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第五章 打ち上げ

 撮影が終わり、スタッフ達はすぐさま撤収作業に取り掛かった。施設に置いてあった小道具や機材、セットなどを迅速に片付け、砂浜の片隅に移動した小屋を取り潰して一つにまとめ、集めたごみなどを一つ残らずクルーザーの格納庫へ仕舞った。あのゴールドウォーカーの残骸さえも。

 「全部積み終わったかしら?」玲子が格納庫を見まわし、一つ一つをチェックする。「よし、よし、ゴミも全部良しっと!じゃあ本国へ帰りましょうか!楽しい編集作業よ!」と、スタッフ達に声を掛ける。

 「あの、ちょっといいですか?」出番が早めに終わり、クルーザー内を幽霊のように歩き回っていた男、大森がヒョコッと出てくる。

 「なにかしら?大森さん?」

 「柳谷の奴が何処にもいないんですが?」

 「……役者を積み忘れたか……探して!」

 

 沖縄県 謎の島 謎の施設

 

 「……あぁ……落ち着くなぁ……」と、独房の中で柳谷がそっと漏らす。彼は出番が終わってからずっとここにおり、今となっては第二の我が家となった独房の空気や雰囲気を楽しんでいた。隣の房にはテロリストがいたが、動こうにも動けずただひたすらもがいているだけだった。

 「……いました」田中が柳谷を見つけ、報告する。「さ、戻りましょう?こんな所から出て!」

 「いやだ……もうここは僕の故郷だ。もう僕がここにいてもあなた方に迷惑はかからないはずだ。もう放っておいてくださいよ」

 「でも、そうしたら……あなたはどうするんです?」

 「レーションを食べて暮らす。それに、無くなってもこの母なる自然がある。僕はこの無駄のない世界で生きるんだ……」と、ぼんやりした目で答える。彼の眼は生き生きしてはいたが、田中には狂人か廃人にしか見えなかった。

 「あなたの駄々に付き合ってる時間は……」

 「僕こそ貴方の駄々に付き合いたくはない!」と、言い返す。田中は珍しく言い返す言葉が見つからなかった。

 そこへ戸谷が現れた。「あ!戸谷さん、聞いてくれよ!この人が無理やりここから出そうとするんだ!」と、ドアの前に近づき、戸谷の顔を見る。「田中さん、僕はこの人がいればもう何もいらない。そう、彼は僕の話を素直にそして黙って聞いてくれるいい人だ。ね?このまま僕と一緒にここで暮らそう」

 すると、戸谷が眉を吊り上げた。「冗談じゃない!お前の女々しい御託を聞いていたのはただ面倒くさいからだ!いいか?そんな所でウジウジ腐って生きるんだったらそうしろ!だがな、お前が都会でやってきたツケを払わない限り、お前はいつまでたっても無責任な若造のまま何だぞ!それでもいいのか!」と、怒鳴り声を上げた。柳谷は圧倒され、首を振った。「だったら船に乗って帰るぞ!はやくケツを上げろ!」と、ドアを蹴飛ばした。

 「は、はい!」と、柳谷が独房から出て言われるがまま外へ飛び出した。

 「し、喋った!」田中が目を丸くし、口をポカンと開けた。

 「喋っちゃ悪いか!」と、独房へ向けて一枚写真を撮った。


 沖縄県 謎の島から離れた海 クルーザー内


 「ともかく撮影は無事終了です、役者の皆さま、お疲れさまでした!」玲子が酒を片手に声を上げる。スタッフから役者まで全員レストルームに集まり、長テーブルを囲んで(上には神谷の作った料理がズラリ)同じように酒の入ったコップを掲げていた。「乾杯!」

 「かんぱいぃぃぃ!」と、スタッフ一同と小林、夏美、奥平が大声を上げる。柳谷、真里、大森はテンションが下がっており、大声を出す事は出来なかった。

 「終わった、苦しかった撮影がやっと……」と、奥平が涙を浮かべながら酒を呷る。

 「一番苦しかったのは小林君でしょ?ねぇ?」と、夏美が箸を片手に小林にもたれ掛かる。ただ、一番の苦痛を味わったのは彼女自身だった。

 「いや、今思えば楽しかったな……こんなに役者という仕事が楽しいとは思わなかった」と、頬笑みを浮かべ、過去の役作りや撮影を思い出す。

 「……ごめん、私は部屋で寝てるわ。なんか頭がボゥっとする……」やっと例の薬が抜けた真里はヨロヨロと立ち上がり自分の部屋へ戻った。

 「俺も、なんだか疲れがドッと……」大森も部屋へ戻り、ベッドに倒れた。

 「……僕は、役にたてたのか?」柳谷は頭を捻り、その場でスタッフ達の顔を観察していた。

 

 「ふぅ……」デッキに上がってきた玲子は、コップの中身を海へ捨てた。「まだハメを外す訳にはいかない……」と、代わりに薬を口に含み、かみ砕く。すると、背後からの気配に気づき振り向いた。

 「仕事仲間との酒を捨てるとは、ちょっと失礼じゃないか?」と、神谷が近づく。

 「編集作業があるし、あちこち飛び回って会議に出席したり、あっちの配給会社との打ち合わせも……」と、目眩を覚え、膝を崩しそうになる。

 「おいおい!大丈夫かよ!」と、神谷が玲子の腕を引っ張り上げる。

 「大丈夫よ、心配しないで……それにあなたは大丈夫なの?怪我はない?」と、神谷の胸板にそっと触れる。

 「あぁ、相手が間抜けなお陰でな……それより玲子」と、玲子のスーツの袖を捲り、握る。「また細くなったな。もうその薬はやめろ!」

 「なに?これはただのビタミン剤よ?」と、懐から小瓶を取り出す。神谷はそれを奪い取り、海へ投げ捨てた。「あ……」

 「体を大事にしろ、でないと仕事に支障をきたす!ハメを外す時は外す!仕事をやる時はやる!それだけメリハリを付ければいいだろう?」

 「あなただけよ、有言実行ができるのは……」と、悲しげな目で海を見る。「私には無理よ……そんなに上手くやれる自信がない」

 「昔はそんなに弱気だったか?」

 「……昔と今は違う。中身も、外身も……」と、一筋だけ涙を零す。「ねぇ、いつになったらあの時の約束を果たしてくれるの?」玲子は神谷の目を見た。

 「……約束を果たした瞬間、玲子が砕けてしまう……そんな気がするんだ。だから」と、玲子の顔にそっと近づき、唇を奪う。しばらくそのまま目を閉じて抱き合う。「今はこれだけで……な?」

 「……うん」と、目を伏せ、やるせない表情をする。「そうね、一緒に砕け散るかもしれないわね」

 すると神谷が懐から酒の瓶を取り出した。玲子の持っていたコップに酒を満たす。「さ、打ち上げに参加しろ!天下のプロデューサー様!」

 「そうね、酒の席には私みたいな嫌われ役もいなくちゃね」と、口元を緩めた。


 「よぉ小林。ちょっといいか?」奥平が小林の肩を叩き、部屋を出るように指示する。小林は目を丸くし、黙って奥平の後を追った。

 「どうしたんです?そんな神妙な顔をして」と、彼の目を見た。

 奥平は手にした酒を一気に飲み干し、内海がする様な大きい溜息を吐いた。「今回の仕事でさぁ……俺はやっぱり根性無しだと悟ったわ」

 「そんなことないですよ!全部やり遂げたんですし……」

 「いやぁ俺は根性無しさ……それに、俺は役者に向いていない」と、下を向き、目を瞑る。「俺は道化なんて御免だと思っていた。でも、今回の仕事でそれも悪くないと気づいたんだ。だってさ、役者の役作りってハードだし、台本を読むだけってつまんねぇし……正直、アドリブを考えるのが一番楽しかった……で、気づいたんだ。やっぱり俺は道化、芸人でいいんだって……人に笑われてナンボ……俺にはその世界が似合ってる」

 「……奥平さん……」

 「それにさ、ひぃひぃ言いながら殺陣の稽古とかやったけど、俺の役ってアクションが皆無だったよな?何の為にやらされたんだよ!」と、表情を変えて文句を吐く。

 「いいオチですね」

 「ありがとよ。よし、戻ろうぜ」と、小林の肩を持った。

 

 「高野さん!」夏美がコップ片手に高野の座る席の隣へと移動する。

 「んぅ?」高野は海老フライを咥えながら振り向いた。それを見て夏美はフっと笑った。

 「どうも、お世話になりました!あなたのお陰ですよ!」

 「ふっふ~ん!それほどでもありませんよ!」と、尻尾の方をバリバリとかみ砕き、にっこりと笑う。

 「前々から聞きたかったんですけど、あなたって何者ですか?整形の技術はパパ以上で、メイクもできてマシンの整備もできて……変な薬持ってたり、何者ですか?」

 「私の正体は千の知識と千の技術、そして千の資格をもったパーフェクト超人です!」と、腰に腕を当てる。「ま、それが目標ですよ」夏美にはそれはすでに達成した目標に聞こえた。

 「でも、若く見えるのに何で?」と、美和子の目をじっと見る。整形の痕跡を探したり、若返り手術をやったのかと頭を捻ったが、そんなに年を食ってるとは思えなかった。自分と同年代、もしくはそれ以下にしか見えなかった。

 「そ・れ・はぁ……世界機密!」と、夏美のポカンと開いた口に海老フライを突っ込む。「食えぇ!そんで飲めぇ!」

 

 「内海さん……」と、その場のノリで美和子の作ったワニの着ぐるみを着た千葉が隣に座る。「僕って、役に立ったんですか?」彼は雑用としてはそれなりに役に立ったが、スタントマンとしてはあまり活躍をしていなかった。せいぜい柳谷のアクションシーンをカバーする程度だった。

 内海は黙って酒を呷り、息を吐いた。そしてじっと千葉を睨み、口を開く。「あぁ、お前は役に立った。お前がいなければ撮影は困難だったし、お前がいなければアクションシーンをスムーズに撮れなかっただろう。お前の今回の仕事はスタントではなくアクション監督って所だな」

 「僕がアクション監督……おぉ確かに」と、コップの中身を呷り空にする。

 「飲め、それだけの事をしたんだ」と、千葉のコップに酒を注ぐ。

 「あなたもですね」と、背後から加藤が現れる。「大道具として、あなたは特に優秀でしたよ。我々の中で一番と言ってもいい」と、目だけ笑い、コップを傾ける。

 「お前に言われると、どうしても嫌味にしか聞こえないな」と、鼻で笑い、瓶に口を付けた。しばらく喉を鳴らし、空にする。「あんた、何者なんだ?」

 「あなたと同じ、大道具ですよ」秘密めいた言い方をしながら笑う。

 「そ、俺もだ!」と、加藤の後ろから神谷が現れ、彼の背中に抱きついた。「おい、気取ったオッサンよぉ!そろそろ化けの皮を剥いでこの雰囲気を楽しめ!」と、加藤の口に無理やり酒を入れる。加藤は先程から酒を飲まず、ただコップを口に付けているだけだった。

 「ぷはぁ!全部飲んじゃった!」彼らの前で初めて狼狽した表情になる。次第に顔が赤くなり、目が座っていく。

 「よぉし!それでいい、飲め飲め!」と、神谷と内海が加藤を潰しにかかる。


 「大塚……いや、まだ監督と呼んだ方が?」すぐに席を立ち、モニタールームに閉じこもった大塚の背後から田中が歩み寄る。

 「いいや、普段通りに呼んでくれ、田中」と、十三個あるモニターに流れる、今迄撮った画像から目を離さずに答えた。

 「いい加減休んだらどうだ?初日からまともに寝ていないだろう?」田中の口調が、仕事中では一切しなかった口調になる。

 「だが、ここで俺が休んだら編集作業で遅れが出る。それは御免だ。だろ?」

 「また薬の量が増えるぞ?」

 「あいつよりはまだマシだ」と、手前にボリューム調節の摘みを捻じる。

 「……で?この仕事が終わったらどうする気だ?」と、隣に座り、一緒になってモニターを眺める。

 「もし成功できたら、この仕事を続けるつもりだ。ポシャったらまたあそこへ戻る」

 「ふ、またアノ暮らしに戻るのかぁ?」と、苦笑しながら首を振る。

 「悪くはなかった。だが、あそこで食う飯は酷かった……」モニターから目を外し、天井を眺める。しばらく目を泳がせ、思い出したかのように目を閉じる。「お前はどうだ?俺に付き合ってくれるか?」

 「言っただろう?死ぬまでコンビだって」と、コップを傾ける。大塚もそれに答えた。


 「はぁぁぁぁ疲れた」真里は自分の部屋で脚をパタパタさせていた。正直、彼女にとってこの二ヶ月不思議な体験の連続だった。禁断症状と戦い、聖書に救いを求め、不思議な物が頭の中を襲い救いと禁断症状から解放された。その後、今迄にないくらい役作りに没頭できたと思ったらまた頭の中で竜巻が起こり、自分が吹き飛ばされて新しい自分が生まれた。そう思ったらその新しい自分が体を抜けていき、今の自分に戻った。彼女は普通の日本人ではできない様な体験を二ヶ月の間に凄まじいスピードで体感したのだ。疲れて当然だった。

 「帰ったらオフだ……テレビを見て、ワイン飲んで、ヤク……?ヤクぅ?」と、体を摩る。いつもだったらむず痒くなり、体が疼くものだが、そういった禁断症状がすっかり取っ払われていた。というより、歯痒さに体が馴染んだと言うべきか。

 「……足洗うかぁ」と、部屋の冷蔵庫からテーブルワインを取り出し、グラスに注ぐ。しばらく安物のワインの色を眺め、鼻で笑って口を付ける。

すると突然、部屋にノックの音が響いた。彼女は久々に鼻からワインを噴き出し、せき込んだ。「だれ!」

「柳谷です」不景気とも病気ともとれない声が部屋に響いた。

「はいれば!」と、零したワインを拭き、グラスに入れ直す。

「失礼します」と、神妙な顔をしながら部屋へ入る。今の彼は仕事前とも独房の中とも違う、何かを悟った様な顔になっていた。

「……本当に柳田君?出家した坊主の後取りか、クソ真面目な公務員に見えるぞ?」と、顔を歪め、ワインを一口飲む。安物にしては上手いなと、感心したような表情になる。

「僕は、日本に……東京へ戻ったらどうすればいいでしょうか?」と、真里の顔を見て真剣に聞いた。

「……なんで私に聞くの?」と、もう一口啜る。口の中で転がし、小さく唸る。

「あなたは経験豊富で、確固たる自分を持っていると思い……」

「そんなの無いわ」と、口調を変えず、サラっと言う。「私は昔と同じバカなインテリ娘よ。それだけがアイデンティティーで、それ以外はなぁんにもないわ。ただテレビの前でワインを啜る、三十路目前の錆びついた女優よ。経験?確固たる自分?そんなもの視聴者やファン、そして事務所の人間はそんな物を求めないわ。求めるのは一つ。見た目だけよ」と、ワインを注ぎ、また啜る。つまみが欲しくなったのか冷蔵庫を漁る。

「見た目……昔の僕の見た目はどうでしたか?」

真里はハムを見つけ、それを半分に折り、齧りついた。「そうね?粋がってる猫って感じ。正直、かわいくなかったな」と、柳谷の頭からつま先まで見る。「今の貴方はアイドルって感じじゃないわね。なんだか難しい歌詞を歌うシンガーソングライターって感じかな。それか坊さんね」

「……そうですか……あの、僕がやらかした事件の事は知ってますよね?」と、この仕事に来る前にやらかした『アイドルとの交際』と『マスコミへの暴言』についての話を出す。

「正直、あの事件はアイドルとしては当然よ。マスコミは視聴者はそれを求めてニュースを見てるのよ。でも、暴言はやっちゃいけないわね……アレはダメよ」自身もあんなセリフを吐きたい時はあったが、それはぐっと堪えていた。「もし、あなたが何かをやりなおしたければ謝罪することね。見せかけでも謝れば、許してくれるわよ?」と、ゆっくりと笑う。

「そうか……そうですね。ありがとうございます。勉強になりました」と、一礼し、退出する前にもう一度一礼した。

「やっとうるさいのが消えた……」と、ハムを齧り、ワインのガバ飲みを始めた。「あぁぁぁぁん!やっぱ酒が一番!」


「戸谷さん、お疲れ様です」自室で大森がグラスを傾ける。戸谷がそれに答える。一口啜り、頬を緩める。戸谷がウイスキーの瓶を両手で大事そうに持ち、ラベルを見てうっとりした。

実は、撮影開始の日から彼らは仲良くなり、今では酒を酌み交わすまでの仲になっていた。

「あぁ……これからどうしましょうか……このまま俳優をグダグダ続けるか、なにか新しい事を始めるか……」

戸谷は大森の話を聞きながらウイスキーの香り、風味、味、舌触りを楽しんでいた。顔を綻ばせ、時折小さく咳をする。

「戸谷さんはどうするんです?あの監督に付いて行くんですか?」

「……はい」と、小さくも迫力のある声で答えた。「あの男と出会ってからの数年、ワシは色々な事を学び、色々な出来事を体験した……」と、懐から葉巻を二本取り出し、吸い口を専用の鋏で切り、一本を大森に渡した。ジッポライターを取り出し、火を点ける。「その中で気付いた事は……日本が病んでいるという事ですね」

「病んでいる?」

「世界には日本よりも貧しい国がたくさんある。それに比べて日本は豊かだ。だが豊かゆえの病にかかっている」

「不景気ですか?」

「いえ、もっと大事な……そう、精神的な強さ……それが今の日本には欠けている」と、煙を吐き、酒を傾ける。「それをどうしようとワシは正直知った事ではないが、もしこのまま日本がこの道を辿るなら、きっと死に絶える日が来るでしょう。外国に潰されるか、国民の手によって潰れるか……それはまた違う話になりますが、もし今……国が瀕死になれば、立ち直れるでしょうか?ワシはこの国にはもう、立ち上がる気力はないと……思います」

「……そうでしょか?」と、大森はグラスの中を飲み干した。「ワシは今回の経験を通して学んだのは、人間はどんなに弱っても必ず持ちこたえる事が出来る、そう思いましたね。ワシは鬱になり、絶望した……裕福が、傲慢が、地位がワシを腐らせ、落ちぶれさせたと悟り、死にたくなった……だがワシは立ち直った。こんなワシができるのだから、他の者にもできると、ワシはそう信じています!」

「そうですか……そう信じましょう」と、戸谷は苦笑した。彼は知っていた、大森が立ち直った本当の理由を……つまり今の国民や政治家には抗鬱剤が必要ということか、と彼は更に自嘲気味に笑った。


「神谷さん!私はどうすればいいのでしょうか!謝って組織に帰るか、それとも大塚さんと行動を共にすべきか!どうすればいいのですか!」と、顔を真っ赤にした加藤が泣きじゃくりながら内海の胸で涙を擦りつけていた。

「泣き上戸かよ……」と、神谷は加藤から目を背け、女性がいる方へと目を向けた。そこでは下着一枚になった美和子が、変な風な笑い方をする玲子に向かって説教を始め、夏美はその玲子の服を脱がしにかかっていた。「説教上戸、笑い上戸……脱げ上戸か」と、苦笑する。小林のいる席へ目を向けると、彼らはテレビでガンマンライダーのDVDを奥平と一緒に見ていた。「ま、こんな打ち上げも悪くないか」

「聞いてるんですかぁ!神谷さん!」と、加藤が顔を思い切り近づける。

「まともな人間は僕だけでしょうか?」と、千葉が漏らす。

「なぜ俺を抜かす?」と、神谷がツッこむ。


「しょう言えば増山しゃん!」と、半裸になった夏美が玲子にしだれ掛かる。

「んにゃはははは、ん?なぁにぃ?」下着姿にされても変わらずの妙な笑い方を続けていた。

「あのぉ我々が二ヶ月もいたあの島ぁ……なんて名前だったんですかぁ?無人島って名前じゃないですよねぇ?」

「確か、あの島の名前は『タイニーブロッサム』って名前よぉ」と、うろ覚えの様な言い方で答えた。「アメリカ軍が戦争終結前にあの島を占領して、付けたんだって。『ちっこい象徴』って意味らしいわ」と、また変な笑い方を再開する。

「へぇ……よぉし下着も脱いでみようか!」


沖縄県 那覇市 那覇港


港に着く頃には日が落ちていた。全員クルーザーから降り、各々緩んでいた体を伸ばしたり曲げたりする。

そこからバスに乗り、那覇空港へ向かった。バスの中では全員黙りこくり、誰も口を開こうとはしなかった。ゆるりと流れる沖縄の自然や夜風に身を任せ、一人ひとりが二か月前の事を思い出す。楽しかった事、つらかった事、厳しかった事、糞くらえな事、全ては過去の出来事だが、彼ら全員の心の中では何か新しいモノが出来上がり始めていた。

そして空港に着くと、そこには浅黒くなったマネージャーたちが待ち構えていた。「久々ですね!」「どこに行ってたんスか!」「心配してたんですよ!」彼らは南国に溶け込んだ服装をし、緩みきった話し方をし、そして両手には土産の紙袋が握られていた。

「久しぶりね、マネージャー」と、夏美が目の前に立つ。

「夏美ちゃん!なんだか雰囲気が変わったね、なんだか、たくましくなった?」

「ま、そんな所ね」と、肩を揺らしながら空港へと入っていく。

「真里さん、仕事は上手くやってくれました?」

「まぁね。リフレッシュしたよ、色々と。あんたも……」と、マネージャーを横目で見る。

「おい柳谷!東京に帰ったらどうする気だ?ちゃんと考えてあるの……かぁ?」と、変わり果てた奥平を見る。

「……えぇ、もう心に決めました……」と、落ち着き払った声を出し、スタスタと歩いて行った。

「よ、マネージャー。エステに行ったのか?」と、奥平が冗談交じりに肩を叩く。

「二、三回ほど……」と、苦笑いをしながら答える。

「俺さ、もう少しあの木偶の坊とやって見るわ、お笑い」

「親分!探したんですよ!」と、少々痩せた大森の付き人が歩み寄る。

「親分はやめてくれ。大森さんとか、そういうのでいい。俺はこれから生き方を変える」と、満足した様な表情をしながら空港へ足を運んだ。

「は、はぁ……?」

そして小林は「そっか、僕はマネージャーいないんだっけ」と、一人苦笑した。すると、夏美が歩み寄り、手を差し出した。

 「ほら、急いで。乗り遅れたら増山さんにドヤされるぞ」と、にっこりと笑った。

 こうして彼らは東京へと戻った。玲子が用意したファーストクラスの貸し切り旅客機で二次会をしながら空の旅を満喫した。


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