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第八十六話 二人の花嫁

 女神によって飛ばされた花畑から、俺たちは元の空に戻ってきた。


 ユィシアはすでに、最初の目的地だった、ジュネガン北西部の高地にある花畑の上空にいた。ゆっくりと高度を下げ、花を踏まないように草に覆われた場所に降り立つと、俺はリオナを抱えて飛び降りる。


「わあ……すごくきれい。ヒロちゃん、連れてきてくれてありがとう」

「あ、ああ。えーと……綺麗だよな、本当に」


 『リオナ』と『陽菜』は同一存在であって、しかし異なってもいる。八歳のリオナと、高校生だった陽菜の二つの人格があるようで、そういうわけでもないらしい。


 二人が一つになるとしたら、それはリリスを封印した時になる。魔剣をソニアが聖剣に変えて、リリスを封じる――殺すわけではなく、何度も蘇り続け、魔王として生まれ変わる運命を終わらせ、眠りに就かせる。


 リリスとも話してみたいとは思うが、その機会が訪れるのかは分からない。


「……ヒロちゃん、私、お花を摘んでいってもいい? お花を綺麗なままで持って帰れる方法、お母さんに教えてもらったの」

「ん……なんでだ?」

「えっと……それは秘密……じゃ、だめ……?」


 今の俺は、他人の心の機微というものが自然に理解できる。


 リオナが、何のために花を摘もうとしているのか。彼女の性格と、俺がこれからしようとしていることを考えれば、答えは一つしかない。


「結婚式のために、花を持っていこうっていうことか?」

「……うん」


 やはりリオナは、『結婚してください』と言ったことを忘れている――いや、陽菜のときに話したことを、少女のリオナは陽菜の側面とともに眠らせているのだ。


 それなら、もう一度言うしかない。ユィシアは俺を励ますように、くるる、と喉を鳴らしている。不甲斐ない姿は見せられない。


「俺とみんなを祝うために花を摘むんじゃなくて……リオナだって、こっちに来てほしい。それとも、結婚とかはまだ早いと思うか?」

「……ふぇ?」


 驚かれるに決まっている――それどころか、理解すらできていない。

 顔が一気に熱くなってくる。八歳の女の子を前にして赤面する十四歳なんて、情けないことこの上ない。


「そ、その……リオナは今は小さいけど、七年したら大人になるだろ。今は結婚の約束ってことにしておいて、七年したら……俺と……」

「……ヒロちゃん……私、ヒロちゃんのおよめさんになっていいの?」


 気持ちなら、ずっと昔に確かめていた。


 俺がいつまでも勇気が出せなかっただけだ。まだ幼いリオナに拒絶されてしまう、そんな想像をして、踏み出さないことが正しいのかと思いさえした。


 公国の人々に、リオナたちと将来結婚するなんてことは言わなくてもいい。然るべきときに、正式に奥さんになってもらったときに公表すればいい。


 副王がロ◯コンなどというのは、いたずらに心配をかけてしまう。領地を得るということは、まず領民を安心させること、信頼してもらうことが第一だ。


「……うん。ミルテとステラ姉も、一緒にな」

「っ……みんな、みんなずっと一緒にいられるの? 大人になって、離れなくてもいいの?」

「俺は、そうしたいと思ってる。リオナは、そういうのは変だと思うか?」


 何と言っていいのかわからないのか、リオナは口をぱくぱくとしている。


 前世なら変というか、法律的にも世間一般の常識としてもありえないことだ。それを自分が実現させようとするなんて、転生したばかりの頃は想像もしなかった。


「……あ、あの……あのっ……」

「ん……ど、どうした? やっぱり、みんなで一緒に結婚するのはだめか?」

「ち、違うの……ヒロちゃん……ヒロちゃんは、私のこと……」


 そうだ――また俺は、告白をしなくてはならないのだ。


 何度言っても同じ気持ちを味わっているので、いい加減に成長しなくてはならない。


 コミュ難の俺が、交渉スキルに全振りして転生した結果、手に入れることができたもの。


 それはこのマギアハイムでの人生そのものとも言えるが、人生とは出会いでできているものだ。


 共に戦う仲間であり、かけがえのない存在であり――一緒に夢を見ることができる人たち。


 その中にどうしても、リオナがいてくれなければ困るのだから。


「俺は、リオナが好きだ」


 時間が止まるように感じる。この瞬間を、いつまでも覚えているのだろうと思う。


「子供の頃は、邪険にしたりしてごめん……いつも助けてくれてありがとう。いつも俺を探して、俺に笑ってくれて、本当に……ありがとう」

「……私が目を開けたときには、もうヒロちゃんがそこにいたんだよ。私はずっとずっと、ヒロちゃんを見てた。晴れた日に、おうちの裏の原っぱにいるヒロちゃんを見ると、走らずにいられなかった。ミルテちゃんと遊んでるときは、私だっていつも……いつもね……」


 青い空の下、花畑の中で、俺はリオナの前に膝をついて、彼女を抱きしめた。


 言いたいことをいつも伝えられなかった。リオナに陽菜の面影を重ねながら、陽菜に似たリオナがこの世界に居てくれたことを喜ぶ自分を許せなかった。


 ――リオナが陽菜そのものでも、俺は彼女のことが好きだなんてとても言えなかった。


 生まれ変わってから会えた人たちとは、好意を言葉にしなくても傍にいられた。交渉術は、こんな俺にも心安らげる場所と、希望をくれた。


 もっとまともな使い方をしなくてはいけないと、自分の半生を省みる。国を治める立場になれば、ようやく本来の意味で交渉術を活躍させられる。


 リオナは俺の背中につかまっていた――まだ八歳なので、抱き返すには腕の長さがいっぱいいっぱいだからだ。その手を離すと、潤んだ目をこすりながら微笑む。


「……ずっとこうしたかった。ヒロちゃんのことをぎゅーってしたら、幸せな気持ちになるんじゃないかなって」

「そんなこと考えてたのか。じゃあ、今度からは……遠慮なくしてくれっていうのは、言い過ぎかな」

「みんなが見てないときに、ヒロちゃんがいいかなって思ったら言って」


 受け身ではあるが、リオナは元々奥ゆかしいというか、物心づいてからは小さな頃から周囲への気配りばかりをしてきた。俺の前でだけ時折見せていた我がままを、今は懐かしく思う。


「……じゃあ、私と、みんなのためのお花を……ううん。少しだけにしておくね」

「見渡す限りに咲いてるから、いっぱい摘んでも大丈夫じゃないか」

「ううん、できるだけこのままにしておきたいの。ヒロちゃんと私の……あと、ユィシアお姉ちゃんも一緒だけど、すごく大事な場所だから」

「……見ているだけで、自分のことのように恥ずかしい」

「ユィシアもだいぶ、そういうのがわかるようになってきた……というか、人間の姿になってたんだな」


 ユィシアは頷きを返し、伸びをしながら周囲を見回す。そのなめらかな鱗に覆われた銀色の尻尾は、ふよふよと機嫌良さそうに動いている。


「ヒロちゃん、ユィシアお姉ちゃんの髪にお花をつけてあげたいの」

「ああ、そうか。でも竜になったら取れないか?」

「……角にかけておく。リオナがくれるものなら、貰いたい」

「うん! それじゃ、少し待っててね。小さい花冠なら、すぐ作れるから」


 リオナは言葉通りに、花冠を作る。高さが足りないので、抱きあげてやると、自分の手でユィシアの頭に花冠を被せた。


「ユィシアお姉ちゃん、すごく可愛い」

「……ありがとう。ご主人様、私はこれを被って、みんなの式を見てる」

「無理強いはしないけど、できれば花嫁として出て欲しいな」

「あ……花嫁さんって、もしかしてお花をもらったりするから、そうやって言うのかな?」


 それは、当たらずも遠からずといったところかもしれない。結婚式といえば花がつきものではあるからだ。


 副王戴冠式を兼ねるか、それとも分けるべきなのか。それは、ジュヌ―ヴにいるルシエに会ってから決めなければ。


「出来る限り、花がいっぱいの式にするか。苦手な人がいなければだけど」

「ミルテちゃんとステラお姉ちゃんと、サラサお母さんはお花が大好きだよ。きっと他のみんなもそうだと思う」

「……花は限られた時間を咲き誇るもの。何も言わないからこそ美しい」


 花冠をつけたユィシアは本当に綺麗で、花の美しさにも負けていない。


「リオナの分も作る。作り方を教えて」

「えっ……わ、私は、ユィシアお姉ちゃんにあげたかっただけだから……」

「いいじゃないか。じゃあ、俺とユィシアで作るとするか」


 リオナがよく作っていたので、見よう見まねでやり方は覚えている。白と薄紫の花を摘み、茎を結び合わせると、すぐに花冠が完成した。


 それをかぶせるのは、俺の役目だ。思わず緊張してしまうが、リオナが目を閉じてじっとしているので、花冠をかぶせる。


「……ふぁぁ……すごく嬉しい。どうしよう、走り回りたくなっちゃう」

「よく似合うよ。二人とも、本当に……ユィシア、どうした?」


 ユィシアが近づいてきて、俺の肩に触れ、少し背伸びをしながら頬にキスをしてくる。ちゅっ、と耳をくすぐるような水音がして、身体が一気に熱くなってしまう。


「んっ……連れてきた分の、お返しを貰っておく」

「……あ、あの、あのっ」

「リ、リオナは真似しなくても……というわけにもいかないか」

「……ううん、あとでいい。えっとね……ヒロちゃんは大きいから、お願いしたら、おでこにしてくれるってクリスお姉ちゃんが言ってた」

「クリスさん、何を教えてるんだ……お、おでこか。分かった、覚えておく」


 成長した姿の陽菜とは、もうキスを交わしているのだが――触れたか触れないかというくらいのものだった。


 リオナが大きくなったときには、何も遠慮する必要はなくなる。その七年は、俺たちがするべきことを果たすうちに、あっという間に過ぎるだろう。


「……ヒロちゃん、そろそろ帰ろっか。みんながミゼールで待ってるから」

「ああ、そうしようか」


 何も言わなくてもユィシアが竜化する。その背に乗って、俺たちは再び空に舞い上がる。


 花冠を被った銀色の皇竜。魔力で風圧を防いでいるので、花冠も飛んでいくことなくそこにある――だが、ユィシアの翼が生み出す風が、色とりどりの花びらを空に舞い上げていく。


 これでもまだ、俺の求婚は折り返し地点までにしか来ていない。どれだけ皆にお世話になって今の俺がいるのか、改めて確認する。


「ヒロちゃんはお嫁さんがいっぱいになるから、お当番を決めなきゃね」

「お、お当番……いや、普通の意味だよな」

「う、うん……一緒にお昼寝とか、一緒に遊んだりとか、お当番じゃないとできないから」


(……夜だけ一緒なら、私はそれでいい)


「あーっ、ずるーい! 私もヒロちゃんとおやすみしたいから、夜がいい!」


(……リオナに夜はまだ早い)


「そんなことないよね、ヒロちゃん」

「な、何というかだな……一緒に寝るとしたら、それはローテーションだな」


(……ご主人様、とても大変そう。体力をつけてもらうために、肉を食べさせる)


「ヒロちゃんのために、レミリアお母さんたちにお料理教えてもらわなきゃ……」


 同じ花で作った冠をつけた二人は、空の上でかしましく話し続ける。この分なら、結婚してからも仲良くやっていけるだろう。


 遠くにミゼールの町が小さく見え始める。次は、誰に会いに行こうか――そんなことを考えているうちに、リオナとジョゼフィーヌと共に本を読んだあの場所を目指して、ユィシアはゆっくり翼をはためかせて降りていった。


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[良い点] 熱血漢でない影のある感じ。いいと思います。
[一言] バブ味と言うか、とても刺さる。完結してないのが悲しい。
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