、着ることがないのですが……」

「す、すごく似合う……っていうのもあれだな。肌が透けちゃってるし……」

「い、いえ……そういったことはお気になさらないでください。女神の祝福を受けるには、本当は何一つ身につけてはならないと言われているのです。今は、こうして服を着ても良いことになっていますが」



 ◆ログ◆


・《ファム》はつぶやいた。「……その場合は、私たちも裸身を見せることになります」

・《アイラ》はつぶやいた。「ヒロト様だけにならば、お見せすることは厭いませんが……」



(神聖な儀式を、決まりに従って裸で行うのは何ら間違いではない――そうなると俺も裸にさせられるのか。いや、俺は服を着て落ち着いた気持ちで、みんなのことを純粋な気持ちで見ていたい。届け、俺のピュアハート)


「あ、あの……ヒロト様。数年前の方式にならい、やはり服を着ない方が良かったでしょうか……?」

「い、いや……俺は何も考えてないよ。ルシエのその格好はきれいだと思うし……」

「っ……そ、そんなふうに思っていただけていたのですね……遠い目をされているので、何か間違えてしまったのかと心配してしまいました」


 簡単に放心状態になってはいけないな……何がピュアハートだ。自分だけは服を着ていたいなんて、それはただの保身ではないか。そうだ、俺も半分透けた衣装を着させてもらおう。って、もうそれはいいか。


 しかし恥じらう姿も絵になっていて、もう俺は、視線を別のところに向けるしかなくなってしまう……ヴィクトリアと戦ってからだ、こんな気持ちになってしまうのは。俺の中で何かが目覚めようとしている。いくら綺麗だからって、十歳の女の子に対してもそんな気持ちになるのは、ギルティな気がしてならない。



 ◆ログ◆


・《イアンナ》はつぶやいた。「ヒロト様、姫様の衣装を見てあんなにも顔を赤くされて……ふふっ、やはり女は度胸、勝負衣装は冒険するに限りますわね。このイアンナ、衣装の布地を例年より薄くしておいた甲斐がありましたわ」



 イアンナさんとミコトさんは二人ともお嬢様口調だが、違いがはっきりしているように思うのは、心が綺麗かそうでないかの違いだろうか。しかし今のイアンナさんは、良い仕事をしたと言わざるをえない。


「それでは、儀式を始めさせていただきます。ヒロト様もルシエ公女殿下と気持ちをひとつにされるおつもりで、女神に祈りをお捧げください」

「……ヒロト様がそうしてくだされば心強いですっ」


 ルシエは恥ずかしさを押し切るようにして言うと、先ほどまでそうしていたように、舞台の中央に膝をつき、両手を合わせて祈りはじめた。


 そして、シン、と祭壇の広間に静寂が満ちる。耳を澄ますと、水の音だけが聞こえる――その中で、ファムさんがルシエの前に立ち、その頭に両手をかざしながら、儀式の始まりを告げる。


「――世界を創造せし、全ての根源たる女神イシュア・メディアよ。ジュネガン公王家の血を引く者に祝福を与え、王家の一人として認められしことを、唯一の印にて刻み込みたまえ」


 天井からの光、そして場を包み込んでいた淡い光が交じり合い、ファムさんの身体を介して、ルシエに移されていく。


(この光が、女神の祝福……なのか……?)


 やがてファムさんは女神を讃える歌を歌い始める。世界を創り、すべての命をで、見守り続ける女神への感謝――その歌の調べに合わせて、アイラさんが踊り始める。その舞いにはほとばしるような感情が込められ、肌を露わにした衣装もあいまって妖艶にも映るが、見ている俺の心はどこまでも静かなままだった。その歌と舞いは神に捧げる以外の目的は一切なく、男の目を惹こうとするものではないからだ。


(これが洗礼の儀式……心地良い声だ。光の中で踊るアイラさんも……きれいだ……)


 やがてルシエが立ち上がる。そして何をするかと思えば――俺の方を見つめながら、衣装の胸元を開く。


(っ……な、なんだ……!?)


 思った以上に膨らんでいる胸の谷間に目を奪われる。しかしルシエは今度は恥じらわず、目の前の中空を見つめて、何事かをつぶやいた。



 ◆ログ◆


・《ルシエ》はつぶやいた。「思ったよりも早かったわね……さすが、と言ったところかしら」



(っ……違う……この話し方はルシエじゃない……!)



 ◆ログ◆


・何者かの呼ぶ声がする……。

・あなたの足元に、転移の魔法陣が発生した!



「ルシエっ、みんなっ……!」


 目の前が光に塗りつぶされ、白一色に染まっていく。その中でも神官の姉妹は意に介さず、歌い、舞いつづける。ルシエの瞳も、俺を見てはいない――彼女は今、『彼女ではない』のだ。イアンナさんはこの場の空気にあてられでもしたのか、その場に倒れ伏していた。



 ――ようこそ、ヒロト。私のところにおいでなさい――。



 覚えのある声が頭の中に響く。転移が始まったことを告げるログが流れ、足元の床を踏んでいる感覚が突如として消える――。


 目の前の光景が急速に遠のいていく。次に広がるだろう光景がどんなものか、俺には既に想像がついていた。


※次回は明日、21:00に更新いたします。

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