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ロマンスに踊れ  作者: 青生翅
番外編
23/30

我慢の限界

長らくお待たせを。

我慢の限界……誰の?という話です。




 下女のお仕着せが欲しいと言われたとき、口から飛び出る言葉が止まらなかった。


「リディ様。客観的にお考えになってくださいませ。王太子殿下の婚約者ともあろうお方が、ドレスの一着や二着に怯まれてどうされるのです」


 この先、何十年とこの城で生きていくことをわかっているんだろうか――?


 臨界点に達した声は自分で思い返しても冷ややかで、婚約者様が蒼褪めたのも無理なからんことだと思った。……数時間してからのことだが。






   ***






「やっちゃったー…………」


「まあ仕方がないんじゃないか。自覚のない方なんだろう?」


「そうなんだけど!」


 離宮から離れた回廊で、侍女がこそこそと逢引き……というように外からは見えるが、こうしているのはもっと堅い理由がある。敬愛するオレリアのために他ならない。


 愛想の良さそうな顔立ちの、下級騎士を相手にしばし愚痴るのは日課になりつつある。

 お互いの繋がりは甘い恋愛関係などではなく、ファサイエル侯爵家に世話になった者同士である。侯爵領の孤児院から貴族の養子になった彼女と同じく、この下級騎士もまたそうだ。


 運良く侯爵領の孤児院で育ち、まだ運良く子爵家の養子入りした身だが、王宮に出仕することを選んだのは一重にある野望のためだった。

 一時期はオレリアの侍女にしていただくことを夢見ていたが、養子の話が来た時点でそれは叶わぬものとなり、逆に側近くに仕えることが出来た同じ孤児院出身のマルゴの勝ち誇ったような顔は忘れられない。

 だが彼女は諦めなかった。良く考えれば、オレリアは将来の王族である。貴族令嬢になった特権を有効に生かし、王城に出仕して真面目に仕事をすれば、将来的には王太子妃となったオレリアのお側付きに――生唾モノの将来図である。マルゴめ、笑っていられるのも今のうちよと努力を重ね、出仕五年にして若い侍女たちの中では頭一つ抜きん出ていた。これは間違いなく、新しい王太子妃付きの侍女になれる!……そう思っていたというのに。


 現実。いや、世の中はおおいに間違っている。


 確かに……新しい王太子妃と目される女性の側付きにはなった。だがオレリアではないじゃないか。あまりの絶望感に内示が出た時点で侍女を辞そうと本気で思った。


 だが数日してマルゴからの手紙に偽装されたオレリアからの依頼を受けて、もうしばしは留まることにしたのだ。どんな事情があるかは知らないが、あなたにしか出来ないなどと言われれば、断る是非もない。

 同じように依頼を受けた下級騎士を介し、婚約者様の日々の様子を報せている。側付きの侍女ともなればそう簡単に外出も出来ないゆえに、この男を経由して侯爵家に情報は入るらしい。他にも数人、かつて侯爵家に恩を受けた者が動いているとか。

 密偵? そんな大層なものではない。あくまで恩返しと善意だ。


「――で、あまりの分からず屋加減に少しばかりキレた、と」


「うぅ…………」


 ははは、と笑う男が憎い。

 冷静沈着が売りであるのに、思わず放った言葉尻の切れ味ったら。


 だが本当に困っているのだ。元は平民なのは彼女も同じ。他人に着替えや入浴や食事の世話をされるなんて戸惑うのはわかる。……わかるが! それこそ仕方がないじゃないか。

 子爵令嬢である自分でさえそうなのだから、王族に嫁ぐ人間が避けられるものじゃない。どんなに居心地悪かろうと、そこは我慢だ。一に我慢、二に我慢。三も四も我慢。人生は忍耐だ。

 だと言うのに、甘やかし放題な王太子殿下のおかげなのか、婚約者様はどうも環境を自分に合わせようとする。おかしい、間違っていると、平気でそう思っているんだろう。そんなおかしくて間違っている育ちの頂点に未来の旦那がいるのに。


 ――このドレスだけで何個のパンが買えるのかな……。


 そんな嘆きの声にだって、お望みならば答えられる。地味に仕立てたそれだって官吏の給料一ヶ月分はする。平民の四人家族が日々消費する量のパンを千個弱は買える。だからどうした。


 王太子殿下が至急用意させたドレスはどれも地味で飾り気少なく、採寸も間に合わないから既製品だった。これから本格的に仕立てていくのに、この段階で怖気づかれ、さらには下女のお仕着せで構わないと来た……。周囲が構うのだ。本人の言い分など元から聞いちゃいない。


「引け目を感じるのはわかるのよ。でもそこで抗ってどうするっていう話でしょ」


 礼儀作法やら何やらの教育も始まってはいるものの、鬼気迫る様子ではないことが一番不安だ。ドレスやら宝飾品やら、宛がわれた離宮の造りや内装やらに怖気づく前に、自分の内側の不足さに慄いて欲しい。


 中身が及ばないから、外側だけでも完璧に取り繕うことに教師役の者たちは必死なのだ。その辺、相互理解に至っていないのは非常に問題だと彼女は思う。


 迷惑をかけたくない――。


 そんな風に思うこと自体はおかしくない。けれど発想と手段をそろそろ別なものにしないと、いい加減に痛い目を見ると思うのだ。

 人格を作り変える勢いの作業が必要なのだ。そのくらい、平民と貴族の感覚が隔たっている。おまけに義務も責任も段違いな王族の一員になると言うのに、平民の常識を捨てきれないのはまずい。

 ……まずいと思ってやる義理もないと思ってしまうのだが。


 だいたい王太子殿下が送っている宝飾品でさえ日の目を見ないのだ。使わない物に価値などなく、その時点で一番の無駄を生み出している。


「だから最近やつれているのか? 何事もほどほどが一番だぞ。お嬢様だって無理をすることは望んじゃいないさ」


 昔の癖が抜けないのか、オレリアをお嬢様とそう呼ぶ下級騎士が顔を覗きこんでくる。


「近い。鬱陶しい。離れろ」


「シュゼット、相変わらずだな……」


 男なぞ、と彼女はその想いを今回深めた。

 広く世の中には理想の王子様だとか言われている王太子殿下だって、蓋を開けてみればあれである。あんな男で構わないと思うのは、それこそ周囲の人間が砂を吐けるほどに甘いやり取りをしている婚約者様その人だけだろう。


 彼女からすれば男に頼らず生きるために仕事をしている面もある。平民だろうが貴族だろうが、女の立場は男のそれより弱い。だが泣き寝入りをする羽目にだけはなるなと、あの孤児院で育ったときに思ったのだ。でなければ、あれだけの教育を受けた意味がない。


「お前の結婚退職は遠そうだなあ……」


「何それ。縁ないわよ、そんなの」


 言い捨てる彼女に、やけに重々しい溜息を漏らす騎士の心はわからないだろう。

 愛想はないが可愛らしいと評判で、おまけに次期王太子妃の側付きなのだ。己だって若手貴族たちの目に留まっていることを、どうも理解していない。






 だが、無理をしない――その言葉のままに、仕える女性に「下町娘の仕度が欲しい」と数カ月後に言われた際、一つ返事で用意してやった彼女の行いが、終幕の合図だったりするのだが……彼女自身は知らぬまま。

 きっかけは我慢の限界。もう好きにしろという話。


 




   ***






「マルゴめ! また自慢する! 自慢してくるぅ!!」


「ああ、侯爵家の侍女だったか」


「お嬢様の侍女になれたからってー!!」


「お前は子爵家の養女だろうが」


「うぅぅ……野望叶わず、この先どうすれば…………くそぅ」


「諦めて誰かと結婚するとか。俺とか、どうだ」


「もうこうなったら女官の頂点を目指すべき……?」


「…………聞けよ」







  

意味わからん……となりそうで怖い(汗)

マルゴ=名前だけ登場。オレリアの侍女。

シュゼット=名前だけ登場。リディの侍女?


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