この瞬間。奇妙な事件は始まった。
登場人物紹介
春上 博也 普通の男子高校生
江角 千穂 春上の幼馴染
須藤 涼風 学級委員
漆谷 梅子 普通の女子高生
テレサ・テリー 帰国子女
以上メインキャラ5名は全員月守学園高等部の2年生です。
2002年9月2日月曜日。長かった夏休みが終わり、2学期が始まった。
黒縁眼鏡にスポーツ刈りの高校2年生の春上博也は九州地方一の名門校月守学園に通っている。
同じ敷地内に小学校から高等学校までがある。その敷地は東京ドーム5個分。敷地内に5カ所の体育館がある。グラウンドは野球場を含めると7カ所ある。図書室は国立大学と同じ規模の広さ。
大学のような広さを誇る学園に春上は小学一年生から通っている。
現在の時刻は午前8時10分。彼は今自転車小屋の前にいる。
「夏休み明けからマラソン大会か」
彼は小声で呟くとリュックサックを背負い走り出した。
文化祭系生徒の生き地獄。これがこの学園の別名だ。自転車小屋と高等部の校門は2キロ離れている。自転車小屋と小学校の校門の距離が500メートルなのは、小学生の体力に合わせたから。それはありがたいが、高校生は2キロ走らなければ校門に辿り着けない。もちろん歩くという選択肢もある。だが文化祭系の体力がない高校生が寝坊して、歩くという選択肢を選んだら確実に遅刻する。
文化祭系生徒にとってこれは毎日マラソン大会が開催されていることと同じだ。
体力に自信がない生徒は遅刻しないように早めに学校に行くらしい。そうすることで遅刻を懸けたマラソン大会を避けることができた。
午前8時15分。春上は何とか昇降口に辿り着いた。
2学期は学園行事が目白押しだ。学園祭に遠足。さらには体育祭まである。春上は退屈しない2学期が好きだった。
今年も退屈しない2学期が待っている。期待を込めて彼は下駄箱を開けた。
この瞬間。奇妙な事件は始まった。炎天下の中校庭で行われた1学期の終業式で生活指導部長の鬼教師は言った。夏休み部活がない生徒は上靴を持ち帰り、下駄箱を空にしろと。
帰宅部である春上は鬼教師の指示に従い、上靴を持って帰った。盆明けの登校日も上靴を持参して、下駄箱に入れず持ち帰った。
彼の下駄箱は空でなくてはならなかった。だが彼の下駄箱は空ではない。二つ折りにされた一枚の黒い紙が彼の下駄箱の中に置かれていた。1学期の終業式の日も、盆明けの登校日もこんな紙は入っていなかった。
夏休みボケで下駄箱を間違えたのかと思い春上は下駄箱を閉める。だが彼が閉めた下駄箱には確かに春上博也という名前がプリントされていた。
仕方なく春上は下駄箱の中に置かれていた黒い紙を取り出した。その紙を開くと彼は目が飛び出るほど驚いた。
『春上博也様。私が誰か分かりますか?私はあなたが好きです。良ければ付き合ってください』
その黒い紙に書かれていたのはごく普通のラブレター。しかしこのラブレターは新聞で切り抜いた文字で書かれている。さらにその文字はいびつに並んでいる。
悪戯にしては懲りすぎていると春上は思ったが、彼には心当たりがない。いったい誰が奇妙なラブレターを送ったのか。
「あいつに相談すれば差出人が分かるかもしれない」
彼は学ランのポケットに奇妙なラブレターを入れると、急いで教室へと向かった。月守学園の名探偵に相談をするためではない。自分が遅刻しないためだ。