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第八十三話 サラサ・クリスティーナ・ジェシカ 後編

 夕食の席に出されたメインメニューは、突撃猪ダッシュボアと野菜の煮込みだった。ミゼールでは祝い事の際に出されることが多いもので、母さんとサラサさんの料理の腕が反映され、香り立つ湯気が食欲を刺激する。


 別室では、リリムとイグニスも食事を摂っている。魔王は食事を摂る必要がないというが、俺たちとの戦いで大きく消耗しているため、食べるように勧めた。


 食事が始まってしばらくすると、母さんがクリスさんたちに話を振る。


「クリス、これからどうするの? お仕事もあるし、一度首都に帰るのかしら」

「うん、一度はね。魔王を倒したとはいえ、騎士団の仕事がなくなるわけじゃないし」

「四つの騎士団は、本来東西南北の領地を持ち回りで守備しています。隣国との関係は幸い良好ですので、首都に近い砦に駐留して、周囲の治安維持にあたります」


 ミゼールから南のラムリエルより先には国境があり、他国と面している。東部には港があり、レグナガン大陸などに船で移動することができる。ユィシアがいるので、俺の場合は船に頼る必要はないのだが。


「それなら、ヒロトの結婚式には出られそう?」

「んふふ、そんなの休みを取ってでも出るに決まってるじゃない。まあ、ジェシカは花嫁さん側で出席しちゃうかもしれないけどねえ」

「っ……けほっ、けほっ。な、なにを言う。私のような無骨な女に、ヒロト殿がそのような許可を下さるわけが……」


 ジェシカさんが最初否定するのは分かっていたので、俺は焦らない。急に俺の奥さんにならないかと言えば、もっと動揺させてしまうだろう。


 クリスさんも俺に好意的にしてくれているが、段階を踏まなくてはいけない。俺の叔母という関係でもあるのだから、急に女性として見ていることを強調しすぎたら、距離を取られてしまうかもしれない。


(女性として見てるからこそ、スキル上げをしまくってきたわけだけどな……でも『猛将』と『竜騎兵』スキルはまだ10になってないし、やっぱり回数が控えめだな)


 もう少しで両方10になり、初歩のアクションかパッシブが取れるのだが――いや、スキルが取り放題になるから結婚したいわけではない。


「そういえばクリスさん、ジェシカさんの呼び方が変わったんだね」

「一緒に死線を超えたからね。いつまでも『さん』って呼ぶのも他人行儀かなって……それともジェシカ先輩の方がいい?」

「敬意を持っているのなら先輩でも構わないが、そうでもないだろう。ただ名前で呼べばいい」


 騎士らしい硬い口調で話すジェシカさんは、こうして見ると頼りがいのある姉貴という感じがしなくもない。


 しかしブルネットの髪に上品なウェーブをかけ、母さんの持ち物の服に袖を通した彼女は、鎧を着ているときの勇ましさと比べ、かなりのギャップがあった。


 クリスさんも母さんと似ているだけあって、借りた服がよく似合っている。いつも髪に鎧とセットになった飾りをつけているが、今日はリボンだけでポニーテールにしていた。あらわになった首筋から鎖骨までが、つい見とれそうになるほど綺麗だ。


「それにしてもレミリアの妹さんが騎士というのは、どういった理由で志したのかが気になるな」

「クリスは私と違って、小さい頃から運動神経が良かったのよ。男の子と剣士ごっこなんてことをして、何人もやっつけちゃったりね。それで、騎士が向いてると思ったのよね」

「お姉ちゃんもおしとやかだったのに、リカルドさんに会ってからおてんばの虫がうずいちゃって、駆け落ちしちゃったくせに。お父さんを説得するの、本当に大変だったんだから。まあ、今では顔を見に行くと、お姉ちゃんのこと聞いてくるけどね」

「……そう。お父さん、まだ独りでいるの?」

「うん、まあね。反省してるみたいだけど、親しい女の人はいて、私も挨拶したことあるよ。そのときは、父をよろしくお願いしますって言っておいたけど」


 母さんの母親――俺の祖母は、母さんが幼い頃に亡くなっている。


 祖父がどうしているか、これまでも考えたことはあったが、母さんが話すまでは、あえて尋ねないでおこうと思っていた。


「……こんなこと言っても、お父さんは聞いてくれないかもしれない。でも、ヒロトの……私たちの子供の結婚式に、できるなら出て欲しい。そんなこと言ったら、怒らせるだけかしら」

「それは……そんなこと無いと思うよ。お父さんが心配してたのは……同じことにならないか、っていうことだから。でも、その心配はいらなかったじゃない」


 母さんも、俺を産むことで身体を悪くしないか――それを、祖父は心配していた。


 しかし俺も、ソニアも無事に生まれ、母さんも元気にしている。その事実を知れば祖父も安心してくれるだろう。


「俺は……招待状を出したいと思う。それだけじゃなくて、一度じいちゃんに会ってみたい。リカルド父さんの両親にも会いたいけど……」

「そうか、俺の親にも会いたいか……済まないな、あまり詳しく話さなくて。ジークリッドっていう家は、変わり者の集団なんだ。武門の家柄と言われていて、強さを全ての基準として考えている。しかしその強さを、公国や人々のために使おうとはしない。つまりは、問題児っていうことだ。長男の俺が言うのも何だがな」


 俺のプレイヤーネームだった『ジークリッド』の名を冠した家。


 そして、魔剣カラミティを扱うことができずに放棄し、姿を消したかつての勇者『ヒューム』が引き取られた家でもある――そのことについて、俺はまだ父さんに聞いていなかった。


「リカルド義兄さんは、国のために戦いたくて家を出たんですか?」

「そんなたいそうな理由じゃない。ジークリッドは下級貴族でもあるんだが、公国には貴族の子女を首都に滞在させるという制度がある。人質というわけじゃないが、地方貴族とのつながりを維持するための政策だな。俺はそれで首都にやってきて、文官か武官のどちらかで働くことになったが、武官を選んだ。そのために騎士学校に入って……という流れだよ」

「それで騎士になって各地を転戦しているときに、私の家の守備に当たったの。リカルドがいなかったら、私は無事でいられたか分からない。その時は、クリスはもう騎士学校に入っていたわね」


 父さんと母さんが、どのように出会ったか――そして、母さんがなぜ家を出たのかが、これで分かった。


 任務で母さんの暮らす東方領を訪れた父さんが首都に戻ったあと、母さんもついていったということだ。


「……母さんが父さんについていかなかったら、俺……生まれてなかったんだね」

「いえ、しばらくは我慢したのよ。でも半年待って、初めてこの人が送ってきた手紙に、『もう会えないかもしれない』って書いてあって……」

「レ、レミリア……それは勘弁してくれ。若気の至りというか、俺は俺なりに、色々と覚悟してたんだ」


 魔剣を預かることになった父さんは、一度は母さんに別れを告げた。それが納得いかなかった母さんが行動を起こし、ミゼールに別荘を持っていた母さんの祖父の厚意もあって、結婚してここで暮らし始めたわけだ。


「そにあ、よくわかんない……」

「ふふっ……ごめんね、難しい話をしちゃって。お母さんは、お父さんが好きだったから、笑顔が見たいと思って頑張ったの。成功したかどうかは分からないけど」

「……成功どころか。俺は、お前がいなけりゃ……コホッ、コホン」


 二人だけの空気ができそうになり、父さんは咳払いをする。母さんは楽しそうだ――昔からこうやって、母さんが父さんを困惑させつつ、引っ張ってきたのだろう。


「ま、まあなんだ。ヒロト、お前が親族を結婚式に呼びたいと言ってくれるのは俺も嬉しいし、そのためにできるだけのことをしよう」

「ありがとう、父さん、母さん」

「ふぁぁ……良かったね、ヒロちゃん。結婚式で、おじいちゃんたちに会えるんだね……」

「お、おい……泣くなよ。まったく、気が優しいやつだな……」


 サラサさんがリオナにハンカチを渡す。潤んだ瞳を抑えると、リオナは目を赤らめつつも微笑んだ。ユィシアは思うところはあるようだが、何も言わず見守っている。


 クリスさんは穏やかな表情で、ジェシカさんも目元を拭っている。父さんと母さんの話に、思うところがあったのだろう。ジェシカさんに乙女なところがあるというのは、俺も分かっているつもりだ。


「はー、もうお姉ちゃんののろけはお腹いっぱい。私はお風呂に入って寝ようかな」

「クリス、せっかくなのでもう少し、姉君とご一緒に……もう食べてしまったのか?」

「うん、お姉ちゃんの料理美味しいし。私には真似できないなー」


 クリスさん、ジェシカさんは料理スキルを持っていない。二人とも戦闘スキルに特化したからこそ、この若さで今の地位にあるのだが。


「……本当に。私もクリスも、女性としてはあまりに未熟です。きっと何年かけても、レミリア殿、サラサ殿のようには……」

「そんなことないわ。それに、料理や家事だけが大事なわけじゃないしね。私は戦う女の人って、とても格好いいと思うし……昔フィリアネスさんに助けられてから、今でもずっとそう思っているわ」


 母さんの言葉が、クリスさんとジェシカさんの心を解す。同時に、同席しているユィシアも、母さんの言葉に感じるものがあったようだ――彼女も料理スキルはないが、女の子らしくないということは全くない。


(……料理ができなくても、ご主人様を養える。ミルクで育てる)


 それはそうだな、と心の中で同意しておく。いざとなれば、みんなのミルクで俺は生きていける――と、それではやはり吸乳鬼じゃないか。


「……お姉ちゃん、ありがと。やっぱり私、もうちょっと図々しくなろうかな」

「それがいいと思うわ。クリスはいざとなると腰が引けちゃうところ、やっぱりあるでしょう」

「っ……そ、それは……だって……」


 クリスさんは珍しく言葉に詰まる。それを、横に座っているジェシカさんが心配そうに見ていた。


「な、なに? そんな、ジェシカさんらしくない顔しちゃって」

「……呼び方が敬称に戻っているぞ。ここまで来て弱いところを隠しても、仕方ないのではないのか」

「そ、そんなこと……ジェシカに言われたくない。私よりも臆病なくせに」

「そんなこともない。私は……今回の戦いを通して気が付いた。自分が、何のために戦っているのか。その意味を見つけられた気がした」


 ジェシカさんは胸に手を当てて言う。母さんはそれを見て、俺に目配せをして――なぜかウィンクをする。


 俺がジェシカさんに求婚しようとしているのも、察してしまうのだとしたら、俺は母さんに隠し事をしていたつもりで、全然隠せてなかったのかもしれない。色々と気づいていて、俺を放任してくれていたと分かっているけど。


「騎士もいずれは引退するが、生涯のほとんどを戦って過ごすわけだ。戦いに意味を与えてくれる存在は、それこそ……いや、俺が言うことでもないか」

「お父たんの言ってること、ときどきむつかしい」

「ははは、そうか。分かりやすく言うと、毎日嬉しいことがあるっていうのが大事なんだ」

「そにあ、お兄たんが遊んでくれるとうれしい!」


 子供用の椅子に座っているソニアが、立ち上がるくらいの勢いで言う。


「……私もうれしい」

「わ、私も……ヒロちゃんいそがしいから、時々しか遊べないけど……」

「私も……娘と同じことを考えているのも、恥ずかしいですが……」


 ユィシア、リオナ、サラサさんが揃って言う。それを見ていたクリスさんの瞳が揺れた。


 父さんが魔剣を護り続けていられたのは、家族がいたから――俺も、その一員として恥じないような息子でいられているだろうか。


「ヒロト、リオナちゃんとたまにはゆっくりお話したら? 恥ずかしがって話してないんでしょう、昔からそうだものね」

「あ……ま、まあそれは……そうだな……」


 リオナは緊張していて、こっちを見ようとしない。しかし、ちら、とこちらを見るのが分かった。


「分かった、明日。リオナ、時間があったらどこかに行くか?」

「っ……い、いいの……?」

「いいよ。そんな緊張することでもないだろ、どうしたんだ」

「だ、だって……ヒロちゃん、おっきいから……」


 リオナたち幼馴染みは、俺の身体が大きくなっても受け入れてくれたと思っていた。それは気を遣っていただけで、俺が彼女たちに甘えていただけなのか――と思ったとき。


「……私、子供だから……ヒロちゃんは、大人の人のほうが……」

「そんなふうに考えるほど、うちのヒロトは冷たくないわよ。そうよね?」

「ま、まあ……」

「なんだヒロト、さっきから歯切れが悪いな……ああ、そうか。そういうことか……」


 俺にとってリオナは、容易に足を踏み入れてはいけない、聖域みたいな存在だ。


 前世から知っているということ。俺にとって、どれだけ謝っても償いつくせないほどのことをしてくれたこと……。


 リオナが思い出すことを期待して、二人だけになることすら控えていた。でもそんなことは、今はもう言っていられない。


「ヒロト君が大きくなってからしか、私たちは知らないんだよね。ちっちゃい頃はどんなだったか、リオナちゃんに聞いてみたいな~、なんて」

「あっ……わ、私でよかったら……」

「私にも聞かせていただけますか。ヒロト殿の許可が必要になりますが……」

「そう聞かれたら、駄目とはいえないな。リオナ、あまり恥ずかしいことは言うなよ?」

「うん、大丈夫だよ。私、ヒロちゃんの素敵なところしか……」

「おお……い、いかん。若者のこういうのを目の当たりにすると、昔を思い出すな」

「あ、あなたったら……もう、ちっとも食べ終わらないじゃない」


 本当にうちの両親は仲がいいなと思う。前世の両親もそうだった――俺がいなくても、弟と和やかに暮らしていてくれるだろうか。


 リオナの両親には、済まないことをしてしまった。そんなことを『陽菜』と話せる日は果たして来るのか――いや、必ず来る。


 記憶を上書きするんじゃない。前世のことを思い出した陽菜は、リオナであり、陽菜である――話すことができた少しの時間に、そう分かったから。


 ◆◇◆


 夕食が終わったあと片付けをしようとしたが、母さんとスーさんに追い出されて、部屋に戻ってきた。


 ベッドの端に座ると、既に毛布をかぶっていたユィシアがそろ、と俺の様子を見てくる。


「……まだ寝ない?」

「そうだな。ユィシアは、風呂は入らなくていいのか?」

「あ……忘れてた。ご主人様と一緒に寝たかったから……」

「ん、そうか。それで待っててくれたんだな」

「っ……」


 ユィシアは恥ずかしがって、毛布で顔を隠してしまった。皇竜のなめらかな鱗に覆われた尻尾だけが、こちら側にぴょこんと出ている。


「んっ……だ、だめ……尻尾は……」

「触り心地がいいから、つい触りたくなるんだ」


 尻尾の先を掴むだけでも、ユィシアは毛布の中でもぞもぞ動いている。


「……ご主人様がそうするのは、外に出ていくから。私の機嫌をとってる」

「そんなつもりは無いんだけど……ん?」


 ドアの方をふと見ると、下の隙間に手紙のようなものが挟まっていた。


「あ……」


 立ち上がると、ユィシアが声を上げる。俺はドアの下から手紙を取り、すぐベッドに戻ってくる。


「心配しなくても、どこかに行ったりは……」


 手紙を広げて目を通して、俺は言葉を止める。そこには流麗な書き文字で、『本日夜半に、町の訓練場でお待ちしています ジェシカ クリス』とあった。


 振り向くと、ユィシアがむぅ、と不機嫌そうな顔で俺を見ている。


 しかし彼女は小さく息をつくと、表情を和らげた。


「……お風呂……」

「ん……?」

「帰ってきたら……明日の朝でもいい。一緒に入る」

「そうしたら、外に行ってもいいってことか?」

「……しっぽ、触って……」


 さっきまで戸惑っていたのに、今度は自分から尻尾を出してくる。外出する前に構ってほしい、ということだろう。


 ◆ログ◆

・あなたの『魅惑の指先』が発動!

・《ユィシア》は『陶酔』状態になった。


「……ご主人様、早く帰ってきて」

「うん……と言いたいけど、少し遅くなるかもしれない。許してくれるか?」

「……今の『うん』っていうのが良かった。小さい時のご主人様みたい」


 満足してくれた様子のユィシアの頭を撫でたあと、俺は部屋を後にする。


 訓練場に行くということは――武器は持って行ったほうがいいか。俺は『巨人の憤怒』を持って部屋を出る。それを、彼女たちに思い切り振るうことは無いが、何も持たずに行くのは戦士としての礼儀を失している気がした。


 ◆◇◆


 クリスさんとジェシカさんは、リオナと話した後で俺に手紙を出したことになる。


 リオナはサラサさんと入浴している。俺はスーさんに少し出てくると伝えて、夜の町に出ていく。


 復興は進んでいて、町は元の姿を取り戻している。壁の一部が崩れていたギルドはもう修復されているし、市場も痛ましい破壊のあとはもう見えない――戻ってきた人々が、一丸となった結果だ。


 訓練場も壁の一部が崩れているが、まだ修復は始まっていない。入り口から通路を抜けて、内側の草地に出る――すると。


「んふふ……来てくれたね。ごめん、急に呼び出したりして」

「ヒロト殿……その斧槍を持ち出してきていただけたのですか。やはり、貴方は……」

「ここに呼び出すってことは、手合わせがしたいのかと思って……正解だったみたいだな」


 赤い鎧、青い鎧――そして魔導弓と、ハルバード。


 完全武装した二人が俺を待ち受けていた。月下の決闘とは、なかなか風情のある情景だ。


「首都で御前試合をしたときを思い出すね。ヒロト君、その時はまだ髪が長くて……」

「眠りから覚めたような目をしていましたね。この男性が、本当に我らを率いて魔王と戦うのかと、初めは疑ったものです」

「俺は……血が騒いだよ。二人が強いことは分かったし、そういう相手と戦えることが嬉しかった」

「……私たち二人を前にしたら、騎士団の子たちなら一歩も動けなくなるくらいなのにね。その時から、あ、この人は普通じゃないなって思ってた」


 ――言葉にしなくても分かる。二人が、もう一度俺と戦いたがっていることが。


「もう一度、やりたいって思ってくれたのなら……嬉しいよ」

「私たちが勝ったら、言うこと聞いてくれる? ヒロト君が勝ったら、何でも言うこと聞くよ。今まで以上にね」

「不躾な申し出をして、申し訳ありません。しかし、私たちは騎士。戦う以外に、自分の気持ちの表し方を知らない……」


 ジェシカさんが槍を両手で構え、全身を闘気が包み込む――あれは槍マスタリー90で覚える技、『闘破槍ストラグルフォース』の構えだ。闘気を防壁に変え、相手の攻撃を防ぎながら、『ブラストチャージ』の3倍以上の破壊力を叩き出す。


「今のヒロト君でも、二人がかりならあっさりは負けないよ。私たちも、あの時より強くなったんだから」


 クリスさんが精霊魔術を詠唱し、彼女の周りに火、氷、雷の三属性の光球が順に発生する――それは一つずつ、彼女が構えた魔導弓へと装填される。


「三つの属性を、順に装填して重ねることができるようになったんだな」

「ヒロト君みたいに、二つの魔法を同時に使うことはまだできないけどね。それでも、君の守りを貫いてみせるよ」


 俺は頷き、斧槍を構える。もう言葉は必要ない、あとは技で語り合うだけだ。


 ちょうど雲が流れて、月を覆い隠し――その瞬間。


「じゃあ、いくよ……っ!」

「――はぁぁぁぁっ!」


 合図と共に、ジェシカさんが技を繰り出す――まるで、青い閃光のようだ。


 同時に放たれる、クリスさんの魔導弓――三つの光を放つ、強烈な精霊弾。


(御前試合の時にこれを受けてたら……俺は余裕の顔なんて、してられなかったな……!)


「――うぉぉぉぉぉっっ!」


 ◆ログ◆

・あなたは『ウォークライ』を発動した!

・あなたは『神威』を発動した!

・武器に『滅属性』が付与された! 攻撃力が120%上昇した!

・あなたは『ダブル魔法剣』を放った!

・あなたは『フリージングコフィン』を武器にエンチャントした!

・あなたは『クリムゾンフレア』を武器にエンチャントした!


「――それでも、私はっ……!」

「お願いっ……!」


 ◆ログ◆

・《ジェシカ》は『闘破槍ストラグルフォース』を放った!

・《クリスティーナ》の『魔術弾速射』! 『三霊晶弾』!


 ジェシカさんの青い閃光が、槍を突き出すと同時に俺を襲う――そして同時に、クリスさんの放った精霊弾が迫りくる。


 ◆ログ◆

・あなたは『パワースラッシュ』を放った! 『紅蓮氷棺斬』!

・『混沌を握りし手』の特殊効果が発動! 攻撃回数が増加した!


「「っ……!」」


 氷と炎を纏った俺の斧槍は、装備の特殊効果で攻撃回数を増やし――一振りで、二人の攻撃を相殺する。


 ――しかし、神威の効果も消えた。俺の最大の技ではなくても、二人はそれを無効化した。


 ジェシカさんが『一撃離脱』を発動し、一度離れる。そこから、もう一度攻めてくる――しかし、そうはならなかった。


「……クリスさん、ジェシカさん……?」


 クリスさんが魔導弓を置く。ジェシカさんは、ハルバードを地面に突き立て――そして。


 二人が、俺に向かって走ってくる。俺は斧槍を離して二人を受け止めた。


「……やっぱり強いね。ヒロト君は、山みたいに大きい」

「私たちは……やはり、貴方についていきたい。その誓いを、確かめたかった……」


 クリスさんとジェシカさんは、今持てる限りの技を俺に見せたかった――互いのことを何も知らないまま、凌ぎを削ったあの時のように。


「本当は、広い世界に羽ばたいていく貴方を、遠くから見ていられれば良かった。あなたが私たちより大切に思っている人は、沢山いますから」

「んふふ……私なんて、ヒロト君のお母さんの妹だもんね。そんな人が結婚してくださいって言ったって、困っちゃうよね……」

「……そんなこと、悩んでたんだ。それを気にしてたら、俺が最初に戦った後にしたことも、後悔してるってことになるじゃないか。そんなこと、あるわけないよ」

「……うん。そうだよね。後悔してないって聞くの、怖がってた。そんなの、私らしくないよね……」


 クリスさんは離れると、俺の頬にキスをする。その次にジェシカさんもキスをして、そして離れる。


 潤んだ二人の目から涙がこぼれる。魔王の軍勢との戦いを、勇敢に戦い抜いた二人……そんな二人は、俺にとって間違いなく大切な女性だ。


「何人に言ってるんだって、呆れるかもしれないけど。クリスティーナさん、ジェシカさん。俺と、結婚してください」

「「……はい」」


 いつも対照的だった二人が、まったく同時に返事をする。二人とも、声が震えているところまで同じだった。


 俺は二人の背中に手を回して抱きしめた。落ち着くまで背中を撫でていると、二人は顔を上げて、涙を拭いながら笑った。


「それで……事後報告になっちゃうけど。私たち、リオナちゃんに聞いちゃった。ヒロト君のことが好きなのかって」

「っ……そ、それは……本当に……?」

「も、申し訳ありません……クリスが、突然そんなことを言い出すとは夢にも思わず……」

「クリスさん、どうしてそんなことを? い、いや、責めるわけじゃないんだけど」


 クリスさんは微笑み、俺の鼻をつん、と人差し指で触りながら言った。


「ヒロト君、リオナちゃんがなんて答えたかは、明日聞いてみて。私たち、内緒にしておいてって言われちゃったから」


 リオナの気持ち――分かっているようで、決めつけることはできなくて、今日まで来た。


 明日、リオナに聞くことができる。ずっと気になっていて、けれど聞けないでいたことを。


「……ヒロト殿、余計なことをしてしまいましたか。ご気分を害されたのであれば……」

「いや。二人にも思うことがあってのことだと思うから……むしろ、ありがとうって言うところだよ」

「ほんとにー? ……ふふっ。ヒロト君のそういうところ、すごく好き」

「私もです……どれだけ貴方を慕っても、もう一度一緒に過ごす時間をいただくことは、無いのかもしれないと思っていました」


 騎士団の仕事もあるし、ジェシカさんがそう心配するのも分かる。しかし――。


「会いたい時は会いに行けばいい。俺の奥さんになってくれるのなら、それは当然のことだよ」


 そう言って、二人を見つめた瞬間――意識せずに、あるスキルが発動した。


 ◆ログ◆

・あなたの『流し目』が発動した!

・《クリスティーナ》《ジェシカ》の、あなたのスキルに対する抵抗力が下がった。

・あなたの『艶姿』が発動した!

・あなたの振る舞いに、《クリスティーナ》《ジェシカ》は釘付けになった。


 出会ったときと同じ――少し違うのは、俺は完全武装しているのに、それでも二人が熱っぽい瞳で見てくれていること。


「……訓練場の更衣室は、無傷みたいだね」


 俺はそう言いつつ、建物に死線を送る。クリスさんとジェシカさんは、顔を見合わせて赤面する。


「う、うん……えっと……期待しちゃってたって言ったら、はしたないって思う?」

「わ、私も……ヒロト殿のことを考えると、いつも……触れていただいているときのことばかり考えて……」

「俺も、いつもそうしたいと思ってるよ。困った奴だと、自分でも思うくらい」



 そして俺たちは訓練場の建物の中に入り、着替えをする部屋に向かった。


 ◆ログ◆

・《クリスティーナ》は『レッドライン・ハーフプレートメイル』の装備を外した。

・《ジェシカ》は『ブルーライン・ハーフプレートメイル』の装備を外した。


 『依頼』などをしなくても、二人は『艶姿』の効果が出た時点で、俺が求めていることを分かってくれる。


 クリスさんの赤い鎧は装甲が少な目で、その下にレオタードのようなものを着ている。胸に切れ込みが入っていて、横に開くことができる――あくまで通気性のためで、こういう用途に使うものではないのだが。


 ジェシカさんも鎧の下にアンダーシャツを着ている。その上からでも、十分すぎるほどに我がままさを主張する膨らみ――そこに、俺はつい目を奪われてしまう。


「ヒロト君、目が正直すぎ。こっちの方も甘いよ……?」

「そ、そんな、釣るようなことは……クリス、ヒロト殿に失礼では……」

「んふふ、こうした方がヒロト君も喜ぶかなと思って」


 俺の手を取り、自分も胸の部分の切れ込みに指をかける。彼女は俺から向かって左、俺は右……それをどちらともなく開いて、その下に納まっていた部分が露わになる。


「……ヒロト殿、私のほうも、一緒に……」

「うん、いいよ」


 ジェシカさんのシャツの裾に手をかけ、二人でめくりあげる。その下から見えた肌の白さに、俺は息を飲む。まるで前に攻めてくるような、彼女らしい雄大な丘陵。


 そして俺は、二人同時にスキルを貰う――竜騎兵、そして猛将スキルが久しぶりに上昇する。


 ◆ログ◆

・あなたは《クリスティーナ》《ジェシカ》から『採乳』した。

・あなたの『竜騎兵』スキルが上昇した! アクション『騎乗』を獲得した。

・あなたの『猛将』スキルが上昇した! パッシブ『威圧』を獲得した。


 手から伝わる、スキルエネルギー――この感覚は、いつも俺を魅惑してやまない。


「……ヒロト君、今なら……その、していいよ? もっとすごいこと……わ、私もよく知らないんだけど……情けないよね、年上なのに」

「そんなことないよ。男の方が、こういうのは関心があるものだし」

「そ、そんなこともないと思うのですが……私の部下は女性が多いですが、男性と接する機会がないので、想像ばかり膨らませています。恋愛の物語も流行っていますし」

「え……そ、そうなの? 青騎士団ってそうなんだ……真面目な顔してあんなことやこんなことを考えちゃってるわけね、任務中に。赤騎士団の子は我慢してるのにな~」

「っ……へ、変な言い方をするな。大人の女性として知っておくべきことは多い、それは騎士であっても同じことだ」 


 騎士団の女性たちが、いかに色々と持て余しているか――健康的な大人なら、誰でもそうなるのは仕方がないし、むしろ健全だと思う。


「……あ、ごめん、は、鼻血が出そう……」

「なっ……何をしているのだ、情けない……精霊魔術で氷を出して冷やしたらどうだ」

「だって長いことお預けされてて、色々限界だったんだもん……」


 クリスさんは俺の叔母ということもあって、実はかなり遠慮していたってことみたいだ。俺の前では大胆で、つかみどころがない振る舞いをしていたけど、女性の心は海より深い。


「……落ち着いたら、もうちょっとだけ……ね?」

「うん、大丈夫。俺もこれだけじゃ足りないから」


 ユィシアを待たせすぎないようにと考えつつ、もう一度スキル上げを始める。マナが半分になるまで、あと何回か――二人を満足させてあげるにも、今ならそれだけで十分そうだった。


 ◆ログ◆

・あなたは《クリスティーナ》《ジェシカ》に『求婚』を行った。

・二人はあなたの求婚を受け入れ、関係が『婚約者』に変化した。


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