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ロマンスに踊れ  作者: 青生翅
本編
10/30

10 ファールの筋書き――主演の存在



 そして侯爵は、自らと同じだけの権限を娘にも与えた。それを受けたオレリアはシュゼットたちを手配し、情報を集めた。王太子とリディの婚約が正式に成立しその任から外れてもいい頃合いに、嫌がらせが横行し始めた話が出たことで手は引けなくなった。下手をすれば逆に侯爵家が疑われる。

 王家の下命に加えて、自家を守るためにさらに力は入れられ、ついには直接の準備を始めた。リディ嬢に何かあった場合、すぐに動ける“機動力”を三家に求めたのだ。


 実際に今日の事件が発したとき、侍女としてそれに気づいたシュゼットや周辺を張っていた人間からの一報で、オレリアたちは動き出した。

 元からファサイエル侯爵家に罪をなすりつけられるだろうことを予想していただけに、その別邸や領地、馴染み深い店など思いつく限りの場所に少数ずつの騎士を配備していた。その人員は三家からも借りたのだ。

 同時に、裏付けのために王城へ近寄る人間に警戒もしていた。ファサイエル侯爵家を貶める必要があるならば、決定的なのは王太子本人の耳にそれを入れることだと。

 しかして虚偽の証言をした五人はすぐさま捕縛され、侯爵家が無実を主張するために王城へと連行された。


 このほとんどを侯爵ではなくオレリアが考え、実行に移し――だからこそリディ・サンリークは無事にここにいるのだ。

 ヴァルナ公爵が促した、『真相』の一端がこうして浮き彫りになる。

 ファサイエル侯爵家への、オレリアへの疑惑はこうして晴れた。実際に手柄を挙げる形になった侯爵家への王家の信頼は一層高まったことだろう。




 しかしである。

 腰に帯びた剣に触れながら、セザールはとてもではないが、すべてに納得することは出来なかった。腹からせり上がる熱が、喉元で取って返すほどに息苦しい。


「その話が本当であるならば、なぜ我々には秘されたのですか……!」


 王太子の叫びが、それを表していた。

 今日この日、最も心の臓を凍らせる思いをしたのはリディと王太子だ。彼らに仕えるセザールとマクシムもまた、リディを救い出すために奔走した。ようやくの目撃証言に侯爵家へと向かい、リディの居場所を聞き出そうと――。


 だがそれらへの備えの一端が半年も前に、そして実働が始まったのが三ヶ月前だと言うのならば、何故それが王太子やリディに伝えられなかったのか。正式な婚約を交わし、将来の王太子妃と決定づけられたリディはもはや大々的に王家の守護を得られる立場になったと言うのに。

 もし始めから情報が共有されていれば、リディに対する危険性はさらに低くなったはずだ。今日の事件そのものが未然に…………いや、その段階でおかし過ぎるのだとセザールは息を止める。


 そして激高をあらわにする主と、蒼白になっている同僚を視界に入れながら、飛び出そうなほどに鳴る鼓動を抑えようと手で胸を押さえた。


 王太子の声はもはや悲鳴に近い。


「――そして何故、王家が依頼してリディは守られながら、ランベールが彼女を誘拐するんです!?」


 国王に詰め寄るその様子は、絶望の色を覗かせている。

 半年前から、国王夫妻とヴァルナ公爵、そしてファサイエル侯爵家は繋がっていた。だがそれを渦中の中心である王太子やリディは知らされていなかった。

 結果リディはあっさりと誘拐され、その逆でいとも簡単にオレリアはその身柄を取り返して見せた――ヴァルナ公爵の下から。


「リディを害することはいつでも出来ると、そういう意味ですか? そうまでしてファサイエル侯爵家の力を見せつける必要が? ……ああ、そうか。後宮廃止案、あれが原因か」


 決して許しはしないとばかりに、王太子の深緑の目が侯爵令嬢オレリアを射抜く。 


「だとしてオレリア、何故君が出る? ――何をしたって無駄だ。私とリディは正式に婚約をした! 王太子妃になれないのならば自分を側室に迎えろと、そういうことなのか!?」


 けたたましい音を立てて椅子が倒れる音がして、ブロンゾ侯爵令嬢フランシーヌが憤怒の形相で立ち上がった。爪が食い込むほどに握りしめた両手を真っ直ぐに下ろしているが、それが目に見えてぶるぶると震えている。

 隠しもしない侮蔑の表情でキリーシェル伯爵令嬢ナタリーは身動きせず、さらに隣にではライプツ伯爵令嬢ニノンが涙を溢れさせた。


「なんて、なんてことを……!」


 今にも掴みかかりそうなフランシーヌに、セザールも剣に手をかけて立ち上がる。武官のそんな姿を見ても怯むことは欠片もない。いっそ視線で殺してやるとばかりに、フランシーヌはセザールをねめつけた。


「ちょっと、グレイ!」


 慌てた様子で、王太子の腕の中をリディが暴れるが、そこに回された腕は強く少しも動かない。何者からも守って見せると言う王太子の気概が、まさにそこに現れていた。


 秘密裏に進められていた、後宮廃止案。慣例として設けることが定められていたそれを、自身の代には作らないと王太子は国王夫妻と宰相に宣言していた。それは審議にすら持ち込まれている段階ではなかったが、その理由としては貴族の反発を抑えきれないというものだった。

 反発するであろう貴族たち――側室候補に挙がっていた三家はもちろん、高位貴族の筆頭でもあるファサイエル侯爵家も入っているだろう。

 その案を取り潰すのと同時に、オレリアがまだ諦められないものを昇華させようとするなら、今回の件も納得がいく。

 頭のいい元“許嫁”である。本気でリディを害するよりも、恩人のように見せかけて取り入り、物わかりのいい女として、例え次席だとしても王太子の夫人の地位をもぎ取ろうとしたのではないか。


「――それがグラシアン様のお考えですのね」


 侯爵令嬢オレリアは……やはり微笑んだ。

 その笑みを見るとセザールはぞっとする。何を考えているのかまったくわからない。何を考えていようと、この状況で笑える神経など狂っているとしか言いようがない。


「私の名を呼ぶな……!」


 王太子は嫌悪しか抱けなくなったかつての許嫁にそう吐き捨てる。

 だがオレリアは気にした様子もなく、その真っ白い繊手をついと上げて、指を立てた。


「まず一つ、わたくしは今回のリディ様の誘拐について、初めからヴァルナ公爵が計画したものとは知りませんでした」 


 それはファサイエル侯爵その人も、協力した三家も同じであると付け足した。

 ヴァルナ公爵と共犯ではないと、口ではそう言う。


「さらに一つ。(まか)り間違っても、グラシアン様の何番目の妻にもなりたくはございません。ええ、王太子妃の地位にも未練はありませんわ」


 御安心なさいませ。そんな風に、長い睫毛に縁どられた空色の瞳が、ちんまりと王太子の腕に囚われたリディに向かって笑み崩れる。


 ――そして。

 ふと、すべてが失われた。

 何があろうと浮かんでいた微笑みも、覚めるように掻き消える。立てられていた二本の指も腕ごと膝に落ち、ファサイエル侯爵令嬢オレリアは言葉を紡ぐ。

 歌うような、鈴の音のような声が。責めるでもなく詫びるでもなく、ただ真剣に。


「最後に一つ。……愛する方と、どうかお幸せに。心から――あなたに向けた、わたくしの十三年間の心から、切に願います」






「……勝利宣言だね」


 ぽつりと呟かれた一言が、場の沈黙を破った。

 今までを興味深そうにそれぞれの様子を窺っているだけだった――シャルル第三王子が、オレリアに向ける瞳は灰色がかった緑。異母弟であるのに王太子によく似ている。

 だがそこに宿る感情はやわらかで、まるで誇らしそうにオレリアを眺めていた。


「ただの挨拶ですわ」


「そう? うん、まあでも、もうそろそろいいよね。これじゃあオレリーが希代の悪女みたいだ。ファサイエル侯爵も限界みたいだし……」


 鬼侯爵の本性になんて当たりなくないよ、とシャルル第三王子はぼそぼそと小声を出して、ぶるりと震える仕草をした。


「兄上も落ち着いてください。リディ・サンリークにベタ惚れなのはもう充分に、それはもう充分に、この場の全員がわかってますから。誰も二人の間を引き裂こうなんて思ってませんよ。三ヶ月前にみんな仲良く諦めました!」


 無駄なことなんてしませんと、けらけら笑っている。


「優しくて人のいいオレリーは、いつだって兄上の一番の味方だ。だから八つ当たりはしない方がいいですよ。グラシアン兄上が腹を立ててることは、ぜーんぶランベール兄上が悪いんです!」


 成人を迎えたというのに、いまだ幼さの残る邪気のない様子で、シャルル第三王子はびしっと隣に座すヴァルナ公爵を指差した。

 ちょうど顔の位置にその指が来たらしい公爵は、鬱陶しげに弟王子のそれを手で軽く払う。


「聞き捨てなりませんね、シャルル殿下」


 そのまま思い出したように、公爵の紫の瞳がいまだ剣に手を添えて立ち上がっているセザールに向けられたとき、心臓が瞬時に氷塊と化す、いまだかつてない恐怖心に支配された。王太子の側近であり、王国の騎士であるセザールを従わせる権利を持つ身ではないはずが、その目線一つで有無を言わせない。


 ぴくりと反射的に動いた指先に、隣のマクシムが冷えた手を重ね無言の着席を促した。

 我に返るようにそのまま腰を下ろすと、向かい側で同じようにしていたはずのブロンゾ侯爵令嬢もまた着席している。


 ――危ない。


 ああまでの殺気じみたものを浴び続けたら、同僚の静止がなければ剣を抜いてしまったかもしれない。


「ランベール……!」


 何の誤魔化しも利かないという顔で、王太子が公爵を呼ばわった。


「いったいどういう企みだ。何がしたくてリディを誘拐した!」


「何もなければ誘拐などしたくはありませんよ、王太子殿下」


「なにを……」


「わかりませんか。……いや、それよりもまず殿下は、オレリア嬢に感謝すべきですね。シャルル殿下の言うように、こうまで優しく心の広い女性は滅多にいませんよ」


「――オレリアはお前と繋がっていたんだろう」


「リディ嬢の守護のために依頼はしました。ですが彼女の名誉のために言えば、今日起こった誘拐の計画者の側には、一切の関わりを持っていません。……まあ、勘がいいので途中で気づかれたようですが」


 にやり、と表現にするのに相応しい顔で、ヴァルナ公爵はオレリアを見たが、当の侯爵令嬢は知らぬ存ぜぬの微笑みに戻っている。


「まずは三つの賭けがありました。前の二つに勝つことが出来なかった我々は、止むを得ないとしてリディ嬢には少し散歩に付き合っていただいた」


「“我々”……」


 王太子が聞き咎めたその言葉に、セザールもまた気づいていた。

 複数を表わす――ヴァルナ公爵たちという、その意味は……。




王族(ファール)ですよ。オレリア嬢は我々が割り振った表向きの悪役でしかない。グラシアン王太子殿下とリディ・サンリーク嬢を主演とした、三つの賭けを含む、半年にも渡るあなた方のための舞台でした」




 ……国王夫妻と、第三王子と、ヴァルナ公爵。

 血縁こそが、真に王太子とその婚約者を謀った主犯であるなどと――。


 セザールにはもうどのような判断もつかなかった。


 ヴァルナ公爵の告白に是と応えるように国王夫妻は頷き、シャルル第三王子もまた息を吐きつつ否定はしない。


 王族の人間同士で切りつけ合うかのようなこの中で、セザールの出来ることは何一つなかったのだ。








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