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第十三話 子供らしく

 斧マスタリースキルは、30を超えると薪を千本割っても上がらないくらい成長が遅くなる。エターナル・マギアにおいては30がスキルのひとつの到達点になっているからだ。



 ◆ログ◆


・あなたは「薪割り」をした。

・木材から薪が作成された。



 家の裏庭で、切り株の上に置いた木材を割る。これが斧の最も簡単なスキル上げなのだが、スキルの補正が働いているとはいえ、子供用の小さな手斧で木材がサクッと割れるのは、見ていて不思議な光景だ。


 女神の作ったこの世界においては、スキルが物理法則を超えて作用している。フィリアネスさんがあの細腕で凄まじいダメージを叩き出すのも、そこに起因している。マールさんやリカルド父さんは、恵まれた体格通りの強さを持っているから、『強い』ということに違和感がない。


(見かけどおりの強さじゃないっていうのは、気をつけないとな……)


 華奢な体格の美少女にしか見えない相手が、いきなり高ダメージを叩きだしてくる可能性もあるわけだ。俺が今現在、何倍もの体格のオークに対してそうしているように。


「あ、ヒロト、こんなところにいた」

「ヒロちゃん、ステラおねえちゃんがきたよ! あそぼー!」


 振り返ると、ステラとリオナがいる。今日はクエストに行かないで家にいると言っておいたので、遊びに来てくれたようだ。


 ステラは肩まで髪を伸ばし、髪の先を少しカールさせている。今日は白いカチューシャをつけており、水色のワンピースを身につけていた。水色の染料は貴重で、彼女が着ているような複雑な型取り・縫製を必要とする服は珍しい。俺とリオナが着ている服はシンプルもいいところだ。


「お父さんのおてつだい? いつもえらいね、ヒロト」

「う、うん……まあ、ちょっとだけだけど」

「ヒロちゃん、何してあそぶ? かくれんぼ?」


 異世界での子供の遊びは、綺麗な石を集めておはじきだとか、それくらいのものしかない。

 俺は前世で少しだけやったあやとりを彼女たちに教えてみたが、それが思いの他受けたりした。この町には娯楽が少ないので、子供たちはささやかな楽しみを大切にしている。


「きょうはね、私がおべんきょうをおしえてあげる。私が今から、ふたりのかていきょうしよ」

「かていきょうし?」

「かていきょうしはね、とってもすてきなのよ。ママもそうだったの」


 リオナとステラのやりとりを聞きながら、俺はエレナさんが言っていたことを思い出した。しかし年上とはいえ、まだ人にものを教えられるような段階ではないのだが……。


「ヒロト、おへんじは?」

「う、うん……分かった。何をおしえてくれるの?」

「おべんきょうよ」

「リオナおべんきょう大好き! ステラお姉ちゃんもすき!」


 がしっ、とリオナがステラに抱きつく。ステラは恥ずかしそうにしつつも、リオナの頭を撫でてやっていた。


「リオナ、あとでくしをしてあげる。女の子はきれいにしなきゃ」

「うん♪ ありがとー!」


 フィリアネスさんたちの髪に櫛を通したことを思い出しつつ、俺は思う。幼い彼女たちの友情は純粋で、見ていて微笑ましい。


(俺ももう少し、子供らしくするか)


 前世では小学生の途中から人の輪に入れなくなったが、それも些細なきっかけによるもので、それさえなければ俺は、人と話すことを避けるようにならずに済んだと思う。


 せっかく人生をやり直し、もう一度子供に戻れたんだから。スキルだけじゃなく、素の自分も変えていきたい。



◇◆◇



 ステラが持ってきた子供向けの本。それは、『勇者』について書かれた絵本だった。


「めがみさまは、いいました。わたしの子どもたち、にんげんよ、わたしたちはもういかなければなりません」


 俺の部屋の床の上で本を広げ、ステラ姉が読み進め、俺とリオナが両側から本の内容を見る。


「くー……くー……」


 ステラの読み聞かせが心地よかったのか、リオナはすぐに眠っていた……学校に通うことがあったら、確実に昼食後の午後の授業で寝るタイプだな。そのころにはもっとしっかりしてるかもしれないが。


「じぶんの足で立ち、あるくのです。たとえどんなことがあろうとも」


 ステラがページをめくった先には、8つの武器が描かれていた。それを、一人の女性……おそらくは女神が、人間に与える場面が書かれている。


「それでもくじけそうなときには、あなたたちのもとに、つよきものをつかわせます」


 女神が遣わす、強き者……それが勇者ということか。

 八つの武器に伸ばされる手が描かれている。八つの武器……どこかで……。


(魔神が魔王に与えた武器の数と、同じ……?)


 それに気づいたとき、俺はぞくりと背筋に冷たいものを感じた。


「ステラ姉、このえほんって、だれが書いたの?」

「この本はね、えらい『けんじゃさま』がかいた本を、うつしたものなんだって。おもしろかった?」

「う、うん……おもしろかったよ」

「……べんきょうになった?」

「うん、いっぱいなったよ」


 絵本を読み聞かせるだけでも、今の幼さならば家庭教師をしてると言っていいだろう。算術や読み書きなんかを勉強するのは、もっと先でいい。


「……よかった。しっかりできて」

「っ……」


 ステラ姉が物凄く嬉しそうな顔をする。

 幼いとか、そういうことは関係がない。本当に心を許した笑顔には、相手の心を動かす力がある。

 俺はまだ、そんなふうに自然には笑えていないだろう。だからこそ、眩しく感じる。


「……ステラ姉はすごいや。おれ、もっと本を読んでほしいな」

「あっ……ごめんなさい、きょうはそれしか持ってきてないの」


 俺の部屋には、スキルが得られる本が山ほど置いてある。でもそれらは仕舞っておいて、ステラ姉には俺の本当の精神年齢を悟られないようにしていた。


「くー……ひろちゃん……」

「リオナ、ねちゃってる……ふふっ、かわいい」


 ステラ姉は怒るわけでもなく、リオナの頬をぷにぷにとつつく。そして、俺の方にも微笑みを向けてくれた。


(良かった……オークの件は、もう後を引いてないみたいだ)


 間一髪で助けられたとは言いがたかった。今でも、ステラの泣いている顔が忘れられない……。

 そういう顔を見ないようにするために、俺は強くなったんじゃなかったのか。例えディーンや、他の誰かが無茶なことをしても、カバーするだけの力があるのに。


 しかし付近に魔物が増えていく今の状況では、やがて限界が来る。クエストをこなして危険度を下げても、次の日には上がっていて、モンスターの討伐クエストが山ほど掲示板に貼り付けられている……そんなイタチごっこだ。


「ヒロト、おなかすいた?」

「あ……う、うん。ちょっとだけ」

「ママとクッキーをつくったから、食べて。わたしは、このみをいれたのよ」



 ◆ログ◆


・《ステラ》があなたに「ナッツのクッキー」を渡そうとしています。許可しますか? YES/NO



 ステラ姉からクッキーを貰って、口に運ぶ。小麦粉はこの世界でも広く流通していて、パンなどを作る材料として活躍している。ナッツにも種類があるが、ログでは特殊な効果のある木の実以外は「ナッツ」で統一されていた。


「はい、あーん……」


 ステラ姉がハンカチで手を拭いたあと、包みからクッキーを取り出し、俺の口元に運んでくれる。


「あ、あーん……」


 無性に恥ずかしいと思いながら、一口食べる。それをステラ姉は、間近で微笑みながら見ている。


「おいしい?」

「う、うん……おいしいよ」

「そう……っ、ひっく……」


 素直に答えたつもりだった。

 しかし、ステラ姉の表情が不意に崩れて、その瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。


(な、なんで……俺、何か変なこと……)


 頭の中がパニックになりかける。なぜ泣かせてしまったのか、食べてはいけなかったのか――そんなことは無いと思いながらも、女の子の涙を見せられて落ち着いていられない。


 気がついた時には、俺はステラ姉に抱きしめられていた。いつもの彼女からは想像もできないほどに強く。


「……こわいモンスターから、たすけてくれてありがとう……っ」

「……ステラ姉……」


 あの時に受けた心の傷は、まだ癒えてなかった。俺は、そこまで分かってやれなかった。

 ただ抱きしめられて、泣いているステラ姉に触れることも出来ずに、そのままでいることしか出来なかった。


「ひっく……ぐすっ。こわかった……しんじゃうとおもったっ……」


 ディーンの無茶を止めて、他の大人に助けを求めていたら……。

 そうしていたら、ディーンは一人でオークに出くわしていたかもしれない。あれ以上遅れていたら、助けられたかもわからない。


(俺の立ち回りがまだ甘すぎるんだ。まだ、やれることは幾らでもある)


 俺ひとりだけで、危険度を下げる……その試みではまだ足りないのなら。

 モンスターを安全に倒すことが出来る強い人たちを集め、組織を作るしかない。そう――自警団だ。

 今までパーティに入ってもらった人たち。俺とパーティを組んでレベルが上がった人たち……その人たちに協力してもらえば、ミゼールはもっと安全になる。


「……もう、あぶなくないよ。だから、泣かないで」

「……ほんとう?」

「うん。約束する」


 オークにもう一度会ってしまうかもしれない。その恐怖を消し去るためにできることはひとつだ。

 危険度を下げれば、いずれオークは湧かなくなる。けれど今の俺は、ゴブリンすら湧かせたくないくらいの気持ちだった。


 ゲームで傷ついても、死んでも、何も失うことはなかった。でも、今は違う。


 ステラの背中を撫でてあげると、彼女は少し落ち着いて、俺から離れる。


「……私のほうが大きいのに、ないちゃった」

「いいよ。みんなには言わないから」

「うん……ありがとう」


 ステラ――いや、ステラ姉は、まだ何かを伝えようとしている。

 人の目を見られるようになったとき、人が何を考えているのかも、少しだけ分かるようになった――だから、俺は。


「……ステラ姉ちゃん、お昼寝しよっか。リオナも一緒に」

「…………」


 まだ帰りたくない。ステラ姉がそう思っているように思った俺だが……彼女の反応は芳しくない。

 いや、顔が真っ赤になっている。子供だって、大人と同じくらい照れたりも、恥じらいもするのだ。


「……ヒロト、いっしょにいてくれる?」

「うん、いるよ」


 迷いなく答えた。すると恥じらっていたステラは、日向で花が咲くように笑った。


 リオナを俺一人でベッドに運ぶこともできるのだが、母さんの力を借りた。ステラは俺の力の一端を知っているけど、俺が頼んで秘密にしてもらっている。


 ステラに書いた手紙がエレナさんに見つかって、恥ずかしい思いをしたこともあるが……こういうコミュニケーションの取り方が向いている俺は、それも甘んじて受けるべきだろう。



 ◇◆◇



 ステラとリオナと昼寝をしたあと、俺は考えた末に、父さんに手紙を書くことにした。


 俺一人で、パーティを組んでいる人たちに働きかけて戦力を集めることはできる。しかし、ミゼールの大人たちに黙ってそんなことをするのは、さすがに子供の領分を超えている。


 父さんだって、俺が「町を守るために自警団を作ろう」なんて言い出しても、聞いてはくれないかもしれない。しかし、父さんだって気づいているはずだ……モンスターが増えた森に、毎日出ているのだから。


「ただいまー。おうヒロト、出迎えてくれたのか。ありがとうな」


 リカルド父さんが帰ってきて、使った後の斧を手入れをするための台に置いたあと、俺の方にやってくる。


(斧の件だって、かなり驚かせた……これ以上は……)


 迷いが一瞬だけよぎって、俺は後ろ手に持っていた手紙を、すぐに渡せなかった。


「ん……どうした? 我慢してるなら、手洗いはすぐに行った方がいいぞ」

「ち、違う……そうじゃない。これ……」

「手紙……? 急にかしこまってどうした。ははぁ、何か買って欲しいものでもあるのか?」


 リカルド父さんは俺の手紙を受け取る。そして、目を通し始め……その表情が、見る間に真剣そのものに変わる。


「……母さんは、今どうしてる?」

「……お風呂に入ってる」

「そうか……じゃあ、ここで話をしても大丈夫だな。そこに座りなさい」


 食卓の椅子を引いて、父さんが俺を座らせてくれる。父さんはその向かい側に座ると、手紙をテーブルの上に置き、文面を読み上げた。


「モンスターが増えて、子供が襲われる事件があった。今後そんなことが起こらないようにしたい……か」

「……ステラ姉が、泣いてたんだ。ぼくは、もうそういうのを見たくない」


 父さんの前では、俺は自分のことを「俺」とは言わなかった。僕というのが恥ずかしくても、両親の前では子供でいたかった……けれど、今はそれとは反対のことをしている。


 俺の子供にあるまじき内容の手紙を見て、父さんはどう思うだろう。明らかに普通じゃない……。


 ――けれど俺の心配をよそに、父さんは呆れも怖がりもせず、俺をまっすぐに見ていた。


「父さんは、ひとつだけ怒らないといけない。それは、ヒロトが子供らしくないことをしてることだ」


 秘密にしているつもりでも、町に行けば、いつかは父さん、母さんの耳に伝わる……それは覚悟していた。ギルドでクエストを受けるときは、絶対にカウンターに行かなければならないから。


「モニカは腕利きの狩人だ。彼女に狩りを教わるのは悪いことじゃない。しかしな、ヒロト坊。斧をバルデス爺のところで直してもらったとき、ヒロト坊の斧は、明らかにモンスターとやりあった感じだったと聞いた。勇敢な子供だと言われたが、父さんは正直、冷や汗が流れたよ」

「……だまっててごめん。でも、ぼくは……」

「でもじゃない。本当なら、ヒロトはモンスターと戦っちゃいけない。そんなことをさせてしまうくらいなら、父さんたちがもっと、町が危ないことを真剣に考えるべきなんだ」


 知らなかったわけじゃない。知らないふりをしてくれていただけだ。

 ただの子供のふりをしている俺を、父さんは「ヒロト坊」と呼びつづけて……子供として見続けてくれていた。本当は、そうじゃないことを知っていたのに。


「……父さんは、ぼくのことを嫌いになった?」

「……おお?」


 不意に不安になって尋ねた。子供のふりをしているわけじゃない、家から放り出されることが怖くなった。

 父さんはそんな俺を見て、目を見開いていたが……やがて、笑い始めた。


「はははっ……なんだ、そんなことを考えてたのか? 父さんは、いっぱしの男としてヒロトを扱わなきゃならんのかと、戦々恐々としてたところだぞ。こんな小さい子供を男扱いするのは、どうにも勇気がいるだろ」

「……父さん」

「ヒロトがどれだけ早く大人になろうと、父さんは父さんのままだ。それは嫌だと言っても変わってやれん。父さんの年を追い越せるなんて言うなら、話は別だけどな」

「……あははっ」


 父さんの冗談を聞いて、俺は久しぶりに笑った。笑うところじゃないと思いながらも、笑っていた。


「そうだ、あんまり真面目くさった顔してちゃ女の子にもてないからな。リオナちゃんたちは将来可愛くなるから、今のうちからしっかり仲良くしておけよ」

「っ……り、リオナは、別に……」

「じゃあステラちゃんとミルテちゃんか。リオナちゃんが一番気に入ってると思ったんだがな」

「あ、あれは……向こうからついてくるだけだよ」


 正直を言えば、リオナが俺について回ることを、嫌だとは思っていなかった。

 ただクエストに連れていって欲しいというのだけは、手を焼いていたけれど……俺としても、不幸を相殺するためにリオナといたい気持ちはあるから、両立出来ないのが歯がゆいところだった。


「……ははっ、なんだかなぁ。息子とこんな話が出来るのは、もっと先だと思ってたんだが」

「……ぼくも、そう思ってた」

「そう思うこと自体が、普通はないことなんだがな……この手紙も、まあよく筋道が通ってる。俺がヒロト坊の年だったら、まともに手紙なんぞ書けてないぞ」


 父さんは席を立つと、俺の方にやってきて、その大きな手を俺の頭の上に置いた。


「……しかしな、ヒロト坊。母さんには、あまり心配をかけないでやってくれ。母さんはあまりヒロト坊が甘えてくれなくなって、ちょっと寂しがってたぞ」

「……ごめんなさい」

「父さんも母さんが寂しくないようにするが、ヒロト坊のかわりはできない。子供は子供らしくすることも、大事なことなんだ……わかるか?」


 父さんは頭に手を置いたままでいる。いつもは撫でてくれるのに、俺の返事を待っているみたいだった。

 だから俺は、出来るだけ素直に、リカルド父さんの息子として答えなければならないと思った。


「うん。わかった」

「よーし……いい返事だ。それでこそ、俺の息子だ」


 確かめるようなその言葉が、胸の奥に染みこんでくるように感じた。

 そして俺は、前世でのことを思い出していた。

 俺が森岡弘人だったころ、最後に父さんに撫でてもらったのは、いつだっただろう。


「ヒロト坊、母さんと風呂に入って来い。最近一緒に入ってないだろ?」

「う、うん……でも……」

「母さんはいつもゆっくり入るから大丈夫だ。後から飛び込んで、風呂水溢れさせてこい。どれだけはしゃいでも、父さんがまた沸かしてやるからな」

「……うんっ!」



 ◇◆◇



「ヒロト、どうしたのそんなに慌てて。お父さんと一緒に入るのがいやで逃げてきたの?」

「う、ううん……お母さんと入りたくて」

「まあ……そんなこと、初めて言ってくれたわね。あ、わかった。ヒロト、何か欲しいものでもあるの?」


 母さんは父さんと同じことを言う。夫婦は似てくると何かで聞いた気がするが、うちもそうなんだと思った。


「ううん、何も……」

「ふふっ、遠慮しちゃって。子供は遠慮しなくていいの、もっと甘えていいのよ」


(わっ……!)


 ざばっ、とバスタブに浸かっていた母さんが上がってくる。二十歳になった母さんは、元から持っていた気品もあるが、年齢を経たことで女性らしさがすごく増していた。


 俺が母さんと風呂に入らなくなったのは、それも理由だったりする……うちの母さんは綺麗だ。授乳してもらっていた頃のことを思い出すと、顔が熱くなってしまうほどに。


 こんな奥さんをもらったリカルド父さんが羨ましい……って、息子の考えることじゃないけど。本当に、そう思う。


 水の滴り落ちる身体を隠しもしないで、母さんは俺を座らせると、後ろに回ってまずは髪から洗ってくれる。前世のシャンプーのようなものはないが、ハーブを組み合わせた髪を滑らかにする液があり、それを用いる。


「まだ小さいんだから、もっと母さんと一緒に入りなさいね。お母さん、ヒロトが一人でお風呂に入れるっていっても、すごく心配なんだから」

「ごめんなさい……お母さんが良かったら、一緒に入りたい」

「悪いことなんてあるわけないじゃない。お母さんは、ヒロトのお母さんなんだから」

「……うん」


 母さんの言葉を聞いて、俺は悟られてはいけないと思いながら、久しぶりに泣いた。

 リオナのステータスを見たあの時から、生き急ごうとしてばかりいた。少しでも強くなりたい、出来る限りの情報を集めておきたい……そんなことばかりで。

 もちろん俺は、今までしてきたことを全部やめたりは出来ない。スキルを上げることも、クエストも。

 それよりも、何よりも……父さんと母さんの子供でいる。それが、生まれてきたことの……。


「最近、サラサさんのところでももらってないんでしょう? おっぱい」

「えっ……そ、そんな、もう俺、おっぱいなんて……わっ!」


 ざば、と頭から湯をかけられて、ハーブ液を流される。頭を振って目を開けると、目の前に、二年前より大きく成長した母さんの……い、いや、だからマジマジ見ちゃまずいのに……。


「ヒロトのこと、もうちょっと甘やかしてあげておいた方が良かったかなって、父さんともよく言ってるのよ……」


(……母さん)


「子供らしくなくなっちゃうのは、まだ早いわ。もう少しお母さんたちの、可愛いヒロトでいてね……」


 真正面から抱きしめられる。豊かな膨らみに顔を埋められて、俺は思う。

 どれだけスキルを上げても、どれだけ強くなっても、忘れてはいけないことがある。


「……お母さんのお願い、わかった?」

「うん」

「そう……じゃあ、ちょっとだけ。赤ちゃんの頃みたいに……ヒロトは恥ずかしい?」


 恥ずかしいも何もなかった。俺は他のことを何もかも忘れて、本当に赤ん坊に戻ったように、母さんの胸の中に身を預けた。


※次回は明日夜に更新です。

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