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第二十三話 母は伯爵令嬢/ドラゴンミルク

 フィリアネスさんたちが着替えている間、俺は居間でルシエとイアンナさんの二人と話をしていた。


「ヒロト様は、どうしてそんなにお強いのですか?」

「ええと、俺は……じゃなくて、僕は、と言った方がいいでしょうか、イアンナさん」

「な、なぜ私に許可を……フィリアネス様のご寵愛を受けているあなたに、私から意見出来ることなど無いと知っていて言っているのですか?」


 とことん権威に弱いな、この人は……将来は貴婦人という感じになりそうな、上品な容姿をしているのに、心根が芯まで貴族主義というか。


「私が公女だということは気にせず、どうか楽にしてください。その方が、私も嬉しいですから」

「ありがとうございます、殿下。それじゃ、遠慮なく楽にさせてもらうよ」

「だ、だから切り替えが早いと……先ほどから思っていたのですが、公女殿下に対する距離感が近すぎますよ。それは、それだけの身分ではあるのでしょうが、私たち以外の臣民がそのような態度を見たら、気分を害するかもしれないのですよ」


 確かにそれはそうだけど……悪いくせだな。前世の年齢感があるから、10歳くらいの少女だと、どうしても小さな女の子という感覚で見てしまう。


 しかし、身体に精神が引っ張られる面もある。イアンナさんに『さん』がついているのは、八歳の身体から見ると、イアンナさんは相当大きく見えるからだ。


「……ヒロト様、イアンナのいうことはあまり気にしないでください。イアンナも、本当はヒロト様に感謝しています。ですが、素直になれないだけなのです」

「なっ……ひ、姫様、そのようなこと、決してわたくしはっ……わたくしは、公王家に対して、平民は平民らしく弁えるようにと言いたいだけでっ……」


 なるほど、凝り固まった考えをお持ちのようだ。まあ賊から助けたといっても、イアンナさんは気絶してたからな……俺が戦った姿を見てたルシエとは、評価に差があるのは仕方がない。


 ――そうやって不本意ながらも納得しようとしていた俺は、ルシエの次の発言を全く予想できなかった。


「イアンナ、あなたが私を守ると言いながら真っ先に気絶したことを、あなたの父上……パトリオ様に報告したら、どんなお顔をされると思いますか?」

「っ……ち、父上にはなにとぞご内密にっ……わ、わたくしは、父に見放されたら、姫様の側仕えから外されてしまいます……そうなっては、もはや私の居場所などどこにもっ……」

「では、これからヒロト様に優しくしてください。次に公王家の名前を出してヒロト様を不愉快にさせることがあったら、その時は、パトリオ様に私から手紙が届くと思ってください」

「は、はいっ……申し訳ありませんでした、ヒロト様。度重なる無礼のほど、お許し下さいっ……!」

「あ、い、いえ……俺はそんなに気にしてないから、謝らないでください」


 「そんなに」ということは多少は気にしてるということで、イアンナさんもそれを察して恐縮していた。

 そういえば、レミリア母さんもジュネガン公国の貴族の出だよな。イアンナさんの家と、何か繋がりがあったりしないだろうか。


「あの、イアンナさん。俺の母さんの実家は『クーゼルバーグ』っていうんだけど、聞いたことはある?」

「く……クーゼル……クーゼルバーグ伯爵家……でございますかっ……!?」


 伯爵……そ、そんなにいい家柄だったのか。母さんの親戚に会ったことがないから、全く知らなかった。ミゼールでの母さんの知り合いも、元々は貴族だったというくらいしか知らなかったし。

 フィリアネスさんは母さんが貴族だと知ってたから、伯爵令嬢とわかっていた可能性もある。あえて教えてくれなかったのかな……レミリア母さんと実家の関係について、何か知ってるのかもしれない。


「あ、あわわ……あわわわわ……」


 座っているルシエの傍に立っていたイアンナさんだが、腰を抜かしてぺたんと尻もちをつく。このリアクションの激しさはパメラを思い出すな……まさか、もしかしてと思って切ってみた『母さんの家名』というカードが、ここまで効力を発揮するなんて。


「わ、わたくしはっ、イアンナ・シーガル……シーガル子爵家の、七女です……っ、どうか、どうか、これまでの非礼の数々、ひらに、ひらにお許し下さいっ……!」

「ヒロト様のお母様は、クーゼルバーグ伯爵家の方だったのですね……私の方も、存じておらず申し訳ありません。失礼ながらお伺いしますが、ヒロト様は、これまで社交の場に出られたことなどはありますか?」

「母さんはミゼールから出たことがないし、俺も今回、遠出をしたのは初めてだから……」


 ルシエの質問に答えつつも、土下座しっぱなしのイアンナさんが気になる。イアンナさんも公女殿下の権威をかさに着ていたけど、俺も母さんの家柄を知らなかったとはいえ、やってることは同じになってしまった。

 俺は席を立つと、絨毯に膝をつき、イアンナさんの肩にそっと手を置いた。


「イアンナさん、顔を上げてくれ。今言ったとおり、俺の母さんは貴族の生まれだったけど、俺は貴族として育てられたわけじゃない。そんなに怖がることないよ」

「……ヒロト様」


 恐縮しきっていたイアンナさんが顔を上げる。蒼白くなっていた顔にだんだん赤みがさしてきて、切れ長の瞳を何度か瞬かせたあと、彼女は肩に触れた俺の手に、自分の手を重ねた。


「……なんとお優しい。思えば姫様を助けていただいた時から、只者ではないと思っていました。その後の落ち着いた立ち振る舞いを見るにつけ、この方が庶民でなく、貴族であったならと思わずには……い、いえ、そうではなく……」

「ヒロト様は、ヒロト様です。お母様の家柄と、彼個人が素敵な方であることは、別のことです」

「……はい。姫様のおっしゃる通りです。お恥ずかしい……私はあなたのような方に、どうして天につばを吐くような物言いをすることが出来たのでしょう。これまでの非礼を重ねてお詫びします」


 イアンナさんは立ち上がり、深々と頭を下げる。ということは……これで、ルシエと話していても、彼女に警戒されることはなくなったってことかな。


「ヒロト様はヒロト様……素晴らしいお言葉です。私もイアンナという個人として……女として、将来有望な殿方であるヒロト様に対し、本来の自分を見せていく努力をすべきなのですね」

「……イアンナは特にそんなことをしなくてもいいと思いますが、いかがでしょうか? ヒロト様」

「え、えーと……ま、まあ、マイペースでいいんじゃないかと……決して急ぐ必要はないから」

「かしこまりました。短い間だけご一緒することになるかと思いますが、その間に、助けていただいたことへの御礼をさせていただければと存じます」


 好感度が高くなったら高くなったで、困った人だな……できれば、ルシエともっと話したいのに。


(王統スキルをもらうには、彼女はあまりに幼いけどな……最低でも、あと一年かかりそうだ)


 公女殿下からそんなことを期待するなんてとんでもない! と、天の声が聞こえてきそうだが、王統スキルが取れなくて、世界が滅亡の危機に瀕したらどうする? 俺にはとても、そんな可能性を残しておくことは出来ない――という冗談はさておき。


 授乳以外にスキルを伝授してもらう方法はあるので、順を追って過程を踏むこともできるし、大人になるまで待つこともできる。そのためには、ルシエが無事に暮らせるよう取り計らう必要があるだろう。いや、俺はそんな利己的なだけの人間じゃない。俺はゲームとは違う未来が見たいだけなんだ、いや本当に。


「ヒロト様は殿方といえど、まだ八歳ですから……子爵家に伝わる房中術などは、まだご興味もない年頃でしょうか。少年を喜ばせるすべも、覚えておくべきでしたね」


(……な、なんだって?)


「な、何を言っているのですか、イアンナ……ぼ、房中術だなんて」


 そうだ、何を言っているのだ。房中術なんて、一般向けのMMORPGの中に実装されるわけないだろ! この世界がゲーム時代とはまったく違うからって、釣られないんだからね。ぷんぷん。マールさんの真似をしてみた。



◆ステータス◆


名前 イアンナ・シーガル

人間 女性 14歳 レベル4


ジョブ:女官

ライフ:52/52

マナ :32/32


スキル:

 【竪琴】演奏 42

 格闘マスタリー 5

 戦士 8

 気品 30

 恵体 1

 魔術素養 1

 母性 24

 房中術 13


アクションスキル:

 弾き語り 演奏レベル4

 艶姿(房中術10)


パッシブスキル:

 マナー(気品10) 儀礼(気品30)

 育成 授乳


残りスキルポイント:12



(格闘マスタリー5……ょゎぃ。って、そうじゃなくて……本当に教育上よろしくないスキルが……!)


 シリーガル、じゃなくてシーガル子爵家では、娘に房中術を教える慣習でもあるというのか……まあ、確かに習得しておけば、大人になってから男を手玉に取ったり、有効に使えそうな気はするけど。


 というか、房中術ってどうやって訓練するんだろう。女官というジョブの固有スキルみたいだけど……ま、まさかイアンナさん、14歳で体験済みだなんて、中世なみのスピードで大人になってしまったのだろうか。そう思うともの凄く大人に見えてきてしまう。すまない、童貞と処女以外は帰ってくれないか。まあたぶん、教本とかで指導をされていて、実地ではやってないとは思うけど。


 ちなみに房中術について俺が知っていることといえば、大まかなくくりでいえば保健体育のたぐいなのだが、ベッドの中でのテクニックという意味で使われる場合があり、たぶんイアンナさんが持っているスキルもそういうものだと思われる。艶姿あですがたというアクションスキルが取れるようだが、つまりセクシーポーズだろうか……このお説教好きで権力に弱い少女が、どんなセクシーポーズを見せてくれるというのか。女豹のポーズとかそういうやつか。フィリアネスさんといい、十四歳はいろんな意味で目覚めの季節なのか。


「ヒロト様、もう数年お待ちください。そうすればこのイアンナ、母から女としての秘技の全てを学び、必ずやあなたを天国に行かせてみせますわ」

「へぇ~、まだ会ったばかりなのに? 最近の貴族の女の子って進んでるんだ。アレッタちゃん、私たちがこれくらいの時の歳はなにしてたっけ?」


 ピキッ、とイアンナさんが凍りつく。マールさんは彼女の肩をつかんで持ち上げ、すとんと椅子に座らせた。マールさんは別に世紀末覇者のような肉体をしているわけではないが、恵体94というスーパーレディである。フィリアネスさんも同じくらいだったりするが、それはさておいて、イアンナさんの重さなどはまったく難なく持ち上げられるのだ。今回は手加減して『肩をつかむ』などという方法で持ち上げているが、おそらく大人の男性に対してマールさんがイラッとしてしまったら、顔面にアイアンクローをして持ち上げるだろう。首の骨が大変なことになってしまう。


「彼女くらいの歳のとき、私たちは騎士団に入ったばかりで、フィリアネス様とも出会う前でしたね」

「そんな歳から、男の子にうつつを抜かすなんて……いーけないんだ」

「も、申し訳ありませんっ、わたくし舞い上がってしまい、つい思ってもみない過激なことを……っ」


(聖騎士のフィリアネスさんの直属の部下>子爵家の七女という力関係か)


 それにしても七女って、イアンナさんみたいな淫乱……もとい、ビッチな娘たちが七人もいるのか。朱に交われば赤くなるというが、エロスは伝染するのか。したり顔で最低なことを考えてしまう。そうだ、姉妹全員が房中術を習得しているとは限らないじゃないか。


「わたくしなどは大したことはないのです。姉たちの方がずっと技術も知識も進んでいて……」


(すごい家だ……!)


 そこまで来るとむしろ感心してしまう。イアンナシスターズが勢揃いしているところを見てみたい。そして彼女に房中術を教えたお母さんがどれくらいの実力者なのか、あさっての方向に興味は深まるばかりだ。


「とにかく、ヒロトちゃんにはそういうのはまだ早いの。いくら貴族の女の子がエッチなことに耳が早いからといって、ヒロトちゃんの耳にそういう言葉を入れるのは禁止です。それをしていいのは、私と、フィリアネス様と、まあ大目に見てアレッタちゃんだけだから」

「何ですかその上から目線……いえ、私もそんなことばかり考えているわけじゃありませんから、いいんですけど。それにしても、房中術ですか……少し、興味はありますね。私、色気がないので、他のことで補わないと……」


 彼女はそう言うが、全くそんなことはないのだが……二十八歳という年齢でないと出てこない、女性の本質的な色気が出てきたというかなんというか。若い頃にはなかった魅力が、今の彼女にはある。


(……でも、結婚する気がまったくなさそうな……騎士団というか、この世界の武人の女性は、そういうこともあるみたいだけど)


 子供をつくらずに養子を取って技を伝授するなんてこともあるみたいで、ミゼールにもそういう関係の親子がいた。

 でも、マールさんもアレッタさんも、そこまで割り切っていると限ったわけじゃないし、本人が結婚のことを話題に出さないなら、外から心配することでもないのかと思う。

 だけど、どうしても考えずにいられないことがある。彼女たちが、ずっと一人でいる理由がなんなのか……。


(俺が子供のときに、彼女たちの好感度を最大にしなかったら……いや、そんなことは考えても仕方がない)


「あっ……も、申し訳ありません、公女殿下。私、ついかーっとなっちゃって、公女殿下のお付きの方に失礼なことを……ごめんなさいっ!」

「いいえ、お気になさらないでください。こちらこそ、まだ会ったばかりのヒロト様に失礼なことを……」

「い、いえ、悪いのは私です。公女殿下が謝罪されることはございません。これより、慎み深い振る舞いを心がけますので、どうかご容赦くださいませ」


 イアンナさんが頭を下げるが、マールさんはもう怒ってはおらず、照れ照れと頬をかくばかりだった。



◇◆◇



 ヴェレニス村では、畜産が主な産業となっている。羊を育てて毛を取ったり、山羊のミルクを搾って乳製品を作ったりして、商人を介して国内各地で売ってもらうわけだ。


 食事はミゼールと同じく、パンを主食として、ラビット系モンスターの肉が食卓に上がることが多いらしいが、今日は羊の肉が出された。大量の野菜と一緒に、肉汁が外の縁にたまる特殊な鍋で焼く――前世でも見たことがある料理だ。肉は果実の汁につけて柔らかく処理され、タレも果汁の甘みと塩のバランスが取れていて、かなりの美味だった。フィリアネスさんの屋敷のメイドさんの料理スキルは、うちの母さんに匹敵しそうだ。


 ひと通り食べ終えたあと、ハーブティーを飲みながら雑談する。フィリアネスさんが同席していると、イアンナさんはものすごく静かで別人のようだった。いつもこうなら、王女の侍女としてふさわしい、奥ゆかしい女性だと言えるんだけどな。


 フィリアネスさんは屋敷の居間に防音の魔術をかけると、ルシエたちと今後のことを相談し始めた。精霊魔術レベル5には音精霊に干渉するものがあり、指定した空間内の音を漏らさないようにすることができる。もともとは、敵の詠唱を妨害するための魔術なのだが、フィリアネスさんはそれを応用しているようだった。


(ゲームとは違って、いろんな用途に魔術が使える……か)


 俺が気づいてないだけで、今持っている魔術の中に、意外な使い方が出来るものもあるかもしれない。それは留意しておこう。


「ルシエ、祝祭が行われる期日は3日後だと聞いた。それまでに、イシュア神殿に行くのか? それならば、私たちも同行しようと思うが」

「フィル姉さま……お気持ちは嬉しいです。しかし、領主になったばかりの姉さまに迷惑をかけるわけには……」

「私は公王に仕える者。その私がルシエを守ることに、何の遠慮もする必要はない。安心して頼るがいい」

「……姉さま」


 フィリアネスさんは、俺がルシエに言ったことと同じことを言っている。それに気づいたのか、ルシエも目をかすかに見開いていた。そして俺の方を見やると、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「先程も、ヒロト様に同じことを言われました。私は、自分の身を守る力がありません……皆さんに頼るしかないとわかっています。それでも、簡単に力を借りることを覚えれば、王族足りえる資格を持つ者とはとても言えません」

「誇りを持ち、それを大切にすることは素晴らしいことだ。しかし、私は王族が守られてはならないものだとは思わない。王家に連なる方々を守ることを誇りにしている私たちは、常に迷いなく、ルシエたちの盾になることができる。それを喜びにして、戦い続けられる……それが、騎士という存在のありかただ」


 そこまでの思いがあるからこそ、フィリアネスさんはルシエに危害を加えようとしたシグムトを許すことが出来なかったのだろう。

 そして守ることこそが誇りだという言葉が、ルシエの心を動かす。


「……私には、覚悟が足りなかった。洗礼を受けて王族と認められれば、王位継承権を与えられる……そうすれば、私のことを疎んじる人が出てくると分かっていながら、命まではとられないと思おうとしていました。その甘えが、私を守ろうとしてくれる人を危険にさらしてしまった。従者の三人が傷ついたのは、私のせいです」

「黒騎士団の二番隊長を相手にして、命があっただけでも良しとするべきだろう。ルシエの護衛をしていた者たちについては、この砦で少々鍛えさせてもらう。この砦には、私が見込んだ勇敢な精兵しか居ないからな。多少厳しい訓練にはなるが、三ヶ月もすればシグムト程度は相手にならなくなるだろう」


(い、言い切った……聖騎士直属兵は、黒騎士団の隊長より強いのか。凄まじい戦力だな……)


「私とヒロト、マール、アレッタがルシエの護衛について神殿に行く。儀式を終えて戻る道程は、一日あれば終えられる。そのあと、ヴェレニスで一泊したとしても、首都に入ってからルシエの安全が保証されるよう掛け合い、準備をする時間はある。特に、無理のある目算ではないと思うのだが」


 ルシエが首都から出て、3日後に祝祭が行われる予定というわけだ。王族が洗礼を受けるというなら、もう少し日程に余裕を持つべきではないかと思ったが、何の障害もなければ2日で首都に戻ることができていたのだろう。イシュア神殿はゲーム時代にも行ったことがあったが、マップが異世界と違って簡略化されていたので、首都から三十分で着くくらいの距離だったが、どうやら移動に半日は必要なようだ。


「俺もルシエ殿下の護衛をしたい。祝祭って、公女殿下が王族として認められたことを、臣民に示すための行事……ってことでいいのかな? 話に聞いただけだから、詳しくわかってないんだけど。ルシエ殿下が祝祭でみんなに祝われるところを、俺も見たいんだ」

「前に祝祭があったのは一年前だから、みんな凄く楽しみにしてると思うよ。フィリアネス様とアレッタちゃんのご家族は首都に住んでるしね。私の家族も田舎から出てくるかもしれないって言ってたくらいだよ~」


 マールさん、公女殿下の前でもリラックスしてるな……この人はやはり器が大きい。俺も砕けた言葉遣いをしてるけど、それもルシエの厚意があってのことだ。公の場では、徹底して敬うことを心がけたい。


(普段からそうするべきなんだけどな……俺は、調子に乗ってるんだろうか?)


 大人を相手にしても負けないし、怖いもの知らずになっていたのかもしれない。王族ですら、恐るるに足りない……そんな考えは、この国で暮らす多くの人には受け入れられないか。


「あ、あの……ヒロト様、ひとつよろしいでしょうか」

「あ……す、すみませんでした殿下。やっぱり俺、しっかりした言葉遣いをすることにします」

「い、いえっ……そのような必要は、ありません……っ」


 ルシエは声を震わせながら言う。その顔は耳まで真っ赤になっていて、俺も含めて、みんな彼女が何を言い出すのかわからず、目を白黒させる。


「どうか私のことを『殿下』とお呼びにならないでください。皆さんの前でも、ルシエ、といつものように……」


 ルシエの正式な宣言を前にして、イアンナさんももう何も言わない。むしろ驚いたのはフィリアネスさんたちだが、彼女たちはルシエを止める気はないようだった。むしろ、ルシエに対して敬意を払うべきということとは、全然別のことを気にしている。


「ヒロト……ルシエによほどの勇姿を見せたのだな。ここまで心を鷲掴みにしていたとは、さすがの私も予想外だったぞ」

「はぁ~、お、王女様に見初められておしまいになられるだなんて……ダメ、まだ諦めるのは早いわマール。だってヒロトちゃんはまだ八歳、王女様は十歳だもの! 大人の階段はまだ先もいいところよ!」

「ひとりごとを言うのはいいですが、私たちも登ってませんからね……はぁ。ため息は肌に良くないっていうのに、最近凄く増えちゃってます……」


 フィリアネスさん以外の発言には、情念がこもっている……二十歳になってから、マールさんが俺を見る目が変わってきたというか、何とも言えない期待を感じるようになったのはそのためか。アレッタさんもそうだったとは、まことに自分の自覚のなさが恥ずかしい。俺にはどうやら甲斐性がないようだ。


(でも八歳だしなぁ……八歳で甲斐性があったら、世間の男性からヘイトを集めそうだし……俺は魔法使いを目指すくらいがちょうどいいのかもな)


 ――そんなことを考えていたら、ずっと静かにしていたイアンナさんが、耐えかねたように口を開いた。アタック◯5に出場し、一発逆転のパネルに飛び込んでいく回答者のように。


「ヒロト様は多くの方に慕われているようにお見受けしますので、老婆心ながら言わせていただきます。騎士団の方には馴染みのない文化かもしれませんが、貴族社会では一夫多妻は普通のことです。クーゼルバーグ伯爵家の血を引いておられるヒロト様は、いずれ正式に貴族として認められるのではないですか? 他の伯爵家の男性は、3人、4人は妻を持っていますよ。私の父も子爵の位を授かっておりますが、私の母を含めて三人の妻を持っていますし」


 なめらかに言い終えたあと、イアンナさんは満足そうに顔をつやっとさせる。言いたくて仕方ないことを言ったので、ストレスが解消されたらしい。

 それくらい、マールさんとアレッタさんが何を言わんとしているのか、イアンナさんに伝わってしまっていたということだ。傍から見ていてじれったくなるほどに。


 ――フィリアネスさんたちは完全に沈黙している。な、なんだこの緊張感は……俺は何を求められているんだ……!



◆ログ◆


・《マールギット》はつぶやいた。「その手があっても、まだ八歳だから……はぁ~、私、いつまで女の喜びを知らずにがまんすれば……」

・《アレッタ》はつぶやいた。「……待っていてもいいんでしょうか。私、その時にはもうおばさんですね……でも……」

・《フィリアネス》はつぶやいた。「……聖騎士の戒めが終わるまで……いや……」



 音にならないくらいの声さえ、ログに表示されてしまう。お、女の喜びって……やっぱり性欲を持て余してしまってるのか。これはどこぞの大佐に報告しなければならないレベルの非常事態だ。 

 考えてみれば、これだけ健康な人たちが、ずっと男っ気もないままに青春の盛りを過ぎようとしているわけで……それが俺の責任であるとしたら、少なからず、何かしなくてはという気持ちになる。


(し、しかし……俺はまだ八歳……何が出来るというわけでも……いや、性欲を持て余してしまうのは良くない。我慢しすぎると身体に悪いからな……)


 真面目に悩み始める俺。それを見て、フィリアネスさんははっとしたように席を立つ。


「ひ、ヒロトにはまだ早い話だ……イアンナ殿、その辺りの話は謹んでもらいたい。貴族の社会がどうであれ、ヒロトが何を選択するかは、大人になってから決めることだ」

「は、はい……申し訳ありません、差し出がましいことを申し上げました」


 イアンナさんは恐縮して言うが、どちらかといえば、フィリアネスさんの顔の赤さに驚いているようだった。



◆ログ◆


・《ルシエ》はつぶやいた。「フィル姉さま……お気持ちはよく分かります……」



(も、もう見るのはやめよう……ログがあまりに敏感すぎる)


 そしてルシエも、十歳ですでに他人の心の機微を感じ取ることが出来ている。確かにミゼールの幼なじみの女の子たちも、お互いの気持ちを察したりしている場面が最近多くなってきたしな……ステラ姉も、もう思春期を迎えているし。


 考えてみるとルシエは年上なので、ルシエ姉と言ってもいいんだけど、ステラと比べるとあどけなく見える。物言いは公女の風格を感じさせるが、身長が小さめだからだろうか。といっても、俺と同じくらいなんだけど。


「で、では……明日は早く村を出て、神殿に向かう。ルシエ、それで良いだろうか」

「はい。皆さん、どうかイシュア神殿まで、私のことをお守りください。よろしくお願いいたします」

「そ、そんなっ、公女殿下は頭を下げることありません、私たちは最初からそのつもりでしたからっ」

「公女殿下をお守りするのが私たち騎士の役目です。フィリアネス様の言うとおり、私たちは王家を守ることを誇りとしています……ですから、遠慮などなさらないでください」

「……ありがとうございます。ありがとう……」


 ルシエは鳶色の瞳を潤ませた涙を拭く。イアンナさんも横でもらい泣きをしていた……彼女も『儀式』を取得しているということは、公女に同行して、儀式の中で果たす役目があるのだろう。そういうことなら、俺たちは彼女のことも守らなくてはいけない。


 同僚ともいえる黒騎士団の人間に怪我をさせられたルシエの護衛たちも、さぞ無念だろうが……俺たちが、その意志を継ぐ。そして首都で待っているみんなと一緒に、ルシエの晴れ姿を見たい。


 ルシエが無事に洗礼の儀式を終えて首都に戻らなければ、祝祭は予定通りには行われないだろう……国民の期待が集まっているだけに、これは責任重大だ。俺はフィリアネスさんと頷き合い、ルシエを守り通すという意志が同じであることを確かめていた。



◇◆◇



 フィリアネスさんの屋敷の客室のひとつを、メイドさんがベッドメイキングして泊まれるように用意しておいてくれていた。久しぶりに一人になり、俺はベッドに腰掛けて一息つく。


「ふぅ……」


 とりあえずは、風呂の順番を待つ間に斧の手入れをしておく。素材の性質上、錆びることはまずないが、戦闘で使ったあとは毎回点検して、耐久度が下がらないように注意しなくてはならない。

 サビ防止の油などを塗ってメンテナンスを終えると、次に気になるのは首都に向かった皆のことだった。それについては、状況が詳しく分かるように下準備をしてある。



◆ログ◆


・あなたは護衛獣ユィシアを呼び寄せた。



 護衛獣はどれだけ離れていても呼ぶことが出来る。彼女には首都まで商隊を護衛してもらうように頼み、あるアイテムを渡しておいた。それがあれば、皆の無事を確認したり、連絡事項を伝えたりすることもできる。


 ゲーム時代は「ウィスパー」という機能があり、ログインしているフレンドといつでも会話することができた。異世界でも同じようなことが出来る可能性もあるが、今のところはやり方が判明していない。ゲームではパーティメンバーを指定して話しかけられたのだが、同じようにはできなかった。


 そのうちに、窓をコンコンと叩く小さな音が聞こえてくる――首都から飛んできたのか、それとも近くまで来ていたのか。どちらにせよ、ユィシアの到着はあっという間だった。


 窓の外のバルコニーに出ると、翼の音も何も聞こえなかったのに、そこには確かにユィシアの姿があった。夜空に浮かぶ月の光を浴びて、いつもと同じ、半分透けているような薄衣を身にまとっている。


 俺は彼女を部屋に招き入れる。ユィシアもベッドに座るようにすすめると、尻尾が邪魔なのか、お姉さん座りをする――そんな態勢だと、昔の格好ではいろいろ見えてしまっていたのだが、最近の彼女は、俺が頼んだこともあって水着のような形状の装備をしていた。ユィシアは竜の姿から変化するときに自分で服の形を決められるのだが、どうしてもこだわりがあるらしく、ところどころ透けている。それでも昔よりは露出度は低く、落ち着いて向かい合うことができた。


「お疲れさま、ユィシア。その様子を見ると、みんなは無事みたいだな」

「問題ない。ご主人様が予測した通り、首都に入れば襲撃はないと思われる。今夜は念のために、商人ギルドから紹介された安全な場所で宿をとっている」


 淡々と報告しながらも、ユィシアの尻尾の先端が揺れている。機嫌がいいときはいつもそうで、触ってやるとかなり喜んでくれるのだが……どうもその反応が艶っぽくて、ちょっと遠慮してしまう。


(髪を編みこみにするようになったんだよな……ユィシア。それがまた似合ってて……)


 リオナが時々おめかしをするときに編みこみをするようになって、ユィシアも意外なことに、それに影響を受けたらしかった。

 彼女は自分が護衛獣というのをわきまえていて、テイムしたばかりの頃よりも素直に欲求を口にしたりはしなくなった。しかし、それでも定期的に伝えてくることがある……俺が忘れないように、ということらしい。


「ご主人様……少し離れていたから、心配になった。その反動で、したくなった」

「し、したくなったっていうか……子供を作りたい、ってことだよな?」


 こくり、と頷くユィシア。この皇竜の少女もまた、性欲を持て余しているのだ。年齢的には十九歳だが、出会った当初から彼女の姿はほぼ変わっていない。しかし、内的には変化し、成熟していくわけで……。


(最近……たまにユィシアの目がドラゴンっぽくなるというか……襲われそうなことがあるんだよな)


 ユィシアは頬を染めて、豊かに膨らんだ胸元に手を当てながら俺を見る。このいたいけな仕草を見ても、まだ俺は何というか、男として未成熟なわけで……。


(あと二年くらい経てば……いや、それでも、こ、子供は……)


 竜の巣の宝を守るために、子竜を産みたい。理由はわかるのだが、そんなことで、見た目は完全に人間の女性のユィシアと……す、するのはどうかと……ああ、頭が茹だってきた。


「……ご主人様が話している内容が、私の心にも伝わってきた。私は、悪くはないと思う。雄がハーレムを作る動物は、他にもいる。人間の王族や、貴族だけの文化ではない」

「っ……そ、それはそうだけど……」

「リオナか聖騎士のどちらかが、ご主人様の最初の相手になると思う。私はそのあとでかまわない……皇竜の種を絶やさないために、協力して欲しい」


 リオナとフィリアネスさんのどちらかが俺の初めての相手というのは、まだ分からない……と言ったら、何となくだが、彼女たちが離れていってしまう気がする。


 まさか自分が、こんな選択を迫られる日が来るとは思っていなかった。前世の俺は、むしろハーレム主人公なんていうものは、羨ましいと思いつつもリア充爆発しろ、一人の女の子を選ばないやつはクズだとか、そういう発想を持つほうだったのだが……。


(しかしここは異世界……日本とは違う。一人一人の理解を得られれば……い、いや、俺にはそんな、複数の女性を口説くことなんてとても出来ない……!)


 口説きはしないが、スキルはもらう。なんという都合のいい考え……くっ、自分の最低さばかりが浮き彫りになってくる。


「……どうしても嫌だったら、無理にとはいわない。私はご主人様のもの……ご主人様の命令に従う」


(そ、そんな切なそうな目で見ないでくれ……た、耐えられない……)


 責めるような目で見られると、昔も今も、精神力をガリガリと削られる。

 押し切られたわけでも、強要されたわけでもない。しかし、答えを待ってもらいながら護衛獣としてユィシアを使役し続けていいのか。それこそ、女の子の気持ちを利用してるようなものじゃないのか。


 しかし、護衛獣からユィシアを解放すればいいのでは、という選択は元から考えていない。その時点で、俺という人間の本質が見えるというものだろう。


(……呆れるくらい強欲なんだ、俺は)


 貴族が一夫多妻制と聞いたときに、俺が心の底で何を考えたか……それはまだ、誰にも言えない。

 俺はまだ、それを言えるくらいになれていない。みんなに受け入れられるかどうかは、イアンナさんの話を聞いたときの、フィリアネスさんたちの反応が答えを示しているんだとしても。


(みんなが欲しい……か。そうじゃない、一人ずつを大事にしないと意味がない)


 まだ恋愛のことを考えるのは早いという気もする。しかし、この状況で逃げ続けるのも甘えでしかない。

 ユィシアは答えを欲しがっている。子供を作ってあげるかわりに、俺がユィシアとしてきたこと……思い返せば、スキルのためだなんて言って、恥ずかしい思いをさせてしまった。


「……恥ずかしくはない」

「うわっ……そ、そうか、ユィシア……俺の心の中、見えて……っ」

「一人ずつを大事にする……そう思っていてくれて、嬉しい。私は竜で、あなたは人……それは、どうしても変えられないことだと思っていたから。嬉しい……」

 

 ユィシアは立ち上がると、尻尾の先を俺の目の前に差し出す。その行為が、何を意味するか……俺は、何度もユィシアにそれをしてあげたあとに、ようやく教えてもらえた。

 細くなった先端には、サラサラとした銀色の毛が生えている。なめらかな鱗に覆われているのに、先端だけは違っていて……そして。


「……くすぐったい」


 そこは、竜にとって敏感な部分のひとつのようだ。俺が握ると、ユィシアは顔を赤らめて切なそうな目をして、見る見るうちに澄んだ目に確かな熱が宿る。


「……今日は、両手で触ってあげるよ。ユィシア……だから、俺が大きくなるまで、もう少し待ってくれ」

「ご主人様……さわりかたが優しい。いつまでも触っていてほしい……」

「できればご主人様じゃなくて、ヒロトって呼んでくれると嬉しいな。何だか、いけないことをしてる気分になるから」


 腰砕けになってベッドにぺたんと腰を下ろすユィシア。しかし俺に、長い尻尾の先端を預けたままでくれている。これは、触り続けて欲しいというサインだった。


「……ご主人様は、ご主人様。私の……ひとりだけの……」

「こら……ヒロトって呼ぶように言ったろ? 人のいうことはちゃんと聞かないと」

「……ヒロト……さま……」


 恍惚としながら、言うことを聞いてくれるユィシア。彼女がこれほど素直になったのは、いつからだったか……。


 限界突破を取るためとはいえ、簡単に彼女が許してくれたわけではない。竜である彼女が何を喜び、何を望むのか、俺はそれを理解しようとして努力した。


 端的にいえば、彼女は『宝』が好きだ。ドラゴンはキラキラしたものや、金貨などを好んで集めるので、それをプレゼントすると喜んでくれる。たまに竜の巣に持ち帰っては、先祖代々集めてきた宝に、俺から貰ったものを加えられたと、微笑みながら言っていた。


 ――人間と変わらない表情を見せるようになってから、彼女は徐々に変わっていった。俺は、自分の能力スキルで彼女を魅了し、テイムしたことを既に打ち明けている――しかし彼女は、それを非難することはなかった。


「ヒロトさま……もっと触ってほしい。久しぶりに、触れてもらえたから……」

「ごめん、いつも町に居られないのに、呼ぶ時は頼み事ばかりで。だから俺も、ユィシアの頼みを聞きたい。そうしないと、バランスが偏っちゃうからな」

「……ヒロトさまが大人になったら……そう言ってくれただけで、十分……」


 ユィシアはそう言って、名残惜しそうに尻尾を俺の手から抜けださせる。そして、先端のふさふさの部分を、自分の胸に抱くようにした。


「……とても心地よかった。竜にとって、尾の先は人に触れさせたくない部分……でも、ヒロト様には触れてほしい」

「やっぱりそうなんだな。また、いつでも触ってあげるよ」


 今度はブラッシングでもしてあげようかと思う。ユィシアには俺が何をしようとしているかが伝わっているようで、頬を染めてこくりと頷いた。


「人間の姿では……胸は、くすぐったい感じが強い。でも、ヒロトさまにさわってもらうと、熱くなる」

「っ……ま、待って。あんまりそういうこと言われると、俺……」

「……問題ない。早めに男性としての機能が成熟してくれたほうが、私は嬉しい。怖がることはない」


 なぜか励まされてしまった。二次性徴が怖いわけでは決してないのだが、どうやら俺は、自分の身体の変化に戸惑っている感を出してしまっていたようだ。


「……ちがう。ヒロト様の精神は、大人になりつつある……でも、身体は子供。端的に言えば、精……」

「い、言わなくていいっ! ユィシア、そういうことは人前で言っちゃだめだぞ」

「心配しなくても、絶対に言わない。でも、私には隠せない。私と契約した以上、隠し事はできない」


 ユィシアは微笑みつつ、俺の頭を撫でる。何か、俺の方がテイムされているみたいな気分だ……。


「……力を与えることは、まだできると思う。ヒロト様がお風呂に入るまで、少し時間をもらえば……」

「えっ……い、いいのか? いちおう、宝をあげた時だけって約束してたけど……」

「宝なら、もうもらうと約束した」


 お腹を撫でながら、嬉しそうに言うユィシア。もう確定なんだな……確かに約束はしたので、それを取り消すことはまずないわけだが……。


(誰と一番先に……ってことだけは、まだ分からないな)


 そんなことを思いながら、ベッドの上で胸を覆う飾りを上にずらし、昔のように胸を見せてくれるユィシアを、座ったままで見やる。昔から完成されたプロポーションだが、一部だけが年を追うごとに変化していた。


「……だいぶ大きくなったな。俺のせいか?」

「そう……ヒロト様のせい。ヒロト様の、おかげでもある」


 胸が大きくなるのは悪いことではない、とユィシアは思っていてくれている。彼女の母性の数値は、俺の護衛獣になってから少しずつ伸び続け、今は50を超えていた。


「……最近、搾れるくらい張ってきて困る。ヒロト様に触ってもらうと、楽になると思う」


 触れてエネルギーを吸収する行為は、ユィシアにとっても、身体のエネルギーの流れが良くなるとのことで気に入ってもらえていた。

 そして限界突破にボーナスポイントを振らなかった俺は、スキルポイント貯金をまた始めていたりする。

 レベルアップで獲得出来る数値に限界がある以上は、他の方法でスキル上げできる場合、それを優先するべきである。だけど俺は『依頼』はしない。言葉を交わし、交渉し、そして互いの合意の上で吸わせてもらう。


 限界突破は現在、ようやく20に達した。あと10ポイント、どれくらいユィシアに宝を貢ぐことになるだろう――だが、彼女が喜んでくれて、俺も目的を達することができ、関係も良好に保たれる。実際問題、何も悪いことなど無いのである。


(最近は、触れなくてもエネルギーが取れるくらいになってきたんだけど……やっぱり、添えるくらいはしたいよな)


 数千回の採乳を経ても、あえて言おう、俺は女性の胸が好きである。

 しかし搾乳が可能になった今、そちらを選択するという手もあるのだった。母乳からスキルポーションを作成するとか、おばば様に相談したら普通に出来そうな気もする。


「……直接でいい。私の魔力の自然回復量は大きいから、ほぼ無限に与えられる」


(異世界のこういうところが、本当に凄いと僕は思います)


 思わず俺から僕になってしまうほど、冷静な思考を保つのに苦労してしまう。女性の胸はやはり、前かがみになると重力にひっぱられ、立っているときより大きく見える。だがユィシアの胸の張りは生半可なものではなく、あまりだらしない感じにならない。俺はだらしないタイプもとても良いと思う。つまりは何度も自己討論しているが、どんな胸も素晴らしいという結論に至る。


 その釣り鐘型の芸術的な曲線が迫り来くる。俺は手を差し伸べて支える。こうしてコンタクトを果たし、「採乳」が行われるのである。


「……ヒロト様の手は、いつも控えめ。指がぴくりとも動かない」


(揉んではいけないからな。揉んだら、別の行為になってしまう)


「……でも、それだけで落ち着く。動かすのは、もう少し大人になってからでいい」


(お、大人になったらしていいのか……早く大人になりたい……とか言ったら、どんだけ欲望に素直なんだと思われそうだな)


「……素直でいいと思う。そういうことは、我慢しないほうが身体に良い」

「こ、こういう時は心は読まないでくれ……どうしても、ろくでもない感じになるから」

「……ヒロト様がろくでなしでも、私は気に入ったから、いい」


 ろくでなしってはっきり言われたが、まあ仕方がない。今の俺に必要なことは、開き直り、殻を破ることだ。


「そういうことを言う子には、おしおきしないとな……って、ユィシアにそんなことしたら灰にされるな」

「……灰にはしない。石にして、私の巣で愛でる。飽きてきたら元に戻す」


(こういうところは、やっぱりドラゴンが恐ろしいと思うところだな……)



◆ログ◆


・《ユィシア》が「採乳」を許可しています。実行しますか? YES/NO

・限界突破スキルが上がりそうな気がした。

・《ユィシア》は満足そうにしている。

・あなたは《ユィシア》に「搾乳」を依頼した。

・《ユィシア》はガラス瓶に搾った乳を入れた。「ドラゴンミルク」が生成された。

・《ユィシア》は顔を赤らめた。



「……思ったよりいっぱい出た。搾乳をすると魔力の消費が大きい……採れる量も多い」


 俺の渡した手巾で胸を拭きながらユィシアが言う。ついスキルが上がらなかったので勢いでお願いしてしまったが……搾乳したドラゴンミルクは真っ白で、まるで牛乳のようだ。味もミルクそのものだが、非常に濃厚でありながら味がすっきりしている。



◆ログ◆


・あなたは「ドラゴンミルク」を飲み干した。

・限界突破スキルが上昇した! 未知の世界への扉が開いた。



「朝一杯ずつ、搾りたてのこれを飲み続けるっていうのは……いや、何でもない」

「……金貨を10枚くれたら、あげてもいい。無料であげてもいいけど、その時は子供を作る」

「き、金貨10枚と子作りを対等にしちゃだめだぞ、ユィシア……」


 どういう会話をしてるんだと心の底から思いつつ、俺はドラゴンミルクが新鮮なうちに飲み干した。羊の乳より明らかに旨い……これを与えて育てるなら、ユィシアの仔はとても元気に育ちそうだ。


 まあ、それを作るには俺の協力が不可欠なわけで……い、いいんだろうか。


「……私はあせらない。無理やりにすると嫌われるから、しない」


 皇竜の力で本気で迫られたら抵抗できないからな……ユィシアが淑女で良かった、と胸を撫で下ろす俺だった。


※本日は次話まで連続更新です。

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