エピローグ
東京都 港区 青山霊園
あの映画が公開されてから一ヶ月後の事だった。墓の前に立つ一玲子はタバコを咥え、ただ目を瞑り墓の中にいる者と心で対話をしていた。珍しく背後に美和子はいなかった。
しばらくして玲子は背後からの気配に気づいた。「ケンちゃん……」
「もう来てたんだ、増山さん」と、大塚が歩みを止める。懐からタバコを取り出し、咥えて火を点け、玲子同様に目を瞑った。
「今は姉さんって呼んでいいわよ。プライベートだし」
「あぁ……」と、目を瞑り、ただタバコの煙を天に昇らせていた。二人は血のつながった姉弟だった。
そして墓の中で眠っているのは二人の祖父に当たる人物だった。
「映画、成功したわね。私もそれを報告しにきたんだけどね」
「あぁ……六週連続一位……まずまずの滑り出しだな」
「ふふ、おじいちゃんに一歩近づいた……わね?」と、玲子が苦笑した。これから先が長い。そう思うと笑わずにはいられない心境だった。
「……二人とも来てたのか」と、二人の背後から一人の男が近づく。その男は近日、長編アニメ映画をプロデュースし見事にこけた男、譲和夫だった。
「命日だしね、それに成功の報告を一報ね……父さんは?」と、玲子が振り向かずに声をかける。
「もちろん命日だと……な」と、堅一郎の隣に立ち、手を合わせた。「お前らは相変わらずそういう弔い方をするんだな。外国で学んだのか?」
「じいさんと対話するなら、これが一番だ」堅一郎はタバコを消し、携帯灰皿に入れた。「父さん、言っておくが今でも俺達はあんたを許さないぞ。ガンマンライダーに泥を塗りつけたあんたをな……」と、睨みつけた。
「えぇ、あれが切っ掛けで私たちは身を落として這い上ってきたのよ。ここまでね」と、玲子も譲を睨みつけた。
彼ら二人が高校を出る頃、譲は新しく始まるガンマンライダーのプロデュースを始め、そこから商業主義の阿漕な番組に作り替えたのだった。それに落胆し二人は復讐を誓い、それぞれ武者修行の旅に出たのだった。堅一郎は姓を大塚と名乗り、アメリカへ渡った。玲子は増山と名乗りヨーロッパへ向かい、そこで一旗揚げる事となった。
「父親を負かした気分はどうだ?」
「最高、言う事なし」二人は口を揃えていった。
「そして、もう目標はあんたじゃなくなった」と、堅一郎が口元を緩めた。
「えぇ、今日から私たちの目標は……彼よ」と、目の前の墓を睨みつける。その墓には『白泉家乃墓』と、深く刻まれていた。
「……おじいちゃんに喧嘩を売りに来たのか?」譲もまた、姓を変えて偉大な父親に戦いを挑んだ男だった。だが、結果は見ての通りだ。
「そうだ。今日からが戦いの始まりだ」堅一郎は声を大にして言った。「俺は一生本名である白泉堅一郎という名を名乗る事はない。俺は一生、大塚堅一郎だ」
「私も一生、増山玲子よ」
「そうか……俺はもう、蚊帳の外だな」
「いや、父さんからも学ぶべき所はある」
「そうね、どうやったら失敗するか学んだわ。少なくともね」
「……くそぅ……わが子にこれほど馬鹿にされる父親もいないな……」
「だから離婚されたんだよ」
「慰謝料払ってる?」
「……俺はもう帰る!じゃあな息子、それに小憎らしい娘!」
「じゃあね、ダメオヤジ」と、二人は声を揃え、勝ち誇る様な声で言った。
沖縄県 タイニーブロッサム島 砂浜
大塚達が撮影を終えて二日後、政府の命を受けて自衛隊員がこの忌まわしき島タイニーブロッサムに上陸した。「これから作戦を開始する。内容は先程言われた通りだ。本日核弾頭を取りに来るテロリストたちを排除し、核弾頭三基を運び出し、持ち主のアメリカ海軍に引き渡す事だ。分かったな!」
「サーイエッサー!」と、隊員達総勢十六名が声を上げる。中央に立つ指揮官は一週間前に国会議事堂で閣下と酒を酌み交わした男だった。
「よぉし、前進!テロリストらしき人影を見たら構う事はない、撃て!今回の作戦は極秘であり、国際問題になるようなことは一切ない。情報は決して漏れない。なぜならアメリカの情報機関からの確かな情報だからな!」と、胸を張って前進する。すると、皆が皆目を向いて驚いた。
「隊長!見てください!」
「もう見ている!何だこれは!ここで戦争でもあったのか!」と、焼け野原を見渡す。
「隊長ぉ!」
「何だ!」
「タランチュラです!」
「作戦と関係ない!放っておけ!」
「は!」
「前進だ!核弾頭を保存している施設へ向かうぞ!」と、地図を広げながらコンパスを見る。しばらく歩き、施設の前で立ち止まる。
ドアを開き、中へ銃を向けながら入っていく。外に数名残し、隊長を先頭に前進していく。途中で独房のある部屋を通過するが、そこでまた皆が目を剥いた。
独房の中ですし詰め状態になったテログループがまるでゴキブリホイホイの中のゴキブリの様にぐったりと山積みになって倒れていた。
「な!なんだこれは?」
「ジゴクニ……ホトケ(やった、助けが来た)」と、目の下を黒くさせた男が呟いた。
「何だ?一体どうなっているんだ?これは?」
東京都 渋谷区 某映画館
十二月の晴れた寒空、今日も映画館には長蛇の列ができていた。二か月前まで閑古鳥の鳴いていた映画館は大盛況し、そこから出てくる客達は、映画館内での高いジュースに悪態を付きながらも映画の内容に対して満足そうな感想を述べていた。
その列の中で、お忍びで変装しているカップルがいた。
「ねぇ、また見るのぉ?これで四回目じゃん」と、口髭を付け、男装をした夏美が零す。
「何度見てもいいでしょう?それにDVDが出るまで待ちきれないんだ」カツラを被り、レゲエっぽい恰好をした小林が笑う。
「じゃあ誕生日プレゼントはこれのDVDでいいんだね?」
「あぁそうだな!是非そうしてくれ。オーディオコメンタリーで僕と田中さんと大塚さんがずっと喋ってるんだ。それにメイキングも見たいし」
「あぁそれは楽しそうなこったなぁ」と、夏美が鼻息をフンと鳴らした。「そういえばさ、広って今年で何歳?」
「二十九歳だけど?」
「えぇ!そんな歳いってたの?てっきり歳下かと……」
「知らなかった?そういえば夏美は何歳だっけ?」
「……二十歳……以上からは数えてない」
「そうだろうね。お、僕達の番だ。大人二枚ね、映画は……」そして二人揃って映画の題名を口にした『タイニーブロッサム』
了
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