第十話の三 始まりの日
俺がつかまり立ちを始めて、六ヶ月目に入った頃だろうか。俺は果汁を口にする頻度が増え、いよいよ乳離れに移行しようというときのこと。滑り込みで、重要なスキルを取得する機会があった。
十人目 パメラ・ブランネル 20歳
採乳開始時期 5ヶ月半
採乳回数 84回
関係:あなたに好意を抱いている
取得スキル:盗賊10
取得アイテム:盗賊のスカーフ
昼間、近所の家でぼやが出て、レミリア母さんが消火の手伝いに出たことがあった。俺はさすがに手伝えることがないので、家の揺りかごの中で運動し、少しでも身体を鍛えようとしていたのだが……。
パリン、と音が聞こえる。うちの家には、この世界では貴重品であるガラスを使った窓がいくつかあるのだが、そのうち一つが割られてしまったようだ――ということは。
(侵入者……火事場泥棒ってやつか)
俺はとりあえず息を潜める。こういうとき「隠密」スキルがあると楽なんだけどな……実は揺りかごの外に自分で出ることが出来るようになったので、隠密スキルがあれば気付かれずにはいはいで偵察出来る。母さんには、発育が早すぎると思われないように、適度に調節して成長の過程を見せていたりするのだ。
しかし、貴重品がある部屋に先に行かれるとまずい。こっちに来てくれれば……と思っていると。
「貴族なんてちょろいもんだね。危機意識なんて少しもありゃしないんだから」
冷めた口調で独り言を言っているのは、見るからに悪そうな雰囲気の女性だった。いかにも盗賊と言わんばかりの軽鎧系の装備に、足音を減殺する靴、ダガーなどを装備している。
(あれは盗賊専用の装備……ということは。ステータスを見るまでもなく、盗賊スキルを持ってる……!)
俺の目が輝き始める。もうちょっと近づいてくれたら、効果範囲に入る……頼む、もう少し……!
「ん……なんだ、赤ん坊か。生まれたばっかりの子供ほっといて、他人の火事の面倒見てる場合じゃないだろうに」
青みがかったふわふわしたカーリー・ヘアの女盗賊は、皮肉を言いつつも俺の方に歩いてきてくれる。そう……そこから一歩先に入れば、そこは俺の領域だ……!
(トラップカード・オープン! 俺!)
◆ログ◆
・「魅了」が発動した! 《パメラ》は抵抗に失敗、魅了状態になった。
「……無愛想な坊やだと思ったけど。こうしてみると、結構可愛いじゃないか」
うーむ、やっぱり抵抗できない人にはほぼ一発でかかるな……イージーモードすぎる。
◆ダイアログ◆
・《パメラ》はあなたの命令を待っている。命令しますか? YES/NO
(とりあえず、うちでどういう悪事を働くつもりだったかを聞いてから、どうするか決めよう)
頭の中で、「何をするつもりだったか教えてくれ」と念じてみる。コンソールが無いから、うまく伝わるか微妙だが……バルデス爺にはこれで意志を伝えられたから、たぶんいける気がする。
「あたしはこの家の金目のモノを全部盗みに来たんだよ。その後で火をつけて逃げるつもりだった。そうすりゃ、証拠も何も残らないしねえ」
(うわっ、普通に悪人だ!)
思わず引いてしまった。盗むだけならまだしも火をつけるって。俺が普通にピンチじゃないか。
レミリア母さんとリカルド父さんの思い出の品を奪い、愛の巣……もとい、大事な家を燃やそうとするなんて。これは未遂とはいえ、許さなくてもいいんじゃないだろうか。
「でも、あんたみたいな可愛い赤ん坊がいるのなら、とりあえず誘拐して、」
(有罪だぁぁぁぁぁ!)
◆ダイアログ◆
・《パメラ》はあなたの命令を待っている。命令しますか? YES/NO
・あなたは《パメラ》に「採乳」を命令した。
「ばぶー!」
「ん……あ、ああ、よしよし……わかったよ、甘えたいんだろ? 赤ん坊だからしょうがないね……」
交渉術がなければまったく話が通じないところだが、魅了状態の命令は絶対だ。こんな悪い盗賊は、色々と搾り取ってあげないといけない。いや、エッチな意味じゃなくて。
「盗みに入った家で何やってんだろうね……あたしとしたことが」
輝く手を、パメラが服をはだけて見せてくれた、大きすぎて外向きに重力に引っ張られている褐色の胸に伸ばしていく。そしてぺた、と触れた瞬間、彼女の胸が輝き、俺の身体に力が流れ込んできた。
◆ログ◆
・あなたは《パメラ》から「採乳」した。ライフが回復した。
・あなたは「盗賊」スキルを獲得した! 気配を隠しやすくなった。
(よし……!)
「甘えてる時は可愛いじゃないか……坊や。男って、赤ん坊の頃からそんなもんなのかい……?」
盗賊スキルを上げると、敵に気づかれる確率が減る「隠密」が取得できる。隠密からは色んなコンボにつながるので、将来的に絶対必須になる強スキルだ。
しかし、「魅了」を解除するわけにもいかない。もし帰ってきた両親と鉢合わせたら戦闘になるかもしれないので、しばらくこのままでいてもらわないと。
「……あえあ」
「ん……い、今何て? あんた、もうしゃべれるってのかい?」
「あえあ!」
「それに、なんであたしの名前を……ま、まさか……あんた、悪魔の子……!?」
(ひどい言われようだな……ただ、ここでおとなしくしててもらうぞって言ってるだけなのに)
まだ母音しかしゃべれないので、パメラと言おうとしてもうまく言えないが、気を引くことは出来たようだ。
しかし母さんが戻ってくるまで、どれくらいかかるんだろう。
……あっ。とてつもなく悪いことを思いついてしまった。
「……まんま」
「な、何見てるんだい……あたしはね、赤ん坊をあやしてあげたのは今が初めてなんだよ。さっきのはただの気まぐれで、二度も気まぐれがあると思ったら……」
「まんま!」
「ひっ……な、なんだってあたしが、こんな赤ん坊に……お、怯えてなんざいないってのに……っ」
◆ログ◆
・あなたは《パメラ》から「採乳」した。
・「盗賊」スキルが上がりそうな気がした。
「こ、これで満足だろ……赤ん坊なんだから、赤ん坊らしく、もうおとなしくしてな……っ!」
(……悪人には容赦しない。それが俺のジャスティス……!)
「ちょっ……あ、あんた、赤ん坊のくせにすばやいっ……あぁっ……!?」
◆ログ◆
・あなたは《パメラ》から「採乳」した。
・「盗賊」スキルが上がりそうな気がした。
※中略
・あなたは《パメラ》から「採乳」した。
・「盗賊」スキルが上昇した!
※中略
・あなたは《パメラ》から「採乳」した。
・「盗賊」スキルが上昇した! アクションスキル「忍び足」を獲得した。
「はぁっ、はぁっ……や、やっぱり……あんた……悪魔の……こっ……」
◆ログ◆
・《パメラ》は昏倒した。
(ふぅ……赤ん坊でも、こうすればマナ切れで相手を倒すこともできるわけだ)
結局、パメラはあからさまに怪しい格好をしていたにもかかわらず、お人好しなレミリア母さんによって「空腹で倒れていた」と勘違いされ、食事をして去っていった。
採乳をするときに外したスカーフが俺の揺りかごに入っていた……この盗賊スキルを補助する装備が、俺の戦利品だ。ある意味で、これが俺の本格的な最初の戦闘だった。マナ切れで倒すというトリッキーな戦法だったが。
最後にパメラは俺に対して完全に怯えていたので、さすがにちょっと反省した。やりすぎてはいけない、何事も。
◇◆◇
そして俺が生後六ヶ月を迎えようというころ、フィリアネスさんたちがもう一度町にやってきた。
フィリアネスさんは魔剣の様子を確認したあとも、一週間ほど町に留まり、町の周囲のモンスター掃討などを自主的に行っていた。
「ただいま帰りました~! くはー、疲れたー!」
「ゴブリンだけかと思ったが、オークやコボルドもいるとはな……徐々にこの辺りの魔物が、強くなっている気がするのだが……」
戻ってきたマールさんは汗だくになっていて、フィリアネスさんは涼しい顔をしている。少し前に公国東部で大規模なモンスター発生があって、彼女たちはそこに派遣され、相当な数の魔物を倒して経験を積み、一回り強くなっていた。
交渉術を利用して、戦闘せずに資産を増やしたりクエストをクリアしたりすることはできるが、俺はエターナル・マギアの戦闘が好きだったし、転生してからも早く戦いたいという思いが強かった。戦いを終えてきた彼女たちを見ていると、どうしてもワクワクしてしまう。
「お疲れ様、みんな。騎士団の人たちがモンスターを退治してくれてるって、町でも評判になってるわよ」
「いえ、それほどのことではありません。民を魔物から守るのは、騎士の義務ですから」
レミリア母さんが三人を出迎え、汗を拭く布を渡す。
相変わらず綺麗だな……フィリアネスさん。サークレットをつけてるし、もう随分と会ってないから、魅了も解除されてるに違いない――と思いきや。
◆ログ◆
・《フィリアネス》の魅了状態が続いている。
・《マールギット》の魅了状態が続いている。
・《アレッタ》の魅了状態が続いている。
(……これって、俺が解除しないともう解けないんじゃ?)
三人揃って魅了が解除されてないので、まず俺のところにやってきて命令を待ち、授乳を試みようとする。今はレミリア母さんが居るので、俺は断腸の思いで断っていた。
「きのう、夫がお友達と一緒に森で狩ってきたスターラビットの肉を仕込んであるから、今日はごちそうが作れるわよ」
「スターラビット……頭の部分の毛皮が、星の柄になってるっていう、あの伝説の……!? ほ、ほんとに食べられるんですか~!?」
「信じられない……ラビット系モンスターの巣から出てくる千匹のうち、一匹いるかいないかって聞きましたよ」
マールさんとアレッタさんが感激している。序盤でも、超低確率で激レアドロップが出るのが、エターナル・マギアの良い所だった。始めたばかりの素人でも、重課金者にまで通じる価値のあるレアドロップの喜びを体験できる可能性があるからだ。
スターラビットの肉が貴重なのは、食べた直後は移動、攻撃、詠唱の速度が上がるからだ。5分だけ効果があるので、ボス戦前に攻撃担当は全員が食べておくことが暗黙のルールだった。もちろん序盤ではそこまでシビアではないが。
食事の持続時間はこの異世界ではゲームとは違い、丸一日は持つとわかっていた。父さんはすでにスターラビットの肉を2回ドロップしており、前の食事効果がどれくらい持つかをログで確かめている。だいたい一晩は持つので、朝食べると仕事の効率が上がることになる――が、せっかく母さんが夕飯で出すというので、バフ効果はこの際気にするところではない。
「フィリアネス様、どうしたんですか? さっきからぽーっとして……」
「はっ……な、なんでもないぞ。子供の頃食べたスターラビットの味を思い出したからといって、我を失うような脆弱な精神は持っていない」
「ふふっ……フィリアネス様も、美味しいものには弱いんですね」
(たーんと食べて大きくなってください、フィリアネスさん)
「む……ヒロトも食べたそうだな。もう少し大きくなれば、私が柔らかくして食べさせてやろう」
「柔らかくって、口の中でですか? そんな、干し肉を死に際の人に口移しするんじゃないんですから~」
「マールさん、例えが生々しいです……」
口移しか……離乳食を。いや、そこまでしてもらうわけにはいかないというかなんというか。
(口移しではスキルが上がらないしな……ってそうじゃない。キスじゃないか、それって)
フィリアネスさんのしっとりとした柔らかそうな唇……い、いや、俺は魅了状態が続いたとしても、そんな命令はしないぞ。さすがに自分から解除するしな、魅了を。
「……約束したぞ、ヒロト。同じ口移しなら、あめ玉の方がいいかもしれないが」
「ちょっ……な、何言ってるんですかそんなうらやましいこと!」
「フィリアネス様、町であめ玉を買われたのは……まさか、そんなことありませんよね?」
アレッタさんの質問に、フィリアネスさんは頬を赤らめて微笑みを返すだけだった。前に、一晩中授乳してもらった経験が生きたな……って、開き直ってどうする。
あめ玉って、けっこうこの世界じゃ高いんだよな。パンが銅貨2枚、薬草が銅貨10枚、あめ玉は15枚。この世界では砂糖は貴重品だ。
調味料に関して言うと、当たり前だが醤油と味噌がない。前世では和食が好きだった俺は、材料に相当するものを見つけたら作りたいと思っていた。何度か失敗することにはなるかもしれないが。
◇◆◇
「はぁ~、びばびば……びばびばってなんだろうね、ヒロトちゃん」
「自分でもわからないことを言わないでください……次は私がヒロトちゃんと入るんですからね」
「はいは~い。ヒロトちゃん、気持ちいい?」
「ばぶー」
風呂に入りつつ、マールさんの胸に抱えられて、ぺたぺたと胸に触れる。恵体スキルはもう上がらないけど、のぼせなくなるので、入浴中の採乳は欠かしてはならない。
「あぁ……来て良かった。私、ヒロトちゃんにこうしてあげるために来たようなものだよ~」
「わたしもです。ですから、早く順番を……」
「そんなに焦ることはない。アレッタ、さっきコボルドの矢を受けていなかったか?」
「い、いえ、かすり傷です。フィリアネス様にそこまでしていただくほどでは……あ……」
アレッタさんの腕の小さな傷に、フィリアネスさんが口をつける。心配はないと思うけど、コボルドが時々装備している吹き矢には弱い毒が塗られていることがあるから、気をつけないといけない。
「こんなことをするより、アレッタが自分で手当てをした方が確実だな」
「いえ、ありがとうございます。お気遣い、いたみいります」
「ごめんねアレッタちゃん、私、矢を叩き落とそうと思ったんだけど、間に合わなくて……」
「大丈夫です、私も戦うのに慣れてきましたし。新しいワンドも試せて良かったです」
ワンドで近接戦闘か。メディックならある程度は出来るけど、前衛に任せるのが本来は理想的だ。
俺は……将来、どっちもやれるようにしておきたいな。リカルド父さんとパーティを組んでる扱いだから、斧マスタリーが徐々に上がっていて、そのうち装備できるようになる。まずは斧で、次に剣を使いたい。
フィリアネスさんに剣を教えてもらいたいな……雷光と麻痺のダブル魔法剣、あれをいつか使えるようにしたい。そのためには、まだ精霊術を取ってないから、そのうち魔術師ギルドに行かないとな。
「はーい、それじゃアレッタちゃんに交代ね。よいしょっと」
「ありがとうございます……ヒロトちゃん、マールさんより小さいですが、大丈夫ですか?」
「私よりアレッタちゃんの方が、ヒロトちゃんは気に入ってるように見えるんだよね~……小さい大きいは関係ないみたい。だからあなどれないっていうか」
マールさんの視線の先には、相変わらず14歳と思えないプロポーションのフィリアネスさんがいる。誕生日が近いので、もうすぐ15歳になるそうだ。
「な、何を見ている……私の身長が小さいのに、胸が不釣り合いに大きいとでも言いたいのか」
「えっ……雷神様も、ヒロトちゃんにおっぱい見せたんですか~? いつの間に?」
「ち、違っ……断じて違うぞ! 私は皆に隠れて、何かしてなどいない!」
「フィリアネス様、お静かに……ヒロトちゃんの気が散ってしまいますから」
「む、むぅ……ヒロト、そんなに楽しそうに……」
(フィリアネスさんが焼きもちを……し、しかし、アレッタさんからの衛生兵スキルも大切だし……くぅ、悩ましい……!)
そう言いつつも、俺は手を輝かせ、アレッタさんに触れることを繰り返す。そんな俺をじゃれついていると思っているのか、彼女は優しい目で見守ってくれていた。
◇◆◇
――しかしフィリアネスさんは、実を言うと、みんなの前では自重しているだけだったりする。
◆ログ◆
・あなたは《フィリアネス》から「採乳」した。ライフが回復した。
・【神聖】剣技スキルが上昇した!
「ふふ……やはり夜中に、お腹がすいてしまうのだな」
「ばぶー」
フィリアネスさんは俺の両親に是非にとお願いしてまで、俺と一緒に寝てくれた。そして、俺が服をつかんで控えめに「まんま」と訴えると、苦笑しながらも服をはだけて、採乳させてくれた。
マールさんとアレッタさんが寝入ったのを確かめたあと、毛布の中に隠れて、幸せでしかない弾力に思う存分触れさせてもらう。
「……マールやアレッタのときと比べて、どうだろうか?」
「……ば、ばぶー?」
「ばぶーではわからないぞ……ばか。もう少し大きくなって、私の名前を呼んでくれ……」
(ま、まさか採り過ぎたのか? サラサさんの好感度と同じくらいになってる……!)
赤ん坊の俺にすら愛の言葉をささやき始めるのが、「身も心も捧げ尽くしている」レベルの好感度である。もちろんふたりきりの時であって、常にというわけではない。
「……私ならまだ大丈夫だ……甘えたいのなら、遠慮なく……」
◆ダイアログ◆
・《フィリアネス》が「採乳」を許可しています。実行しますか? YES/NO
(だ、だめだ……さすがにこれは行きすぎだ……魅了でここまでさせたら、後で絶対大変なことに……っ)
「……私の胸は、触りたくないのか……?」
(……断れるかぁぁぁぁぁぁ!)
◆ログ◆
・あなたは《フィリアネス》から「採乳」した。ライフが回復した。
・【神聖】剣技スキルが上がりそうな気がした。
(なかなか上がらない……でも、フィリアネスさんは喜んでくれてる。それなら、俺はスキルが上がらなくてもかまわない)
小さな手で確かめるようにぺたぺたと触れると、フィリアネスさんはくすぐったそうにしつつ、俺の頬をぷに、とつまむ。
――しかし微笑んでいた彼女の瞳が、不意に、真剣なものに変わる。
「おまえが、私に幸せとは何なのかを教えてくれた……幸せとは、まず初めに、おまえが健やかに成長してくれることだ。私は神のため、公国のため……そしてお前のために、この剣を捧げよう。剣だけでなく……すべてを……」
(フィリアネスさん……)
可愛がってもらっているなんてものじゃない、これは……もはや、愛されているとしか言えない。
けれどそうされるほど、不安になる。俺が話せるようになったら、今みたいに親しいままでいられるのか。
(……いや。それを恐れてたら、始まらない)
「次に来られるのは数カ月後……魔剣の監視のたびに、おまえは少しずつ大きくなっていくのだろうな。そして、いつか立派な男に……その時、私は……」
フィリアネスさんが言おうとしていることは、女の子とまともに付き合ったことのない俺でも分かった。
俺が大きくなったら、フィリアネスさんも……そうして立場が変わって、離れていくことを怖がってるんだ。
いつまでも、同じままでは居られないのかもしれない。それでも今だけは、夜が明けるまでは。
「……いい子だ。今はそうして、甘えてくれ……私のことを、必要として……」
◆ログ◆
・あなたは《フィリアネス》から「採乳」した。
・【神聖】剣技スキルが上がりそうな気がした。
・《フィリアネス》は涙を流した。
十一人目 マールギット・クレイトン 16歳
採乳開始時期 2ヶ月
採乳回数 8回
関係:あなたに好意を抱いている
取得スキル:騎士道3
十二人目 アレッタ・ハミングバード 20歳
採乳開始時期 2ヶ月
採乳回数 24回
関係:あなたに運命を感じている
取得スキル:衛生兵5
十三人目 フィリアネス・シュレーゼ 14歳
採乳開始時期 2ヶ月
採乳回数 94回
関係:あなたに心身共に捧げ尽くしている
取得スキル:【神聖】剣技12
――こうして俺は、生まれてから六ヶ月の間に、多くのスキルを手に入れた。
全て、皆のおかげだ。
飽くことなくスキルを求め続けた日々、そうしてたどり着いた場所は……。
◆ステータス◆
名前 ヒロト・ジークリッド
人間 男性 0歳 レベル3
ジョブ:村人
ライフ:160/160
マナ:264/264
スキル:
斧マスタリー 0→10 【神聖】剣技 0→12
薬師 0→20 商人 0→10
盗賊 0→10 狩人 0→10
衛生兵 0→5 騎士道 0→3
聖職者 0→3 冒険者 0→1
歌唱 0→1
恵体 0→12 魔術素養 0→20
気品 0→22
交渉術 100 幸運 30
アクションスキル:
薪割り 加護の祈り ポーション作成
忍び足
値切る 口説く 依頼 交換 隷属化
パッシブスキル:
斧装備 弓装備 薬草学 商才
マナー 儀礼
カリスマ 【対異性】魅了 【対同性】魅了
【対魔物】魅了 選択肢
ピックゴールド ピックアイテム 豪運
残りスキルポイント:9
残りボーナスポイント:125
◇◆◇
――生後半年。乳離れを迎えるまえに入手したスキルを、俺はそれ以後も、育てられるものは出来る限り育てることに励んだ。歩けるようになり、一歳が近づき、出来ることが加速度的に増えていく。
そして、俺が一歳を迎えた誕生日。サラサさんが、リオナを連れて家にやってきた。
「ヒロトちゃん、お誕生日おめでとうございます。これからも、私達と仲良くしてくださいね」
「ありがとう、サラサさん。こらヒロト、そわそわしないで、ちゃんとお礼言いなさい」
「……あ、ありがとう」
「ふふっ……最近、恥ずかしがり屋さんになりましたね。昔はもっと懐いてくれていたのに……いいんですよ、もっと甘えても」
サラサさんはリオナを抱えたまま、俺を抱きしめてくれる。や、柔らかい……しかもすごくいい匂いがする。一歳でそんなこと考えてるなんて知られたら、どうしていいのか。
「……ひ、ひお……ひおちゃ……」
「あら、リオナちゃんもそんなに喋れるようになって。うちの子のこと、もう少しで呼べそうね」
「はい。この子ったら、私たちより、ヒロトちゃんのことばかり呼ぼうとするんですよ」
俺はしばらくの間、リオナとは会ってなかったし、どうしてか、彼女と顔を合わせると複雑な気分になった。
「ひお、ひおちゃ……」
「リオナは本当にヒロトちゃんのことが好きなのね。赤ちゃんでも、いい子だって分かるのかしら」
(……似てる……やっぱり……)
生まれたばかりの頃より、リオナは少し女の子らしくなっている。その顔を見ると、俺はどうしても、記憶の中にある姿と重ねずにいられなかった。
(……あいつに……陽菜に、似てるんだ。そんなのは偶然だ……でも……)
「ヒロト、リオナちゃんも歩けるようになったら、一緒に遊んであげられるわね」
「う、うん……で、でも、」
「きゃっ、きゃっ♪」
「ヒロトちゃんと遊ぶのが楽しみです、って言ってるみたいですね……こんなに嬉しそうにして」
サラサさんの腕の中で、リオナは俺に無邪気に手を伸ばす。その姿はとても可愛らしくて、俺はどうやって触れていいのかもわからないのに、手を伸ばす。
――その、瞬間だった。
◆ログ◆
・《リオナ》の「魅了」が発動! あなたは魔封じのペンダントの効果で魅了を防いだ。
(なっ……!?)
頭の中に流れてきたログが信じられず、俺は思わず動揺する。
リオナは赤ん坊で、何も変わったスキルなんて持っていない。
サラサさんの子供で、人間のハインツさんとの間のハーフだから、クォーターエルフで……。
ステータスを見ないままに、そうだと思い込んでいた。
この一年、何度も顔を合わせながら、疑いもしなかった。
「さてと……リカルドが帰ってくる前に、お料理の支度を済ませないとね」
「私も手伝います。ヒロトちゃん、リオナのことを見ていてもらってもいいですか?」
「……う、うん……」
◆ログ◆
・《リオナ》が一時的にパーティに参加した。
サラサさんになら、辛うじて返事ができる。慣れている相手になら、俺はある程度まともな受け答えをすることができた。
「あうー♪」
揺りかごに入れられたリオナをゆっくり揺らしてやると、彼女は嬉しそうに笑う。俺はアンナマリーさんにもらったペンダントを取り出し、握りしめながら、祈るような気持ちでリオナのステータスを見た。
(……そんな……そんな、ことが……)
◆ステータス◆
名前:リオナ・ローネイア
夢魔 女性 0歳 レベル1
ジョブ:破滅の子
ライフ:40/40
マナ:456/456
スキル:
薬師 10
魔術素養 36
夢魔 10
不幸 5
アクションスキル:
なし
パッシブスキル:
【対異性】魅了(夢魔10)
薬草学(薬師10)
マジックブースト(魔術素養30)
魔王リリスの転生体
種族による職業制限あり
徐々に不幸値が上昇
残りスキルポイント:3
人のステータスを、俺は情報を得るためと言って、必要なことだと思って見てきた。
そのことを、生まれて初めて後悔した。ほんの一瞬だけ、見なければ良かったと思った――でも。
「……ひおちゃ……ひおちゃ」
「……なに言ってんのか、わかんねえよ……」
サラサさんの真似をして俺の名前を呼ぼうとするリオナ。
彼女が伸ばしてくる手を、俺は……内心で葛藤に苛まれながら、ぎゅっと握っていた。
「ひろちゃん……」
「……っ、なんで俺のなまえ、先に言ってんだよ……!」
サラサさんでも、ハインツさんでもなく。リオナが最初に呼んだのは、俺の名前だった。
リオナは、前世の幼なじみに似ている。髪の色も、眼の色も違っていても。
――ヒロちゃん、今日ね、学校でこんなことがあったんだよ。
俺は前世でも、同じ呼び方で呼ばれていた。それを思い出さずにいられなかった。
(似てるだけだ……リオナは、リオナだ)
俺は自分だけがこの世界で特異な存在だと思っていた。
こんなところに、生まれた時から宿命を背負わされている女の子がいたというのに。
破滅の子なんてジョブも、魔王の転生体なんて文言も、ゲームの中にありはしなかった……。
しかし、分かっていたはずだ。
俺がやっていたエターナル・マギアは、この世界を不完全に再現しただけのものに過ぎなかったということを。
なぜ女神が俺にボーナスを与えて、この世界に転生させたのか。
なぜ俺の父親が、魔剣の護り手なのか。
なぜ幼い俺が、魔王の転生体であるリオナと知り合ったのか。
(……たどり着けって言ったな……女神……!)
俺はリオナの手を握りながら誓った。
持てる力と手段の全てを使って、この世界の謎を解き明かす……そして。
例え血がつながっているか分からなくても、サラサさんの「娘」であるリオナを、この手で守っていこうと。




