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第二十一話 山賊討伐/公女の受難

 ギルドで山賊討伐の依頼を受けたあと、俺たちはモニカさんの家に向かい、彼女の部屋で作戦会議をすることにした。

 モニカさんはクエストの報酬でインテリアを整えていて、知らない弓が増えている。あと、ぬいぐるみのようなものも置かれていた。これは俺をモデルにした人形だ。俺の顔を一日に一回は見ないと寝付きが悪いというので、俺が母さんに伝授してもらった手芸スキルを駆使して作成し、プレゼントした。手芸スキルがどれくらい上達したかを試すためでもあったので、ものすごく喜んでもらえてちょっと申し訳ない。


「★5のクエストとなると、山賊の強さも侮れないわね。冒険者から山賊になった連中も、それなりに腕は立つでしょうし」


 モニカさんはベッドの上に座ると、膝の上に俺のぬいぐるみを置く。目の前に俺がいるのに、ちょっと恥ずかしいというか何というか。


「小生たちの実力なら、何ら問題は感じないが……ヒロト君はどう考える?」

「私が正面から突っ込んでおとりになっているうちに、お師匠様たちが山賊のアジトに侵入して、内側からやっつけるという方法が良いであります」

「ウェンディ、いつも言ってるけど無茶はしちゃだめだよ。女の子なんだから」

「はぅっ……は、はぃぃ……お師匠様に女の子と言ってもらえるとあの、フィリアネス様との稽古で雷の魔法剣を受けた時のように、ビビッときちゃうんですけど……」


 いつもかぶっているツノ付きの兜を外したウェンディは、一度剣を握れば勇敢な女戦士というのが想像出来ないほど、ちょっとおどおどしている。出会った時から六年経ち、彼女も十九歳になっているけど、性格の芯の部分は変わっていなかった。


 最初は冒険者として経験を積んだら騎士団の入団試験を受けるつもりだった彼女だが、俺のパーティの居心地が存外に良かったらしく、騎士団より収入がいいこともあって、ミゼールに居着いていた。たまに里帰りしている時以外は、俺たちと行動を共にしている。


「八歳にもなると、もう一人前……というには、常識的に考えれば早いのだけれど、ヒロト君は二歳から小生たちのリーダーだからね。誤解を恐れずに言うなら、最近は顕著に男らしくなってきたと感じているよ」

「またそうやってすぐに脱線するんだから……★5クエストは何度もやってきたけど、報酬が★6相当の特別依頼なのよ? 気を抜いてたら怪我じゃ済まないかもしれないって、肝に銘じておかなきゃ」

「モニカさんこそ、どうして私たちの宿じゃなくて、モニカさんのお部屋にしたんでありますか? 会議が終わったあと、お師匠様と何をするのか、私もぜひ見届けたいでありますっ。そして前の時のように、四人で親睦を深めたいのであります」

「わ、私は別に……仕事が終わった時だけのご褒美って決めてるから、今日は何もするつもりないわよ……?」


 ちょっと残念そうなので、そういう気持ちはあったらしい。最近は、クエストが終わっても直行で家に帰って、ソニアの面倒を見たり、リオナの不幸が発動しないように一緒にいることが多かったからな。

 しかし、リオナのことについては、あるスキルを取ったことで状況が好転した。限界突破した後に幸運スキルを110にしてみたところ、『恩恵』というパッシブスキルが取得できたのだが、これは俺の幸運スキルの恩恵を、パーティ内の誰かに常に与えることが出来るというものだ。これの対象者をリオナに指定しておけば、どれだけ離れていても、今の彼女の不幸値は108だが、俺の幸運110で相殺することができる。おかげで俺の幸運はほぼ発動しないというネックはあるのだが。


 幸運を上げる方法は知っているが、不幸を下げる方法は分からない。ミゼールの中に居るだけでは解決しない問題が増えてきた。それら全てを含めて、ネリスさんは広い世界を見ろと言ってくれたのだと思う。


「……本当にするつもりないから、黙り込まなくてもいいじゃない。ヒロトの意地悪」

「あっ……ご、ごめん、そうじゃないよ。モニカ姉ちゃんと仲良くするのが嫌なんて、そんなことあるわけないよ」 

「それはつまり、小生たちよりもモニカ嬢とのプライベートタイムの方が優先されるということかな……?」

「その『嬢』っていうのやめて、何だか落ち着かないから」

「私は『嬢』をつけられると、ちょっと嬉しいであります……お淑やかに見られている感じがするであります」


 六年もパーティを組んでいるので、もう長年の友人というか、気心の知れた親友関係になりつつある。つまりは話が脱線しがちだ、ということでもあるが、和気藹々としたパーティの雰囲気は好きなので、俺も楽しんでみんなの話を聞いていた。


 しかし、名無しさんはやはり語彙の選び方が特徴的だ。何というか、前世における『典型的なオタク像』をロールプレイしているようなそんな感じがする。


(……っていうか、麻呂眉さんとまったく同じしゃべり方なんだよな。男だったはずなんだけど……)


 陽菜がリオナに転生していたと知った時から、俺は名無しさんの正体も気になって、どうにかステータスを見られないかと機会を探しているのだが……パーティメンバーなのに、保護がかかっていてステータスが開けない。いつもつけている仮面に何か特殊な力があるのか……それとも。


 しかし、他にもステータスが見られない相手は身近にいるので、あまり珍しいことではないのかもしれないと思い始めてもいる。


「ん……ヒロト君、やはり小生たちにも興味を示してくれているのかな?」


 じっと名無しさんを見ていたので、彼女はローブの胸元に手を当てて微笑む。法術士ソーサラーの彼女はネリスさんと違い、パリッとした制服のような布鎧クロースアーマーを身につけることが多いのだが、今日は戦闘に出なかったのでゆったりした格好をしていた。


「気になっていたのでありますが、名無しさんは最近胸が大きくなったでありますか? 私も昔よりは大きくなりましたが、お師匠様に出会わなかったら、たぶん今ほどにはならなかったでありますね」

「ウェンディはハマりすぎ。あたしの友達二人もそうだったって思い出すわ……でも、ウェンディはちょっと違うのよね。うれしいっていうより、照れてる方が強いっていうか……」


 ウェンディは魅了がかかってない状態なのに、まだ二歳だった俺がコボルトから助けてあげた結果、好感度がギュンギュンと上昇してカンストしてしまった。話を聞いてみると、男性に優しくされたことが今までなかったらしい。容姿は童顔とはいえ可愛らしい面立ちをしているし、男性に縁がないっていうのも信じられないくらいなんだけど……真面目すぎる性格ゆえに、アプローチに気付かないようだ。二歳の俺を異性として認識してしまうのは、『カリスマ』スキルの業が深いところである。


 名無しさんは俺の仲間に入ってくれるときの出来事があってからも、大人の男性からパーティに誘われることが何度もあったが、その全てを断っていた。俺たちの冒険者ランクがBランクまで上がると、女性三人のパーティだと思われているためにさらに男性冒険者の勧誘が激しくなったが、彼女たちは全く首を振らず、『鋼鉄の三女傑』などという異名がついていた。ウェンディはまだ女傑なんて早いであります、と恥ずかしがっていたが、名無しさんとモニカさんは勧誘が少なくなって気が楽になる、と嬉しそうだった。


 ギルド一階の酒場では、いつも女性冒険者の集まるテーブルで、ウェンディと同席して俺たちが来るのを待っていた。話を聞く限りでは彼女はものすごい大酒飲みザルらしく、男性の冒険者に下心ありきで酒を勧められても、絶対に酔いつぶれたりしないらしい。ウェンディは笑い上戸で、酒を飲めば飲むほど強くなるらしく、二人揃って酒場に勇名を馳せていた。


「そういえば、ウェンディの歳でお酒を飲むのっていいのかな?」

「公国法では、十五歳からお酒を飲んでいいことになってるわ。法律のことに関しては、ステラに聞くといいんじゃない? あの子、すごい勢いで勉強してるみたいじゃない。ヒロトに教えてあげるために」

「お師匠様でも知らないことがあるのでありますね。ふふっ、何だか可愛いのであります」

「もうヒロト君も大きくなってきたし、女性から坊や扱いされるのは、あまりいい気分はしないんじゃないかな? ウェンディ嬢もそのあたりは気をつけないと、知らずに機嫌を損ねてしまうよ」

「はっ……すすすみませんっ、私ったらつい……お師匠様、見捨てないでくださいっ!」

「それくらいは気にしないよ。俺もまだ、どう見たって子供だし」


 将来的に戦士ギルドに登録して戦士スキルのキャップ解放をしたあと、ウェンディと一緒にスキル上げをしたいので、それまではパーティから抜けてもらっては困る……というのは冗談で、ウェンディはもはや、俺のパーティに欠かせない前衛だ。俺ひとりで後衛を守ることはもちろんできるが、今後を考えると、何もかも一人で担うという考えに凝り固まるのはよくない。


 パーティはなるべく六人以上で、前衛、中衛、後衛のバランスが取れているのが理想だ。パーティ上限人数は百人なので、しばらくは勧誘を続けていきたい。自分のギルドを作ってマスターになるというのも、当座の俺の目標でもある。ギルドの設立条件は分かっているので、機が熟したら作るつもりだ。


「アッシュ君は商人の試験に合格したし、ディーン君は最近格闘術の訓練を始めたみたいだね。ステラ嬢は十歳にしてあの聡明さだから、ファ・ジールの大学から招聘がかかるかもしれない。彼女は優秀な学者になれると思うよ」

「ミゼールの子どもたちはそれぞれに秀でたところがありますが、リオナさんも八歳にして、ミゼールの町の皆さんからすごい人気でありますね……少女好きの人が多いなんて、と初めは引いたでありますが、リオナさんを直接見て納得したでありますよ」

「ものすごい美少女になってきたわよね、リオナは。けれど、それだけで説明がつかないような……そこに立っているだけで注目せずに居られないものがあるのよね、あの子には」


 俺が持つパッシブスキルの「魅了」とは別に、「魅力」というスキルがある。人にはそれぞれ魅力値とも呼べるステータスはあるのだが、それとは別個に存在するものだ。


 どうも夢魔のリオナは「魅力」を成長と共に修得するらしく、五歳の誕生日からステータス欄に加わっていた。魅力が上昇するだけでも魅了が発動しやすくなり、他人との会話が上手くいくようになるので、交渉術と合わせて取得したいスキルだったりする。魅力スキルは手順を踏まないと取得できないが、俺もいずれは取得しようと思っているスキルだ。

 まだ子供っぽくて焼き餅焼きで、お節介で……と、俺にとっては大変な女の子なのだが、リオナは魅力スキルの高さもあいまって、周囲の人物には非常に愛らしく見えるようだった。もちろん、素のリオナも容姿だけでいえば、俺の知っている美女たちに全く引けをとらない。


「ヒロトとリオナは幼なじみで、過ごした時間も長いし……ウェンディも名無しノーンも、油断してると普通に持っていかれちゃうわよ」

「小生は一夫一妻にこだわりはないからね。たまにヒロト君にかまってもらえれば、それで十分だよ。まあかまうという行為の内容は、将来的に変化していくことを希望するけれどね」

「わ、私も、出来ればお師匠様と弟子という関係を、お師匠様がそろそろかなと思ったタイミングで、踏み越えてもらえないかなと思っていたりするのであります……」

「み、みんな……気持ちは嬉しいけど、俺、まだ八歳だから」

「あ……今の『俺』っていう言い方、ちょっと男らしかったわね。もう一回言ってみて、ヒロト」


 モニカさんは俺に早く成長してもらいたいらしく、そういうリクエストを良くしてくる。俺は子供らしくお姉様方のお願いに応えたいところなのだが、改めて言うのが恥ずかしいので笑ってごまかした。

 リクエストに調子に乗って答えていると、確実に空気が変わってしまうということもある。パーティのリーダーとして、依頼達成のためには緊張感を持ってもらうように振る舞うべきだ。


「依頼の前はそういうことはしません、っていう顔しちゃって……つれないんだから」

「英雄色を好むという言葉は対応できる場面が多すぎて、あまり使いたくはないのだけどね。ヒロト君は、まさにそれを地で行っているね」

「そういうお師匠様だから、みんなの信頼を集めているのであります。私も一生ついていくであります!」


 ビシッ、とウェンディが敬礼する。今は冒険者である彼女だが、騎士学校で学んだ騎士敬礼は、けっこうサマになっていたりするのだった。



◇◆◇



 山賊のアジトには明日出向くことにして、俺たちはいったん解散した。モニカさんたちとの『お疲れ様』は、クエストが無事に終わった時にすることにした。


 明日は日中ずっと出かけるので、母さんには何らかの言い訳をしておかなければならない。そういう時に定番になるのが、『モニカさんの家に行く』『セーラさんの家に行く』『メルオーネさんの家に行く』の三択だった。


 子供の友達には、俺がモニカさんたちとパーティを組んでいることは言っていない。ディーンとは個人的に、修行のために森でモンスターを倒すのに付き合ったことはあるが、一緒にクエストを受けるのはさすがに色々と隠し通すにも限界があるから、プライベートでのモンスター討伐だけだ。ミゼールの森は危険度が低すぎて、弱いモンスターしか出現しなくなっているが。


 モニカさんはもちろんのことだが、セーラさんとメルオーネさんは俺の事情を知っているので、外出の口実に名前を出させてもらってもしっかり話を合わせてくれる。招待されて本当に家に行ったこともあるが、それほど変なことになるわけでもなく、健全に過ごさせてもらった。俺のいう健全は、世間一般の健全とはずれているかもしれないが。


「明日はモニカの家に行くのね。お母さん、そろそろモニカの家にお礼をしておかないと」

「大丈夫だよ、一緒に狩りに行ってモニカ姉ちゃんの仕事を手伝ったりしてるから、そのお礼に呼ばれたんだ」


 家の居間で夕食を取りつつ、母さんに説明する。母さんの料理スキルは長年料理をし続けた結果として50を超えていた。年々料理がレベルアップしていくので、父さんも喜んでいる。


「ヒロちゃん、またモニカおねえちゃんの所にいくの? リオナの所にも来てくれたらいいのに……」

「ごめん、また今度な。サラサさんにもよろしく伝えておいて」

「ヒロトの口調がどう見ても、若い頃の俺よりも女慣れしているんだが……どう思う、母さん」

「あなたもそうだったじゃない、王宮の晩餐会に招かれたとき、女の人たちにちやほやされてたでしょ」

「あ、あれはだな……俺もまだ若かったというか、昇進したばかりで注目を浴びていたというか……ヘンなことはしてないぞ、俺はレミリア一筋だからな」


 サラサさんは今は自宅にいるが、よくリオナと一緒にうちに来ている。うちの母さんに機織りを習ったり、薬師としてネリスさんのお手伝いをしたりと、町に出ずに出来る仕事をしていた。

 リオナは家に来ると、ソニアの面倒を見てくれている。なので、ソニアは母さんの次にリオナになついてしまい、その次に俺という序列になっていた。それでも十分すぎるほど好かれているのだが。


「おにいたん、そにあもおにいたんとあそびたい!」


 三歳になって少し経つが、ソニアは舌っ足らずではあるが利発な子で、かなり達者に話すことができる。

 リカルド父さんが期待した通りに、ソニアは俺と同じか、それ以上に発育が早く、同年代の子を持つ親御さんたちからすると『天才』に見えるらしかった。

 しかし俺からすると、まだ小さい妹だ。俺の身長もまだまだ伸びきってないが、妹の身長はまだ1メートルに達してない。ちょこちょこと走り回ってよく転びそうになるので、一緒にいるときは注意して見ているようにしていた。

 ソニアは髪を結んで2つのおさげにしていて、ツインテールというやつだ。ツーテールというのが本来の呼び方らしいが、俺にはツインテールの方が馴染み深い。母さんと同じ亜麻色の髪をしていて、並ぶとまるで母さんを幼くしたような容姿をしている。そんなわけで、父さんもソニアが可愛くて仕方ないらしかった。


「ソニアも大きくなったら、一緒に連れていってあげるよ」

「おにいたんのばか! そにあはいまいきたいの! ばかばかばか!」


 赤ん坊の頃はおとなしかった妹だが、物心ついてくるとお姫様のようにわがままになってしまった。最近は言うことを聞いてあげないと、すぐ椅子をぴょんと飛び降りて、俺のところにやってきてちっちゃい手でぽかぽかと攻撃してくる。まったく痛くないので、俺は受け止めつつ、いつもソニアを抱え上げて膝に乗せてやる。


「……おにいたん、そにあもつれてって?」


 こうするとすっかり大人しくなるので、みんな微笑んでいる。リオナも「よかったね」という顔で見ているが、人指し指を口元に持っていって、ちょっと物欲しそうな感じを出していた。彼女のくせなのだが、八歳のくせに妙に色っぽくて、指摘しづらいものがある。


「ソニアちゃん、もう少し大きくなったら私と一緒に遊びにいこうね。私のおうちに来てもいいよ」

「わーい! リオナおねえちゃんといっしょにいく!」

「ははは、ヒロトは引く手あまただな。明日はモニカの家で、次はリオナちゃんの家か。ソニアのことも、しっかり面倒見てやるんだぞ」

「ちょっ、父さん、それは結構先の話で……」

「ヒロト、リオナちゃんに意地悪するんじゃありません。次の日曜日にでも遊びに行ってきなさい」


 こういうとき、レミリア母さんはだいたいリオナとソニアの味方をする。父さんも別に俺の味方というわけではなくて、むしろ煽ってきたりするので、ちょっと俺も反抗期を迎えそうな気分だ。まあ、俺が素直じゃないっていうだけなのだが。


 自分では年上好きの傾向があるかなと思っていた俺だが、リオナは正直言って可愛い。最近では伸ばした髪をサイドで結ぶようになって、ますます前世の陽菜に似てきてしまった。リオナの髪型はサラサさんがセットしているのだが、異世界にも同じ髪型があるとは驚きだった。


 着てる服も幼い子供が着るシンプルなものから、最近ではディテールの凝った少女向けの服に変わった。ステラ姉がリオナの服を選ぶようになったからだ。パドゥール商会は色んな商材を扱うが、ミゼールにおいて主に扱っているのは衣服で、この田舎町にも首都から仕入れた最先端の服が入荷する。服飾デザインを専門にした職人は異世界にもいて、ハンドメイドで一着ずつ服を作っているのだ。もちろん、簡素なデザインで量産される服もあるが。


 母さんが織った布はエレナさんが自分の店で買い取り、服に加工している。母さんの布は首都にも送られることがあり、品質が安定していて評判が良いそうだった。おかげで母さんには安定して仕事が入り、手が足りないときはサラサさんに協力してもらうようになった。


「おにいたん、どうしたの?」

「ん……ああいや、何でもないよ。そろそろ食べ終わるから、ソニアも降りて」

「うん!」


 ソニアはぴょんと俺の膝から降りて、自分の椅子によじのぼってちょこんと座る。ちょっと前までは父さんや母さんに座らせてもらっていたが、今では危なげなく、一人で出来るようになっていた。


「パパ、ママ、おにいたんとおふろはいってもいい?」

「ああ、父さんは一向にかまわないぞ。だけどソニア、たまにはお父さんと一緒に入ろうな。ヒロトも入ってくれなくなって、お父さんは子どもたちに置いて行かれた気分なんだ。正直を言うと寂しい」

「あなたったら……心配しなくても、一緒に入ってくればいいじゃない」

「パパとはあしたいっしょにはいるの。きょうは、おにいたんとリオナおねえちゃんとはいるの」

「うん、リオナも一緒に……って」


 つい返事をしかけて気づく。妹がものすごい勢いで地雷を踏みぬいてきたことに。


「……ヒロちゃん、久し振りだね、一緒にはいるの。恥ずかしがって入ってくれないかなと思ってた」

「っ……い、いや、今のはつい返事しちゃったというか、流れでというかっ……」

「ヒロト、男は一度言ったことを引っ込めちゃいかん。見苦しい言い訳はしないで、一緒に入ってあげなさい」

「あなた、それはちょっと悪乗りしすぎよ……ふふっ。でも、そんなに目くじら立てることでもないかしらね。二人とも、まだまだ子供だし」

「ヒロおにいたん、リオナおねえたんは、ちょっとおむねがふくらんでるんだよ」

「へ、へえー……」


(膨らんでるなら一緒に風呂に入れない気が……くっ、俺はどうすれば……!)


「ヒロト、なんだその気のない返事は。男なら、気の利いたことの一つでも言ってあげなさい」

「あ・な・た?」

「じょ、冗談だ。母さん、そんな怖い目で見ないでくれ」


 レミリア母さんにジト目で見られて、父さんはあたふたしている。二人とも、まだまだ若いな……って、俺が言うことじゃないけど。


「……ちょ、ちょっとだけね。あんまりふくらんでないよ、ステラお姉ちゃんよりはぜんぜんだよ」


 リオナはそう言うが、俺は何も聞かなかったことにしようと思った。ステラ姉は最近思春期というやつで、あんまり俺と二人きりで勉強を教えてくれない。昔はよく本を読んでくれたのに。

 ――なんて、理由が分からないふりをするほど子供じゃない。みんなから向けられる好意にどう応じればいいのか、常に真剣に考えなければならない。


「まあ、ステラ姉より小さいから、たいしたことないかな」

「むぅっ……ひ、ヒロちゃんひどーい! そんなにおっきいお胸がいいんだ! 私だって、大人になったらサラサお母さんみたいにおっきくなるもん!」

「大丈夫よ、リオナちゃん。ヒロトはサラサさんに誘われても、最初はそっぽを向いて……あなた。何を真剣な顔で聞いてるの」

「近所の奥さんに息子が誘われていたと聞くと、由々しき事態だと思ってな。父として、息子をどう正しく導いてやるべきかを……あいたたっ、み、耳はやめてくれ母さん、耳たぶが伸びる!」

「何か変なこと想像してたでしょう! 子どもたちの前でよその奥さんにデレデレして……反省しなさい!」

「いででっ、ひ、ヒロト、ソニア、助けてくれっ……!」


 ソニアは父さんのところにやってくると、膝にぽすっとパンチして、苦しむ父さんを見上げて言った。


「パパ、ママにおこられてる。かっこわるい」

「ぬぁぁっ……お、俺の父としての威厳がっ……! ソニア、父さんは、父さんはなっ……!」


 嘆く父さんを見ていて、俺はつい笑ってしまう。顔を真っ赤にして恥ずかしがっていたリオナも、それを見てつられて笑っていた。


 しかし父さんも、本気を出せばミゼールの人々に一目置かれる存在なのにな……家の中じゃ、妻と娘の前ではかたなしだ。俺も家庭を持つとこうなるのだろうかと思うと、父さんを見て今から親近感を覚えてしまう俺だった。



◇◆◇



 父さんは風呂を沸かしに行く前に、「ハインツが嫁さんと上手く行ってないっていうけど、もしかしてヒロトが原因か? って、そんなわけないよな」と冗談を言っていた。


 しかし俺には、それが冗談に受け取れなかったりもする。サラサさんとハインツさんの本当の関係を知ってなお、俺はサラサさんの首輪を外し、リオナにつけたのだから。


「あっ……ヒロちゃん、まだこっちむいちゃだめ!」

「だめ! おにいたんはこっちをみるの!」

「わ、分かってるって……俺は別に、覗いたりしてないからな?」


 服を脱いでも、リオナは首輪を外さない。それを確認しようと振り返ろうとしたら、リオナと妹から猛攻撃を浴びてしまった。


 リオナはソニアを先に脱がせてあげてくれて、髪を結んだリボンも解いてくれた。ソニアの髪は首元に届くくらいで、結んでいたために少しカールしている。


 しかし自分の妹ながら、将来は美少女に育ちそうだと思う。身内の贔屓目かもしれないが、つぶらな目をしていて睫毛が長く、歯並びも良い。異世界では噛みごたえのある食べ物が多く、砂糖も滅多に使わないので、一家ともども虫歯の一本もなかった。父さんが食いしばりすぎて奥歯が砕けたりしていたが、異世界では歯科医療専門の治癒術師がいるので、ある程度治療はできるらしい。


「……ヒロちゃん、こっちむいていいよ。そっとだよ?」

「ん……あ、ああ」


 何と言っていいのか……八歳の陽菜と風呂に入っていたら、こんな感じだったのかな。いや、小学生の時分だったら、何も思わなかったとは思うけど。


 異世界でも吸水率の高い綿を使用した、タオルに相当するものはある。リオナはそれで身体の前側をしっかり隠していた。しかし下を隠すために胸元のタオルがぎりぎりになっていて、なだらかな傾斜の始まりが見えてしまっている。


(……俺はロリコンではない。そうだ、これは保護したいという感情だ。スキルでは表せない、父性の目覚めなのだ)


 素っ裸のリオナをすでに見ている俺には、あれから何年も経過したからといって、いきなり感想が変わるということはない。俺の精神年齢は前世から数えて24歳、8歳のリオナとの差は16歳。まずい、それって丸ごと俺の前世で過ごした年数じゃないか。というのはどうでもよくて。


「おにいたん、へんなところむいちゃだめ! そにあをみるの!」

「お、おう……」


 ソニアが抱きついてくるが、さすがに三歳の妹がぴったり全裸で密着してこようと、俺の魂は動じない。しかしリオナの胸が膨らんでしまっている事実が、一緒に入っては駄目なのではという背徳感と一緒に、俺の心の柔らかいところを責めさいなむ。


(膨らんでいる……つまり、母性スキルが伸び始めている……? い、いや、確かめたりはしないぞ)


「ひ、ヒロちゃん……どうしたの、だまっちゃって。何にも言ってくれないと、はずかしいよ……」

「ち、ちがっ……お、俺は、べ、別に、その、気にしてるとかじゃなくて、きょ、興味ないしっ……」

「……お母さんといっしょのほうが、よかった?」


(そんな究極の質問をされても……俺に死ねというのか……っ)


 リオナはもう女の子として、そういう機微が分かってるみたいで、サラサさんが俺に見せる態度についても薄々感じ取っているみたいだった。


 最近はサラサさんに授乳してもらうことはないけど、彼女が時々期待してくれているというのは分かってしまう。そんなとき、リオナが切なそうな目で俺を見てくる……八歳で嫉妬なんてあるわけない、と最初は思おうとしたが、何度も続くと、気のせいではないと断言せざるを得なかった。


(リオナを傷つけないためには、どう言えば……しょ、正直になるしかないのか……?)


 交渉術で選択肢を出したい気分になったが、マナ切れ回避のためのポーションを飲むのも不自然だ。もうちょっと使い勝手が良ければ、結構頼れるスキルなのに。

 俺は腹をくくり、目を潤ませているリオナに向かって、出来る限り優しく言った。


「そんなことないから、心配するな。俺は、む、胸の大きさとか、あんまり気にしないから」

「……これくらいでも、だいじょうぶ?」

「ぶっ……み、見せるなっ、ほんとにそれはだめだっ……そ、ソニアも見せなくていいっ!」

「おにいたん、お顔がまっかだよ? おふろ、まだはいってないのに」


 俺はもちろんソニアの裸身に反応したわけではなく、リオナの方に……いや、どっちもまずい。布で隠していた部分をあろうことか、自分からぴら、と見せてくるなんて……本当にふくらんでるし。


(こ、これは、何の他意もなく……俺は決してロリコンじゃないから、ただの定期的なステータス確認で……)


 誰に言い訳をしているかわからないが、俺は葛藤の末に、リオナのステータスを呼び出した。



 ◆ステータス◆



名前:リオナ・ローネイア


夢魔 女性 8歳 レベル7


ジョブ:奴隷(あなたを主人とする)

ライフ:64/64

マナ:1176/1176


スキル:

 薬師 16

 手芸 10

 白魔術 70

 恵体 2

 魔術素養 96

 魅力 32

 夢魔 72

 母性 10

 不幸 108

 限界突破 16

 奴隷 24


アクションスキル:

 手縫い(手芸10)

 催眠(夢魔30)

 飛行(夢魔40)

 誘惑(夢魔50)

 夢喰い(夢魔60)


パッシブスキル:

 【対異性】魅了(夢魔10)

 完全魅了耐性(夢魔20)

 【催淫】魔眼(夢魔70)

 薬草学(薬師10)

 治癒術レベル7(白魔術70)

 マジックブースト(魔術素養30)

 【×】ハプニング(不幸10)

 【×】没落(不幸50)

 【×】凶星(不幸100)

 魔王リリスの転生体

 種族による職業制限あり

 【×】徐々に不幸値が上昇


 残りスキルポイント:21



 夢魔、魔術素養、不幸が成長と共に著しく伸びてしまうリオナだが、不幸スキルの影響は幸いにも封印することができている。×がついた部分は、一時的に無効化されているという意味だ。


 魔王に覚醒しかかった――いや、一時的に半覚醒した代償に得た白魔術は失われていないが、リオナは自分からは使おうとしない。どうやら、自分が魔術を使えるということを忘れてしまったようだ。サラサさんに教えてもらって初級の治癒魔術を使えるという自覚はあるが、それ以上は能力的には使えるけれど、本人が使えると知らないので使えないという状態だ。


「ヒロちゃん……あ、あのね。私、まだ赤ちゃんだったけど、覚えてることがあって……」

「うぇっ?」

「おにいたん、へんなこえ出しちゃだめ。ママにおこられるよ?」


(あ、赤ん坊だったけど覚えてるって、何を……ま、まさか……!?)


 リオナはもじもじしつつ、胸を隠すタオルをきゅっと掴みしめる。風呂場でも外さない首輪が、今は何だか、とても背徳的なものに見えた。


「ひ、ヒロちゃん……お母さんのお胸、さわってたよね? 私がおっぱいもらってるときに、一緒に……」


 ――気づいていたのかリオナ。俺の手があの時光り輝いていたことに。


(いや、かっこつけてる場合じゃなくて……お、覚えてたのか……俺がサラサさんのバストに、ことあるごとに触れていたことを……!)


 リオナはそれをどう思っているのかと思うと、いきなり心臓がバクバクしてきた。最低ヒロちゃん、と前世で言われたことはないのだが、初めて言われてしまうかもしれない。


「そ、そのことを、最近思い出したら……胸がどきどきするの。ヒロちゃん……どうして……?」

「ど、どうしてって言われてもだな、そうだ、ドキドキする時は、気持ちが安らぐポーションをだな……っ」

「……私もお胸がお母さんみたいに大きくなったら……ヒロちゃんに、同じふうにして欲しいの」


(ほげぇぇぇ!?)


 どうして、と聞きながら、リオナの中でもう答えが出ているだなんて。待ってくれ、そんなことを【催淫】の力を持つ魔眼で見つめながら言わないでくれ。八歳でそのスキルは色々と危険すぎる、封印するまで目を閉じていてくれ。いや、目隠しプレイとかそういう意味じゃなくて。


 ダメだ、全く冷静でいられない。まだ八歳と思って甘く見ていた……前世でも小学生の性の乱れが問題になっていたじゃないか。あんなのはけしからんと思っていたが、俺の方がよっぽどけしからん人生を送ってきてしまっている。文句を言えた義理なのか。いや、今は反省してる場合でもない。


「リオナおねえたんのおむねが大きくなったら、そにあもさわっていーい?」

「えっ……あ、あのね、ソニアちゃんは……えっとね、えっとね……」

「ヒロおにいたんはさわっていいのに、そにあはだめなの……?」

「う、うん……ヒロちゃんは男の子だから、今でもサラサお母さんのお胸をさわって……女の子はそんなに、お友達のお胸はさわらないでしょ?」

「そう? リオナおねえたんのおむねなら、さわりたい!」


(うちの妹が、幼なじみと百合関係になるわけがない……なんてな)


 たぶん、俺が触るなら私も触る、という妹心理だろう。リオナとしては妹に触られるほうが恥ずかしいらしい。その優先度のつけかたは、ちょっと俺としては理解不能だ。実にけしからん。


「……あ、あの、ヒロちゃん……今さわってみる? 私の胸、ソニアちゃんが言うとおり、ちょっとおっきくなったから」

「うわぁぁっ、ま、待てっ、見せなくていい! み、見たくないとかじゃないけど、見せなくていい!」

「見たいなら、見てもいいよ……? ステラお姉ちゃんも、そのうち見せるって言ってたし」


(どういう話をしてるんだ……気になる……というかステラ姉まで……!?)


 八歳のリオナだけでなく、十歳のステラ姉まで俺に胸を見せたいという。なんだこの状況は……俺が今までしてきたスキル上げ行為に裁きを下そうというのか。それとも俺に精神攻撃をして追い詰めようという女神の策略なのか。


(……落ち着け俺、こんなときこそクールに、スマートにだ)


 そもそも考えてみれば、なんら不思議なことではない。リオナもステラ姉も、かなりの好意を寄せてくれている。それが、気づかないうちに胸を見せてもいい段階に来てしまっていただけだ。いや、どう考えても不思議でならないというか、もうわけがわからない。


「ヒロちゃんに喜んでもらえるように、私もおっきくしようとしてるの……山羊さんのミルクを飲むのがいいんだって」

「そ、そうなのか……あんまり無理はしなくてもいいぞ。し、自然に成長するのが一番だからな」

「……ヒロちゃん、おっきくできる? 私のお胸」


(そんなお願いをする女の子ではなかったぞ、前世のおまえは……くっ、そんなこと言うわけにいかないし)


 何を言っても今のリオナには通じない。夢魔という種族は、全力で童貞を殺しに来るのだろうか。八歳にしてこの凶悪さでは、十五歳まで守りきれる気がしない。


(い、いや……リオナは陽菜でもあるんだ。前世的には十八歳未満だと駄目だったんじゃなかったか……くそっ、そんな法律なんて気にする機会もなかったのに……!)


「と、とりあえず……お胸って言うのはだめだ。胸の話は、もっとこう、大人になってからするべきなんだ」

「……ヒロちゃんの前でしか言わないよ?」

「お、俺の前でもはっきり言っちゃだめだ。胸の話は、恥ずかしいものなんだ」

「は、恥ずかしくてもいいもん……ヒロちゃんに言うんだったら」

「もっと照れながら言うんだったらいいけど、堂々と言っちゃだめだ。胸は大事なんだ、女の子の大切なものなんだから……わかるか?」


 必死に説得しようとしているうちに、俺の心は逆に穏やかになってきていた。バストっていうのはね、何というか、救われてなきゃダメなんだ。そこには男の憧れの全てが詰まっているんだ。


「……うん、わかった。ヒロちゃん、ありがとう、教えてくれて」

「良かった……分かってもらえて。だから、ちゃんと隠さないと。俺と一緒に風呂に入ることも、そんなにはないと思うけど……」

「えっ……もう、一緒に入れないの? ソニアちゃんとだけ入るつもりなの……?」

「そにあは、おにいたんと、リオナおねえたんといっしょにはいりたい。あらいっこしたい」


(妹よ……気持ちは嬉しいけど、膨らみ始めたらわりとあっという間なんだ。前世でそうだったんだ……!)


 食べてるものも送っている人生の内容も違うが、俺は確信していた。たとえリオナがサラサさんと血が繋がっていなくとも、このままのペースだとお母さんに匹敵するくらいに成長するであろうと。

 

「やだ……私もヒロちゃんと入りたい。ヒロちゃんの背中、流してあげたいもん」

「くっ……わ、分かった。分かったから、そんな泣きそうな目で見ないでくれ」

「な、泣いてないよ? ちょっと水がはねちゃっただけだもん。ね、ソニアちゃん」

「……へっくちん!」


 ソニアがくしゃみを……そ、そうか。こんな格好でいつまでも話してたら風邪を引いてしまう。早く風呂に浸からせてあげないと。


「リオナ、とりあえず胸は隠して、ソニアを洗って先にお風呂に入れてあげよう」

「ご、ごめんねソニアちゃん、私、自分のことばかり考えてて……」


 リオナは顔を真っ赤にして照れつつ、率先してソニアの身体を洗ってくれる。焼き餅を焼くことがあるとは思っていたけど、もうすっかり女の子だな……リオナは。

 しかし8歳で母性10って……フィリアネスさんと同じく、若くして20を超えてしまいそうだ。その時は、俺は倫理を選べるのか……しかしリオナからもして欲しいと言われてしまったしな。いや、リオナの状況を考えると、スキルをもらおうとするのは本気で間違ってる気もするし……。


「……ヒロちゃん、じっと見ちゃだめだよ? さっきは見せたけど、今は隠してるんだから」

「あっ……ご、ごめん、気をつけるよ」


 俺が説得した結果、リオナに今まで以上の羞恥心が芽生えてしまった……良かったのか、悪かったのか。いや、良かったに決まってるな。そうだと思わないとやってられない。


「つぎは、そにあがおにいたんのことあらってあげる!」


 天真爛漫なソニアだが、この子はこの子で、ちょっと謎めいた部分があったりする。


 ◆ステータス◆


名前 ソニア・ジークリッド

人間 女性 3歳 レベル3


ジョブ:村人

ライフ:64/64

マナ :48/48


スキル:

 気品 3

 恵体 2

 魔術素養 3

 ??? 10


アクションスキル:

 ???


パッシブスキル:

 ???


残りスキルポイント:9



(詳細不明のスキル……こんなの、見たことないぞ)


 ソニアが持っている謎のスキルは、種族や職業に関係なく上昇して、10に達していた。そして、母さんから得た気品、身体を動かすだけでも多少は上がる恵体はまだしも、上がる理由がないはずの魔術素養が上昇している。


 俺が知らないことが、この世界には山ほどあるが……まさか、妹が未知のスキルを持って生まれてくるなんてことがあるとは思わなかった。詳細鑑定、あるいは真眼を用いれば、おそらく名称が判明するのだろうが、今はまだそれらを利用する方法がない。


「ソニアちゃん、目を閉じてね。泡を流すから」

「うん! きゃはははっ、ざばーん!」


 リオナが桶で汲んだ湯を浴びてはしゃいでいるソニアを見ながら、俺は思う。子供のステータスは見ないようにしてきたが、そんなことをしていたら、致命的な見逃しをする可能性があるのだと。

 しかし心配すると同時に、未知のスキルに対する好奇心があることも否定できない。悪いものじゃなく、素晴らしいものである可能性もあるからだ。

 どちらにせよ、上位の鑑定スキルを自分で手に入れるか、スキルを所持している人と知り合いになっておきたい。人の多い首都なら、そんな出会いもあるかもしれないと期待していた。



 ◇◆◇



 翌日の朝、俺はシャーリーさんに教えてもらった通りに、ミゼールと首都ジュヌーヴの公道の途中から、山に入っていったところにある山賊のアジトを目指した。


 事前に盗賊スキルの『忍び足』を発動できるポーションをネリスさんに作ってもらい、みんなに配ってある。最初から百人以上の敵を相手にするつもりはなく、ボスを狙う作戦だった。


 山賊たちは、山中に作られた古い砦に住み着いて根城にしていた。この辺りで、昔戦でもあったんだろうか……と考えて、俺はゲーム時代の、ジュネガン公国の歴史について思い出す。


 ジュネガン公国は、もとは四人の兄弟が作った国だった。建国当初は四人で分割統治を行っていたが、長兄が欲望に駆られ、他の兄弟の領地を奪おうと戦争を起こした。戦争は四兄弟全てを巻き込んだが、上の兄弟たちが争っている間、最も弱いと見られて攻めるのを後回しにされた末弟の国が、弱った兄たちの国を一気に攻め落としたのである。末弟は自分の国の国力を、兄達に対してあえて小さく見せ続けていたのだ。本気を出せば四国を統一出来る力があったにもかかわらず、領民の流す血を少しでも減らすために。


 今に続く公王家の系譜は、その末弟から始まり、今に至っている。そのため、四兄弟が戦場とした場所には、戦争で使用された砦などが残っているのではないか――と思ったわけだが。たぶんギルドで把握しているのは山賊のアジトの位置までで、建物がいつの時代のものかは知らなかったのだろう。シャーリーさんからは、事前に何も聞かされてなかった。


「さて……ここからは、スキルで気配を消した斥候が出てきている可能性がある。俺たちも気配を消しておこう」

『了解』


 三人が同時に頷き、忍び足のポーションを飲む。



◆ログ◆


・《モニカ》《ウェンディ》《名無し》は「忍び足のポーション」を飲んだ。

・使用者の気配が消えた。

・あなたは「忍び足」を使用した。あなたの気配が消えた。



 これで敵からは気づかれにくくなる。忍び足を確実に見抜くには『看破ディテクト』のスキルが必要だが、これはおそらく、ほとんど持っている人がいない。交渉術を110まで上げた時に取れた、非常に強力なスキルだからだ。


「それじゃ、俺は砦に入ってボスを探す。モニカさんたちは火が広がりすぎないようにしつつ、森の中で煙を起こしてくれ。そっちに砦の中のやつらの気が向いたら、みんなは砦が見える位置で伏せててほしい」

「ヒロト……一人で大丈夫? 砦の中に、罠がないとも限らないわよ」

「大丈夫、ここは俺に任せて」


 人間を相手にしたとき、全力で戦っても殺さずにいられるのは、パーティでは唯一「手加減」を持つ俺だけだ。【神聖】剣技スキルを上げる過程で取得していて、色んな場面で役に立っていた。


 ゲームでは罪を犯すとカルマが上がり、町に入れなくなったり、守備兵ガードに指名手配されるなどの厳しいペナルティがあった。異世界ではカルマがどうこうというより、法で犯罪は裁かれるので、殺人、盗みなどを犯して発覚した時点で犯罪者となる。

 敵が俺たちを殺しにかかってくれば、こちらも不殺で応戦することは難しくなる。そのため、俺は今回みんなには補助役をしてもらうつもりだった。もし犯罪者を殺害しても罪にはならないが、殺害数に応じて就ける職業に影響が出てきてしまう。


「モニカ姉ちゃん、矢は麻痺毒の矢か、眠りの矢を使うようにして。ウェンディも大丈夫だと思うけど、もし戦闘になったら、武器破壊技を使うんだ。名無しさんも補助魔法で、敵の動きを止めてほしい」

「山賊はみんな、殺さずに倒すっていうことね……分かったわ。倒した敵は生け捕りにして、縛っておきましょう」

「武器破壊……分かりました、成功率を上げるためにソードブレイカーに装備を変えるでありますっ」

「小生は平常運転だね。牽制に攻撃魔法を使うかもしれないけど、威力は抑えておこう」


 法術士はマナの消費量を自分で調節できるので、同じ法術でもダメージが変わる。法術レベル×10が、一度に使用できるマナの最大値だ。


「みんな、くれぐれも無理はしないでくれ。それじゃ、作戦を始めよう」


 みんなが頷いたのを確認したあと、俺は砦の裏手に回る。見張りに立っている山賊の位置を確認しつつ、俺は中に侵入できそうな場所を探す――砦の回りを囲む壁の一箇所に蔦が伝っていて、そこは登ることが出来そうだった。


(潜入任務か……ゲームでもあったな。あれはバレたら最初からやり直しだったけど、今回は気が楽だ)


 ばれた時点で、全員昏倒させる方向に切り替えてもいいわけだ。ここまでの移動に力を借りたユィシアも、実は森の中で待機していたりするので、戦力は十分すぎる。ただユィシアは全く手加減出来ないので、竜魔術で敵を石にしてもらうなどしてもらわないといけない。治癒術レベル7のヒーリング・レインはリオナしか使えないし、他に石化を解けるのは現状ではエリクシールだけなので、できれば石化は使いたくなかった。


 考えつつも俺は、見張りが交代する時に注意をそらした隙を突き、蔦を利用して砦の壁をするすると上り、忍び足の効力で音もなく内側に降り立つ。サッと物陰に隠れて周囲の状況を把握する――すると、近くから話し声が聞こえてきた。


「なあ、おかしらってウチの誰かと付き合ってんのかな?」

「何言ってんだよ、おかしらは俺がいい男だからってんで引き入れてくれたんだぜ」

「ええ? 俺もそう言って誘われたけど、山賊に入ってからは、俺が手柄を挙げて幹部になるまでは、皆の手前特別扱い出来ないって言われたんだが……」

「バーカ、そりゃお前なんか眼中にないってことだよ」

「わ、分かんねえだろ! 見てろよ、俺だってすげえお宝を盗んで幹部になってやる!」


 ハニートラップというのか、キャッチセールスというのか。山賊の首領はどうやら、女を武器にして男性の部下を集めてきたようだ。こんな状態だと、いつか内部崩壊を招きそうな気もするが。


「あんたたち、私語ばかりしてんじゃないよ! ちゃんと見張りな!」

『あ、アイアイサー!』


 黒く短い髪の眼帯をした女性が、男たちを叱咤する。あれが首領……いや、どうやら違うようだ。


「……ふう、こええこええ。うちの女どもは、みんな性格がキツイのなんのって」

「パメラ姐さんも、性格はああだからなぁ……まあ、引っかかっちまったもんはしょうがねえか」

「まあな。あー、姐さんの水浴びとか覗けねえもんか」

「やめとけ、砦の一番奥だからもし見つかっても、外まで逃げるまでに捕まるぜ。おかしらにお仕置きされるなら本望だが、まあ爪のひとつは剥がされるだろうしな」

「何もしないうちから諦めんなよ! こっちは三ヶ月も町に出てなくて、いろいろ我慢の限界なんだよ!」


 山賊も大変だな……なんて同情してやってもいいくらいには、彼らは多くの情報を提供してくれた。見張りに必要なものは、私語を全くしない寡黙さ、退屈に耐える精神力だ。そのどちらも、彼らには著しく欠けているが。


「お疲れ様、お兄さんたち。それと、おやすみ」

「えっ……ぐへっ!」

「うぼぁっ!」



◆ログ◆


・あなたは「峰打ち」を放った!

・《ザム》に173ダメージ!

・「手加減」が発動! 《ザム》は昏倒した。

・あなたは「峰打ち」を放った!」

・《ベンディ》に168ダメージ!

・「手加減」が発動! 《ベンディ》は昏倒した。



 斧の平たい面で殴る、それが峰打ちである。騎士道スキル30で取れるのだが、騎士道は50で手加減も取れるし、敵に手心を加える系のスキルが多い。今のところ、俺は30までしか上げられないが。


 とにかく盗賊二人は昏倒させたので、近くの部屋を開けて空室であることを確かめたあと、手足を縛って放り込んでおく。もしこのまま放置してしまうことになった場合のために、頑張れば届く位置に、男たち自身が持っていたナイフを置いておいた。ロープを切れば離脱出来るだろう――起きた時には、山賊は壊滅しているのだが。



◇◆◇



 首領がどこにいるのかは「砦の奥」というだけでははっきりしなかったが、見張りの山賊がことごとく雑談を交わしていたので、彼らの話を聞き、倒し、縛り、先に進むことの繰り返しでなんとかなった。


 どうやら昨夜は酒宴が行われたらしく、山賊たちは略奪に出ることもなく砦の中で半数以上が寝ていた。起きてきて見張りをしている連中はまだマシな方だが、まだ昨日の高揚感が抜けておらず、べらべらと内情を喋ってくれる。ポイズンローズは首領を含めて幹部が全て女性であること、どうやら首領は男性を誘惑してスカウトするものの、実際は男性嫌いであるらしいとも分かった。必要な情報なのかどうかわからないが。


(この絶対の好機を逃すわけにはいかないだろう、常識的に考えて)


 合計十人ほど見張りを倒したあと、俺はようやく、首領が水浴びをしているらしい浴室の前にまで辿り着いた。首領ともあれば、風呂場にも武器を持ち込んでいるかもしれないので、一応は応戦出来るように準備しつつ、浴室の扉に手をかける。古い砦の中にわざわざ新しく浴室を作るのはいいが、財政が苦しくて奴隷売買に手を出したというのにこんな贅沢をしているようでは……と呆れつつ、俺は片手に斧を構えつつ、大胆に扉を開けた。



◆ログ◆


・あなたは扉を開けた。



「動くな! 抵抗しなければ、悪いようにはしない!」

「チッ……こんなガキをみすみす通すなんざ、見張りの奴ら、本当に使えないね。だけどね、風呂場ならあたしをやれると思ったら大間違いだよっ!」


 全裸で水を浴びていた女首領は、自らの格好に構うことなく、手の届く場所に置かれていた短剣を手に取り、俺に向かって投擲してくる。


(なかなか速いな……しかし……!)


「はぁっ!」


 俺は斧を振り抜き、短剣を弾く。短剣は天井に突き立ち、女首領は武器を失った。


「斧なんかで、あたしのナイフを……こ、このガキ、強すぎるっ……!」

「……あれ?」


 どこかで見たことある……この、青みがかったカーリーヘア。目つきがちょっときつくて……でも、かなりの美人で。


(……むしろ、どうして忘れてたんだ。盗賊スキルを今でも使わせてもらってるのに)


「な、なんだってあたしはいつもガキに……何の恨みがあるってんだよ……っ!」

「お姉さん、俺は、お姉さんのことをよく知ってると思うんだけど……お姉さんは、忘れちゃったかな?」


 俺は斧をしまっていた。もう、武器を構える必要もないと思ったからだ。

 裸のままの女首領は、俺の視線が今頃気になってきたのか、胸と下半身を手で隠しつつ、目を見開いて俺をまじまじと見ている……そして。


「あんた……どこかで、会ったことが……い、いや、そんなことあるわけない。あのガキが、こんなとこに来るわけないっ……」

「……じゃあ、こう言ったらわかるかな。あえあパメラ


 そう――彼女の名前は、パメラ・ブランネル。俺がまだ揺りかごの中にいた赤ん坊の頃に、うちに火事場泥棒に入って、授乳ループからのマナ切れコンボによって退治された盗賊だ。

 女盗賊と言われた時点で、ピンと来るべきだった。金が足りないから奴隷を売るなんて発想も、この人なら納得できる。赤ん坊の俺を誘拐しよう、とも言いかけてたし。


「……あ……あぁ……あぁぁぁぁぁっ……!?」


 パメラの反応はすさまじいものだった。ビクビクと身体を震わせたかと思うと、ぺたんとしゃがみこんで、じりじりと後ろに後ずさっていく……完全に、恐怖の大王を見る目で俺を見ていた。


「や、やめっ……もうやめて……あ、あたしが何したってんだい……やっと新しい組織を作って、これからだって時に、なんであんたが出てくるんだよぉっ……!」


 パメラがふるふると震えながら言う。まあ、そうだろうな……俺が吸乳鬼として、正当防衛とはいえ誰かに危害を加えたのはあれが初めてだった。短時間で84回、文字通り吸い尽くしてやったが、最後はもうパメラは俺のことを人間を見る目で見ていなかった。


(怖がられるのはあんまり好きじゃないけどな……まあ、仕方ないか)


「パメラ・ブランネルさん……でいいんだよね。確か、直接名前を聞いたことはなかったはずだ」

「だ、だから、何で名前を……赤ん坊の時だって、あたしの名前を呼んで……ど、どれだけ怖かったか分かってんのかいっ!」


 涙目で訴えられても……美人なんだけど、ちょっと残念なところのある人だな。間違いなく鬼畜だし。

 しかし彼女にとっては、俺はそれ以上にヤバイ存在に違いない。まさか、こんな形で山賊討伐を終えられるとは思わなかったが……これ以上戦わずに済むなら、それに越したことはない。


「俺のことを怖がってるのは分かるよ。でも、あの時の泥棒で懲りなかったんだね……」

「あ、あたしは盗賊ギルドの人間だ……盗品をさばくのが、あたしにとってのまっとうな生き方なんだよっ!」

「うん、それは分からないでもないんだけど。俺も盗賊はそういうものだって分かってる……けど、放っておくわけにはいかないんだ。今回ばかりはね」


 自分でも勿体つけたしゃべり方だと思うが、パメラには効果的だった。俺の話の続きを気にせずには居られないみたいで、怯えつつも黙って耳を傾けている。まあ怯えてる時点で、交渉は一方的に俺が有利なんだけど。


「今度、俺の友達が荷馬車をミゼールからジュヌーヴに走らせるんだ。もしパメラさんたちの手下がその荷馬車を見つけたら、どうしてた?」

「き、決まってるだろ……馬も、荷物も、運んでるのがあんたみたいなガキだったら、そいつもまとめて売りさばくよ。抵抗するんだったら、殺して……」

「……俺の友達を?」

「ひぃっ……!」


 パメラはさらに後ろに逃げようとするが、そこはもう壁だった。俺は普通に聞き返しただけなんだけど……そんなに怖かったかな。あまり追い込みすぎるのも良くないけど、この人にはもう少し反省してもらった方が良さそうだ。万が一にもアッシュや、他の人達に危害を加えるようなことがあってはいけない。


「ポイズンローズっていう名前は、パメラさんが考えたの?」

「そ、そうだよ……き、きれいな花には、毒があるって言うじゃないか……」


 「トゲがある」じゃないのかと思ったが、意味的には大して変わらないので、それはいい。俺は一歩ずつパメラさんに近づいて、がくがくぶるぶると震えている彼女を、壁に手を突いてずい、と覗きこんだ。壁ドンというには、俺が幼くて妙な構図だ。


「なかなかいい名前だね……でも、毒があると困るんだ。これから、毒抜きしてあげようか?」

「ど、毒抜きって……あ、あんた、ガキのくせに……あ、あたしはまだ処女なんだよっ……!?」


 ものすごい勘違いをされてるけど、まあそれも仕方ないか……って、何だか可哀想になってきたな。しかしパメラは俺には怯えているが、既に荷馬車を何度も襲い、捕らえた奴隷を売ってしまっている。それは、商人や旅人に甚大な被害を与えてきたっていうことだ。

 彼女に捕まって欲しいとか、処刑されて欲しいなんてことは考えてない。そんなことをしても、奪われたものは返ってはこない――それならば。


「もし俺のお願いを聞いてくれたら、これからも仕事を続けてもいい。でも、それは山賊稼業じゃない。他の山賊が荷馬車に手を出さないように護衛する役目だ。それと、捕らえて売った人たちを返してもらう」

「そ、そんなこと出来るわけないだろっ……今、この国と敵対してる隣の国に売っちまったんだから!」

「売った経路を知ってるのなら、それを教えてくれるだけでもいい。一番は、略奪から足を洗って、まっとうに生きて欲しいっていうことにあるんだ。このまま山賊を続ければ、いずれは公国の騎士団を差し向けられる。それで容赦なく潰されるより、俺のいうことを聞いた方がいい」

「くぅっ……そ、そんなに上手く行ったら苦労しないよ……盗んで売ることに慣れたら、護衛でもらうチンケな報酬なんかで満足出来るもんか……!」


 実は交易で稼ぐより、効率のいい稼ぎ方なんて幾らでもある。多彩なスキルを持っている俺だから出来ることではあるのだが。


「分かった。じゃあ、俺から契約金を出そう。ポイズンローズの人数は、全部で何人なんだ?」

「ひゃ、103人だよ……あたしを入れて」

「じゃあ、金貨103枚。一人一枚ずつで分ければいい。でも、俺は契約を破った奴を許さない。そのことだけは、厳しく知らしめておく。あまりこういうやり方は好きじゃないんだけどな」

「う、嘘ばっかり……あんたは鬼だよ……やっぱり人の乳を吸って生きる悪魔の子だよっ……!」


 パメラは気丈に俺を罵倒する。彼女はブレないな……ちょっと感心さえもする。

 

「――でも、パメラさんは俺のことが嫌いじゃないはずだよ」

「っ……そ、そんなこと……あ、あたしは、あんたのことなんて……っ」


 今までずっと封印してきた――あまりに威力が強すぎて。しかし今回、山賊を改心させるために使わせてもらう。



◆ログ◆


・あなたは「魅了」スキルをアクティブにした。

・「魅了」が発動! 《パメラ》は抵抗に失敗、魅了状態になった。



「っ……あ、あんた……あたしのことあんなにしておいて……わ、忘れられるわけないだろっ、馬鹿っ……!」


 怯えていたり、圧倒的なレベル差があったりすると「魅了」のかかる条件を満たすことができる。パメラのレベルは六年前とさほど変わらなかったので、俺とのレベル差が50近く開いていた。


「ごめん、今まで放っておいて。謝るから、お願いを聞いてくれないかな?」



◆ログ◆


・あなたは《パメラ》に「依頼」をした。



「……分かったよ。売った奴隷を連れ戻せばいいんだね……それと、公道を行き来する荷馬車を、他の賊から守る。それでいいのかい?」

「ああ。他の山賊は、じきに俺たちと騎士団の手で壊滅させる。そうしたらポイズンローズは解散していい。後のことは、俺は関知しないが……もしパメラさんがまた悪党を結成するようなら、その時は……」

「し、しない……絶対にしない。あんたとの契約を守ったら、後は仲間を集めたりはしない。しないから、許して……後生だから、堪忍してっ……!」


 よっぽど赤ん坊の俺に倒されたのがトラウマになってるんだな……しかしまあ、パメラが山賊を解散して一人になったところで、盗賊である以上は、また泥棒に入ったりしてしまうわけで。


「……それと。パメラには、後で俺のパーティに入ってもらう。冒険者として身を立てるのも、悪くないだろ?」

「トレジャーハンターでもしろってのかい……ふぅ。分かったよ、あたしはあんたの言うことを聞く……だから……」

「……だから?」


 聞き返すと、パメラは俺の後ろに視線を送る。そこには、意外にも几帳面に畳んで置かれたパメラの服があった。


「ふ、服くらい着させてもらわないと……あ、あんたに見られてると落ち着かないんだよっ、人のことじーっと見て、ばぶばぶ言いながらぺたぺた触って……わ、分かってんのかい! あたしは男に触られるのは、あれが初めてだったんだよっ!」

「ご、ごめん……あれはちょっとやり過ぎたかと思ってる。反省してるよ」


 俺はパメラに服を渡し、背を向ける。そこまで隙を見せても、パメラは攻撃してきたりはせずに服を着た。


「……い、言っとくけど……どこまで知ってるか知らないけど、あたしは色仕掛けで仲間を集めたけど、寝てなんかいないよ。あんたのせいで、男が怖くなっちまったんだからね」

「まあ、俺の家に盗みに入って、火をつけて、俺をさらおうとまで言ったんだから、反省してもらわないと」

「くぅっ……わ、分かってるよ。反省すればいいんだろ……はぁぁ。なんだって、あんたみたいな男に目をつけられちまったんだか……」


 「ガキ」から「男」に呼び方が変わっている……魅了がかかっているからかな。やはり、魅了状態で会話すると、どんな内容でも好感度がガンガン上昇してしまう。


 あとはポイズンローズの幹部を全員魅了すれば、ほぼ無害化するだろう。モニカさんたちに陽動をしてもらったけど、そこまでする必要もなかったかな。



◇◆◇



 ポイズンローズ討伐が成功したこと、彼女たちが公道の荷馬車を護衛する側に回ったことを冒険者ギルドに報告すると、最初は信じられないという顔で見られたが、パメラのつけていた宝石のピアスと、彼女と幹部が連座で署名した覚書を見せると、さらに信じられないという顔をされた。もちろん、二度目は逆の意味でだ。


 ポイズンローズは約束を違えたりしないとは思うものの、俺は念のために、アッシュの荷馬車の護衛を務めてジュヌーヴまで送り届けることにした。首都にいるフィリアネスさんたちに、ポイズンローズ以外に残っている山賊討伐の協力要請をしたかったということもある。


「思いがけず大所帯になっちゃったね……」

「まあ気にすんなよ、アッシュ兄。俺もそこそこ強くなったから、山賊が出てきても心配いらないぜ!」


 ぼやくアッシュと、元気のいいディーン。だいたいこの二人はいつもこんな感じだ。


「危ないから、護衛は専門の方に任せなさい。ヒロトだっていてくれるし」

「ふぁぁ……ヒロちゃん、お馬さんを走らせるの上手だね。かっこいい」


 落ち着いたステラが窘めるように言う横で、リオナはマイペースに俺を褒めてくれる。


 馬の乗り方は、フィリアネスさんたちが一度ミゼールまで馬に乗ってやってきたことがあったので、その時に教えてもらった。外で周りの状況を確かめながら移動したかったので、仲間たちが乗っている馬車の御者をしている。ウェンディ、名無しさん、モニカさんは別の荷馬車に乗っていた。


 なぜ友達も一緒かというと、ジュネガン公国の王女のひとりが十歳を迎え、「洗礼」が行われるためだ。首都では盛大な祝祭が開かれるので、俺がアッシュと一緒に首都に向かうことを知ったみんなも、祭りを見たくて一緒に行きたがったというわけだ。


「ジュヌーヴまではあとどれくらいなんだ? もう、結構走ってきたよな」


 ディーンに聞かれて、俺はどれくらい走ったかを太陽の位置を見て計算する。


「あと半日はかかるかな。もうすぐで半分ってところだよ」

「そっかぁ。じゃあ、このまま無事に……」


 ディーンが言いかけた時だった。先導していた荷馬車が急に、止まるように号令を出してくる。


「バーデンさん、どうしました!?」


 アッシュが馬車を降りて、先頭の馬車の御者をしている人に声をかける。


「坊っちゃん、前方で山賊が、ジュヌーヴから来た馬車を襲ってるようです……!」

「なんだって……!?」


(ポイズンローズの守備範囲からは外れる……他の山賊が、首都から来た馬車を襲ってるのか……!)


「みんな、ちょっと待っててくれ! 俺は様子を見てくるっ!」

「ヒロちゃん、私もいくっ!」

「リオナはここにいなさい、ヒロトにまかせておけば大丈夫だから……!」


 ステラ姉がリオナを引き止める。ディーンは無言で馬車を降りてきて、俺について走ってきた。


「ディーン、あんたも戻りなさい! ここからは遊びじゃないのよ!」

「俺だって、ヒロトと一緒に戦う練習してんだ! 何もしないでいたくない!」

「ディーン、気をつけろ、敵に飛び道具使いがいないとも限らない! 俺より前には出なくていい!」

「わかったっ!」


 無謀なわけではなく、ディーンは俺の指示を絶対聞いてくれる。それは、俺の強さに憧れたディーンに、戦い方を教えるための条件だった。


 名無しさんとウェンディも連れて、俺たちはバーデンさんが言っていた通り、馬車が黒い服を着た賊に襲われているところに辿り着く。


「あの馬車……ほろに公国の紋章が入っている。貴人を乗せている……!」

「なんだって……!?」


 息を切らしながら名無しさんが指摘した通り、襲われている馬車の幌には四本の剣のような印が描かれていた。

 既に馬車を護衛していた騎士と賊が交戦した後で、騎士たちは敗れてしまっていた。馬から落とされ、まだ息はあるものの、地面に伏してうめいている。


 賊は残り三人。そのうちの一人が、高々と剣を掲げて言った。


「俺たちは『ポイズンローズ』だ! 公女を渡せ、さもなくば皆殺しにするぞッ!」


(――違う。ポイズンローズは、あんな服は着てない……それ以前に、あんな連中はいなかった……!)


「ポイズンローズはヒロトの説得を受けて、荷馬車を襲うことはしなくなったはず……他の山賊が、ポイズンローズに罪を着せようとしてるの? それとも、ポイズンローズが裏切ったっていうの……!?」

「どちらにせよ、襲われている馬車は絶体絶命でありますっ……どうすればいいでありますか、お師匠様っ……!?」


 俺には敵の嘘を見破る方法が幾つかある。その中でも最も確実で簡単なのは、「看破ディテクト」を使うことだ。このスキルは忍び足だけでなく、あらゆる欺瞞を見破ることができる。


(公女……敵は公女を狙っている。ジュネガン公国の王女が、馬車に乗ってこの道を通ると、あらかじめ知っていて狙ったんだ)


 そう思い当たった瞬間、俺はゲーム時代に経験した、あるクエストのことを思い出していた。今でも鮮烈で、記憶から消えることのない、メインクエスト序盤の関門。


 ジュネガン公国の公女、「リセエンシス・ルシエ・ジュネガン」。彼女が洗礼の儀式を前にして誘拐されたことを発端とした、一連の物語。


(リセエンシス……「失われた姫」。彼女が「失われる」前から、始められるっていうのか……!?)


 ゲーム中では「美しい」とどれだけ言われていても、最後まで行方不明のままで、その姿を見ることが出来なかった存在。


「いやっ……放してくださいっ……!」

「大人しくしろ! お前さえ連れていけば……っ」


 馬車の中から引きずり出されようとしている、一人の少女。その淡い桃色がかったストロベリーブロンドは、この世界に生まれて初めて見る種類の髪の色だった。


「――やめろぉぉぉぉっ!」


 もはや一刻の猶予もない。そう悟った俺は、持てる全ての手段を使って、さらわれようとする姫を助け出すべく走り出していた。


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