第二十七話 イシュアラル攻防戦/暗黒の騎士
夜が明け、空に太陽が姿を現し始める。
イシュアラル村を見渡す見張り台の上で、俺はいかにして村を守りぬくかを考えていた。こちらの戦力が敵に劣るということはまずないが、村に侵入されてはまずい。火矢を放たれるというのも考えられるので、村の被害をゼロにするには、村から離れた場所で戦闘を行う必要がある。
この村は高台の上にあり、木で作られた柵で円形に囲われている。柵の外はそれなりの高さの崖になっているので、簡単には侵入できない。自ずとして、労力を少なくして村に進入するには北側、西側に作られた門をくぐる必要がある。
南側、東側は山なので、そちら側から村に侵入しようとすると、危険度の高い森を抜けることになるし、獣道しかないので馬で通過するには時間がかかる。敵が馬を使うかは分からないが、さんざん山賊のふりをした騎兵と戦ってきたので、移動には馬を使うと予測していいだろう。ちなみに村の南東に神殿があるが、村から神殿に入る経路は一つしかないし、神殿の護衛兵は弓を装備しているので、村を占拠されて兵糧攻めでもされない限りは、神殿が陥落することはない。
(……とまあ、いろいろ考えはしたが。敵が目標に辿りつく前に叩く、それだけで上手くいくんだよな)
エターナル・マギアにおけるギルド対抗戦には幾つかルールがあるが、そのうちの一つに『ドミネーション』というものがある。それは百人ずつで陣地を取り合うというもので、敵が侵入してくる経路を先読みして妨害したりするのは基本戦術だ。
応戦できる人数は俺、フィリアネスさん、ミコトさんの三人で、マールさんとアレッタさんは神殿で守備についている。対して、敵は数百人で来てもおかしくない。異世界では人数制限がないので、千人以上を相手にしなければならない場合もありうるわけだ。
(しかし、空から攻めてくる、なんてことは無いだろうから……敵が人間だと助かるところだ)
法術士はスキル80から短距離転移の魔法を使えるようになるが、そんな使い手はそういないだろう。俺は名無しさんがそこまで成長するのを楽しみに待っている。そうすれば、彼女の手ほどきで俺のキャップも解放してもらえるようになるからだ。いや、あらぬ方向の意味ではなくて。
「ギルマス、いけませんわね。既に敵の姿が見えているというのに、その落ち着きよう……油断しては足元をすくわれますわよ」
見張り台の上にミコトさんが登ってきて、少し呆れたような顔で言う。俺も特に緊張感があるわけでもないが、敵の姿を見落としてはいないので、ただ笑って頬をかいた。
そう、実は敵の姿がかなり遠い位置だが、この見張り台からすでに見えている。敵は北東から村に向かって開けた道を通ってきており、川に渡された石橋の向こう側で、橋に仕掛けがされてないか調べているところのようだった。状況から推察しただけだが、まあどちらでもかまわない。敵がすぐ橋を渡ろうとしないのは、こっちにしても好都合だからだ。
「それじゃ、行こうか。なんか、簡単すぎて拍子抜けだな」
「地形が私たちに味方しすぎていますものね……まあ、村に続く坂に丸太を転がす罠を仕掛けたり、落とし穴を掘ったり、馬防柵を立てたり、橋を渡ろうとして真ん中に来たところで両端が切れるよう工作したり、ゲーム時代のギルマスだったら、それくらいのことはしていたと思うのですが」
「それだけやっても進軍を止められないくらいの、凄まじい突破力のギルドばかり相手にしてたからな。こっちに来てからは、『手を尽くす』ってことを、まだ敵がさせてくれないんだ。人間を相手にした場合の話だけど」
「……人間以外で、ということは、強ボスと戦ったんですのね。私以外の誰かとパーティを組んで……?」
ミコトさんは微笑んでいるが、その声には言外のニュアンスが込められている。
――私がいないところで、そんな楽しいことをしていたんですの?
そんなことを、ゲーム時代は何度も言われた。彼女のログイン時間は俺より短かったから、俺は常にミコトさんと一緒にいたわけじゃないし、全てのボスと一緒に戦ったわけではない。
「俺と一緒にいれば、面白いことはいくつも起こると思うよ。俺は、みんなには穏やかに暮らしてほしいけど……俺自身は、『攻略』をやめるつもりはないんだ」
「……それは、あなたが攻略を続ける限り、傍にいて支えてほしいと言う意味ですか?」
「ま、まあ……って、ごまかしてもしょうがないな。そうだよ、ミコトさん」
遠回しに言って勿体つけても仕方がない。せっかく見つけた仲間で、信頼できる人物。
――そして忍術スキルを持っている、この大陸では稀有な存在。っていうのはさておいて。
前世の俺が、彼女を初めてパーティに誘った時のことを思い出す。その頃、俺と彼女の狩場がことごとくかぶっていて、魔物の取り合いになったり、ボスのとどめを競うことがあった。
そんな無言のライバル関係が数週間くらい続いたあと、俺と彼女は偶然に、連携して互いのピンチを救ったことがあった。そのとき俺はさすがにお礼を言わないわけにはいかないと、『thx』とキーボードを叩いた。
「もう一回、改めてミコトさんをパーティに誘うよ。もうパーティインはしてるけどな」
「……『お礼にはお呼びませんわ』……と、ミスタイプしてしまいましたわね。前世で、初めてパーティを組んだ時は」
「ははっ……だったな。ミコトさんはけっこう、打ち直すのに時間がかかってたみたいだけど」
「そ、そのときは……まだブラインドタッチが苦手だったのですわ。確認しながら打ち込んでいたら、時間がかかってしまいました。ソロプレイなら、ほぼ無言でも大丈夫でしたもの……」
ミコトさんは言いながら、先に梯子を降りていく。俺も下に降りると、そこにはフィリアネスさんが待っていた。武装を済ませ、腰には『貫きのレイピア+4』を帯びている。
朝焼けの中で金色の髪が微風にそよぐ。綺麗だ……戦いに向かう前だっていうのに、思わず見とれてしまう。
胸の部分に装甲をつけないスタイルは少し変わって、右胸部分だけ広く作った装甲が覆っている。特注の鎧だ……武具のデザインカスタマイズも出来るのが、ゲームと異世界の違いだ。
左胸部分の乳袋が何か固そうに見えるのは、下に着ているコルセットがしっかり作られているからだろう。今までの柔らかそうな感じもよかったが、これはこれで……と、いつまで彼女の鎧に見入っているんだ。
「ふぃひアネスさん……み、ミコトふぁん?」
いきなりほっぺたをつままれてしまった。ミコトさんはぺろ、と舌を出す……フィリアネスさんに見とれてたから、ってことか。
「なんだ、和気藹々としているのだな……そろそろ、敵が来る頃合いではないのか?」
「聖騎士さんは肌で気配を感じていらっしゃるのですわね……素晴らしいですわ。私たちも見張り台の上から、北東に敵の姿を見つけましたわ。まだ少し距離がありますけれど」
「ああ、迎撃に出よう。二人とも、準備はいいか?」
「無論だ……しかし、一つだけ、二人に頼んでおきたいことがある」
フィリアネスさんは敵がいる北東に厳しい視線を向けたあと、俺たちに向き直って言った。
「……敵を率いているのが、黒騎士団の団長だったときは、私に任せてほしい」
「……それは……」
「私とは、騎士学校時代に面識がある。いや……向こうにとっては、因縁と言ってもいいだろう。ヴィクター・ブラックは、自らの部下が私によって倒されたことを理由に、必ずどこかで私の首を取りにくる。道理が通らないと思うかもしれないが、私が知る限りでは、奴はそういう人間だ」
「ヴィクター・ブラック……」
「いかにも黒騎士という名前ですわね……」
◆ログ◆
・《ミコト》はつぶやいた。「敵の首領の首を取るのが忍者の本懐……疼いてしまいますわね」
(や、やっぱり……戦闘狂のうえに、いきなりボス狙いが信条だもんな、ミコトさんは)
なんとか踏みとどまってほしい、と隣に立っているミコトさんの服の裾を引く。彼女は俺を見下ろして微笑む……大丈夫そうではあるが、「戦闘狂」のパッシブのせいで抑えきれなかったらと思うとやはり心配だ。
「私は聖騎士として、ヴィクター自らがルシエに仇なそうとしたと分かったとき、奴を斬らなければならない」
「……分かった。でも、できれば黒騎士団の団長には生きていてもらった方がいい。手加減しきれない相手なら仕方がないけど、なるべく生かして捕虜にしてくれ」
「捕虜はいらんぞ……と言ってもらった方が、テンションは上がるのですが。ギルマスの指示とあれば、従わなくてはなりませんわね」
「ああ……でも、自分の命を一番大事にしてくれ。そのためなら、どんな手段でも使ってほしい。矛盾したことを言ってると思うけど、俺にとって大事なのは、敵の命じゃなくて、二人の命なんだ」
それだけは断言しておく。もちろん俺も、二人が手を下さなくとも、身の危険が迫るなら敵に容赦はしない。
(だけどそれじゃ、恨みが連鎖するだけだからな。グールドを潰すところまでいくか、それとも、大人しくさせるだけの状況を作り出すか。どちらにせよ、この戦いが鍵だ)
「そろそろ行こう、二人とも。敵が兵力を分けてくれると厄介だ……その前に叩く」
「うむ。敵が例のごとく、山賊のふりをしてくれていると良いのだがな」
「同じ騎士団の仲間だと知ったうえで戦うのは、御免だということですか?」
ミコトさんの質問に、フィリアネスさんは苦笑する。そして、肩にかかる金色の髪を撫で付けながら言った。
「騎士として誇りをかけて戦うのならば、私は容赦するわけにはいかない。山賊ならば、私は本気を出す必要がない。それだけの話だ」
(……この人だけは、絶対に敵に回したくないな)
フィリアネスさんの中に敗北の文字はない。同じ敵の相手をするなら、本気を出さない方が『敵にとって良い』と思っているのだ……全くもってそのとおりだろう。
彼女に本気を出させられるとしたら、敵のリーダーが黒騎士団長だった場合だろう。フィリアネスさんに因縁のある人物のようだから、彼女が『出てくるかもしれない』と言うなら、出てくるのだろう――そんな気がしていた。
◇◆◇
村の門を開かず、村人だけに知らされた出入口から外に出ると、俺たちは林の中を走り抜け、敵のいる場所まで走った。
朝の森の空気はひんやりとしている。その中で俺たちは息を潜め、橋を渡りきった敵の集団を視界にとらえた。予想していた通り、ぼろぼろの外套をまとって馬に騎乗している――数は五十騎と言ったところか。
「……斥候のつもりだろうか。まだ、橋の向こうに本隊が残っているな……人数は、二百人と言ったところか」
「五百人の暮らす村を、二百で制圧しようと考えたのですか……騎士団員と村人の能力差を考えれば、それくらい甘く見られても仕方がありませんけれど」
「ヒロトにはここで見ていてもらおう。あの、勇ましい雄叫びは使えるか? あれを聞くと、いつもより力が増すように感じるのだが……」
「ああ、『戦士の雄叫び』だね。俺も戦うよ、フィリアネスさん」
「背中は任せる。ミコト殿はどうする?」
ミコトさんはにっこりと笑う。戦場だというのに、彼女の仕草は優雅で、上品さを感じさせた。
「ギルマス、私はいつも通りの役割でよろしいですわよね?」
「うん、頼んだ。おもいっきりやってくれ」
『後衛殺し』のミコトさんには、隠密からの奇襲をお願いする。ギルド時代も、ミコトさんは敵地の奥深くに入り込んで、間接攻撃や補助を担当する敵を効果的に倒してくれていた。
◆ログ◆
・《ミコト》はつぶやいた。「空蝉の術……もとい、木の葉隠れですわ」
・《ミコト》は「木の葉隠れ」を発動した! 《ミコト》の姿が見えなくなった。
俺たちは武器に手をかけ、その時を待つ。カウントを担当するのは俺――それは、フィリアネスさんも、俺をリーダーとして認めてくれている証だった。
(3、2、1……GO!)
「うぉぉぉぉぉっ!」
◆ログ◆
・あなたは「ウォークライ」を発動させた!
・パーティの闘志が昂揚する! あなたの攻撃力が一時的に上昇した!
俺の叫びを合図として、全員が動き出す。敵が面食らっているうちに、フィリアネスさんは電光石火の速さで肉薄し、敵集団に向かって技を繰り出した。
「――はぁぁぁっ! ライトニング・ミラージュアタックっ!」
◆ログ◆
・《フィリアネス》は「魔法剣」を放った!
・《フィリアネス》は「ライトニング」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「ミラージュアタック」を放った! 「雷光幻影剣!」
「なんだっ……う、うぁぁぁぁっ!」
「聖騎士っ……ほ、本当に出てきていたのかっ……!?」
(……華麗としか言いようがないな)
ミラージュアタックは一人に対して繰り出すと最大の攻撃回数は四回だが、範囲内に他の敵がいる場合、複数の敵に攻撃が分散する。見ているこちらからすると、蜃気楼のように、フィリアネスさんの身体が半透明にゆらぎ、分身したように見えていた。
「うぐぁっ!」
「がはっ!」
ほぼ同時に、四人の敵が倒れる。フィリアネスさんの姿は瞬きのうちに一つに戻り、彼女はすかさず次の技を繰りだそうとする――連携技でなければ、個々の技を使ったあとにクールタイムが必要になるが、彼女は全く苦にしていないようだった。
(うかうかしてると、俺の出番が全くなくなるな……っ!)
斧を取り出して、俺はフィリアネスさんから離れようとする残りの敵に目を向ける。一人残らず、突破させるわけにはいかない――弱いものいじめをしているようだが、俺たちにとっては弱い敵でも、村人にとっては脅威に値する存在なのだから、見逃してやるわけにはいかない。
「雷の精霊よ、我が斧に宿り、大気を駆け抜け、敵を薙ぎ払え……ボルトストリーム・トマホーク……!」
「っ……ヒロト、私の魔術を、一度見せただけで……っ」
◆ログ◆
・あなたは「魔法剣」を放った!
・あなたは「ボルトストリーム」を武器にエンチャントした!
・あなたは「ブーメラン・トマホーク」を放った! 「天翔落雷斬!」
――それは自分でも、試しにやってみたらどうなるか、というテストではあった。
「斧を投げた……? ハッ、明後日の方向に飛んで行きやがる……」
「ち、違う……斧が……斧から、魔術の雷がっ……う、うぁぁぁぁっ!」
俺の投擲した斧は、騎兵が逃げる速度を遥かに上回っており、追いついて上空を通過する――そして、彼らに容赦なく落雷を浴びせた。斧が飛ぶ軌道の下に入った敵は、根こそぎ落雷を受けてダメージを受け、追加効果で麻痺し、無力化する。
◆ログ◆
・《ミコト》はつぶやいた。「もはや歩く攻城兵器ですわね……私も、負けては居られませんわ……!」
・《ミコト》は「当て身」を繰り出した!
・クリティカルヒット! 《ロレンス》に756のダメージ! 《ロレンス》は昏倒した。
・《ミコト》は「吹き矢」を放った!
・《ソーニャ》の詠唱を妨害した!
・《ソーニャ》に94のダメージ!
・「眠り」の追加効果が発動! 《ソーニャ》は抵抗に失敗し、睡眠状態になった。
ミコトさんがどこに居るのかは分からないが、後方から橋を渡ってきた弓兵と魔術使いが次々に倒れていく。当て身じゃなかったら、死んでるどころか……素手の手刀で、なんてダメージをたたき出してるんだ。武器を使ったら軽く4ケタに達するのは間違いないだろう。
フィリアネスさん、俺、ミコトさん。三人で瞬く間に敵の数を減らしていく――今のところ、一人も逃してはいない。しかし、敵は圧倒的な実力差でも、決して撤退しようとはしなかった。
――なぜ、逃げないのか。その答えに、俺はすぐに気がついた。
倒れた兵に構うことなく、黒い馬に乗って橋を悠然と渡ってくる、一人の騎士の姿がある――間違いない、敵のリーダーだ。他の兵たちの顔を見ればわかる、自分たちの統率者に深い畏怖を抱いているからこそ、彼らは逃げない――逃げられないのだと。
(黒馬に、黒い鎧……あれが、フィリアネスさんの言ってた……)
「ヴィクター……ヴィクター・ブラックッ!」
眼前の敵をレイピアの一閃で倒したあと、フィリアネスさんは身を翻し、近づいてくる黒い鎧の騎士に剣先を向けた。ヴィクターと呼ばれた騎士は、顔全体を覆う仮面で見えないが、間違いなくフィリアネスさんに敵意の篭った視線を向けていた。
そしてヴィクターは、馬上で振るうことを目的として作られたのだろう、長大な剣を抜き放つ。体格自体は決して大きくはないのに、全身を覆う甲冑を身につけながら超重量の剣を扱えるなんて……騎士団長の名は、伊達ではないということか。
「……やはり、領地を与えた程度では貴様を縛り付けることは出来なかったか。各地の戦に顔を出しては、武勲を求め続ける鬼神……聖騎士などではない、おまえはただの戦狂いの鬼だ」
(なんだ、この声……何か、ひずんでるような……)
仮面の効果なのか、それとも声が元から嗄れているのか。
「貴公に言われたくはない。ヴィクター……この村に今現れたということは、貴公はルシエを狙う者に加担しているということになる。部下の騎士たちに誇りを捨てさせ、山賊の姿をさせてまで、何を為そうと言うのだ」
「……それを知る必要はない。フィリアネス、お前はここで死ぬのだからな」
「何だと……!?」
短時間で3分の1に相当する兵力を失っていながら、ヴィクターは動じていなかった。自分ひとりでも負けるつもりはない、そんな得体の知れない自信を感じさせる。
「私に神聖剣技は通じない。くだらぬしきたりが無ければ、公国最強の栄誉を受けているのは私だった……フィリアネス、それはお前が最もよくわかっているはずだ」
「……お前の剣技は呪われている。なぜ、私と同じ神聖剣技を学ばなかった……?」
「黙れ。私が何を選ぼうと、お前に口を出される言われなどない……昔からそうだった。お前はいつも、私のことを見下し続けてきた……!」
「違う……と言っても、聞く耳は持たないのだろうな。いいだろう、ヴィクター……相手をしてやる。貴様に騎士の誇りを、欠片でも取り戻させてやろう」
フィリアネスさんの言葉に黒騎士が剣を振り上げる――感情の昂ぶりを抑えきれなくなったかのように。
「――誇りなどと、押し付けがましいことをッ! 暗黒の神よ、煉獄の炎を我が剣に宿したまえ……! ヘル・ストライクッ!」
◆ログ◆
・《ヴィクトリア》は「ダブル暗黒剣」を放った!
・《ヴィクトリア》は「ヘルブレイズ」を武器にエンチャントした!
・《ヴィクトリア》は「クリムゾンフレア」を武器にエンチャントした!
・《ヴィクトリア》は「チャージストライク」を放った! 「獄炎紅蓮斬」!
(暗黒魔術……敵しか使えないはずだったのに、人間が使うのか……!)
そして暗黒剣というスキルも、俺は見たことがなかった。黒騎士団の団長自体が、ゲームには登場しなかった――今目にしている技は、全てが未知のものだ。
「死ね、フィリアネスッ!」
「――死ぬものか。お前の剣などで、私は死なない……!」
◆ログ◆
・《フィリアネス》は「ダブル魔法剣」を放った!
・《フィリアネス》は「スパイラル・サンダー」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「スカイ・ヴォルテック」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「ツインスラスト」を放った! 「旋雷双穹突」!
嗄れた声で叫び、馬と共に猛烈な勢いで突撃しながら、ヴィクターは黒と赤の二色の炎に包まれた剣を振るう。ダブル暗黒剣に対するには、ダブル魔法剣しかない――フィリアネスさんもそう考えたのか、繰り出した技は今まででも最大の威力を持つものだった。
「はぁぁっ……!」
「っ……!」
ヴィクターの振るう炎の剣を、フィリアネスさんはぎりぎりで身を捻ってかわす。そして交錯する瞬間に、青と白の雷を帯びたレイピアを、目にも留まらぬ速さで叩き込んだ。
「くっ……!」
雷のエネルギーが炸裂して、閃光が俺の目を灼く。人間の技がこんな光景を可能にしていることに、俺は自分のことを棚に上げて、感嘆を禁じ得なかった。
こんな技を受けて、無事で済むはずがない。
――そう思った俺の予想を、ログに流れてきた文字列が裏切る。
◆ログ◆
・《ヴィクトリア》の「吸魔の鎧」の能力が発動! 魔術が吸収された。
・《ヴィクトリア》はダメージを吸収した!!
(吸魔の鎧……魔法剣のダメージを、ライフ回復に変換した……!?)
「くくっ……はははっ……あーっはっはっはっ……!」
ヴィクターは馬の手綱を引き、こちらに向き直る。そして不快な声で高らかに笑った。
「この鎧を手に入れるのには苦労した……これがあれば、魔法剣など恐るるに足りない。フィリアネス、どうだ。私の前に膝をついて許しを乞うなら、命は取らずにおいてやろう……私の奴隷に堕ちて、一生首輪をつけて過ごせ。飼い犬としてならかわいがってやろう……!」
「……その鎧を手に入れたことが、お前が裏切った理由なのだな」
フィリアネスさんは技が全く通じなくても、全く動揺してはいなかった。その眼は揺らがず、馬上で踏ん反り返るヴィクターを見据えている。
「そうだ……今の私には敵はいない。認めろ、フィリアネス。私はお前よりも上の存在だ。敬うべきものなのだ! さあ、認めろ! 私のことを認めるがいいっ!」
ここまでの妄執を抱くということは、フィリアネスさんとの間に並々ならぬ因縁があるようだ……宿命のライバルとでもいうのか。敵ながらかなり強力なスキルを持っているし、まだ俺の存在に気付いてないのでステータスが見られないが、相当な高レベルであることは間違いない。
「認めれば、お前の自尊心が満たされるのか?」
「そうだ……こんな小さな村がどうなろうと知ったことではない。私はお前を屈服させるためにここに来た……その大願が叶うのならば、この魂でも売り渡そう……!」
しかし身内の贔屓目だろうか、俺から見るとフィリアネスさんの方が格上に感じられてならない。真の強者ならば、あんなふうに吠え立てないと思う。
それにしても……さっきからログに《ヴィクトリア》と出ているのが気になる。これって女性名のような……でも、鎧を着てると性別がわからない。鉄仮面のせいで顔も見えないし、声もしゃがれていて男性のように聞き取れる。
(しかし、ミコトさん……よく大人しくしてくれてるな。こんな相手を見たら、バックスタッブしたくて仕方なくなるだろうに)
さっきからつぶやきも表示されないけど……橋の向こうに居た兵の数が減り始めてる。こんな強いメンツだと、俺は何もすることが……。
◆ログ◆
・「カリスマ」が発動! 《ヴィクトリア》に注目された。
「……何だ、その子供は。フィリアネス……村の子供を連れ出して戦わせようとでもいうのか?」
どうやら、俺が自分の部下を倒したところを見ていなかったらしい。ヴィクター……たぶんこれは愛称なんだな。愛称が男っぽいし、やっぱり男なんだろうか。
「ははははっ、笑わせる……フィリアネス、私の奴隷となったあとの、お前の初めての仕事を与えてやろう」
「……私に、何をさせようというのだ?」
尋ね返すフィリアネスさんだが、その声に俺はぞくりとするものを感じていた。帯びているレイピアの輝きが今までと違って感じられる。
(ま、まずい……ヴィクター、やめろ、その続きは言うな! 絶対言うなよ!)
俺は本気で念じる。しかしヴィクターは俺を大剣で指し示すと、願いむなしく、俺の予想した中で最悪に近いことを口にした。
「その子供の首を跳ね、私に献上するのだ。その血を魔王に捧げ、私の暗黒剣技はより強力なものに……」
「黙れ」
「……は?」
短い言葉だった。しかし、ヴィクターが素に近い返事をするほど、その迫力は途方もなかった。
――その目を見てしまっても、なお綺麗だと思ってしまう。それは俺がフィリアネスさんに心酔しているからで、ヴィクターはびくっと身体を震わせていた。
端的に言うと、完全にフィリアネスさんの睨みに震えあがっていた。
「お前は言ってはならないことを言った。私はお前が反省しさえすれば、黒騎士団を解体するべきなどとはまだ考えていなかった」
「は、反省だと……何を言っている! 私の前に跪け、命乞いをしろ! さあ、早く!」
「……ヒロト、もはや情けをかける必要はない。私に見せてくれた以上の、『本物の地獄』を見せてやるがいい」
「なっ……ど、どこへ行くっ!」
フィリアネスさんは俺でも相手を出来ると見なしてくれたのか、残りの兵に目を向ける。しかし、完全に威圧されていて、誰も挑んでくる者はいない。
(フィリアネスさんが俺に任せる……ってことは……)
さっきは自分で戦うと言っていたのだから、何か理由があるはずだ。
「……馬に蹴られて死ぬような子供を、私にけしかけるとは。聖騎士の誇りも地に落ちたものだな」
つまらなさそうに言いながら、ヴィクターはそれでもフィリアネスさんを挑発するためということか、俺に殺気を向けてきた。
(……吸魔の鎧に頼りきってるみたいだけど。能力値自体は、どれくらいなんだ?)
◆ステータス◆
名前 ヴィクトリア・ブラック
人間 女性 23歳 レベル52
ジョブ:ダークナイト
ライフ:940/940
マナ :378/408
スキル:
大剣マスタリー 78
【暗黒】剣技 72
鎧マスタリー 84
黒魔術 52
恵体 75
魔術素養 32
気品 36
母性 48
アクションスキル:
大剣技レベル7
暗黒剣 ダブル暗黒剣 暗黒魔術レベル5
授乳 子守唄
パッシブスキル:
大剣装備 スーパーアーマー
鎧装備 重鎧装備 鎧効果上昇レベル2
マナー 儀礼 風格
育成 慈母
スライムにとても弱い
オークにとても弱い
【悪の鉄仮面】呪われている
(これは……やってしまいましたなあ)
まず思ったのは、騎士団長を名乗るだけはあるということだった。レベルは高く、戦闘関係のスキルも高い数値が並んでいる。
スーパーアーマーは、攻撃されても怯まずに反撃できるというパッシブスキルだ。大剣の振りの遅さを補えるし、実際かなり強力だ。暗黒魔術もさっき見せてもらった限り、同レベルの精霊魔術より上回るくらいの威力があるようだ――しかし。
ヴィクター――いや、ヴィクトリアには、俺に勝てない理由がひとつある。悪の鉄仮面が呪われているなんてことではない。その上のへんに、致命的な一行が記載されてしまっている。
「……ヴィクトリアさん。俺みたいな子供がって思うかもしれないけど、話を聞いてもらえるかな」
「ハッ……笑わせるな。貴様のような子供と話すことなどない。一瞬で肉塊に変えてやろう」
馬の上から俺を見下ろしながら言う彼女。しかし、死亡フラグを積み上げていることに自分でも気づいていない。
「人を殺すことに躊躇はないんだね。じゃあ、村を襲ってどうするつもりだった?」
「私を誘導するつもりか……? つまらぬことを。いいだろう、どうせ死ぬのだから教えてやる。私はグールド公爵と手を組み、この国を手に入れることにした。ルシエ公女の身柄を拘束し、イシュアラル村を焼き、それを山賊の起こした事件とする。それだけでグールドは、この国の半分を私のものとすると約束してくれた。ルシエ公女がいなくなれば、グールド公爵の息子が有力な王位継承者となるからだ」
この国の半分か……それをヴィクトリアが信じているのなら、ちょっとかわいそうにもなってくる。そこまで手を汚して王になろうとする輩が、みすみす手に入れた国の半分を渡すわけもない。
「……最後にひとつ。グールド公爵に手を貸すのはやめて、まっとうな騎士に戻るつもりはないかな。俺は、『悪いことは言わないから』、そうした方がいいと思うよ」
◆ログ◆
・《ミコト》はつぶやいた。「ギルマスがその口調になったということは……勝った、ということですわね」
流れてくるログに思わず笑ってしまう。それを見て、ヴィクトリアは簡単に激昂してしまう。
「子供に命令されるいわれなどない……死ねっ!」
「――ごめん」
「なっ……!?」
俺は頭を下げる。それは、良心の呵責からくるものだった。
弱点を容赦なく突くことに関して、気が引けたのだ。相手が同情の余地のない悪人であったとしても。
◆ログ◆
・あなたは護衛獣「ジョゼフィーヌ」を呼び寄せた。
「きゅいきゅい!」
馬を走らせ、俺を轢こうとしたヴィクトリアだが、俺の動きが予想外に速かったからか、簡単に横に移動するだけで避けられた――そして。
突っ込んで行った先、森の中から、突如として巨大なスライムが姿を現す。
「……ひぁぁぁぁっ!?」
◆ログ◆
・《ヴィクトリア》はスライムに遭遇してしまった!
・《ヴィクトリア》は恐慌に陥った!
・《ジョゼフィーヌ》の捕縛!
・《ヴィクトリア》は馬から強制的に降ろされた!
・《ヴィクトリア》は身動きが取れなくなった!
嗄れていながら、少し女性らしさを感じさせる悲鳴と共に、ヴィクトリアはあっさりスライムに捕まった。
フィリアネスさんは無関心を決め込んでいる……たぶんスライム嫌いだって知ってたんだな。俺にバトンタッチするまで、さんざん好き勝手なことを言われていたのに、よく我慢していたものだ。
黒い鎧に全身を包み、暗紫のマントを身につけたヴィクトリアが、四肢をスライムに絡め取られて身動きが取れなくなっている。黒馬は主人をどうやって助けていいものか分からず、おとなしく見守っている。こうなってしまえば、何の脅威もない。
「だ、団長が……聖騎士がスライムに魂を売ったのか!?」
「違う、あの子供だ……あの子供、魔物使いなんだ……!」
「そのとおりだ。これからお前たちの団長がどうなるか、私はあまり見ていたくはない……あの子のすることを咎めはしないが、少々、いたたまれない部分があるのでな」
フィリアネスさんは敵の騎士たちをレイピア一つで降伏させ、馬から降ろして村に連行していく。ミコトさんが倒してしまった分は、起きてから連れて行ったほうが効率的だろう。
黒騎士団は全員が捕虜となる。それを目の当たりにして、ふるふると震えていたヴィクトリアが、定番のせりふを口にした。
「こ……殺せっ……子供などに辱められるくらいなら、私は死を選ぶ……殺せっ!」
スライムの万能ぶりにはびっくりするが、拘束と装備外しはいろんなゲームで効果的だ。自分がやられればピンチになるし、敵に決まればあっという間に優位に立てる。
「吸魔の鎧か……それがあると、正直困るんだ」
「そ、そうだろう……この鎧を前にすれば、聖騎士すらも無力。もはやこの国に、私に勝てる者など……!」
「いや、違う。俺の仲間には、物理攻撃でその鎧を貫通できる人がいる。さんざん自分の部下を倒されてるけど、気付かなかった?」
「……フィリアネスが倒したのではなかったのか……!?」
さすがにフィリアネスさんも、攻撃してない相手を倒すのは無理だ。ヴィクトリアは、それだけフィリアネスさんの実力を高く評価しているってことだろう。
俺が言っている、鎧を貫通できる人というのは、ミコトさんのことだ。忍術スキル100で取得できるアクションスキル「貫手」の威力は、強力を通り越して凄惨といえる。素手であらゆるものを貫通する技だからだ。
「その人の力を借りて吸魔の鎧を貫通すると、ヴィクトリアさんは……わかるよね? 鎧を貫通されたらどうなるか」
「そ、そんなことが出来るわけがない……私の鎧は無敵。得体の知れない輩に、破れるものではないっ!」
破れなければ、装備を解除すればいいじゃない。ジョゼフィーヌはぷるぷると震えて、ヴィクトリアの全身を包み込んだ。
「ち、窒息させる気か……い、いや、違う……わ、私の装備を……っ!」
◆ログ◆
・《ジョゼフィーヌ》は《ヴィクトリア》の武器を奪った!
・《ジョゼフィーヌ》は《ヴィクトリア》の胸装備を奪った!
・《ジョゼフィーヌ》は《ヴィクトリア》の肩装備を奪った!
・《ジョゼフィーヌ》は《ヴィクトリア》の腰装備を奪った!
・《ジョゼフィーヌ》は《ヴィクトリア》の足装備を奪った!
スライムに飲み込まれたヴィクトリアは、ひとつずつ装備を外されていく。どうやってるんだろう……金具を丁寧に外して、一個ずつ装備が丁寧に並べられていく。
「ぷはっ……わ、私をどうするつもりだ……このまま、いたぶって殺すつもりか……!」
「大丈夫だよ、ジョゼフィーヌは無害だから。毒攻撃をしないと、毒は含まれてないよ」
「そ、そんな問題ではない……野外でこんな姿を晒すなどと……フィリアネスのやつ、こんな悪魔をよくも……!」
国を半分もらうために悪魔に魂を売り渡したのはどっちだ、と言いたくなる。
(しかし……なんとなく、鉄仮面だけ外してないけど。呪われた装備って、スライムのスキルで外せるのか?)
黒い甲冑を外して黒いクロースアーマーだけになったヴィクトリアは、鉄仮面だけ外していないが、ものすごく艶かしい姿になっていた。これ以上脱がせたりはしないが……布鎧の裾からすらっとした足が伸びていて、何とも言えない。全身甲冑の重装騎士が女性だったというのも驚きだが、何というか……公国の前衛騎士の人たちは、みんな例外なく胸が大きいのはなぜだろう。
母性の数値が頭をよぎる。いや、俺は敵の女性には紳士的にすると決めたので何もしない。暗黒剣技? 何それおいしいの?
「フィリアネスさんとは知り合いなんだよね? 好敵手だったとか、そういうことかな」
「その年令で、似つかわしくない言葉を知っている……生意気な。餓鬼は餓鬼らしい言葉を使っていればいい」
(な、なんて気が強い……殺せって言ってたわりに、折れてないアピールを始めてるじゃないか)
しかし女性騎士とはこうあるべきだ、という見本を示されている気がする。フィリアネスさんも決して屈しなかったな……いや、屈しかけてたけど、ギリギリで克服していたな。あの時のことは涙なしでは語れない。
しかし顔が見えないと、異様な光景だな……他の装備がほとんど外れているのに。俺に変な趣味があるように思われてしまいそうだ。
「え、えーと。じゃあ、悪いお姉ちゃん。その仮面も取っていい?」
「お、お姉ちゃんなどと呼ぶな、この汚らしい餓鬼め! 私の鉄仮面を取れるわけがない、これは呪われて……」
(面白い。取れるかどうか、試してみようじゃないか……)
◆ログ◆
・《ジョゼフィーヌ》は《ヴィクトリア》の頭装備を奪った!
「あっ……!?」
ジョゼフィーヌが触手を伸ばしてヴィクトリアの頭を包み込んだかと思うと、あっさり仮面が取れた。
仮面の中におさまっていた緑色の豊かな髪が広がる。そして、見えた顔は――少しフィリアネスさんに似ていて、かなり目つきをきつくして大人びさせたような……掛け値なしの美人だった。
「は、外れた……だと……一生外れないと思っていたのに……っ、そんなに簡単に……」
「……あ、あの。ヴィクトリアさんは、もしかして、フィリアネスさんと血縁関係があったり……?」
「……私はフィリアネスの従姉だ。聞いていなかったのか? 私があの女に対抗して暗黒魔術を学び、魔道に落ちたということを」
(き、聞いてない……まったくもって聞いてない……!)
しかし、そう言われてみると……フィリアネスさんは黒騎士団の解体について乗り気じゃなかったし、自分で戦うとも言っていた。それは、身内に対して情けをかけたということだったら……。
「そうか……こんな子供を手なづけていたのか。魔物を操る子供を使うなど、聖騎士の風上にもおけんな。これは傑作だ……公王陛下の耳に入れたら、どうなることか……!」
「……それを黙っておいて欲しいって頼んでもいいかな?」
「ふん……知ったことか。私は子供の指図などは受けない。おい、さっさと解放しろ。私の仮面を外したところで、感謝されるとでも思ったのか? この汚らしい餓鬼め」
カチッ、カチッ、カチッ。
何の音かといえば、俺の堪忍袋という名の時限爆弾がカウントを刻む音だった。
「おまえのような餓鬼に情を移すなど、フィリアネスも安い女だったということか。所詮、あいつは多少髪が綺麗で、胸が風船のようにでかいだけのつまらん女だ。おまえも私に従ったほうがいい。そうすれば目も覚めるだろう。そうだ、それがいい! 私に従え、汚らしい餓鬼」
そして俺の爆弾は静かに爆発した。俺のことを悪くいうのはいいが、フィリアネスさんの胸を風船だと……? 許せるか?
(こいつはメチャ許せんよなぁぁぁぁ!)
「……あのさ」
「ん? どうした愚図、さっさと私を解放……」
「……フィリアネスさんを風船みたいなおっぱいだなんていうけど、そっちはどうなんだ?」
「……んん?」
よく分かりません、みたいな顔をするヴィクトリア。ちょっとフィリアネスさんに似てるだけに、またイラッとさせられる。
「確かめてやろうか……? 言っておくけど、俺は汚らしい餓鬼って言われた回数をカウントしてるぞ。さあ問題だ、これまで何回言った? 答えられたら、ひどいことはしないでおいてやる」
ヴィクトリアは無言で俺の顔を見つめる。その顔には疑問の色しかない。
「……覚えているわけがないだろう。馬鹿かお前は」
「……そうか。そうかそうか……よくわかったよ」
「わ、分かったなら解放しろ。私がこうして、いつまでも大人しくしていると思ったら……」
◆ログ◆
・《ジョゼフィーヌ》は《ヴィクトリア》の全装備を奪った!
「……あ」
言葉もない、というように、ヴィクトリアは拘束されたままで自分の身体を見下ろした。
「……! ……!?」
ずっと傲岸不遜だった表情が崩れ、慌てふためいて俺を見る。そしてスライムから逃れようとするが、まったくビクともしない。
「たまには、こういう敵らしい敵を相手にするのも悪くない……ストレスが溜まった分、ある程度やり返しても、まったく良心が傷まないからな……」
「……なにを……す、するつもり……だ、この汚らしい餓鬼め」
「その汚らしい餓鬼に、暗黒騎士様のお恵みを与えてくれるなんて趣向はどうかな?」
「恵みだと……? 私に、お前のような餓鬼に与えるものなど……」
「餓鬼っていうのは、餓えた鬼って書くんだよな。俺が何に餓えてるかわかるか? これが最後のチャンスだ」
カチッ、カチッ、カチッ。
今度はヴィクトリアが答えるまでのカウントダウンだ。時間切れまで3、2、1……。
「く、空腹だというなら……私のことなど置いておいて、村に帰って、食事でもしたらどうだ?」
ぎりぎりで答えるヴィクトリア。俺は審議する、その答えはアリかナシか。
「どうした、早く答えろ愚図め。これだから餓鬼は……」
「……ナシだな」
「な、何が無しだと言うのだ……わかるように説明しろ! わ、分かるように……いや、分からなくてもいい、こ、殺せっ、殺せぇっ!」
俺が何をしようとしているか、ようやく分かってくれたらしい。彼女の敗因は、性格がとても悪かったことだった。もう少ししおらしくしていただけで、こんなことはせずに済んだのに……心が痛い。ような気がする。
「大人しくしてたら、気絶するだけで済むから大丈夫だよ」
「き、気絶……何をするつもりだ! やはり私に、スライムを使って地獄の責め苦を加えるつもりなのだな……じょ、上等ではないか! 私にこれ以上何かしてみろ、貴様ももろともに地獄の釜にひきずりこんでくれるわ!」
◆ログ◆
・《ジョゼフィーヌ》は分裂した。
「あっ……ち、違……い、今までのは全て冗談だった。あやまる、もう村には何もしない! お前のいうことは何でも聞く! 何をされてもかまわない! だから許せ、命だけは見逃してやる……ち、違うっ、私の命のほうだった……っ」
「何をされてもかまわないって、本当に思ってる?」
「そ、そうだ……私に二言はない。もう絶対に、お前には逆らわない……!」
「じゃあ、俺の言うことを聞いてくれるってことかな?」
「くっ……い、いいだろう。お前のような子供に何をされても、私の誇り高きく漆黒の魂には傷一つつかないのだからな。好きにするがいい」
最後まで折れなかった強い意志には賛辞を送りたい。しかし、こんなふうにするのは初めてだな……。
「とりあえず、50回。がまんできたら、スライムを引っ込めてあげるよ」
「な、何を……何なのだ、その50回というのは、何の回数なのだ……っ!」
◆ログ◆
・あなたは《ヴィクトリア》に「採乳」を許可するように命令した。
「……な、なに? そんな程度のことか……?」
ヴィクトリアは自分の胸を見下ろしてから、俺のほうを、意外に純粋な目をして見てきた。
「……わ、私から採れるものなのか? 子供を持つ母親でなければ、乳など出ないと思うのだが……」
「だいじょうぶ、出なくても吸収できるから。でも、一回やってみたら、案外出るんじゃないかな」
「あ、案外……今までお前はどんな人生を送ってきたのだ……ど、度し難い……」
ヴィクトリアはぶつぶつと言いつつも、ちら、と俺の方を見やる。
「……私の身体に、後に響くような影響はないのだな?」
「うん、ないよ。俺と仲良くなれるとは思うけど、それ以外は、時間が経てば回復するよ」
「ほ、本当なのだな……分かった。ならばそれくらいの屈辱、あえて受けよう。好きにするがいい」
ヴィクトリアは一刻も早くスライムから解放されたいみたいで、わりと簡単に決断してくれた。従順な暗黒騎士、何ともギャップがある姿だ。フィリアネスさんに少し似てるし、こうして見ると可愛い女性だと思わなくもない。
「じゃあ、いくよ……ちょっとまぶしいけど、痛くないから」
「……そうか……おまえは忌々しき、聖騎士の弟子。その手のひらの光は、やつから受け継いだのだな……あの女め、破廉恥なことを……」
フィリアネスさんが俺に何か伝授したのだと勘違いしているが、俺はあえて否定はしなかった。ヴィクトリアは文句を言いつつも、抵抗することなく、俺の手のひらが胸に触れるところを見つめる。
ぺた、と触れた瞬間、ヴィクトリアの胸が――彼女のジョブの問題か、黒いオーラに包まれ、そのエネルギーが俺の身体に流れ込んできた。【神聖】と【暗黒】の剣技スキルが、身体の中で交じり合う感じ――これは、何か新しい可能性にたどり着ける予感がする。今はまだ、予感でしかないが。
◆ログ◆
・あなたは《ヴィクトリア》から採乳した。
・あなたは【暗黒】剣技スキルを獲得した! 暗き深淵の一端を理解した。
(なんだかエネルギーの味わいがコーヒーというか、ココアみたいだな……さすがにお乳がその味ってことはないだろうが、暗黒エネルギーって感じだ)
「……何やら、力が吸われている気がするのだが。しかし、悪い気はしない……子供の我がままを聞いてやるのも、悪くはないものだな」
「うん……ありがとう。あと40回くらいお願いしていいかな」
「ふん……恐ろしいことをされるかと思ったら、子供のお守りに等しいことだったからな。これくらい、どうということはない。続けろ」
なぜか命令されている俺。この人は自分の立場を分かっていないようだが、穏便にスキル上げができるので、俺は黙々と彼女の胸を輝かせ、エネルギーを吸い取りつづけた。
「……満ち足りた気分だ。子供などいらぬと思っていたが……おまえのような子供なら、悪くは……」
採乳を終えると、ヴィクトリアは満足そうに微笑み、がくっ、とうなだれる。彼女をスライムから解放してやり、彼女自身がつけていた外套をかけてやると、捕虜の連行を終えたフィリアネスさんとミコトさんが顔を赤らめてやってきた。
「……やりすぎですわ、ギルマス。いかに非道な人物といえど……こちらまで変な気分に……い、いえ、何でもありませんわ。聞かなかったことにしてくださいませ」
「ヴィクター……いや、もういいだろう。男性のような呼び方をしろというのは、ヴィクトリアの偏った趣味だった。この不肖の従姉は、呪いの鉄仮面をつけてから多少……その、なんというか、性格が歪んでしまったのだ。これで、少しは昔のように戻ってくれると良いのだが……」
もじもじしているミコトさんと、さすがに従姉に同情しているフィリアネスさん。しかし責められない俺……良かった、外道スライムマスターと思われてもおかしくないと覚悟していたから。
(しかし……スライムで、仮面の装備が外れるってことは……)
俺は名無しさんのことを思い出す。しかし、身内にスライムをけしかけるのは外道にもほどがあるので、何か別の手段を考えた方が良さそうだ。
あとは、グールドについて対策を講じるだけだ……しかし黒騎士団長を倒した今、もう、それほど案ずることはないだろうと俺は考えていた。ヴィクトリアが手勢だけを連れて、団長自ら攻めてきてくれたことで、事実上グールドの頼っていた軍事力のほとんどが無力化した。あとはグールドの持つ私兵を、いかに動かさないようにするかだ。
どちらにせよ、ルシエが儀式を無事に終えて、祝祭の日を迎えるまでの道筋はできた。
気づくと太陽は高い位置まで登り、俺たちの勝利を祝福するように、柔らかな日の光が降り注いでいた。