第八十二話 サラサ・クリスティーナ・ジェシカ 前編
竜の姿になったユィシアの背に乗り、俺たちは洞窟の外に直結する縦穴を通って、夜空へと舞い上がった。
(夜のミゼールの明かりはきれい。ご主人様と一緒に見たことを思い出す)
「ああ、そうだな。俺もよく覚えてるよ」
ユィシアの首元を撫でて言うと、彼女はくるる、と心地よさそうに喉を鳴らした。
(……首は、触れられるとぞくぞくする。弱いところ……)
「そうなのか? それは知らなかったな」
(しっぽが一番……びりびりする。胸がずきずきして、頭が変になる)
「そ、それは大変だな……いや、変になるからってわけじゃなくてな」
(大変と、変になるのはちがう。身体が熱くなって、何も考えられなくなる)
「……そう言われると、逆に触りたくなるな。ごめんな、こんなご主人様で」
(……だめとは言ってない。ご主人様は触ってもいい……いっぱい触って)
「ありがとう。じゃあ、また夜になったらな」
ユィシアは答えないが、恥じらっている様子が伝わってくる。俺は首をもう一度撫でかけて、弱いと言われたことを思い出すと、くすぐったい触れ方をしないように心がけた。
◆◇◆
家に戻ってきたあと、ユィシアも食卓に招いた。リオナとサラサさんの母娘も来ていて、ユィシアのことも歓迎してくれる。
「ユィシアお姉ちゃん、うれしそう。ヒロちゃんのおかげかな」
「……そう。ご主人……ヒロト様のおかげ」
「私も、ヒロちゃんがご主人様なんだよ」
「私のほうが、先にご主人様になってもらった」
ユィシアはそう言うが、リオナは対抗することもなく、嬉しそうにユィシアに話しかけている。
「ヒロトちゃん、お帰りなさい。今日は久しぶりに新鮮なミルクが手に入ったから、皆で相談してシチューを作ったのよ」
「ああ、いい匂いがしてるなと思ったんだ。サラサさん、お疲れ様でした」
「そ、そんな……お礼を言われるようなことじゃないのよ。私はお手伝いをしていただけで……」
洋服の上からエプロンをつけているサラサさんの姿を間近で見るのは久しぶりだった。子供の頃は何度も見る機会があったのだが。
◆ログ◆
・《サラサ》の『母性』に対して装備品のバランスが取れていない。
・《サラサ》の装備品『綿のチュニック』の耐久度が1下がった。
・《サラサ》の装備品『補強入りブラジャー』の耐久度が1下がった。
(胸のところがはち切れそうなんだけど……サラサさんの『母性』カンストに見合う服は、やはり探すのが難しいのか)
『母性』を限界突破したら、いずれは発育の限界が来るのだろうか。それを知ることが、俺にとって、彼女に『授印』を施してまで必要なことなのか――。
とりあえず、彼女の服について母さんに相談してみたほうが良さそうだ。この界隈における服の製作技術は、母さんが最先端を行っている。息子として誇らしいかぎりだ。
「ヒロちゃん、お母さんのお胸ばっかり見て……だめだよ?」
「……ご主人様、だめ」
「俺はまじめなことを考えたんだ。サラサさん、服なんですけど……もしかしたら、少し苦しかったりしないですか」
『胸が苦しい』とはっきり言うことは避けたが、サラサさんはそれで察してくれて、少し顔を赤らめつつ言う。
「ヒロトちゃんに心配させてしまうくらいなんですね、私……恥ずかしいわ」
「お母さんのお胸が大きくなると、ヒロちゃんは心配なの?」
「……身体に不調があるわけではないと思う。ただ、あまり大きいと動きづらい」
ユィシアは身のこなしに支障があるかを気にしているらしく、サラサさんくらい大きかったらどうなるかと想像しているのか、胸に手をかざしている。
「母さんにお願いしてみようか。その……俺、何ていうか……」
言いかけて途中で気が付く。とても、落ち着いて言えるようなことじゃない。
サラサさんと、リオナ。俺は、二人にも婚約を申し込みたいと思っている。サラサさんを心配する理由がそんな気持ちからだというのは、言うのに勇気が必要だった。
まして、リオナもいる。赤ん坊のころから世話になったサラサさんもそうだが、リオナも同じだ――俺だけが大きくなって、彼女はまだ子供で。婚約なんて話は早すぎるという思いがある。
「ヒロちゃん、顔が赤くなってる……大丈夫? 風邪だったら、私がお世話するね」
こんな時に限って、陽菜と印象が重なるようなことをリオナが言う。
陽菜の記憶は封じられている。それを考えれば、俺の考えているようなことは、絶対にしてはいけないことだ。
俺でいいのかと思ったことが何度もあった。前世なら、俺のことを忘れたほうがリオナは幸せになれた、そう思うことが今でもある。
しかし、生まれ変わった俺を、ひととき記憶を取り戻した陽菜は肯定してくれた。
ずっと前から、自分でも気が付いていた。否定する材料は、どこにもない。
俺がみんなと結婚するときに、リオナに友人として見ていてもらいたくない。将来結婚する相手として、婚約者として、俺の近くにいてほしい。
「ヒロちゃん、かがんで? このままだと、手が届かないから」
「ん……か、屈むって、なんで……」
気づくとリオナが目の前にいた。彼女にせがまれるまま、俺は身を低くする。
するとリオナが手を伸ばして、俺の額に触れた。そして自分の額にも触れて、熱を比べる。
「……ちょっとだけ熱いみたい。ヒロちゃん、大丈夫? お世話する?」
「だ、大丈夫だ……俺は元気だから、心配しなくていいぞ」
「でも、ちょっと熱いよ?」
「リオナは体温が低いからかもしれないわね。お母さん、一緒に寝ていると心地よいもの」
「そうなの? えへへ、うれしいな」
サラサさんに頭を撫でられ、リオナは嬉しそうにする。
俺は二人のことを、これからもずっと守っていきたいと思っている。
ハインツがもし、魔剣の力を望むことをしなかったら。サラサさんを、真っすぐな方法で奴隷から解放することを考えていたら、こうはならなかったのかもしれない。友達の母親と思っていた女性の人生に責任を持ちたいなど、普通考えることすらおこがましいだろう。
しかし今ここに至っては、それ以外に選択はなく、迷いもない。赤ん坊のころ、初めて俺の家に来た時から思っていたこと。
それは、サラサさんが綺麗だということだ。
「二人とも……急にこんなこと言うと、びっくりするかもしれないけど。俺も公的に責任の持てる立場になるから、言わせてほしい。二人のことは、俺が一生見ていく。だから、これからは俺のことを頼ってくれないか」
「……ヒロトちゃん……それは……」
「ヒロちゃん……」
サラサさんとリオナの反応は、初めはそっくりだった。驚いて言葉が出てこない、という二人を見て、今言うのは急すぎたかとも思う。
だが『選択肢』を出して決めることじゃない。今俺の意志で言いたいと思った、その気持ちに従っただけだ。
「……ヒロちゃんが、私のお父さんになっちゃうの?」
「ち、違う。そうじゃなくて……その。二人とも……」
『奥さんになってほしい』と、まだ幼いリオナにはとてもストレートに言えない。婚約してほしい、とすらいえないとは、俺はどれだけ陽菜に負い目を感じているのか――いや。
(……俺の陽菜への気持ちなんて、俺が一番よくわかってる。ほかの誰かと付き合ってると勘違いして、傷つくことからひたすら逃げてた。勇気がなかったんだ)
もう一人の幼馴染みが、陽菜に好意を抱いていることは分かっていた。俺の弟が、ふがいない俺を見かねて、二人が付き合っていると嘘をついたことは、後から分かったことだ。
――それも何もかも、前世のことで。引きずるのは、終わりにしなくてはいけない。
「リオナのことを、俺は一生守りたい。心から、そう思ってる」
「……っ」
かああ、とリオナの顔が真っ赤になる。そしていろんな感情が一気に溢れようとして――涙に変わった。
「……いいの? ヒロちゃんとずっと一緒にいても……お姉ちゃんたち、いっぱいいて……ステラお姉ちゃんも、みんなも……っ」
「ああ、みんな一緒だ。他の人がいるから、リオナがいなくてもいいってわけじゃない。みんなが同じくらい大切なんだ」
サラサさんの瞳から涙がこぼれる。大粒の涙がぽろぽろと落ちて、光る滴に変わった。
「……いいんですか? こんなおばさんでも……ヒロトちゃんの……」
「おばさんなんて、俺は一度も思ってないよ。サラサさんは、もっと自分に自信を持っていいと思う」
「……本当にもう。あのね、ヒロト、サラサさんは私のお茶友達なのよ? そんな人をそばに置きたいなんて、お母さんの気持ちは考えないの?」
「か、母さん……いつから聞いてたの?」
キッチンから出てきた母さんは、シチューの鍋をダイニングテーブルの鍋敷きの上に置くと、何ともいえない顔をしてこちらにやってきた。
「聞いてたの、じゃないわよ。母さんの前だけは、可愛ぶっちゃって」
「い、いやその……母さんにとっては、俺はまだ八歳のままだと思うし」
「あなたがみんなと結婚するっていうのを認めたのに、そんなこと言っていられないわ。それに、大きい姿を見るのにも慣れたしね。手がかからなくて良かったわ、お母さんはソニアを見てるだけで手一杯だもの」
「……母さん」
母さんがわざと言っているんだということは分かっていた。ソニアは父さんのところに居たようで、夕食時になって二人でこちらにやってくる。
「あっ、お兄たん! おかえりー!」
ソニアが走ってきて、思い切り抱きついてくる。大きくなってきたらこんなこともされなくなるのかと思うと、今のうちに存分に構ってやりたいと思う。
「お父さん、ヒロトがサラサさんとリオナちゃんとも結婚したいんですって」
「っ……か、母さん、俺はもうちょっと段階を踏んで……」
「ほう、やっぱりそういうことになったか。しかし懐かしいもんですね、サラサさんがうちに来てヒロトと遊んでくれていたのが、つい昨日のようです」
父さんは俺のことで驚くことにはもう慣れたようで、ありのままに受け入れる。分かってはいたことだが、細かいことを気にしない父さんが俺は大好きだ。
「で、でも……私は、種族のこともありますし、ヒロトちゃんに迷惑をかけるわけには……」
「うちのヒロトは、それこそ種族なんて気にしないわ。少し耳が長かったり、少し私たちより胸が大きかったり、少し魔術が上手でも、私がサラサさんの友達だっていうことにも変わりはないもの」
「レミリアさん……」
母さんはサラサさんを抱きしめる。元はといえば、俺とサラサさんが知り合うよりも、母さんと友達になるほうが先だった。彼女がハーフエルフだということも、薄々悟っていたのだろう。
「サラサさんのプロポーションだと、ドレスを作るのも苦労しそうだけど。こうなったら完璧にできるまで、付き合ってもらうわよ?」
「……ありがとうございます。本当にレミリアさんに、何から何まで……」
ドレスのことまで、母さんはもう考えてくれていた。俺が心配するまでもなかったと思うと、やはり母さんにはかなわないと思う。
母さんが許してくれたのなら、何も障害はない。目を潤ませて、どういうことになったのか、と心配そうに見ているリオナに、俺は大事なことをもう一度伝えておく。
「……今はまだ、リオナは小さいけど。将来、大きくなったら……」
「だ、だめっ……ヒロちゃんは、私のご主人様だから。私は、それでいいの……」
「……私もそれでいい。でも、リオナは人間。人間同士は、結婚できる」
「ふぁぁっ……い、言っちゃだめっ、けっこんは、ヒロちゃんみたいに私も大きくならないとできないから……っ」
リオナの一言に、母さんとサラサさんが顔を見合わせ――そして、笑う。父さんはおお、と目を見開き、俺に『良かったな』という爽やかな微笑みを向ける。
八歳でも、結婚という言葉の意味はわかる。サラサさんが、事実上俺と結婚することになるというのが、見ていて分かったかは定かではないが――リオナは俺に求婚されようとしていることを察していた。
年齢を考えると、もっと俺は待つべきなんだと思う。それは、リオナに意味がわからない段階で将来結婚しようなんて、ひどい話だと思うからだ。
(だけど、意味がわかるのなら……大きくなったらしてもいいと思ってくれてるのなら。俺は……あ、あれ……?)
身体から力が抜ける。そしてふらっとバランスを崩しかけたところで、後ろから誰かに支えられた。
「ヒロト殿、危ないっ……」
「わ、びっくりした。ヒロト君、危なかったね」
後ろから二人に支えられる。この腕に当たる感触は――ジェシカさんとクリスティーナさんだ。
安心して身体の力が抜けるという経験は初めてだった。自分がどれだけリオナに拒絶されることを恐れていたのかと思うと、思わず苦笑いしてしまう。
(しかし、女性を胸の感触で判別してどうする……いや、俺にとっては最も特徴のわかる場所だからな。これは仕方がないな)
「ヒロトったら、リオナちゃんにだけは特に弱いのよね。他の女の人には慣れたふうに接するのに」
「か、母さん……そんなことないよ。ただ、ちょっと安心しただけで……」
「まあ、父さんも分からんでもないぞ。赤ん坊のころから一緒にいた相手に、一生一緒に居てくれなんて、なかなか落ち着いて言えるものじゃない」
父さんの言葉で何があったのかを察し、クリスさんとジェシカさんは俺を支えたままだが、動揺が伝わってきた。
「そ、そうだったのですか……申し訳ない、そのような大事な場にお邪魔をっ……」
「い、いや。来てくれて嬉しいよ。慌てないでくれ、二人とも」
「ほんとにー? ちょっと言葉に詰まったけど、こんな時にのこのこ来てくれちゃって、とか思ってない?」
クリスさんは冗談めかせて言う。そして俺から離れると、母さんと父さんに向けて言った。
「姉さん、リカルドさん。二人に、大事なお知らせがあります。ヒロト君が副王の地位を与えられるっていうことは、既にご存知だと思うけど……今回の戦いのことを国王陛下に報告したところ、リカルドさん、あなたには名誉騎士団長の称号が与えられることになりました」
「名誉……お、俺は、騎士としてはもう引退して……」
「リカルド殿は、魔王との戦いを前にして、ミゼール駐屯地で若い騎士たちと訓練をされていらっしゃいましたね。その時に教えを受けた騎士たちは、悪魔たちとの戦いにおいて無事に生き残ることができました。ファーガス陛下はその報告を受けて、新設される上級騎士学校の学長として招聘したいとおっしゃっているのです」
魔剣を封印していた祭壇のある教会は崩壊し、今は俺の家に置かれている。
ソニアが剣の選定者であると分かったのだから、彼女が成長するまでは保管しておかなければならない。俺は妹を育成する必要も出てきたわけだ――聖剣に変換してしまえば、魔剣のままで保持しておくより危険はなくなるだろう。
「父さん、俺が『あれ』を預かっておくよ。そのことは気にしないで、母さんと一緒に決めてほしい」
「……ヒロト」
俺は赤ん坊だったときに誓っていた。魔剣の護り手としての宿命から、父さんを解放すると。
その時は、もう来ていたのだ。俺はもう魔剣を恐れることなく、狙ってくる者を撃退するだけの力もある。
父さんは少し葛藤があるようだったが、母さんはそんな父さんに近づくと、手を取って両手で握った。
「レ、レミリア……俺は……」
「あなたに先生なんて向いてないと思うけど、教えてもらった若い騎士たちがそう言うなら、適任なんでしょうね。私は、あなたがしたいことをして生きてほしい。どこにだってついていくわ」
「……ありがとう。本当に……俺には勿体ないよ、レミリアは」
「そういう弱ったところの顔は、ヒロトにも遺伝しちゃったみたいね。ソニアもそう思うでしょう?」
「お兄たんのほうがかっこいい! でも、お父たんもすき!」
「ははは……本当に形無しだな。親として背中を見せるつもりが、いつの間にか俺の方が引っ張りあげてもらっていた。ヒロト、俺が騎士団の駐屯地に行ったのは、おまえに負けていられんと思ったからだ。それが、こんな結果に繋がるとはな……」
副騎士団長の座を降りても、父さんは騎士という職業に誇りを持ち続けていたのだろう。木こりとして浅黒く日焼けし、仲間たちと仕事をする日々も本当に楽しかったのだとは思うが、父さんはやはり、心が騎士のままだった。
「上級騎士学校が新設される場所は、首都とミゼールの中間点にあるリトヴィアという地です。ヴェレニスの村とは姉妹関係にあり、人口は七百人ほどですが、騎士学校の新設とともに開発を進め、三千人規模の町となる予定です」
「ミゼールから馬で一時間もかからない場所だし、通おうと思えば通えるけど、リトヴィアに教員用の家が用意してあるから、そっちに住むこともできるよ。それは姉さんたちで、ゆっくり話して決めてね。開校はまだ先だから」
「ええ、ありがとう。クリス、夕食を食べていきなさいね。報告だけで帰ったら、姉さんは承知しないわよ」
「あはは、初めからそのつもりだったんだけど……鎧を外してこないとね。ジェシカ、行こっか」「了解した。それでは、着替えてまいります」
クリスさんとジェシカさんが、母さんに連れられて奥に向かう。母さんの服を貸してもらうのだろう。
ソニアは珍しく、椅子に座った父さんの膝に座って大人しくしている。父さんにいいことがあったので、妹も喜んでいるようだ。
「ヒロちゃんのお父さん、先生になるんだね。おめでとう」
「おめでとうございます、リカルドさん」
「いや……立地が近いと言うんじゃ、断る理由もなくなってしまった。この屋敷はレミリアの祖父殿に世話をしてもらって、とても助かったというのもあります。簡単に離れるわけにはいきませんのでね」
母さんの父さんとは、母さんが家を飛び出したこともあって折り合いが悪いようだが、俺の曽祖父にあたる母さんのお祖父さんとの関係は悪くはない。
母さんの家はクーゼルバーグ伯爵家の分家、ハウルヴィッツ家だ。ジュネガン公国東方領に位置する名家だが、公爵家ではないので、いち地方領主ということになる。
(俺が結婚式を挙げるとき、母さんの家族は……このままだと、クリスさんしか来ないっていうことになるよな。それで構わないけど、俺の祖父さんがどういう人物か、一度は会ってみたい気もする。母さんが許してくれるならだけど……)
考えているうちに、スーさんが料理を積んだワゴンを押してやってきた。そして配膳する前に、父さんに進言する。
「もしこのお屋敷を離れられるようなことがあれば、私が昔の伝手を使って、留守中のハウスキーパーを雇っておきます。信頼できる人物が多くいますので」
「ああ、世話になるかもしれんな。スーさんもヒロトと結婚してついていくとなったら、家の留守を頼む人は確かに必要だ」
「っ……だ、旦那様。その、このたびは、ご子息との婚約をお許しいただき、まことに……」
スーさんは急にかしこまって、俺と婚約した件について父さんに挨拶を始める。強くていつも落ち着いている彼女が、たどたどしく謝辞を述べている姿は、見ていてとても初々しかった。
それを見ているクリスさんとジェシカさんが、顔を赤らめて俺を見やる。
今夜のうちに、彼女たちにも伝えなくてはいけない。二人とは長い時間一緒に居たとは言えないけれど、俺にとって恩人であり、大切であることに変わりはない。
青騎士団長と、赤騎士団長。その二人と婚約するなど、本来国の軍事を揺るがすことかもしれないが――。
「……ご主人様、頑張って」
「? ユィシアお姉ちゃん、何のこと?」
ユィシアは静かに俺を見守ってくれている――だが彼女もまた『今夜は他に何があっても、俺と一緒に寝られなければ拗ねる』と思念で伝えてきていたりするのだった。




