プロローグ 2
エターナル・マギアで『攻略組』を名乗っていた連中は、いち早く俺の流した情報を手に入れて、俺が攻略した後のダンジョンで再度湧いたボスを討伐しているに過ぎなかった。俺は手の内を明かすことが出来なかったから、ギルマスという立場でいい思いをしまくったわけではなく、二兆エターナという資産を得るまでに年単位の時間がかかっている。ほぼソロプレイで稼いだ金だった。
「ギルマスやってたのはなりゆきだしな……運営してたのは、別のやつだよ」
『補佐してくれたミコトさんと麻呂眉さんにはいくら感謝してもし足りないな。麻呂眉って名前も未だにどうかと思うけどな』
「内心ではちゃんと敬称をつけるのね。あなた、リアルでもキーボードを使って話せば良かったんじゃないかしら」
「ば、馬鹿言うなよ……キショいって言われて終わりだろ、そんなん」
『それも一度は考えたけど、ネタキャラ扱いされるのは嫌で出来なかったんだ。どう見ても社会不適合者だしな』
ゲームやアニメの世界なら、筆談で話そうが、そういうキャラとして許される場合もある。
ネトゲの世界は、俺が「みんなに情報をくれる凄いソロプレイヤー」「尊敬すべきギルマス」というキャラになることを許してくれた。こうして親に迷惑をかけて死んでしまった今となっても、ネトゲなんてしなきゃ良かった、とはどうしても思えない。死んじまったからこれまでかけた迷惑を許してくれなんて、やっぱり親には言えはしないけど。
「そ、それで……なんで、俺なんかを……」
『なんで俺なんかを、神様が呼び出したんだ?』
やはり顔をまともに見られないが……この神様、ほんとに綺麗だ。陽菜より可愛い女の子はそうそういないと思っていたけど、ちょっと心が揺らいでしまってる。
もしかして俺のことを気に入ってくれたんじゃないか……とか思ってみたりして。ゲームの話をしてるから、神様もゲーム好きなら、俺に見どころがあると思ってくれたのかもしれない。
「ええ、その通りよ。やっぱり頭はかなり切れるわね、そこまでぴったり当ててみせるなんて」
「おあっ……か、考えまで読めるのかよ……つか、ゲーム好きの神様ってなんだよ。ありえなくね?」
『ま、マジか……ほんとにゲーム好きなのか。捨てる神あれば拾う神ありってやつなのか。こんな綺麗な神様ならマジで拾われたい。いや、俺なんて眼中ないだろうけど……』
やっぱり駄々漏れの思考が伝わってしまう。仮にも神様だろう相手に対して、綺麗とかどうとか、考えるだけで恐れ多いことだが……隠しようもないのでしょうがない。
「詳しい事情は、このあとで転生する人たちに対して不公正だから省くわね。だけど私は、こうして『面談』をしようと思うくらいにあなたが気に入ったのよ」
「お、俺なんかの、どこが……?」
銀色の長い髪をさらりと撫で付け、ネットで見たことのある西欧の美少女みたいに、女神が微笑む。
「あなたが、不幸だったから。全てを注ぎ込んだエターナル・マギアで、全てを失ったんだものね」
「……あーそうか、哀れみか。可哀想だから気に入ったって、いい趣味してんな」
『同情されてるのか……それとも。確かに客観的に見れば不幸だけど、俺はネトゲにハマりすぎてリアルを捨てた引きこもりだ。そんな奴に、見どころなんて……』
「エターナル・マギアは私の司る異世界そのものを再現したゲームなのよ。少なくともあなたは、ゲームの中では真摯に人生を楽しんでいた。私は自分の世界の民として、あなたを迎え入れたいと思った。あなたが死んでしまって、本当の意味で転生することになるとは思っていなかったけどね」
「……マジか? 俺、死ななかったら、生きたままで転移できたのか……?」
俺を魅了してやまなかった、エターナル・マギアの世界に行けたかもしれない。
……しかしまあ、俺にしてみれば、一回転生するくらいの方がちょうどいいとも思う。
「そう……あなたは人生をやり直したかったのよね。陽菜ちゃんを奪われることも、とても辛かった」
「……俺みたいのより、恭介の方が陽菜には合ってんだよ。つか、奪われるとかじゃねーし。付き合ってもないのに、そんなこと考える方が馬鹿じゃね?」
『けど、そう思うくらいには俺は馬鹿だった。陽菜と恭介が付き合い始めたってのを弟から聞かされて、ますます家から出たくないと思った。まともに顔を合わせられる気がしなかったんだ、あの二人と』
結局俺が死ぬ前に、陽菜と恭介が何を言い争ってたのかはわからない。今となってはどうでもいいことだ。
「そう……その『想い人を奪われた』というのも気に入った点なのよ。その2つを兼ね備えて、最後には報われなかった片思いの相手を守って命を落とした。これらもあなたが転生する際のボーナスポイントに加算するわ」
「な、何だよ……ボーナスって。陽菜のことは別に、俺が不幸だったわけでも何でも……」
『俺の自業自得なわけだしな。勝手に守って勝手に死んだだけだし、そんなことでボーナスとか、あまりにも都合が良すぎないか』
「やっぱり根は真面目ね……そういうところも気に入ったのよ。勝手に守って勝手に死んだっていうけれど、守られた側はどう感じると思う?」
「そ、そんなこと……聞かれたって、分かるかよ」
『……俺が知るかぎりじゃ、陽菜は優しい女の子だった。自分を責めたりしてないといいけど……』
俺のことなんて、早く忘れてくれればいい。
けど……俺は陽菜を、本当に助けられたんだろうか? 雨の中、突っ込んできたトラックに轢かれそうになって、俺はあいつを突き飛ばして……そこで意識が途絶えている。
「その答えについても、今は教えられないわ」
「な、なんでっ……」
うまくしゃべれなくてドモってしまう。何が言いたいか、女神の方を見ないで念じる方が早いくらいだ。
『何で教えてくれないんだ? 俺、もしかして無駄死にだったのか……?』
「女神といっても、何でも教えてあげるために来たわけじゃないわ。ただ、あなたを査定するために来ただけ。前置きに時間がかかったけれど、始めるわよ」
「わ、わけわかんね……なんだよ査定って」
『転生時にボーナスくれるとかいう、例のあれか……?』
本音のほうでは、実にスムーズにコミュニケーションがとれている。女神は楽しそうに笑うと、俺の目の前に手をかざした。
「まず、あなたは転生後に、こうしてウィンドウを呼び出すことが出来る。エターナル・マギアで出来たことは全部出来ると思っておいて間違いないわ」
「……ん、んなこと言われても」
『ウィンドウって、俺だけ使えたらチートみたいにならないか? NPCっていうか、異世界の人に怪しまれたりとか……』
「それは実際に使ってみて試してみればいいわ。あなたなら、立ち回りはすぐに分かるはずよ。あなたにとっての現実は、エターナル・マギアだったんだものね」
揶揄とかではなく、女神は単純に事実を言ってる。俺にとってはリアルより、ゲームの方がよほど比重が大きかった。
しかしエターナル・マギアは2Dと3Dを融合させたタイプのRPGであって、別に現実と変わらないグラフィックとかでは無かったんだが……。
「それも見てからのお楽しみね。簡略化されたグラフィックで表示されていたゲームの世界が、全て現実化していると思ってもらっていいわ」
マップとかキャラクター、システムは同じ……か。最初は、ものすごくグラフィックが進化したエターナル・マギアの世界に入り込んだ気分になるのかな。
「ええ、想像通りよ。あなたが生きていた世界より、よほど生きやすいんじゃないかしら」
「……ふん」
『まあ、そうだろうな……けど、交渉術がなかったら、俺は……』
「これからあなたにボーナスポイントをあげるわ。エターナル・マギアのトッププレイヤーとしてではなく、あくまでも、あなたが生前に経験した不幸に対してね」
「な、なんでそれでボーナスが……」
ふつう、生前の功績に対してボーナスが入るんじゃないのか……と思いつつ、俺は女神によって眼前に表示されたウィンドウに出てきた文字列に目を通した。
■---森岡弘人のボーナスポイント査定項目---■
1:片思いの相手(幼なじみ)を奪われる 96ポイント
2:アカウントハックされて全財産を失う 150ポイント
3:トラックに轢かれて死ぬ 10ポイント
合計値 255
「っ……な、なんでこんな大量に……つか、合計値ちがくね?」
『というか、トラックに轢かれて死ぬのがおまけの扱いって……それが一番不幸なんじゃないのか? 常識的に考えて』
「ボーナスポイントは255でカンストなのよ。エターナル・マギアもそうだったでしょう? これ以上付与してあげてもいいけど、ゲームだと初期ボーナスは10だから、255でも破格もいいところよ。あなたがゲームで取得した総ボーナスが230だったかしら……それより多くても足りないくらいが、私の世界の懐の深いところよね」
俺は新しい人生でのボーナス値がカンストされるほど不幸だったのか……? もっと不幸で、俺より頑張って生きている人はいっぱいいるはずだが……。
というか、ボーナスが100もあれば、割り振り方によっては初期から無双できるんだけど、255って。確かに100振らないと、他人を出し抜くような力にならないスキルがほとんどだが、2つに全振りしてもおつりが来ることになる。
「異世界に転生してもらうのは、エターナル・マギアのプレイヤーだけなのよ。その中でも、あなたは私の気に入るような不幸を経験しているわけ……見ているだけでゾクゾクするわ」
「は、はぁ!?」
『それって、変な趣味してるだけなんじゃ……トラックで轢死の査定が低いのはそういうことか。いいのか女神様が、そんなことで。いや、でもボーナスポイントをくれるのは確かにありがたいけど……』
「ええ、もらっておきなさい。私は引きこもりで、ゲームに命を捧げた『森岡弘人』が見たいんじゃない。あなたがキャラネーム『ジークリッド』として生きていたように、異世界でも生きて欲しいのよ」
ジークリッド。俺がエターナル・マギアで作った三人のキャラのうち、最後まで愛用したキャラクター。
上限人数の千人を擁するギルド、天国への階段のギルドマスターであり、ギルドの掲示板管理人としての名前でもあった。
いわば、俺の半身。ゲームの中のジークリッドと入れ替われたらと、何度思ったことかわからない。
次回は20:00ごろ更新になります。