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ロマンスに踊れ  作者: 青生翅
本編
1/30

1  終幕に向けて――オレリアの場合

 ジャンル恋愛であるはずが、主役カップルというものが叩かれまくる邪道な展開。作者は王道モノ大好きなんですけど……今回の気分はこっちということで。



 険を隠しもしない人々の目線を一心に集めた挙句、先ほどからオレリアは何故こうなったのかと不思議でならなかった。

 いや――本当のところは、わかっているのだが。それでも認めがたい現実というものはある。けれどもまあ、悲嘆に暮れることも出来なければ、目の前の人々の期待を叶えられないことにも溜息が出てくる。


「――で、皆さまはわたくしが犯人であると疑っておられるというわけですのね。……王太子殿下の婚約者殿、次期王太子妃であるリディ・サンリーク様を誘拐した、と」


 あまりに感情の起伏に乏しい声であると、オレリアもまた自分で驚いたほど。

 だからだろう。それをどのように受け取って判断するのかをしばし熟考する雰囲気が流れる。誓って好意的な方向には流れない。まるで狡猾な人間の言葉を、裏の裏の裏まで探るような。つまりはそういうことだった。


(やれやれだわ)


 正直、やってられないというのがオレリアのただ一つの感想だった。

 こういう事態が起きるかもしれないなどということはもちろん、自分に迫っているこの人々だって予想していたに違いないのに――。


「厳戒態勢の王城から、何も知らずにお忍びを決行されたリディ様が行方不明になり、その御身を誘拐させたのがわたくしであるなど、どのような根拠があって申されるのでしょう」


 そう。そうなのだ。

 グラシアン王太子殿下の婚約者ともなれば世間の注目を集めないはずがない。それが長年の許嫁であった侯爵令嬢を押しのけて、没約貴族の血脈をどのようにか辿って無理矢理に貴族令嬢であると言い放つことしか出来ないような、出自の知れない女ならば尚更のこと。


 それがどうだろうか。現実、何も知らずに皇太子殿下の愛だけを糧に生きている噂の女性は、やはり愚かにもこれまでと同じように身軽で自由な身の上かのように振る舞った。長く王城から一歩も出されないのは、皇太子殿下や側近たちが過保護すぎるから――ようするに過ぎた愛情だなどと判断して。


(自分がどれほどある種の人間にとって目障りな存在か、まったくわからないのね)


 オレリアは決して、貴族令嬢として言葉には出来ないそれを心中では雄弁に呟いた。

 リディ・サンリークという簡素な名前のその女性は、グラシアン王太子が運命とやらで引き寄せられた恋のお相手だ。今世紀最大のロマンスと騒ぐ庶民と、今世紀最大の王室の醜聞と眉をひそめる貴族。反対色に真っ二つに割れたそれを、本人たちはどう捉えているのか。

 何にしても、貴族たちからすればリディ嬢は邪魔で邪魔で憎くて仕方がない。そんな負の感情を一斉に向けられる立場の人だった。王族に嫁ぐために娘を育て上げた上級貴族、その期待に応えるように生きてきた娘たち。それを中心として次代の算段をつけていた中級以下の数多いる貴族たちは、今回のことで大きな方針転換が必要になった。とは言え、取り入る先のないリディ嬢では進路に迷う者は多く出ることだろう。


「ファサイエル侯爵令嬢」


 温度の感じられない鋼の声が、オレリアを呼んだ。

 ……呼んだということはわかるのだが、もしかしたら初めてオレリアは心が痛んだかもしれない。


(そう……わたくしはもう、そういう相手なんだわ)


「何でしょうか。グラシアン王太子殿下」


 だから精一杯同じくくらい他人行儀に呼んでやったのだが、それを相手が同じ捉え方をするわけもない。いっそ親しさを微塵も感じさせないそれは望むところだろう。どこまで行ってもオレリアは滑稽な立ち位置から逃れられないことを悟った。


 この場――ファサイエル侯爵家の館の応接間には、常ならば有り得ない豪華な面々が顔をそろえている。グラシアン王太子殿下に、文武の二人の側近、そしてリディ嬢を見失ってしまった憐れな護衛騎士が二人。


 ご苦労なことだという皮肉な想いしか湧かずに、オレリアは冷めつつあったお茶を口に含んだ。いつもよりずっと苦く感じるのは、けして自分の侍女がこの面々に緊張して入れ間違ったわけではないだろう。


「無駄話をするつもりはない。リディを引きずり込んだ馬車には、ファサイエル侯爵家の家紋があったと目撃されている」


「これで言い逃れは適いませんな。侯爵令嬢、リディ様をお返しください。今なら罪は問わないと殿下もお考えです」


(……終わったわね)


 グラシアン王太子の言葉に付け足すように、最後通牒を突き付けてきたのは文官の出世頭で皇太子側近のマクシム=アントナン・デカルト、コンサス子爵だ。その脇でぎらついた双眸でオレリアを睨み続けているのが、武官でもう一人の側近であるセザール・ブロチエ。男爵家の養子で、元は商人の息子だったはず。

 

 オレリアは冷たい微笑みが浮かびそうになる顔を、出来るだけ引き締めようと頑張らねばならなかった。

 なぜならこの二人こそ、リディ嬢が王太子妃になることで恩恵を得る、おそらく数少ない人間なのだ。その才覚で出世街道を驀進してきた若い二人であるが、根は善良過ぎるほど。そのような思惑を以て主に仕えているわけではないだろうが、大きく反対しなかったのはやはり自分たちには不利益がないからだ。

 貴族社会の例外中の例外。下級貴族の身で次代の高官を約束させられた彼らには、保守的で伝統に縛られた貴族社会そのものが、馬鹿馬鹿しく唾棄すべきもののように考えているのだろう。そんな彼らを侍らせる王太子殿下もまた、貴族間の調整役に終始してきた自身の父王をもどかしく感じているという噂もある。


 そこに、何百と言う数の貴族の家々があり、その下に何千何万の民草が生活基盤を敷いているかをを知っていてなお、そう思っているのだ。


「――残念ですわ。王太子殿下」


「なに……?」


 オレリアが発した言葉に、男たちが訝しげな顔をしたそのとき。

 応接室の扉を叩く音が響いた。


「お嬢様、よろしいでしょうか」


「いいわけがあるか! 入出は禁ずる」


 問われたオレリアよりも先にグラシアン王太子殿下が吠える。

 しかし扉の外に控える侯爵家の有能な執事が何を伝えに来たのかと知るオレリアは、お許しくださいと軽く頭を下げた。


「入りなさい。そして報告を」


「失礼いたします」


 王国の王太子を前にも堂々と胸を張るファサイエル侯爵家の執事は、初老の年齢を感じさせないきびきびとした動作でオレリアの側近くまで寄ってきた。

 一同の前で報告しろというオレリアの意思を汲み取り、一礼して後に静かにその事実を語る。


「リディ・サンリーク様を保護したと、当家の騎士から連絡が」


「なに!?」


 驚愕を張り付けて思わず立ち上がったグラシアン王太子に横目を向けつつ、オレリアは話の続きを促す。


「当家のサフールにある別邸に向かう道で発見したそうです」


「そう。ご無事なのね」


「軽い混乱が見られますが、怪我もなくお元気だそうです。そして同時にブロンゾ侯爵家、キリーシェル伯爵家、ライプツ伯爵家の者から、この一件に関して虚偽の報告を行った五人を捕縛したとのことです」


「王城からは?」


「当家の先触れに対し、国王陛下並びに女王陛下、第三王子殿下、宰相閣下、ヴァルナ公爵閣下が既にお待ちしていると使者を通じてご返答がありました」


「御苦労さま。マルゴにドレスの準備をさせてちょうだい。準備が出来次第、急ぎ登城します。その旨を三家にも伝えて。そうね……四時を目安にと」


「かしこまりました」


 お茶と菓子を新しくお持ちします、と執事は惚れ惚れするような所作で応接室を出て行く。

 ドレスを着る前に何か軽く腹に入れておけと、そういうことなのだろう。まったく気が利く。そして昼食時間を前にまんまと“誘拐”されたリディ嬢は本当に気が利かない。おかげでこれからも事後処理に駆り出されるのだろうに、この分では今夜の夕食にありつけるのかどうかもオレリアは怪しいと思った。


「おい、リディはどこだ!!」


(ああ……)


 一連の報告を聞いて一安心したのは自分だけだったらしい。息つく暇もなく噛みつくような勢いでそう怒鳴られて、オレリアはグラシアン王太子を見遣った。

 ……怒鳴るどころか、このように感情をあらわにするところなど見たことはなかったが。恋とは人間を変える。いや、本性を暴くのだろうか。経験したことのないオレリアにはわからない。


「リディ様についてはどの家が保護しようと、そのまま王城へお連れする手筈になっております。当家の騎士が発見したとのことですが、おそらく今はその道中でしょう」


 オレリアが小腹を満たして急いでドレスを身に着け登城したとして、到着はその前後くらいになるだろう。王都郊外にあるサフールの別邸からの距離を思い描きながらそう結論づける。


「手筈……そうおっしゃいましたか」


 眼鏡(グラス)の位置を治しながら、苦渋の顔でマクシムが問う。

 その通りとオレリアは頷いた。 


「今回の件、詳しいことは虚偽を申し立てた人間――おそらく当家の家紋を目撃したと言った者でしょうが、彼らへの追求を待たねばなりません。しかしだいたいのところは把握しているつもりです。説明は陛下の御前で、他の三家もそろう場での方がいいでしょう」


 だからそれまで大人しく待ってなさいなというオレリアの想いは、どうやらマクシムには苦々しくもきちんと伝わったらしい。

 怒りが振り切れて呆然となったグラシアン王太子と、それに続くセザール。やはりどこまでも気の毒なのが、彼らの後ろで所在無げに控える護衛騎士の二人。


(支度が整うまで軽食でも召し上がっていただこうかしら)


 手間を省くために彼らにはオレリアがドレスを着終わるまで待っていただこう。とてもじゃないが食欲などないであろう王太子殿下はともかく、オレリアと同じく昼食を食いはぐれたと思われる護衛騎士のために、食材を無駄にすることを嫌う料理長に言づけるように執事に伝えねば。


 いろいろと考えたり準備したりということが苦にならない性分のオレリアではあったが、この先に待つのが決して愉快な展開ではないということもまた、予想がついてしまうのが嫌だった。

 言ってみれば、楽しくもない祭りの後始末。

 ある者たちにとっては当然のように。ある者たちにとっては知らぬ間に。

 そういう風に始まって、終わりに向かっている。




 そんな祭りで行われている、笑えない喜劇の役者の一人が自分だということもオレリアは悲しいほど自覚していた。


 ファサイエル侯爵家令嬢、オレリア=コンスタンス・ランドロー。

 彼女に与えられた役柄は、グラシアン“王太子の元許嫁”というものだった。









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