「江角千穂と同等になればいい」
午前8時10分。春上は二年三組のドアを開けた。教室の中には江角千穂がいる。春上は彼女を笑った。
「さっきトイレの中でメールを読んだ。どうやらあの作戦は失敗したらしい。だって容疑者が全員午前8時以前に登校していたのだから。早起きは無駄だったな」
少し言い過ぎたかもしれないと春上は思い江角の表情を見る。暗い表情をしていると春上は思ったが、彼女は笑っていた。
「早起きは無駄ではありません。これではっきり分かったでしょう。やっぱりラブレターの差出人はあの3人の中にいるって」
「その根拠は」
江角は人差し指を一本立てて、春上の質問に答えようとする。
「根拠を説明する前に一つだけ質問させてください。校舎をパトロールしている時に風紀委員に出会いましたよね。その風紀委員は全員男性でしたか」
「ああ。そういえばそうだった。妙だと思っていたが、それがどうした」
「秋山君に教えてもらいました。邪魔な女子の風紀委員がパトロールを担当しない曜日がないのかをね。唯一パトロールを担当する風紀委員が全員男子という曜日は金曜日でした。これで邪魔な風紀委員は消えました。そして忘れてはならないのが、朝練をする運動部員たちは午前8時以前に登校するが、午前8時以前に昇降口を通らないということです。運動部員たちは午前7時30分までに部室に直行して、朝練の準備をします。朝練の遅刻者には、グラウンド10周が待っているそうですが、今日は誰も遅刻をしませんでした。つまり運動部員たちには、ラブレターを下駄箱に投函する暇はありません。一番近い部室でも、昇降口から1キロ離れた位置にありますから、いくら体力のある運動部員でも朝練に遅刻するリスクはあります」
「なるほど。運動部員たちは、朝練をしていたという鉄壁のアリバイがあるから白。残る容疑者は図書室か校舎内にいる奴らのみ。そしてあの時間帯に校舎内か図書室にいた月守学園高等部の女子生徒は江角を除くとあの3人のみ」
「分かったら、今日もあの3人と仲良くお話をしてください。もしかしたらボロを出すかもしれませんから」
江角の指示通り春上は今日もあの3人と会話をした。だが今日もあの3人はいつも通りだ。差出人を特定するための証拠をあの3人は誰ひとり話そうとしない。この状況ではラブレターの差出人を特定することは難しいだろう。
その日の夜。ラブレターの差出人は暗い部屋の中で椅子に座り考えごとをしていた。
「江角千穂。春上博也の隣の家に住んでいる幼馴染。江角千穂をどうにかしないと、彼女にはなれない」
ラブレターの差出人は呟きながら次なる作戦を考える。
「江角千穂と同等になればいい。春上君は江角千穂のことを江角と呼び捨てにする。一方私はさん付けで呼ばれている。それなら簡単だ。春上君に要求すればいいのだから」
ラブレターの差出人さんは方向性を間違えた。これまで彼女は差出人を不明にして、ラブレターを下駄箱に投函した。もちろん三枚目のラブレターも差出人は不明だが、今回は違う。差出人自ら証拠を提示するのだから。
語るに落ちるとはよく言ったものだ。自分の正体が明らかになるかもしれないとラブレターの差出人は躊躇ったが、これ以上証拠を隠すと、春上の彼女になることはできない。
二晩彼女は悩み、結局3枚目のラブレターを書くことにした。
これで前編は終了。後編に続く。




