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我がギリオン家は無敵なり

作者: 山椒

妹視点では明かされなかったあれこれです。割とぶっ飛んでます。

『―かつて分かたれた血脈を、いま一度ひとたび巡りあわせようではないか』



その国が滅んだときも、ギリオン家は傍観していた。

それが契約だった。

ギリオンはその国の傍観者で、記録者。

その為に初代当主は土地の守護者となった。

ギリオンは観察者だった。

けれど正式にその役割を賜りたった三代で国が滅んだ時、彼らの役割は終わった。

彼らに残されたのは、その地を守護するという使命と、---だけだ。




***


そもそもの話、なぜ可愛い可愛い我が妹とあの王太子ぼんくらの婚約が決まったのかというと、初代国王と密約を交わした三代目ギリオン当主が賭け事が好きだったことに始まる。

国に土地を貸すことが決まった後、彼はこう考えた。


―もし三百年経ってもこの国が生き残ってたら滅びるまでの無期限貸与にしてもいいかもねー。あ、なんなら我が家の子孫と結婚させちゃってもいいかも!あ、でも嫁入りした先の子供たちには土地の相続権は発生しないけど!


……おい。おい。


何だそれはと激しく問い詰めたい。

そんな無意味な結婚あるか。

だが先祖には従えの格言を持つギリオン家は、三代目当主が『三百年後、国が存続していたら我がギリオン家と国は婚姻を結ぶ』と書き残していたなら、たとえそれが誓約書などではなく、ただの日記帳に書かれていた言葉でも、実行しなくてはならないのだ。

この苛立ちはとりあえず、俺も日記帳に無茶ぶりを書いて子孫にぶつけることで納めておくことにして、問題は三百年目に当たるのが俺らの世代であり、よりにもよって俺の可愛い可愛い妹の相手が王太子おおうつけなことだった。


大体、ここ二百年ほどの王家の我がギリオン家への対応は目に余る。

お前らがふんぞり返っている土地はうちが貸してやっているのだということも忘れ、土地の為に働いているのに、王家に尽くしていると勘違い。

馬鹿なの?ねえ馬鹿なの?

本気でこの馬鹿の巣窟に可愛い可愛い妹を嫁がせなくてはいけないのか。

父に聞けば、心底苦い顔で「だってしょうがないじゃん」とのたまった。

この苛立ちはやっぱり、日記帳に更なる無茶ぶりを書き連ねることで抑えることにして、とにかく常日頃からギリオンと繋がりが欲しそうにしている国王にさりげなく水を向ければ、案の定食いついてきた。一部貴族は我が家がさらに力をつけると危惧していたようだが、それでも今まで、この国で一番力を持っているギリオンが王家と血の繋がりを持たない方が不自然だったのだ。嫁入りとは、つまり人質だ。ギリオンの考慮すべき血がまるで流れていない王家には、ギリオン公爵の名は脅威だったに違いない。笑えるくらいトントン拍子に話は進み、俺には王太子のうたりんが義弟になるという暗い未来が確定した。


因みにその旨を妹に告げたところ、彼女はまるで表情を変えずに「なんというか、側室大量に作られる未来しか思い浮かびませんね」とどうでもよさげにケーキを食べていた。お前に触れるなんて許せないしいいことじゃないかと思う反面、うちの可愛い妹をないがしろにするかと怒りも生まれ、お兄様、あくまで想像です暗器はしまって下さいと呆れられた。そんな顔も可愛いよ妹。


そんなこんなで決まった婚約。しかしそれはとんでもない形で破棄にされた。


救世主降臨。


ここ数年で数々の国に侵略を繰り返し、その支配下を広げる某帝国が、次に目をつけるのは我が国だというのが疑いようのない事実となり、国中が上から下への混乱の最中、その奇跡に国民は希望を見た。

だが一番安堵していたのは王家そのものだったであろう。

救世主の娘を手厚く保護し、その扱いは国賓以上。

王太子ごくつぶしはすっかり骨抜きとなり、その婚約の重さも知らず、あっさりと妹を切った。

おまけに国王はお披露目会とやらの招待状をご丁寧にお送りくださった。

妹以外全員ぶちぎれていたが、中でも母はすごかった。

体の弱い彼女はしかしその精神はまるで真逆だ。ギリオン家に嫁いだだけの器量の持ち主で、父ですら母には弱い。

そんな彼女の怒り方は特殊だった。

その一切の存在を記憶から抹消する。

最早母親の中に「王家」の存在は塵ほどもない。国王の名を告げたところで、本気で「誰?」と首を傾げる。だからこそ母はその後の王家乗っ取り事件には参加しなかった。全くの無関心で、異母妹である王妃の助けを求める声ですら黙殺したのだが、それは置いておいて。


そうして父と共に城に呼ばれ、引き合わされた娘。

突然異なる世界に来たというのに悲嘆にくれる様子もなく、下にも置かぬ扱いに、見目麗しい人間に傅かれ、王子様と婚約するという夢物語に酔った、底の浅い愚かさ。その優越感に満ちた微笑に吐き気すらした。

なるほど確かに娘の容姿は美しいのだろう。人種の違いはあれど、異国風の美というものはウケるものだ。

だがそれだけ。内から輝く美貌ではない。知性も教養も感じられぬ、ただ表面だけが美しい、ほどほどにできたお人形だ。救世主と呼ばれいい気になった、ただの小娘。

戦の恐ろしさを知りもせず、国を救うのだと張り切る娘。

くつりと笑みが零れたのは、父親も同じだった。


嗚呼愚か。


何故救世主という存在が、この国の為だけにあると思えるのだろう。


この国に特別なものなど何もない。滅びた国々と何一つ違いはない。

それより忘れていることがあるのでは?

この国の中心地は、我がギリオン家の土地であり。


この国には、かつて別の国家があったのだと。


奪われたら奪い返す。支配されたら覆す。

歴史は繰り返しだ。

顧みることを忘れたこの国は、そんな簡単なことも忘れてしまった。


初代国王に国を滅ぼされたかつての国は、その尊い血筋を守り抜き、遠い地で力を蓄え、ひっそりと息をひそめて、今か今かと窺っていた。じっと、この国の些細な綻びすら見逃さぬように。


さて話は変わるけれど、歴史を持つ家というのは血筋を大切にするものだ。

連綿と続く連なりを重んじて、その一切を記録する。

いわゆる家系図というものだが、当然我がギリオン家にも存在する。

全ての元凶である三代目はもちろんのこと、土地の守り神様である初代当主、そしてそれ以前の記録すら、我が家には残されている。

その図をつーっと辿り、遡りすぎて最早血なんて薄まりすぎて他人レベルまで戻ると、とある事実に行き当たる。


つまるところギリオン家は、かつての亡国の王家と血の繋がりがあった。


初代当主ですら曾祖父のさらに祖父のなどと言い出す遠い記録だが、確かにかつて亡国とギリオン家は一つだったのだ。

そんなん言い出したら人類皆兄弟じゃんなどと考えてはいけない。

そのことが記録されているというのが大事なの。

『世が世なら玉座の上のお方』と同じだよ。


思い出してほしい。我がギリオン家にとって、一番大切なものは、この土地だ。


だから、


『うちと手を組んで、その国滅ぼさない?もちろん君たちの土地は君たちに返すよ!かつての契約・・だもんね!(超訳)』


一度滅び、かつてよりも力をつけて生まれ変わった元亡国現帝国からざっとこんな感じの密書を貰い、よーし、いっちょやりますか、となったのは、我が家としては当然の流れだった。

たった三百年前の約束を忘れるひとより、気が遠くなるほど遠い昔の契約を覚えているひとを選ぶのは、人情だろう。


初代様、観察者ではない俺達ギリオンが、戦をおこしてもいいですよね?


***


そうと決まれば話は早い。善は急げと言うしねと、父は城に仕えるギリオンの血筋に連なる者たちをボイコットさせた。上は側近から下は皿洗いまで、ギリオンの息のかかった者がいない場所は城内にはない。これでまず城の機能を四割以上は停止させた。

そうして生まれた混乱の隙に、招集をかけたギリオンの持てるすべての兵が城を制圧する。ギリオン公爵家の私兵だけでなく、ボイコットした家の兵たちも集めたのだ。

もちろん黙って見守る俺と父ではなく、お披露目会では妹に没収された暗器を仕込み、剣を佩いて先頭を突っ切る。

王家が隠し穴から逃げようとしても、既にその通路は兵で塞いでいる。

一か所に集められ、ガタガタ震える国王に父はにっこり笑った。


「いかがです?王。これが、貴方が欲し、貴方の息子が切り捨てた我が家の力です」


上品ぶった紳士的な笑顔だが、俺には「ざまああああ!!」という副音声が聞こえた。

絶対内心腹抱えて笑ってんだろうなあと分かるのは、俺も同じだからだ。

あっという間の出来事だ。多分中には未だ何が起こっているのか把握できてない者もいるだろう。

それだけ素早く、鮮やかに、ギリオンは城を支配した。

兵達は城の誰も傷つけていない。

血を見せて恐怖で支配することは誰にでも出来る。

けれどこの場合、誰も傷つけていないからこそ意味がある。

無意味な犠牲を出さずに国の心臓部を掌握し、制圧する。それだけの力の差があると世に知らしめる。


青ざめる国王と王太子あんぽんたんを残し、王妃や側室達をこの場から連れ出させる。

それと入れ違いに、兵が救世主を連れてきた。その姿に安堵と希望の表情を浮かべた国の最高権力者とその後継には見向きもせず、娘は兵に噛みつく。


「ちょっと、離しなさいよ!私を誰だと思ってるの!?」

「調子にのった夢見がちな小娘だろう」


思わず毒吐けば、小娘はギッとこちらを睨んだ。


「何あんた……ああ、もしかしてあの女の?」


はん、とその顔が嘲りに変わる。そしてぺらぺらと紡がれたその内容に、俺と父は固まった。


「ちょっと、やめてよね。まさか婚約破棄された復讐?仕方ないじゃない、だってあの子いわゆるライバルキャラでしょ?ヒロインは私なんだから。まあライバル役にしては全然美人でもなんでもなかったけど、でもまあイージーモードだと思えば納得だしね。ていうかこれイベント?あんたももしかして攻略キャラな、きゃあっ!!」


……あれ?

いつの間にか小娘を引き倒してその眼球すれすれにナイフを突きつけていたことに自分が驚いた。

抑える力とナイフはそのままに首を傾げれば、こらこら、と父が俺を窘める。


「何を寸止めしてるんだい?そんな耳障りなオルゴール、壊したって父さん怒らないよ」

「ま、マリア!」


王太子へちゃむくれが小娘の名を叫んだ。

見下ろす小娘は蒼白になって震えている。眼球に突きつけられたナイフに瞬きが出来ず、眦から涙が零れた。

美しくないなあ。


「うん、やっぱり、比ぶべくもないけどあのこの方が断然可愛い」


ナイフを引き、体をどかせば小娘はみっともなく震えながらも怒る。

やはり未だ夢見がちな小娘は、命を握られているという危機感に疎いらしい。


「は?何言ってんの?あんなのより私が劣るわけないでしょう!私は救世主よ!選ばれた人間なの!この世界の中心は私……!」

「ひとついいことを教えてあげる」


ひたり、とナイフを自称救世主の頬に当てれば、ひう、としゃくり声を上げて黙った。


「そこの国王やその息子たち、ううん、国中が勘違いしてるみたいだけど。救世主なんてもの、存在しないんだよ?」

「は……?」

「王家は忘れているようだけど、元々この地は我がギリオン家のものだ。初代国王が土下座までしてきたから一時的に貸してるだけ。初代当主が輪廻の理から外れてまでお守りしている、ギリオンの守護地。どうしてかわかる?」

「何言ってんのあんた……頭おかしいんじゃ」

「質問に答えようか」


力を入れずに滑らせれば、よく手入れされたナイフは贅沢な生活で潤った皮膚を綺麗に裂いた。


「ひっ、し、知らないわよそんなの!もう何なのよ!」


驚いた。文句を言う元気が残ってるんだね。

でもこれじゃ話にならないな。

父を見れば、真顔でグッと親指を立てていた。任せた!じゃねえよ。

仕方なしにいつの間にか捕縛されている最高権力者達に目線を移す。

道理で救世主を助けに来ないわけだね。ああいや、例え縛られていなくてもそんな気概があるとは思えないな。兵に取り囲まれてるし。


「では王よ。お分かりになりますか?」

「う、む……」

「おや言葉がお分かりにならない?これは大変です。会話がおぼつかないとなると、外交にも差しさわりがでる。王よ、貴方は退位なさった方がいい。田舎でゆっくりと養生されては?いい土地教えましょうか?」

「ぶ、無礼な!」

「陛下に何という口の利き方をするのだ!一介の公爵家が、立場を弁えよ!」


今何と?


すとんと顔から表情が抜け落ちたのを感じた。

父を見れば一切の感情が掻き消えた底冷えするような眼差しで王と王太子あほうを睥睨している。

その目はとてもではないが一介の公爵家(・・・・・・)が王家に向けるものではない。


「嗚呼……愚かだとは思っていたが、ここまでとは。本当に、貴方たちは何もご存じないらしい。三代目も厄介なことをしてくれました。何故王家に土地を貸し与えるなど許したのでしょう」

「何を」

「国父が遺した誓約書を、代々受け継いでいるはずですが」

「誓約、だと」

「ちなみに我が家に保管されていたものはこちらになります。とはいえこれも、写しですが。誓約書は二枚あります。王家のものと、ギリオンのもの」


展開についていけない間抜け面した救世主を兵に託し、歩み寄って国王の鼻先にひらりと写しをかざして見せれば、内容を読む王の目が徐々に見開く。王太子しゅみわるも隣から覗き込んで、やはりぽかんと間抜け面を浮かべた。


そうだろうそうだろう。

俺も初めて読んだときそうなった。

何せ書かれた文章が、


『ギリオン様、土地お借りします。私のような卑しい豚が貴方様の大切な土地に足を踏み入れるご無礼をお許しください。死ぬまでに土地とそこに住む高貴な虫さん達を踏まないように宙に浮く技を編み出しておきます。出来なかったらギリオン様は、そちらの都合のいい時に私達から土地を取り返していただいて構いません。生まれてきてすいません。我が王家は未来永劫ギリオン家に恩義を感じ、その存在をおざなりにしたりなど絶対に致しません。引き続きギリオン家には特別自治領として存続していただきます。なんかもうすみません。生意気言ってすいませんでした。土地貸してください』


あ、頭悪ぅう!と言いたくなる様な酷さ。文書の様式を全く成してない。立会人は仕事をしろ。

これが国宝級の機密文書(の写し)かと思うと眩暈がする。

もしこれが他国に流出したりしたら……本来とは別の意味で恐ろしい。

何だか所々文字が滲んで掠れているのだが、革命軍リーダーのむせび泣く声と、三代目の高笑いが聞こえてきそうだ。


「こ、こんなものは捏造だ!」

「捏造するならもっとまともなのお作りしますが」

「わ、我が王家がギリオンに屈するなど、あってはならない!」

「いや国父はギリオンに土下座までしてますからね」


それにしても本当に話にならない。


「嗚呼いえ、わかりました。王家が誓約書をどうなさったのかは知りませんが、とにかくこれは確かに本物です。そして貴方たちは誓約を破った。初代国王の誓い通り、この地は返していただきます。どうやら……」


ちらりと救世主を見やれば、兵の一人に口を押さえつけられていた。

ふーふーといきり立つ様はとてもではないが美しくない。獣の様だというのは獣に失礼かな。


「あんなものまで落ちてきてしまっているようですし」

「っマリアは救世主だ!」


『救世主』、救世主ね。嗚呼おかしい。


「この地には、極稀に、人が落ちてくるのです。異界からの落ち人は、良くも悪くも世界に影響を及ぼしかねない。とはいえ救世主などではありません。異界の知識以外何の力も持たぬ只人です。だから保護して、この地で生きていくのに不足なく教育を施す。そして害ありと判断した者に関しては、お還り頂いていた。その役目を担っていたのがギリオン家。古の昔、まだ魔術が生きていた頃から、ギリオンは異界に干渉する力を唯一持ちえていました。そしてその役目を担うからこそ、ギリオンは中立でなければならなかった。何処にも属さず、服従せず、冷静にすべてを観測する。この地を貸し与える際そのこともお伝えしている筈ですがね」


伝説なんて、噂についた尾ひれのようなもの。

それが落ち人の存在も絶えて久しく、ここまで残って後世に影響を及ぼすほどに原型を留めなくなるとは。


「んー!!んん!!」

「うん?ああいいよ、手を外して」

「ぷはっ!!はぁ、っ何なのよ!!あんた達、頭おかしいんじゃない!これは私が主役のゲームなのに、なんで思い通りにならないのよ!」


何を主張したいんだかと口を解放した瞬間喚きだす小娘に、俺の限界は近づいていた。

そういえばさっき、この娘は随分なことを言ってくれていた。

何だっけ?俺の可愛い可愛い妹がこいつ以下みたいな感じだったよね。え?ゴミ以下が何をほざいてんの?


「だいたい婚約を破棄したのは王子でしょ!選ばれなかったのはあの女に魅力がなかったからよ!」

「ねえ、いいこと教えてあげる」


雑音をまき散らすゴミに笑いかけると、面白いくらいにその肩が跳ねた。


「な」


「落ち人はね、全員、元の世界で『いらない』って思われている存在なんだよ」


ゴミ処理みたいにこの世界に落ちてくるの、やめてほしいよね。


愕然とするゴミに構わず術を展開する。

足元に浮かぶ陣に狼狽える様はなかなか愉快だ。


「さようなら。君は、いらない」

「いやっ……!!」

「マリアっ!!」


何か叫びかけた娘は、しかしこちらに声が届く前にその姿を消した。


「……あ。しまった。ついイラッとして還しちゃった」

「うーん、君もまだ精進が必要だね」


凍り付く空気の中、俺と父の声だけがのほほんと響く。

うん、でも良くやった!と褒める父もそうとう苛ついていたようだ。


「き、貴様ら、よくも……!!」


今さらになって王太子ざこが敵意を剥き出しに睨んできた。

でも何他人事みたいに怒っているのだろう。

自分の心配をした方がいいとまだ理解できていないようだ。


「失礼いたします!」


重い扉をバタンと開けてせわしなくやって来た兵士が、この国の終わりの来訪を告げた。


***


「まさか皇帝陛下直々にいらっしゃるとはね……」


主不在の王の執務室で、来客用ソファに腰かけながら優雅に茶を飲む男にそう言えば、大陸中で「死神皇帝」と名を馳せる帝国の最高権力者はふんと鼻を鳴らした。こちらは執務机を中心に家探ししているというのに、いいご身分だ。いや、いいご身分なんだけどね。


「未来の義父と義兄にお会いするのだ。こちらから赴かなくては失礼だろう」

「それ認めてないからね」


後処理でこの場にいない父の分も力一杯否定してやれば、それは残念と肩を竦めるのが様になっていて腹が立つ。


「だいたいですね、分かたれた血脈というけれど、分かたれ過ぎて最早他人ですよ他人。振り向いてみただけの異邦人ですらないですよ」

「何だそれは」


密書の一部を諳んじれば、関係ないところに反応した。


「かつての落ち人が残した歌の歌詞ですよ」

「珍妙な。落ち人とやらは皆そんなものなのか」

「あの小娘基準に考えているなら改めておいて下さいね。我が家(・・・)まで同じだと思われては堪らない」

「その場合は俺も同様だろう」

「貴方は遠すぎです。曾孫がそちらに嫁いでようやく混じったくらいじゃないですか。うちなんてもろ直系ですよ」


遠い遠い昔。初代当主よりはるかに古いその血筋に、落ち人の血が組み込まれた。

家系図の上部に位置するその名はこの世界では聞きなれぬ音の連なり。

ギリオン家は皆その人の直系にあたる。

それもまた、ギリオンが落ち人の保護に力を入れている理由だろう。


そんな雑談をしていると、ようやくお目当ての物が見つかった。


「ああ、ありましたよ。ほら、王印。それとその指輪の王章。これで貴方がこの国の王だ」


手のひらに収まる、ずしりと重いそれを無造作に投げれば軽々と受け止められ、思わず舌打ちが漏れた。


「それと元王様達ですが、どうします?この土地は返してもらいますが、王都をずらして属国とさせる手もありますよ」

「血を絶やすとは言わぬのだな」

「その場合貴方の名前、死神皇帝の他に殲滅王とか血みどろ陛下とか粛清帝国とか増えますけどいいんですか?正直ダサいですけど」

「……とりあえず処刑はせん。だいたい支配下に治めたこれまでの国とて、むやみやたらと殺したわけではない」

「余裕こいて寝首かかれないように気を付けてくださいね」


ギロリと睨まれたが、怖くない。


「……真にこの国を亡ぼしたかったのはお前等だろうに」

「それはまあ、可愛い妹を馬鹿にされましたし?」

「それだけではないだろう。むしろそんなもの、口実に過ぎん。奴らもまんまと切っ掛けを作って、親切なことだ」

「そんなもの?貴方まで妹を馬鹿にしますか。よろしいならば戦争です。だいたい妹を嫁にしたいとかいうその口で妹を馬鹿にするとは何事です。うちの子は政略結婚の道具にはしませんよ」

「しただろうが」

「あれは先祖が悪いんです。あれさえなければ誰があんな馬鹿の巣窟に妹を」

「分かった分かった。この国が欲しかったのは俺だ。俺の血だ。これでいいだろう」


勘弁ならないというように額を抑えて片手を振る皇帝に、左様ですか、と言えばめんどくさいなとため息を吐かれた。失礼な。

とりあえず一旦国境近くの陣営まで引くという皇帝を見送るために立ち上がるが、いいと返される。


「兵には送らせますよ」

「嗚呼」


頷いて、話はすんだとばかりに執務室を出ようとする背中に陛下、と呼びかける。

振り向きはしないが、構わず続けた。


「確かにこの国に苛立ちを覚えていましたよ。たかが数百年で約束を忘れ、己こそが真の王者という態度は気に食わない。けれど動くほどではなかった。それが妹の件で大きく変わったのは事実です。逆を言えば、妹の件さえなければ我々は動くことはなかった。貴方に蹂躙されるのを黙って見守っていたでしょうね。それを思えば、不思議ですね。三代目は一体どこまで、見通していたと思います?」


ふふ、と零れる笑みをそのままに言えば、顔だけ振り返った男も笑った。




「やはりギリオン家(おまえ)は、紛うことなく落ち人の血脈だよ」







結局主要人物の名前は二人分しかわからないというトンデモ仕様です。いっそ全員名無しでもよかったかも。

閲覧ありがとうございました。

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