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第十八話 二つの翼

 皆が駆けつけて道を開いてくれたあと、一人でどれくらい走り続けただろう。

 俺は数えきれないくらいのソードリザードとファイアドレイクを倒し、一撃で光の粒に変えてきた。


「ゲギャァァァッ!」

「こりない奴らだっ!」



◆ログ◆


・あなたは「ダブル魔法剣」を放った!

・あなたは「アイスボール」を武器にエンチャントした!

・あなたは「フリーズブラスト」を武器にエンチャントした!

・あなたは「ブーメラントマホーク」を放った! 「凍氷飛刃!」

・クリティカルヒット! 《ソードリザード》に774ダメージ!

・《ファイアドレイク》二体に652ダメージ!

・モンスターたちを倒した。



 斧に凍気をまとわせて投げ放ち、切り裂く技。斧自体を当てるのではなく、斧が纏った魔力の刃によって敵を切り裂く奥義だ。普通ならそんなものをキャッチすることは難しいだろうが、斧マスタリーが60を超えると、飛んでくる斧を無意識に受け取れるようになる。


 恵体を100にしたことでスタミナも上がり、どれだけ走っても息が切れない。これで身体が大人に近づけば、町どころか国でも俺に勝てる人間は居なくなるだろう。


 ――フィリアネスさんは、ボーナスを振った後の俺が備えている実力をひと目で見抜いた。彼女やマールさんですら、恵体50に達してから、騎士団の任務でモンスター討伐をしても一ヶ月で1も恵体が上昇しないような状況だった。


 ボーナスが無ければ、人間が到達することの出来ない領域。それを与えられていなかったら、俺は何もできず、この洞窟に来ることさえかなわなかっただろう。


 洞窟は少しずつ地底へと下っていく。溶岩の熱を防ぐために火耐術ファイアレジストを使っているが、冷静に考えてみれば、これでファイアドレイクのブレスのダメージはほとんどカットできる。ネリスさんが来てくれるまで、やはり俺は冷静じゃなかったのだろう――力で押し切る方向に意識が向きすぎていた。



◆ログ◆


・あなたのレベルが上昇した! スキルポイントを3手に入れた。

・今までとは違う自分になった気がした。



(レベル41……キャップまで、ゲーム通りならあと34。皇竜のレベルは、前に遭遇した時は10だった……今はどこまで上がってるんだ……?)


 ユィシアがたったレベル10の段階で、恵体100を筆頭に強力なスキルを備えていたのは、種族の違いというほかない。仮にレベルキャップの75まで上げたとしても、レベル20時点のユィシアに確実に勝てるとは思えない……皇竜は完全に異次元の存在だ。


 俺が恵体を100にしたのは、防御補正が+200もあれば、子供用の防具の性能を補うことができると考えたからだ。一撃で死ぬことだけは避けなければならない――パンチ、キックはまだしも、他の攻撃のダメージ倍率が高ければ、容易に防御を貫通されるだろう。『テールスライド』がどれほど強いか分からないが、ブレスより取得が遅いということは、とてつもない威力を持っている可能性がある。


(どうしようもないが、情報不足だ……久しぶりだな、初めて戦う敵なんて)


 ギルドのメンバーの中には、ソロプレイを好む操作技術プレイヤースキルがトップクラスの人も居て、新たに実装されたダンジョンに一番乗りしてボスを倒し、事前に攻略情報を教えてくれるなんてことも多かった。確かにゲーマーとして新雪を踏みたい気持ちはあったが、MMOはそれが全てでもない。既にクエストを踏破した人に案内してもらっても、面白さが目減りすることはなかった。尤も俺は交渉術で最強に近いNPCとパーティを組めたので、やろうと思えばいつでも、どんなダンジョンでも攻略できた。それができたからこそ、トッププレイヤーとして認められたわけだ。


 おそらくこの世界でも、まだ皇竜と戦った人間はほとんどいないはずだ。俺は多くの人々を見てきたが、ユィシアのステータスはそれこそ人知を超えている。この国で最強だったフィリアネスさんも、今はステータスの数値だけを見れば、俺の三分の二ほどの戦闘力しかない――プレイヤースキルというか、人間力とも言えるものを加味すれば、簡単に勝つことができる相手じゃないのは確かだが。


 しかしフィリアネスさんは、俺がドラゴンの下に行くだけの資格を持っていると認めて、自分がサポートに回ることを了承してくれた。後でひどく叱られるだろうが、生きて帰った暁には、どんな叱責も受けるべきだろう。


「ん……?」



◆ログ◆


・《ソードリザードA》は《ソードリザードB》をかばっている。



(なんだ……大きいソードリザードが、小さいソードリザードを守ってる……?)


 俺が止まることなく進んできたからなのか、それとも見れば強さはある程度わかるものなのか。

 どちらにしても、その二匹のソードリザードは、俺に戦いを挑んでくることはなかった。



◆ログ◆


・「魅了」が発動! 《ソードリザード》が二体抵抗に失敗、魅了状態になった。



 魅了まで決まってしまったら、もう戦う理由はない。俺は近くに他のモンスターがいないことを確認してから、二体のソードリザードに近づいた。


 モンスターは『魔物の巣』という名の異界の門をくぐってきたあと、こちらの世界で実体化して、初めてかりそめの命を得る。親子か、仲間同士の情みたいなものがあるものだとは思っていなかった。

 自分の境遇に重ねあわせたといえば、そうかもしれない。他の敵と何ら見かけは変わることがなくても、俺はそのソードリザードたちを敵として見ることができなかった。



◆ダイアログ◆


・《ソードリザードA》に「隷属化」スキルを使用できます。使用しますか? YES/NO



(敵に回らないなら、調教テイムしておくか……後で解放することもできるし)


 魅了状態になったモンスターは、無条件で調教テイムできる。人間はそれに加えて、能力値や種族、装備品など全てを含めた『価値』に対して対価を支払い、『首輪』系のアイテムを装備してもらうことで隷属化することができる。ゲーム時代は奴隷という言葉はストーリー上で登場することはあっても、実際に仲間に出来るのは『剣闘奴隷』に限定されていて、クエストで救出すると傭兵としてパーティに加えられるというシステムだった。


(……サラサさん、いつも首元を隠してたけど。奴隷スキルがあるっていうことは、彼女も……)



◆ダイアログ◆


・《ソードリザードA》のジョブを『奴隷』に変更することができます。変更しますか? YES/NO



(これは、NOでいい)


 一度取得したジョブには任意に切り替えが出来るのだが、あえて奴隷に切り替えようとは思わない。グレータースライムのジョゼフィーヌを調教テイムしたときもダイアログが出たが、その時もジョブはスライムのままにしておいた。奴隷スキルを上げると何かリスクがあるようにも思えたからだ。


 『奴隷』は『不幸』や弱点パッシブと同じくネガティブスキルの一つだと考えられる。奴隷であるだけで、一部の人間からは差別されてしまうし、行動にも制限が出てくる。剣闘奴隷も同じで、長く傭兵をするうちに奴隷スキルが徐々に下がっていき、ゼロになると解放されるというシステムだった。


 どちらにせよ、ソードリザード二体が他の敵にターゲットされないように伏せさせておく。俺は黙ってこちらを見てから立ち去るソードリザードに、即席ながらの忠義を感じつつ、さらに洞窟の奥を目指した。



◇◆◇



 奥に進むほど溶岩の熱が苛烈になるのではないかと恐れていたが、予想に反し、溶岩の赤と黒っぽい岩だけの景色が途切れ、なめらかな白亜の洞窟に移り変わった。広い洞窟が一時的に狭まって、大人がようやく通れるような狭さの道に変わる。竜がこの奥にいるなら、おそらく奥に入るための別の経路が存在するのだろう。


 足元は奥から流れてくる水で覆われている。やがて狭い道の奥に火精霊ウィスプが飛び出していき、そこに広い空間があることを知らせてくれた。


「……ヒカリゴケか何かか……?」


 明かりがなくとも、壁全体が淡く発光している。狭い道からは想像も出来ないほど、途方もなく広い空間が開けて、全体に明かりが行き届いている――ランタンも何も設置されていないのに。


 竜のねぐらにふさわしい、神秘的な光景。いくらも探すことなく、俺はユィシアが言っていたものだろう、膨大な量の宝を見つけた。広い空間のさらに奥に、小高い丘のように盛り上がった部分があり、そこに黄金色を放つ財宝が敷き詰められている。赤や青、緑の光は、宝石だろうか――この距離でもわかるほどの、こぶし大の大きさの石がごろごろしている。鑑定しなくてもわかる……ひとつひとつの価値が、首都の一等地に家を買ってもおつりが来るほどのものだろう。


 ――竜の涙石は、この宝の中にあるのか。それとも……上位の竜、皇竜に流させるしかないのか。


(……私は涙を流さない。なぜなら私は泣いたことが、ない)


「っ……!?」


 聞き覚えのある翼の音が聞こえ、風が流れ、戦慄が俺の身体を包みこむ。


 聞こえてくる方向は――上。見上げても先が見えないほどの大空洞から、巨大な爬虫類のような姿が、羽音を立てて舞い降りる。


(恐れるな……一歩も退くな。俺はもう、前に進むしかないんだ……!)


 まだ間合いは外れている。宝の手前に降り立った目が覚めるような銀色の竜は、俺の方を見やると、一声くるる、と高い声で鳴いた。雌の竜だからなのか、その声だけならば、愛らしくさえ聞こえる。


 ――しかし、その眼光は容赦なく俺を射抜いた。長い首をもたげ、優美な角を振りかざしながら、銀色の竜が翼を広げて、高らかな叫びを上げる。



◆ログ◆


・《ユィシア》の「ドラゴンハウル」! 竜の咆哮が大気を震わせる!

・《ユィシア》の攻撃力、防御力が上昇した!

・《ユィシア》は一時的に状態異常耐性を獲得した!



「っ……!」


 一度目の鳴き声とはまるで違う、鼓膜を揺るがすような咆哮だった。銀色の鱗が淡い光を纏い、金色の瞳の奥に血のような赤が宿る――それは怒りを現すものか、それとも憎悪か。


 隙など微塵もない。俺という侵入者を視界に入れた瞬間、皇竜は当たり前のように戦闘態勢に入った。


 魅了を発動する可能性すら与えられない。ドラゴンハウルなんてアクションスキルは、前に遭遇したときは確認できなかったものだ。


 ――ユィシアは成長し、強くなっている。「皇竜族」のスキルがどれだけの数値に達したのか分からないが、ドラゴンハウルだけでなく、複数の新アクション、新パッシブを獲得している可能性がある。


(カリスマが発動しない……向こうのレベルが、俺と同じか、それ以上に高いからだ……)


 ボーナスを限界まで振れば、こちらが優位に立てる可能性があると、砂粒ほどの可能性とはいえ期待していた。

 それを絶たれてしまったと気づくと、心臓が壊れそうなほどに高鳴り始める。


(……このまま戦いを挑めば……俺は、9割方殺されるだろうな……)


「……グルル……グルルルゥ……」


 獰猛に喉を鳴らしながら、皇竜は俺を威嚇する。一歩でも前に進めば攻撃する、そのプレッシャー自体が物理的な力に変えられてでもいるかのように、俺の眼前に見えない壁を作る。


 ――しかし、俺はユィシアと戦うために来たわけじゃない。涙石を手に入れる、目的はただそれだけだ。


(そうだ……交渉するんだ。俺が欲しいものは涙石……それを手に入れる方法を、皇竜自身から聞き出すんだ……!)


 前世のゲームで、俺はただマウスを操作し、他の人が話しかけられない相手に話しかけてきた。王様に交渉を持ちかけ、騎士団長や大魔術師、大司祭を傭兵として雇い、全能感を味わっていた。


 だがこうして、自分の力が及ばないかもしれない相手と対峙し、自らの喉から出る言葉で対話するという段になって、ようやく俺の操作していたキャラクターの心情が分かった気がした。


(無茶しやがって……って思ってたんだろうな。俺も、今そう思ってる)


 死ぬかもしれないのに、馬鹿かと思う。俺の心臓は極限状態を過ぎたあと、嘘のように静かになる。


 交渉術100。誰とでも対話を可能にする能力が、ついに俺の血となり、肉に変わる。


 俺は微笑んでいた。全ての感情を超越し、魅入られそうな輝きを持つユィシアの瞳を見つめながら。


「ドラゴンのお姉ちゃんに、お願いがあるんだ」

「……グルル……」


 皇竜の唸り声は、それほど不機嫌そうなものではなかった。

 俺の話を聞いてくれている――そう確認して、俺はさらに言葉を続ける。


「おれは、竜の涙石を取りにきた。それをくれるなら、どんなことでもする」

「…………」


 ユィシアの唸りが止まる。その瞳は俺を捉えたまま、しばらく微動だにしなかった――そして。



◆ログ◆


・《ユィシア》は人間形態に変化した。



 巨竜の身体が眩い光に包まれ、その一瞬あとには、前に出会った時と変わらない、竜の角を持つ少女の姿があった。


 背中辺りまでの長さがあるストレートの銀髪を撫で付けながら、少女はこちらに歩いてくる。前もそうだったが、竜から変化した後にはどういった原理か、半透明の透けるケープのようなものを纏っている。その下は、頼りない紐のような下着――もとい、装飾品だけで隠されていた。


 人間が肌を見せた時に感じる羞恥が、彼女にはない。前にステータスを見た時は13歳――現在はおそらく15歳ということになるが、その姿は人間における15歳と何ら変わらない。身体は女性らしい丸みを帯びていて、胸も豊かに膨らんでいるが、成熟しているとは言いがたい――俺も女体に慣れているわけじゃない(と思いたい)が、まだ成長の余地を多分に残しているように見えた。


「……私は泣いたことがない。涙石がこの宝の中にあるとしても、それを渡すわけにはいかない。この宝は、母から受け継いだもの……人間の子供よ。宝が欲しくば、私を倒すしか方法はない」


 さっき聞こえてきた声の通りか……泣いたことがない。それが事実なら、ユィシアがこれまでに涙を流して、涙石が生成されたことはないということになる。

 どんなふうに石になるのか分からないが、流した途端に固まったりするんだろうか……想像は出来ないが。涙が主成分というのは間違いないだろう。


「泣いたことがない……か。じゃあ、もし泣くことがあるとしたら、どんな時かな」


 普通なら、女の子にこんなことを聞くのは無礼極まりない。しかし遠慮すれば、ユィシアは俺の言葉を突っぱねるだけで、何も進展は生まれそうにないと思った。


「……母は、泣いたことがあった。私はそれを、母の中で見ていた」

「母さんの中……?」

「私はその時、まだ卵の中にいたということ」


 ドラゴンは卵で生まれてくる前から意識があるっていうのか……それとも、皇竜だけの特徴なのか。

 どちらにせよ、ユィシアと意志の疎通はできている。分かったのは、ユィシアは泣いたことがないだけで、皇竜が涙を流すことがあるということだ。


「おれはどうしても涙石を手に入れなきゃならない。だからこれから、お姉ちゃんに泣いてもらう」

「……ただの子供ではないとはわかる。前に見たときと比較にならないほど強さを増している。それでも人間は人間にすぎない。私に命令を聞かせられるほどの強さは、ない」


 ユィシアは自分の方が強いと断言する。その自信は根拠のあるもので、俺にも反論の余地はない。

 しかし、今の会話で見えたことがある。

 皇竜に命令を聞かせるには、強さを示せばいい。俺の交渉材料は、『ただの子供ではない』ということだ。


「おれと戦って、少しでも見込みがあると思ってくれたら……頼みを聞いてくれるってことだね」

「竜は強者にのみ恭順する。皇竜は、竜を統べる種族……私たちより強くなりうる存在は、魔王と勇者だけ」


 ユィシアは魔王を探していた。それは敵として探しているのかとも思ったが、今の口ぶりでは、魔王も勇者も同等に、自分の強さに比肩しうる存在として認めているように感じられた。


 『強い』ということが、皇竜にとっての絶対的な価値なら……従うべきルールなら。


「……子供に言って分かるとは思えない。しかし、ただの子供ではない……あの時も、魔王の気配を感じた」


 リオナが近くに居たことが、ユィシアには分かっていた。あの時幸運スキルが元に戻らなければ、あのままリオナはユィシアに見つかって、どうなっていたか分からない。


 それほどにユィシアが魔王に執着しているのなら、リオナを連れてくれば……そんな考えが一瞬だけ頭をよぎるが、馬鹿なことだと打ち消した。リオナを危険な目に遭わせることは絶対にできない。


「魔王が傍に居るのなら、悪いことは言わない。私に引き渡すべき」

「……魔王なんていない。どこにも居ないよ、そんなのは」

「……魔王は存在する。何度滅ぼされても、生まれ変わるようにできている。私たちと同じように、女神がそう作ったものだから」

「っ……!?」


 リオナのことを知られるわけにはいかない。そう思ってついただけの嘘が、思いがけない言葉を引き出す。


「女神が作った……魔王と、皇竜を……?」

「この世界の全ては、女神によって作られている。何一つ、例外はない」


(どういうことだ……女神は人々に崇められている存在で、魔王に敵対してるんじゃなかったのか……?)


 女神は正義の存在だなんて、明言されていたわけじゃない。それでもこの世界で暮らすあいだ、女神が魔王を作ったなんて、そんな話は一度も聞いたことがなかった。

 それどころか、ほとんどの人は、女神は人間に慈悲を与える存在だと思っている。


(……事実がねじ曲げられている……それとも、ユィシアの言っていることが間違ってるのか……?)


「どちらにせよ……魔王は人間の手には余る。もう一度魔王の波動を感じたら、その時は……」


「……おれは涙石を手に入れられれば、他に何もいらなかった。でも、そういうわけにもいかないみたいだ」


 ユィシアが魔王の転生体であるリオナを、どうしたいのかは分からない。しかし今の話を聞けば、リオナがこのまま俺たちと一緒に成長していくのを、遠くから見守ってくれるなんて生易しい話じゃない。


 ――強さを示すという理由、そして、リオナを守るため。戦う理由が二つになってしまった今、俺の中にはひとつの選択しかない。


「ドラゴンのお姉ちゃん……いや、ユィシアさん」

「……戦うことを拒みはしない。しかし、私には、おまえが地に伏せている未来しか見えない」


 戦う前から、おまえはもう死んでいる……なんて、酷いことを言ってくれるものだ。

 泣いたことがないと言われた時から、覚悟はしていた。平和的な手段で泣いてもらうことなんて、それこそどれだけの策士でも出来やしない。


 ――ユィシアのライフを削り、隷属化を成功させ、調教テイムする。


 魅了が発動していれば、ライフは削る必要がない。しかし何もかかっていない状態では、8割ライフを減らさなければ隷属化は成功しない。


(……やるしかない。惜しみなく最強のスキルを使って……俺が死ぬ前に、8割ライフを削り切る……!)



◆ログ◆


・《ユィシア》はあなたを敵として認識した!

・《ユィシア》は竜形態に変化した。



「グオァァァアァァァァッ!」


「うぉぉぉぉぉっ!」



◆ログ◆


・あなたは「ウォークライ」を発動させた!

・パーティの闘志が昂揚する! あなたの攻撃力が一時的に上昇した!



 巨竜の姿に変わったユィシアは、すかさず大きく息を吸い込み始める――そして。



◆ログ◆


・《ユィシア》は雷のブレスを吐いた! 雷撃が竜の顎から迸る!



(雷ブレス……初めて見る……でも……!)


 炎や氷のブレスとはまるで違う速さで襲いかかる雷撃。それを防ぐには、『雷耐術レジストサンダー』を使うか、あるいは避けきるしかない。


(一度だけなら通じるか……っ!)



◆ログ◆


・あなたは《隠形シャドウステップ》を発動した!

・《ユィシア》はあなたを見失った!



(盗賊の技……消えたっ……)


 ユィシアの声が聞こえる。どうやら竜の姿では、直接俺の心の中に声を届かせることが出来るようだった。

 盗賊スキル30で取得できる『隠形』は、強制的に敵から未発見の状態になるというスキルである。これを使うと、視界に入っているのに気付かれていないという、不意打ちに最適な状況を作り出せる。


 この一撃が通るか、どこまで削れるか……俺は祈りながら、斧を振りかざす。


(斧マスタリー100の……いや、駄目だっ……!)


 ――それが致命的なミスになると理解しながら、俺は自分が持てる最高の技を選択しなかった。

 人間の姿をして、一度は俺を殺さずに見逃した皇竜を、不意打ちの一撃で殺してしまうかもしれない。

 これほどの強者に対して驕りを見せることが、どれほどの愚行かを理解しながら、一度繰り出した技はもう止められはしなかった。


「――せやぁぁぁっ……!」



◆ログ◆


・あなたは「ダブル魔法剣」を放った!

・あなたは「アイシクルスパイク」を武器にエンチャントした!

・あなたは「フリーズブラスト」を武器にエンチャントした!

・あなたは「ギガントスラッシュ」を放った! 「巨斧凍滅斬!」



 巨人の振り回す戦斧の一撃にも等しいと言われる、斧マスタリー80で取得できる奥義ギガントスラッシュ。パワースラッシュの実に3倍の威力を持つその一撃は、ユィシアの隙を突いて完全に入った――はずだった。



◆ログ◆


・《ユィシア》に124ダメージ!



(124……!?)


 ユィシアのライフは最低でも1300を超えている。たった124では、一割すら削れていない。

 俺の斧はユィシアの鱗に傷を付けられても、大きなダメージを与えるまでには至らなかった。


 攻撃を終えた直後、俺はユィシアに発見される。その直後、銀色の竜の身体が、猛然と俺に背を向けるように回転するところまでしか、俺には視認できなかった。



◆ログ◆


・《ユィシア》は「テールスライド」を放った!

・あなたに              3     74              ダメ          !



 まともに読み取れないほどに、ログが崩れた。

 全身を貫き通すような衝撃のあと、俺は宙に飛ばされていた。飛びそうな意識を辛うじて繋ぎ止め、俺は自分がどんな姿勢でいるかも分からないまま、ただ一つだけのことを考える。


 ――このまま浮かされていたら、次の追い打ちで殺される。


(……まだ……俺は……っ!)



◆ログ◆


・《ユィシア》は「ドラゴンファング」を放った!

・あなたは「無敵」を発動させた! ダメージを全て無効化する!

・あなたはダメージを受けなかった。



(……無敵……私と同じ。人間がこの領域に……?)


 ダメージを無効化出来るのは一撃のみ。ユィシアも同じスキルを持っているのだから、知らないわけはない――しかし、彼女はそれ以上追撃してこなかった。


 宝の山に背中から叩きつけられる。無敵の効果が続いていたから、俺はすぐに立ち上がることが出来た。宝を守るユィシアが、こんな所に飛ばしてきた――それこそ、俺がユィシアを少なからず本気にさせたという証でもあった。


「まだだ……俺はまだ死ねない……母さんの所に、薬を届けるまでは……!」


 全身の痛みをどれほども軽減出来るわけでもないが、持っているうちで最高のポーションを呷り、初歩の治癒術を使って少しでもライフを回復させる。


 400ダメージ近く喰らったのはもちろん初めてだった。ゲームでは戦っているうちにライフを残り1割まで減らされることも珍しくなかったが、七割も残っているのにこの有り様では、これ以上のダメージを一度に受ければ耐えられる気がしない。


 ほとんどダメージを受けずに戦ってきたツケが、ここで出るとは……しかし幸いだったのは、無敵を使うタイミングだ。「ドラゴンファング」は、おそらく「テールスライド」より威力が高い……無敵で無効化しなければ、俺はもう死んでいたかもしれない。


 あまりに実力差が大きすぎる。やはり、俺一人で来てよかった……マールさん、ウェンディは、きっと決死の覚悟でユィシアのターゲットを取ろうとするだろう。そうなってしまったら、どうやっても誰かが死ぬことを免れない。そして、俺の技が通じないということは、まともにダメージを与えられる人は他にはいない。フィリアネスさんですら、細剣マスタリー60、恵体50なのだから。


 間合いが開いたときの皇竜の攻撃に備えて、俺は腰を落としていつでも動けるように構える。この距離で選択できる攻撃は、精霊魔術――しかしレベル3の中級魔術では、まともなダメージは見込めないだろう。マジックブーストをかけて、ようやく通るかどうかというところだ。


 ユィシアのステータスの耐性が見えなかったのは、彼女が俺のスライムと違い、テイムしたモンスターではないからだ。まだ俺には見えていないステータスがあり、それがスキルだけでは読み取れない強さを裏打ちしている。


(どうやって削ればいい……どうやって……!)



◆ログ◆


・《ユィシア》は人間形態に変化した。



(なっ……!?)


 間合いが開いたままで、ユィシアは人間の姿に変わる。着ている服の一部が破れ、陶器のようにすべらかな白い肌が覗いている……鱗の損傷が、人間形態の衣服の損傷に対応している。


「……人間の子供よ。これ以上続けるなら、殺さなくてはならない」

「……わかってる。でも、おれは死なない。死ねないんだ」


 体力は戻りつつある。しかしマナは治癒術を使った影響で時間回復分を使ってしまい、無敵をあと一度使えば、ほとんど空になる。


 削らなければならない残りのライフ七割が、あまりに遠すぎる。600ダメージ与えればいいのか、それともそれ以上なのか。与えきるには、俺がもう5人も居なくてはならない……みんなのレベルが上がりきって、ようやく可能性が見えてくる。


 しかしその時は、ユィシアのレベルもカンストしている。皇竜という種族が、エターナル・マギアの絶対的な強ボスとして実装される予定だったのなら、安全に勝てる道理はない。


 ――4歳で人間の領域を超え、皇竜と戦わなければならない。ゲームなら、難易度が壊れた糞ゲーだと言っていたところだが……。


 こうして向き合ってみればわかる。困難なことを初めから不可能だと諦めれば済むほど、生きるということは生易しくはなかった。


 死の淵にいる母さんを救う。それを望むことは、今の段階で皇竜と戦い、認められなければならないという理不尽の先にある。


「……ユィシアさんがどれだけ強くても、俺は絶対に泣かせてみせる……!」

「私は宝を奪おうとするものを殺す……そう定められている。戦いを挑む者は、排除しなければならない」


 ユィシアは氷のように冷たい声で言うと、俺に片手を掲げて向ける。


 ――竜の姿と向かい合っていた時以上の威圧感。彼女にはまだ、俺が知らない力があるのだと悟る。


「竜言語魔術……相手を石化させる。耐性がなければ、絶対に避けられない」

「っ……!」

「……私と同じ技を使う子供を、殺すには惜しい。私が新しい宝として、加える……」


 止める間も、術もない。ユィシアの唇が、読み取ることのできない言葉を紡ぎ出す。



◆ログ◆


・《ユィシア》は「石化の呪言ストーンカース」を詠唱した!

・あなたの身体が石に変わっていく!



「うぁぁぁぁぁっ……!」


 足先から石に変えられ、俺はその場に倒れ込む。ユィシアは金色の瞳で俺を捉えたまま、表情を変えずに悠然と立っている。


「……少しずつ、完全に石に変わる。心臓が先に止まっても、死ぬことはない」


 美しい少女の姿と、意味のある言葉を交わせたことで、俺はいつからか勘違いしていた。

 皇竜と分かり合える――それは勘違いだった。

 ユィシアにとって俺は、珍しい玩具でしかない。石にしてコレクションに加える価値はあっても、対等の敵としてなど、初めから認められていない……。


 意識が遠のいていく。ユィシアは離れた場所にいる……俺には石化を止める手段がない。石になる魔術なんて、ゲームでは見たことがなかった。


(……ダメージが通ったのに……半分減らせば……母さんを……)


 助けることが、できたのに。

 生まれてくるはずの子供も、俺の弟か妹になるはずの生命も……守れたのに。

 俺に力がないばかりに、届かなかった。

 ボーナスポイントで手に入れた強さが交渉材料になりうると、驕ったばかりに……。


 目の前が暗くなっていく。既に石化は、俺の膝の辺りまで進んでいる。


(死ぬのか……俺は……石になって……)


 知らない魔術を使われ、為す術もなく負ける。


 もし、最初の一撃で、惜しみなく最大の攻撃を放っていたら。


 ――そうして傷ついた皇竜の少女に涙を流させることが、本当に正しいのか。


(……どうやったら女の子を泣かせられるかなんて、母さんが知ったら、絶対に怒られるからな……)


 命には、何も代えられない。そう割り切れなかった俺の甘さを、ユィシアの力が容赦なく飲み込んだ。


(父さん……母さん……みんな。ごめん……俺……)


 何もできなかった。何も……。


 俺の石化は心臓にまで届こうとしている。否応もなく、急速に薄れていく意識を、


「ヒロちゃんっ!」


 ――何度も聞いた声が、この世界に繋ぎ止めた。


「リオ……ナ……」


 倒れたままで視線を上げる。目の前に、リオナが立っている。


 リオナは両手を広げて、ユィシアから俺を守るように立ちはだかっていた。


「ヒロちゃんをいじめる人は、ゆるさないからっ……!」


「やめ……ろ……リオナ……あいつは、おまえを……」


「だいじょうぶ……ヒロちゃん、だいじょうぶだよ。リオナがきたから、リオナがまもるから……!」


 そう言ってこちらを見るリオナの姿が、前世で見た陽菜の姿に重なる。


 ――俺は、お前を守ろうとした。どうしても死なせたくなかった。


 なのにどうしてここに居るんだ。違う、ただ似ているだけのはずだ……陽菜は向こうの世界で生きている。俺にとって、それが唯一の真実だ。


「……魔王……リリス……」


 ユィシアの呟き声が聞こえる。ユィシアは見抜いている……リオナの正体を。


 一歩ずつ、ユィシアが近づいてくる。それでもリオナは小さな身体を震わせながら、俺を守ろうとする。


「だめっ、きちゃだめっ! ヒロちゃんをいじめないでっ!」


 このままじゃお前も危ない。逃げろ、逃げてくれ。


 悪夢なら終わってほしい。動かない身体も、ユィシアの存在も、母さんの病気も、全部。


 ――けれど、逃げられない。この目の前にある光景も、石化の苦しみも、全てが現実だ。


 ユィシアがリオナの前に立つ。そしてその手が伸ばされたとき――俺は。


「――やめろぉぉぉぉぉぉっ……!」


 動く手を伸ばして、俺は叫ぶ。


 俺を守ってくれようとするリオナ。彼女は俺の言葉に反応し、そして――。


 ――その身体から、円環を描く黒い文字が、幾つも湧き出して空間に広がる。



◆ログ◆


・《リオナ》の魔王の力が覚醒しようとしている……!



「……リオ……ナ……」


「……ヒロちゃんを傷つける人は、絶対に許さない……ヒロちゃんは、私が守るんだから……!」


 まだ幼くて、舌足らずだったリオナは、そこには居なかった。


 ――もう、疑いようもなかった。


 宮村陽菜。俺の前世の幼なじみが、そこにいた。


「ヒロちゃん、すぐ助けてあげるね……もう苦しくないよ。癒しの雨よ、蝕まれた身体に再び力を与え給え……『癒しの雨ヒーリングレイン』!」



◆ログ◆


・《リオナ》の治癒魔術レベルが7まで開放された!

・《リオナ》は「ヒーリングレイン」を詠唱した!

・あなたの石化状態が回復した!

・《リオナ》の覚醒が進んでいく……《リオナ》は一段階変異した!



 魔王の力の覚醒と共に、リオナは魔術の才能を開花させた――その事実がログで読み取れる。攻撃魔術ではなく、白魔術が目覚めたのは、俺を助けるために他ならない。

 彼女の使った魔法は、雲も何もないのに優しい雨を降らせ、石になっていた俺の身体が、雨を浴びたところから元に戻っていく。状態異常を回復する上級魔術……その効果に、石化の治療も含まれていたのか。


 ――しかし、リオナが払った代償は大きかった。


「あ……あぁぁっ……いやぁぁぁぁっ……!」


 リオナの小さな身体。その背中から、黒い翼が出現する。


 まるで蝙蝠のような、悪魔が背中に生やすような翼。それは皮肉にも、光り輝くような銀色の皇竜の翼と、全く対照的な存在に思えた。


 動くことが出来るようになった俺は、覚醒のショックなのか、倒れそうになったリオナを支える。その翼は悪夢よりも悪夢のような現実としてそこにあった。


「……俺のせいで……リオナ……リオナッ……!」


 リオナは意識を失ったままで動かない。ユィシアから、せめてリオナだけは逃がさなくてはならない。


「……リオナに手を出すな……リオナは魔王なんかじゃない。おまえには絶対に……っ」


 渡さない。そう、ユィシアに言葉をぶつけようとして、俺は愕然とする。



 一瞬、何が起きているのか分からなかった。


 あれほど『泣いたことがない』と言っていたユィシアの頬に――光り輝く雫が、幾つも、幾つも伝っている。


 それは地面に滴り落ちる前に宝石に変わり、白く透き通る粒に変わって、ころころと転がった。


「……リリス……生まれ変わっても、人間を守るなんて……どうして……」


 ユィシアが泣いている。その言葉の意味は、俺にはいくらも分からない。

 しかし一つ言えることがある……ユィシアは、リリスが生まれ変わる前のことを知っている。

 だからこそ、転生体であるリオナの行動を見て、涙を流した……それならば。

 皇竜と魔王リリスは、必ずしも敵対していたわけではなかった。両者には、まだ想像の及ばない因縁がある……そういうことだ。


「……泣いたことないって言ったのに。泣いてるじゃないか……ユィシアさん」

「……泣いている……私が……」


 自分でも分からないというように、ユィシアは足元に落ちた涙石を見やる。

 求めてやまなかったものが、そこにある。しかし、それを手に入れるだけでは済まない――無事に持ち帰ることが出来なければ、全てが水の泡だ。


(どうする……ユィシアにもう一度交渉するか、それとも……)


 いくらも逡巡する時間はない。しかし涙石はあと少しで手が届く場所にあり、守るべきリオナは意識を失っている。全てを手に入れるには、まだ詰めの段階に持っていけていない……!



◆ログ◆


・《ユィシア》にかかったドラゴンハウルの効果が切れた。

・あなたの『天運』が発動した!



(天運……そうか、幸運スキル100の……!)


 豪運の上位互換で、ただ運が良くなる豪運と違い、確実に窮地を脱することが出来る効果が発動するパッシブスキル。窮地に立たされ続けた俺は、その発動条件を自覚せずに満たしていた。


 ――どんな効果が起こるのか。祈るような気持ちで、俺は流れてくるログを待つ。









◆ログ◆


・「魅了」が発動! 《ユィシア》は抵抗に失敗、魅了状態になった。



(……これって……ドラゴンハウルの状態異常耐性が切れて……そこに魅了が発動して、天運のコンボで……)


 今の俺たちにとっての最大の脅威にして障害だった、皇竜ユィシア。


 ぽろぽろと涙をこぼしていた彼女の頬が、よくよく見ると、ほんのりと赤らんでいる。


「……人間の子供……なぜ……人間なのに……」


 ――今までに何度も、同じ現象を見てきた。しかしユィシアの戸惑う様子は、あまりにも、今までの冷徹なイメージとはかけ離れすぎていた。


 ユィシアはリオナを抱きかかえている俺を、ずいっと覗きこんでくる。魅了が本当に効いてしまったなら、次にどうなるかは決まっていた――ユィシアは人間ではなく、一応魔物の区分になる。つまりは……。



◆ダイアログ◆


・《ユィシア》に「隷属化」スキルを使用できます。使用しますか? YES/NO



調教テイム……できる……!)


 自分より遥かに格上のモンスターのライフを削って隷属化するのは、ほぼ不可能に近い。戦ってみて分かった通り、ユィシアはまだ奥の手を隠していたし、攻撃も防御も凄まじく高かった。


 そんな相手でも調教テイムする方法が一つだけある……魅了状態にすることだ。俺はユィシアに対して何度も魅了が発動したのに成功しなかったことから、効かないものだと思い込んでいた。

 しかし成功確率が1%でもあれば、いつかは成功する。そして天運が発動すれば、その1%を引くことが、幸運スキルを持たない場合よりずっと容易になる。


「……強いものに恭順すると言った……あれは、少し違った。私は、私が認めた者に、従属する」


 ユィシアは淡々と言うが、その手が俺の頬に伸びて、愛でるように触れてくる。飽きずにすりすりと触ってくるが、その指の感触は、彼女が竜だと思えないほどに柔らかく、しっとりとしていた。


「……涙石を、もらってもいいなら。従属させてあげるよ」

「わかった。人間の子供……名前は? まだ、しっかりと聞いていない」


 間近で見つめてくるユィシア。竜の翼を持つ少女に迫られながら、黒い翼を持つ幼なじみを胸に抱く。


(……リオナ、絶対に何とかしてやる。どうすればいいのか、分かった気がするんだ)


 守ってくれたリオナに感謝しながら、俺はユィシアの方を向き、そして選択する。

 一度調教テイムしてしまえば、ユィシアは俺の護衛獣であり続ける。俺が前世から今までを通して出会った中で、最強の敵が仲間になる――それはあまりに現実味がなく、そして同時に、夢のように魅力的な話だった。



◆ログ◆


・《ユィシア》はあなたの護衛獣になった!



 俺がユィシアに初めて下す命令は、もう決まっていた。

 ユィシアは涙石を拾い上げると、俺の手に渡してくれる。全部で十粒……あとは、これをネリスさんに調合してもらうだけだ。


「……ご主人さま」

「わっ……い、いきなりその呼び方はちょっと……ヒロトでいいよ」

「ヒロト様……私は皇竜ユィシア。あなたに従属する……この命全てを捧げると誓う」


 誓いを示すように、ユィシアは俺の額に口づけをする。そして、先ほどまでの無表情が嘘のように、微笑み、照れてはにかんだ。


 魅了が解ければ元のユィシアに戻るが、調教テイムは解除されない。

 これで、涙石を手に入れて無事に脱出できる……しかし、今のリオナの姿を、皆に見せるわけにはいかない。


「ユィシア……リオナをここで匿ってくれ。俺はまた、ここに戻ってくる」

「……魔王の力が目覚めようとしている。完全に覚醒する前に、何らかの封印を施す必要がある」

「わかってる。リオナの魔王化を止められるかもしれない方法が、一つだけある……でも、それは今すぐには出来ない方法なんだ」


 今は一刻も早く、母さんの下に戻らなければならない。

 リオナのことを案じながら、俺は来た道を再び駆け戻っていく。竜の巣のある大空洞から出る前に一度だけ振り返ると、ユィシアはふたたび竜の姿に化身し、眠っているリオナを守ってくれていた。


(待っててくれ、リオナ……褒められた方法じゃないかもしれないけど。このまま魔王なんかにはさせないからな……!)


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