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番外編 月光花の蜜

 エターナル・マギアの世界には四季がある。俺が生まれたのは4月1日――ゲーム時代に設定していた誕生日でもあった。ゲーム内でも「嘘つきピエロ」なんて強ボスが出てくるクエストが開催されて、その嘘のような強さにみんな失笑していたものだ。


 誕生日を過ぎて、今は4月の半ば。

 ディーンの父親を襲ったゴブリンを退治した件のあと、俺のかわりにうちの父さんが礼を言われていた。俺のポーションは良く効いてくれて、ディーンの父親はもう怪我が完治している。


 回復ポーションを作っているだけでは、薬師のスキルは頭打ちになってしまう。そこで俺は、薬師が30になると取れる「試作」というアクションスキルを使って、作成難度の高い薬を作ることにした。これは、一回も作成に成功していない薬の作成に挑戦するスキルだ。使う材料さえ合っていればほぼ成功する。


「ヒロトちゃん、こんな高い材料ばかり集めてどうするつもりなの?」


 食料品店のメルオーネさんは、町の商人たちに顔が利くので、掘り出し物が入荷したときに俺に知らせてくれるようにお願いしてある。


 そこで俺が頼んだのは、ミゼール周囲では採取できない薬の素材だった。レア度が高めのものもあるので、けっこう大枚をはたくことになったが、毎日クエストをこなしている俺には問題ない支出だ。


「か、母さんと一緒に、ポーション作ろうと思って……」

「まだ二歳なのに、ポーション作りが手伝えるっていうのがまず驚きなんだけど……」


 苦笑しながら眼鏡をくいっと上げるメルオーネさん。彼女もこの二年で十九歳になり、知的な印象に磨きがかかっている。もちろんポーションは俺一人で作るのだが、念のために内緒にしている。


 俺は彼女とも頻繁に交流して、なんとか普通に話せるようになった。どうしても口調が淡々としてしまうが、それもそのうちどうにかしていきたい。


 俺は彼女のことを「メル姉さん」と呼んでいた。元気なモニカさんは「姉ちゃん」で、しとやかなメルオーネさんは「姉さん」……俺の中でそういう認識ができている。


「メル姉さんも、何か作りたい薬とかある……?」

「うーん、私が欲しいのは……今のところは、読書が早くなる薬ね」


 「早読みのポーション」なら今買った材料で作れるな。前世の記憶が残っているうちに、俺はレシピを羊皮紙の本に書き留めているから、だいたいの薬は作れたりする。


「ん……な、なに?」


 気づくとメル姉さんが俺をじっと見ている。彼女は微笑みつつ、店の前に視線を送って誰もいないことを確認してから、唇に指を当てた。い、色っぽいな……。


 などと、もはやとぼけていてもしょうがない。これは俺が赤ん坊の時に積み上げたカルマを、少しずつ浄化していく修行でもあるのだ……って、意味がわからないが。


「……ヒロトちゃんをとりこにする薬が欲しいって言ったら、どうする?」

「ど、どうって……本気で?」

「今さら何言ってるんだか……赤ん坊の頃から、まだ何も知らなかった私のこと、あんなにしておいて……」

「そ、それは……っ」


(商人スキルが欲しいとはいえ、けっこうな頻度で……それだけなら、まだ良かったんだよな)


 45回も採乳させてもらったとはいえ、メルオーネさんは「好意を抱いている」くらいだったから、魅了がかかっていなければ、俺を気に入ってくれてるというくらいだった。


 しかし、母さんに頼まれたという体で欲しいアイテムの手配を頼んだりしているうちに、俺が普通の子どもと違って頭が切れると知ると、メルオーネさんの態度が次第に変わり始めた。具体的には、昔のことをよく話すようになった。


 赤ちゃんの頃は可愛かったね、とか、今でもお母さんのおっぱいって恋しい? とか。


 その質問の意図が初めは分からなかったが、それは彼女なりに、俺を甘やかそうとしてくれているんだとわかった。どうやら五歳児相当、ショタとしか言いようのない俺の容姿が、彼女のお気に召したようなのだ。


「ダメだよね……こんな、癖になっちゃって。ヒロトちゃんが来るの、凄く楽しみにしてて……」

「ちょっ、待っ……」


 メル姉さんに抱きしめられる。モニカ姉ちゃんとは違う、文系女子の持つたおやかさ。それが俺は、正直を言ってとても嫌いではなかったりする。


 彼女は胸の大きさこそ、ソムリエの俺の視点では高い順位ではないが、ここ二年での母性の上がりが大きい。それで俺に好意を持ってくれたのかなとも思うが、もはや巡りあわせだろう。


「レミリアさんが連れてきた初めの時から、思ってたしね……無愛想だけど、可愛い男の子だって」

「……え、えっと……」


 熱っぽい目で見られて、とても目を合わせられずに戸惑いつつも、俺は手を伸ばしてメル姉さんの眼鏡を外した。つけたままもいいが、彼女は外した方が可愛い、お約束通りの人だったりする。


 そして眼鏡を外したということは、それが始まりの合図でもあった。俺にとって、一日に何度も訪れる、人に言うことのできない時間……。


(ライフはもう回復しないけど……気づいてしまったからな)


 赤ん坊の頃に採乳でスキルをくれた人には、ずっと採乳でスキル経験値をもらうことができる。

 スキンシップといっても、普通は成長すれば男性が女性の胸を触ったりはしない。それなので、秘密で触らせてもらう必要はあるが――未だに経験値効率が良すぎて、なかなか卒業することができない。


「この時間はあんまりお客さんが来ないから……店の奥に行っても、大丈夫」

「…………」


 返事に迷うというか、子供同士でも交流ができた俺には、どうにも背徳感がある。無邪気に遊んだりしてるリオナたちを見ていると、俺ひとりが大人の仲間入りみたいなことをして、年上の女の人と……というのは、悪いことをしてるようで複雑な気分だった。いや、明らかに悪いことなのだが。


「……今日は何もしないで帰る?」

「う、ううん……そこまで言うなら……」


(……スキル経験値には勝てなかったよ)


 そこまで言うなら、とかどういう上から目線だろう。それでも怒らないメル姉さんは、まるで仏のようだ。

 眼鏡を外した彼女はちょっと童顔だが、俺が知っている女性の中ではかなり大胆な方だったりする。


「もうちょっとヒロトちゃんが大きくなったら、いろいろ楽しいのにね……ふふっ」

「な、なにが……?」


 知らないふりをする俺。そうでもないと、正直を言って異性に関心があるということを、とても誤魔化しきれそうになかった。



◇◆◇



 薬の材料をもらって、メルオーネさんに早読みの薬を作ることを約束したあと、俺は店を出て――そこで、後ろから抱きしめられた。


「わっ……」

「久しぶりだねぇ、ヒロト坊。いつもうちの子と仲良くしてくれてありがとうね」


 エレナさん……二十七歳になって、ますます女ざかりという感じだ。長いウェーブのかかったブルネットの髪に、胸の大きく開いた服……知り合った頃と、彼女の雰囲気は少しも変わっていない。


「アッシュはヒロト坊みたいに強くなりたいって、武術の稽古を始めてるよ。あの子が無茶しないように、これからも見ててあげてね」

「う、うん……アッシュ兄ちゃんとは、仲良くしてるよ」

「もちろんステラもね。あの子、お姉さんだからって、ヒロトに勉強教えるなんて言い出してるのよ。あたしが昔家庭教師をしてたって言ったら、自分もやりたいって」


 ステラ姉は俺とリオナと知り合ってから、よく面倒を見てくれている。エレナさんに似ているので、将来は目鼻立ちの整った美人になるだろう。エレナさんと違ってキャラメルブラウンの髪色だが、それは父親から受け継いだものらしい。


「ステラはまだ小さいけど、気づいてるのかしらね。ヒロト坊が将来有望だってこと」

「そ、そんなこと……」

「ふふっ……まあ、あたしの方が先に気づいてるけどね。今日はお母さんのお使い?」

「……急ぎじゃ、ないけど……」


 そう答えたところで、俺を抱きしめていたエレナさんの空気が変わる。


「……今でも思い出しちゃうのよね。ヒロト坊が赤ちゃんだった頃のこと」


 外だからはっきり言わないけど、何のことを言ってるかは分かる。さっぱりしていて豪快に見えるエレナさんに、実は繊細なところがあることも、俺はもう知っている。


「……ちょっとだけなら、いいよ」

「……言うじゃないか。そんな、女を手玉に取るみたいな……レミリアが聞いたら、どう思うだろうね」


 そう言いつつも、エレナさんは抱きしめていた俺を離す。そして頭を撫でてくれたあと、自分の店の方に歩いていく。


「あんたに『服を選んであげる』。いつもうちの子が世話になってるからね」


(これが大人の暗号というやつか……しかし俺も、なにひとつ言い訳できないな)


 赤ん坊の時に交流した女性の気持ちが、どんな本音を秘めて接してくれているのか、今の俺には分かってしまう。赤ん坊だろうが、経験は経験というわけだ。


 今はまだいいけど、あと一歳大きくなったら、絶対やめよう……と思いつつ、俺はエレナさんについていく。彼女の手を握ると、なんでもないふりをしているエレナさんの頬が、少しだけ赤く染まっているのがわかった。



 ◇◆◇



 薬の材料を揃えた俺は、難易度が高めの薬に順番にチャレンジしていくことにした。



 ◆ログ◆


・あなたは薬を作っている……。

・「早読みの薬」が作成された!



 よしよし、速度アップのポーションをベースにして、「目利き草」などの材料を投入し、混ぜ合わせる……覚えていた通りだ。早読みの薬をあげれば、メル姉さんが喜んでくれる。


 さて、次は……ゲームでは女性NPCに使うと、少し変わった反応が得られるということで、ある意味需要の高かった薬。ロマンの詰まったあれを作るとするか。


(あえて作らなくても、他に薬は幾らでもあるんだけど……俺も男だ、ということで)



 ◆ログ◆


・あなたは薬を作っている……。

・「あやしい媚薬」が作成された!

・「薬師」スキルが上昇した!



 出来てしまったか……これがまた、普通のポーションと同じ色をしてるから、ガラス瓶に入れると見分けがつかないんだよな。


 でもまあ、使う用途があるわけでもないし。作ることでスキルが上がれば目的を達している。



「ヒロト―! フィリアネス様が来たわよー!」

「は、はーい!」


 そうか、今日は魔剣の様子を見に来る日だっけ……久しぶりに会うな、フィリアネスさん。

 媚薬と早読みの薬は……いいか、持っていこう。前に部屋に置いておいたら、リオナが勝手に混乱する薬を飲んで大変なことになったからな……睡眠薬ならまだ、ぐっすり寝るだけで済むんだけど。


 十六歳を迎えたフィリアネスさんは、ますます凛々しくなっていた。しかし、今日はマールさんとアレッタさんを連れておらず、一人だけだ。


「あら、今日は一人なの? 初めてね、フィリアネス様が単身で来るなんて」

「マールとアレッタは、今は休暇中で田舎に帰っている。私も実家に帰って一日過ごしたあと、こちらに訪問させてもらった……済まないな、急に押しかけて」

「いつでも遠慮しないで来てくれていいのよ。ヒロト、ほら、出てきて挨拶しなさい。フィリアネスのお姉ちゃんよ」


「……ひ、久しぶり……です」

「ふふっ……なんだ、かしこまって。赤ん坊の頃よりも、今のほうがおとなしくなってしまったな」


 フィリアネスさんは俺の前に屈みこんで、目線の高さを近くしてくれる。そうして俺は、彼女が少しだけダメージを受けてしまっていることに気づいた。


「フィリアネスさん、けが……」

「ん……ああ、気にするな。ここに来るまでに、オーク・ロードに出くわしてな。不意を突かれてかすり傷を負ったが、どうということはない」


 オーク・ロードって……フォレストオークを統率する存在で、何倍も強いモンスターじゃないか。フィリアネスさんの防御を貫通するなんて……。

 でも、フィリアネスさんは「オークに弱い」がついているのに、一撃で倒したという。攻撃力が下がった状態でも、ダブル魔法剣の威力はケタが違うということだ。


「ヒロト、ポーションをあげたら? いつもたくさん持ってるじゃない」

「ポーション……? ヒロト、ポーションなど、なぜ持っているのだ? けがをしたのか?」

「う、ううん……俺、簡単なのなら、作れるから……」


 フィリアネスさんにはまだ、俺の実力は見せていない。彼女たちは町にいる間に魔物の掃討をしてくれているが、それを俺が手伝おうとしても、まだ断られてしまうからだ。


 そのうち一緒に戦える日が来るのかと思うが、それまでは子供扱いだ。無理もないが、少し歯がゆく思うこともある。


「……そうか。では、ヒロトのポーションの効き目を確かめさせてもらおう。信じているぞ」

「っ……う、うん……!」


 今ではフィリアネスさんの魅了はようやく解けて、永続しないことが残念だったりそうでなかったりしたのだが……すっかり、俺とフィリアネスさんの立場は入れ替わってしまった。

 彼女が微笑みかけてくれるだけで、嬉しくて仕方が無くなる。そんな俺を見て、母さんが笑っていた。


「この子ったら、フィリアネス様が来るといつもこうなんですよ。忠犬みたいになっちゃって」

「こんなにかわいい犬なら、連れて帰りたいものだが……と、それは貴女の大切な息子殿に対して失礼だな」

「いいえ、いつか連れて帰ってあげてください。騎士団に入れば、きっとこの子は活躍できますから。リカルドも、今から太鼓判を押しているんですよ」


 父さんは最初、二歳の俺が薪割りを手伝おうとすると焦って止めようとしたが、「薪割り」スキルを成功させると、俺に斧の使い方を教えてくれるようになった。


 そうでなければ、俺は「大切断」を覚えていない。リカルド父さんは今ではもっと斧マスタリーを極めて、さらに上位のスキルまで習得している……さすがは父さんだ、といつも思っている。


「斧騎士リカルドの後継者か……戦いに身を置くことを勧めることは出来ないが、おまえが騎士になってくれたら、我が公国の安寧は約束されたようなものだな」

「……頑張るよ、俺」

「そうか……良い返事だ。やはりお前はいつも、私の期待に応えてくれるな」


 フィリアネスさんがいる騎士団なら、目指す価値がある。俺は最近、そう思うようになっていた。

 俺にとっては彼女も、いつかこの手で護りたいと思う相手だ。【神聖】剣技をくれて、知り合ってから今まで、ずっと大事にしてくれている。


 魅了が切れたあとは、まともに話せなくなって困ったこともあった。

 けれど彼女の好感度は、今まで一度も下がったことはなかった。「心身共に捧げ尽くしている」のまま、変わったことは一度もない。


 ――しかし、フィリアネスさんが俺に添い寝をしてくれることは、もう無くなっていた。


「では……レミリア様、いつも使わせていただいている部屋をお借りしていいだろうか」

「ええ、いつでもお客さんが来ていいように準備してあるから遠慮なくどうぞ。ヒロト、粗相のないようにするのよ」

「わ、わかってるよ……」


 不満そうに言う俺を見て、フィリアネスさんが微笑む。その視線が、何とも照れくさかった。


「ヒロトは、少し反抗期なのだな。あんなに優しい母君はいないのだから、大事にするのだぞ」

「……うん」

「ふふっ……よろしい。では、行くとしよう」



 ◇◆◇



 俺はフィリアネスさんに手をつないでもらい、客室まで連れて行ってもらった。


 二歳の俺の前でも、フィリアネスさんは少し恥じらいながら鎧を脱ぐ。そして布鎧だけの姿になったあと、ベッドに腰掛けて、櫛で長い髪を梳かした。


「ふぅ……戦闘があると、どうしてもな。髪が乱れてしまう」

「お、おれがやろうか……?」

「ああ、頼む。ヒロトは上手いからな……マールとアレッタも褒めていたぞ」


 騎士のみんなが泊まってくれるとき、俺は彼女たちの髪を梳かしてあげることがあった。リオナの髪をサラサさんに教えてもらって梳かす機会があって、それでやり方を覚えたわけだ。


 ベッドに座っているフィリアネスさんの後ろに回って、流れるような金色の髪に、そっと櫛を通す。髪の間から覗いている白い肌を、俺はいつも意識せずにいられなかった。


「……ありがとう。すまないな、いつも頼んでしまって」

「う、ううん……けがは大丈夫?」

「本当に大したことはない。ポーションを飲まなくても、一晩で治るようなものだが……ヒロトが作ったものなら、試してみたいな」

「じゃ、じゃあ……これ……」


 俺は持っていたポーションの瓶を、フィリアネスさんに渡す。彼女はその蓋を開けると、中に入っている青い液体を少し見つめてから、俺に微笑みかけ、唇を寄せて飲み始めた。


「んっ……んっ……ふぅ……いつも使っているポーションより甘いな……」


(えっ……甘い?)


 ポーションに甘い材料なんて使わない。清涼感を得るためにハーブを入れたりするが、甘みはないはずだ。

 そこで俺は、メル姉さんのところで買った薬の材料の中に、「月光花の蜜」があったことを思い出した。


(でも、あれはポーションの材料じゃないし……ってことは……)


「……ひっく」


(ひっく?)


 フィリアネスさんがしゃっくりみたいな音を発した。俺は頭に疑問符を浮かべ、彼女を見やる。


「……このポーション……ひくっ。効きすぎ……ではないか……?」

「……フィリアネスさん、ど、どう……」


 どうしたのか、と言いかけたところで、俺は持ち歩いていた瓶が三つあったことを思い出した。

 ポーション、早読みの薬――そして、媚薬。

 媚薬の材料として非常に手に入れづらいのが、月光花の蜜。満月の夜しか採取できないそれは、他の方法で得られる糖分よりもすがすがしく、料理の味付けにも用いられる――じゃなくて。


「何か……身体が熱くなってきたな……ひっく。きっと、薬が効いて……」


(……うわぁぁっ、間違えたぁぁっ!)



 ◆ログ◆


・《フィリアネス》は「あやしい媚薬」を飲んだ。

・《フィリアネス》は興奮状態になった!



 いかに自分が鈍いのかを痛感する。ポーションの反応じゃないのは、ログを見れば分かることなのに。

 こ、興奮状態って……媚薬を使うと、異性のNPCが「いつもより素敵に見えます」くらいのサービスセリフを言ってくれるくらいだったのに。こんな反応は想定外だ……!


「……ヒロト……ひっく。お前が私と一緒に寝てくれなくなってから……ひっく。私は……嫌われてしまったのかと思って……っ、ひっく……」

「ま、待っ……げ、げどっ……」


(待ってくれ、解毒剤を飲めばっ……!)


 うまく言葉にならないし、フィリアネスさんの顔が真っ赤になっていて、目がすわっている。酔っ払っているようにも見えるが、もっとまずい感じがひしひしと……。


「……ヒロトは、マールとアレッタには甘えて……私は……私にも、甘えて欲しいのに……っ、ひっく」


(……フィリアネスさん)


 魅了が解けて、俺の前でも凛とした姿を崩さなくなった彼女は、それが本来の姿なんだと思っていた。

 あの夜、俺に添い寝をしてくれたフィリアネスさんの涙は、もう昔のことになってしまったんだと思った。


 ――できればこんな形以外で、そうじゃないと確かめたかった。


「……私がどれだけ我慢していたのか、思い知るがいい。お預けをされた犬のようだった……おまえはそんなことも知らずに、無邪気になついて……あまりにも、残酷過ぎる……っ」


(フィリアネスさん、いくら媚薬が効いてても、それは……っ!)



 ◆ログ◆


・《フィリアネス》は全装備を解除した。



(キャストオフ……まだ明るいのに戦闘態勢だ……!)


 圧倒される俺。興奮状態になったフィリアネスさんは、布鎧を脱ぎ、生まれたままの姿を俺の前に晒した。


 あ、相変わらず……いや、十六歳バージョンのフィリアネスさんは、明らかに成長している……!


「……ひっく。ヒロト……私ももっと幼ければ、あのリオナという娘のように、おまえとこうやって遊べたのだ……ひっく」

「は、ハダカでは遊んでないっ……」

「うるさぁい! おとなしく私に甘やかされるのら!」


 完全にろれつが回っていないフィリアネスさんに、ついに捕まる。しかし彼女は乱暴にせずに、ベッドの端に座って、俺を膝に載せてくれる、そして至近距離で向き合うと、じっと潤んだ目で見つめてきた。


「……お前が可愛すぎるからいけないのだぞ。聖騎士の仕事も、ろくに手につかぬではないか。ばかもの」

「え、えっと……あの……」

(それは俺が悪いのではないような……そして、手につかないと危ないような)


 オークロードと戦って怪我をしたのも、上の空だったっていうのか……じゃあ、彼女の悩みを解消しないと。


「……私にとって、一番効果のあるポーションは……おまえの存在だ」


(……やっぱり愛されてる……今の彼女は、半分くらいは、正気なんだ)


 愛でるように見つめられ、抱きしめられる。豊かな胸の谷間に、惜しみなく顔を埋められて……そして。

 フィリアネスさんを見上げると、彼女はもう一秒も待てないというほど、切ない目をして俺を見ていた。


「……もう、私に興味はないのか? 飽きてしまったのか……?」


(そんなことあるわけないよ、フィリアネスさん)


 そう言う代わりに、俺は行動で示したいと思った。俺がまだ、彼女に甘え足りないと思っていることを……。

 フィリアネスさんの長い髪がかかって、隠れている部分。俺はそっと髪をどけて、その部分に手のひらで触れた。


「……やっと、触れてもらえた。ヒロト……どれほど待ち遠しく思っていたか……」


 フィリアネスさんに抱きしめられ、優しく背中を撫でられながら、俺はそれから何度か繰り返して「採乳」し、得難い充足感を何度も味わった。やはり、この人のことを、俺はどうしても特別に思ってしまう――その容姿も、強さも、俺への想いも。


 ――4月1日はもう過ぎてしまったけれど。

 こんな嘘のような本当の日のことを、俺はずっと覚えていようと思っている。


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