第八十四話 リオナ/??? 前編
クリスさん、ジェシカさんは町の宿を借りているので、名残惜しそうにする彼女たちに見送られ、俺は家に戻ってきた。
寝る準備をして、ユィシアが寝ているところに後から入ると、ユィシアがもぞもぞと動いて、後ろから抱きついてくる。
「……ご主人様、帰ってきた……よかった」
「待たせてごめん。まだ起きてたんだな、ユィシア」
「うしろは向かなくていい。こうしているのも好き……」
ユィシアは尻尾をおずおずと動かして、前にしゅるりと伸ばしてくる。触っていいようなので、俺は手で撫ぜ、その滑らかな感触を楽しむ。
「……ご主人様ぁ……」
「ユィシア……?」
「な、何でもない……触ってていい。そうしてもらいながら、寝たい……」
色々と彼女も、俺との過ごし方を試していきたいのだろうか。
しかし、身体がどんどん熱くなってきているし……心臓もばっくんばっくんと、大変な勢いで脈を打っている。
「あ……な、何でも……」
俺はゆっくり振り返ると、戸惑っているユィシアの頬に手を当ててキスをした。
「……キスしたがってること、気づかれた……恥ずかしい」
「多分二人で寝てると、そうなることの方が多いと思うから。ユィシア……」
俺はそっと手を伸ばす。俺と知り合ってから、彼女の『母性』はどれだけ上がっただろう。そんなことを考えながら、母さんから貰った彼女の寝間着の上から、とくとくと脈を打っているところに耳を当ててみる。
「す、すごいな……ユィシア、どうしたら落ち着くかな」
「……い、いつもみたいに……ちょっとだけ……」
ユィシアはこともあろうに、自分から寝間着の前を開け始める。下に肌着を着ているが、ふわりと甘い匂いがした。
俺の部屋は、机のところに置いてある暖色の魔術灯だけで照らされている。薄明かりの中でおねだりをするユィシアを見ていると、昔夜中にこっそりと、フィリアネスさんに寝かしつけてもらったときのことを思い出した。
◆ログ◆
・あなたは《ユィシア》から『採乳』した。
・あなたの『限界突破』スキルが上昇した!
・あなたは皇竜族からの『採乳』について、完全に習熟した。
・あなたはエキストラスキル『徴乳』を覚えた!
(ちょ……徴乳? エキストラスキル……こんな覚え方があるのか……!?)
「……ご主人様……いつもと、少し違う感じがする……」
◆スキル詳細◆
名称:徴乳
習得条件:
・他種族からの『採乳』を完全に習熟する。
・習熟に必要な回数は種族によって異なる。
説明:
・範囲内にいる人物全てから、『採乳』と同等の効果を得る。
・使用するたびに、該当する人物に『高揚』系統の状態変化が起こる。
制限:
・『魅了』していない相手の場合、好感度を上げなければスキルの対象にならない。
・効果範囲は一部屋の中から始まり、習熟と共に拡張する。
使用方法:
・通常状態、戦闘状態のいずれかで『徴乳』アクションを使用する。
同じ部屋にいるだけで『採乳』ができる。範囲攻撃と化した俺の採乳からは誰も逃れられない、と悪魔じみたことを考えている場合ではない。
これが、結婚を控えた段階で習得できたというのは何を意味するか。複数人で一緒に就寝したとき、俺のスキル上げは超効率となるということだ。
しかし、直接触れることも捨てがたいので、俺の手が足りない時にのみ使わせてもらうべきだろう。『高揚』系統の状態変化を期待して。
(俺は一体、この世界をどの方向に攻略しようとしているんだ……?)
「……もうちょっとだけ……ご主人様……」
ユィシアはさらに、いつもより甘えるような仕草を見せる。どうも俺の力をさらに認めてくれたことで、俺のことを頼る対象として見てくれているようだ。
新たな技能をお披露目する日はいつになるだろうと思いつつ、ユィシアが適度に疲れて眠りやすくなるようにお願いに応えた。完全習熟した今、『限界突破』が上がりやすくなったかもしれないという期待もある。
――結局それでも限界突破は上がりづらく、合計で2上昇するのがやっとだったが、ユィシアは満足して寝ついてくれた。
◆◇◆
良い夢が見られると思っていた。
けれど俺は、予想とはまるで異なる光景の中にいた。
部屋の中、ヘッドホンをつけ、俺はマウスを右手で、左手でキーボードを操作している。
転生する前の俺。エターナル・マギアを一日中攻略し続け、ゲームの中で生きているような生活を送っていた――それでも、楽しかったという記憶しかない。
ドアの外から声が聞こえる。俺はゲームの中でのチャットに集中しようとしながら、途中でAFKと打ち込んでヘッドホンを外し、チェアを後ろに倒して目を覆う。
弟の声。いつも俺に呼びかけたりはしないのに、あの時のあいつは必死だった。
俺は弟のことが嫌いではなかった。真面目で、親の言うことをよく聞き、俺のことを本気で心配してくれている。
その期待に答えられないことは苦しかったが、どうしても外に出ようとすると足がすくんだ。
俺は、正しいことをしたはずだった。同じクラスの生徒がカンニングをしたとき、そいつを皆の前で告発した。
しかし、教師は俺の発言を黙殺した。次の日から、教室に、いや学校に、俺の居場所など無くなっていた。
権力に巻かれろと、教師は一言も言わなかった。しかしやっていることは、権力者の息子だったカンニング犯を守るために、俺を切り捨てたというだけ。
正しいということには、欠片ほども価値はなかった。もっと上手いやり方はできなかったのか、と言ってくれる最後の友人の言葉にも意味はなく、俺は彼らにも離れるように言った。俺と一緒にいるということが彼らに迷惑をかけると分かっていたから。
――俺はコミュ難だから、元からクラスでは上手くやっていけなかったんだ。
――もっと空気が読めれば、上手いこと立ち回って、無難にやっていけてたかもな。
そんなふうに自分を卑下して、仕方のないことだと思おうとして、やがて俺は、自分が学校に通わなくてはならないという義務を忘れた。
いないものと見なされて生きていくより、自分を認識する存在が誰もいない空間にいたい。
他の場所に移ろうと親は言ってくれた。もう少し俺が生きていたなら、転入試験を受けていたかもしれない。
「兄ちゃん、宮村さんがさっき来ててさ。プリント、持ってきてくれたぞ。ここ、入れとく」
扉にはポストが作られ、ドアを開けなくても、外から物を入れられるようになっていた。
まるで囚人のようだ。けれどそれは、俺が自分から望んだことだった。
弟は、隣にある自分の部屋にすぐ戻ろうとしなかった。あいつが部屋に戻ってくれなければ、入れられた物を確かめられない。
「……部活の先輩から聞いたんだけどさ。恭介くん、宮村さんに……告白したんだって」
「っ……」
「それで……宮村さんが……」
その続きは、ぼやけて聞こえなかった。
心臓が鈍く跳ねている。
そんな日が来てもおかしくないと覚悟していたのに、胸が破れそうに痛くなった。
「……兄ちゃんはそれでいいの? 陽菜ちゃんが来てくれなくなったら、どうやって兄ちゃん、外に出たら……」
「……いいも、何もない。俺が……何か言えることじゃ……」
「嘘つくなよ。なんでそうなっちゃったんだよ! 兄ちゃんは、もっと……!」
弟には、感情が昂ぶると言葉が出てこなくなるところがあった。
そんな思いをさせたくはなかった。けれど、その時の俺にはどうにもならなかった。
「……ごめん。夕飯、後で持ってくる。たまには父さんと母さんにも……」
「……ああ。悪い……」
弟が隣の部屋に入る。俺は届けられた大きな封筒を開ける。
中に入っていたプリントは数枚で、小さな封筒が入っていた。
可愛らしいシールで封をされた封筒の裏には、『宮村陽菜』と書かれている。
――ドアを開ければ、外に出れば、近くに住んでいる陽菜の元をすぐに訪ねられる。
そうして俺は、何を言えるというのだろう。恭介とのことを笑って祝うなど、こんな俺がしたところで何の意味もないことだ。
俺は陽菜が、恭介にどう答えたのかを想像した。少し考えただけで、頭が割れるように痛んだ。
陽菜のことを諦めて、忘れなくてはいけない。彼女に何かをしてやれたわけでも、自分の気持ちを伝えられていたわけでもなかったのだから、悔やむ権利すら俺にはなかった。
それから、半年ほどした後のことだった。
俺はエターナル・マギアのアカウントをハックされ、ゲームにログインしないまま時間が流れていた。
外は雨が降っていて、延々と窓を打つ雨音ばかりが続いている。
その雨の音を頭の中で数えて、時間ばかりが過ぎて。
もう一度新しいキャラクターを作ろう。そして、失った財産をもう一度集めて、親に恩返しをできるようにしよう。
それが終わったら――俺は、どうするのだろう。
答えが出ないまま、考え続けていた。ずっと使ってきた『ジークリッド』を失ったとき、俺の中身は空っぽになってしまった。
不正で金を稼ごうとした俺に、アカウントを奪った人間を責めることはできない。
――いや、それとこれとは話が違う。そんなふうに、考えは堂々廻りをする。
そのとき、声が聞こえた。
豪雨が降っているはずの外から、人の声がする。俺は窓に近づき、カーテンの隙間から、外を見た――。
『どうしてそんな嘘をついたの? ねえ、どうしてっ……!』
『弘人のことはもう忘れろ! その方が、おまえのためなんだよ!』
――陽菜と、恭介。
『俺はおまえに振り向いてもらおうと努力した! 部活だって、勉強だって! 生徒会長にまでなったのに、何が足りないって……』
怒っているような声を出していた恭介の身体が揺れた。
陽菜が、恭介の頬を打った。今まで絶対に暴力を振るわなかった陽菜が――。
『私は……あなたのことを、絶対に許さないから……っ!』
『――待て、陽菜っ……待てぇぇっ!』
雨の中を陽菜が走り出す。獣じみた声を上げて、恭介がその後を追いかけていく。
もう、何も考えなかった。何が起きたのか、これから起きようとしているのか。
部屋を飛び出し、階段を駆け下り、ずっと用意されていた自分の古い靴に無理やり足を通して、叩きつける豪雨の中に走り出した。
何が起きていたのかは分からない。ただ分かることは、陽菜が怒っていたということ。
恭介は、自分と陽菜が付き合っていると嘘をつき、友人を介して俺の弟に伝えた。
それは、俺を諦めさせようとするために。しかし陽菜は、その嘘に気づいてしまった。
走り続けるうちに、雨の中で転倒し、地面に這っている恭介の横を通り過ぎる。その腕が俺の足を掴もうとするが、反射的に跳んで避けていた。
『――うぁぁぁぁぁぁっ!』
吼えるような声が後ろから聞こえてくる。しかしどれだけあいつが無念であろうと、恨み言を叫んでも、俺は止まらなかった。
後ろを振り返らず、走り続ける陽菜。あんな恭介の声が聞こえては、怖くて振り返ることなどできないだろう。近くにある家に駆け込むこともできないで、どこへ向かうのか――安心できる場所までか。
豪雨で視界は悪く、アスファルトは水で覆われている。ぐちゃぐちゃに濡れたジャージと靴に構わず、俺は走り続ける。
――もう少しで追いつく。もう少しで―ー。
その時俺は、最後に近づいてくる、金切り声のようなブレーキの音を聞いた。
最後に、名前を呼んだはずだった。
俺は陽菜を突き飛ばしたあと、突っ込んできた巨大な質量によって吹き飛ばされ――
森岡弘人だった俺は、そこで一度終わった。
◆◇◆
頬に、温かいものが流れている。
落ちてきた雫が、俺の頬に伝って流れていく。
目を開くと、そこには、夜明け前の薄明かりの中で、俺の顔を覗き込んでいるユィシアの姿があった。
彼女は泣いていた。俺の頭を撫で、身体をさするようにして、目を真っ赤にして大粒の涙をこぼしていた。
光る雫の幾つかが、涙石に変わる。その光景を綺麗だと思いながら、俺は身体を起こし、ユィシアと口づけを交わした。
「……ごめん。俺の夢が、ユィシアにも見えたんだな……」
「……ご主人様が、リオナを大切に思ってることは知ってた。この世界で生まれる前から……」
二度と傷つけたくはない。俺が前世で犯した罪を償い、リオナの――陽菜の献身に報いたかった。
今でも、幾らも恩を返せていない。それどころか一緒にいるほど、俺はリオナに沢山のものを貰って、返しきれることなどないのだと思う。
「……ご主人様が、大きな鉄の塊に……とても怖かった。でも、ご主人様は……最後まで、怖がらなかった。強くて、儚い……違う世界の、ご主人様……」
俺はただのゲームオタクの引きこもりだ。器用に生きることを選択しないで、自分が死ぬような運命を導いた馬鹿だ。
――そんなことは、例え冗談でも、二度と考えることはない。
俺が一度死んだことを悲しんでくれるユィシアには、自分を蔑むような考えを、ひとかけらも伝えたくない。
「……大丈夫。私が護る……護られて、護りかえす。皆でいれば、何も恐れることはない」
「ああ。ごめんな……不安にさせて」
俺はユィシアの髪を撫でる。柔らかな銀色の髪に手櫛を通すと、彼女はくすぐったそうに身をよじる。
けれど、ふとユィシアは静かな瞳に変わって、俺のことをじっと見つめてくる。
「……明日……もう、今日だけど……ご主人様とリオナを、連れていきたいところがある」
「それは……ユィシアが、背中に乗せて運んでくれるっていうことか?」
ユィシアはこくりと頷く。彼女がただの思いつきでそんなことを言うとは思えないので、何か理由があるのだろう。
俺の心が見えたとき、ユィシアに何かが伝わったとしたら。
俺が、リオナと一緒に向かうべき場所。彼女と二人で話す場所を、俺よりも、ユィシアの方が知っているのかもしれない。
「……花が、いっぱい咲いているところ。飛んでいる時に、見たことがある」
「花……?」
ユィシアは念話と同じ要領で、自分の中に見えている光景を俺に伝えてくれた。
◆ログ◆
・《ユィシア》はあなたにある心象風景を見せようとしている。再生しますか? YES/NO
何も選ばなくても見られるというわけではない。俺の意志を問いかけている。
――念話でこんなログが表示されることはない。俺は少なからず違和感を覚えながら、一種の覚悟を問われている気分で『YES』を選んだ。
目を閉じて、目の前に浮かんでくる光景。初めは魚眼レンズを覗いているように歪んで見えたが、次第に、視界が元の形を取り戻していく。
そこには、リオナ――いや。幼いころの陽菜がいた。
ユィシアは、俺の中にあった、俺も忘れている記憶を拾い上げたのだ。
日の当たるリビング。俺は陽菜の家の居間にいた。小学校に上がってからここに来る回数はとても少なくなっていた。
まさに、今と同じ年齢。八歳ほどの、水色のワンピースを着た陽菜が、ソファに座ってテーブルにいそいそとフォトアルバムを広げて、俺に見せてくれた。
ゴールデンウィークに、彼女は一家で高原を旅行してきたそうだった。
写真の中には、一面の花畑の中で、白いリボンのついた帽子を押さえ、笑顔を見せる陽菜の姿があった。
『これね、お父さんがとってくれたの。他にもいっぱいあるよ』
俺の家は、両親の都合で特に外出することもなく、一日だけレストランに食事に行ったくらいで、特別なことは何もなかった。
けれどその頃の俺は、それを寂しいとか、陽菜と比べてへそを曲げるようなこともなく、ただ写真に興味を惹かれた。
『陽菜のお父さん、大きいカメラ持ってるもんな』
『わたしも一枚とらせてもらったの。それが、これ』
『こんな上手にとれんの? すげー!』
素直に感心して、目を輝かせて。俺もそのカメラを触ってみたいなんて思いながら、そうしたら、うちの父さんに悪い気がして。
コンパクトなデジカメが嫌だったわけじゃない。けれど何か立派な機械を触ってるというだけで、あの頃は無性に胸が騒いで、テンションが上がったものだった。
大きくなるほど、子供の頃のように感動することはできなくなる。
けれど俺は確かに、あのときの気持ちを思い出していた。
もし、俺と陽菜がもう少し仲が良ければ、一緒に連れて行ってもらえただろうか。
それは無理でも、俺の家族が宮村家との交流を、小さな頃のように続けていたら、二家族で旅行できたりしたんだろうか。
俺たちが物心つかない頃には、そういう話もあったらしい。けれどうちの母さんが俺を産んだ後に働きはじめて、専業主婦をしていた陽菜の母さんとは、少しずつ疎遠になってしまったと聞いていた。
『……ヒロちゃんもいきたい?』
『う、ううん。だって俺んち、忙しいしさ。こんな遠く、行けないし』
『わたし、電車の乗り方も、バスの乗り方もわかるよ。書いておいたから』
陽菜はその頃から、子供向けの手帳を使っていた。手帳を開くと、そこには乗った電車とバスの名前が、子供の頃からやたらと綺麗だった字で書き込まれていた。
習字で賞を取るくらいだ、その達筆は有名だったし、他のことも何でも器用にこなして、陽菜は常に周囲から際立つ存在だった。
名前みたいに周囲を明るくする才能のようなものがある。そう感じるのは俺だけではないと分かってから、彼女が少しずつ遠くなっていくように感じていた。
『……遠くに行ってもお母さんが心配しないくらいになったら、一緒に行こ?』
俺は何て答えただろう。素直に言えただろうか。
ずっと忘れていた。思い出すことはないはずだった――けれど、ユィシアは見せてくれた。
『覚えてたらな。その手帳がその時もあったら、行ってもいいよ』
『絶対なくさないよ。机の一番上の引き出しに、鍵かけてしまっておくから』
『……お母さんが心配しないくらいって、どれくらい?』
『あとでお母さんに聞いてみるね』
陽菜はそう言っていたけれど――その後のことは、覚えている。
俺が陽菜を、遠くに連れ出すかもしれないと心配してしまった陽菜の母さんは、表面的には今まで通りだったけれど、どこかぎこちなくなってしまった。
そんなふうになると思っていなかった陽菜は、申し訳なかったからなのか、今までよりも優しくなった。
最初は、そうだったのだろう。陽菜の親が俺に対して誤解するきっかけを作ったことに、彼女なりに引け目を感じていた。
――俺は、彼女が何を思って俺の家に来てくれていたのか、最後まで確かめられなかった。生まれ変わってようやく、自分が思っていたことの一部を彼女に伝えられただけだ。
もう一度彼女の記憶が戻ったなら。そう願いつつも、他に大事な人ができて、睦まじく過ごしてきた俺のことを、前世の陽菜の価値観ならどう思うだろうと恐れてもいた。
ヒロちゃんって女の人にだらしがなかったんだね、とか。
私のことは、絶対にそんなふうに見ないでね、とか――。
(……そう言われたら俺は、素直に引くのか? そして、リオナがいつか大きくなって、他の誰かの奥さんになるのを祝福するのか)
『リオナ』は、俺の傍にいることを選んでくれる。
けれど、『陽菜』にはまだ気持ちを確かめられていない。
「……ご主人様のために、生まれ変わったのに?」
「っ……そ、そうか。俺の記憶が見えてるのか……」
「ヒナは、リオナと同じ。ご主人様が、生き生きしているところが好き。それは、ヒナが小さい頃から……」
「だ、だめだ……ユィシア、それは言っちゃだめだ。あいつは、そんなふうには思ってなかった」
ユィシアは不思議そうに俺を見る。そして何を思ったのか、頭を抱えるようにして腕を回してくる。
「……ユィシア?」
「こんなに純粋な感情を、リオナは向けてもらえる。私も、ご主人様の幼馴染みだったらよかった」
「……ごめん、不純で。俺はユィシアのことを、欲しがってばかりだもんな」
スキルも、その力も、ユィシアという存在すべてを、俺はいつも欲しがっている。
ユィシアは頬を赤くして微笑む。彼女の思う純粋な気持ちを、俺は少しでも向けられただろうか。
「……不純なご主人様も、好き」
つまりユィシアは、不純でも純粋でも、清濁併せ飲んで、俺を大事に思ってくれているということだ。
彼女と二人で眠るということが、どういうことなのか。傍にいる時間の全てを、ユィシアは俺を喜ばせるために使おうとする。
そして、自分自身も――けれど今は、ユィシアは俺に触れられることは求めず、ただ頬にキスをした。
「んっ……」
「……それだけでいいのか? くすぐったくて、気持ちいいけど」
「今日は、リオナの日だから。ご主人様と、リオナの約束を、かなえたい」
ユィシアが、花の咲いている場所に連れて行ってくれる。幼いころ写真で見た、陽菜が笑っていた風景をもう一度思い出す。
――俺も、行ってみたい。
子供の頃にそう言っていたら、陽菜は笑ってくれただろうか。そんなことを想像する俺の手を握りながら、ユィシアは穏やかな瞳で、ずっと俺のことを見てくれていた。




