第十五話 炎の斧と雷光の細剣
二歳から四歳までの間、俺は両親に心配をかけないよう、クエストではなく「指導」を受けることを中心としてスキルの習得、鍛錬を行った。
「育成」「指導」などの教育スキルを持っているキャラクターからは、好感度を一定以上に上げたあとに「依頼」することで、確率でスキルを取得することができる。依頼するとき、アイテムやお金、あるいは仕事などを代価として支払う必要はあるのだが。
ゲーム時代はすべてのキャラにプレゼントなどをすることはできなくて、好感度を上げられるのは一部のキャラだけだったが、この異世界は違う。接触することの出来るキャラクターなら、理論上は誰でも好感度を上げられる。
特に集中的に鍛錬したのは神聖剣技だ。フィリアネスさんは「育成」を持っているので、三歳の頃から彼女に頼んで教えてもらうことで、飛躍的にスキルが伸びた。合わせて斧スキルが薪を割り続けるうちに徐々に伸び、二年で50の大台に到達したので、剣マスタリーは取らず、魔法剣スキルを斧装備で発動させるという変則的な形を取っている。
魔法剣に必要な魔術は、冒険者の名無しさんから法術を、そして同い年の友達のミルテのおばば様から精霊魔術を教わった。フィリアネスさんも精霊魔術を使うが、おばば様は「ミゼールの魔女」と呼ばれるだけあって、精霊魔術スキル50を超える高位の魔術師だったし、毎日通えるところに住んでいるので指導を受けやすかった。他に白魔術もサラサさんに教わって習得しているが、これはまだ初歩の治癒術を使えるのみでとどまっている。
ミゼールの魔女を『おばば様』と恭しく呼んでいるのは、彼女が弟子入りするならそう呼ぶようにと言ったからだ。ネリス・オーレリア、それがミゼールの魔女の本名である。
「ヒロトよ、お主も中級までの精霊魔術を使いこなせるようになった。そろそろわしに教えられることは何もないぞ、ミルテと外で遊んでくるがよい」
「そんなことないよ。お祖母様は教えたくないかもしれないけど、おれはもっと魔術を究めたいんだ」
「ふむ……まあ、そこまで言うのならば、試してやっても良かろう。しかしこれ以上を求めるならば、それなりの危険を侵さなくてはならぬ。マンドラゴラを抜くなどは、まだ易しいほうの修行じゃからな」
マンドラゴラ――おばば様が育てている、根菜に似た植物である。抜くときに『おぞましい金切り声』を上げ、抜いた人間のマナに400の固定ダメージを与えてくる。これを耐えればマンドラゴラを手に入れられるが、魔術素養が低いと発狂して一巻の終わりだ。
精霊魔術を30にするための「指導」の代価として、おばば様はマンドラゴラをどんな手段を使ってもいいので抜くようにと言ってきた。マンドラゴラはテイムしたモンスターに抜かせるのが主流なのだが、俺はせっかく育てたスライムを死なせたくなかったので、自力で抜いた。死ぬかと思ったが、マナが激減してから回復する過程で経験値が入り、魔術素養が上がった。
もちろん事故で抜かれたりしないように、マンドラゴラはおばば様の庵の地下、鍵をかけた扉の向こうで栽培されている。マンドラゴラは素晴らしいことに食べるだけで魔術素養の経験値が莫大に得られるのだが、修行で抜いた一本の一欠片しか食べさせてもらっていない。それでもスキルが3上昇したから良いのだが。俺の魔術素養は40となり、最大マナは500を超えた――ここまで来ると、魔法の連発を躊躇することがなくなる。
おばば様は後日、マンドラゴラの用途について教えてくれた。人形のような形をした不気味な人参だが、どうやら魔術素養の上昇以外にも薬効を秘めているらしい。
「お主の抜いたマンドラゴラじゃがな、実は秘薬の材料にも使われるのじゃ。万病に効き、死地にある人間すらも完全に回復させる、薬師の秘中の秘……エリクシールと呼ばれる薬じゃ」
「エリクシール……そんなすごい薬があるんだ」
ゲームに「完全回復アイテム」は存在しなかった。ポーションを飲むと徐々にライフが回復するし、マナも同じだ。一瞬で完全回復できるなら、そのアイテムを連打すれば理論上は強ボスも倒せてしまうことになる。それができないからこそ、難易度が崩れずに保たれていた。
「それを作るためのレシピは持っているが、材料が足りぬ。材料を全部揃えられたら、作った薬は半分お主にくれてやろう。上級精霊魔術に開眼するための手助けも、してやらんでもない」
「うん! おれ、いつか絶対集めるよ!」
おばば様の依頼をこなすことで進む「精霊魔術」の習得クエストは、こうして進行していく。自力でも上げられるが、クエストに沿って習得した方が効率がいい。
「一生をかけても集められるかどうか、という品ばかりじゃがな。上級精霊魔術など、一介の人間が持つべき力ではすでにない……あの聖騎士フィリアネスは、既に習得しておると聞いたがのう。あの娘もまた、もはや人の領域を離れつつある。人間がそこまで強くなって、どうすると言うのじゃろうな」
おばば様はいかにも魔女というとんがり帽子の奥にある、深い皺の刻まれた瞳を細める。口元はフードで隠されていて目しか見えないが、俺にはその瞳は時折優しい色を宿すように見えた。
孫娘のミルテを見るときの目が、特にそう感じさせる。俺の傍でじっと話を聞いているミルテを見やると、おばば様はしわだらけの手で彼女の頭を撫でた。
「ミルテや、ヒロトと遊んでおいで。この子はまだ、わしの魔術の全てを知るには早い。代わりに、おまえの魔術を見せておあげ」
「えっ……ミルテ、魔術が使えるようになったのか?」
「……使える。猫さんになって、にゃーにゃーする」
(……そんな魔術、あったっけ? モノマネか?)
「ミルテの使う魔術は、わしとは違う『獣魔術』じゃ。なんじゃお主、知らんかったのか?」
「獣……魔術……」
そこまで言われて、俺はようやく思い出した。
エターナル・マギアのバージョンアップで、次に追加される予定だった3つの職業。そのうち一つが、獣魔術師という名前だったような……。
「……森の中で見せる。ついてきて」
ミルテは俺の手を引くと、おばば様の庵の外に連れ出す。すっかり森は平和になっていたが、今は普通にラビット系のモブが湧いていた。草を食べているだけなので、特に害はない。
俺がミルテと知り合ったのは、おばば様とサラサさんが知り合いで、リオナがミルテのことを教えてくれたからだった。ミルテはいつも一人で遊んでいて、寂しそうだから一緒に遊ぼうと、初めはそう言われたのだが……。
「……おばばさまの前ではああいったけど、にゃーにゃーするのは、ちょっとはずかしい」
「そ、そのにゃーにゃーって何なんだ?」
「じゅうまじゅつ」
「そう、それ……おれ、見たことないからどんなのか楽しみだな」
おばば様と違う系統の魔術ということは、ミルテの母親か父親が獣魔術師で、そのジョブを継いだと考えられる。俺は子供同士でステータスを見ることはしてこなかったので、ミルテがどんなスキルを持っているのかは知らなかった。
「ヒロトのまじゅつもみせて。そうしたら、わたしもみせる」
「ちょ、ちょっと待った……近い、近いから」
ミルテは二歳の頃は髪を短くしていたが、今は少し髪を伸ばすようになり、睫毛も長くなって目がぱっちりとしてきた。たれ目気味のリオナに対して、ミルテはつり目だ。
彼女は昔から、俺と話すときに徐々に近づいてきて、最後には鼻先が近づくくらいまで接近してくるくせがあった。『いいにおいがするから』らしいのだが、自分では良くわからない。
「……くんくん……ヒロト、リオナのにおいがする。今日、あそんだ?」
「あ、朝、一緒にご飯食べたからかな……」
「そう」
あまり感情を表に出さない子だが、なんとなく言いたいことは伝わってくる。
一人で遊んでいた頃も、最初は寂しがっていたなんて思えないくらい淡々と落ち着いていたけど、だんだん、それは『寂しいということすら知らなかった』からだとわかってきた。
「……私のまじゅつ、他の子にはないしょにして」
「う、うん……分かった。じゃあ、俺が魔術を先に見せるな」
ミルテは胸に手を当てている……どきどきしている、ということらしい。
おばば様との修行はミルテに見せてなかったので、披露するのはこれが初めてだ。一番簡単な精霊魔術を見せてあげよう……。
脳裏に開いたウィンドウで、精霊魔術レベル1、炎属性を選択する。そして、表示された呪文を詠唱した。これを暗記すると、呪文の発動を早く出来るわけだ。
「炎の精霊よ……我が下に来たりて、闇を照らす明かりとなれ! 『炎霊召喚』!」
◆ログ◆
・あなたは呪文を詠唱している……。
・あなたの精霊魔術が発動! 炎のウィルオウィスプを召喚した!
俺が両手を前に差し出すと、マナを消費して精霊が呼び出される。ウィルオウィスプは下級精霊で、魔力の塊がほんの少しだけ意志を持ったような存在だ。簡単な命令に従い、空中で静止したり、周囲を同じ軌道で回り続けたりする。炎属性のウィスプは、よく明かりとして使われていた。
「……すごい。火が、とびまわってる」
「ぶつかってもそんなに熱くないけど、気をつけてな」
「うん……」
ミルテは澄んだ瞳に炎の光を映し、じっと眺め続けている。リオナに見せたときもそうだったな……今はもう、二歳の時と比べて落ち着いてきたから、追いかけまわしたりはせずに見つめていた。
◆ログ◆
・あなたが召喚したウィルオウィスプは消滅した。
上級魔術なら精霊に戦わせたりもできるが、初級魔術では一時的に呼び出すのみに限られる。消滅したというが死んだわけではなく、精霊界に帰っただけだ。
「つぎは、わたしが見せる……見てて」
「う、うん……」
正直を言って緊張してしまう。獣魔術……ミルテの話だけ聞いていると、ネコを呼び出したりするんだろうか。そんなことができたら、今の魔術よりずっとレベルが高い気がするのだが。
「……わがからだは、やまねこの、けしんとなる……」
◆ログ◆
・《ミルテ》は呪文を詠唱している……。
・《ミルテ》の獣魔術が発動! 《ミルテ》は一時的に山猫の力を宿した!
「っ……ん……んんっ……」
ミルテの身体が淡い光に包まれる。そして、ところどころにふさふさした毛が生えてきて……。
(こ、これは……獣魔術って、もしかして……自分を獣にする魔術なのか……?)
完全に猫になるわけではない。耳がふさふさの毛で猫っぽくなり、しゅるりと尻尾が伸び、ところどころがモフモフとした毛に覆われていく。他の部分は元のミルテから全体的に少しずつ、ネコっぽく変化しただけだった。
しかし……元から猫のようなところのあったミルテには、その姿がとても似合う。栗色の体毛を持つ猫耳娘と化したミルテは、もふもふした手を舐めて、雨乞いでもするように顔をこすっていた。
「……おばば様は、こうしたら、つよくなるっていってた」
「ネコみたいに、はやくなったりするってことか?」
「うん。今だったら、木にものぼれるにゃ」
「……にゃ?」
語尾に「にゃ」がつくとか、それは副作用か何かだろうか。らしいといえばらしいが、いつものミルテから想像がつかなくて、つい聞き返してしまう。
「……だからないしょにしてっていった……にゃ」
「そ、そっか……どうしても言っちゃうんだな。でも、いいんじゃないか? 可愛いし」
「っ……か、かわいくにゃい……っ!」
ミルテの顔が真っ赤になり、耳としっぽがピンと立つ。
(いいよな……猫耳は。猫耳のキャラって、ゲームにはいなかったもんな。ネコミミバンドはあったけど)
俺はケモナーの素質があったらしい、としみじみ思う。ミルテの猫化が似合いすぎているだけなのだが。
しかしそんな俺を見ているうちに、ミルテは四歳にして既に会得していたジト目で俺を見ていた。
「はずかしい……ヒロト、おしおきする」
「えっ……な、なんでっ……うわっ!」
◆ログ◆
・《ミルテ》はあなたに飛びかかった! あなたはマウントを取られた。
(ま、マウント……こんなにあっさり取られるなんて……!)
一部の格闘系スキル、あるいは「跳躍」などで相手の上を取ったとき、時々起こる特殊な状態――それがマウントである。こうなると、マウントを外すまで一部の行動以外を封じられてしまう。
「……ヒロト、おしおき……」
「っ……ご、ごめん、ミルテ!」
俺はポーチに入れていた、あるアイテムを取り出す。薬の材料にも使うので、メルオーネさんに手に入れてもらったのだが……今のミルテに効くだろうか。
◆ログ◆
・あなたはマタタビの袋を開けた!
・周りにいる猫が酔っ払ってしまった! 「ごろごろにゃ~」
(特徴的なログだな……どうやら女神は猫好きらしい)
女神がログの文章を作っているかは知らないが、そんなことを考えつつ、俺はミルテの方を見上げて……。
「……ごろごろにゃ~」
「っ……み、ミルテ、ちょっとっ……!」
顔を真っ赤にして酔っ払ったミルテは、俺の上に覆いかぶさって、胸のあたりに頬ずりしてくる。
「ヒロトがいっぱいいる……ぺろっ」
「わっ、く、くすぐったいって」
マタタビを舐めたくなるならわかるが、ミルテは俺のほっぺたを小さな舌でぺろぺろと舐めてくる。何度も、何度も。
(……なんだろう。ほんとに子猫に舐められてる感じだ)
最初は焦っていた俺だが、酔っ払ったミルテの幼い仕草を見ているうちに気持ちが落ち着いてくる。
「ぺろっ、ぺろっ……ごろごろ……にゃっ、うにゃんっ」
「ごめんな……マタタビなんか使って」
マウントが自然に解除されたが、ある意味でマウントされ続けている。ごろごろとなついているミルテの背中を撫でてやると、彼女は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
◆ログ◆
・《ミルテ》の獣魔術が解除された。
山猫の化身となっていたミルテが、元の姿に戻っていく。耳が元に戻り、身体の一部を覆っていたふさふさの毛がしゅっと消えた。異世界ならではの、いかにも幻想的な光景だ。
「……ごろごろ……」
「み、ミルテ……もう元に戻ってるぞ?」
「……にゃん?」
気づいてないのか、それともちょっと猫化があとを引いているのか。また恥ずかしくなっても知らないぞ……と思っていると。
「……みんな、ヒロトとミルテは、何をしてると思う?」
「えーと……たぶん、じゃれあってるんだね」
「うぉぉヒロト、なんかわかんないけど男らしいぞ!」
(み、見られた……けど、別に致命的でもないか、一人を除いて)
ステラ、アッシュ、ディーン、そしてリオナがいつの間にか来ていて、俺たちを見ている。頬をふくらませていたリオナは、こちらに駆け寄ってきた。
「ミルテちゃん、ヒロちゃんをまくらにしちゃだめ! 私がするの!」
「っ……ち、ちがう、ちがう……っ」
ミルテは慌てふためき、俺の上からどいてくれる。そこにすかさず、リオナが飛び込んできた。
「ば、ばかっ、何して……」
「はぅ~……私もヒロちゃんとあそびたいのに。いっぱいさがしたよ?」
リオナは2歳の頃よりは話し方が成長したが、まだまだ子供という感じだ。甘えん坊は変わらず、そしてスキンシップに対する遠慮のなさも変わっていない……恥じらいが出てくるのはもう少し先だろうか。
「なあヒロト、おれ、ヒロトの言うとおりに練習したらできるようになったぜ!」
「僕も出来るようになったよ。薙ぎ払い……これができれば、桃色のラビットまではやっつけられるんだよね?」
「うん。アッシュ兄ちゃん、ディーン兄ちゃん、おれの前で見せてみて」
リオナはちゃんと空気を読んで俺の上から降りる。アッシュとディーンは練習用の木の剣を持ってきていて、俺の前で構えた。
俺みたいに強くなりたいと言っていたアッシュに、俺は冒険者のウェンディに頼んで『剣マスタリー』の指導をしてもらった。ディーンも途中から加わって、子どもたち二人は一緒に剣の修行を始めた。
あの、オークに襲われた日がきっかけだった。ディーンは次第に俺を認めるようになり、今では二歳年下の俺に対して一目置いた扱いをするようになった。元からケンカを続けるつもりはなかったので、俺としても今の状況は喜ばしかった。
「よーし、いくぜっ……はぁっ!」
「僕もっ……えぇいっ!」
◆ログ◆
・《アッシュ》は「薙ぎ払い」を放った!
・《ディーン》は「薙ぎ払い」を放った!
(おお……剣マスタリー10の「薙ぎ払い」ができてる。これなら、下級のゴブリンまでは倒せるな)
薙ぎ払いは基本技だが、範囲内の敵全てにダメージを与えられるので、序盤の雑魚モンスター散らしにはちょうどいい技だ。効率的に敵を倒せれば、レベルの上がりも早くなる……もちろん、子どもたちが大っぴらにモンスターを倒すわけにはいかないので、試す機会はなかなか訪れないだろうが。
「兄ちゃんたち、すごいね! 完璧だったよ」
「そ、そうか? よっしゃ! アッシュ兄、もっとやろうぜ!」
「はぁっ、はぁっ……僕はもう疲れちゃったよ。少し休ませてもらえるかな」
「兄さん、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう、ステラ」
アッシュは体力がつきにくく、ディーンと比べると非戦闘職向きだ。将来は家の跡を継いで商人になりたいと言っていたから、無理せず商人スキルを伸ばしていければいいと思う。
ディーンは戦士向きで、父親のことがあってから、強くなりたいという志向を隠さなくなった。大人になったら、ミゼールの自警団に入るとも言っている……彼にとって、憎きモンスターを討伐してくれた騎士団と冒険者たちは、憧れの存在になっていた。
「でも、ぜんぜんヒロトにはかなわないんだよなー……おれも絶対、オークをやっつけられるようになるからな!」
「うん。その時は、おれも一緒にいくよ」
「私もいく!」
「わたしもいく」
リオナは……できれば、モンスターに近づけることは避けたいな。ミルテはいずれ強くなって、パーティを組めるようになるかもしれないけど。
魔王の力を持つリオナの魔術素養は、常に鍛錬している俺と同じか、それ以上だ。しかしその力は、戦いには使わせられない……「魔王の力が災厄を呼ぶ」というログを見る限りでは。
「むー……ヒロちゃん、ミルテちゃんだけ見てる。私もつれていってくれなきゃ、ぎゅーってするよ?」
「ぎゅ、ぎゅーって……」
「モンスターのところになんて行ったら、私の方もヒロトをぎゅってして止めてあげないと」
「す、ステラ姉まで……」
「あははっ。ヒロト、顔真っ赤になってやんの!」
「ははは……ごめんねヒロト、うちの妹が変なこと言って」
「に、兄さん、変なことじゃないわ、私は……っ」
ステラ姉が慌ててアッシュに文句を言おうとする。それを見ているうちに、リオナとミルテが俺に抱きついてきていた。ディーンは打ち解けてみるといいやつで、俺をからかいつつも、本気で悪気を持ってるわけじゃない。
前世の子供の頃より賑やかで、和やかで、穏やかな日々。日々はとても満ち足りていて、充実している。
しかし、ふと思い出さずには居られない。魔剣、魔王、そして竜の少女。二年もの間、その全てに対して進展することがなく、ただ自分の力を育て、目に映るものを守ってきた。
まだ、4年だ。この世界に生まれて四年しか経っていない……なのに、前世よりも長く生きているように感じる。
(一つくらいは、目的を達したい……でも、いつになったら届くんだ)
「ヒロちゃん、明日はフィリアネスさんたちがくるんだよね。リオナたちとは、遊んでくれないの?」
「ん……ああ、そうか。ちょっと約束してることがあるから、そのあとなら大丈夫だ」
「やりい! じゃあ、またみんな一緒に集まろうぜ」
「ディーンは元気だね……ときどきは、みんなで本を読んですごしたいよ」
「ええ、そうね。私も、ヒロトに読んであげたい本があるし」
ステラは少し頬を赤らめて言う。オークの一件から今まで、彼女の俺に対する信頼は募るばかりだった。
彼女は俺に少しずつ難しい本を読み聞かせようとしていて、自然に学力を向上させていた。このままいけば、学者か何かになれるんじゃないかという早熟ぶりだ。俺が言うのもなんだけど。
ミルテもおばば様のような魔術師になりたいと言っていたし、みんなそれぞれに夢がある。しかしそれを思うたびに、俺はリオナのジョブを思い出す……。
「破滅の子」。そのジョブを変えてやらなければ、きっとリオナは、普通に暮らし続けることはできない。
村人でも、冒険者でも、なんでもいい。しかし彼女が知らないうちに転職の条件を満たしてあげても、リオナのジョブは変わらなかった――変えることが出来なかった。
みんなと別れて家に帰る途中で、リオナは当たり前のように手を繋いでくる。それを照れくさく感じながら、俺は尋ねた。
「……なあ、リオナ。リオナは、大きくなったら何になりたい?」
「リオナは……えっとね……」
髪をふたつのおさげにしなくなったリオナは、二歳の頃より少しだけあどけなさを失い、女の子らしくなった。
陽菜も小学校に入る前に、髪を伸ばし始めた。その横顔が、俺の知っている横顔に重なってしまう。
(……あいつは、何て言ってたっけ)
「……ひみつ。ヒロちゃんには、教えてあげない」
「そ、そっか……どうしたら、教えてくれる?」
尋ねる俺に、リオナは愛らしくはにかみ、そして言った。
「ヒロちゃんと私が、おとなになるまで、言わないの」
「……そっか。じゃあ、大人になるまで待ってるよ」
「うんっ!」
どうしてだろう、俺は急かしたり、茶化したりすることが出来なかった。なんで秘密なんだ、教えてくれればいいじゃないかなんて言えなかった。
――そんなやりとりを、俺は遠い昔にも、交わしたことがあった。
大人になったら、何になりたいか。それを聞いても、陽菜は俺に答えを教えてくれることはなかった。
◇◆◇
翌日、リオナが言っていたとおり、フィリアネスさんたちが一ヶ月ぶりにミゼールにやってきた。
彼女たちが到着するなり、俺はモニカさんに頼んで予約しておいてもらった町の訓練場に、フィリアネスさんたちを案内する。ウェンディもフィリアネスさんに憧れているから会いたいだろうけど、今日は俺たちだけでしたいことがあった。
「ヒロトちゃん、準備はいい? 私とアレッタちゃんは見学してるよ~」
「演武とはいえ、万が一が怖い。くれぐれも慎重にするのだぞ」
「うん、大丈夫。いつでもいいよ、フィリアネスさん」
斧を構えて俺は言う。二歳の時より、俺の斧は一回り大きくなっている……俺も実戦用の武器だし、マールさんも、フィリアネスさんもそうだ。
俺はフィリアネスさんに頼み込んで、彼女が来るたびにこうして訓練場で稽古をつけてもらっている。練習の形式は「演武」で、技を繰り出すものの、相手には当てないというものだ。
「ヒロト……お前は間違いなく天才だろう。私が魔法剣を使えるようになったのは10歳のとき。ダブル魔法剣を習得したのは、14歳になったばかりの頃だった。それも、血のにじむ思いをしてな」
「ヒロトちゃんは一回見た技をそのまま使える、天才斧使いなんですよ~。『俺に盗めない技はないぜ!』どやぁ!」
「何度も何度も練習していたじゃないですか。たゆまない練習の賜物ですよ……そうですよね? ヒロトちゃん」
「うん、それとフィリアネスさんが教えてくれたからだよ。そうじゃなかったら、おれは魔法剣なんて使えてない」
「そう言ってもらえると、指導する身としては光栄だな……」
フィリアネスさんは頬を赤らめて言う。十八歳になった彼女は、ますます胸が大きくなって、乳袋が大変なことになっている……しかし聖騎士としての気品は増すばかりで、もはや聖なる気を纏って見える。
「魔法剣は聖騎士の証。おまえがそれを使えるということは、私と同じ位置に立つ資格があるということだ」
「おれはまだ、フィリアネスさんにはかなわないよ。でも、いつか、追いつきたい」
「ふふっ……いい目だ。おまえならできるよ、ヒロト。おまえは私よりも強くなれる……だからこそ、簡単に抜かれてやるわけにはいかない」
魔法剣というが、剣だけでなくどんな武器にでも魔術付与を行うことができる。俺は精霊魔術を本を読んで独学で覚え、おばば様のところで鍛えたあと、フィリアネスさんにもらった神聖剣技スキルを、育成スキルを持つ彼女自身と練習することで、二年で30まで上げた。今では魔法剣だけでなく、「手加減」も身につけている。
あわせてマールさんとも訓練することで、俺は騎士道スキルも上げていた。アレッタさんも見ていてくれるから、同時に衛生兵スキルが上がる……彼女たちも経験値は入るし、俺との訓練に進んで付き合ってくれていた。
彼女たちの目からは分からないが、俺のレベルはフィリアネスさんには及ばなくとも、他の騎士団員に匹敵するほど高い。訓練の成果はレベルに比例するので、俺との訓練は効果が高くなるのだ。
「では……まず、基本技を見せてもらう。構えっ!」
フィリアネスさんは左利きだ。左の手に握ったレイピアを引き、腰を落とし、右手を刃に添えて突きの姿勢を作る――レイピアの基礎にして彼女が最も得意とする技、『刺突』の発動体勢だ。
俺の基本技は薪割り――ではなく、戦闘においては『兜割り』になる。斧を上段に振りかぶり、丹田に意識を集中して呼吸をする――そして。
「――はぁぁっ!」
「――たぁっ!」
◆ログ◆
・《フィリアネス》は「刺突」を放った!
・あなたは「兜割り」を放った!
・あなたは《フィリアネス》と訓練を積んだ。
二人の武器が、風切り音と共に空を切る。これだけで訓練と判断されるが、他にもいろいろ訓練とみなされる行動はある。
「はぇ~……ヒロトちゃん、もう騎士団の斧使いの人より、振りが鋭いよ~」
「本当に……四歳でこんなにうまく斧を使えたら、騎士団の戦闘試験にも合格出来そうです。斧騎士リカルド様の血は、脈々と受け継がれているのですね……」
マールさんとアレッタさんにべた褒めされる。俺の弟子を自称するウェンディは、二年前の時点で、ぎりぎり騎士団の試験に落ちるくらいの強さだった。当時から彼女より強い俺は、年齢制限さえなければ、二歳で試験を突破できただろう。
俺はまだミゼールを離れる気はないが、騎士学校には興味がある。ゲーム時代は学校があっても通うことはできなかったから、まったくの未知の領域だ。
前世で学校に通えなかったから、また挑戦したいという気持ちもある。フィリアネスさんが講師をしているので、彼女を「先生」と呼べるというのも大きいが。
「さて……次が本番だ。ヒロト、魔法剣を見せてもらおう。私もダブル魔法剣を見せてやる」
「うん、わかった」
「はぁ……ヒロトちゃん、4歳でその風格は反則だよ~。二十歳のお姉ちゃんを、こんなにドキドキさせて」
「ね、年齢のことは……私もそろそろ、耳が痛いので」
アレッタさんはそう言うけど、二十四歳だからまだまだ若い。二十歳の時と変わらない、女子大生かOLのような雰囲気のままだ。しかし彼女の衛生兵としての実力は、格段に向上している。マールさんも同じで、棍棒マスタリーが50を超えてダブルインパクトを習得したことで、戦闘力が飛躍的に増していた。
「では……行くぞっ! ライトニング・パラライズ・ピアッシング!」
「うぉぉっ……フレイム・スラッシュ!」
◆ログ◆
・《フィリアネス》は「ダブル魔法剣」を放った!
・《フィリアネス》は「ライトニング」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「パラライズ」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「ピアッシング」を放った! 「雷光麻痺刺突!」
・あなたは「魔法剣」を放った!
・あなたは「ソルフレイム」を武器にエンチャントした!
・あなたは「パワースラッシュ」を放った! 「火炎烈斬!」
フィリアネスさんが放った突きは、そのままの勢いで雷の力を前方に飛ばす――まるで極太の光学兵器か何かのようだ。あんなものを食らったら、上位のモンスターでもひとたまりもないだろう。
俺の放った技は炎の攻撃呪文「ソルフレイム」と、斧マスタリー40で覚える技「パワースラッシュ」の複合技だ。大物相手に効果を発揮するパワースラッシュは、空中に大きな炎の斬撃の軌跡を残す。
「ほぇぇ……あ、あんな小さな体で……私、ヒロトちゃんと絶対試合したくないよ~」
「棍棒使いでは騎士団最強のマールさんが、何を言ってるんですか。腰が引けてますよ」
「あ、アレッタちゃんは前衛じゃないからって無茶言いすぎ! まだ装備が揃ってないから、私は魔法を使われるとひとたまりもないんだから~!」
ソルフレイムは、精霊魔術レベル3の炎属性の攻撃魔術だ。精霊魔術は個人によって属性の適性があり、俺は炎が向いていて、フィリアネスさんは雷の適性が最高だった。
「大したものだ……私と同じ中級精霊魔術を使い、斧の技も達人のものといえる。リカルド殿に伝授されたのか?」
「父さんを見てたら、おれにも出来るような気がしたんだ」
父さんに教えてもらったのは、実際は薪割りだけだが、それこそが基本にして極意ともいえる。
「やはり天才か……ヒロトはいつも、私の期待を超えてくれる……」
フィリアネスさんは細剣を鞘に収めると、俺に近づいて、床に膝を突いて同じ視線の高さで見つめてくる。彼女は感激すると、そうやって見つめてくれる……赤ん坊の頃よりも、ずっと熱のこもった瞳で。
「あ、あの~……雷神さま、もう十八歳なんですから、四歳のヒロトちゃんにアプローチするのはだめですよ~? 公国法では、十二歳以下の少年に手を出すと犯罪ですよ~」
「なっ……なな何を言うかっ! 私はただ、ヒロトが上手くやったと褒めたかっただけだ! 破廉恥なことなど、断じて考えてはいないぞ!」
「マールさんこそ、一緒にお風呂に入ったとき、ヒロトちゃんに……その、マッサージさせてませんでしたっけ」
「ふぁぁっ、それは言っちゃらめぇぇ! 私の生活の、数少ない潤いなんだから~!」
顔を真っ赤にして半泣きで慌てるマールさん。アレッタさんもしてほしいというので、いつもしてあげているんだけどな……そのうちにちょっと成長してきていて、前世で揉むと大きくなると言われていたのはあながち間違いでもないな、としみじみ思った。揉むというのはマシュマロの話だ。
「まったく……いたいけな子供に何をさせているのだ。マール、大人になれ」
「ひぎぃぃ! ら、雷神さまだって、私達が知らないうちにしてるに決まってます~! 私は男性は苦手ですけど、女の勘は働くんですからね! ぷんぷん!」
「フィリアネス様も絶対にされてますよね……でも、一度もそういうところを見たことがありませんし……」
最近はまた、フィリアネスさんはうちに来るたびに俺に添い寝をしてくれるようになった。その時に俺はやはり、夜中にこっそりと布団の中でマシュマロとの戦いを強いられるのだった。手強いマシュマロの侵略によって、俺という名の帝国は未曾有の危機に瀕していた。まあマシュマロというか、おっぱいなのだが。つい本音がこぼれ落ちてしまった。
「私はお前たちとは違う。人の前でむ、胸を揉ませるなど、いたいけな子供にさせていいことではないぞ」
「あ、そういうこと言っちゃいます? いいんですよ~、今度のスライム討伐、私は腹痛でお休みしますから」
「っ……ま、待てっ、それとこれとは話が別だろう! マールギット、こちらを見ろ! 今の発言を訂正しろっ!」
「いやですぅ~。今夜、私がヒロトちゃんと一緒に寝ることを許可してくれたら、スライム討伐についていってあげますよ~?」
「わ、私だって、ヒロトちゃんと一緒にって希望を出そうと思っていたところで……マールさん、ずるいですよ!」
女の闘いが始まってしまった……俺ってなんて罪なやつなんだ、とか言ってたらいつか刺されるな。
しかし、十二歳までが犯罪か……前世では十二歳でも余裕でアウトなんだけどな。異世界は十五歳で成人だから、十二歳からエッチなことが許されてもおかしくないか。いやその理屈はどうなんだ。
「あの、フィリアネスさん……スライム、苦手なの?」
俺が尋ねると、フィリアネスさんはびくっと反応した。あまりにもリアクションが大きくて、俺は思わず苦笑してしまう。
「っ……ち、違う! 私には苦手なものなどないっ!」
「そんなこと言って、物凄く苦手じゃないですか~。ミゼールの森で小さいグリーンスライムに会った時、腰を抜かしちゃってもがっ」
「そそそれ以上言うなっ! 私はスライムなんて怖くない! 決して怖くないぞっ!」
しかしフィリアネスさんのステータスは、雄弁にスライムに弱いと語っている……何か、スライムにひどい目に合わされたことでもあったんだろうか。
――そう考えたところで、俺はひとつ思いついてしまった。俺は、一匹だけテイムしたモンスター……スライムを、今まで密かにじわじわと育て続け、強力なモンスターに育てあげていたのだ。
「……おれのスライムなら、安全に訓練できるよ」
「っ……な、なんだと!? スライムを飼っているなど、おおっ、おまえはっ、すっ、すすっ、すすっ……ごほっ、ごほっ!」
「フィリアネス様、落ち着いてくださいっ……大丈夫です、怖いスライムは近くにはいません!」
「私もオークは苦手だけど、最近はちょっと克服できてきたよ~。おもいっきり叩いてあげてたら、ちょっとずつ、あ、こんなものなんだって思えてきて……」
マールさん……オーク退治の任務で、オーバーキルしてるんだな。「オークに弱い」が、「オークに少し弱い」に変わっている。
もうひとつ、オーバーキルで倒す以外に、モンスター恐怖症に類するネガティブなパッシブスキルを消す方法がある。それは、苦手なモンスターと長く戦闘状態になることで、「慣れる」ことによるものだ。戦闘状態は、模擬的なものでも問題ない。そんなわけで、テイムしたモンスターを訓練に使うというのは、ゲーム時代でもよくある光景だった。
「おれのスライムは、いいスライムだから。フィリアネスさんが焦ってダメージを与えたりしても、すぐ回復するし……訓練には、もってこいだよ」
「雷神さま、スライム討伐はこれからもあると思いますから、今克服しておいたらいいんじゃないですか?」
「フィリアネス様が今までのように、小さなスライムを見て麻痺されても、すぐに治療してさしあげることができず、私も歯がゆく思っていました」
「くっ……お、お前たち……私にそこまで、スライムをけしかけたいのか……!」
涙目でプルプルしているフィリアネスさん。14歳から今まで、この姿のけなげさ、嗜虐心を煽る感じは変わらないな……って、虐めてるわけじゃないんだから。
あくまでスライムに慣れてもらうだけだ。ダメージを与えるようなスキルはオフにできるし……でも、スライムは状態異常攻撃を持ってるから、それはオフにしないほうがいいかな。あと、装備解除スキルとか、他にも特殊な攻撃があるけど、それも外しておいたら訓練にならない。
「……わかった、私も騎士として、いつまでも苦手なモンスターなど残しておくわけにはいかない」
「やっぱり苦手なんですね~。雷神さま、やっぱり無理しない方がいいんじゃないですか~?」
「うううるさいっ! マール、あとで覚えていろっ!」
「ヒロトちゃん、そのスライムはどこにいるんですか?」
アレッタさんに言われて、俺は脳裏にウィンドウを展開する……テイムしたモンスターを呼ぶことは、いつでもどこでも可能だ。
◆ログ◆
・あなたは護衛獣「ジョゼフィーヌ」を呼び寄せた。
「ど、どこに現れるのだ? その……」
そのスライムは――と言った瞬間。天井から、ぼよよん、と大質量のゼリーみたいなものが落ちてきた。
「ひゃぅぅっ! び、びっくりしたぁ……」
「す、すごく……大きいです……」
「こら、変なところから出てくるな。おれもちょっとびっくりしたぞ」
スライムはきゅいきゅい、と鳴く。俺も驚いたのだが、スライムは鳴くのだ。それも結構可愛い声で。
マールさんをすっぽり包み込めるくらいの巨大なスライム。そのステータスはこんな感じになっている。
◆ステータス◆
名前 ジョゼフィーヌ
スライム ? 4歳 レベル30
ジョブ:グレータースライム
ライフ:400/400
マナ :24/24
スキル:
スライム 62
恵体 30
アクションスキル:
溶解液(スライム10) オフ
毒攻撃(スライム20)
装備破壊(スライム30)
捕縛(スライム40)
絡みつく(スライム50)
装備を奪う(スライム60)
パッシブスキル:
自動回復小
斬撃無効
刺突無効
打撃に弱い
炎に弱い
氷に弱い
雷無効
毒無効
麻痺無効
残りスキルポイント:90
――まさに外道。ステータスを見て今気がついたが、フィリアネスさんの得意攻撃の全てが、こいつには通じない。あくまで今気づいたのであって、フィリアネスさんをいじめるつもりは毛頭ない。いや、本当に心から。
「あ、あれ? 雷神さま、落ち着いてますね……」
「……マールさん、フィリアネス様が……立ったまま、気絶してます」
◆ログ◆
・《フィリアネス》はスライムに遭遇してしまった!
・《フィリアネス》は恐慌に陥った!
・《フィリアネス》は麻痺した!
・《フィリアネス》の攻撃力がゼロになった!
・《フィリアネス》の防御力がゼロになった!
・《フィリアネス》は沈黙した!
※三分経過
・《フィリアネス》は我に返った。
「っ……はぁっ、はぁっ……お、大きい……大きすぎる……っ、こんな……私を壊す気かっ……そうなのだな……!」
(す、すまないフィリアネスさん……でも、スライムは克服しないと……!)
膝ががくがくとわななき、レイピアを握る手に力も入らず、びっしょりと汗をかいたフィリアネスさん。彼女は生まれたての子鹿のように震えながら、俺の方を見て……そして、けなげに微笑んだ。
「しかし……おまえがここまでしてくれたのなら……私……私はっ……ま、負けてなるものか……っ!」
――グレータースライムVS雷神フィリアネス。ミゼールの訓練場で、人知れず、壮絶な死闘が始まる――。
※次回は三日後に更新予定です。




