第九話前編 魔剣カラミティ
※今日は長くなりましたので、二話分割で前後編でお届けいたします。
風呂から上がったあと、俺は居間で揺りかごに入れられ、レミリア母さんに揺らされていた。
◆ログ◆
・《レミリア》は子守唄を歌った! あなたは眠くなった。
・あなたはまぶたが重いと感じた。
(ま、まずい……眠くなってきた……)
「いっぱい眠って、早く大きくなってね、ヒロト。お母さんたちはそれが一番嬉しいのよ」
「……うー、うー」
「ふふっ、ちょっとずつ話してることがわかってきたみたいね」
俺はレミリア母さんの顔を見る努力をずっとしていて、ようやく、彼女が寂しがらないくらいには顔を見ていられるようになった。
しかし純粋に気恥ずかしい……十八歳だもんな、母さんは。今はいつも結っている髪をほどいていて、少し大人びて見える。西洋的な顔立ちだけど、彫りが深すぎるということもなく、柔らかい印象の美人だ。目が大きくて、睫毛が驚くほど長い。
生まれたばかりの時と比べてしっかり目が見えるようになると、入ってくる情報も増える。スキル上げとは関係ない部分で、俺は急速に成長していた。
(……寝て起きるたびに何かが変わっていく。それが赤ん坊か……)
考えていられなくなって、俺はうとうとと目を閉じる。レミリア母さんが微笑み、俺の頭を撫でてくれた。
◆ログ◆
・《リカルド》は扉を開けた。
・あなたの眠気が少し取れた。
「帰ったぞ、レミリア、ヒロト。おお、今眠ったところか? 悪いな、騒がしくして」
父さんが帰ってきた物音で、かろうじて眠らずに済んだ。寝てしまいたい気持ちもあるが、今日はそんなわけにもいかない。
(目が覚めたらフィリアネスさんが居なかった……なんて、後の祭りだからな。危なかった)
俺は揺りかごの中でもぞもぞと動く。そして手を伸ばすと、レミリアさんが苦笑しつつ、俺の小さい手を握ってくれた。
「あなたも、帰ってきてヒロトが寝ちゃってたら寂しいものね。この子もわかってるみたい」
「だー、だー」
「ははは、まあな。ヒロト坊はえらいな、父さんを待っててくれたのか」
大きくてごつい手で俺に触る前に、リカルドさんはレミリアさんから布を渡され、手を拭く。今日は狩りなんかはしてないみたいだけど、たまに動物や魔物の血がついていることがあったりする。俺は抵抗力がまだ弱いので、二人ともかなり気をつけて触れてくれていた。
「おっ、最近だんだんこっちを向いてくれるようになってきたなぁ。いろんな人と接して、だんだん慣れてきたか?」
「私のことも見てくれるようになったのよ。『まんま』って、私のことも呼んでくれるし」
「なにっ……お、俺のことは? 俺のことは呼んでくれないのか?」
前世でも、俺は常に一緒にいた母さんのほうを先に呼んだ。父さんのことが分かるようになったのは、いつ頃だっただろう……と、少し思いを馳せてしまう。
「……まんま」
「だぁぁ、それしか喋れないか……しかしそこまで来たら、あと一歩だ。おとうさん、おとうさんだぞ」
「パパの方が言いやすいんじゃないかしら? ヒロト、この人があなたのパパよ。リカルドっていうの」
「……ぃ……ぁぅ……ぉ」
「おぉっ! ……って、名前のほうじゃなくて、お父さんと呼んで欲しいんだがな」
母音しかほぼ発音できなくて、「ま」などの限られた言葉だけ言える。もう少しなんだけどな……生まれて4ヶ月、首がすわったばかりの段階ではこんなものなのかな。
「……いあうお」
「おおおおっ! うーむ、この子は天才かもしれんぞ、レミリア」
「あなたったら……それはちょっと大げさだけど、もうすぐしゃべれるようになるのかしらね。周りの話を聞いてると、あと3ヶ月くらいで、つかまり立ちも始めるみたい」
「ヒロトはもうちょっと早いかもな。なんせ、俺の子だ」
まだ赤ん坊の俺のことを、両親は誇りに思ってくれてる。その信頼を、決して失いたくない。
俺は揺りかごの端に手を伸ばして、しっかり掴まる。そして身体を動かす練習をしていると、リカルド父さんにひょいっと抱き上げられた。
「まだまだ赤ん坊のままでいてほしいけどな。こんな早い時期におしめもいらなくなるなんて、教会にでも行けば『神の子』扱いされるぞ」
「本当にね……泣いて呼ぶんじゃなくて、手を叩いたりするようになったし」
泣くと声帯は鍛えられそうだが、マナが減るんだよな。なので、俺はレミリア母さんにいろんな形で合図をするようになった。こっちに来てさえくれれば、彼女はだいたい意図を汲んでくれる。
父さん母さんとは仲良くやっていけそうだけど、問題は、町の住人と話すときのことだ。俺と同年代の子供もいるし、なんとか上手くやらないと、両親に心配をかける。
しかしエターナル・マギアなら、努力でコミュ障を補える。人の輪に積極的に入るなんてことは敷居が高いけど、友達を10人……いや、5人。3人だったら、何とかできる。何とかしたい。
◇◆◇
母さんの怪我はすっかり良くなっていたが、昼間の出来事を聞くと、リカルド父さんは静かにアントンたちに怒りを向けつつ、母さんに大事を取って休むように言った。
「では、失礼します……私は休んでいますので、何かありましたら呼んでください。あなた、ヒロトは連れていった方がいいかしら?」
「いや、まだ目が冴えてるみたいだし、もう少し遊ばせてやろう。それじゃ、おやすみ……レミリア」
リカルド父さんがレミリア母さんの頭にぽん、と手を置く。ナデポという言葉があるが、たぶん母さんはそうやって父さんを好きになったんだろうな、と思うやりとりだった。
母さんが寝室に行ったあと、フィリアネスさんたちが居室から出てくる。彼女たちは来客用の部屋を使っていて、服もレミリア母さんが用意したものに着替えていた。木綿のシャツとスカート姿の騎士三人は、町娘のようでずいぶんイメージが変わって見える。
「私たちがもう少し早く着いていれば、奥方に怪我をさせずに済んだのだが……済まない」
「いえ、とんでもない。聖騎士殿が来てくれて良かった。俺が現場に居合わせていたら、とても「手加減」など出来る気がしない」
リカルド父さんは笑っているが、なぜレミリア母さんが怒ったのかを知ったら、ますますアントンたちを許しはしないだろうと思う。まあ、ガードに捕まって有罪になると首都に連れていかれるから、今は町にはいないわけだけど……。
「そうですよね~。私もメイスで戦ったりしたら、気絶じゃ済まないかもしれないですし~」
「手加減のしかたはぜひ覚えてくださいね、マールさん……」
「騎士道」スキル50ポイントで手加減が取れるんだったかな。ライフを1にできるって、実はすごく有用だから、取得の難易度は高めになっている。フィリアネスさんは【神聖】剣技のほうで取っていたな。
「それで……リカルド殿。私がミゼールに来たのは、他でもなく……」
「ええ、分かっています。しかし、この従騎士たちには聞かせるべき話じゃない。まあ、マールギットさんとやらは、ヘタをしたら俺より強いみたいですがね」
「腕っぷしだけは、マールは騎士団で随一だからな。私でも力だけは勝てないほどだ」
フィリアネスさんの側近の一人が、戦闘になると異常に強いというのはゲームでも語り草になっていた。おかげで騎士団が強キャラだらけというイメージがついていたのだが、実はそうでもなかったりする。フィリアネスさんが公国最強で、マールさんは二番目……抜きん出て強いというだけだ。低レベルであの恵体だし、レベル20にもなれば棍棒スキルが上がり、「ダブルインパクト」ですさまじいダメージを叩き出すようになる。
「私たちが聞いちゃいけない話……わ、わかりました。すみません、では今日はご挨拶だけで~」
「それではフィリアネス様、また後ほど。私たちは部屋に戻っています」
マールさんとアレッタさんは俺の方を見て微笑んだあと、部屋を出て行く。フィリアネスさんは、俺の家に重要な用事があって来た……期せずして、俺も話を聞かせてもらえる状況だ。
「……私はこのたび、最高司祭より、『護り手』を監視する役目を与えられ、従者を伴ってここに来た」
「なるほど……公国最強のあなたが、こんな田舎町に足を運ぶのはいささか非効率にも感じますが。貴女以外には務まらない、という考え方もありますか」
いつも砕けた言葉を使うリカルド父さんが、フィリアネスさんに対してはいくらか畏まっている。いつになく緊張した空気に、俺も手に汗を握ってしまっていた。
(……『護り手』って、何を護ってるんだ……誰のことなんだ?)
「あの剣は、今も無事に、抜かれずに安置されているか?」
「間違いなく無事です。この俺が生きている限りは、あれを守り切ると決めています」
リカルド父さんが迷いなく答える。『生きている限り』という言葉に、俺は少し、ぞくりとするものを感じた。
命を懸ける必要があるほど、危険なもの……『あの剣』。それを、リカルド父さんが守っているのか。
「……済まない。ここで平和に暮らしているあなたがた家族に、あの剣は似つかわしくない。私が受け取って、出来るだけ遠くに持ち去り、封印するべきだ」
「公王と大司祭様は、あの剣が目の届く範囲……首都から三日の距離にあるこのミゼールにあることで、ある程度安心しておられるのでしょう。フィリアネス様、あなたも首都での任務の合間に、こうして様子を見に来ることができる」
「それは……そうなのかもしれないが。もしもの時、レミリア殿とヒロト、そして町の人々にも累が及ぶことを考えれば……」
フィリアネスさんは辛そうな顔をしている。公国最強の聖騎士といえど、14歳……任務だからといって、全てを割り切れるものでもないんだろう。
そして彼女は俺と母さんのことを心配してくれている。そんなフィリアネスさんを見て、リカルド父さんはふっと笑った。
「あなたはまだ若い。俺も言うほど年を重ねてはいないが、自分の強さに限界を感じ、騎士の道を捨て『護り手』になることに一生を費やそうと決めた。それだけのことです。レミリアはそれを理解しているし、『あれ』がどれほど危険かも分かっている。それでも彼女の父親は、こうして住む場所まで与えてくれた」
「……そう……だったのか。私はあなたたちが首都を出た当時、まだ聖騎士になるために修練を積んでいた。そんな私が、軽々しく、あなたの覚悟に口を出してはならない……そうも思う」
「斧を振るう俺は、あの剣に魅入られずに済む。騎士としての実力が半端な俺でも、果たせる役割があったということです」
「……私もあの剣を手にしても、魅入られることはないだろう。同じ剣でも、私の剣とは種類が違う。ならば、護り手の役割は、私が……」
フィリアネスさんの言葉を、父さんは無言で制した。やめておけ、という顔だった。
「聖騎士には聖騎士の役割がある。俺も時が来れば、あの剣を持って、妻子のもとを離れるでしょう。しかし、今は……せめて、ヒロトが大きくなるまでは……」
「……分かった。しかし、ひとつだけ頼んでおきたい……公国も、大司祭様も、あなただけに全てを押し付けたいわけではない。『あの剣』が目覚めるようなことがあれば、全力で阻止する。あなた一人で抱え込むのではなく、私たちにも助力を求めてくれ」
「ええ、そうでなくては困る。あれは、人の手には余るものです。だからこそ、こんな片田舎にあるとは誰も思わない……さらに言えば、俺はもはや騎士ではなく、ただの木こりですから」
「……副騎士団長にまで上り詰めたあなたが、何を言うのですか。あなたは『あの剣』が見つかったとき、誰も希望しなかった『護り手』を、自ら望まれたと聞いています。騎士団での栄誉も、何もかも捨てて」
父親は元騎士じゃないか。そんな俺の想像を、現実は既に遥かに超えてしまっていた。
リカルド父さんは副騎士団長……この若さで。そして、その地位を捨てて、この町に移り住んだ。
「都落ち」なんかじゃない。父さんは自分の意志で、何か重要な役目を果たそうとしたんだ……。
「誰かがやらねばならんのです。ならば、地位など関係ありますまい」
「……あなたの覚悟、しかと受け取りました。あとは剣の無事を確かめ、私はしばらくミゼールに滞留したのち、首都に戻ります」
「ここはいい町です、色々と見ていってください。しかし鉱山の奥にだけは行かないことを勧めます。あそこの奥は溶岩があり、外より強い魔物の出る魔窟ですから」
「心得ておく。あまり汗をかくと、ヒロトと遊ぶときに、鼻を曲がらせてしまうかもしれないしな」
「はっはっ……女の汗と、俺のような無骨な男の汗では違いますよ。ヒロトは俺の血を継いで、そういうのは気にせん男に育つでしょう。なあヒロト、聖騎士様の汗だったら気にしないよな?」
「……だー、だー」
父さん、いきなりフランクになりすぎだ。俺もどう反応していいのかわからないよ。
しかしまあ、汗にはフェロモンが含まれているというので、聖騎士の汗ならさぞ……って、それは変態だ。
「……何となく、ヒロトがリカルド殿の息子というのがわかるような気がする」
「こいつは俺より、よほど見どころがありますよ。まだゼロ歳ですが、今から目をつけておいてはどうです? 聖騎士殿の『戒め』は、たしか二十九まで解けぬのではなかったですか。その頃にはちょうど……」
「な、何を言っている……私の戒めのことは、ヒロトには関係はないだろう。まして私は、生涯神に剣を捧げ尽くすと決めたのだからな。脇見をすることなど……」
「所帯を持つのはいいもんですよ。これは説教じゃなく、俺は本当にそう思っている。俺は『あれ』を守りながら、ゆるやかに錆びて朽ちていく斧になるはずだった。レミリアと、そしてヒロトのおかげで、そうならずに済んだんです」
父さんは俺を抱え上げると、優しく背中を叩いてあやしてくれる。
何か泣きたい気持ちになった。俺は父さんの背負っているものも何も知らず、その父さんの覚悟を受け止めた母さんの気持ちも知らないで、毎日をただ穏やかに、求めるままに過ごしていた。
もっと、父さんや母さんのことが知りたい。そうしないといつか、本当に守りたいときに、何も出来ずに終わってしまうかもしれないから。
「さて……剣を、直接確かめられるんでしょう? 案内しますよ」
「今から見られる場所にあるのか?」
「ええ。灯台もと暗し、というわけでもありませんが……話すよりも、見てもらった方が早い。ヒロト坊、ここで待っててくれな」
父さんは俺を降ろそうとする。しかし俺ははっしとしがみついて離れなかった。
「ま、参ったな……こりゃ。なついてくれるようになったのはいいが……父さん、今から大事な用事があってな」
「……ぱ、ぱーぱ」
「なにっ……そ、そこまで行きたいのか……しかしあんなもの、子供に見せるのは……」
死力を尽くして父さんを説得しようとする俺。赤ん坊に出来ることならどんなことでもする。
会話じゃなくて態度で示すのも、かなりのエネルギーが必要だった。でも、今はそんなことを言っていられない。
「……フィリアネス様、息子も連れていっていいでしょうか? 俺が『あの剣』を持ってお見せします」
「む……ま、まあ、赤ん坊は剣を持つこともできないし、魅入られることもないだろうが……分かった、私がヒロトを責任をもって抱えていよう」
父さんからフィリアネスさんに引き渡される俺。石鹸の匂いがするな……そして、確かに父さんより、フィリアネスさんの方が圧倒的にいい匂いがした。
◆ログ◆
・「魅了」が発動! 《フィリアネス》は抵抗に成功した。
もう3回くらいは追加で発動してるけど、フィリアネスさんの硬さと言ったら……聖騎士って、魅了に強いって隠しパラメータでもあるんだろうか。
「ははっ、俺の時よりおとなしくなって……照れてるのか、ヒロト坊」
「赤ん坊なので、何もわからないと思うが……この子はなんというか、ただの赤ん坊というだけではすまない気がするな」
「ええ、よく言われてます。だからこいつは、間違いなく大物になるんですよ」
父さんは爽やかに笑うと、家の地下室に向かう。そこに『あの剣』があるのか……俺を抱いているフィリアネスさんも、緊張しながら階段を降りていった。
◇◆◇
家の地下室に入ったのは初めてだった。そこには一つの部屋があるわけではなく、階段を降りた先に、人二人が並んで通れるほどの広い通路が広がっていた。空気は思ったよりかび臭くはなく、どこからか風が流れてきている……水の流れる音も聞こえてきた。
「ここは……どこに繋がっているのだ?」
「ミゼール教会の地下の深部です。教会で祝福を受けた聖水の池に沈めることで、あの剣の力を少しでも抑えようとしてるんですがね……まあ、気休めといえばそれまでだが」
リカルド父さんは苦笑して言う。通路と階段が交互にあって、少しずつ地下深くに潜っていく……そして。
「……ここに、あの剣を安置しているのか。まるで、女神の祭壇のようだな」
「俺も初めはそう思いました……そこに封じられているものが魔剣というのは、何とも皮肉な話です」
(魔剣……ま、まさか……!)
『あの剣』『あれ』と言われるとピンと来なかったが、『魔剣』と言われれば反応せざるを得なかった。
エターナル・マギアに存在する武器の中で、プレイヤーキャラが誰一人として持つことが出来なかった、『存在するだけの最強武器』。その一つが、『魔剣』と言われるものだった。
剣、槍、細剣、斧、棍棒、刀、弓、杖。八つの武器種に1つずつ『魔』の名前を冠する武器が存在する。文字通り、魔王が所持する武器だとか、魔王を倒すための武器だとか色々言われていたが、一部の武器が安置されているところを見られるだけで、絶対に入手出来ないアイテムだった。
『魔槍ディザスター』は見たことがあるが、魔剣は見たことがない。本当に、あの魔剣が……田舎町の、それも俺の家の地下からつながっている場所に安置されているのか……?
「リカルド殿、どこに魔剣があるというのだ? どこにも見当たらないが……」
「ここの仕掛けを使って……フィリアネス殿、見てください。そこの聖水の溜まっている池を」
父さんが部屋の隅にある床に触れて何かの操作をすると、上から滴り落ちてくる聖水を受け止めていた大理石のように磨きあげられた石の器が2つに割れ、水が一気に流れ落ちる。ダンジョンにこういう仕掛けが良くあったけど、転生してから見るのは初めてだった。
そして器の水が枯れたあと、姿を現したものは……聖水に沈められていた、黒い鞘に収められた長剣だった。
「これが……災厄の魔剣、カラミティなのか……?」
「魔神が、世界を滅ぼすために魔王たちに与えた武器。魔王を討った勇者によって持ち去られ……公国領内の、勇者が暮らしていたとされる場所に、この剣だけが残されていた。全く勇者とやらも、何を思って捨てていったんでしょうな」
リカルド父さんは魔剣を手に取ると、フィリアネスさんに見せる。俺は鑑定スキルがないために簡単な情報しか得られないが、その剣の情報をログで確かめた。
◆アイテム◆
名前:?魔剣カラミティ
種類:長剣
レアリティ:ゴッズ
攻撃力:1
・未鑑定。
・呪われている。
・封印されている。
(魔剣……レアリティ、神話級。本当に、ここにあったのか……!)
フィリアネスさんの腕の中で、俺は魔剣を見つめる。禍々しい気を放つ剣だが、封印され、その力を全く発揮できていない。しかし剣装備が出来る人が持てば、呪われて勝手に装備され、『魅入られて』しまうだろう。
「まったく……震えがくるほどの名剣だ。だが、これはただの剣じゃない。言い伝えを信じるなら、災厄そのものだ」
「……無事であることが確かめられて良かった。これからも、数ヶ月おきには確かめに来なくてはならない。これを求めている者は、人間・魔物を問わずあまりにも多すぎる」
フィリアネスさんは魔剣に触れようとはしなかった。細剣装備しかできない彼女が魅入られることはないが、それでも、聖騎士の彼女ですら、いたずらに触れることをためらうほどのものだった。
父さんは剣を元通りにして、再び器が元に戻り、聖水で満たされていく。それを見たところで、ようやくフィリアネスさんの緊張が少し和らいだ。
「ここも絶対安全とは言えない。機を見て、俺は町を離れ、旅に出るつもりでいます」
「……魔剣の力を御することさえ出来れば。もしくは、壊してしまえれば……」
父さんは、魔剣の護り手としての務めから解放される。でも、それが出来るものなら、もっと早くにしていただろう。
「壊すこともできず、野に放てば、いずれは誰かの手に渡る。ならば、護るしかありますまい」
「……すまない。これからも、魔剣のことをくれぐれも……」
フィリアネスさんは最後まで言葉にできなかった。父さんはただ笑って、先に地下室から出ていった。
ふたり残されたあと、フィリアネスさんは俺を抱きしめると、背中をぽんぽんと叩いてあやしてくれた。
「……ヒロトの父上は、偉大な人物だ。そのことを、覚えておくのだぞ」
彼女はそう言うと、自分も地下室を離れる。俺は言われるまでもなく、父さんの凄さを理解していた。
だけど、それだけじゃない。
魔剣を誰にも悪用させてはならない、何とかしなければいけない。父さんが一人で魔剣を持って旅に出るなんてことがあったら……それこそ、魔剣を捨てた勇者と、同じことになってしまうかもしれない。
(父さんは、レミリア母さんと一緒にいるのが幸せなんだ。この暮らしを、壊させたりしない……!)
歩けるようになったらしなければならないことが増えるばかりだ。
魔剣カラミティを御する、もしくは壊す……それを、俺は何としても成し遂げようと誓った。