プロローグ 1
・ゲームそのままの異世界に飛ばされ、変わった形で無双する話です。
・生まれ変わるまでちょっと長いですが、よろしければ先にお進みください。
※2016年2月に全面改訂を行い、内容を大きく変更し
授乳→採乳に変更しました。書籍版では改訂前の内容を元にしています。
なろう版とは内容が異なりますが、ストーリー自体は同じになっております。
「あーあ……死んじまったか」
人生は、コミュ障ってだけでハードモードだった。過去形なのは、もう俺は死んでしまったからだ。
他人に与える印象が良くないとか、思ってることをまともに伝えられないとか、人の目を見られないとか。そういう理由で、ずいぶんと生きづらい思いをしてきた。
とまあ、死ぬ前のことを考えても仕方ないので、そのくらいにしておこう。
今考えるべきは、人が死んだあとはどうなるのかってことだろう。
天国に召されるようなことはしてない。親にもらった大事な命ではあるが、俺は結構あっさりと投げ出してしまった。疎遠になっていた幼なじみを助けるためなんていう理由で。
「しかし……まだ意識があるっていうのは、どういうことなんだ?」
自分で自分に問いかけるくらいなら、コミュ障の俺でもさすがにできる。これが、人を相手にするとなるといきなりハードルが上がるのだった。
まず、俺は人と目が合わせられない。子供の頃からどうにも克服できず、クラスの班決めなんかでは最後まで余った末に先生に割り振られるのがデフォだったし、三者面談でも親同伴ですら、まともに話せなかったりした。
「ちゃんと目を見て話しなさい」と生涯で一万回は言われたことだろう。言ってくれた親や先生等々には、ご面倒をおかけしましたと素直に謝りたい。
「……なんか昔のことばっか思い出してんなぁ」
俺が今いる場所について確認すると、まず真っ暗だ。そして俺の意識はあるけど、身体がない。
この無重力に放り出された感じ、ご理解いただけるだろうか。ゲームなんかで「主観モード」ってのがあるけど、まさにそういう感じだ。身体がないのに視覚があって、思考ができる。だが移動ができない。
「死んだあとってこんなんなのか……くそ、死ぬんじゃなかったな」
こんなことなら、アカハックされて全ての財産を失ったとはいえ、家から一歩も出ずに再開してりゃよかった。
『エターナル・マギア』。俺が短い人生のうち、3分の1以上をつぎ込んだゲーム。
小学校から一緒に遊ぶ友達もろくに出来なかった俺だが、ネトゲの中じゃ、不思議と他人とのコミュニケーションが上手くいった。クォータービュー型のMMORPGだったから、別にキャラ同士で目を合わせる必要がなかったからだ。
そしてキーボードに打ち込むと、リアルで話すときと違ってキョドらずに話すことが出来た。俺はゲームの中では、高い社交性を持つことができていたのだ。
「あー、やべ……鬱になってきた」
ゲームで喋れてもリアルで話せなきゃ意味ないだろ、ともう一人の幼なじみに言われたことを思い出す。こっちは男で、高校まで一緒だった。一年生で俺が死ぬまでだから、10年近く知り合いではあった。
そいつと、俺が命がけで助けたもう一人の幼なじみが『できていた』ことが、半引きこもりからガチ引きこもりにクラスチェンジした一因だったりする。しかしまあ、憎むべきヤツだとは思ってないが。せいぜい幸せになってくれよ、と思う。
「まあ、俺の命の代わりに助けてやったんだしな……」
そう、俺はどうしても、自分の本心と違うことを口に出してしまうクセがあった。
ひきこもりの俺を連れだそうとしてくれた友達に、本当は感謝していたが……いつも、裏腹な言葉しか出てこなかった。
内申が良くなるように、先生と取り引きでもしたのか? とか。
俺はここにいるのが一番幸せなんだ。外にいるお前らの方が悲惨な人生を送ってる。リアルはクソだ……などと。
「……けれど、本当は分かってた、と。自分こそが社会に疎外された存在で、『可哀想』なんだってこと」
「おあっ……!? な、なんだいきなりっ、どっから出てきた!?」
いきなり声が聞こえてきて、俺は思い切り挙動不審になる。こういうのが一番イヤなんだ、俺にとっさの対応とか、冷静な対処とかを求めないでくれ。
「どうしてそんなに人と話すのが怖いの? あなたの心には、目立ったトラウマなんてないように見えるけど」
「だ、だから、どっから話しかけてきてんだよ!」
真っ暗でだだっ広い空間で、誰もいないのに声が聞こえてくる。俺はホラーゲームもやるけど、音を最小限にした上に萌えアニメを流しながらプレーするほどのチキンだった。いきなり何が出てこようが、見る画面を変えれば俺はひとりじゃない。何の話をしてるんだ。
「姿を見せないと安心出来ないっていうことなら……はい。これでいい?」
「っ……」
何がいいんだ、と聞く前に、視界がいきなり明るくなった。
なんだ、ここ……外に見えるのは雲海か? ゲームに出てきそうな、『空中神殿』って言葉を連想する。
とにかく俺は、ファンタジーによくある神殿みたいなところにいた。依然として身体はないままだ。
そして、目の前に、いつの間にか女が立っている。生前の俺より幼く見えて、銀色のきれいな髪をしていて、なんか、耳が長い。
俺がプレーしていたエターナル・マギアにもいた、魔法が得意な森の種族。エルフに似ている。
「良かった、ちゃんと覚えているのね。魂魄だけの状態になっても、記憶が残っているなら話は早いわ。その状態になると、いろいろ飛んじゃうのが普通だから」
「こ、コンパクって何だよ……ふざけんなよ、わけのわからないことを……」
しかし俺は言葉と裏腹に、「なるほど」と思っていたりする。コミュ障にもいろいろあると思うが、俺のコミュ障は「とにかく話し下手で、意志の疎通が上手くいかない」というのが主たる要素だ。
考えていることは違うのに、口から出る言葉は別モノになる。それはどうやら、『コンパク』だけになった今でも変わらないらしかった。
コンパクは『魂魄』……だろうか。俺の好きなマンガで出てきたから覚えてるけど、たぶんそうだろう。
「なるほどね……すごく思慮深いのに、人と話すときは焦って喋ろうとして、さらに、思ってもない攻撃的なことを言ってしまう。つまり『素直じゃない』『あまのじゃく』というやつね」
「な、なんだよ……人を値踏みするみたいに。こんな神殿みたいなとこに居るからって、神様か何かのつもりか? はっ、笑っちまうよな」
『でもまあ、多分神様なんだろうな。俺みたいなのに何の用だろう? 久しぶりにまともに人と話したから、なんか嬉しいな。けど俺、ウザいヤツだって思われてるよな……美人だし、あんまり嫌われたくないな』
――な、なんだこれ。考えてることが、喋ろうとしてないのに、勝手に音になってしまった。
「くすっ……嬉しいとか、美人だって思ってるなら、そういうことははっきり言えた方が得をするわよ。あなた、いつもそうなんでしょう? 本音と裏腹のことしか言えなくて、誤解されてきたんじゃない?」
「い、いや……」
『陽菜にも誤解されたっけ……あいつがずっと同じバレッタしてるから、俺が気まぐれでやったプレゼントなんて、よく着けてんな、子供っぽくね? とかって……そう言ったあとは何も着けなくなったんだよな。それが無かったら、もしかしたら、あいつも恭介のとこに行かなかったのかも……あーあ。俺、ほんとクソだ。終わりすぎてる』
ま、また全部俺の考えてることが……やばい、俺の言いたいことは全部伝わってる。しかも今回のは、俺がリアルにどうしようもない話であって、コミュ障だからって言い訳できることじゃない。
「ふぅん……その陽菜ちゃんって子が好きだったのね。その子を、もう一人の恭介君っていう幼なじみに取られちゃって。さらに、もうひとつ不幸な出来事があったんでしょう?」
「全部お見通しかよ……はっ、それなら聞く必要ないんじゃねーの?」
『ひきこもりになってから、親に迷惑かけないようにって、金を稼ぐ方法を考えて……エターナル・マギアのゲーム内通貨を貯めて、RMTしようと思ったんだよな。ホントは悪いことだけど、俺には他に稼ぐ方法がなくて……ようやく二兆エターナ貯めて、換金すれば二千万になるってとこまできたのに……同じギルドのやつに騙されて、パスを抜かれて、垢ハックされたんだ』
ログインしたときに、レベルとスキルだけをそのままにして、全てのアイテムと金が消えていた。
小四から始めて高校一年まで、累計ログイン時間二万時間を超えてプレイし続け、それで手に入れたものが一瞬にして泡と消えた。
一日早く換金していれば。もっと小刻みにやっていれば……そんな後悔は全て先に立たなかった。
それから数日は廃人のようにして過ごした。その時はまだ、自分が死ぬとは思っていなかった。
引きこもりだった俺が家を出たきっかけは、雨の中で、俺の家の前で言い争いをする陽菜と恭介を見てしまったからだ。
走り去った陽菜を恭介はなぜか追いかけず、俺は自分に何が出来るわけでもないのに、陽菜を追いかけて家を飛び出していた。
「……ひとつ、言っておくことがあるわ。遅かれ早かれ、『エターナル・マギア』をプレイしていた人たちは、現世と異世界の二択を迫られることになる」
「は……?」
『待ってくれ、意味が分からない。あれはただのゲームじゃないか。現世と異世界の二択とか、なんでそんなことになるんだ?』
「それについては説明する必要はないわね。あなたは予想外に早く死んじゃったから、こうして『面談』も早く行うことになったわけ」
「よ、予想外って……」
『俺があの日、家の外に出て、陽菜を助けるってことは……神様にとっても、予想外だったのか』
心の中が伝わるというのが、こんなに話しやすいとは思わなかった。本音が伝わるのは恥ずかしいが、誤解されるよりは百倍マシだ。
俺が生きてる頃もこうだったら……いや、それはそれで生きづらかっただろう。考えても仕方ない。
「まず、エターナル・マギアを二万時間以上プレイしていた人は、全世界のプレイヤー十五万人の中でもほとんどいないわ。あなた……森岡弘人くん。日本では、あなたがトップの位置にいた。アカウントハックの標的に狙われたのは、プレイ時間をほとんど無駄にせず、あなたが『稼いで』『集めて』『鍛えて』いたからよ」
「クソが……レベルキャップで装備も横並びになってんのに、なんで俺だけ貯めてるってわかんだよ」
「単純に、あなたのプレイがそれだけ周囲の羨望を集めていたということよ。エターナル・マギアの中で『ニ巨頭』と呼ばれるギルドのうち、ひとつの指導者でもあったんだから」
俺のコミュ力は、ネトゲの中では万能だった。
対人だけじゃなく、ノンプレイヤーキャラに対してもだ。俺は誰も好んで取らない、死にスキルと言われていた『交渉術』に、ボーナスポイントを100も注ぎ込んでいた。レベルキャップが75で、1レベル上げるごとに3しか手に入らず、アイテムなどで増やすこともほとんどできない貴重なスキルポイントを全振りしたのだ。
交渉術に10ポイントより多く振る酔狂なやつは俺以外にひとりもいなかった。10ポイントで発動する『値切り』が有用とされていたが、それ以降30ポイントまで何のスキルも手に入れられないこともあり、それが成功率の低い『口説く』なんてスキルだったもんだから、誰も交渉術にポイントを振らなくなった。レベル上げが大変で、キャラの使い捨てはできないシステムだったし、エターナル・マギアに存在する数百種類のスキルの中には、目に見えて有用なものが他にゴロゴロしていたからだ。
チートで全スキル解放して無双してるやつがいるなんて、よくネトゲで聞く話だが、エターナル・マギアではステータスに関しては異常にプロテクトが堅く、誰も数値をいじることは出来なかった。有名なハッカーがクライアントを解析しようとしても、ブラックボックスを開けられなかったのだ。
まあそれはともかく、交渉術に100ポイント振っていた俺だけが、別の世界を知っていた。
交渉術が100でないと会話すらできない王様が俺に頭を下げ、魔王を倒したとされる伝説級のNPCだって、交渉して傭兵として雇用できた。
それを利用して、俺は他人に見られないように注意を払いつつ、誰も攻略できない超絶難易度のダンジョンをソロで攻略し、情報を少しずつ提供して、仲間を増やした。
結果として仲間は膨大な数になり、俺はギルドを作るように求められ、ギルドマスターとなった。