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第十一話 二歳のリーダー

 ――二歳になって、数日が過ぎたころのこと。


 家の近くの丘の上、ミゼールの町を見下ろせる原っぱで、俺は寝転んでいた。食料品店の娘で、読書家のメルオーネさんに代金を払って代わりに手に入れてもらった精霊魔術の本を読んでいたが、本を読むと、元のゲームでもそうだったように、読み進めるうちにどうしても眠くなってしまうのだ。


「ん……ああ、おまえか」


 ぷよん、ぷよん。何か水っぽい音がすると思って目を開けてみると、そこにはスライムがいた。スライムはもちろん敵モンスターだが、今は「テイム」を成功させているので、俺の「護衛獣」になっている。


 交渉術95で手に入れられるアクションスキル、「隷属化」。敵モンスターを弱らせるか、状態異常にしたあとに実行することで、一定確率で「調教テイム」が成功する。そうすると俺のパーティに入り、仲間と同じ扱いにできるのだ。


(まあ、戦わせられるほど強くはないけど……パーティ人数に制限があるか、いつか試したいしな)


 エターナル・マギアのパーティ人数上限は百人。これは、GvGの1チームの上限人数でもある。一度パーティを組むと、どれだけ距離が開こうが、別のパーティに入らない限りはパーティから外れない。そのため、俺は赤ん坊の頃も、リカルド父さんが稼いだ経験値のごく一部を受け取ることができていた。


「ヒロちゃん、ヒロちゃん!」

「うわっ……な、なんだっ、リオナもいたのか……ああびっくりした」

「えへへ。ヒロちゃんがいるところなら、リオナはどこでもついてくの」


 リオナもきのう二歳になって、誕生会を開いた。ハーフエルフのサラサさんは、長い耳を隠して素性を知られないように暮らしているから、事情を理解しているうちの母さん、そして服屋のエレナさん母子、狩人のモニカさん、シスターのセーラさんしか誕生会に呼べる知り合いは居なかった。


 異世界では現実とは成長の速度が違うのか、二歳というよりは、俺の前世の感覚では四、五歳くらいが適当なくらいまで、俺とリオナの身体は大きくなっていた。


 俺もリオナの誕生日を祝ったけれど……悪いくせが出て、まだプレゼントを渡せてない。考えた末に「あれ」をあげるのが一番いいと思って、今も持っている。


「ヒロちゃん、りんご食べる?」

「い、いらないけど……」

「そう? おいしいのに」


 うちから食べ物を持ってきては、リオナは俺にくれようとする。サラサさんもそれは大目に見ているけど、俺はちょっぴり申し訳なかった。


「ヒロちゃん、さっきね、ステラお姉ちゃんとみんなが、もりに向かって歩いていったよ」


 まるでクッションか何かの扱いでスライムを抱きしめたり、乗っかったりしつつリオナが言う。普通ならそんなことをしたら攻撃されるが、護衛獣となったスライムはされるがままだ。


 しかしあまり変形させるのもなんなので、とりあえず、家の近くに戻しておくことにした。俺のスライムは絶対に人を襲わないし、呼べばいつでも出てくる。


「森か……まあ、おれには関係ないけどな」

「うん。リオナもヒロちゃんとあそびたいから、ここにいたい」


 俺のことはほっといて、一緒に遊んできたらどうだ……なんてことは言えない。

 リオナはマイナスのパッシブスキル「徐々に不幸値が上昇」を持っている。二歳になる頃には不幸スキルが10を超えてしまい、「ハプニング」が発動してしまった。


 何もしなくても「ハプニング」が発動してしまうと、悪いことが起きる。昔マールさんがハプニングのせいで風呂場で転び、13ダメージを受けていたが、これは子供にとってはかなり大きなダメージだ。


 結果としてリオナは、あまり家の中にいることが出来ない。しかし、現時点の俺でも、一つだけ「不幸」スキルを相殺してやれる方法があった。


 俺の幸運スキルは30……リオナの不幸が30まで上がってしまうまでは、俺と一緒にいれば悪いことは起こらない。もし30を超えても、俺がボーナスを振れば問題はない。


 でも、そんな事情をリオナに説明できるわけもなく。俺はこうして家の外、それもリオナが行動できる範囲に出向いて、彼女が来ても自然に見えるようにしていた。


「おかあさんも、ヒロちゃんと遊んできなさいって」

「…………」


 そんなこと言われても、とか、俺に何の関係があるんだ、とか。

 前世の俺は、引きこもりから連れだそうとしてくれた陽菜に、いつもそんな言葉ばかりで答えていた。

 子供の頃の陽菜にそっくりな顔でリオナが言うから、いつもいたたまれなくなる。


 ――でも、そんなことは、もう考えるのはやめにした。


 ずっとリオナの方をまともに見なかった俺だが、緊張を飲み込んで、彼女の顔を見た。


 栗色のさらさらとした髪を、両側でおさげにしている。宝石のように輝くつぶらな瞳に、常に浮かべている微笑みは、愛くるしいとしか言いようがない。人間の少女にしか見えないのに、夢魔であるリオナは、ただ成長していくだけで魅力が上昇していく。


 夢魔のスキル値は、そのまま魅力値として通用する……事実上、リオナの魅力は20を超えている。「【対異性】魅了」の成功率がこれ以上上がる前に、対策をしておかないといけなかった。


「ヒロちゃん、何のご本をよんでたの? リオナもよみたい!」

「これはだめだ。もう少し大きくなったらな」

「……だめ?」

「っ……そ、そういう目で見るな。おねだりしてもだめだ」

「……ふぇぇっ……」


(だ、だから子供は苦手なんだ……って、俺も子供だけど……)


 すぐ泣きそうになるリオナ。俺はどうしていいかパニックになりそうになるが、こんなとき、一発でリオナが泣き止む方法も、すでに知っていた。


 俺はリオナの頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でた。照れくささで死にそうになりながら。


「な、泣くなって……俺がいじめたとか、リオナの母さんに思われたくないし」

「……うん、わかった。ヒロちゃん、ありがと」


 俺が泣かせたのに、リオナは律儀にお礼を言う。よく分かってないんじゃないのか、と苦笑してしまう。

 同時に、優しい気持ちになる。前世ではこんなふうに小さい子に接することが無かったが……母さんに話だけ聞いた親戚の子供達をかまうことができていたら、同じ気持ちになったんだろうか。


「……そのヒロちゃんっていうのも、やめてほしいんだけどな」

「や。ヒロちゃんはヒロちゃんだもん。リオナはヒロちゃんっていうの、好きだもん」

「っ……な、何言ってんだ、バカ」

「バカでいいもん。ヒロちゃんはヒロちゃんだもん」


 こうなると、リオナは人の話を聞かないのだった。

 この異世界だと、3文字の名前を途中で切って愛称にすることはあまりないから、俺のことを「ヒロちゃん」と呼ぶのはリオナだけだ。


 しかし……二歳の幼女に「好き」とか言われただけで、本気で動揺してる俺って一体。夢魔だから仕方ないな、ということにしておくしかない。


(呼び方だけは直させたい……と思うんだけど。また泣くしな……)


「……ま、まあいいや。じゃあとりあえず、これ」

「……?」

「いいから。手、出して」


 俺はぶっきらぼうに、腰につけていたポーチから魔封じのペンダントを取り出し、リオナの手に載せた。


「な、何ってわけでもないんだけど……えーと……」


 誕生日プレゼントだ、の一言すら言えない。そんな俺でも、リオナに受け取ってもらう方法があった。



 ◆ログ◆


・あなたは《リオナ》の「普通のリンゴ」と、「魔封じのペンダント」を交換してもらうように頼んだ。



「……なあに?」

「そ、そのリンゴ……やっぱりくれよ。かわりに、これやるから」

「……ふぁぁ……っ」


 意味が分からずにいたリオナの顔が、物凄く幸せそうな笑顔に変わる。

 その笑い方さえ陽菜に似ていると思いつつ、俺はなるべく平静を装って、リオナにペンダントを渡した。そして、装備しておくように「依頼」する。


 これはひとつの賭けでもあった。魅了を防ぐ「魔封じのペンダント」をリオナに身につけさせれば、勝手に魅了が発動することが無くなるかもしれない。


 もし俺が魅了されれば、大変なことになる……その時はその時だ。リオナに頼まれるままに、俺は頭を撫でてしまったり、甘やかしたりしてしまうだろう。俺が魅了したみんなが、そうしてくれていたように。


(リオナが無差別にみんなを魅了したら、大変なことになる……だから、頼む……っ!)



 ◆ログ◆


・《リオナ》の「魅了」が発動! しかし「魔封じのペンダント」によって封じ込まれた。



(よし……!)


 これで、リオナが人々を無差別に魅了することはなくなるだろう。


「それ、ずっと付けとけな。おふろ入るときは外してもいいけど……」


 ずっとリオナが付けたペンダントを注視していた俺は、顔を上げてみて……そこで、固まった。


「うん、ずっとつけてる。ありがと、ヒロちゃん」

「っ……ま、まあ……り、リンゴが食べたかっただけだし……」


 俺は照れ隠しにリンゴをかじる。リオナがずっと持っていたリンゴは、ちょっと温もってしまっていて、味は結構酸っぱかった。品種改良されてる、日本で流通していたリンゴとは違う。


「ていうか、俺が言ったっていうなよ。それは……えと、首輪だから。首輪つけてるっていうと、リオナの母さんが怒るからな」

「うん、わかった。えへへ……」


 首輪なんて例えはまずいと分かっていながら、言ってしまった……まあ、リオナなら内緒にしててくれるからいいか。

 リオナは俺の言ったことをちゃんと守る。ヒロちゃんという呼び方は変えてくれないが。

 しかしペンダントを嬉しそうに見ているリオナを見ていると……て、照れるな……相手は二歳なのに。


「あ、あー……そうだ、ステラ姉と、だれが森に行ったって?」

「ステラお姉ちゃんと、アッシュお兄ちゃんと、ディーンくんと、ミルテちゃんだよ」


 その面子の名前を聞いて、俺は少し嫌な予感がした。六歳のアッシュはまだしも、ディーンは四歳なのに俺に対抗してかなり無鉄砲なことをしてるからだ。この世界の四歳が前世における七、八歳相当の発育状況とはいえ、子供であることに違いはない。


「……何しに行くとか、言ってなかったか?」


 思わず素の俺に近い口調で尋ねてしまう。リオナは俺の変化に気づかず、ぽやぽやとした口調で答えた。


「えっとね、ごぶりんをやっつけるんだって。ディーンくんのお父さんが、ケガしたから、かたきをとるって」

「っ……ばかやろう、あいつっ……!」


 リカルド父さんの知り合いでもあるディーンの父親が、森で怪我をしたのは聞いていた。しかしいくらゴブリンが弱いモンスターでも、異世界の子供の発育が早くても、四歳や六歳の子供が倒せる相手じゃない――俺を除けば。


「リオナ、ここで待ってろ! おれはステラ姉たちのところに行くっ!」

「っ……やだ、リオナもいく!」


 そう言われるのはわかっていた――こんなとき、俺に言えることはひとつだ。


「おまえみたいに足がおそいやつは、後からゆっくり来ればいいんだっ!」

「……うん、リオナもついてく! あとからゆっくりいく!」


 リオナはみんなを心配しているが、特にステラ姉のことを慕っている。二歳年上の彼女は、リオナのことを気にかけてくれて、よく遊んでくれているからだ。俺もリオナの不幸が発動しないように一緒にいることで、ステラと話す機会がけっこうあった。


 ――そんな彼女だからこそ、ディーンの無茶を止められなかった。六歳のアッシュが一緒でも、ゴブリンが数匹出れば万事休すだ。


 しかし俺が無双して皆を助ければ、ディーンの性格ではさらに対抗意識を燃やすだろう。


 だが、そういった人間関係のバランス取りさえも、俺の交渉術があれば無理なことじゃない。


(待ってろよ……みんな。まだ、ゴブリンに手は出すなよっ……!)



 ◇◆◇



 ディーンの父親が森のどのあたりでゴブリンに襲われたかは、狩人のモニカさんに聞いた。彼女は森に行く人々のことをよく把握しているから、とても頼りになる。


 そして頼りになるのは、彼女の持つ情報だけじゃない。元からある程度戦闘経験のある彼女は、俺の「依頼」でよくパーティメンバーに入ってくれていた。


 モニカさんの家はターニャさん、フィローネさんの家の近くにある。彼女は外に出て出かける準備をしていたので、俺は駆け抜けながら声をかけた。


「――モニカ姉ちゃんっ!」



 ◆ログ◆


・あなたは《モニカ》に「依頼」をした。

・《モニカ》がパーティに加入した!



「っ……分かった、私も行くっ!」


 呼んだだけでモニカさんが全てを察してくれるほど、俺は彼女に依頼して、何度もパーティに入ってもらっていた。


 俺がクエストを受注するには、十五歳以上の保護者が要る――それを知った俺は、モニカさんや、他の強い人たちに加入してもらっていた。もちろん報酬を分配する条件で。


 俺は前衛ができるから、後衛のモニカさんが居れば戦闘は非常に安定する。元から俺一人でも負けることはないが、俺はまだ、二歳なりに実力を隠しておく必要があった――レミリア母さんに心配をかけないために。


「何があったの、ヒロトっ!」

「ディーンと……みんながっ……!」

「あの子たちか……っ、無事でいてよ、お願いだからっ……!」


 モニカさんは少し髪を伸ばし、後ろでひとつに結んでいる。二十歳になった彼女は、変わらず健康的な小麦色の肌をしている……そして、かなり大人びて女らしくなっていた。ボーイッシュなところがあったのが、今では懐かしいくらいだ。


 赤ん坊の頃に知り合った人たちが、今でも良くしてくれている。それが、俺が恐れていたコミュニケーションの途絶を招くことなく、俺を周囲に溶け込ませてくれていた。



 ◇◆◇



「きゃぁぁぁっ!」


 森に入ってすぐのところで、少女の悲鳴が聞こえる。その姿をとらえたとき、俺は目を疑った。


(オークッ……こんな浅いところに……!)


「ヒロト、私が狙うから、オークを引きつけてっ!」

「っ……!」


 普通なら二歳の俺にそんなことを頼むわけもないが、モニカさんは俺の実力を見て、今では町で屈指の前衛として信頼してくれている。


 アッシュとディーン、ミルテが倒れている。子供の前にオークが突然現れれば、恐怖の判定が入り、気絶する可能性がある……まだ無傷だが、本当にギリギリだった。


 しかしステラ姉は、オークに既に捕まっている。オークはステラ姉の足をつかんで吊り上げる――そして、まるで紙の包みでも破くかのように、片手だけで簡単に服を破り裂いた。


「い、いやぁっ……お兄ちゃん、ディーン……助けて、ヒロトっ……!」


 ――全身の血が沸騰した。バルデス爺にもらった子供用のブロンズ・アックスを抜き放ち、俺はオークに突進する。


「――うぉぉっ!」



 ◆ログ◆


・あなたは「大切断」を放った!



 ――二歳になる少し前に会得した、リカルド父さんが奥の手としていた技。斧を振りかぶり、渾身の気合いと共に横薙ぎに切り裂く、強力な単体攻撃技だ。


「グガ……ガァァッ……!」


 低い体勢で放った斬撃が、オークの足を捉える――届きさえすれば……!



 ◆ログ◆


・クリティカルヒット! フォレストオークに272のダメージ!



(あと8ダメージ……これならっ……!)



「――ヒロト、伏せてっ! はぁっ!」



 ◆ログ◆


・モニカは「狙い撃ち」をした!

・オークに35のダメージ! フォレストオークを倒した!



 狙いすました一撃がオークの眉間に突き立つ。オークは動きを止め、額に血を流したところで、光の粒になって砕け散った。


(あぶないっ……!)


 オークに足をつかまれていたステラを、俺は受け止めようとする。一歳時より恵体の上がっている俺は、四歳の少女の身体をこともなく抱きとめることができた。ステラは前世における七~八歳くらいの発育状態だが、五歳相当の俺が抱えると、けっこう超人的な絵面だ。


「……ヒロト……」

「あ、ああ……ごめん、俺がもう少し……」

「……うわぁぁぁぁんっ……!」


 服を破られ、肌をあらわにしたステラが、俺に抱きついて泣きじゃくる。無理もない……ゴブリンどころか、一回り以上強敵で、女性にとって天敵といえるオークに出会ってしまったのだから。


「ひっく……ぐすっ……」


 泣いている年上の女の子に対して、俺は何も言えずにじっとしているしかない。服屋のエレナさんの娘の彼女は、せっかく良い服を着ていたのに……これじゃ、あまりにかわいそうだ。


 憎っくきオークだが、倒してしまえば、アイテム以外に痕跡は残らない。この世界の魔物は、魔界に通じる「巣」から送り込まれてくる。魔物は死ぬと、所持アイテムをドロップして消滅する――生きているうちは血を流すし、生物的な機能を持ってもいるが、死ぬときは他の生物と異なり、跡形もなく消えるのだ。


 エターナル・マギアのオークはそんなことはなかったが、この世界のオークは、人間の女性に子供を産ませようとする習性がある。四歳のステラですら、その対象になるとは……もはや子孫を残すためじゃなく、ただの獣欲にすぎない。


「ん……んん……」


 子どもたちが目覚めようとしている。俺はステラ……いや、ステラ姉が恥ずかしい思いをしないように、着ていたシャツを脱いで羽織らせた。俺の服だから小さいが、なんとかステラ姉の身体を覆い隠す。


「モニカさん、ここは頼む。後からリオナも来ると思うから、これ以上進まないように言ってやってくれ」

「うん、分かった。無理しないで、危ないと思ったらすぐ戻ってきて」


 二歳の俺を、モニカさんは完全に信頼してくれている。俺は彼女には、かつてギルドで一緒だった人々に対してそうしていたように話すことができていた。


(危ないと思ったら……か……)


 俺はモニカさんの言葉を反芻しながら思う。森の奥に走って行くと、おそらく巣から出てきたのだろう、数体のオークの姿があった。


「グガァァァァッ!」


 俺を見つけるなり、襲い掛かってくるオーク。石の棍棒を叩きおろしてくるが、俺にはその攻撃が止まって見えていた。



 ◆ログ◆


・フォレストオークの攻撃! あなたには効果がなかった。


 ブォン、と風を切る棍棒。それを俺はこともなく避ける。


「ガァッ! ガァァッ!」

「グガァァッ!」


 がむしゃらに攻撃してくるオークたち。その攻撃は全て、俺の身体には届かない――届かせることなど不可能だからだ。


 オークの攻撃で受けるダメージは40。しかし俺の恵体は40を超え、防具の補正を入れると40ダメージなどは完全にカットされる。


 そうすると、どうなるか――俺は無傷だ。無傷ということは、攻撃が当たらないということだ。


 三匹のオークの攻撃を避けるのにも飽きてきた。俺が斧を構えると、オークたちの動きが止まる――そうだ。

 魔物の習性として、自分よりレベルが高い相手には威圧される。2メートルの巨躯を持つ彼らが、五歳児相当――1メートルと少しくらいの俺に対して、強者への畏怖を感じているのだ。


「お前らには、テイムする価値もない……最後の一匹までかかって来いよ……!」

「――ガァァァァッ!」



 ◇◆◇



 これ以上被害者が出ないよう、俺は目に映る全てのオークを掃討した。それだけではなく、ゴブリンの群れを見つけて倒す――ディーンが森に来た目的を果たすために。


 一度だけゴブリンのクリティカルで、完全防御を貫通されたが、それでもダメージは3……微々たるかすり傷だ。時間経過による回復でも、三十分で癒えるくらいのものだった。


 森から出てきた俺を、モニカさんと、リオナを含めた子どもたちが待っていた。リオナは駆け寄ってきて、俺に抱きついてくる。


「ヒロちゃんっ……!」

「……ゆっくり来てるうちに、終わったからな。何も、心配いらない」

「よかった……よかったぁ……っ」


 リオナは俺にしがみついて離れない。アッシュは俺に近づいてくると、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめん、僕がついてたのに……オークが出てきて、僕は……」

「……気にするな」

「な、なんだよその言い方っ! おれたちが弱いと思ってんだろ!」


 ディーンが噛み付いてくるが、俺は腹を立てたりすることはなかった。普通の二歳と違う俺を、年上のディーンが妬んでも仕方がないことだ。


「ヒロト、ディーンはゴブリンに取られた、お父さんの……」

「……持ってけよ」



 ◆ログ◆


・あなたはディーンに「革の帽子」を渡した。



「っ……な、なんで……あの、豚みたいなのが出てきただけなのに……」


 ゴブリンシーフは、襲った相手からアイテムを盗むことがある。ディーンはそれを取り返そうとしていた……買い求めれば、革の帽子でも銀貨10枚はする。

 俺は運良く、ディーンの父親に怪我をさせたゴブリンを倒すことができた。ドロップしたアイテムを見てピンときたわけだ。


「俺はいらないから、やるよ」

「か、母さんが父さんにあげた帽子を、ばかにするなっ!」


 ディーンは俺から帽子をひったくるようにして奪う。

 もうちょっと上手く言ってやれたら……そう思うけれど、俺はいつも、ディーンとは噛み合わない。


 けれど、ここに居るのは、俺とディーンだけじゃない。


「ディーン、ヒロトは私たちを助けてくれたんだから。ちゃんとお礼を言わなきゃ」

「っ……す、ステラ……だって……」


 ステラ姉はもう泣きやんでいたけど、目が赤くなってしまっている。いつもつけているヘアバンドはさっきまでは乱れていたが、今はいつも通りにしっかり付け直されていた。


 ディーンは同い年のステラから、よく無茶をたしなめられることがあった。「ヒロトを見習えばいいのに」なんて言ってしまうこともあって、それもディーンが対抗意識を持つ理由になってしまってるんだけど……ステラの評価自体は嬉しかったりもするから、何ともいえない。


「ありがとう、ヒロト。近いうちに、またお礼をさせてね」

「……別にいいよ」

「な、なんだその言い方っ……」

「ああ、そうだ。ディーン、これも要らないからやるよ」



 ◆ログ◆


・あなたはディーンに「ポーション」を渡した。



「な、なんだよこれ……」

「これ……ポーションね。ディーン、お父さんに使ってあげなさい。ヒロトのポーションは良く効くから」


 薬草から自作したポーションを、俺はインベントリーに五十本ほど入れている。数本でも冒険者を雇える価値があるので、よく依頼料がわりに使っていた。


「っ……お、おれはありがとうなんていわないからな!」


 ディーンは言って、ポーションと革の帽子を握りしめて走っていく。それを見送ったみんなが笑った。


「あの子も本当はわかってるはずよ。ヒロトが頑張ってくれたこと……」

「ヒロちゃん、けがしてる……ちょっと、血が出てるよ?」

「い、いや、なめるなって、こらっ」


 額にゴブリンの攻撃が当たってできたかすり傷を見つけて、リオナが舐めようとする。さすがに恥ずかしいし、衛生的なこともあるのでやめさせようとすると……。


「……ミルテもなめたい」


 ずっと気絶していた、もう一人の幼女……もとい、俺と同い年の少女が、いつの間にか俺にしがみついていた。

 すごく大人しい女の子で、ほとんどしゃべらない。町外れに住んでいる魔法使いの老婆の孫で、両親を生まれて間もなく亡くしたそうだ。レミリア母さんに引き合わされてから知り合い、いろいろあって懐かれている。


「リオナがなめるから、ミルテちゃんはいいの」

「……ミルテがなめるから、リオナはいい」

「リオナがなめるの!」

「ミルテがなめる」


 一歩も引かない幼女たちに取り合いをされる俺。無性に恥ずかしいんだけど、リオナはすぐ泣くのでやめろとも言えない。


「はいはい、みんな、お母さんたちが心配してるから。暗くならないうちに帰りなね」


 モニカさんに言われて、みんなそれぞれに帰途につく。アッシュはまだ何か言いたいことがあるようだ。

 この少年は面立ちが整っていて、将来美形になりそうだ。俺がエレナさんにお世話になったことは知らないが、彼女に紹介されてからずっと、俺を友達として接してくれている。

 ただ、やはり六歳なのでまだ幼い。二歳の俺が、みんなの監督役にならざるを得ないところがあった。もちろんアッシュを立てて、俺は距離を置いて見ているようなところはあるが。


「ヒロト……本当にありがとう。僕も、ヒロトみたいに強くなりたいよ」

「モニカさん、ごめんなさい。ゴブリンなら、だいじょうぶかと思って……」

「本当は叱ってあげたいところだけど、ヒロトに免じて許してあげるわ。ディーンにも言っておいてね、ヒロトと仲良くするようにって」

「「はい!」」


 アッシュとステラは行儀よく返事をして帰っていく。ステラは一回振り返って、俺にもう一度頭を下げた。

 お嬢様という言葉がふさわしい容姿だけど、四歳にしてステラは芯が強い女の子だ。兄のアッシュよりしっかりしているんじゃないかと思うときもある。


「ヒロちゃん、もうすぐごはんだから、お母さんをおてつだいしてくるね」

「ああ。転んだりするなよ」


 リオナもミルテと一緒に帰っていく。それを見送ったあと、モニカさんは俺を見て微笑んだ。


「ヒロトはみんなのヒーローなのにね。もうちょっと、素直になったらいいのに」

「……ん」


 短い返事だけをしても、モニカさんは分かってくれる。それが、無性に照れくさかった。

 赤ん坊の頃は、そんなに親しかったわけじゃない。でも、クエストを一緒に受けてもらううちに、魅了されていなくてもモニカさんは俺を認めてくれるようになった。


「……ねえ、少しだけうちに寄っていく?」

「……え、えっと……」


 ダメージを受けたときから、少しだけ期待してしまっていた。ダメージを自然回復以外の方法で回復すると、恵体スキルに経験値が入るからだ。


 その方法は、とてもみんなに言えるようなものじゃない。

 赤ん坊の頃ならまだしも、二歳になってもまだ……そんなことをしているだなんて。もう、見た目上は幼稚園の年長組くらいなのに。


「知ってるよ? ひとりで森に行って怪我したとき、セーラさんのところに行ってたりすること……」

「っ……そ、それは……ちが……」

「ターニャとフィローネも、最近ヒロトが忙しそうで寂しいって。『あれ』も最近してないし……ね?」


 初めは一番「いけないこと」だと思っていたモニカさんなのに、今となっては……。

 一緒にクエストをやり始めた最初の頃は、彼女はそんなそぶりは見せなかった。けれど俺が前衛を務められること、狩人としてのスキルを持っていることを知ると、彼女の態度は次第に変わっていった。


 魅了の力がなければ、女の人にもてるなんて、俺にはありえない。


(――そう思っていたころが、俺にもありました)


 実力を示すことで認められ、気に入られることだってある。それを教えてくれたのがモニカさんだった。

 だからといって、していいことと悪いことがある――だけど。


「怪我の治りが早くなるなら、いいでしょ? あくまで、怪我を治すためだから……」


 モニカさんが俺の前に屈みこむ。二十歳になって彼女が女性らしさを増したのは、明らかに俺のせいでもあった。


「じゃ、じゃあ……ちょっとだけ……」

「……そういうときは素直だよね。私はヒロトのそういうところ、いいと思う」


 魅了もなにも発動していない。それなのにモニカさんは、どこまでも優しい目で俺を見ていた。



 ◇◆◇



 モニカさんの部屋に入るのは、これが初めてではなくて……もう、何回目になるだろう。


 木彫りの置き物や、珍しい弓などが飾られている、彼女らしい部屋。

 そのベッドに座って、モニカさんは俺を手招きする。

 ――そして服をたくしあげたあと、彼女は微笑みながら言った。


「ヒロト、ほどくの上手だから……お願いね」

「……う、うん」


(何が『うん』だ、俺……もう二歳なのに、これ以上続けていいのか……?)


 内心で葛藤しながら、俺は慣れた手つきでモニカさんのサラシを解いた。

 歳月を経て、確実に成長していく――見るたびにそう思わずにいられない、雄大さを感じる丘陵。


「……弓を引くのには邪魔なんだけど。ヒロトが気に入ってくれてるなら、いいかな」


 ポーションでもなく、治癒魔術でも、時間回復でもない。

 俺がモニカさんにしてもらえる、ライフを回復する行為がひとつある。


「ふふっ……ヒロト、少し緊張してる?」

「う、うん……だって、久しぶりだし……」

「私も緊張してるけど……でも、ヒロトがうちに来てくれたことが嬉しいから。今日は、いっぱい触れていってね……」


 いつも前から手のひらを押し付けて触れるだけだったけど、今日は後ろから。俺はベッドに乗ったままで前に手を伸ばし、モニカさんの胸に手を宛てがった。



 ◆ログ◆


・あなたのライフが回復した。

・あなたの「狩人」スキルが上がりそうな気がした。

・《モニカ》の母性が上がった!


「そうやって後ろからぎゅってするのがいいの? ヒロト、やっぱり甘えん坊なんだ」

「う、うん……こうしてると、落ち着くから」

「……じゃあ、好きなだけこうしてていいよ。私も、すごく落ち着くから」


 モニカさんは自分で俺の手を導いて、それから何度か触れさせてくれた。

 こうやって触れ合うことで、スキルレベルを上げられるようになったこと。それが交渉術を持って転生した中で、最も幸運な出来事だったのかもしれないと、改めて思った。

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