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第十四話 湖の竜少女

 俺がクエストを受けて少しでも町の危険度を減らそうとしていた一方で、父さんも木こりの仕事で森に出向くたびに、モンスターを倒していた。少し前にモニカさんたちとクエストを受けたとき、増えているはずのオークと遭遇しなかったのはそのためだ。


 父さんはモンスターが増えている実情をフィリアネスさんを介して騎士団に伝え、ミゼール周囲のモンスター討伐を要請した。それと合わせて、ミゼールの冒険者ギルドで自警団を組織する旨が告知された。


 俺がパーティを組んだことのある冒険者たちは、快く自警団に入ってくれた。期間限定で「依頼」を使って雇い入れた人も合わせて十のパーティを作り、彼らの実力に合わせて、余裕を持ってモンスター討伐をしてもらった。


 父さんたちのパーティは、★4クエストの標的に相当する中級クラスのモンスターでも問題なく討伐していた。フィリアネスさんたちも獅子奮迅の働きを見せて、ミゼールの危険度は一週間も経たずに「最も安全」の段階まで下がった。



  ◇◆◇



 森にモンスターが出なくなった。数日そんな状況が続くと、ミゼールの子供たちは森に出かけて遊ぶことが出来るようになった。森の浅いところまでだが、狩人や自警団が目を光らせてくれるようになったからだ。


 騎士団と自警団がモンスター退治をしているうちは、俺は森に来られなかった。自分でも森の様子が見てみたくて、一人で行こうと出てきたのだが……いつの間にかリオナがついてきていた。


「ヒロちゃんがいくなら、リオナもいく!」


 がし、と服をつかまれる。こうなると言っても聞かないことは、これまでの付き合いで良くわかっていた。


「しょうがないな……じゃあ、ずっとくっついてるんだぞ」

「うんっ!」


 森にはラビット系モブは出るが、彼らはこちらから攻撃しないと戦闘態勢アクティブにならないので問題ない。そのために先制攻撃の一撃で狩られることが多い、ちょっとかわいそうなモンスターでもある。


(……あれ。何もいない……?)


 動物も、ラビット系モブも出てこない。スライムもたまに出てくるはずだが……生物の気配がしない。

 静かな森を進んでいく。すると、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。

 森の中には綺麗な泉があって、昔はミゼールの娘たちはそこで水浴びをしていた……なんて話も聞いた。おそらく、俺はその場所を見つけようとしているのだろう。


「……ヒロちゃん」

「ん……?」


 リオナが俺の服の裾をつかんで立ち止まる。どうしたんだろうと思うが、別に周りには何もいない。


「ヒロちゃん、きこえない? ばさばさ、って」

「ばさばさ……? いや、全然……」


 ――その瞬間。しばらく何も流れなかったログに、不意に文字列が流れてきた。



◆ログ◆


・魔王の力が災厄を呼ぶ……あなたの幸運スキルが一時的にゼロになった。

・《リオナ》の「ハプニング」が発動してしまった!



(なっ……!?)


 今までこんなことが起きたことは無かった。俺が近くにいれば、リオナの不幸を完全に封じられた。

 スキルが一時的とはいえ、下げられるなんて……そんな攻撃もステータス異常も俺は知らない。封印されることはあっても、「数値が下がる」ことはありえなかった。


 喉がからからに渇いて、声も出せなくなる。そんな俺の脳裏に、さらに追い打ちをかけるようにログが去来する。



◆ログ◆


・《リオナ》は強大な存在を呼び出してしまった!



「っ……リオナっ!」


 バサバサという音が、何の音なのか――俺もようやく気づいた。音は、上方から聞こえてくる。

 俺はリオナを連れて、茂みの中に隠れる。森の中を走って逃げれば、逆に気付かれる……そう判断した結果だった。


「(ヒロちゃん……?)」

「(しっ……たのむ、静かに……っ!)」


 茂みの中で息を殺す。そして俺は、上から聞こえてきた音が、途中で聞こえなくなったことに気がつく。


 はためく翼のような音だった。それが、リオナの呼び出してしまった魔物なのか……。



◆ログ◆


・《ユィシア》は人間形態に変化した。



(ユィ……シア……魔物に、名前が……?)


 俺はログに「強大な存在」と表記されていたことを思い出す……それが、人の姿に変化したのだ。


 ――かすかな水音が聞こえてくる。俺はリオナにそのまま静かにしているように言って、「忍び足」を発動し、音の方角に近づいていく。


 少しずつ、少しずつ。這うようにして……そして茂みの向こう、開けた視界の先に、一人の少女の姿を見つける。


(……なんだ……あれ……)


 そこにいたのは、目の覚めるような青みがかった銀色の髪を持つ少女だった。


 その外見だけで判断するなら、十代前半に見える。彼女は白く透ける薄衣を身にまとい、湖の浅瀬に立って、ただ遠くを見つめていた。


 人間離れした美貌。いや、間違いなく人間ではない――彼女の頭には、角が生えていた。そして薄衣の間、臀部の辺りから、なめらかな鱗にまとわれた尻尾が伸び、水に浸されている。


「……魔王……呼ばれたはずなのに……」


(っ……!?)


 囁くような声が聞こえる。無機質ながらも、その見た目通りの少女の声だった。


「……誰……?」



◆ログ◆


・あなたは《ユィシア》に隠密状態を看破された!

・「カリスマ」が発動! 《ユィシア》があなたに注目した。



 ――目が、合った。少女の金色の瞳が、俺の姿をとらえていた。


 瞬間に、死を覚悟する。


 この森で、一撃で殺されるような相手に遭遇することはない。そう、たかを括っていた。


(……この世界は……『強大な存在』がいる場所と、地続きなんだ)


 強すぎる相手が目の前に現れてもおかしくはない。

 リオナが引き寄せてしまったとしても……これは、俺のミスだ。魔王の転生体という事実に、不幸値を上昇させる以外に、何のマイナスもないと思っていた。


「……人間の子供。魔王では、ない……」


 ユィシアという名の存在が、俺に近づいてくる。その瞳はやはり人のものではなく、氷のように冷たかった。


 俺という存在を、意に介していない。自分と比較して、あまりにも小さなものとしか認識していない。


 そんな途方もない存在でありながら、目の前に立った少女は、人外であることを示す角と尾以外、あまりにも人間に近かった。



 ◆ログ◆


・「魅了」が発動! 《ユィシア》は抵抗に成功した。



 ――最後の望みが絶たれた。「魅了」が通じなければ、戦闘になっても、勝てる気がしない。

 なりふりかまわず残ったボーナスポイントを振り、戦闘力を限界まで上げることを考えもした。

 しかし、俺は完全に威圧されていた。思考がまともに働かなければ、ポイントを振ることもままならない。


「……魔王は、どこ?」


「……知ら……ない」


(リオナ……無事に逃げてくれ。頼む……!)


 水から上がった少女が、這いつくばっている俺を覗きこむ。俺はその目を見返し……そして。


 最後にせめて、自分を殺すだろう相手のステータスを、脳裏に開いた。



 ◆ステータス◆


名前 ユィシア

皇竜 女性 13歳 レベル10


ジョブ:エンプレスドラゴン

ライフ:1300/1300

マナ :412/432


スキル:

 格闘 35

 皇竜族 40

 恵体 105

 魔術素養 36

 限界突破 5

 母性 15


アクションスキル:

 パンチ(格闘10)

 キック(格闘20)

 炎ブレス(皇竜族10)

 氷ブレス(皇竜族10)

 雷ブレス(皇竜族10)

 テールスライド(皇竜族40)

 飛行(皇竜族20)

 無敵(恵体100)


パッシブスキル:

 回避上昇(格闘30)

 竜言語(皇竜族10)

 人化(皇竜族30)

 マジックブースト(魔術素養30)

 育成(母性10)


残りスキルポイント:30




 ――ドラゴン。前世でもいつかボスとして実装されたら、ギルドメンバー全員で倒そうと言っていた相手。


 ゲームなら、何度死んで脱落しても、最後のとどめに立ち会えればよかった。しかしこの世界では、そんな戦法は通用しない。


 多人数でしか倒せないボス。一度も死なずに倒すことなど、想定されていない相手……それを目の前にしたとき、感じることはひとつだった。


(……死にたく……ない)


 皇竜ユィシア。残酷なまでに美しい少女は、俺を感情を持たない瞳で見下ろしている。


 彼女が動けば、俺は死ぬ。恵体105から繰り出される攻撃のダメージに、きっと耐えられない。


 ――それでも。


(……死ねない……俺は、まだ……っ!)


 俺は立ち上がり、斧を構えた。それを見ても、ユィシアは感情を動かさない。


「……まだ、生きていたいんだ……!」


 そんなことを言って何になるわけでもない。それでも、泥臭くても、俺は命にすがる。


 数秒なのか、それともそれより短いのか。祈りの時間は、不意に終わりを告げた。



 ◆ログ◆


・あなたの幸運スキルが元に戻った。



「……私は宝を守るだけ。魔王に呼ばれたと思ったけど……違った」


「っ……!?」



◆ログ◆


・《ユィシア》は竜形態に変化した。



 少女の身体が眩い光に包まれたかと思うと、次の瞬間、そこには銀色の鱗を持つ、優美な姿を持つ竜の姿があった。体長3メートルほどだが、翼を広げれば、全長は10メートルほどになるだろう。


 竜は俺を一瞥すると、翼を開き、一気に上空まで飛び上がっていく。そして次の瞬間には、森の木々に阻まれて、その姿は見えなくなっていた。


「……ヒロちゃん?」


 リオナの声がしたとき、俺はようやく動くことを許された気がして、息を吐いた。握っていることもできずに、斧が地面に落ちる。


「ヒロちゃん……?」

「……なんでもない……なにも、なかったんだ」


 俺はリオナを抱きしめていた。リオナはよく分かっていないのに、俺の背中を叩いてなだめてくれた。


「……もう、こわくないよ?」


 リオナにも分かっていた。俺が、心の底から怯えていたことが。

 モンスターを相手にしても、死の恐怖なんて感じなかった。攻撃が当たらない、もし当たっても死にはしないと分かっていたから。


「ヒロちゃん、かえろっか。ごめんね、リオナ、ついてきて……」

「……だいじょうぶ。もう、だいじょうぶだから」


 俺は心底の恐怖の向こう側にある光を見ていた。


 エンプレスドラゴン、ユィシア。彼女の持っていたスキルは、俺の脳裏に刻み込まれている。

 決してその強さに辿りつけないわけじゃない。俺のスキルがあれば、準備さえ整えれば、手に入れられるかもしれない。


(この世界のスキルは、100で打ち止めじゃなかった……100より、さらに上があるんだ)


 『限界突破』。ユィシアが5だけ所持していたスキル。その効果が、恵体100の上限を超えることを可能にしていたのなら……それが、皇竜という種族の固有スキルなら。


 ――どうしても、欲しい。この世界の全てを知り尽くすために、俺にはまだ強さが足りない。


「リオナ……今見たことは、みんなにはヒミツな」

「リオナ、なんにも見てないよ。なんにも見てない」

「うん……ありがとう。うちに帰ったら、またあそぼうな」

「わーい♪ ヒロちゃんだいすき!」


 リオナが抱きついてくる。そうしているうちに、今しがた味わった絶望が薄れていく。


 そして俺の中に、どれだけ無謀であっても、成し遂げなければならない目標が生まれる。


 交渉術95で覚える「隷属化」。調教師より習得が遅すぎるため、誰も交渉術を上げて取れると知らなかったスキル……俺も、ほぼおまけみたいなものだと思っていたけれど。


 ――条件を揃え、「隷属化」を発動させ、あのドラゴンを必ず調教テイムしてみせる。


 その時俺は、ゲームの頂点に居ても知らなかった領域を知るだろう。文字通り、限界を超えることで。


「ヒロちゃん、どうしたの? うれしそう」

「ん……なんでもないよ」


 限界突破を1取得した直後に、ボーナスを99振る。それが出来れば、俺のスキルは全て200まで上げられるようになる。


 ――こういう希少なスキルのために、ボーナスポイントを残してきたようなものだ。けれど、今の状態でユィシアと戦っても、数秒で負ける。


(あと何年で、あいつを前にしても怯えずにいられるようになれるだろう)


 馬鹿だと言われるかもしれないが、俺はもう一度、強くなってからユィシアに会うときのことを心待ちにしていた。勝てるわけがないボスを、手を尽くして撃破してきた頃の気持ちを思い返して。



◇◆◇



 リオナを連れて家に帰ると、サラサさんが訪ねてきていた。レミリア母さんとお茶会をしていたのか、テーブルの上にカップが置かれている。


「おかえり、ヒロト。あら、リオナちゃんと一緒だったの?」

「うん。ちょっと、遊んでたんだ」

「ヒロちゃんとあそんでたの! おなかすいた!」


 花より団子というか何というかだ。リオナはテーブルの上にあった焼き菓子を、サラサさんに取ってもらって食べ始める。ぼろぼろとこぼしながら、ハムスターのように食べる姿……まあ、可愛いといえば可愛いけど。


「レミリアさん、それで、先ほどのお話ですが……」

「ええ、ちょっとうちの子にも聞いてみるわね。ヒロト、サラサさんが、お泊まりに来ないかって誘ってくれてるんだけど、どうする?」

「……え、えっと。いいの?」

「ふぁぁっ、ヒロちゃんがおうちにくるの!?」

「ああ、リオナったら……そんなにこぼして。めっ」


 食べている途中で俺のところに来ようとするリオナを、サラサさんがつかまえて口を拭く。リオナはちゃんと拭いてもらったあとに、子犬のようにはしゃいで俺のところにやってきた。


 父さんは将来可愛くなるだろうと言ってたけど、それは間違いないと思う。しかしなんというか、俺の精神年齢からすると、光源氏かよと思わざるをえない。


「ヒロちゃん、リオナといっしょにねてくれる?」

「私もリオナと一緒に寝ていますから、三人でということになりますね……」


 娘と同様に、いや、それ以上に嬉しそうなサラサさん。ハーフエルフだから、出会った頃と見た目がほとんど変わっていない。おっとりした美人で、見るからに癒される雰囲気のままだ。


 最近はクエストをしてない日はスキル上げをしたり、リオナをかまう日々だったから、サラサさんとは接する機会が減っていた。今日顔を合わせるのも久しぶりで、何か新鮮な感じがする。


 魅了が発動しないようにオフにしているのも大きい。パーティに入ってる人にはかからないのでいいが、サラサさんは一定範囲に入るとかかってしまう。リオナはペンダントの耐性で防いでくれるけど。


「ヒロト、サラサさんに迷惑かけちゃだめよ」

「う、うん……お母さん、じゃあ行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」


 久しぶりに一緒に風呂に入ってから、できるだけ母さんに甘えさせてもらっていたので、泊まりに行くのも止められるかと思ったけど、その辺りはさっぱりしているな。


「もう少ししたら、うちに行きましょうか」

「うん! ヒロちゃん、リオナといっしょにおふろはいろ!」

「う、うん……」


(って、ちょっと待て……い、いいのか? こんな小さい女の子と一緒にお風呂とか、犯罪じゃないか?)


 十六歳だった俺の精神が、幼女に対しての接し方に迷いを覚えている。いや、子供の頃は旅行先の風呂なんかで、お父さんと着替えている幼女の裸を見てしまったりはしたが、そのときは俺も小さかった。


「ヒロちゃん、はいろ?」


(……ま、まあ、逆にいいのか。もうちょっと成長したらまずいけど)


 ステラくらいまで大きくなると、微妙に発育の兆しが見られたりして、ダメな感じがし始める。今ならまだ許容範囲だ、そういうことにしておこう。


「ヒロト、リオナちゃんと入るの恥ずかしいんでしょ。この子ったらませてきちゃって」

「大丈夫ですよ、私もリオナと一緒に入りますから」


 まったく大丈夫ではないなと思ったけれど、反論の余地はなかった。友達のお母さんに風呂に入れてもらうというのも、まあ、前世においても絶対に無いカルチャーではないだろう。


(俺の精神が、年齢通りならだけどな……)


「わーい、ヒロちゃんとおふろっ、おふろっ♪」

「ふふっ……うちの娘ったら、こんなに喜んで。私まで嬉しくなってしまいます」


 上品に笑うサラサさん。レミリア母さんも昔はサラサさんに嫉妬したりしていたけれど、すっかりそんなこともなくなったな。


 魅了が切れてしまえば、そんなものだろう……と思ったけど。好感度は、高いままなんだよな。



 ◆交友関係◆


・《サラサ》はあなたに心身共に捧げ尽くしている。

・《リオナ》はあなたになついている。

・《レミリア》はあなたの母親だ。



 どうやら年齢によって好感度の表記が変わるらしい。ゲーム時代は数字で表示されていたから、好感度100で結婚できると言われていて、結局実装されなかった。プレイヤー間の結婚システムは存在したが。


 孤高のギルマス()を気取っていた俺は結婚はするつもりないと言っていたけれど、関心がなかったといえばそれは嘘になるというか何というかだ。恋愛沙汰の話題になると途端に脳みその働きが鈍くなるのは、前世でうまくいかなかったからだろう。それは仕方ない、修正していくしかない。


「……実は今日、うちの夫が知人同士の集まりで、帰ってこないんです」

「え、ええと……私にそれを言われても、ハインツさんもお酒が好きだから仕方ないわね、としか言えないんだけど」


 ハインツさんがいないのか。それなら、男がいないとちょっと心配ということもあるかもしれない……って、俺を男手としてカウントするわけもないか。


 ミゼールは平和になったわけだし、犯罪もほとんど起こらない。レミリア母さんも何も心配してないし、無邪気にお泊まりを楽しんでくるとしよう。



◇◆◇



 サラサさんの家の風呂場は、うちより設備としては整っていないが、俺が割った薪を使ってもらっているので風呂を沸かす燃料的には不自由していない。


「風呂が沸きましたよ奥さん。ハインツの奴、飲み歩くのもほどほどにしろって言ってるんだが」

「いつもすみません、リカルドさん」


 リカルド父さんが、サラサさんの家まで風呂を沸かしに来てくれた。俺もできるのだが、まだ危ないと言われて火元には手を出させてもらえない。


「ヒロト坊、父さんはこれで帰るけど、困ったことがあったらすぐ呼ぶんだぞ」

「うん、ありがとう父さん」

「おう、最近はしっかり返事するようになったな。えらいぞ」


 父さんが頭を撫でてくれる。それを、リオナとサラサさんが笑顔で見ているのが照れくさかった。


「レミリアさんにも、よろしく伝えておいてください」

「ええ、言っておきます。うちの子をよろしく頼みます」


 こういうとき、父さんはすごく礼儀正しくなる。深く礼をする姿に、騎士の頃もそうだったのだろうか、と想像した。


 父さんが帰っていったあと、俺たちは風呂に入る準備を始める。リオナはサラサさんに服を脱がせてもらい、あっという間にかぼちゃパンツも脱いでしまった。


「ヒロちゃん、リオナのほうがはやいよ。えらい?」

「あ、ああ……えらいえらい」


(今はいいけど、将来黒歴史にならないか心配だな……こんな、すっぽんぽんで)


 そして俺も裸になる段になって、サラサさんには見られたことがないな、と今さらに気づく。すると、急に恥ずかしくなってきてしまった。


「ヒロトちゃん、いつもお母さんに脱がせてもらってるんですか? ふふっ……じゃあ、今日は私が代わりに……」

「あっ……」


 サラサさんに服を脱がせられるいたいけな俺。そんな奥さん、俺は米屋じゃありません、木こりの息子です。何を言っているのだろう。


 そして服を脱がせられたあと、俺は目の前にいるサラサさんの姿を見て、氷系魔法の直撃を受けたかのように硬直した。


「ヒロトちゃんのおうちよりは小さいですが、代わりばんこで入りましょうね」


(相変わらず、この人は……俺の中では、世界一位のマウンテンをお持ちだ)


 風呂に入るときは、サラサさんは耳を隠さなかった。人間とエルフの中間の、長い耳……。

 リオナは人間にしか見えないが、正体は夢魔だ。やはり、二人の間に血のつながりは……、


「ヒロちゃん、あらいっこしよ?」

「っ……り、リオナっ、ペンダントは!?」

「? ヒロちゃん、おふろ入るときはとってもいいっていったよ?」


 ――それはそうなんだけど、そうなんだけど……!



 ◆ログ◆


・《リオナ》の「魅了」が発動した! あなたは抵抗に失敗、魅了状態になった。



(しまったっ……!)


 こ、これが魅了……やばい、リオナがめちゃくちゃかわいく見える。

 妹にしたい、なんでもしてあげたい。頬ずりとかとにかく何でも色々したい。

 そして俺が導き出した、この狂おしい気持ちを、子供らしい範囲で表現する方法は……。


「り、リオナ……あらいっこしよっか」

「うんっ♪」

「ヒロトちゃん、お風呂に入る前から顔が赤いような……大丈夫ですか?」


 頬に手を当てて心配そうにするサラサさん。彼女がまったく前を隠していなくて、その類まれなるスタイルを眼前にさらしていても、俺の頭はどうしようもないほどリオナのことで埋め尽くされていた。



◇◆◇



「ヒロちゃん、ありがとー♪」

「う、うん……」


 リオナのちっちゃい背中を洗いながら、俺もサラサさんに洗われている。しかし俺はリオナがあまりに可愛く見えすぎていて、他のことは考えられなかった。


 ――なんで俺、今までリオナに邪険にしてたんだ? そんなことしていいわけないだろ、こんな可愛いリオナに。今は小さくても可愛いけど、大きくなったらもっと大変なことになるぞ。今のうちからっていうか、今からリオナ様に全てを捧げ尽くして、崇め奉るべきだ。そうだこの愛しさを歌にしよう!


「ふんふふんふ~ん♪」

「リオナったら、そんなにはしゃいで……私もヒロトちゃんに洗って欲しいです」

「う、ううん、今はリオナをあらってるから」


 サラサさんにはすまないが、今の俺にはリオナしか見えていない。彼女のデリケートな肌を出来る限り丁寧に洗わなければならないのだ。恐れ多い部分は自分で洗ってもらい、俺に許される範囲で……、


「……その次は、私も洗ってくれますか? ヒロトちゃん……」


 ……あ、あれ。何か、サラサさんの声の感じが変わったような……。


 そう思って振り返ると、サラサさんがびっくりするくらい切なそうな目で俺を見ていた。


「せっかくおうちに来てくれたのに、リオナのことばかり……」

「っ……え、えとっ……その……」


 こ、子供の俺に嫉妬を……サラサさん、そこまで楽しみにしてくれてたんだ。

 しかし魅了されている俺は、どうしてもリオナの方に意識が向いてしまう。


「おかーさん、リオナ、ヒロちゃんにあらってもらった!」

「ええ……綺麗になりましたね。リオナ、先にお風呂に入れてあげます」


 サラサさんはリオナに優しく答えると、湯の温度を見てから娘の身体を流し、浴槽に浸からせる。


「わーい♪」


 潜ったりして遊んでいるリオナ。俺も一緒に入りたい……と思ったときのことだった。



◆ログ◆


・あなたの魅了状態が解除された。



(……そ、そうか……俺には効果時間が短いんだ……)


 俺も魅了スキルを持っているから、他人の魅了に対して抵抗力がある。効果が切れるのも、他の人より早いわけだ。しかしリオナが成長したら、魅了が解けるかどうか……。


「ヒロトちゃんは、まだお風呂に入っちゃだめですよ……? 私が洗ってあげますから」


 正気に戻った俺の前に、さんざんじらされてしまったからか、物凄く色っぽくなっているサラサさんの姿があった。


(……じらしプレイは彼女には厳禁だな。いや、プレイて)


 魅了が効いているあいだはリオナに夢中になっていたが、解けた途端にサラサさんの色気になびく俺。まるで風に吹かれるままに飛んでいく一反もめんのようだ。


「背中は洗い終わりましたから……次は……」


(ま、前は……前はらめぇぇぇ!)


 サラサさんが素手で石鹸を泡立て始める。俺はそれを見ながら、いたずらに女の人の好感度を上げまくったことを、今さらにちょっぴり後悔していた。



◇◆◇



 リオナはお風呂から上がった直後は元気だったが、そのうち俺より早く眠くなり、ベッドですやすやと寝息を立て始めた。


 寝る子は育つというし、俺も眠くなってきた……そろそろ寝るか。そう思っていると、サラサさんもランタンの明かりを消して床に入った。


 リオナ、サラサさん、俺の順で、川の字になって眠る。ハインツさんはいつも違うベッドで寝ているらしかった。うちの父さんと母さんはもともとは一緒に寝ていたが、俺が生まれてからは別々に……と考えて、俺は今、両親がどうしているかを想像し、気恥ずかしくなった。


(父さんと母さんはまだ若いからな……こういう機会が何度かあったら、いつか弟か妹が出来るかもな)


「ヒロトちゃん、すみません。うちのベッドは、おうちより硬いですよね……」

「う、ううん……ねごこちいいよ」

「良かった……リオナ、肩を出して寝ちゃいけません」

「むにゅ……おなかいっぱい……」


 何やら寝言を言っているリオナの肩まで毛布をかけたあと、サラサさんは俺の方を向く。

 比較的暖かい夜だからか、彼女は薄い布地の寝間着を着ている。その襟元から覗く深すぎる谷間は、とても直視できないくらいのものだった。


(……い、いや、普通に覗いちゃだめだよな。子供だからといって)


 しかし、どうしても目がそらせない。サラサさんに気付かれてはいけない、そう思いながら、俺は彼女の顔を見上げる。


「……ヒロトちゃん、今日、リオナと外に出たとき……何かあったんですか?」

「っ……ど、どうして……」


 ドラゴンに会ったことは、リオナには秘密にしてもらうように頼んだ。ずっと一緒だったから、教える時間はなかったはずだ。


「リオナと二人で帰ってきたとき、ヒロトちゃんが、少し震えていたように見えたんです」

「……それは……」


 自分では、いつかあのドラゴンをテイムすると決めて、それで吹っ切れたつもりでいた……けれど。

 あの異常な能力値を見た時に感じた恐怖は、拭い去れなかった。あの無感情な瞳で見られた時の、何もできないという絶望も。


「……怖い思いをしたんですか?」

「……なんでも……」


 何でもない。そう言う前に、俺はサラサさんの胸に抱きしめられていた。


「いいんですよ……私は頼りないかもしれませんけれど、大人なんですから。私の前では、強がらなくていいんです……」


 石鹸の香りと、サラサさん自身の甘い香りに包まれる。深い安堵が胸に満ちる……それは母さんに抱きしめられた時とも違う、どこまでも優しい抱擁だった。


「安心して、眠ってください……私も、リオナも、そばにいますから」

「……うん。ありがとう、サラサさん」


 そうして名前を呼んだとき、俺は気づいた。彼女の名前を呼ぶのは、これが初めてだったということを。


「……ヒロトちゃんに触ってもらうと、私も安心するんです。ですから……少しだけ……」


 サラサさんが俺の手を取る。そして、少し緊張した面持ちで、自分の胸にぺた、と触れさせてくれた。

 それだけで伝わってくる、圧倒的なボリューム感と弾力。久しぶりに触れてみると、その凄さがよく分かる――やはりこの人の『母性』は高すぎる。



 ◆ログ◆


・あなたは《サラサ》から「採乳」した。

・「薬師」スキルが上がった!



「あたたかい……やはりヒロトちゃんに触れてもらうと、ほっとします……昔もそうでしたが、今は、もっと……」


 寄り添って触れているだけなのに、サラサさんにそれほどの安心感を与えてあげられている。

 それなら俺もスキルのことを考えず、こうして抱かれて眠っているだけでもいい。そう思ったのだが――。


 サラサさんは何かに気づいたように、ゆったりした服をはだける。すると、いつかのように、乳がこぼれてしまっていた。俺はそれを手ですくって舐める――搾乳なんてしなくても、こうして溢れてくる分だけでも十分に甘い。


(……リオナがすぐそこで寝てるのに、俺は何を……い、いや。乳離れしてもお乳が出ちゃうんだから、しょうがないな)


「すみません、ひとりでに出てきてしまって……ヒロトちゃん、良かったら全部もらってくださいね……」


 あとからあとから溢れてくるサラサさんのミルク。それはまさに、神秘の泉から湧き出るスキルのしずくだった。


 こぼれそうになるしずくを手で受けては舐めることを繰り返す俺を、サラサさんは慈母スキルを持っている彼女らしく、慈しみに満ちた瞳で見つめていた。


※次回は少し年数が経過します。

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