第10.5話 パーティ結成秘話 3
※この回は後から追加しております。
10.5話は3話構成でしたが、長くなったので4話構成に変更しています。
翌日の朝、モニカさんが家に迎えに来てくれた。レミリア母さんは今日も仕事なので、その間遊んでくれるという体で、俺は堂々と外に出ることができた。
きのう、ウェンディはコボルトリーダー討伐クエストを達成したので、GからFランクに上がった。今日はFランクの簡単なモンスター討伐をこなす予定だ。Eランクまでは今のままでもクリアできそうなので、上がれるなら上がってしまっても構わないのだが。
「お師匠様、お母さんにも認めていただけてよかったでありますね! んしょっ、ちょっと重たくなったでありますか?」
「きのうとあんまり変わってないよ……というか、抱っこしなくてもいいよ?」
「いえ、これも修行の一環であります。今も、じわじわと身体が鍛えられている感じが……き、来た、でありますっ!」
◆ログ◆
・《ウェンディ》の「恵体」スキルが上昇した!
(ほう……恵体スキルが上昇する瞬間は、自覚できる場合もあるのか)
師匠らしく感心してみる俺。お師匠様と呼ばれ続けていると、ちょっと調子に乗ってしまうのは否めない。
「あ……お、お師匠様っ。モニカさんが、声をかけられてるのであります」
モニカ姉ちゃんはギルドから出てきたところで、男女二人ずつのパーティに声をかけられていた。昨日、ウェンディに嫌味を言っていた連中だ。
「あんた、Fランクの依頼受けてたけど、どこのパーティに入ってんだ? 良かったら、俺らと一緒にやらねえか。弓使いは今、ちょうど空いてんだ」
「おあいにくさま。あたしはもう、他のパーティに入ってるから」
「あ? じゃあ、なんで一人でギルドに来てんだよ。仲間がいるってんなら、紹介してもらわねえと筋が通らねえぞ?」
(……まあ、これくらいでイライラしてても仕方ないしな。だが、俺のモニカ姉ちゃんに手を出そうとは……いや、『俺の』は言いすぎだけど)
男二人の目的が見え見えなので、今までは小物だからと見逃してやっていたが、そろそろ堪忍袋の緒がピクピクしてきた。言うなれば、激おこぷんぷん丸というやつだ。生前でも死語になりかけていたが、異世界で流行らせることは可能だろうか。と、それはどうでもいい。
「仲間なら、そこで待ってくれてるわ。お待たせ、ウェンディ、ヒロト」
「こいつ、昨日の……なんだ、本当にFランクに上がれたのか」
「俺らのパーティに入りたくて、必死にランクを上げたってことだよなぁ。それじゃ、弓使いのあんたと二人一緒に……」
「お兄さんたち、おれもいるよ」
こういう時に限って、俺はわりと喋れるほうだった。モニカさん、ウェンディの前で舐められて黙っているほど、俺は人間ができていない。一歳で人間ができていたら、それは聖人の素質があるといえるが。
「あ……? なんだこのガキは。どっちかの子供か? 子連れで冒険なんざ、本気でやる気あんのか?」
「違うわ。この子はあたしたちのリーダー……あんたたちなんかより、よっぽど頼りになるのよ」
「おいおい、吹いてくれるじゃねえか。こんなガキが頼りになるなんざ、やっぱりFランクに上がれたのはただのマグレってことかぁ、はははっ!」
「早めに謝った方がいいわよ、ジェスタとフューゴはFランクになってから、もう一年にもなるんだから」
(……一年経ってもFランクのままって、どんだけ成長しないんだ。こいつら、もしかして弱いんじゃ……)
俺はいたずらに注目を浴びないようにと、オフにしていた「カリスマ」を発動させる――そして、三人のステータスを見て、女性を除いて見る価値なしと判断した。男は二人ともレベル5、武器スキルも10程度、ライフもさほど高くない。俺ひとりで簀巻きにできるレベルだ。
しかし、そのうち一人だけ――ふわっとした長い髪を持つ、美人だけれど妖しい印象を受ける若い女性は別だった。
◆ステータス◆
名前 ヒルメルダ・ナズロワ
人間 女 18歳 レベル12
ジョブ:魔物使い
ライフ:232/232
マナ :24/24
スキル:
鞭マスタリー 12
軽装備マスタリー 13
魔物使い 28
恵体 16
母性 38
アクションスキル:
簡易調教(魔物使い20)
授乳(母性20)
子守唄(母性30)
パッシブスキル:
魔物言語(魔物使い10)
鞭装備(鞭マスタリー10)
軽装備(軽装備マスタリー10)
育成(母性10)
(魔物使い……調教の成功率が上がる、魔物を仲間にする専門職だ。これは、取っておきたいスキルではあるな)
ヒルメルダさんという女性の強さは他の二人より明らかに上なのだが、ジェスタとフューゴという男性を高く評価しているということは、彼女には自分が三人の中で一番強いという自覚はないようだった。こういうことはままあって、女性の中には数値的には強いのに、体格がいいというだけで、男性の方が強いと思っている人がいたりする。
「ふふっ……坊や、どうしたのじっと見て。子供は嫌いじゃないけど、そんな目で見ても味方はしてあげられないわよ」
「ち、違うよ。俺はお姉さんなんかじっと見てないよ」
「あら、そう? 私としたことが、勘違いだったかしらね。ごめんなさいね」
「ヒルメルダ、そんなガキを構ってんじゃねえよ。まったく、気まぐれな女だな」
「なんだぁ、乳くさいガキがもう色気づいてんのか? ははっ、こいつは傑作だ」
(そりゃお前らと比べたら、この女の人の方に興味あるよ)
俺は男たちの言っていることを特に気にしてないフリをしつつ、内心では別のことを考えていた。
それにしてもヒルメルダさんという女性は、言うほど悪い人ではないようだ。組んでいる人々はお世辞にも褒められないし、一年経ってもFランクから上に上がらないんじゃ、最終的にDまで行けるかどうかも疑問だ。才能のある人には、埋もれてもらいたくはないのだが……まあ、どんなパーティに所属するかは人それぞれだしな。
「とにかく、あたしたちはパーティを組んでるから。誘うなら別の人にして」
「フン……後悔すんじゃねえぞ」
モニカ姉ちゃんがきっぱり言うと、ジェスタはテンプレみたいな捨て台詞を吐く。イラッとはするが、いちいち腹を立てても仕方がない。
「俺らのパーティに入れば、何の危険もなく稼げるのによ」
「フューゴ、そのくらいにしておいたら? まあ、あなたも気を悪くしないでね。Fランクに上がったなら、私たちは同じ仕事を取り合う競争相手っていうわけだし、それなりに実力は認めてあげるわ」
「それはどうも。あたしたちは急いでるから、この辺りで失礼するわ」
(むう、惜しい人材だな。スカウトしてみたい気はするが……)
モニカさんはすでに三人に対する印象が良くないので、なかなか難しそうだ……ヒルメルダさんだけ魅了する手もあるけど、そうすると何か略奪してる気分になるしな。そうしたらあの二人の男のプライドも何もかも、完全崩壊させられそうではあるが。そこまでするのはさすがに酷な話だ。
考えているうちに、ギルドから、前にも見た仮面をつけた人が出てきていた。法術士がよく身につけるブレザーのような服を着ていて、その上にマントを羽織っている。いかにも神秘的な容姿をした彼女は、ジェスタたちではなく、俺たちの方に先に声をかけてきた。
「やあ、また会ったね。毎回絡んでしまってすまない、彼らも悪気があって言っているわけじゃないんだ」
「余計なこと言うんじゃねえよ、名無し。拾ってやった恩を忘れたのかよ?」
「ちょっとくらい術が使えるようになってきたからって、調子に乗ってんじゃねえのか」
「すまない、そんなつもりは……言い方が悪かったね」
「二人とも、彼女も貴重な戦力になってきてるんだから、あまり厳しいことを言わないであげて」
ジェスタとフューゴは『名無し』と呼ばれた彼女に悪態をつくが、その視線が仮面を見たあと、彼女の身体に下がっていくのを俺は見逃さなかった――というか、考えていることが丸わかりだった。
(あれが鼻の下が伸びるってやつか……嫌味を言ってるわりに、デレデレじゃないか。一番駄目なパターンだな)
名無しさんは仮面をつけて目を隠しており、口元しか見えないが、色白で唇の形も何とも言えず色っぽく、声も涼やかでかなりの美人ではないかと想像させる。着痩せするような服を選んでいるようだが、それでも胸はかなり大きいことが見て取れるし、膝丈のスカートから伸びる足は適度に締まっており、タイツ装備がよく似合っている。すらりと背が高く顔が小さいので、男二人と並ぶと頭身の差が際立っていた。
……って、これじゃ俺も品定めしてるみたいじゃないか。子供のうちは警戒されないからって、失礼だからやめないとな。
「まったく、立場を分かって欲しいもんだぜ。俺らが前衛で苦労してる分だけ、お前は無傷なんだからよ」
「ああ、承知しているよ。いつも世話になっている」
「だ、だったらよ、今日の夜は飲みに付き合えよ。いつ誘っても一人がいいって断るけどよ、ヒルメルダも女一人じゃ寂しいって言ってるぜ」
「あら……私は何も言ってないけど。あなたたちに付き合うことも、そんなに頻繁じゃないしね」
「ぐっ……そ、それはそうだけどよ……」
ちょっと見ているだけで、パーティの中の人間関係がわかってきた。男二人は女性に言い寄っているが、女性はあくまで、パーティメンバーとして見ているみたいだ。
「つ、次のEランクに上がるための昇格任務の後の、打ち上げってことだよ。そんな時まで四人揃わねえってのはおかしいだろ?」
「そういうことなら仕方ないわね。私は出席させてもらうわ……あなたは?」
「小生は……そうだな。昇格試験に通ったあとなら……」
「お、おお……やっとその気になってくれたのかよ。なあフューゴ、良かったな」
「あ、ああ……そういうことなら、店まで予約しとくか。ギルドの酒場じゃ、出せる酒も限られてるしなあ……くくっ」
(目に見えて悪い笑みだな……まさかとは思うが、ロクでもないことを考えてないだろうな……?)
これからあのパーティは昇格試験を受けるのか……それが、モンスター討伐だとしたらどうだろう。あの前衛二人の実力では難しい気がするのだが。
ジェスタ、フューゴ、ヒルメルダの三人は森に向かって歩いて行く。彼らについていく前に、名無しさんが俺たちの方にやってきた。
「重ね重ねすまない。不快な思いをさせたなら、小生から謝らせてもらおう」
「ううん……見てて思ったけど、あなたも大変ね。あのパーティでないとダメな理由があるの?」
「わ、私も入れてもらおうとしておいて、こんなことを言うのは変でありますけど……あの男の人たちは、女の人を見る目がその、えっちなのであります。えっちなのはよくないのであります!」
一歳児の行為で頬を赤らめていたウェンディさん(13)の発言に、あれはエッチではなかったのだな、と俺は感心する。エッチじゃないならいけないことではないということで、お願いする時に何も遠慮する必要はなくなった。って、何か開き直ってるみたいだな……その通りだけど。
「彼らが小生を女性として見ているということはないと思うよ。小生の方も男性に対する関心は今のところないというか、そんなことを考えている余裕はないから、変なことにはなりようがない」
「まあ、そう言うなら大丈夫でしょうけど……でも、良かったの? いくらパーティを組んでるとはいえ、あんな連中とお酒なんて……」
モニカ姉ちゃんが名無しさんのことを本気で心配して言う。しかし名無しさんは心配はないというように笑ってみせた。
「小生は酒には強いからね。彼らがもし潰そうとしてきても、飲まれたりはしないよ。心配してくれてありがとう」
「す、すごいでありますね……お酒って、間違えて飲んじゃったことがありますけど、苦くて口からだーってしちゃったのであります」
「あはは、ウェンディは弱そうね、見るからに。でも慣れておいた方がいいわよー、ある程度飲めた方が楽しいしね。女同士で飲むのも楽しいわよ」
「ヒロトさんが飲めるまでは、成人になるまで、あと14年もかかるのでありますね……」
「ん……さっきから思っていたんだけど。可愛らしいお子さんだね。遊んであげているのかい?」
◆ログ◆
・「カリスマ」が発動! 《名無し》は隠者の仮面の効果で防いだ。
(無効化……って、装備品の効果か? 隠者の仮面……聞いたことないな)
名無しさんは俺に近づいてくる。仮面の目の部分には細い切れ込みが入っていて、その間から見えているようだ。やっぱり近くで見ても美人のようだ……もうちょっと下から覗きこめば、顔が見えてしまいそうなんだけど。
しかしログに《名無し》と表示されるということは、あだ名じゃなくて、本当に彼女は名無しって名前なんだということになる。そんなことがあるんだろうか?
「……澄んだ目をしている。まだ小さいのに、深い思慮を感じるね」
「あ……う、うん。おれ、大人の人の言ってることはわかるよ」
「そうなのか……ふむ。そういうことなら、私は君には注目しておかなければならないな……」
「え……?」
「ああ、なんでもない。変なことを言ってしまったね、今のは忘れてくれたまえ」
名無しさんは俺の頭を撫でてくれる。微笑んだ口元だけが見えて、そこにルージュが引かれていることに気がつく。化粧品は異世界では手に入れづらいが、彼女はどこかで入手することができたようだ。
「では、無事に帰れたらまた会えるといいね。正直を言って、小生たちのパーティはそれほど強くはない。彼らもランクを上げられないことに焦っているんだ……ヒルメルダはまだ彼らに見込みがあると思っているけれど、伸びしろがないと判断したら出て行くだろうね」
「ふぅん……名無しさん、あなたは? って、名無しって名前のわけないわよね」
「いや、名無しと呼んでくれればいい。小生は名前を名乗ることが出来ないんだ。そういう制限をかけられていてね」
「制限……でありますか?」
「そういうものがあると思って、見過ごしてくれればありがたい。もし君たちが、Eランクを超え、Dランク以上を目指すというなら……そのときは、小生もパーティ編入の希望を出させてもらってもいいかい?」
「ええ、かまわないわよ。術士の人が入ってくれると、パーティのバランスもとれるしね」
(名無しさんは、パーティのランクが上がるなら、所属する価値があると言ってるわけか……)
俺たちはFランクに上がったばかりだが、さほど苦戦したわけじゃない。難しくなるのはDランクからで、Eランクまでは初心者レベルなのですぐに上がれるだろう。何なら、今すぐに昇格試験を受けたっていい。
しかし、都合よくそんな依頼を受けられるわけもないか――と考えていたのだが。
「それにしても奇遇ね。Fランクなんかじゃ受けられる依頼もレベルが低いから、あたしたちもEランクに昇格するための依頼を受けてるのよ。もしかして、競合してるんじゃない?」
(ナイスだ、モニカ姉ちゃん……!)
モニカ姉ちゃんには、ランクを上げる依頼があったら受けてほしいと頼んでおいた。前のコボルトリーダー戦でまだ余裕があったので、Eランクにはもう上がれると見ていたからだ。
「む……なるほど。コボルトリーダー三体の討伐依頼……小生たちも、内容は同じだ。この種の討伐依頼は、早いもの勝ちということになっているからね……」
「そっちが先か、あたしたちが先か。まあ、もし出し抜かれても文句は言わないから、気にしないでね」
「もし……ということは、小生たちが勝つ可能性は低いと考えているわけか。貴女の名前は?」
「あたしはモニカ、こっちはウェンディ。それで、この可愛い子が私たちのリーダー……ヒロトよ」
「っ……リーダー……この、小さな男の子が……?」
やはり驚かれたか……モニカさんが俺を抱っこする役を代わって、サラシに覆われた胸を惜しみなく当ててくる。ぜひあててんのよ、と言ってもらいたいところである。
そんな俺を見て、名無しさんはもう一度くすっと笑った。そして俺の頭をくしゃくしゃと撫で、さらに今度はほっぺたをさすり、ふにふにとつまみ、耳まで触ってくる。
「ふぁ……な、名無しのお姉ちゃん、どうしたの? おれの顔に、何かついてる?」
「そ、そんなことないと思うけど……ヒロトのこと、そんなに気に入ったの? あげないわよ」
「いや、何でもない。何でもない、とばかり言っている気がするけれどね。何となく、うれしかったのさ」
「はぇ~……そ、それって、もしかして一目惚れってことでありますか? それだと、私のライバル認定をさせていただかないといけなくてですねっ」
「ふふっ、まあ、そう受け取ってもらってもかまわないよ。ヒロト君を見ていると、子供を作るのもいいかなと思えてくるよ。小生にはそんな発想は、少しも無かったんだけどね」
「あの男のどっちかが相手っていうのはやめときなさいよ?」
「それは当然というか、彼らは異性として全く眼中にないからね。頼まれても丁重にお断りするし、これまでもそうしてきたんだけれど。なかなか凝りてくれなくて困っていたんだ」
それなら、すぐにでも俺たちのパーティに入ってくれないか――と言おうと思ったけれど。
名無しさんは、今回のクエストには彼らと一緒に挑むと決めているようだ。これまで組んできた義理もあるのだろう。
「じゃあ、互いの無事を祈ろう。グッドラック、と言っておこうか」
名無しさんはそう言い置いて歩いていく。グッドラック……この異世界でそんな言葉を使うのは、普通じゃ……いや、英語のアイテムやスキルがあるので、絶対に無いともいえないか。
「ぐっどら? ウェンディ、どういう意味?」
「たぶん、幸運を祈るとか、そういうことではないかと思うのでありますっ」
「お、おれもそうだと思う……おれたちも行こう、ターゲットを取られちゃうし」
「見つけさえすれば、コボルトリーダーは確実に倒せるものね。あたしも父さんと狩りをしてるとき、罠にかかってるのを倒したりしてるのよ」
そういえば……モニカさん、頼りになりそうだと思ってたけど、実際にはどれくらい強いんだろう?
◆ステータス◆
名前 モニカ・スティング
人間 女 19歳 レベル23
ジョブ:狩人
ライフ:280/280
マナ :24/24
スキル:
狩人 38
弓マスタリー 35
軽装備マスタリー 28
恵体 20
母性 43
料理 36
骨細工 57
アクションスキル:
狩猟(狩人10)
狙う(狩人20)
罠作成(狩人30)
遠射(弓マスタリー10)
曲射(弓マスタリー20)
乱れ撃ち(弓マスタリー30)
授乳(母性20)
子守唄(母性30)
搾乳(母性40)
簡易料理(料理10)
料理(料理20)
骨加工(骨細工10)
大型骨加工(骨細工50)
パッシブスキル:
弓装備(弓マスタリー10)
軽装備(軽装備マスタリー10)
育成(母性10)
料理効果上昇(料理30)
骨鑑定(骨細工20)
(さくにゅ……じゃなくて、予想以上に強い……弓使いとしてだけじゃなく、色んな分野に秀でてるな)
モニカさんは恵体こそ低めだが、武器スキルなどは騎士団のマールさんに匹敵する実力を持っている。これなら、コボルトリーダーが敵にならないことも、さっきのパーティを前にしても一歩も引かなかったことも納得できる。相手が弱いと見切っていて、引く必要がないとわかっていたのだ。
「んー? どうしたのヒロト、そんなにキラキラした目で見てくれることなんて、今までなかったのに。くりくりした目しちゃって、可愛いんだから」
「う、うん……モニカ姉ちゃんは凄いなと思って」
「モニカさんが頼りになるので、お師匠様も安心なのでありますねっ。でも、私にとっては、世界最強はお師匠様なのであります!」
「あ、あはは……おれは全然だよ。モニカ姉ちゃん、今日からよろしくお願いします」
「かしこまって言われると照れるわね。気にしなくていいのよ、あたしも好きでやってるんだから」
そう言って俺を抱え上げて微笑みかけてくれるモニカさん。俺はみんなの母性に助けられて生きているな……と、深く感謝したい気持ちになった。
「あ、あのっ……モニカさん、お師匠様を抱っこするのは、私の役目なのであります」
「ヒロトって抱き上げると、ふわって柔らかく笑うのよね。昔から好きなのよ、その顔が」
「それは……確かにそうなのであります。お師匠様のお母さんもきっと幸せでありますね、こんなに可愛いお師匠様を毎日抱っこできるんですから」
赤ちゃんにしては無愛想だけど大丈夫かしら、と最初はさんざん心配されていたものだ。今では母さんも、俺を可愛いと言ってくれるようになったが――大きくなるにつれて、幼児補正もなくなってしまうからな。
人としての魅力を磨かなければならない。それが俺の目標の一つである、ギルドを作ることの重要な条件であることは間違いないから。
◇◆◇
そして森に着いた俺たちは、こちらを敵と認識して襲ってくるラビットやゴブリンだけを倒しながら進んでいく。
俺がどれくらい戦えるのか、半信半疑のモニカ姉ちゃんに、まずゴブリン相手に実力を見てもらった。
「おもちゃの斧だけど、それは関係ないんだ。こうやって持って……」
「っ……ヒロト、危ないっ!」
「モニカ姉ちゃん、大丈夫!」
◆ログ◆
・《ゴブリンA》の攻撃!
・あなたには効果がなかった。
恵体によるダメージ軽減で、ゴブリンの攻撃は俺には効かない。敵が攻撃してきても、どういったわけか俺には絶対当たらないのだ。
1歳にしては機敏とはいえ、ゴブリンの攻撃をかわすには、避ける動きが必要になりそうなものだ――しかし勝手にゴブリンの攻撃が軌道をそらし、俺に向かうはずの攻撃が空振りする。どういう仕組みか分からないが、スキルポイントは異世界の物理法則に大きく干渉するのだと考えられる。
そして斧を持ったまま、ゴブリンに向けて振り上げ、俺はスキルを発動する。すると俺の身体は勝手に動いて、ゴブリンに有効な打撃を入れるべく、斧が規定の軌道をなぞっていく。
「っ……!」
◆ログ◆
・あなたは「薪割り」を放った!
・《ゴブリンA》に41ダメージ! 《ゴブリンA》を倒した。
「ギィィッ!」
ゴブリンは持っていた短剣で防ごうとしたが成らず、まともに攻撃を受けて吹き飛び、光の粒になって霧散する。この時のバシュッという効果音は、ゲームの時よりも臨場感のある音に変わっていた。
しかしこの世界はリアルであって、ゲームじゃない。俺の手にはゴブリンを斬った感触が残っている――それが、スキルによって自動的に成されたことであっても。
「ゴブリンの攻撃が当たらない……それに、一撃で倒すなんて。信じられないけど、この目で見せられると信じるしかないわね……ヒロト、リカルドさんに斧を教えてもらったの?」
「う、うん……見よう見まねだけどね」
父さんと暮らしていることで斧マスタリーが上昇していくことは確かだ。ウェンディとパーティを組むとき、俺は父さんのパーティからは抜けてしまったのだが。家族関係には影響しないので、そこは大目に見てもらいたい。
「こんなのを見せられたら、ウェンディもヒロトを認めるわけよね……」
「はい……今でも、あのときのことは忘れられないのであります。コボルトにその、ひどい目にあわされそうになったところを、颯爽とお師匠様が助けてくれたのであります……」
「う、ウェンディ、その話は照れるからいいよ」
「一歳の子に助けられるなんて、普通は恥ずかしいことだけどね……と言いたいところだけど。ヒロトの実力はよくわかったわ。ウェンディと一緒に敵を引きつけてくれれば、あたしが敵を狙い撃つから。パーティは連携してこそよ」
「うん、ありがとうモニカ姉ちゃん。じゃあ、早いうちにコボルトリーダーを探して……」
「――きゃぁぁぁっ!」
そのとき、森の中に悲鳴が響き渡る。どうやら、それはヒルメルダさんが上げたもののようだった。
「っ……何かあったんだ……っ、急ごう、二人ともっ!」
俺は率先して、声がした方向に走り出す――そして、こともあろうに、逃げていく男たち二人とすれ違った。
「じょ、冗談じゃねえっ、あんな化けもんだなんて聞いてねえぞ!」
「コボルトリーダーの中でも、特にヤバイやつじゃねえか……クソっ、クソッ!」
泣き言を言いながら逃げていくのは、ジェスタとフューゴ――推測するまでもない、あの二人は女性二人を残して逃げ出したのだ。
「根性のない……っ、後でブリュワーズさんに言ってとっちめてもらうわよ、あの連中っ!」
「今はそれより、名無しさんたちが心配でありますっ……あ、危ないっ……!」
「っ……ヒロト、ウエンディ、射線を空けてっ!」
視界の先に、森の中の開けた場所があり、そこに昨日よりも大きな体躯を持つコボルトリーダーの姿があった。目の前にいる法術士の女性――名無しさんに、今まさに棍棒を叩きおろそうとしている。
「グルァァァッ!」
「――『炎よ』っ!」
名無しさんは詠唱して呪文を放つ――あれは法術の基礎的な攻撃呪文であり、レベル次第で威力の変化する『ファイアーボール』だ。
◆ログ◆
・《名無し》は「ファイアーボール」を詠唱した!
・《コボルトリーダーA》に54のダメージ!
(コボルトリーダーの耐久力は150を超えてる……まだとどめには遠い。それに、攻撃がキャンセルされてない……!)
「名無しの人っ、伏せなさいっ!」
◆ログ◆
・《モニカ》の遠射!
・《コボルトリーダーA》に48のダメージ! 攻撃をキャンセルした!
「ガァァァッ!」
眉間にモニカ姉ちゃんの矢を受けたところで、ようやくコボルトリーダーが怯み、攻撃がキャンセルされる。
コボルトリーダーの接近を許し、名無しさんが攻撃されるのをただ見ていることしかできていなかったヒルメルダさんは、ようやく我に返り、腰に装備していた鞭を抜いて振り抜いた。
「あいつら、私を置いて逃げるなんて……許さない……っ!」
◆ログ◆
・《ヒルメルダ》の攻撃!
・《コボルトリーダーA》に23のダメージ!
(まだ倒しきれないのか……それなら、俺が……!)
続けての詠唱、そして第二射よりも早く、俺はコボルトリーダーのふところに入り込む。名無しさんの驚く声が聞こえた気がする――話は全てあとだ。
「――せやぁぁぁっ!」
◆ログ◆
・あなたは「薪割り」を放った!
・《コボルトリーダーA》に42ダメージ! 《コボルトリーダーA》を倒した。
・あなたのレベルが上がった! スキルポイントを3手に入れた。
・《ウェンディ》のレベルが上がった! スキルポイントを3手に入れた。
「ガ……ガルァッ……」
コボルトリーダーの胸に、俺の小さな斧がつけた斬撃痕が走っている。そしてコボルトリーダーは棍棒を取り落としてドロップすると、立ったままで消滅した。
「とんだパーティメンバ―ね……コボルトリーダーくらい、Eランクなら楽勝のはずでしょう」
「くっ……ま、前のときは……前衛が盾で受けているうちに、名無しの火球で、遠くから止めを刺したのよ……その戦法で行くって言っていたのに、あいつら……っ」
前よりコボルトリーダーが大きかったので、同じパターンで攻略できず、恐慌に陥って逃げていったのか……分からないでもないが、前衛が後衛を置いて逃げるのは許されることじゃない。ヒルメルダさんも失望が深く、唇をきつく噛み締めていた。
「気を抜くには早いでありますよ……っ、お師匠様、どうするでありますか、コボルトリーダーがあと二体も……っ」
「リーダー同士では群れを作らないから、気づいてからこっちに来るまでに時間がある! みんなで叩けばやっつけられるよ!」
「っ……ヒロト君、コボルトリーダーの習性を、どこで……?」
名無しさんは驚いているけど、説明は出来ない。コボルトリーダーの習性も、ライフの値も、すべて前世の知識だから。
転生して一年以上も経てば、薄れかかる知識もある。それを書き留めておく必要もあるなと気が付きつつ、俺は二体目のコボルトリーダーに目を向けた。すぐに倒さなければ、鳴き声で手下のコボルトが集まってきてしまう。
「さっきと同じで、みんなで一斉に叩くよ。名無しさん、ヒルメルダさんも力を貸してくれる?」
「是非もない。小生はもとよりそのつもりだよ」
「仕方ないわね……共同でクエストをクリアすることになるなんて。これじゃ、自分のパーティの力でEランクに上がったとは言えないわ」
「そんなことはないのでありますよ。私たちのパーティと一緒に倒したのなら、それもお二人の力であります!」
そう、ウェンディも加われば、一度にダメージを与えられる回数が一回増える――倒し損ねる危険はゼロになる。確実に攻撃を叩き込めば、絶対に勝てる……!
「いくよ、みんな……っ!」
『了解っ!』
返事を受けて、俺はウェンディと一緒に切り込んでいく。身体中に傷のある歴戦のコボルトリーダーが、俺たちに向けて、錆びたナタのような凶悪な武器を振るう――的の小さい俺が攻撃を誘導し、回避し、隙を作る。
「今でありますっ……はぁぁっ!」
「動かないで、撃つわよ! 動いても撃つけど!」
「『炎よ』っ!」
「ほーっほっほっほっ! この犬っころっ、私の靴を舐めなさい!」
全員で袋叩きにするのはいいのだが、ヒルメルダさん……鞭を持たせるとそういうキャラになるのか。サラサさんも鞭使いだったけど、たぶん真逆の使い方をするに違いないな。
◇◆◇
「――やぁぁぁっ!」
・《ウェンディ》は「薙ぎ払い」を放った!
・《コボルトリーダーC》に33ダメージ! 《コボルトリーダーC》を倒した!
・《ウェンディ》のレベルが上がった! スキルポイントを3手に入れた。
・《ウェンディ》の「剣マスタリー」スキルが上昇した!
・あなたの「斧マスタリー」スキルが上昇した!
・モニカの「弓マスタリー」スキルが上昇した!
・名無しの「魔術素養」スキルが上昇した!
・ヒルメルダの「鞭マスタリー」スキルが上昇した!
ウェンディが最後のコボルトリーダーにとどめを刺した瞬間、大量のレベルアップログが流れる。この気持ちよさは、転生してからも変わらないところだ。
「はぁっ、はぁっ……と、とどめをいただいてしまったでありますが……もう動けないであります……っ」
「大丈夫? 初歩の技みたいだけど、けっこう連発してたものね……」
「ウェンディ、マナポーションがあるよ。昨日魔力の草を持って帰って、作っておいたんだ」
「本当でありますかっ? ありがとうございます、お師匠様……はぁ、生き返るであります~……」
コボルトリーダーたちは、五人で力を合わせれば難なく撃破することができた。ウェンディのレベルも順調に上がっているし、新しい技を修得する日も遠くはなさそうだ。
「名無しさんも飲む? 魔術をいっぱい使ってたから、疲れちゃったよね」
「……ああ。代金は払わせてもらおう、持ち合わせならあるからね」
「ううん、いらないよ。名無しさんの魔術のおかげで、すごく助かったからおたがいさまだよ」
俺の言葉をじっと黙って聞いていた名無しさんだが、差し出したポーションを手に取ると、少し見つめた後にフタを外して飲み干しだ。白い喉が見えて、こくっ、こくっと飲み下す音が聞こえる。
◆ログ◆
・《名無し》はマナポーションを飲んだ。
・《名無し》のマナが50回復した!
マナポーションの回復量は最低で20だが、使用者の最大マナに応じて回復量が増えて、最高で最大マナの30%回復する。ということは、小数点以下は切り捨てで、彼女の最大マナは168ポイントということになる。魔術素養12ということだ。
魔術の使い手としては決してレベルは高くないが、この町の冒険者の中では中の上くらいの実力はある。もちろん魔術素養12はゲーム時代では序盤の数値だから、この町においては、ということになるが。
「ふぅ……回復した。これも、ヒロト君が作ったのかい?」
「うん。やり方は知ってるから」
「……そうか。斧を使えるだけでなく、魔物の習性も、ポーション作成の知識まである。小さな君が、パーティのリーダーと聞いたときは信じられなかったが、すべて小生の思い込みだった。人を見た目で判断しないというのは、心がけていたつもりだが……猛省しなければね」
「その子供……ま、まあ、危なっかしいけど、素質はあるようね。うちのパーティの男たちより、よっぽど見込みはあると思うわ」
ヒルメルダさんからの評価も急上昇だ。でも、戦う姿をあまり多くの人に見せるのは得策じゃないんだよな。さっきの男たちが逃げてくれたのはありがたかった。
「私はそんなに攻撃が得意じゃないのよ。本来は魔物を調教して戦わせたりするわけだけど……人間を肉の盾にできるなら、それでもいいかと思っていたわけ。まあ、結果は見ての通りよ。臆病な男ほど、頼りにならないものはないわ」
「に、肉の盾でありますか……言い得て妙でありますが、ちょっぴりひどいのであります」
「そんなことじゃ、この先もパーティを組むなんて考えられないんじゃない? 男の人たちは頼りにならなかったみたいだし……女性とパーティを組む気構えも、浮ついてるし」
ウェンディとモニカ姉ちゃんが苦言を呈する。ヒルメルダさんは反論せず、ふっと力なく笑った。
「楽をしようとしていたのがいけなかったわね。せっかく魔物を調教しても、死んじゃったら最初から育て直しになってしまうから。それなら最初から育った人間を利用するのが効率的だと思ったわけだけど、人間のほうが使えないわね。あなたたちは別だけど」
「使うとか使わないとかじゃなくて……あのね、ちょっと常識がないみたいだから言っておくけど。他の人たちは、あなたの駒じゃないのよ?」
「そ、それに、さっきはあの男の人たちを頼りにしてるみたいな感じだったのでありますっ」
「ええ、まあね。Fランクに上がる任務までは、そう苦労もしなかったし。あの男たちの限界を見定めようと思っていたわけだけど、これではっきりしたわけ。ああ、もっと強い男はいないの?」
(まあ、この人自身もそこそこ強いわけだから、寄生ってわけじゃないけど……今の感じだと、良いパーティには入れてもらえそうにないな。魔物使いは、魔物を調教しなきゃダメだろう)
性格には問題があるが、生前のギルドにも色んな人がいたし、楽して強くなりたいって人もいた。その考え方は変わらないことのほうが多かったが、中にはギルドの仲間の影響を受け、育成の楽しみを知って、プレイスタイルが変わった人もいる。そこから効率厨にクラスチェンジしたり、育てきってチャット専になったりとそれぞれだが、育成こそがゲームを楽しむためのいろはであり、始まりだと俺は思う。
この人は今はあまり熱意がない冒険者かもしれないが――何か、きっかけを作れないだろうか。と考えていると、ヒルメルダさんが俺に近づいてきた。彼女はしゃがみこんで、俺をじっと見る……な、なんだろう。睨まれているわけじゃないみたいだけど。
「ジェスタとフューゴより、坊やの方がよっぽど使えそうね。どう? 私と一緒に遊ばない?」
「お、お師匠様は遊んでいるわけじゃないのでありますっ、まじめに冒険者をしているのであります!」
「好き勝手してくれるわね、本当に……ヒロトはあたしたちの仲間なのよ。それに、使えそうなんて言い方して」
モニカさんとウェンディが食ってかかるのも気にせず、ヒルメルダさんは俺を見ている。白い肌に、紫がかった瞳。垂れ目ぎみで一見すると大人しそうな女性に見えるのだが、その語り口は悪女そのものという感じだ。ゆるくウェーブのかかった髪は瞳の色と同じで、異世界ならではのヴィヴィッドな色彩だが、違和感は感じない。
(……し、しかし……チェックしてはいたけど、かなり母性的だな)
母性38という数字は、俺が見てきた中で決して高いわけではないが、経験則からカップ数を推測するならばD~Eといったところだ。革鎧の下に布鎧を着ているが、胸の部分がかなり広く作ってある。
魔物使いのスキルは、交渉術で代用出来るので必須ではない。魔物言語は欲しいが――今の関係で、スキル10に達することは難しいだろう。パーティメンバーの前であからさまに魅了を発動するのも気が引ける。吸いたいのに吸えない、また俺はおあずけを食らってしまった。
「まあ、そうよね。こんな将来有望な子を都合よく手放してくれるなんて、虫のいい話もないわね。じゃあ、その話はいいわ」
「あ、あっさりしているでありますね……つかみどころがないのであります」
「よく言われるわ。それで、名無しはどうするの? 私は今日で抜けるつもりだけど」
「小生は、彼らに一応義理だけは通しておくよ。彼らが今まで、まったくパーティの中での役割を果たさなかったわけではないからね」
「ふぅん……律儀ね。あまり気乗りはしないけど。最後くらいは付き合ってあげた方が、後腐れがなさそうね。でも、クエストの報酬で、あいつらに奢るのは腑に落ちないわ」
「もらうものはもらうつもりなわけね……まあ、共闘したことは確かだから、良しとしましょう。取り分は7対3っていうところでどう?」
(モニカ姉ちゃん、お金の話はしっかりしてるな……頼りになる。俺より交渉術に長けてるよな、普通に)
交渉術100と、モニカ姉ちゃんの人生経験は今のところイコールで結んでもいいくらいだ。ヒルメルダさんは不平を言うことはなく、名無しさんも同意していた。
それにしても……あの男二人と、最後に酒を飲んで、それで解散するってことか。ゲーム時代はそういう打ち上げ的なものは無かったが、ギルドハウスで夜通しチャットで駄弁ることはあったな。
しかしなんとなく心配だ……ジェスタとフューゴは、言っちゃ悪いが、あまり人格的には褒められた感じはしない。女性陣にパーティを解散しようと言われて、素直に受け入れるんだろうか。
「3でも多いくらいだと小生は思っている。貴女が矢を撃たなければ、小生はコボルトの棍棒で殴られていただろう。死にはしないとは思うものの、しばらく怪我で稼げなくなることは間違いない。ただでさえ収入が多くないから、依頼を受けられないというのは死活問題なんだ」
「私もあまり貢献出来たとは言えないから、それでいいわ……それと。そこの坊やがリーダーなのよね? まだすごく小さいけど」
「うん、おれがリーダーだよ……わっ、な、なに?」
ヒルメルダさんは俺をひょい、と抱き上げる。あまりに自然だったので、気構えも何も出来ていなかった。
「あんなに強い坊やを私が心配しても仕方ないでしょうけど。その辺りの魔物を調教して、坊やの護衛獣にしてあげてもいいわよ。まあ、私が調教出来る魔物はまだ種類が限られているけど」
「ま、魔物を……? そんなことができるのでありますか?」
「ヒロトが欲しいっていうなら、あたしは止めないけど……ヒルメルダ、何か変なこと考えてないでしょうね」
「こればかりは裏表なく、ただのお礼よ。助けられたら、それなりのことはしないとね。坊やは可愛いから、特別にっていうこともあるけど……どう? ラビットなんかは、育てやすくていいと思うわよ」
育てやすいけど、ラビット系はあまり戦闘向きじゃない。ヒルメルダが自分で言っていた通り、調教した魔物はダメージを受ければ死んでしまい、蘇生することはできない。つまり、防御力が高かったり、生命力が強い魔物が護衛獣として望ましいということになる。
(しかし、魔物使いのスキルは『簡易調教』……交渉術95で取れる『隷属化』の方が高度なスキルなんだよな)
ゲーム時代は簡易調教出来るモンスターは、低レベルモンスターのみとなっていたはずだ。魔物使いはスキルレベル50で隷属化が取れて、魔物の育成を早めたり、近くにいる魔物を呼んで一時的に使役するスキルなどもあって有用ではあるが、隷属化をすでに持っている俺には、ヒルメルダさんに調教した魔物を譲ってもらう必要はない。
お礼をしてくれるというなら、別のことにしてほしい――って、欲求に素直すぎるだろうか。しかしヒルメルダさんが首都に行ってしまうと、この町で魔物使いに会える可能性は低くなるしな。
(一期一会……初めて会う職業の人には、出来ればお願いしたい……!)
魅了してしまったから仕方がないと思っていた赤ん坊時代から、俺は多少アグレッシブになっていた。しかしここから交渉に失敗すれば、「何よこのエロ餓鬼」と言われてしまうだろう。そうするとけっこうダメージが大きいので、慎重にことを運ばなければ……。
「あ、あの……ヒルメルダさん。少し、ふたりで話したいことがあるんだけど……」
「え? それは構わないけど……いいの? 仲間のお姉さんたち二人が怖い目をして見てるわよ」
「そ、そんな目はしてないわよ……ちょっと行ってくるくらいならいいけど、ヒロトにいたずらしたら許さないわよ」
「お師匠様、行ってらっしゃいであります! 私はコボルトリーダーを倒した証明になる品を集めておくのであります」
「小生も手伝おう。ヒロト君のことは気になるけれど、彼にも考えがあるのだろうからね」
みんなの許可を得て、俺はヒルメルダさんと一緒に森に入っていく。彼女は周りの風景を見ながら、何も言わずに俺についてきてくれた。
(近くに水が流れてる音が……昨日の川が近いのか。いや、それは置いておいて……)
「坊や、どうしたの? 魔物が欲しくなったのなら、その辺りで捕まえられるわよ」
「う、ううん……みんなには内緒にしてほしいんだけど、おれ、そういうのって自分でできるんだ」
「なんですって……?」
ヒルメルダさんが目を見開く。魔物使いの自分にしか調教はできない、そう思っていたのだろう。
そんな俺たちの前に、一匹のモンスターが姿を現す――スライムだ。大人がやっと抱えられるくらいの大きさで、水色のゼリーみたいな見た目をしている。射程に入ると溶解液を吐いてくる可能性があるが、今は戦闘態勢ではないので、少し離れたところでぽよん、ぽよんとランダムに移動している。
「気をつけてね、スライムは武器を溶かしてくるから。坊やの小さな斧も溶かされてしまうわよ」
「うん、大丈夫。ヒルメルダさんはそこで見てて」
「攻撃の意志はないみたいだけど、あなたのことを気にしてはいるわよ。変に刺激しないようにね」
『魔物言語』スキルを持つヒルメルダさんは、スライムの意志が分かっているようだ。俺は『隷属化』を成功させるための手順を思い出しつつ、1つずつ実行していく。
◆ログ◆
・あなたは「魅了」スキルをアクティブにした。
・「魅了」が発動! 《スライム》は抵抗に失敗、魅了状態になった。
スライムがぷるん、と震えたかと思うと、色が黄色になり、次にピンク色になる。それを見ていたヒルメルダさんは、目を見開いて息を飲んだ。
「な、何が起きてるの……? スライムが、友好的な状態に……いえ、こっちに好意を持ってる色に変わるなんて。こんなこと、魔物使いでも、色々と条件を満たさないとできないのに……」
「え、ええと……おれはスライムが嫌いじゃないから、スライムもそう思ってくれたんじゃないかな」
「魔物と心を通じ合わせる……そういった天分を持つ人もいると、先生が言っていたけど。坊やもそのうちの一人なのね……こうしてこの目で見ても、まだ信じられないわ」
ピンク色になったスライムは俺の方にやってきて、甘えるように鳴いた。うーむ、ゼリーみたいだけど、こうして見ると可愛いような、そうでもないような。何にせよ、このスライムが俺の護衛獣第一号だ。
◆ダイアログ◆
・《スライム》に「隷属化」スキルを使用できます。使用しますか? YES/NO
「いい子だから、おれの仲間になってくれるかな?」
「きゅいきゅい!」
◆ログ◆
・《スライム》はあなたの護衛獣になった!
・名前を自分で設定しますか? YES/NO
(名前は自動的につけてもらうか……その方が、元からの名前みたいで良いしな)
俺は心の中で選択肢を「NO」とする。前世ではテイムしたモンスターに色々中二病的なネーミングをしていたものだが、最初くらいは異世界の自然なセンスに任せてみてもいいだろう。
◆ログ◆
・《スライム》の名前が「ジョゼフィーヌ」に変更された。
・《ジョゼフィーヌ》はあなたの命令を待っている。命令しますか? YES/NO
(ジョゼフィーヌ……な、なるほど。メスなのか)
エターナル・マギアでは魔物に自動的に名称をつけたとき、性別によって名前が変わる。まだスライムのうちは性別による差異はないが、育てていくと種族名が変わって、そこで性別による変化が出ることになる。
「……坊やの歳で、魔物使いの修行を終えるなんて考えられない。何か本を読んだことはある?」
「ううん、そういう本は読んでないよ」
生まれつきできる、と言うとチートスキルを誇示しているようなので、そこは明言しなかった。ヒルメルダは俺の周りを回ってなついているスライムを見ていたが、そのうちに何かを悟ったようにふぅ、と息をつく。
「坊やは私が何年もかけてできるようになったことを、もう簡単に出来ている。私が言うのはなんだけど、それはすごいことよ。本気であなたとパーティを組んで、大きくなっていくところを見てみたいくらい」
◆ログ◆
・「カリスマ」が発動! 《ヒルメルダ》があなたに注目した。
・「魅了」が発動! 《ヒルメルダ》は抵抗に失敗、魅了状態になった。
(い、いや、そうじゃなくて……っ、いや、それでもいいんだけどって、何を言ってるんだ俺はっ)
「……何を言ってるのかって、自分でも思うけど。あの子たちだって、こんな小さな子を相手に、本気で焼き餅なんて焼いたりして……おかしい、って思ってたのよね。つい、さっきまではね」
「えっ……あ、あの……っ」
いきなり挙動不審になってしまう俺。さっきまでってことは、今は違うわけで。モニカ姉ちゃんとウェンディの気持ちが、ヒルメルダさんにも分かったということで……。
「坊やが可愛すぎるからいけないのよね、きっと。まだお家の中で、お母さんに付きっきりでいてもらわなきゃいけないくらいなのに……それが、魔物と戦っちゃうんだものね。心配で放っておけなくなる気持ちもわかるわ。もっとも、心配することもおこがましい……ああ、少し難しい言葉だったわね……」
おこがましいというと、自分には過ぎたことだとかそういうことになるだろうか。少し前のヒルメルダさんからすれば、想像のできない言葉だ。
カリスマの効果が、さらにヒルメルダさんの俺に対する認識を変える。それは本当に魔法のようで、魅了まで効果を発揮してしまえば、彼女は従順以外の何物でもなくなる。
「……助けてくれたお礼をしたいって言ったでしょう。魔物は自分で仲間に出来るのなら、別の何かを坊やにあげる。なんでもいいわ、言ってご覧なさい」
出会った時は俺の存在を気にも留めなかった彼女が、今は頬をほんのりと色づかせて、興味を隠さない瞳を向けてくれている。スキルの効果とはいえ、勘違いせずには居られなくなる――俺もけっこう単純だから。
「え、えっと……あの……ヒルメルダさんの……」
「もっと近くで言ってみて。そんなに小さな声じゃ、聞こえないわ……ほら、こうしたら聞こえるから」
ヒルメルダさんは俺を抱き上げて、自分の耳元で話すように促す。遠目に見ると分からなかったが、彼女が耳に付けている小さなピアスは、月を象ったものだった。
◆ログ◆
・《ヒルメルダ》はあなたの命令を待っている。命令しますか? YES/NO
「……お、おれ、ヒルメルダさんの、む、む……」
「いいのよ、あせらなくても。そんなに小さいんだから、大人と普通に話せるほうがすごいことよ」
俺を落ち着かせようと背中を撫でてくれるヒルメルダさん。彼女の声は優しく、とんでもないことを言おうとしている俺に対して、何の警戒も感じさせない。
申し訳なさとスキルを秤にかけて、その重さが釣り合う時間は、いくらも続かなくて。
自分から言葉にして欲しがるのは、赤ん坊が面倒を見てもらうのとはわけが違う。俺の中にそうしてほしいという気持ちがある、それを表に出すということで。
「……む、胸に、触ってみたい……」
小さな声だった。急に彼女の態度が変わってもおかしくないと思った。
魅了されている彼女が、いいえと言うわけがないのに、言ってしまった。心臓はばくばく高鳴って、いたたまれなくて、顔が熱くなるのをどうにもできない。まだ小さい全身に、恥ずかしさと一緒に血が巡るようだ。
ヒルメルダさんは俺を抱えたままでしゃがみこみ、いったん下に降ろしてくれる。彼女がどんな顔をしているか、俺は見上げることが怖かったが――その前に、頭を撫でられていた。
「胸に触りたいの? 触るだけでいいのね? あなたなら、まだおっぱいを吸っててもおかしくない歳だけど……」
「う、うん……一回だけ……ちょっとでいいんだ」
「胸に触りたいなんて……坊やは強いのに、まだ甘えたいさかりっていうことかしらね。おとなしい顔して、やんちゃなんだから」
「ご、ごめんなさい……」
やはり怒られてしまった。いくらスキルが欲しいとはいえ、採乳はなかなか難しくなってくるのかな――と思いきや。
「ふふっ……でも、いいわよ。坊やは見込みがあるもの。そんなに小さいのに、口だけの男とは違うって教えてくれたものね」
「ほ、ほんと……?」
「将来、もう一度会えた時のためにもね……印象を、残しておきたいわね」
俺のことを見込んでくれている。それが彼女にとって、採乳を許可する決め手になったようだ――スキルを育て、戦う力を持っていてよかった。
革の鎧の留め具を外して、その下の布鎧に包まれた胸が、締め付けを逃れて弾力豊かに揺れ、まるで大きくなったようにも見える。広い襟口をひっぱり、白くて深い谷間が見えて、その先の色が変化した部分が見えそうになったところで、
「お師匠様、魔物の落としたものを集め終わったのであります!」
(まあ分かってたけどね! 全然残念だなんて思ってないけどね!)
こんなときの反応の速さは、ヒルメルダさんもモニカ姉ちゃんに匹敵していた。そろそろと俺に胸を見せてくれようとしていたのに、ヒュッと音がしそうな勢いで胸をしまい、留め具を戻し、何事もなかったように俺を抱え上げ、笑顔でウェンディのほうを振り返る。
「お疲れ様。こっちはもう少し話したかったけど、そういうわけにもいかないのよね?」
「あはは……モニカさんがさっきから舌打ちをしているので、待てるとしてもあと1分くらいが限界であります」
「そう、それじゃ仕方ないわね。行きましょうか、坊や」
「う、うん……」
ウェンディのことも、モニカ姉ちゃんも決して嫌いになったりはしないのだが、ほんの少しだけ拗ねてしまう部分は否めなかった。そういう時に限ってヒルメルダさんが俺を見る時に楽しそうにするので、何か弱みを握られた気持ちにもなってしまったりする。
(ま、まあ、もう授乳なんて必要ないしな。それでスキルを取れなくなっても、今あるスキルで十分だし、別の方法でも新しいスキルは取れるし。残念だなんて思ってないぞ)
「あ……お、お師匠様? もしかして、お腹がすいちゃってたりするでありますか……?」
「あ、う、ううん。なんでもないよ」
「そうでありますか……? それは残念でありますね。私、お師匠様がいつお腹をすかせてもいいように、体調を万全に整えて、お野菜中心の食生活にしているのでありますよ……?」
ウェンディは採乳に体調が関係すると思っているようだ。自分が元気なほど、俺がもらうエネルギーも多いと思うのは分からなくもない。しかし俺が触るのをそこまで待ってくれていると思うと、手がうずうずしてきてしまう。
「え、えっと……またこんど、お願いしていいかな」
「本当でありますか? それでは、次は私が泊まっている宿に来て欲しいのであります」
「ふふっ……パーティの仲が良くて何よりね。私ももう少し、パーティメンバーに興味を持ってみようかしら。もちろん、次に組むパーティっていうことだけどね」
ヒルメルダさんの中では、今のパーティを抜ける意志は固まったようだ。またどこかで会う時が来たら、その時は彼女も今より成長して、魔物もしっかり育てているだろう。
(お、そうだ……ジョゼフィーヌのことを忘れてた。隠れさせておかないとな)
◆ログ◆
・《ジョゼフィーヌ》は辺りに伏せた。
こうしておけば、ジョゼフィーヌは召集をかければいつでも俺のところにやってくる。それ以外でも、他の人が居ない時には寄ってきたりするだろう。テイムしたモンスターは好感度が高いので、今日会ったばかりでも、主人である俺にはかなり懐いている。
しかしウェンディの提案を断ったのは勿体無かったかな……と思ってしまう。彼女に抱っこして運んでもらっていた俺だが、モニカ姉ちゃんと合流すると、彼女に受け渡された。どうやら俺のパーティ内での定位置は、モニカ姉ちゃんの腕の中ということになっているようだ。