第二十話 生誕/秘薬/極秘依頼
妹が生まれたとき、最初に産湯に浸からせたのは父さんではなく、俺と助産師さんだった。父さんはあいにく仕事に出ていて、母さんに陣痛が起こったときは森にいたのだ。
「レミリアッ……!」
お産をする部屋のドアを開け、父さんが入ってくる。母さんは出産で体力を使い果たしていた――ということもなかったりする。エリクシールの効能なのか、母さんはお腹が大きくなっているのに、それを感じさせないほど活動的になっていた。寝たきりで衰弱しきっていた姿は、本当に悪い夢だったかのようだ。
「リカルド……元気に産まれてきてくれたから、心配しないで。あなたが最初に名前で呼んであげなきゃ」
「……ああ。よく頑張ったな、レミリア……ヒロトも、母さんについててくれてありがとう」
「おれじゃなくて、おばさんのおかげだよ。母さんをずっと励ましてくれてたんだ」
「いえいえ、私は本当にもう、ふたりとも無事というだけでうれしくてねえ……良かったねえ、レミリアさん」
助産師の小母さんは手巾で涙をしきりに拭っている。彼女は治癒術を修めていて、母さんの出血を止めてくれた。サラサさんも継続して母さんの治療に訪れてくれるし、産後の経過はきっと良いはずだ。
「……わかるか? お父さんだぞ。リカルド・ジークリッド……そして、きみはソニア・ジークリッドだ」
「…………」
ソニアと呼ばれた妹は、薄く開いた目を父さんに向ける。さっきまではいっぱい泣いていたけど、今は逆に泣き疲れてしまったようだ。
しかし、「きみ」か……父さんの紳士的なところが、こういう時に垣間見えるな。産まれたばかりの娘にも、父さんは敬意を払っている。生まれてきてくれたことへの深い感謝が、見ているこちらにも伝わってくる。
「お兄ちゃんはすごく頼りになるぞ。ヒロト、抱っこしてあげなさい。気をつけてな……」
「……あったかい。赤ちゃんって、こんなふうなんだ」
そう言いつつも俺は、前世で赤ん坊を抱っこしたことがあったから、慣れた手つきで妹を抱っこしてやることができた。しっかり安定しているので、父さんは苦笑する。
「ヒロトは本当に、何をやらせても俺よりうまくやるな。父さん、ちょっと妬けるぞ」
「ふふっ……ソニアも、ヒロトになついてるみたい。うれしそうにしてるわ」
「おいおい、ヒロトの方がなつくのも早いのか……これは俺も、家にいる時間を増やさないとな」
妹はもう髪が生えていて、つぶらな目を俺に向けている。確かに父さんの時より、心なしか顔が喜んでいるみたいに見えた。それにしても、すごく大人しくていい子だ。
「ねえあなた、ソニア様って、言い伝えに出てくる勇者様の名前よね。どうしてこの子につけようと思ったの?」
「それはまあ、ヒロトは子供ながらに器が大きいからな。その妹のソニアも、きっと立派になるだろうと、願いをかけて……」
「お、おれは別に、器が大きいとかじゃ……」
「ヒロトちゃんは立派ですよ。お父さんとお母さんのいうことをよく聞いて、とっても気が利くし。町の女の人はみーんな、ヒロトちゃんの大ファンですよ」
助産師さんはそう言うけど、大ファンって、いけない意味も含まれているのでは……スキルのために、町の人から採乳させてもらいすぎたかな。魅了が切れて、そのまま接する機会がないと、好感度は元に戻っていくんだけど。交渉術スキルが高いと少し会話しただけで好感度が上がってしまうので、なかなか下がりきらないままだ。
しかし赤ん坊の時のように採乳を続けてるわけじゃなく、今となっては限られた相手だけだ。森に通ってユィシアにお願いするのと、あとはモニカさん、ウェンディ、名無しさんにせがまれたときにしているくらいか。みんな、クエストが終わったあとのご褒美みたいなものだと思っているから、何もしないでいると機嫌を損ねてしまう。
今でもアウトなのに、もう少し俺が大きくなったら……というか、大きくなったら楽しみだと実際に言われてもいる。その場合、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるんだよね? ととぼけるしかない。何かぶりっ子キャラを売りにしているアイドルじみた言い草だが。
そう考えて、異世界のアイドルといえば、プリンセスだなとふと思った。このジュネガン公国は公王が治めていて、その公王には三人の娘がいる。そのうち一人が、ゲーム時代のメインクエストの鍵を握る重要キャラクターだった。
「おーいヒロト、抱っこが上手なのはわかったが、母さんにもソニアを見せてあげなさい」
「あっ……ご、ごめん」
「いいのよ、ゆっくりで。ヒロトがソニアを可愛がってくれて、お母さんも嬉しいわ」
朗らかに笑う母さんのもとに、ソニアを抱えたまま歩いていくと、母さんはそっとソニアを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、無事に生まれてきてくれて。私があなたのお母さんよ」
「…………」
「この子は本当におとなしいな……これは、手のかからん子になりそうだ」
「さっきまで元気に泣いていましたから、もうおねむなんでしょうね。レミリアさんは休んでください、私ができるかぎり見ていましょう」
「いえ、私が見ています。リンダさん、ヒロトの時も、この子の時も、本当にお世話になりました」
助産師のリンダ小母さんは頷きながら、また涙を拭く。俺も父さんももらい泣きしそうになるが、父さんは上を向いてこらえると、俺を見て照れくさそうに笑った。
「ヒロト、嬉しいなら泣いてもいいんだぞ。父さんは大人だから泣かないけどな」
母さんが危ないっていうときには泣いてたけどな、と俺は思う。だからこそ俺は、父さんがますます好きになった。
そんな父さんを母さんは優しい目で見ている。今まで父さんが力強く母さんを引っ張っているとばかり思っていたけど……この家の中心は間違いなく母さんだ。
「きゃっ、きゃっ」
「あら……ソニアが笑ってる。もう分かるのかしら、お父さんがやせ我慢してるってこと」
「い、いや、何だか楽しそうと思っただけじゃないか? ソニア、何かおもしろいことでもあったか? 父さんがもっと面白い顔をしてやろうか。ベロベロバァー!」
「あはは……そういえば父さん、俺にもそういうのやってた気がするよ」
「ははは……覚えてるもんなんだな、赤ん坊の頃のこと。そうすると、あまり変な顔もしてられんな。はじめての娘となると、どう接していいものかってところだが」
心配しなくても、ソニアは父さんになつくんじゃないかなと思う。しかし俺のときと違って女の子だから、父さんもちょっと緊張しているようだ。俺も妹は初めてなので、気持ちはわかる。
これから、おしめなんかも俺が協力して替えてあげないとな。洗濯もけっこう大変そうだが、まあ水の精霊魔術とか、薬師スキルで「清浄液」なんかも作れるから、いろいろ駆使してやっていこう。
「お母さん、俺もこれからいろいろ手伝うよ」
「ヒロトは子供なんだから、遊んだりするのが仕事よ。ソニアのことはお母さんにまかせなさい。お母さん、この歳になって、今までで一番っていうくらい元気になっちゃったから。身体の奥から力が湧いてくるのよ」
直ぐにでもベッドを出て帰りかねない勢いの母さん……エリクシール、恐るべし。
しかし今でも、ゼロになったはずの母さんのライフが、なぜエリクシールが喉を通った後で回復したのかが分からない。
――と考えて、俺はゲーム時代のことを思い出した。
ごくまれに、ライフがゼロになっても死なないことがある。見た目はゼロと表示されても、内部的には小数点以下の数値が残っているからだと言われていた。最初は薬を飲み込む力のなかった母さんが、皆の呼びかけに反応して、喉に通してくれた……それで病気状態が回復し、ライフの減少が止まったのだろう。
エリクシールは貴重だから、おいそれと効能を試すわけにもいかないが……まだ瓶に残っている半分くらいは、もしものときのために残しておこう。正直、ただのポーションが百本や千本集まっても、エリクシールの一滴に価値が及んでいない。俺が持っている中では、ドヴェルグの小型斧+7と並び、最レアと言っても過言ではなかった。
◆アイテム◆
名前:エリクシール
種類:薬
レアリティ:レジェンドユニーク
効果1:ライフとマナを完全に回復する。
効果2:すべてのステータス異常から回復する。
いずれかの効果がひとつ発現する。
エリクシールを鑑定してみると、効果1、効果2のいずれかが発現するのだとわかった。母さんの病気が何なのかは最後まで分からなかったが、エリクシールは詳細が分からない病気も治癒する力があると考えられる。
アイテムのレアリティは最上位からゴッズ、レジェンドユニーク、スーパーユニーク、ユニーク、レア、ノーマルの順に序列がつけられている。ユニーク以上のアイテムは汎用名ではなく、固有の名前がついたアイテムだ。魔物からのドロップ率は極端に落ち、他の入手方法も難しく、手に入れづらくなる。
マンドラゴラや神獣の素材などのスーパーユニークアイテムを惜しげもなく使いながら、エリクシールのレア度が魔剣に及ばないのは、材料を集めさえすれば何個でも作れるからだろう。レアリティがゴッズのアイテムは、世界に一つしか存在しない。
(そういえば……おばば様と最初に話したとおり、最初にフラスコで作ったエリクシールの半分は残してきたんだよな)
おばば様にも、何か使いたい用途があったということだろうか。さらに上位の秘薬といっても、存在するかどうかというレベルだが。
「うーむ、どちらかといえば母さん似かな」
「まだわからないけど、目鼻立ちはあなたの方じゃない?」
ソニアの顔を見ながら睦まじく話している父さんと母さん。いくら惚気けても足りないくらいだろうと思うが、母さんが診療所を出て家に戻ったら、今までよりさらに仲良くなりそうだな……砂糖を吐く頻度が増えるかもしれないが、息子として生暖かく、もとい暖かく見守ることにしよう。
◇◆◇
ソニアが生まれて数日後、母さんは家に帰ってきた。留守の間は母さんの友達や、サラサさん、セーラさんが家に来てくれて、掃除なんかをしてくれていたので、母さんがいないうちに家が荒れてしまったということもなかった。母さんが日頃からご近所付き合いを大事にしているからこそ、肝心なときに助けてもらえる。
前世では、ゲームの中以外では交友関係がほぼ皆無だった俺としては、今回はうまくやりたいという思いがある。魅了なしで、まっとうな交友関係を作らなければならない。
俺はもう、人と会話をするということに関して苦手意識を感じなくなっていた。うまく話せなかった頃、手紙を書いて気持ちを伝えることが結構あったが、受け取った人はずっと覚えていて、思い出したように手紙を書くとかなり喜んでくれる。なので、普通に話せるようになった今でも、手紙を書かなくなったわけではない。
そんなわけで、今日はいつも世話になっているネリスおばば様に、魔術を教わるついでに手紙を渡すことにした。
「ほう、なかなかの達筆じゃな。これなら、魔術書の写本を任せても良いくらいじゃ」
「おばば様、本が作れるの?」
「この歳になると、一冊書き上げるのに数ヶ月はかかるがのう。魔法薬の作成と同じで、わしの趣味じゃよ」
この人はつくづく、ここに暮らしているのが不思議なくらいの優秀な術師だ。セージのサラサさんを上回る薬師スキルと、聖騎士のフィリアネスさんを凌ぐ精霊魔術スキルを持っている。かなりの高齢だから、若い時は今よりも凄い術師だったのかもしれない。しかし今でも、賢者と呼ぶにふさわしい人物だ。
「それにしても……お主はこの幼さで、どこで覚えてくるのかのう。『すごい美少女が助けに来てくれて、初めは誰か分かりませんでした』じゃと? このおばばを見て、そんなことを思っておったのか」
「わたしも、初めは誰かわからなかった」
おばば様の庵に行くと、ミルテは必ず出てきて、一緒に話に加わる。俺を見た途端にぱぁっと嬉しそうな顔に変わるので、俺もまんざらでもない。というか、かなり嬉しい。
しかしリオナが俺を助けに洞窟に行ったことをミルテは知っていて、一緒に行けなかったことを引け目に感じてるみたいだった。それについては、ミルテが気落ちしないようにフォローしなければと思う。彼女も、俺を助けたいと思ってくれたのだから。
「おばば様のかっこうをした、知らない人かと思った。どきどきした」
「ミルテ、お主は匂いである程度はわかるじゃろうが」
「……若いおばば様は、お母さんのにおいがした」
「……そうか」
ミルテは黙っておばば様に抱きつく。おばば様はミルテの髪を撫でて、慈しむように背中を撫でる。
俺が知らないときも、この二人はこうしてきたのだ、と思う。
(ミルテの両親は亡くなってない……おばば様はそう言ってたな)
俺の両親を助けてくれたおばば様への感謝もある。俺を慕ってくれているミルテのためにも、彼女が両親と暮らせるように、その方法を探したい。
「おれ、ミルテのお父さんとお母さんを……」
「……そのことじゃがな。お主ほどの実力で冒険に出るのならば、いずれ会う時も来るやもしれぬ」
「っ……お父さんとお母さんに、会えるの?」
ミルテの目が輝く。しかし、それを見るおばば様の目は、深い憂いを宿していた。
「しかし、極めて危険じゃ。皇竜を御したヒロトの力は、もはやこの国では並ぶものがないと見て良いじゃろう。じゃが、ミルテの両親を隷属させているあの者は、強さの性質があまりに異端なのじゃ」
「隷属……」
ミルテの両親が、奴隷にされてるってことか……強さが異端とは、正攻法で挑むと足元を掬われてしまうということだろう。俺と極端に相性の悪い敵もいるかもしれない。
そういった事態も想定して、まんべんなく武器と魔術の両方を鍛錬し、強化してきた。穴がないということは、それだけ死ににくいということだ。ユィシアとの戦いでは、俺は魅了が発動するまでの時間を稼ぐことしかできなかったが、それもスキルの選択肢があってこそだった。
ユィシア戦でも使った盗賊スキルを入手したのは、ある意味で運が良かったからだ。火事場泥棒に入ったあの女盗賊のことを思い出し、どうやって手篭めにしたのかを思い出して、あの頃の俺は若かったなと思う。今もまだ5歳になってないが。
「……わしが娘夫婦を助けぬことに、疑問を持っておるか?」
「ううん……おばば様はミルテを守るために、危ないことをしないでくれたんだよね」
「おばば様……危ないことはしちゃだめ。お父さんとお母さんは、わたしが助ける」
ミルテの言葉を聞いたおばば様は目を閉じる。深い皺の刻まれた瞳が再び開いた時には、おばば様は微笑んでいた。
「今はまだ早い。しかし、必ずや助けようぞ。わしに残された時間も少ないと思っておったが、『あれ』を作るのにも成功してしまったしのう……」
「えっ……おばば様、『あれ』って?」
「うむ、見せるのはもう少し先にしようと思っていたのじゃが、このままではヒロトも上級精霊魔術を習得して、わしの元に通う理由が無くなってしまうのでな……ミルテ、少し外に出ていてくれんか」
「……? だいじなお話?」
「うむ。決して窓の隙間などから覗いてはならぬぞ。そうしたらわしは、鳥になって飛んでいってしまうからのう」
何だかどこかで聞いたような話だが、そういう昔話が異世界にもあるんだろうか。おばば様は恩返しに来た鶴だったのか。あれも今から考えると、けっこう切ない話だ。正体がばれても別にいいじゃない。
と、脱線している場合ではない。ミルテは特に覗いたらおばば様が鳥になると信じているわけではないようだが、素直に言うことを聞いて外に出ていった。
「さて……完成させたエリクシールじゃが、お主が残していった分のうち、半分は念のために残しておくことにした。決して万能の薬ではないが、これがあれば助かる命もあるからのう」
「おれもそれは思ってた。一回の生成で、エリクシールは8回分くらい作れてたね」
「このフラスコに残っておったのは4回分ほど。そのうち一回分だけは、わしの研究に使わせてもらった。このエリクシールは、癒やしをもたらすだけの薬としてではなく、もうひとつの顔を持っておるのじゃ」
おばば様は水晶の瓶に保存したエリクシールを取り出して見せる。あのローブの中がインベントリーにでもなっているのか、彼女のローブからはけっこう何でも出てくる。
「もうひとつの顔……別の用途に使えるってこと? アンデッドを一撃で倒すとか」
「神聖なものではないから、そのような効能はない。アンデッドに使用しても効果はないぞ、それは言っておくが……端的に言ってしまえば、エリクシールは最終形ではない。『七つの霊薬』の下地となる薬なのじゃよ」
七つの霊薬……一気に未知のアイテムが七つも増えてしまった。どんなものか確かめてみたいという好奇心と同時に、ゲーム時代と比べてどこまで奥深いんだ、と感嘆してしまう。未完成でもあの面白さだったのに、完成したら揺るぎない神ゲーとして君臨していただろう。俺がこっちに来てからも開発が進んでるんだろうか、と少し考えてしまう。
「わしはそのうちの一つを作りたかった。理由はひとつじゃ……来るべき時のために、どうしても欲しくてな」
「来るべき時……もしかして、ミルテの両親を……」
「うむ。もっとも、わし一人で救うことはできぬ。お主と聖騎士、そしてもう何人かは手練れを集めなくてはならんじゃろうな。最も難しいのは、敵の居場所を探すことなのじゃが。それについては、わしが探索を進めておく」
「おれも、それらしいことがわかったらおばば様に教えるよ」
今の俺にはミゼールで得られない情報はないと言っていいが、この町は狭い。このアスルトルム大陸の全域に探索の範囲を広げなければ……まずは手始めに、ジュネガン公国内での有力な情報源を増やすべきだろう。
ソニアが生まれたばかりだし、あと二年……いや、三年はミゼールで過ごす。しかしその後は、俺はメインクエストを追い始めなければならないと思っている。
俺の現状の目標は、女神に会うことだ。その手がかりが、ゲーム時代のメインクエストの中に匂わせる程度に仕込んであった。まだ未実装だったメインクエストの先に、神の領域に近づくイベントがあるはずなのだ。
メインクエストの始まりの場所は、ジュネガン公国の首都だった。そういう意味でも、首都行きは確定している。もっとも、ゲームと同じようにメインクエストが発生して、ストーリーが進行していくとも限らないが。
「お主に会わなければ、エリクシールを作れなければ、わしは諦めておったろう。しかし、今は希望を見出すことができた。精霊魔術の初歩を教えるだけで、満足してやめると思っておったのにのう……済まぬな、初めの頃は邪険にしてしまっておった。わしの態度が不愉快だったのではないか?」
「ううん、むしろ厳しくしてくれてよかったよ。意地でも魔術を覚えてやるんだって思ったし……それに、今はおばば様が優しいってことが良くわかってるから」
「……今となっては、分かる気がするのう。サラサがお主に、なぜそこまで惚れ込んだのか」
おばば様は苦笑して言う。サラサさん、おばば様にそんな話をしてたのか……どんなふうに言われてるんだろう。彼女には数え切れないほどお世話になったから、「私が育てた」と言われてもおかしくないな。
「まさかわしまで毒されるとは思っておらなんだがな。まあ、こうなってしまったものは仕方あるまい」
「え……おばば様、今なんて言ったの?」
「鈍いということは、いずれお主を殺すことになるやもしれぬぞ。ミルテとリオナ、どちらを選ぶのじゃ? 他にも無数の娘に慕われておるようじゃが」
「え、えっと……ミルテはまだ小さいし、よくわかってないんじゃないかな」
なんというヘタレな言い訳。十分すぎるほどミルテの気持ちは分かってるのに。まあ、お互い四歳だけどな。
「あの子はもう分かっておるよ。なにせ、わしの孫じゃからのう」
……ん? 何だかさっきから、おばば様が言ってることって、まるで、俺のことを……。
いやいや、酸いも甘いも噛み分け尽くしたミゼールの偉大な賢者が、俺などに懸想するわけがないじゃないか。と思いつつ、俺は若い姿のネリスさんのことを思い出していた。
ミルテとも違うタイプの、かなりの美少女だった。魔女っ娘コスプレというか、リアル魔女なのだから、それはもうハマりまくっていた。
って、俺は恩人に向かって何を失礼なことを考えてるんだ……若い姿になったのは俺を助けるための一時的な措置だっただけで、俺を喜ばせるためじゃ決して無いのに、手紙にも綺麗だったとか書いてしまった。なんだ俺、これでは若い姿を切望してるみたいじゃないか。
「……さて、ミルテをあまり待たせるのも悪い。少し、向こうを向いておってもらえぬか。良いと言うまで、後ろを向いてはならんぞ……我が弟子、ヒロトよ」
「は、はいっ……!」
おばば様に弟子と言われると畏まってしまう。ウェンディは自分から弟子と言ってるが、今はその気持ちが分かる気分だ。尊敬する人に何かを教えてもらうというのは、とても誇らしいことだ。
「……んっ……こ、これは、なかなか……自分で作ったものながら、凄まじい……味じゃ……」
味……おばば様、何か薬を飲んでるんだろうか。
エリクシールを一回分、自分の研究に使ったって言ってたけど……それで作った薬を飲んでるんだろうか。俺の前で効き目を試したかったというなら、弟子として結果を見届けなければなるまい。
「ふぅっ……く……ま、まだじゃ……まだ見てはならぬぞ……定着するまで、もう少し時間が……」
(……あ、あれ? だんだん、おばば様の声が若く……色っぽくなってないか?)
おばば様の嗄れた声が、次第に張りのある、瑞々しささえ感じさせるものに変わっていく。
何が起きているのか――それはもう、振り向いて確かめるまでもないと思っていたのだが。
「はぁっ、はぁっ……そろそろ良かろう……後ろを向いてみよ、ヒロト」
恐る恐る振り返ると、そこには俺が想像した姿とは、また少し違ったおばば様――もとい、ネリスさんの姿があった。
「……わしも鏡を見ておらぬから何とも言えぬのじゃが……どうじゃ?」
「お、おばば様……もしかしてエリクシールで作れる秘薬の中に、若返りの薬が……?」
「う、うむ……こんなものを使っては卑怯と思われるやもしれぬがな。わしは初めて作る薬は、とりあえず自分の身体で試す主義なのじゃ」
なのじゃ、というけど。ネリスさん……前の女子高生くらいの年齢から結構上がってるけど、薬の効果は凄まじく、驚くほど若返ってる。魔女っ子というか、普通に魔女だ。妙齢の美女に変わってしまった。
美魔女という年でもなく、二十代中盤くらいだろうか……まさか、ネリスさんじゅうななさい状態から成長すると、マウンテンの標高がこんなに高くなるとは。これが彼女の全盛期だったということか……いや、胸がすべての基準というつもりはない。決して。
◆ステータス◆
名前 ネリス・オーレリア
人間 女性 27(68)歳 レベル53
ジョブ:エレメンタラー
ライフ:256/256
マナ :784/784
スキル:
杖マスタリー 73
短剣マスタリー 10
精霊魔術 84
薬師 82
恵体 18
魔術素養 65
母性 63
料理 32
採取 54
――なんてことだろう。27歳まで若返ったネリスさんの強さが異常すぎる。確かに皇竜には勝てないだろうが、それにしてもこのステータスは……俺以外では、ここまでスキルの合計値が高い人は他にいない。精霊魔術師としては最強クラスなんじゃないだろうか。
若返りの薬の効果に時間制限があるということなのか、年齢の表記が特殊なことになっている。アクションスキル・パッシブスキルは膨大な数があり、全てに目を通しきれないほどだ。
「若返りの薬の効果は徐々に薄れて、元の歳に戻っていくのじゃがな。一週間で一歳は戻るじゃろうから、一年経てば元通りじゃ」
「……でもそれって、若返りの薬を切らさなかったら、永遠に若いままでいられるってことじゃ?」
「若返りの薬に用いた材料の希少さを考えれば、一度作れただけでも奇跡に近い。量産は決して出来ぬからのう……個体数の少ない神獣系の素材が必要となるから、そればかりは技術でどうにかなることでもない」
エリクシールをもう一回作れと言われても、相当時間がかかりそうだしな……神獣素材は高額だし、一個は手に入れられても、二個目が市場に出たことはない。レア度はスーパーユニークなので、場所さえ分かれば取れるのだろうが、神獣を乱獲するのはたぶん無理だろうし、倫理的にも問題がある。
しかし……この効果を見ると、何をしてでも欲しがる人は多そうだ。腰が曲がってしまい、しわしわになっていたおばば様が、シャキッと立ってお肌ツヤツヤ、ロケット胸も復活と来たものだ。ミルテがおばば様と呼んだら、逆に違和感が出てしまう。
「今のわしなら、大抵の難敵と戦う際にパーティの術師として通用するじゃろう。もしミルテのことでなくても、お主が困った時には言うがよい。あと二十週くらいは、全盛期の力を保てるからのう」
五十歳くらいまで、老化による能力低下がないっていうのか……そうしたら本当に美魔女だな。
何も知らない町の男性が見たら、普通に惚れてしまいかねない容姿だ。おばば様は町に出ないから、目撃自体されにくくはあるけど。
そんなことを考えていると、ネリスさんは俺の前に屈み込んできた。フィリアネスさんもよくこうしてくれるけど、急に距離を近づけられると、正直言って緊張してしまう。
「ヒロトよ……これは、お主の気持ち次第ということになるが。見ての通り、この歳のわしは、娘が生まれたばかりの頃の年齢じゃ」
「そ、そうなんだ……ネリスさん、やっぱり美人だったんだね」
「娘はあまり、乳を吸わぬ子でな……わしは張った乳を持て余しては、自分で搾っておったものじゃ」
――その話をそちらから振られると、こちらも正座をして聞かなければならないんだけど。それくらいに重要なテーマだと言っていい。
「あまり知られておらぬが、母親の乳には、親の技能を子に受け継がせる力がある。しかし娘は、精霊魔術の力を受けつがなんだ。ゆえに、自分で獣魔術を選んで習得したのじゃよ。ミルテはそれを受け継いでおる」
「そうだったんだ……じゃあ、ミルテは赤ん坊の頃までは……」
「一歳になる前には、親と生き別れてしまった。わしはあの子しか助けられなかったのじゃよ。腰の曲がったばばでは、あまりにも無力じゃった……しかし、今は違う」
ネリスさんの言葉に力が籠もる。おばば様は、娘たちを救うために戦った……そういうことだ。
「……しかしまだ、時は来ておらぬ。歯痒いが、事を急げば返り討ちにされるじゃろう」
皇竜ほどの強さとは思いたくないが、年老いたとはいえおばば様が勝てなかったのなら、敵は相当な実力者だ。
「ネリスさん、おれ、あと少ししたら首都に行こうと思ってるんだ。そうすれば情報がもっと集まると思う」
「うむ……わしも首都には知己がおるが、ジュネガン公国の中ではここ数年手がかりがない。わしとミルテにとっての仇は、大陸を流浪していて居場所が定まらぬ。大陸全域を探さなくてはならぬのじゃ」
流浪している敵を探すなら、有効な方法は……アスルトルム全土を旅してツテを作り、情報網を作るというくらいか。
まずはジュネガンの首都で、ある程度の権勢を持つ。国全体に名前が届くほど有名人になれば、他の国からも着目されるし、敵から目をつけられるってこともありうる。
後者は自分を餌にするようで危険でもあるが、何の手がかりも無いまま時間が経ちすぎる方が最悪だろう。ミルテの両親が奴隷にされているなら、どんな扱いを受けているかわからないし、救出が遅れるほどリスクは高まっていく。
「すでにミルテの両親が死んでいる、ということはない。生きておるかどうかだけは、神託で分かる。神の力を借りたくはなかったが、背に腹は代えられんからのう」
神託システムはゲーム時代にもあった。神殿で多額の寄付をすることで、ありがたい神託を受けられる。
たとえば特定のNPCがどこの町に住んでいるか、とか。これの延長で、NPCの現時点での生死を確かめられた。死んでいると困るキャラは復活していたが、異世界でそんなことが起きるとは考えづらい。
「今のところは、わしとミルテの事情については気にするな。今すぐどうこうできる問題ではない」
「うん。でも、おれがこれからやらなきゃいけないことが見えてきたよ」
「……済まぬ。お主がそう言うとわかっていながら、わしは……」
「おれはネリスさんの弟子だから、あやまらなくていいよ。むしろ、おれみたいな子供を、ネリスさんが頼ってくれるようになって……」
嬉しい。そう言う前に、俺はネリスさんに抱きしめられていた。
後ろ髪を優しく指で梳かれる。柔らかい胸が惜しみなく押し付けられるが、今は変なことは全く考えなかった。
「……わしはいずれおばばに戻るべきだと思ってはおるのじゃがな。どうもいかん……お主は愛らしすぎる。サラサや聖騎士、他の娘だけに甘やかさせておくには惜しい」
(ね、ネリスさんがそんなことを……今まで、妬いてるそぶりなんてなかったのに)
やはり、人の心は目に見えるものではない。皇竜の心を読む力が、ときどき欲しくなるくらいだ。それこそ、最大のルール違反のチートだが。だからこそ人間が人間の心を読むスキルは存在しないのだろう。
「ミルテには秘密にしておくのじゃぞ……あの子はまだ幼い。自分もしたいと言っては、困るからのう……」
若いおばば様は、ミルテの母と似た匂いをしているらしい。サラサさんといい、俺は、幼なじみの母親にお世話になりっぱなしだ……。
鎧戸が閉まっていることを確かめたあと、ろうそくの揺れる明かりの中で、ネリスさんがずっと脱がなかったローブをはだける。黒い布の中から見えた肌色を目にして、俺はひとつのことを思っていた。
サラサさんにお世話になったことを、ネリスさんは、どんな気持ちで聞いていたんだろう……それこそ、自分が赤ん坊を育てていたころのことを思い出していたんだろうか――それとも。
「……これからは、これも修行の一環と思うがよい。お主には、わしの持つ全てを与える……そう決めたのじゃ」
「……ネリスさん」
分かったよ、とも、お願いします、とも俺は言わなかった。
ミルテのことを気にするように恥じらいながらも、ネリスさんは後戻りしようとはしなかった。
そう……恥じらっていた。けれど俺の師匠は、俺が近づいてもたじろぐことなく、微笑みながら俺を見つめていた。
◇◆◇
そして、妹が生まれてから三年と少しの時が流れた。
八歳の誕生日を迎えて、しばらくした頃のこと。12歳になったアッシュが、商人ギルドの一員になるべく試験を受けて、見事に初級試験に合格した。
アッシュの初仕事は荷馬車隊の一員となり、パドゥール商会の荷物をミゼールから首都ジュヌーヴに運ぶというものだった。しかし、同時に俺は冒険者ギルドで「荷馬車の護衛」の任務が貼りだされたのを見て、多少心配になった。
冒険者ギルドの長、ブリュ兄貴は、相変わらず見事に磨き上げられたスキンヘッドを撫でつつ、任務の内容を教えてくれた。表向きは、パーティのリーダーであるモニカさんに説明する形だ。
「ミゼールと首都の間の公道は山の中を通るんだが、そこで山賊が現れることが多くてな。護衛の任務は、常に需要がある。まあ、ほとんどパドゥール商会の依頼だがな。ジュヌーヴからこっちに来る荷馬車は、向こうのギルドで護衛を募集してる」
「最近は、商品だけでなく商人自体を捕らえてさらう被害も増えているんです。奴隷は国外に売られる場合が多く、足跡を辿れずに公国に連れ戻せなくなる場合がほとんどで、深刻な問題になっています」
まだ若いアッシュは、もし山賊に襲われれば、荷物だけでなく本人も狙われる。そう考えると、俺たちのパーティで護衛したほうが良いように思えてきた。依頼の期限はもう二日しかないし、運が悪ければ護衛がつけられない可能性がある。
「で、どうする? 依頼を受けるなら、前金で銀貨二十枚。後金で残りの八十枚を払うぞ」
★3クエストのゴブリンリーダー討伐と同程度の報酬。この金額を毎回払うとしたら、パドゥール商会はかなり痛手を被っている。
ギルドは依頼料の10%を仲介料として取っているので、ギルドの収益という分には、護衛の依頼が頻繁に入るのは良いことだろうが……。
「ん……どうした小僧、じっと見て」
「あの、山賊が出るんですよね。もしその場は荷馬車を守れたとしても、また襲撃されるんじゃないですか」
「む……しかし、それは今に始まったことじゃないからな。山賊の本拠地を潰すとなると、依頼の難易度も……」
俺の質問に、ブリュ兄は困った顔をしている。俺たちというか、ウェンディと名無しさんは、ソードリザードとファイアドレイク退治で名を上げてるのにな。
依頼の難易度が上がっても、冒険者ランクが上がってるから問題ないんじゃないだろうか。というか、依頼があるなら紹介してほしい。アッシュのためにも山賊根絶、あると思います。
「それは……兄さん、モニカさんたちだったら紹介しても良いんじゃないですか?」
本当にあった。山賊退治、難易度は★4ってところじゃないだろうか。もっと上でも受けるつもりだが。
「うーむ……確かに、こいつらなら……よし、分かった。お前さんたち、ちょっと来てもらえるか。シャーリー、頼んだぞ」
「分かりました。では、こちらにいらしてください」
シャーリーさんに案内され、冒険者ギルドの事務室に入り、その奥にある小部屋に招かれる。どうやら、掲示板に出ていないクエストを紹介する専用の場所のようだ。丸いテーブルを囲むように椅子が六つ置いてあり、部屋には窓がない。外から覗かれないように、ということか。
しかしシャーリーさんは相変わらずエプロンドレスがよく似合う。ぱんぱんに張り詰めた胸にさりげなく視線を送ると、モニカさんがむっとした。名無しさんは口だけニヤリと笑っており、ウェンディはシャーリーさんに憧れの視線を注いでいる。けっこうウェンディも大きいんだけど。
シャーリーさんはそんな俺の考えなどつゆ知らず、革の表紙で挟まれた、羊皮紙で作られた依頼書を持ってきた。内容に目を通すと、★5の依頼だ。
「盗賊ギルドに属する山賊『ポイズンローズ』のアジトを、冒険者ギルドの偵察員が発見しました。今回は、このアジトを壊滅させるか、活動を停止させるという依頼が出されています。依頼者については伏せられています」
謎の依頼者が、山賊の壊滅を依頼する……あれ。これ、盗賊ギルドに加入するかどうかを決めるクエストじゃなかっただろうか。山賊に味方することもできて、そうすると盗賊ギルドの本拠地に招かれる。
盗賊ギルドに入ると、冒険者ギルドからは脱退させられてしまうんだよな。ギルドによっては、掛け持ちができないケースがある。盗賊は役人からも目をつけられるジョブだし、国からの依頼を仲介することもある冒険者ギルドは、盗賊ギルドとは相容れないわけだ。
しかしポイズンローズとは、毒はまだしも、薔薇というだけでちょっと女性っぽい感じだな。百合の対義語という捉え方もあるけど。何の話だ。
「そのポイズンローズが、荷馬車を襲っているのかな?」
名無しさんが質問する。彼女はもうずっとミゼールに滞在していて、俺とのパーティ歴もすでに六年だ。剣スキルがろくに使えなかったウェンディも今では立派に強くなったし、モニカさんの弓矢の腕もますます磨きがかかった。俺たちのパーティは文句なしにミゼール最強と言っていい。ゲストとして騎士団の三人、回復役にセーラさんとサラサさんも加わることがあって、盤石もいいところだった。
「はい、他の山賊集団もいるようですが、ポイズンローズによる被害が最も多いです。ここ最近、ある女盗賊を首領にしてから急速に勢力を伸ばしているようです。冒険者の中にも勧誘されて山賊になってしまった人がいます」
女盗賊か……美人だったら、男だったらホイホイついていってしまうのかもな。大変なものを盗んでいったあの怪盗も、美女にはめっぽう弱かったし。
「しかし勢力を伸ばした結果、増えた人員を賄うためには、盗品を売るだけでは持たなくなってしまい、捕らえた商人まで奴隷として売るようになりました。商人だけでなく、旅人も被害に遭っています」
山賊の首領になった女盗賊は、なかなか鬼畜な発想の持ち主だな……収入が足りないなら、奴隷を売ればいいじゃないとか、ぶっ飛んだ思考だ。罪の意識が生来薄かったりするのだろうか。
……なんか、そういう人に今までも遭遇した気がするな。誰だっけ……出かかってるんだけど、出てこない。
「ポイズンローズの構成員は、現在百人以上と言われています。★5の依頼としては難度が高いので、報酬は★6相当に設定しています」
★5が受けられるパーティなんて、俺たち以外ではリカルド父さんがパーティを組んだ場合しか無理だからな。この町のパーティは、★2、★3を中心に受けている場合がほとんどだ。
「ふぅん……特殊な依頼ってわけね。それで、報酬額は?」
「前金で白金貨1枚、後金が白金貨9枚になります。加えて、公国の全てのギルドにおいて、特別依頼を優先的に受ける権利を得られます。冒険者ギルドとしては、この依頼をそれほど重要視しています」
白金貨は金貨10枚分だ。金貨にして100枚、★5クエストとしては破格だが、それよりも特典が気になる。特別依頼って、ゲームだと名声値が上がりやすかったんだよな。名声値が上がればそれだけ名前が轟き、有名になれる。
しかし、盗賊ギルドに属するポイズンローズを、冒険者ギルドからの依頼で討伐する……か。そういう構図だと、盗賊スキルの解放クエストを受けるのは絶望的か。ギルドに入らないと受けられないからな……そこは後で対策を考えよう。
最優先事項は、アッシュが危険に遭わないよう、山賊に襲われる危険をなくすことだ。アッシュはこれからも、何度も荷馬車を首都に走らせるのだろうから。
「ヒロト、どうする? あたしたちは、ヒロトの決定に従うわよ」
モニカさんたち三人が俺に決定を仰ぐ。シャーリーさんも、もう俺が実質上のリーダーだとは知っているから、それを見ても驚くことはない。
「うん、受けようと思う。是非やらせてください」
「ありがとうございます。ヒロトさんたちなら、受けてくれると思っていました」
シャーリーさんはにっこりと笑う。そこには俺たちを危険な仕事に送り出すかもしれない、という後ろめたさなどは全くない。
俺たちの依頼達成率は、ここ6年間で100%。結果を至上とする冒険者ギルドにおいては、すでに絶対と言える信頼を獲得していた。
そして俺たちは、これまで戦闘だけでクエストを達成してきたわけではない。
人間を相手にする依頼のときほど、俺には都合がいい。言葉が通じる相手なら、いくらでも交渉が出来るからだ。




