第10.5話 パーティ結成秘話 2
※この回は後から追加しております。
今日は天気がいいとはいえ、洗濯物が乾くまでには結構時間がかかる。
薬師スキルが20ポイントに達していた俺は、薬草学とポーション生成スキルを取得していたので、ついでに森でマナポーションの材料となる『魔力の草』を探した。なぜマナポーションかと言われれば、戦士スキルが1取れただけでは足りないからである。忘れてはならないことだが、採乳の際には女性の側がマナを10ポイント消費する。母性の上昇によって消費量は減るが、ほぼ10だと思って問題ない。
そして魔力の草の前に、俺は森の中であるものを発見した。虫に食われないように、人間には感じ取れない香気を発して虫を遠ざける『ティフェの実』、別名『虫除けの実』を見つけたのである。
◆アイテム◆
名前:ティフェの実
種類:果物
鮮度:新鮮
レアリティ:ノーマル
・食べられる。満腹度が1個あたり10%前後回復する。
・使用することで『【弱】虫除け』の効果が発動する。
食料としてはどうやら梨に近いようだが、今の俺の歯ではかじれない。母さんにすり下ろしてもらうなどすれば話は別だが、ふだん食卓に上がらないということは、それほど美味しくはないのだろう。
「ウェンディ、ずっとそうしてると虫に刺されそうだから、これを使ってみて」
「は、はいっ……ティフェの実でありますね。こうやって二つに割ると、中に果汁が入っているので、それを身体に塗るのであります。私の場合、特にお尻の虫さされには注意でありますね」
「っ……ま、まあ、全体的に注意だけどね」
「はっ……わ、私としたことが、お小さいお師匠様に、お尻などの話は早かったでありますねっ」
果汁をお尻に塗るって逆にかぶれそうな気がするけど……というか、パンツが乾くまでそのまま我慢してもらってもいいのだが、異世界にも蚊はいるので、ちょっと気になった次第だ。
「ウェンディ、ポーションは持ってる? 空き瓶が欲しいんだけど」
「はい、前に使ったあとのものを、洗って取っておいたのであります……これであります!」
ウェンディは茂みに下半身だけ器用に隠れて、陶器の瓶を差し出してくれる。これがあれば、あとは草をこの中に入れて、水を入れて振ることで、魔力の草のエキスが出てマナポーションが出来る。
◆ログ◆
・あなたは薬を作っている……。
・「マナポーション」が作成された!
「よし、できた! ウェンディ、ちょっといい?」
「お師匠様、私のほうもちょっといいでありますか? ちゃんと塗れているのか分からないので、確かめてほしいのでありますが……」
「あ、うん……って、お、お尻は見せちゃだめだよ。おれはこんなだけど、一応は男なんだから」
「……自分の気持ちは、さきほど申し上げたばかりであります。お師匠様になら、どんな恥ずかしいところもお見せできるというか、お見せしたいというか……は、はしたないでありますね、こんなことっ」
(はしたないというか、お尻だけじゃすまないというのに……わかってるのか? 尻を見せるということは、生きるか死ぬかと同意義だぞ)
口に出すのは恥ずかしいので、考えるだけにしておく。しかし魅了が解けない限りは、ウェンディの態度はこんな感じのままだろうな……油断すると、彼女が嫁にいけなくなるくらいのものを見せられてしまいそうだ。
こんな恥ずかしいやり取りをしてるのが不思議なほど、ウェンディは普通にしていればかなりの美少女だ。そんな彼女に『お師匠様』と呼んでもらうのは、悪い気はしない――というか、かなり嬉しい。
俺もけっこう単純で、おだてられれば木に登りたくもなるほうだ。前世ではリアルにおける人間不信をこじらせていたので、耳に優しいことを言われても信じはしなかったが。
(久しぶりに、昔のことを思い出したな……)
「……お師匠様は不思議な力を持っているのでありますね。お師匠様にお礼をしたいという気持ちでいたので、触ってもらっただけで、何かお礼をできた気がするのであります。まるで、赤ちゃんにおっぱいをあげたみたいなというか……い、いえ、お師匠様は、赤ちゃんではないでありますがっ」
採乳の感覚は俺には実感として分からないが、女性の感想を聞く限りでは、ほぼウェンディと同じことを言っている。授乳で俺に渡されるはずのエネルギーが、俺の手のひらを通じて受け渡しされる。それで俺が満足するというのも分かるらしい。
しかしウェンディほど若い女性から採乳すると、やはり本当にいいのかという気持ちにはなる。おっぱいに吸い付くよりは、手のひらからエネルギーを吸収する方が、まだ許されている感じはするが――調子に乗って手を動かしたりするのはいけない。あくまでも、触れてエネルギーを吸収するだけだ。
「お師匠様のおかげで、私の知らなかった女の人としての力が引き出されたのでありますね。これはきっと、女神様の思し召しなのであります!」
「え、えーと……それは、他の人に言っちゃだめだよ」
「た、確かにそれはそうでありますね。こんな奇跡のお話をしたら、みんな私が何を言っているのか分からなくて、困ってしまいそうであります」
たぶん、授乳という行為を採乳に代替できるのは俺だけだ。みんなログが出ていることも自覚できないので、代替スキルは使えない――なので、俺と同じことを他の人がしようとしても、まずできないだろう。
(しかし採乳も、大きくなるほどハードルが高くなるからな……)
モニカさん、ターニャさん、フィローネさんの三人娘も、最近は家に来ても採乳タイムとはいかない。俺が離乳食を取るようになったので、『お腹を空かせている赤ちゃんに元気をあげるため』という大義名分が薄れてしまったからだ。それでも変わらないサラサさんは偉大だ。偉大という言葉に甘えていることは否定できないが。
「はぁ……それにしても、こんな出会いがあるのでありますね。時には、無茶もしてみるものであります」
「だ、だめだよ。ウェンディはおれとパーティを組むんだから、ひとりで危ないことはしちゃだめだ」
「……お師匠さま」
そしてまたウェンディは下半身を隠さずに出てきてしまった。感激すると俺を抱っこしたくなるらしい。早めにパンツが乾くことを祈るが、さっき確かめたときはまだ少し湿っていた。
「お師匠さまのことは、他の人たちには内緒にしたほうがいいでありますか?」
「え……う、うん、そうしてもらえると助かるよ」
お願いするつもりだったことを、ウェンディが自分から言ってくれた。少し驚く俺を見て、彼女は微笑む。
「きっと、お師匠様がコボルトリーダーをやっつけたと聞いても、ギルド長は聞いてくれないと思うのであります。私が代わりに報酬をもらって、それを全部お師匠様にお渡しします」
「いや、ウェンディも頑張ったんだから、おれは何もいらないよ。ウェンディは、宿屋に泊まってるんだよね? じゃあ、宿賃だって必要だろうし」
「はぁぁっ……お師匠様、優しすぎであります……っ、このままじゃ、好きになってしまいそうでありますっ」
ウェンディは感激してさらに俺を強く抱きしめる。彼女の服の前は破られてしまい、辛うじて左右を引っ張って止めているだけなので、ほぼダイレクトにふくらみに顔が押し付けられた。
(ふぉぉ……この適度な大きさ……適乳とはこのことか……!)
何故に大きい、小さいで人々は争い合うのか。そんな争いを全て過去にする、世界よ、これが適乳だ。
いや、爆乳、巨乳、普乳、微乳、無乳の全てに魅力があるのだ。俺はこれからも、一つ一つの出会いを大切にしていければと思う。
ついトリップしてしまったが、我に返って思い出す。せっかくマナポーションを作ったので、ウェンディに飲んでもらわないといけない。
「あ、あの……ウェンディ。さっき言いかけたんだけど、これ、俺が作ったポーションで……」
「お師匠様、ポーションが作れるのでありますか? くんくん、確かに嗅いだことのある匂いがするであります。これはマナポーションでありますね」
「うん。これを飲んでくれないかな? 疲れがとれると思うから」
「確かに、お師匠様に触ってもらったとき、身体から力が抜ける感じがしたでありますが……マナポーションで、元気が出るのでありますか?」
採乳でマナが減っているとは、確かに説明されなければわからないだろう。ウェンディはそれでも俺の言うことを聞いて、作ったばかりのマナポーションを飲んでくれた。
「んくっ、こくっ……スッキリするお水という感じでありますね。喉が渇いていたので、一気に飲んでしまったのであります」
◆ログ
・《ウェンディ》は「マナポーション」を飲んだ。
・《ウェンディ》のマナが20回復した!
「ふぅ……あっ、草が沈んでいるでありますね。これがマナポーションの素でありますか?」
「う、うん……」
「お師匠様は何でも知っているのでありますね……でも、すごくお小さいのに、本で読まれたのでありますか? それとも、薬師のお知り合いがいらっしゃるとか」
前世の知識で薬のレシピはけっこう覚えている――とは言いづらい。しかし今さらだけど、俺の身体は前世とは違うわけだから、記憶は魂に付随しているということになるな。転生させるときの、女神のはからいと考えるのが自然ではあるが。
「えと……友達のお母さんが、薬に詳しいんだ。それで……」
「なるほどであります……それにしても、よく効くお薬でありますね。身体がぽかぽかして、朝目覚めたばかりのように活力がみなぎってくるのであります!」
(計画通り……!)
「……あ、あの。あまりにもみなぎりすぎて、どうしていいのかわからないくらいなのであります」
「う、うん。じゃあ、せっかくだから……」
卒業しなければならぬと思えど、スキルへの欲求は小さくならざり。じっとウェンディを見る。なぜに古文調なのかと自分に突っ込む。
「……飲み物のお礼は、飲み物でするのが一番でありますね。お師匠様に見つめられただけで、自然に出てきてしまいそうなのであります……あ……っ」
目の前にある服の結び目を、小さな手を伸ばしてちょいちょいと解く。それを固唾を飲んで見守っていたウェンディは、恥ずかしさが後から来たのか、一気に肌を紅潮させる。その拍子に、あらわになった適度な大きさの山から、薄い白色の液体が飛び散った。サラサさんに特有の現象かと思っていたが、触れなくても乳が出てしまっている、「射乳」という現象だ。
「……自動的に反応してしまうようになったのであります……自分の身体がこわくなってきたのでありますが……お、お師匠さまっ」
「お、おれは全然こわくないよ。おっぱいこわいなんて、もう言わないよ絶対」
「ち、違います、そうじゃなくて……せ、せきにんというか……あの、男女のことはわかるでありますか? ふつうは女性の胸に触ったら、お友達の関係ではないのでありますよ?」
(き、きた……ついに来てしまった。男として責任を取れ、まさか一歳で言われるとは……っ)
子供だからおいたを許してもらえる、しかしそれは相手の考え方次第だ。今のウェンディには、俺が成長したあと、責任を取ってほしい相手に見えているわけで。
(採るだけ採って、その後は知らないとか……ゆ、許されないよな……しかし俺は、かなりフィリアネスさんに心酔しているわけで……)
聖騎士である彼女は、二十九歳までは『戒め』というのがあって結婚できない――たぶん、父さんの話によればそういうことらしい。
って、俺はフィリアネスさんが自分と結婚してくれるかもしれないとか、そんな都合のいいことを考えているのか……俺が大きくなる過程で、彼女の心が離れてしまわないよう、常に成長し続けなければ。やっぱり家の外に出たのは正解だった、少しでも早くフィリアネスさんに認められなければ。
「どこを見ているのでありますか? 私の胸は、ここでありますよ」
「えっ……い、いいの?」
「お師匠様は、いつでもさわっていいであります。恥ずかしいでありますが……お友達以上になれるかどうかは、これからの私の努力次第であります」
よそ見をしていた俺をこちらに向かせると、ウェンディは胸をそらして差し出してきた。こんなに無防備にされると、少しドキドキしてしまう……しかし、触れないという答えはない。
淡い光を放つ手で、ぺた、と適度な大きさのふくらみに触れる。するどウェンディの胸全体が発光して、俺の中に力が流れ込んできた。
◆ログ◆
・あなたは《ウェンディ》から「採乳」した。
・「戦士」スキルが上昇した!
「こうしていると落ち着くのであります……お師匠様、こんな私ですが、これからもよろしくお願いします」
「う、うん。おれの方こそ、よろしくね」
「……柔らかいでありますか? ふにふに、ってしてるでありますね……」
触られるのに慣れてきたのか、ウェンディは俺を愛おしげに見つめている。
マナポーションで回復したマナは20。俺は続けて採乳をお願いして、ぺたぺたと白い胸に触れる。ウェンディはくすぐったそうにしつつも、俺のやんちゃを許してくれる。
(この手のひらから力を吸う感覚……やっぱりくせになるな……)
「お、お師匠様……あ、足に力が入らなくなってきたのであります……」
「ぷぁっ……ご、ごめん!」
「だ、大丈夫であります。これも、修行の一環なのであります」
ウェンディは照れ笑いして、胸を隠し直す。破れた服のままで町に入るわけにいかないので、俺が後で代わりの服を調達してきた方がよさそうだ。
採乳のことをウェンディは「修行」と言ったが、それは正しかったりする。なぜならば、彼女を成長させる要素もあるからだ。
◆ログ◆
・《ウェンディ》は「魔術素養」スキルを1ポイント獲得した!
「マナを消費して回復する」というのは、魔術素養スキルを上げるための行動の一つである。恵体と魔術素養は、条件を満たせば誰でも鍛えられるスキルなのだ。しかし存在に気づかない人が多いので、一般の町人のステータスはそれほど高くならない。
「……お師匠様、ちょっと慣れてきたみたいです。もう少し続けても平気であります」
「ん……ほ、本当に? おれ、もうすごく満足したよ」
「ふふっ……少しだけ触っただけなのに、満足していただけたのでありますね。お師匠様、可愛いです」
たまに『あります』が抜けたときのほうが、ウェンディは可愛い気がする。そんな彼女に愛でるような視線で見られながら採乳するというのは、ちょっと心が傾いても仕方ないんじゃないかと思った。誘惑に弱い生き方も、幼さゆえと許してほしい。
◇◆◇
思いがけず森で時間を取ってしまったので、俺はそろそろ行動限界だ。出来るだけ早く帰って、スーさんに遊んでもらっていたという体で仕事を終えた母さんを出迎えなければならない。
ウェンディの服はしっかり乾いたので、彼女は身支度を整える。町に戻らないといけないので、破れた胸の部分はほどけて胸が見えないようにしっかり結ばれていた。まるで女海賊のようで、ワイルドなスタイルだ。
「ウェンディ、今日はありがとう。また明日、遊んでもらっていいかな?」
「遊びというか、お師匠様との時間はすべてが修行なのであります! ぜひぜひご一緒させていただきたいのであります!」
俺はお師匠様と呼ばれてはいるが、ウェンディに抱っこして運んでもらっている。俺を運ぶのも、彼女にとっての修行の一環だ。恵体スキルに経験値が入るので、重いものを運ぶのは良いのである。
「あっ、お師匠様、狩人の人が向こうから来るのであります。お知り合いでありますか? それでしたら、何か上手な説明が必要であります」
「あ……あの人は、俺の母さんの友達だよ。えーと、なんて説明すればいいのか……」
ウェンディに言われて見ると、モニカさんがやってくるところだった。どうやら狩りに行くところらしい。
俺が森で迷子になりそうになったところを助けてもらったとか、そういう方向で話すしかないか……しかし、それでいいんだろうか。誤魔化してばかりいると、いつかボロが出そうな気がする。
「……えっ、ヒロト!? どうしたの、こんなところで。もしかして、森で遊んでたなんて言うんじゃないでしょうね」
「い、いえっ、違うのであります。お師匠様は、私を助けてくれたのであります!」
「あっ、ちょっ……」
ウェンディはモニカさんが俺を問い詰めてるように見えたのか、あわててフォローしてくれる。その気持ちはうれしいが、モニカさんに事情を秘密にしておくという選択はなくなってしまった。
「お師匠様……助けてくれた? ヒロトが……いったい、どういうこと?」
下手に誤魔化そうとすれば、不自然になってしまう。俺はモニカさんにもお世話になったし、彼女に不信を抱かれたりすることはなんとしても避けたかった。
「……モニカさん、お願いがあるんだ。おれの話を聞いてくれないかな」
「そ、そっか……ヒロト、しゃべれるようになったんだ。レミリアからは聞いてたけど、なかなか顔を出せなくてごめんね。ちょっと見ないうちに、大きくなっちゃって」
俺とウェンディのことを問いただす前に、モニカさんは近づいてきて俺の頭を撫でてくれた。そうしてから、緊張しているウェンディを見やり、ふっと笑う。
「そんなに怖がらないで、取って食べたりしないわ。あたしはモニカ、モニカ・スティングっていうんだけど、あなたは?」
「わ、私はウェンディ・ベルであります! 騎士学校の出で、今は冒険者として修行中であります。これから、お師匠様から色々と教えてもらう予定なのであります……そういうことで、いいんですよね?」
「う、うん……モニカさん、そんなの変だって思うよね。おれがお師匠さまで、何か教えるなんて」
「それはそうだけど……あっ、良く見たら服が破れてるじゃない。モンスターに襲われたのね……最近、モンスターを倒しても倒しても湧いてきて困ってるのよ。まだ慣れてないなら、森には行かない方がいいわ」
「あっ……も、申し訳ないのであります、そんな……」
モニカさんはウェンディの服が破れていることを気にして、背負っていた革のナップザックから包帯を取り出すと、さらしの代わりにウェンディの胸に巻いた。
「いいから、気にしないで。冒険者なら知ってると思うけど、ギルドにはガラの悪い連中も出入りしてるから。そんな格好で歩いてて、町中でそういう手合いに絡まれると、面倒なことになるわよ」
(怖いのはコボルトだけじゃない……か。自衛する力がないと、シビアな世界だよな……)
母さんが前に町中でごろつきに絡まれたこともあったし、この町の治安は必ずしも良いとはいえない状態だ。俺に出来ることは限られているが、自分の生まれた町を平和にしたいという気持ちが湧いてくる。
まずは、目に映る範囲からだろう。町全体の治安を良くしようなんて言い出すのはまだ早い。交渉術があればそれが不可能ではないとしても、俺の行動範囲は限られているし、時間もあまりない。今日だって、想定していた以上に外で時間を使ってしまっている。一歳の時点ではまだ身体が昼寝を欲しており、ウェンディの腕の中にいると徐々に睡魔が忍び寄ってくる。
(う……やばい。話してる途中なのに、一気に眠くなってきた……)
「あ……ヒロト、そろそろおねむの時間よね。ウェンディって言ったわね、ヒロトの家は知ってるの?」
「い、いえ、まだ知り合ったばかりなので……」
「分かった、じゃああたしも一緒に家まで送るわね。そんな格好で行ったら驚かれるだろうし……まだ魔物との戦いに慣れてないなら、亜人種の魔物には手を出さないほうがいいわよ。危ない目に遭うから」
「はい……それは骨身にしみたのであります。あの、モニカさんは、この森での魔物との戦いには慣れていらっしゃるのでありますか?」
「ええ、狩りをするには魔物を排除しなければいけないこともあるし。そうね、ここで二人を見かけたのも何かの縁だし……」
モニカさんとウェンディが話している……が、俺の意識はもういくらも持ちそうになかった。俺が知っている町の人の中ではかなり強いほうのモニカさんと会って、安心したということもある。もうコボルトの気配なんて近くにないが、知らずに戦闘で緊張を強いられていたようだった。
(……できれば……モニカさんも、パーティに入ってくれないかな……)
まぶたを閉じて寝入る前に、二人のやりとりが聞こえてきて、ウェンディが感激している。なんとか俺は、意識が途絶える前に、モニカさんの決定的な一言を聞き取ることができた。
「ウェンディが一人前になるまで、あたしが面倒見てあげる。ヒロトに助けてもらったっていうけど、その辺りの事情も気になるしね」
「ほ、本当でありますかっ!? 森に慣れた狩人の方がついていてくだされば、とても心強いでありますっ!」
前衛ふたりに、後衛ひとり。あとは後衛がもう一人欲しいところだ。そのあとで中衛を入れて、さらに前衛、後衛を強化して……と展望を広げていると、前世でパーティを組み始めた頃のことを思い出す。
ミコトさんが前衛、俺は中衛、麻呂眉さんは後衛。その三人が核になって、気がつけば人数は少しずつ増え、最終的には常時百人でパーティを組み、ボスモンスターが実装されるたびにみんなで挑んでいた。
その頃に交わした幾つものチャットが思い出されて、懐かしいと思うと同時に、泣きそうになる自分を戒めなければならなかった。
◇◆◇
次に目を開けた時には、俺は自分の部屋のベッドで寝かされていた。
「あ、起きた。寝る子は育つっていうけど、一度に寝る時間は短いのね」
「モニカさん……あれ、どうして……」
「まあ、置いて帰るのも気が引けたしね。ウェンディはスーさんに服を借りて、町の宿に戻ってるわ。あんな年上の女の子と知り合うなんて、一体何があったの? しかも、森にいたみたいだけど」
モニカさんは咎めるような口調ではなく、純粋に気になる、という顔で聞いてくる。それなら、俺もそこまで隠すことはするまいと思った。
「おれは……えっと、スーさんに頼んで、外に出たいってお願いしたんだ。歩けるようになったから、どうしても出てみたくて」
「スーさんも驚いてたわよ、ヒロトがどうしてもって言うから、レミリアには内緒にしておいて欲しいって。まあ、ちっちゃい子のお願いは断りにくいわよね。それで、あたしもちょっと考えてたんだけど……」
「……考えてたって、なにを?」
本当にわからないので、素直に尋ねる。するとモニカさんは可笑しそうに笑って答えてくれた。
「あたしに頼んでくれたら、いつでも外に連れていってあげようかなって」
「えっ……い、いいの!?」
思わず食いついてしまう。モニカさんは俺のベッドの傍らにやってきて、頭を撫でてくれる。
「ちょっと前に、うちの父さんが狩りの最中に膝を怪我しちゃって、あたしが代わりに毎日狩りに出てたんだけど、父さんの怪我が完治したのよ。それで、あたしはしばらく、仕事での狩りは週に一回くらいでいいって言われてるの。時間が空いちゃったから、冒険者ギルドに登録して、依頼を受けてみようと思ってたのよね」
「そうだったんだ……」
「ウェンディも少し剣が使えるみたいだけど、まだ危なっかしいから、それならいっそあたしがついていった方がいいかと思って」
「うん、おれもすごくうれしい。モニカさんがいてくれたら安心できるし。狩りのことを教えてくれたら、おれもモニカさんの仕事を手伝うよ」
そう言ったところで、モニカさんの手が一旦止まる。常に短かった髪を、彼女は少し伸ばし始めていて、その毛先を指でくるくるといじりながら、彼女は何か言いたげに俺を見つめる。
「ご、ごめん、モニカさん。おれ、何か変なこと言ったかな」
「モニカさん……うーん、やっぱりちょっと固いわね。久しぶりに会うから、緊張してるの? ターニャとフィローネと一緒に、あんなに……ええと。甘やかしてあげたのに」
(い、いきなりそっちの話題に……俺の思考がピンク色になってしまうじゃないか……!)
三人娘が家に遊びに来るたび、母さんがお茶を入れるためなどで席を外すと、彼女たちは恥ずかしがりつつも揺りかごに居る俺のところにやってきてくれたので、それぞれに魅力的な山脈に登山させてもらった。ターニャさんもフィローネさんも初めのころより標高が高くなり、俺のしている行為が成長に寄与するのか、それとも彼女たちの成長期が続いているのかは判断が難しいところだった。
しかしここ最近は、三人はうちに来てくれてない。母さんとは町で会ってるみたいなので、なぜ家に来ないんだろうと寂しく思っていたのだが……。
「あ、あの……ターニャさんとフィローネさんは、おれがいるからうちに来るのが嫌なのかな?」
「そんなことないわよ? それにしてもヒロト、もう大人と変わらないくらいに喋れるのね……レミリア、そんなに英才教育をしてたようにも見えないけど……」
場合によっては歳相応に振る舞う努力が必要なこともあるだろう。というかそれがほとんどだと思うが、俺はパーティを組むことになった以上、モニカさんにはなるべく俺のことを理解しておいてもらいたかった。
「……あっ。もしかして、話せない頃から、私たちが言ってることって分かってたの?」
「う、うん……最初は分からなかったけど、少しずつ分かるようになったよ」
「そ、そう言われると……今までしてきたことが一気に恥ずかしくなるんだけど。赤ちゃんの前で、あんまりなやりとりしてたわよね……誰が先にするかとか。ヒロトがお腹をすかせてるのにね」
(なんて言えばいいんだ、こんなとき……いや、言葉に詰まることはないんだけど……)
交渉術の数値は、そのまま会話の技術に相当するらしく、俺は何を言ったら相手の機嫌を損ねるかどうかをなんとなく察知することができた。どうやら今のモニカさんには、何を言っても許してもらえるらしい。
「えっと……おれは、モニカさんやみんなに可愛がってもらってうれしかったよ」
「そんなふうに思ってくれてたの? 良かった……私もターニャも、フィロ―ネも、本当にいいのかなと思ってたの。友達の赤ちゃんを囲んで裸になって、順番に胸を触らせるなんて……何してるんだろうって思ったりしたけど、ヒロトが幸せそうだと、恥ずかしいけどやめられないのよね……」
恥じらいは人生を豊かにするスパイスだ。あの熟練者のサラサさんですら、俺の前で胸を出す瞬間は『いいのかしら』という顔をするのである。そんなときいつも俺は、『申し訳ありません奥さん、でもいいんです。俺は赤ん坊なんですから』と考えていたものだ。そしてリオナが満足したあとも、マナが豊富なサラサさんは、一分一秒でも長く授乳を続けてくれようとした。
――しかし、しかしだ。最近サラサさんが、レミリア母さんに申し訳ないという雰囲気を出し始めている。自分でマナを消費するスキルを使って魔術素養の経験値を稼ぐことはできるが、まだ採乳の方が圧倒的に効率が良いと俺は見ている。一歳になってもまだ上げ足りない、それは我がままだと分かっているのだが……。
「……だめね、ほんとに。最初は、そんなことするなんて信じられないって思ってたのに。ターニャとフィローネもくせになっちゃって、レミリアに悪いからもうやめにしようって話してたのよ。でも、この家に来るとどうしてもね……ヒロトったら、私たちを見るたびに、こっちを見てくるんだもの。くりくりした目で」
「ご、ごめんなさい……おれ、みんなが来てくれてうれしかったから」
「あたしもね……最初は、不思議だったけど。今となっては、もういいかって思ってる。だって、今日こうやってヒロトに会えてほっとしてるから。あたしも会えてうれしいわよ、ヒロト」
「あ……」
会えてうれしい。その言葉が、俺の心の柔らかい部分に染みこんでいく。
初めに三人娘と会ったときは、モニカさんは一番距離が遠い人だと思っていた。
しかし今では、一番俺を理解してくれていると感じる。頼りきって、甘えてしまいそうで、でもそれはいけないことだと自分を律する。
けれど、俺のなけなしの抑制を知ってか知らずか、彼女の方から一歩踏みこんでくる。
「……モニカさんっていうのは、ちょっと他人行儀ね。ヒロトはあたしの言ってることの意味、わかるでしょ?」
「……じゃあ、モニカ姉ちゃんって呼んでいいかな?」
「ふふっ……ちょっとやんちゃな弟ができたみたい。おとなしそうに見えて、実はそうでもないのよね……お母さんに隠れて外に出て、新しい女の子の友達を作っちゃうなんて。出会ったその日に、あんなことまでしちゃうとか、なかなかできることじゃないわよ」
(し、知られてる……ウェンディ、もしかしなくても話したのか……!?)
思い切り動揺する俺を見て、モニカさん――いや、モニカ姉ちゃんは悪戯っぽく笑った。それこそ、やんちゃな弟分のすることは何でもお見通しだというように。
「ウェンディに何歳か聞いてみたら、十三歳って言われてびっくりしたわよ。ヒロトったら、そんな子までその気にさせちゃうなんて……」
「さ、させちゃうというか……ご、ごめんなさい、レミリア母さんには言わないで」
「言えるわけないじゃない、そんなこと。私もウェンディも、してることは同じなんだから……ヒロトも内緒にしなきゃダメって、ちゃんとわかってる?」
「う、うん。お母さんには、絶対怒られるから……よその女の人の胸は、触っちゃだめなんだよね」
「そう。でもそれは、女の人がだめっていうときの場合ね。あたしたちの場合は、ヒロトが赤ちゃんの頃から触ってるんだから、遠慮しなくてもいいのよ」
(……なんだかモニカ姉ちゃんが、そっちの方に俺を誘導しようとしているような……こ、これが年上の女性の交渉術……!)
そして赤ん坊の頃から採乳しているなら、継続しても大丈夫とは。その発想はなかった……どこかで俺は、サラサさんは特別だと思っていたのだ。そしてサラサさんも、リオナが喋れるようになったら自然に機会が失われて、良い思い出になってしまうのではないかと思っていた。モニカ姉ちゃんたちとの関係がそうなりつつあったように。
「ターニャもフィローネも、本当はヒロトに会いたがってるのよ。でも、そういうことばかり楽しみにしてたら、ヒロトがいつか変だって思うかもしれないし……」
「お、おれの方こそ……お姉ちゃんたちが、俺を甘やかしてくれるの、変だって思うんじゃないかなって心配だったよ。モニカ姉ちゃんは、そう思わないの?」
「……思ってたら、こんな話はしてないわよ。ヒロトが起きるまで待ってたりもしないしね……ウェンディとふたりきりにさせたら、きっと毎日でも触っちゃうんでしょう?」
(ば、ばれてる……俺がおっぱい好きだということが、見ぬかれてる……!)
それはそうだろう、俺はたぶん、おっぱいに触れている時はとても満ち足りた顔をしているに違いないのだから。それだけは嘘はつけない。ほんとは触りたくないのに、無理をして触っているなんて嘘はつけない。
しかし毎日でもしちゃうと言われると、別のことを連想してしまう。モニカ姉ちゃん……こんなに色っぽい人だったか。それとも、ウェンディの話を聞いて、思うところがあったんだろうか。
「ウェンディは、ヒロトのパーティに入るって言ってたわ。あたしもそうするつもり……ヒロトには、何かしたいことがあるんでしょう? 小さいから出来ないことを、ウェンディに頼むつもりだったんじゃない?」
「う、うん……ギルドでクエストが受けたかったんだ」
「クエスト……そんな言葉まで知ってるなんて。クエストを受けて、どうするつもりなの? 誰か冒険者の知り合いがいて、それで面白そうだと思ったとか?」
「ううん、おれが自分でしたいと思ったんだ。クエストを受けて、魔物を倒したりしたら、町が平和になるから」
「っ……町のことを、そんなに考えて……ヒロト、どうやったらそんなふうに……」
そんなふうに、この幼さで物事を理解出来るのか。俺はそれを説明することが出来ないかわりに、自分がしたいことをしっかり話すべきだと思った。
「おれは父さんや、家に来る人たちや、町で会う人のことをずっと見てた。それで、思ったんだ。おれはこの町が好きだから、みんなのためになることがしたいって」
「……そう。きっと、レミリアとリカルドさんも喜ぶわよ。ヒロトが、そんなことを考えてるってわかったら」
「おれはまだ小さくて、心配をかけるから、父さんと母さんには言えない。でも、じっとしてられないんだ」
まだ早過ぎる、と言われたらそこで終わりだ。一度は俺たちの仲間になってくれると言ったモニカ姉ちゃんだけど、レミリア母さんのことを考えれば、俺に好き勝手させるわけにはいかないだろう。
彼女はしばらくの間考えていた。悩むのも無理はない――しかし。
もう一度、俺は頭を撫でられていた。彼女の手には弓の弦のあとがついていたけれど、俺はその手を綺麗だと思った。お父さんの代わりに毎日狩りに出ていた彼女を、俺も見習いたいと心底思う。
その真面目さと共存した、軽やかな振る舞いに憧れを抱く。きっと彼女は同年代の男性から見ても、とても魅力的に見えているだろう。そんな人が自分の時間を俺のために使ってくれることが、どれだけ恵まれているのか……。
「あたしは狩りが上手くなることしか考えてないし、これからもそうだと思ってた。ヒロトはそんなに小さいのに、自分だけのことを考えてるんじゃないんだね。あたしも、見習わなきゃ」
「っ……そ、そんなことないよ。おれこそ、モニカ姉ちゃんを……」
全部言い終える前に、彼女に抱きしめられていた。どうしてそうなるんだろうと思ったけど、顔を上げてみて、俺は女の人の考えは、男には決して全てはわからないものなんだろう、と思った。
彼女が今まで見せた表情の中で、一番魅力的な笑顔がそこにあった。俺には彼女がどうしてそんな顔をするのか、わからなかった。
「最初は、人見知りしてたでしょ。あたしにはなついてくれないのかと思った。ターニャは明るくていい子だし、フィローネはあたしたちの中で一番お母さんに向いてると思う。あたしみたいなのは、赤ちゃんのヒロトでもわかるよね。女らしくないって」
「そ、そんなことないよ……髪が長いとか短いとかも、狩りをしてるかどうかも関係ないよ。モニカ姉ちゃんが優しい人だっていうことは、初めて会ったときにわかってたんだ」
「……ひとつ、まだ小さいヒロトに言っておくけど。あたしは優しくなんてないし、自分でそうしたいと思うことをしてるだけ。ヒロトが可愛いから、自分がそうしたくて、可愛がってるだけなのよ」
(や、やっぱり……そうだと思ってたけど……)
モニカ姉ちゃんは狩りの時は、こういった装備をするのだろう――彼女は革のチョッキを脱いで、その下のシャツ一枚の姿になった。Tシャツのような洗練された形状ではないが、似たような役割の服はある。
下には革のショートパンツを穿いていて、少し日焼けした太腿がまぶしい。足元の革のブーツは広く普及している靴だが、飾りに毛皮が使われており、女性らしいデザインの気遣いが見て取れる。
上から下まで見てしまったが、それは彼女がシャツまで脱ぎ始めてしまって、恥ずかしくて目をそらしたくなったからだった。両腕をクロスさせて脱ぐ例の脱ぎ方は、途中で視界がさえぎられて無防備になる瞬間があるから、色っぽく感じるのだろうか――そして露出した胸を覆うサラシは、かなりきつく巻かれている。弓を引く時に胸が邪魔にならないように、そうしなければならないのだろう。
その下がどうなっているのか、俺はもうこの目で見て知っている。こくり、と喉を鳴らす俺を見て、モニカ姉ちゃんはくすっと笑った。
「ヒロト、すごく見たいって顔をしてるから、サラシはこのままにしておこうかな」
「っ……ね、姉ちゃん。そんな、意地悪しないで……おれ、いい子にするから」
「……こういうときだけ、ますますかわいくなっちゃうとか。自分の武器を知ってる人は、いい狩人になれるわよ……あたしなんかより、ずっとね」
完全に翻弄されていると分かっているが、どうしようもない。こんなふうに駆け引きされて、お願いせずにいられるやつがどこにいるだろう。
こういうとき、プライドなどは必要ない。持てる限りの礼を尽くすことしか、俺には許されていないのだ。
「……そんなにじっと見ないの。ヒロトはまだわからないと思うけど、見られてると恥ずかしいのよ。どれだけ心の準備ができてるつもりでもね」
(これで今日三人目……あまりペースが落ちてないのは気のせいか……?)
モニカ姉ちゃんはサラシの結び目を解くと、しゅるしゅると外し始める。緩んだ布の下で母性の象徴が大きく弾んで、ついに俺の目の前に姿を現そうとした瞬間、
コンコン、とノックが聞こえてきた。「ですよねー」と俺の中のゴーストがささやいた。
「モニカ、夕食の支度ができたけど食べていく?」
「あっ……い、いいの? あたし、帰って食べるつもりだったんだけど」
モニカ姉ちゃんはあわててサラシを巻き直し、瞬時に結び、シャツとチョッキを元通りに着てしまった。その速さ、まさに電光石火といったところだ。
レミリア母さんがドアを開けて入ってくる。モニカ姉ちゃんは緊張して、何やらあさっての方向を見て、「これ、よく見るとなかなかいい絵ね」とか言っていた。咄嗟にごまかすのはお世辞にも上手とはいえないようだ。
「ヒロト、お姉ちゃんに遊んでもらってたの?」
「う、うん。すっごく楽しかったよ」
「そう……それにしては、モニカはさっきからどうしたの? そこの絵はリカルドが描いたものだけど、モニカが褒めてたって伝えておきましょうか?」
「えっ……そ、そうなの? へえ、そんな趣味があったんだ。ヒロトも絵心があるかもしれないわね、あはは……」
「そうねえ、何でも一度はやらせてあげないと、何の才能があるかわからないしね。また紙が手に入ったら、お父さんが絵を描いたところに連れていってあげるわね」
白い紙は貴重品なので、『絵画』のスキルを上げるのは前世では非常に困難とされていた。リカルド父さんは特にスキルを持ってなかったので、素でうまい範囲ということになるか。
父さんがミゼール近くの森を描いたものだというその絵は、写実的で描いた人の実直さが伝わってくる絵だった。
◇◆◇
モニカさんは夕食のあと、普通に家に帰っていってしまった。父さんと母さんが心配するから、ということらしい。親孝行はいいことなのだが、俺はといえば、もう少しのところでおあずけを食らったので、部屋のベッドでゴロゴロしながら煩悶していた。
(こんな気持ちは、フィリアネスさんと初めて会ったとき以来だ……狩人スキルのためだけじゃなくて、純粋に吸いたい。そう思うのはダメだと分かっているけれども)
そして母さんに風呂に入れられている間も、俺はどこか上の空だった。
「ヒロト、今日はいい子にしてくれてありがとう。私が仕事をしてる間、スーと遊んでたのよね。楽しかった?」
「あ、う、うん……」
「ぽーっとして、もう眠くなっちゃったの? ふふっ、もう少しだけ我慢してね。お母さん、お風呂に浸かりたいから」
「うん、大丈夫。お母さんと一緒にゆっくり入りたい」
「いい子ね……私は子供のころはね、お母さまに我がまま言って困らせてたのよ。お風呂だって大嫌いで、逃げまわってたの」
「おれはお母さんと一緒にお風呂入るの、好きだよ」
「本当? お母さんも大好きよ。ヒロトとお母さん、同じこと考えてるねえ」
レミリア母さんは俺の身体を洗ってくれながら、優しく語りかけてくれる。初めの頃は前世のことを思い出して、何度か言葉に詰まってしまったことがあった。
子供の頃、親が優しくしてくれた記憶が大事じゃない人なんているだろうか。けれど思い出すたび、俺はレミリア母さんに悪い気がして、少しずつ自分の感情をコントロールするようになっていった。
俺は普通の子供の振る舞いを徹底できていない。それでも、出来る限りレミリア母さんに疑われたくないというのは、矛盾しているとわかっている。
けれど、今日ウェンディに会えなかったらと思うと胸が締め付けられる。そんな可能性は初めからなかったし、俺は外に出たことを後悔しない。いつか母さんに知られてしまっても、それで彼女が自分の子供に疑問を感じるとしても、仕方がないことだ。
そんなふうに割り切れたら、苦労しない。俺は贅沢なんだろう、全部が理想通りに行けばいいと思い、あまりにも多くのものを欲しがっている。そして、それでも力が足りないと感じているのだ――魔剣のこと、リオナのこと。その二つの問題と向き合うためには。
「……お母さんね、実は知ってるのよ。モニカとターニャ、フィローネが、ヒロトのことをすごく可愛がってくれてたこと」
「えっ……お、お母さん、気づいてたの?」
「だって、三人ともお母さんが席を立って戻ってくると、いつも顔が赤いんだもの。ヒロトの顔はつやつやしてるし、お母さんはそれを見るだけでわかるのよ。あ、三人と何かしてたわね。って」
「ご、ごめんなさい……よその女の人には、そんなに触っちゃだめだよね」
「最初はそう思ってたんだけど、お母さん、最近はこう思うようになったの。ヒロトが可愛いから、みんな甘やかしてあげたくなっちゃうのよね、たぶん。お母さんもそうだもの」
「えっ……で、でも、おれ、もう一歳だし……」
反射的に言ってしまってから、俺は少し後悔する。母さんが、寂しそうな顔をしたから。
「そうね、もう一歳だから、お母さんはおっぱいあげちゃだめよね……でもね、まだ出るのよ。ほら」
「わっ……」
母さんが胸に触れると、乳白色の液体が溢れてくる。それは風呂場の明かりの中で、キラキラと輝いているように俺には見えていた。
もう大きくなった、そう言われることもあるのに、赤ん坊の時と変わらないくらいの衝動が生まれる。
おそらく本能は、母さんに甘えすぎてはいけないと思いながらも、一番に母親のものを求めているのだ。
「ヒロトがもし赤ちゃんの頃に戻りたくなったら、いつでも言ってくれていいのよ。お母さんにとっては、まだ小さいんだから」
「う、うん。ありがとう……」
「なんて、お父さんに怒られちゃうわね。ヒロトは自立心が旺盛だから、あまり過保護にしすぎないようにしようって言われてるの。まあ、お父さんの言うことだから、これから次第でまた変わると思うんだけどね」
「そうなんだ……」
リカルド父さんの見る目は鋭いと思う。俺は自立して、そしてクエストを攻略したりすることを望んでるわけだから。斧のことだって、バルデス爺の所に父さんが出入りしていたら、いつか知られてしまうかもしれない。できれば、それとなくじっちゃんにお願いして、メンテナンスしてもらう時は秘密にしてもらうべきだろうか。
「あ、そういえば。今日ヒロトが持って帰ってきたおもちゃの斧って、バルデスさんにもらったのよね? お母さん、またこんどお礼の挨拶をしてこなきゃ」
「おれも一緒にいくよ」
「ふふっ、そのときは町で、ヒロトの好きなものを買ってあげましょうか」
「うん、ありがとう、お母さん」
母さんが楽しそうに話してくれることが、俺は嬉しくてしかたがなかった。同時に、普通の子供よりも早く彼女のもとを離れなければならないことが、今さらに惜しく感じられた。




