第十話の一 乳児期の終わり
※定期的に、細部を見直して改稿しています。
内容が一部変わっていることがありますが、
ストーリーに影響がないようにいたします。
赤ん坊の時分からスキル上げを始めた俺は、どうやら普通の赤ん坊よりも、目に見えて成長が早いようだった。
「あっ……あ、あなたっ、見て! ヒロトがつかまり立ちしてる!」
「おぉっ……こいつは凄い! ヒロト、こっちまで来れるか? それはまだ気が早いか!?」
みんなのおかげですくすくと育った俺は発育が早く、コツを得て五ヶ月くらいでつかまり立ちが出来た。
赤ん坊の身体のバランスの悪さといったら、頭が重たくてふらふらする。しかし立つことに慣れないと、歩くことも出来ないわけで……。
「……まんま」
「ははっ……そうか、お腹がすいて、母さんのところまで来ようとしたんだな」
「はいはい……それにしてもヒロト、一日に三回しかあげてないけど、大丈夫なのかしら。他の家の子は、一日に10回くらい吸うみたいなんだけど……」
「何かつまみ食いでもしてるんじゃないか? なんて、歯も生えてないのにそれは無理だよな。三回くらいでお腹いっぱいになっちゃうんじゃないか?」
レミリア母さんに授乳を受けつつ、俺はちょっと申し訳なく思う。
生後五ヶ月の現時点で、俺が過ごしている日常は、母さんが思うよりずっと多くの授乳に満ちているからだ。
俺が現時点で、どれくらいスキル収集――もとい授乳を受けているのか。スキルが1ごとに上がりにくくなるので吸う回数が飛躍的に増えることを考えても、ざっくりと計算してもあまりにもあまりなことになっていた。
一人目 レミリア・ジークリッド 人間 18歳
授乳開始時期:生後すぐ
授乳回数:一日3回、月30日 初期は一日8回 累計500回
関係:母親
取得スキル:気品22
最初はもちろん母さんだ。初めは四六時中、彼女の授乳を受けていた。赤ん坊はすぐお腹がすくので、頻繁に泣いては彼女にあやしてもらい、乳を与えられておとなしくなることの繰り返しだった。
母さんは初めての授乳に最初は戸惑っていたが、俺がただの赤ん坊らしくするように務めているうちに、だんだん慣れてきてくれた。
「こうしておっぱいをあげてるときが、一番幸せね……ヒロト、おいしい?」
「あぶー」
母さんは本当に優しい。俺がどれだけおいたをしても許してくれるし……と、開き直ってはいけないんだけど。どうしても中途半端な数値のスキルを残しておきたくない俺は、隠れておいたを繰り返してしまうのだった。
二人目 サラサ・ローネイア ハーフエルフ 123歳
採乳開始時期:二週間目から
採乳回数:一日5回、月20日 累計450回
関係:あなたに心身共に捧げ尽くしている
取得スキル:魔術素養20 薬師20
サラサさんには本当にお世話になった。魔術素養を20まで上げたことで俺のマナは240も増え、薬師スキルを取ったことで薬草学、ポーション生成を覚えることもできた。これで、野生の薬草を見分けて集め、自分でポーションを作ることができる。
しかし、450回はあまりにも採りすぎた。一日5回でもセーブしていたほうで、サラサさんはほぼ毎日うちにやってきては、母さんが席を外した隙に採乳を許可してくれた。
「最近、胸の張りがずいぶん楽になったんです。ヒロトちゃんのおかげですね」
「きゃっ、きゃっ」
俺はできる限り無邪気にサラサさんから採乳してライフを回復し、満タンになってもスキル上げのために採らせてもらった。乳がエネルギーに変換されて吸収されるので、たまに溢れてしまうこともあるが、そのときは手についた母乳は舐めさせてもらった。
仕方のないことなのだが、「夫に対して申し訳ないわ……」というつぶやきは途中から出なくなった。ひとつ言い訳をしておくと、夫婦の場合、夫への好感度が一番優先されて、あとはどれだけ高くても、「仲が良い」という範疇なのだ。心身ともに捧げる、というのは例えである。例えでもまずいのは百も承知で、とても申し訳ない。
「いつか、リオナにヒロトちゃんの相手を取られてしまうんでしょうか……今のうちに、うんと可愛がってあげますからね……」
サラサさんに「搾乳」スキルを使ってもらうと、コップに半分くらいの母乳が絞れる。「採乳」と違って、また穏便にスキルが得られる方法なので、ときどきお願いするようになっていた。赤ん坊は母乳が何より美味しく感じるのだ。
「ふふっ……不思議ですね。ヒロトちゃんのこと、私もレミリアさんと一緒に育てているみたい……リオナと一緒に、私の子どもみたいです」
(優しいよな……サラサさんは。溢れるばかりの母性がにじみ出てる)
サラサさんにカリスマが発動したこと、魅了がかかったこと、彼女がスキルを持っていたこと……思えば全ての始まりだ。もちろん俺が最初に取ったスキルは、レミリア母さんから受け継いだ「気品」だったが。
「……私のお乳と、レミリアさんのお乳は、どちらがおいしいですか?」
「……ばぶー?」
俺は何も分かっていないふりをしつつ、不思議そうにサラサさんを見る。サラサさんはくすっと笑うと、レミリア母さんが来る前に、もう一度採乳をさせてくれた。
三人目 ターニャ・コリンズ 19歳
採乳開始時期:1ヶ月から
採乳回数:一日2回 週2回訪問 合計64回
関係:あなたに運命を感じている
取得スキル:恵体5
四人目 モニカ・スティング 18歳
採乳開始時期:1ヶ月から
採乳回数:一日3回 週2回訪問 合計100回
関係:あなたに好意を抱いている
取得スキル:狩人10
五人目 フィローネ・ベルモット 18歳
採乳開始時期:1ヶ月から
採乳回数:一日2回 週2回訪問 合計60回(二回休み)
関係:あなたに運命を感じている
取得スキル:恵体5
レミリアさんの友達の三人にも、とてもお世話になった。そろそろお分かりいただけるかと思うが、採乳してくれる人が一日にかぶりすぎると、一日中にわたってとんでもない回数の採乳ができることになる。
三人の中でモニカさんの回数が多いのは、彼女からしか狩人スキルが取れないからだ。10ポイントでスキルが発動するまで、少し多めに採らせてもらう必要があった……というと、もはや俺は吸血鬼か何かのようだ。どちらかといえば、吸乳鬼なのだが。採乳したときのエネルギーを吸う感じといい、何か魔物じみているな、と自分でも思ってしまう。
「ヒロトちゃんにこうしてもらうと、何だか安心するのよね」
「ターニャも? 私も、一日に一回はしてもらいたいくらい。ねえ、ヒロトちゃん。私の家に泊まりにこない?」
「フィローネったら、すぐ貧血になっちゃうんだから、あんまり無理しちゃだめよ。あたしは身体が丈夫だから、大丈夫だけどね……ヒロト、いいわよ……」
レミリア母さんがいないうちに三人に順番に採らせてもらうんだけど、その時の光景は、我ながら死んだほうがいいのではないかというほどのものだった。うら若き乙女たちが胸を出したままで俺の揺りかごを取り囲み、今か今かと順番待ちをしているのだから。
スキルを取る名目で好感度が上昇しまくっていることについては、俺はもはや目をつぶった。採乳で好感度が上がってしまうのはとてもよろしくないと思う。たぶん「魅了」が発動している状態でしてもらっているのが悪いのだが、こればかりはどうしようもない。
多様なスキルを取っておくことも、交渉術を有用に使うために大事なことなのだ。可能な行動が増えれば増えるほど、交渉に使える材料も増えるのだから。
「ヒロトくんの手、あったかい……はい、次はフィローネね」
「ありがとう、ターニャ。このまま大きくなっちゃったら、どうなるのかしら……赤ちゃんの時だけよね、こういうことをしていいのは」
「……触るだけなら大丈夫なんじゃない? ねえヒロト、触ると嬉しそうにしてるもんね」
「モニカ、最初は興味なさそうにしてたのに。ヒロトくんをかまってるうちに、お母さんの気持ちに目覚めちゃったんじゃない?」
モニカさんはターニャさんに言われて、顔を赤らめる。そして、無邪気に胸に触れている俺を見ながら、優しい目をして言った。
「……お母さんっていうか……ううん、何でもない。ヒロト、大きくなっても、あたしたちとまた遊んでくれる?」
「あうー」
「ふふっ、まだよくわかってないみたい。モニカ、また私に代わって」
フィローネさんは特に俺を甘やかしてくれている。彼女は甘くていい匂いがするし、抱っこしてもらうとかなり安心する。ターニャさん、モニカさんにも違った良さがあるのだが。
「それにしても、こんなかっこうでいるのをレミリアに見られたらと思うと、ちょっと気が気じゃないわね……」
「でもヒロトはまだ遊びたそうだし……またあたしと遊ぶ?」
「ばぶー!」
最近は返事をしても怪しまれなくなったので、元気に返事をする。三人の顔を見るのにも慣れたし、「つぶらな瞳」でお願いすることも出来るようになった。そんなスキルは存在しないが。
モニカさんが自分から採乳を許可してくれるようになり、狩人スキルは順調に成長している。小麦色の胸にぺた、と触る俺を見て、彼女はくすぐったそうに俺の頬をつついて笑ってくれた。
◇◆◇
他にも、町で遭遇したり、レミリア母さんが通う場所で会った女性が何人かいる。そのうちまず二人が、町の食料品店のメルオーネさん、洋服店のエレナさんである。
六人目 メルオーネ・ファルカハ 17歳
採乳開始時期:3ヶ月から
採乳回数 2日に1回 合計45回
関係:あなたに好意を抱いている
取得スキル:商人5
七人目 エレナ・パドゥール 25歳
採乳開始時期:3ヶ月から
採乳回数 2日に1~2回 合計51回
関係:あなたに運命を感じている
取得スキル:商人5
ジョブが「商人」の彼女たちにお願いして、合わせ技で商人スキルを10まで上げさせてもらった。
外に出たときによその女性に採乳させてもらうのは困難だと思っていたが、一人ずつしか入れない小さな商店の店番をしているメルオーネさんは、レミリア母さんだけが買い物をしているとき、俺を預かってくれた。最初はなかなか発動しなかったが、何度目かの来店で「魅了」が入ったわけだ。
結婚するまで店番をしているというメルオーネさんは、ソムリエになりつつある俺の番付では、アレッタさんより少し上くらいの位置にいた。異世界に来てからは初めての眼鏡をかけている女性だ。
「ヒロトくんのお母さん、お肉を選ぶときは少し時間がかかるから……今のうちにね。よいしょっと……」
メルオーネさんの膝に載せてもらい、採乳を許可してもらう。そして彼女は片手で服をめくって、小ぶりながら形のいい胸を見せてくれる。
「もう、レミリアさんったら、こんな可愛い子を連れてくるから……」
輝く手でぺた、と胸に触れて、「商人」スキルをもらう。彼女はマナが高くないのであまり連続ではできないが、一度に二回までなら許容範囲だ。
メルオーネさんは照れ笑いしながら俺を見ている。小さめだけど、成長の予感を感じさせます。まだ17歳だし、成長の余地はありますよ。とか考えている俺は、やはり死んだ方がいい。
(商人スキルは大事だ。お金の消費が減るし、そのうち店で「掘り出し物」が買えたりするしな。一番大きいのは目利き……鑑定スキルだ)
商人スキルを10まで上げると発動するパッシブスキル「商才」を取るために、俺はもうひとり、マーチャントの女性に助力を仰いだ。というか、母さんに連れて行かれた洋服店で、また物凄い逸材を見つけたのだ。
「レミリアは、あまり身体が強くないからね。代わりにあたしが……って言っても分からないか。アハハ」
(っ……ご、豪快だ……)
エレナさんは色んな服を売ってる豪商の娘で、ブルネットの長い髪を持つエキゾチックな女性だった。
彼女は子供が好きだと言っていて、自身も二人の子供を持つお母さんだ。しかし子どもたちが既に乳離れしているので、母性も下がるのかな……と思いきや、50の大台を保っていた。
「昔はもっといっぱい出たんだけどね……久しぶりだとこんなもんかしらね」
母さんが店の奥に入って服を試着している間に、エレナさんは胸元の空いた服の襟ぐりをひっぱってぽろんと乳房を出す。もはや感覚が麻痺してきているが、他の客が来たらと思うとスリルが尋常じゃない。
「吸い付けばいいのに、遠慮してるのね……触るだけでも十分なんて、不思議な赤ちゃんだこと」
日焼けして、重力に引っ張られ始めている大きな乳房を支えるように、ぷにゅっと手を当てる。ビリビリと痺れるような感覚と共に、商人スキルの経験値が身体に流れ込んでくる――。
エターナル・マギアでは、人間の女性は25歳を過ぎると「おばさん」と言ってもおかしくないみたいだけど、全くそうは見えない。前世で25は女盛りもいいところなので、俺も最初は緊張したものだったが……。
「だー、だー」
何度かぺたぺたと触っていると、エレナさんの目が不意に優しくなる。
「……思い出すわね、うちの子たちが小さかった頃。あの子たちも可愛かったわ、一生懸命小さな手で……」
そうやってしみじみしているエレナさんは、凄く優しいお母さんなのだろうなと思った。俺はといえば、流れてくるログでスキルが上昇しないのを確かめて、あと一回お願いしようと思っていたりするのだが。
ちなみにエレナさんの息子さんはアッシュ、下の妹はステラという。子供の数が少ないミゼールにおいては、この先、二人と接する機会が確実にあるだろう。
(事前にいろいろ、周囲の事情を知っておかないとな……俺は、何も知らない子供じゃないんだ)
前世の知識を以ってしても子供社会でうまく立ち回れない、なんてことはなしにしたい。しゃべり方をどうにかしないと敵を作ってしまいそうだが、そこも「交渉術」があればなんとかなる。
大人になるまでに、俺は誤解されないための立ち振る舞いを徹底的に練習しようと思っていた。ちょっとやそっとでは信頼を失わない友達を3人作ること、まずはそこからスタートだ。
次回は明日更新です。