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第四章 撮影開始

沖縄県 謎の島 施設内 撮影開始二日前


「へぇ……初めて入ったけど、まさに悪の組織って感じの作りだなぁ」施設内をしばらく歩き、小林が口にする。

「カビくさぁい」顔や体の調整が終了した夏美も辺りを見回し、小林の横について歩いていた。

施設内部は四日前にスタッフ達が装飾を施し、今では映画用のセットになっていた。と、いっても綺麗になったわけではなく、より汚く生活感のある内装になっていた。レーションの置かれていた倉庫は今では爆薬庫になり、他の部屋は資料室など様々だ。そして、以前大森が入りたがった地下室が解放された。

小林と夏美は早速、地下室への階段を降りた。地下室はまるで研究施設の様に清潔感のある作りになっていた。各部屋には不思議な光を放つ機材や、読む気になれないほど厚いファイルなどが整頓されていた。ハンガーには白衣が数着かかっている。そして地下フロアの一番奥には銀行の金庫よりも頑丈な扉のある部屋があった。

「あれ?開かないな?」と、小林が何度か押したり引いたりする。

「ここにパネルがあるよ?よくこんな物まで作るよね」と、蓋を開けてスイッチを押そうと指を近づける。すると、どこからか内海が飛んできてそれを止めた。

「何をしているんだ?」怒りを堪えるような言い方だった。

「あのぉ……ここを開けたいんですけど?」と、まだ人差し指でスイッチを押そうと粘る。

「ここはお前らが入らなくてもいいんだ!」

「……でも、一応確認を……」と、小林が内海の目を見る。内海の目には『困った』と、書かれていた。

「ここは……おい!監督が呼んでいたぞ!早く行け!」咄嗟に考え付いた嘘を吐きかける。

そんなセリフを二人は偽りだと見抜いたが、それが万が一、真実ならば後でどやされるのでしぶしぶ地下室を後にした。

「……ふぅ……やはりこの撮影には無理がある」と、内海はパネルの蓋を閉じた。そして部屋の名前の書かれたプレートを見て鼻で息を荒々しく吐いた。そこには英語で『核弾頭保存庫』と、書かれていた。


その頃、上の階で奥平が監督に絞られていた。「こらぁ!そんな温い芝居をよく出来たもんだなぁ!」包帯の取れた顔には玲子が来る以前の迫力が戻っていた。

「ひぃ!でも、俺は監督が指示した通りに……」小林と夏美がいないので、彼は怒声の集中砲火を食らい、心身共に弱っていた。

彼の演技はほとんど俳優としてではなく、声優としての演技に近かった。その為、声だけのシーンつまり、小林演じるサクラダとの通信の場面では監督が思っている様な演技ができなかった。それもその筈、奥平には声優としてのキャリアがなかった。

「あのぉ、呼びましたか?」夏美が恐る恐る監督の後ろから声を掛ける。監督は夏美の顔を見るや、口を大きく開けた。

「お前か!どうなんだ?泣くシーンの練習は?」夏美に用はないが、後から言おうと思っていた事を今この場で浴びせる。

「目薬じゃあダメですか?」言うまでもないが夏美の涙腺は、過度な整形によって塞がっていた。おかげで涙は口や鼻から出ていた。

「ダメに決まってる!キチンと涙腺から出なきゃ意味がない!目薬じゃ不自然だろう!」

「……わかりましたぁ……」口答えをしても真実を言ってもこの人には通じない事は、この一カ月で身に染みていた。しかし、逆立ちしても出ない物は出ない。今の夏美にとって、最大の壁は泣くシーンだった。

「そして小林!お前はあのビデオを見たか?」間髪入れずに小林の方を向く。

「見る必要はありませんよ!アレは子供の頃に何度となく見ましたし、動きもマスターしてます!」と、胸を張る。

監督の言うビデオとは、『ガンマンライダー2世、荒野に散る!』という話だった。この話では、『ズワイガニ将軍』という巨大な怪人を前にガンマンライダーが四苦八苦するという話だった。この回を見て映画の中でのアクションシーンをマスターしろと言われていた。さらに、そのズワイガニ将軍と二足歩行型ショベルカーは大きさや形が似ていた。

「あの話はガンマンライダーの歴史で最高の戦いだと評される回でした!監督にも分かりますか!」

「あぁもちろん!あの話を見て俺は特撮にのめり……ゴホン!とにかく何度もあの話を見て立ち回り方を学べ!明日、千葉と俺で確認をするからな!」と、軽く笑いながらも厳しい表情で言う。そして奥平に向き直り「アドリブは申し分ない!演技を何とかしろ!」と、怒鳴った。

 「監督って、まさか小林君と気が合うんじゃない?」夏美が小林の横から声を出す。

 「あぁ……本当に贅沢な現場だ」と、目を輝かせる。「さぁ松山さん!一緒にガンマンライダーを見よう!」と、テレビのあるクルーザーへと向かうため出口へ急いだ。

 「……涙腺どうしよう……ピンで開けるかぁ?」夏美は自分自身の悩みで一杯だった。


 沖縄県 那覇市 那覇空港


 「さてバケーションは終わりだ!撮影現場へ戻らなきゃな!」夏美のマネージャーが空港で伸びをする。彼らは小麦色に焼け、服装は皆、半袖短パンになっていた。

 すると、近くにいた白人が彼らに声を掛けた。「アノォ……増山サンノ言ッテタまねーじゃーサン御一行デスカ?」恰好は背広で、サングラスをかけていた。

 「あぁ迎えの方ですか?ロケの現場まで案内を?」

 「エェ……アノばすニ乗ッテ下サイ」と、空港の前に留っている大型バスを指さす。

 「……また嫌な予感」「でもプロデューサーの指示でしょう?」「そ、従えばいいのよ、俺達下っ端は」「今度はどこだろう?」と、胡散臭さ満点の白人の指示に従い、大型バスに乗った。

 すると、バスガイドが五人に近寄ってきた。「あ!東京からいらした芸能人のマネージャー御一行様ですね?」にっこりと営業スマイルを見せる。

 「はぁ……」「やっぱあの白人」「つーかプロデューサーは」「俺達が邪魔なわけね」そのバスの外側には『首里城観光ツアー』と、書かれていた。


 沖縄県 謎の島 クルーザー格納庫


 格納庫内にある二足歩行型ショベルカー『ゴールドウォーカー』はたった今、お色直しをしている所だった。美和子と加藤は作業服のツナギに身を包み、火花を散らしたり缶スプレーで塗料を吹きかけたりしていた。

 「加藤さん、このM60を取りつける専用アームはどこでしたっけ?」図面を片手に辺りをキョロキョロする。

 「あなたの後ろの箱ですよ」と、ショベルカーアームの先端部分を、人間一人を串刺しにできる様な凶悪な形に加工する。

 「……あの研究所を抜けてから何をしていたんですか?先輩」木箱をバールで開け、中の精密部品をあっという間に組み立て、それに機関銃の先端部分と空気圧でコルクを飛ばす装置を取り付け、黒いスプレーを吹きかける。そしてゴールドウォーカーのメインカメラの近くに取り付け、リモコンで何度か動かし、電動ドライバーで調整をする。

 「聞かない決まりでしょう?」熱で真っ赤になったアームの先端を叩く。

 「そうでしたね……あそこに戻る気はないんですか?」もう一つの機関銃を取りつけ、動作不良が起きないか点検をする。

 「戻ったらどうなるのかも知っていますよね、高野さん」と、眉を上げる。加工の終わったアームを取りつけ、近くの木箱を開ける。

 「……そうですね、聞いた私が馬鹿でした。すいません!」と、ワザとらしくにこっと笑う。ゴールドウォーカーの脚部と図面をしばらく照らし合わせ、近くの木箱から大きめの箱型の何かを取り出す。それは六連装ミサイルランチャーの模型だった。

 しばらく二人は黙々と作業を続けた。美和子はミサイルランチャーを脚部よりも少し上に取り付け、色を車体と馴染ませていた。加藤は装飾品のレーダーや設定上のメインカメラとサブカメラを取りつけていた。これらは飾りではなく、撮影用としても使われる。「……これだけは言いましょう。増山さんや大塚さんと共に行動して間違いはなかった」

 「それは同じ意見ですよ、先輩」と、筆を取り出し、赤い塗料の入ったバケツに入れる。「さて、美術のお時間です!」と、車体のサブカメラから少し下にサメの様な大きい口と牙を描いた。そしてメインカメラの両脇につり上がった目を描く。「これがなきゃ悪役って感じじゃないですよね!」

 「あなたに欠けているのは、美術的なセンスでしょうか……」と、加藤は顎を撫でた。

 「ほっといて下さい!」

 

 その頃、クルーザーの女性用控室では真里がビデオゲームをやらされていた。その隣では田中が真里の表情を眺めていた。彼女がやっているゲームはファーストパーソンシューティングゲームだった。マシンに乗って敵と戦う、今となっては掃いて捨てるほどあるソフトだった。『おらおらぁ!死ねぇ!お前だぁ!このゴミ虫がぁ!』台本にあるキリヤマのセリフを言いながらプレイする。これも一応、役作りの一環だった。

 「うぅん……」

 「何か?田中さん」不満そうな彼の顔を不服そうに見る。

 「続けてください。私は少し席を外します」と、部屋を出て口に指を当てながら考え込む。彼は確かに『キリストオタク』の真里から現場についたばかりの真里に戻って欲しいと望んだ。しかし、彼が本当に望んでいるのは『二日目辺りの禁断症状が出始めて発狂寸前になった』真里だった。この時の彼女はまさに殺戮を楽しむ改造人間キリヤマのイメージとぴったりだった。そして彼は、この時の真里に戻ってほしかった。だが、麻薬を与える訳にもいかなかった。

 「どうすれば……」と、廊下を歩き、加藤達のいる格納庫へ向かった。中に入ると、そこには東京の大学で埃を被っていたショベルカーとは思えない凶悪なデザインのマシンが立っていた。現在、電動エア機銃の試射をしている所で、コルクが辺りに飛び散っていた。

 「加藤さん!ちょっとお話が!」田中は耳をふさぎながら大声を出した。

 「あぁ田中さん!少し待ってて下さい!」と、イアープロテクターを外す。「高野さん、右の機銃の銃身がやや曲がっているみたいですね。調整をして下さい」と、厚手の手袋を外しながら階段を昇る。顔は塗料で汚れていた。「何でしょう?」

 「そのぉ……」と、自分の複雑な注文を加藤に話す。

 「私は未来から来た猫型ロボットじゃないんですよ?そんな都合のいい薬なんてありませんよ!」少々疲れが溜まっているせいか、彼は珍しく顔を歪めた。

 「そこを何とかなりませんか?あの時の岡谷さんに戻ってほしいんです」

 「でもねぇ……」と、頭を掻き弱った顔になる。

 「何の話ですか?」と、美和子も階段を昇り、加藤の後ろから顔を覗かせる。

 「高野さん、実はこういう薬が……」と、加藤が美和子に今迄の話の説明をする。

 「……量には寄りますが……」と、携帯を取り出す。「(私だけど。今、ドクタージョンソンはいる?)」と、英語で話し始める。「(どうも。えぇ、その話は三ヶ月後に。あの、相談なんですけど……)」と、目の前の二人には聞き取れないほどの早口で都合のいい薬についての話を始める。「(分かりました!ありがとうございます。では三ヶ月後にラングレーで)」と、電話を切り、満足そうに息を吐く。「何とかなりそうですよ。四日後にヘリで薬品を届ける、ですって」

 「その薬品とは?」田中が美和子の前に立つ。

 「企業……いえ、世界機密かな?抗中毒剤くらいヤバい代物です」

 「……高野さん、まさか私達の元職場に?」加藤が先程の顔よりも更に歪める。

 「コネですよ。私は加藤さんと違ってまだ社員パスも持ってますし」と、肩を上げる。

 「あなたには勝てませんよ……」と、肩を落としながら溜息を吐いた。

田中は事態を察したように大きく頷いた。

 

 「……おぉ……ガンマンライダーってスゲェ」DVDデッキのあるレストルームで夏美と小林は監督に言われた通りにガンマンライダーを見ていた。「続き見ようよ!」と、ソファーの上で跳ねる。

 「いや、たぶん増山さんはコレの続きを持ってきてないのかな?」と、DVDを取り出しながらパッケージを見る。そこには『ガンマンライダー二世DVDボリューム2』と書かれていた。この話の続きはボリューム3に収録されていた。「まぁコレの続きは新ワザ『アンチマテリアルキック』を特訓して編み出し、その一撃で堅い装甲を破って倒すって回だから、映画の参考にはならないかな?」言葉とは裏腹に残念そうな顔をして見せる。

 「そうかぁ……」と、夏美も惜しむ様な顔をやって見る。時間は掛かったが不自然ではない表情を作るのに成功した。

 「しかし、このレストルームはなんて広いんだろう。僕の住んでいるアパートと比べ物にならないな!」と、壁に寄りかかって部屋全体を見回す。すると、ガコっという音と共に近くの映画の資料の詰った本棚が回転して壁の向こう側へ隠れ、代わりにDVDの並んだ棚が出てくる。「お?」小林はおもむろに近づいた。そして口をあんぐり開けて腰を抜かした。

 「ど、どうしたの!」と、夏美が近づいて小林を起こそうと屈む。しかし、棚を見て夏美も目を見開いた。「わぁお」

 その棚には初代ガンマンライダーから二号、マグナム、マシンガン、二世、V2、ホワイトまでのDVDボックスが揃い、それ以降はそれらの作品のメイキングDVDや劇場版などが全て揃っていた。

 「……監督って……ガンマンライダー大好きなのかな?」夏美が言う。

 「いや、これは愛しているとしか思えないな」小林はファンとして彼らに負けたと落ち込んでいた。

 「ねぇ、さっきの続き見ない?」

 「……本当なら徹夜して全部見たいけど、そうしたら『時間泥棒』って増山さんに殺されそうだなぁ……でも、見たい!特にメイキングが見たい!」と、小林は涎を拭い、鼻息を荒くした。

 

 沖縄県 謎の島 岩場 撮影開始一日目


 「よぉし!本日から撮影を開始する!各々準備はできているな!」大塚監督がこの日を待っていたと言わんばかりの大声を出す。その後ろには玲子が控えていた。「戸谷!待たせたな!」と、カメラマンの戸谷に顔を向ける。

 そこには撮影用大型カメラを担いだ戸谷が目を光らせていた。その隣にはカチンコを持った田中が腕を組んで立っていた。

 「スケジュール通り、最初のシーンを撮るぞ!」と、小林に向き直る。そこにはウエットスーツを着た小林が立っていた。最初のシーンは『敵基地に潜入するサクラダ』のシーンだった。岩の間から姿を現し、素早くウエットスーツを脱いで銃を構えるという、オープニングの大事な場面だった。

 「用意はできてます!」と、足ひれをペタペタと鳴らす。

 「よし、海に潜れ。素早くスーツを脱ぐ練習はしたか?」

 「もちろんですよ!」一週間前に朝から晩まで脱いだり着たりを繰り返し、今ではどこかのヒーローの変身よりも素早く脱げるようになっていた。だが、早く脱げばいいというものでもなかった。

 このシーンでは小林がスーツを早く脱ぎすぎたり、表情の作りがイマイチだったりとリテイクが多かったが、本日は無事テイク1を撮るのに成功した。

 

 『あなたが新人スパイのサクラダ?銃はどうしたの?』夏美が演じる熊蜂の初登場シーンだった。エキストラ参加の千葉、内海、加藤を撃ち殺し、颯爽と草むらから現れるシーンだった。

 『なるべく殺したくないんだよ。君みたいにね』と、熊蜂が持っている銃を見る。

 『腑抜けね。スパイの素質ゼロよ』と、ツンとした表情を見せる。夏美にとってこの表情は安易に出せた。

 『で?敵の基地についての情報は?』

 『あなた、帰っていいわ。この任務は私だけでやるから。それに言っておくけど、英雄は二人もいらないの』と、プイっと顔を背け、モンローウォークで茂みに入っていく。

 「はい、カット!上出来だ」と、大塚がメガホン越しに声を上げる。「順調順調!」

 「ちょっと血が出すぎじゃないか?」内海が顔についた血糊を拭きながら立ち上がる。

 「いいんだよ、その部分は動脈だ。本当ならもっと噴き出るんだぞ?編集の時にCG合成して血の量を増やすつもりだ」と、腰を上げてスケジュール表を確認する。「よぉし!次はFの5地点だ。そこでシーン8『サクラダと熊蜂の口論』を取るぞ!」

 すると夏美が茂みから叫びながら出てくる。「タラ!タラチャン?いや、何だっけ?」

 「タランチュラ?」千葉が血の噴き出るチューブを外しながら聞く。

 「そう!いたんだよ!あたしの足元に!」と、体中を叩きながら声を上げる。

 

 沖縄県 謎の島 クルーザー船室

 

 『いいか落ちつけ、ここで俺達がバックアップを用意している。お前はただ命令通りに動けばいいんだよ。安心しな、もしもの時があればBB銃を持ったポニーテールのオッサンが駆けつけるぜ!』船室にあるコンソールの前で奥平が自分のキャラのササキを演じる。カメラは美和子が回していた。その後方では助監督の田中が腕を組んで見ていた。

 「カット……」田中が唸りながら目を瞑る。

 「ど、どうですか?」奥平は少々焦りながら聞いた。昨日まで監督に散々絞られ、さらには内海にまで罵倒されてまで磨いた演技だった。

 「いいですね。キャラに合った軽口や励まし、組織の冷たさなどを短いセリフの中でよく演じましたね。これなら満足するでしょう」

 「本当ですか!ありがとうございます!」と、腰深くお辞儀をする。

 「ただ……」

 「ただぁ?」と、表情を固め、首だけ上げる。

 「やはり声だけになるとなんとも……まぁそれは監督と相談ですね」

 「くそぉ……」

 「気を落とさないで、私は好きですよ、あなたの声」と、美和子が励ます。

 「そういえば君、メイクさんだよね?カメラも回せるの?」

 「はい、戸谷さん程ではありませんが」と、首をすくめる。

 

 沖縄県 謎の島 謎の施設 撮影五日目

 

 『あらぁ?こんな所に小虫が二匹?食べちゃおうかな?』と、真里演ずるキリヤマがニタリと笑い、コンバットナイフを腰から引き抜く。

 『ここの資料をカメラで押さえて。私はこいつの注意を引くから!』と、熊蜂は銃を向け、キリヤマに向けて発砲する。それをキリヤマは流れる動きで避け、狂ったような笑いを浮かべながら熊蜂に襲いかかる。

 「効果てき面……」と、監督の後ろで田中がほくそ笑んだ。一昨日届いた例の薬を真里に(ビタミン剤だと偽って)飲ませたのだった。

 『グハァ!』と、熊蜂がキリヤマのひざ蹴りを食らい、膝立ちになる。そこへ追撃を食らって倒れ込む。

 『さぁて次は坊やね』と、サクラダに向き直る。すると熊蜂が『逃げて!』と、スモークグレネードを足元に投げる。サクラダは煙に紛れて研究所の奥へと消えていく。

 突き当たりの巨大なドアにぶつかり、そのプレートを見て目を剥く。『核弾頭保存庫?なんてこった、核だ!この日本に核が持ち込まれている!』

 「はいカット!」の声と同時に霧状のスモークが晴れる。

 「戸谷、今のは問題なく撮れたか?」と、大塚が声を掛ける。戸谷はただ黙って頷いた。「ま、撮影を中断しなければうまく撮れてるって証拠か」

 「あのぉ真里さん!寸止めしてよぉ……」と、夏美は未だに床を転がり、腹を押さえていた。時折、苦しそうに何度か咳をする。

 「受け身のとれないあんたがいけないのよ!一ヶ月間何をしていたの?あぁ?」と、夏美を見下ろしながら二タニタ笑う。

 「あの岡谷さん、これは撮影ですよ?寸止めくらい……」と、小林が後ろから声を上げたが、振り返った真里の顔を見て思わず固まった。数日前の真里とは別人だったからだ。

 「じゃあ休憩してまぁす!ひゃはははは!」と、高らかに笑いながら地下室を後にした。

 「監督ぅ!」と、ヨロヨロと立ち上がる夏美。

 「……まぁあの女の言うとおりだ。殺陣の訓練を思い出せ」と、大塚は素っ気なく答えた。

 「あの人、岡谷真里っていうより本当にキリヤマだったなぁ……あれがベテラン女優の役作りかぁ……すげぇ」と、小林は夏美に歩み寄り、肩を貸した。

 「役作りというより、薬作りですね」田中が全員に聞こえない様な小声でぼやいた。


 沖縄県 謎の島 砂浜 八日目


 本日の撮影はいつになく厳しい空気が流れていた。スタッフ達は顔を見合わせて打ち合わせに没頭し、美和子や神谷さえも真剣な表情をしていた。その中で特に冷や汗を掻き、身震いをしていたのは小林だった。

 「……本当に僕なんかでいいんですか?」声を震わせながら問う。

 「当たり前だ」監督は彼に顔を向けないまま答えた。爆薬担当の内海と綿密な打ち合わせをしていた。

 砂浜には幾つも爆薬(ベアリング弾を抜いたクレイモア地雷や少量のC4プラスティック爆弾)が仕掛けられ、数歩間違えば大怪我をするシーンだった。

 クルーザーの格納庫では最終調整を終わらせたゴールドウォーカーがエンジンを温めてスタンバイをしていた。

 「小林さん、貴方の立ち位置と動き、表情、セリフなどは頭に入っていますか?」加藤が震える小林の肩を叩く。

 「は、初めての映画でこんなシーンをやるうれしさと恐怖と緊張がゴッチャになって……わけが分からなくなってます!」

 加藤はポケットから小さな小瓶を取り出した。「では、これを」中には琥珀色の液体が入っていた。

 「いや、薬はいいです!そういったものには頼りたくありません!」と、その場で何度かジャンプし、気持ちを落ち着かせる。

 「あなたは見かけより強い人みたいですね。頑張ってください」加藤は上品に笑い、作業へと戻った。

 そのすれ違いざまに玲子が現れる。「できるわよね?」その一言が小林の胃に小さな穴を開けた。

 「はい!できます!」

 「その根拠は?」腕を組みながら小林の顔を下から覗く。小林は汗腺から汗を噴き出しながら頭を捻った。「死ぬ覚悟があるからでしょ?いい?あなたはアノ時、デパートの屋上で危険なスタントを演じたわね?その時の覚悟でやればいいのよ」と、微笑む。

 「でも、規模が……違いますよね……」

 玲子は威嚇でもするかのように「だから何?」と、言い放った。小林の胃にもう一つ穴が開く。

 「いえ、とにかくやります……」と、目を瞑り深呼吸をする。

 「よぉし。高野!用意できたわよ!」と、無線機を取り出し大声を出す。

 「はいはい!行きまぁす!」と、無線機越しに陽気な声が響く。それと同時にクルーザーの後部ハッチが開き、格納庫があらわになる。そこには悪意の塊の様なマシンが唸りを上げていた。

 「ほんの一週間であそこまでできるなんて、さすが加藤さんと高野さんだ」近くの岩場に腰を下ろした千葉が目を輝かす。

 そのマシンは言うまでもなく二足歩行だった。ゴールドウォーカーという名前だったが、今は車体全体が濃い緑や黒で塗装され、脚部にはミサイルランチャー、腕部の間には機関銃が備え付けられていた。腕の先の爪は鋭く尖っていた。「まさに悪魔だな」砂浜に向かってくるそのマシンを遠目で見ながら神谷がボソッと口にする。

 「機体の名は『白兵戦用パワードスーツ試作型デビルクロウ』設定ではキリヤマが乗っているのですが、マシンの扱いのうまい美和子さんにやって貰います」資料を片手に田中が淡々と言う。

 「こ、これと俺が戦うの?ハンドガン一丁で?」彼はそのマシンを初めて見たわけではない。何度かクルーザー内で拝見し、写真を撮って興奮していた。それにここ数日は「あのマシンと戦うんだ」と、ワクワクしていた。だがいざその日を迎え、このマシンが動いている様を目の前で見た瞬間、頭に出てきた言葉は『なんてこった(ジーザス)』だった。

 ハッチが開き、中から美和子が出てくる。「いつでもオッケーだよ!小林君は準備できてるぅ?」と、頬杖をつく。

 「……心の準備を整える時間をくれま……」と、言いかけた瞬間に背中から怨霊の様な殺気を感じる。「いえ、もう準備できてますよ!もうバッチリ!」胃に三つ目の穴が開く。後で加藤さんから薬を貰おう、小林はそう決心した。

 「大丈夫?じゃないよね……」後ろから夏美が顔を出す。彼女もこのシーンで少し活躍するので、衣装を着てスタンバイしていた。夏美の登場する場所には大型のアンチマテリアルライフルが置かれていた。撃ち方は神谷に教わり、彼女の方はいくらか気楽だった。

 「……映画って怖いね」小林は夏美の目を見ず、青い顔で答えた。

 「やっと気づいたか」


 森林を薙ぎ払い、そこから黒い塊が姿を現す。デビルクロウが駆け足でサクラダを追いかけ、踏みつぶそうと足を大きく上げる。そこで彼は転がるように避け、砂埃を小さく上げる。起き上がりざまに銃を発砲する。が、装甲が厚く弾かれる。

 機銃が火を噴き、弾丸がサクラダの足元を薙ぎ払う。彼はすぐに横転し、岩場の影に隠れる。すると、今度はミサイルが発射される。サクラダが急いでその場から離れると、その場が大爆発する。サクラダはミサイルポッドヘ向けて発砲した。すると銃口に弾が入り弾頭を爆発させる。

 その後何度か撃ち、弾が切れる。『くそぉ!なんて堅い奴なんだ!』と、弾を込めながら悪態をつく。

 『ルーキー!相手は戦車を軽く引き裂くオーバーキルの塊だ!お前一人じゃあ遊び相手にもならねぇぞ!』と、無線越しにササキが茶々を入れる。

サクラダは『うるせぇ!』と、叫ぶ。破壊していないもう一方のミサイルが飛んできて手前に着弾し、吹き飛ぶ。砂浜に転がり、少量だけ血を噴く。

 倒れている所に容赦なく鋭い爪を振り被り、連続で突き下ろす。サクラダは転がりながら爪を避ける。すると今度は機関銃が火を噴き、サクラダの肩を貫く。『ぐぁあ!』それと同時に銃を取り落とす。

 すると、機銃の間にあるメインカメラが砕け散り、マシンが一歩後退した。熊蜂が放った対物弾が命中したのだ。『くそぉ!』と、中からキリヤマが出てくる。両手にはサブマシンガンが握られており、熊蜂に向けて乱射する。

その間にサクラダは銃を拾い、キリヤマに向けた。『くそ……』彼はまだ、一人も殺した事が無いゆえ、躊躇していた。

『早くヤれ!でないとアノ女がやられるぞ!』ササキの声が耳に入る。

『わかってる……わかっている!』と、歯を食いしばる。

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇ!』キリヤマは白目を剥き、口の脇から泡を垂らしながら乱射を続けた。

『は、早く……サクラダ……』銃弾は熊蜂をかすめていく。

銃の弾が切れ、キリヤマが舌打ちをする。すると、銃を構えているサクラダを捉え、ニタリと笑った。『あぁん?芋虫ぃ!潰してやるよぉ!』と、コクピットに潜る。すると、サブカメラが動き、彼の姿を捉える。機銃が火を噴く。

サクラダはマシンの懐に潜り、グレネードをマシンの関節部分に仕掛けた。ピンを抜き、その場から離れる。するとマシンの脚部が爆ぜ、機体が傾いた。鉄骨が曲がり、配線から火花を噴き散らし、片足が横に倒れると同時に本体も倒れ、砂埃を大きく舞わせた。

『……勝った?』と、サクラダは起き上がり、マシンに近づいた。すると、マシンは腕を強引に動かし、這いずるように動いた。まだ残っている脚を動かし、ミサイルを放つ。それが足元に着弾し、サクラダは再び吹き飛ばされた。岩場に激突し、頭を打つ。

『まぁだだぁ!』と、キリヤマは狂ったような大声を出し、機銃掃射をした。すると、熊蜂はもう一発ライフル弾を放ち、マシンの動きを鈍らせる。半壊してもなお暴れるのをやめようとせず、マシンは唸り声を上げた。

『起きろ、ルーキー!おい!どうしたんだ!』ササキは何度も問いかけたが、サクラダはピクリとも動かなかった。口から粘り気のある血が垂れる。

マシンは次第に黒い煙を上げ、バチバチと音を立てた。腕をまだ動かしていたが、その場から一歩も動けず、やがて動きを止める。ハッチが開き、中から血にまみれ、髪を乱したキリヤマが降りてくる。『……痛ぇよ、おい……こらぁ』マシンガンを何度か発砲したがサクラダに当たらず、弾切れになる。銃を投げ捨て、腰からナイフを抜き、サクラダの胸ぐらを掴む。ナイフを首筋に当て『どうだ、今から死ぬって気分は?あたしは過去に何度も味わったが……あんたはどう感じるのかな?』と、血走った目を向ける。すると突然、キリヤマは目を剥き、血を吐きながら倒れた。

『どんな気分だった?』サクラダは薄眼を開け、肩を押さえながら倒れたキリヤマを見下ろす。キリヤマの腹には小さなナイフが突き刺さっていた。『……スパイって思ったよりキツイ仕事だな』と、ヨロヨロと歩き始める。その背後で悪魔のマシンが大爆発し、天に向かって最後の咆哮を上げた。


「カット!とりあえずお疲れ!」監督が声を上げる。

「や、やっと終わったぁ……」小林は膝をつき、砂浜に突っ伏した。息を荒げ、何度か咳をする。そんな彼に加藤が足早に歩み寄り、仰向けにして脈を測った。

「……問題ありませんが、医務室に連れて行って治療をしなければ」と、小林の体中の傷を見る。彼らにとっての問題は『役者が死ぬ事』だった。

この撮影で小林は、演ずるサクラダ以上にボロボロになっていた。スタントの千葉に頼らず、全て自分で演技をしたからだ。お陰で機銃のコルクをモロに浴びたり、爆風を浴び火傷したり、決死のアクションを演じたにも関わらずNGを食らったりと七転八倒したのだった。

「よぉし、じゃあ明日は小林の出ないシーンを中心にやるぞ!」監督がメガホン片手に大声を出す。「例の撮影はいつで?」と、玲子に話しかける。

「……六日後よ。それまでに小林君には回復して貰わなきゃね」

その頃、出番を終えて体を綺麗にした夏美が小林に走り寄った。「大丈夫?これメイクじゃないよね?」と、小林の傷を見る。肩の銃創や顔のかすり傷はメイクだったが、服の下の痣や切傷などは全て自前だった。

「映画って怖ぃ……」と、小林は再び呟き、気を失った。ちなみに今のシーンを撮るのに彼らは六日費やした。


「お勤めご苦労さん……」美和子が肩からタオルを下げながら、ゴールドウォーカーの残骸を眺める。彼女は六日間の撮影で、殆ど操縦席で過ごした。

「あんたもな」と、神谷が背後から現れる。片手にストローのささった紙コップを持ち、それを美和子に渡す。

「どうも」と、ストローを咥える。「おいしい」

神谷は美和子の隣に座った。「あんたも大変だよなぁ。玲子のパートナーって大変だろ?」

「だから結婚しないんですかぁ?あなたは」と、神谷を横目で見る。

「……できないだろ?」

「なぜです?」と、もう一口啜り、溜息を吐く。「もういいじゃないですか、収まるべき鞘に収まっても」

神谷はその言葉を聞き、顔を歪め、髪をクシャクシャにする。「でもなぁ……あいつの作る料理は不味いし、いつも変なタイミングで口論になるし、気の強さは独裁者並み……」

「誰が独裁者だって?」と、いやに透き通った声が神谷の耳に入る。次の瞬間、首が一段短くなるほどのげんこつを食らい、何処かへと引きずられていった。

「なるほど」と、美和子は表情を変えずにストローに口付けた。


沖縄県 謎の島 謎の施設 撮影開始一五日目


『君は分かっていないのか?これは戦争なのだよ。我々と奴らとのな』と、大森演じるボスがマツオカに語りかける。マツオカは独房のベッドに座り、タバコを咥えていた。

『分かっている……だが、あいつの始末はあの女に』

『キリヤマは死んだ。堪え症の無い女だ』

『そう仕向けたのはあんただろう?』と、睨みつける。

『悪いか?』と、葉巻の煙を鼻から吐く。その煙が独房の中へ入り込み、マツオカの鼻をくすぐるように舞った。

『……今度は俺を狂わせる気か?わかったよ、あんたの目論みに従ってやる』と、ベッドから降り、鉄格子の前へ向かう。

「カット!」と、監督が満足そうな声を上げる。大森と柳谷の演技の時は今迄ずっと一発オーケーが出ており、今回もそうだった。「さすがはベテランだな!」

「そうですか。では次のシーンまで休憩してる」と、大森は急に肩を落とし、階段を昇っていった。

「俺はここで休憩します」と、柳谷がベッドに横になった。

「……撮影開始、いやそれ以前から大人しいな、二人とも」大塚は首を傾げた。

「そうですね」田中は彼ら、特に大森が大人しい理由を知っていた。抗鬱剤の量をさらに減らしたからだった。

「戸谷、お前はどう思う?」大塚が問いかける。戸谷はただ黙り、眉を上げたり下げたりするだけだった。「そうか、撮影に問題なければいいか」


沖縄県 謎の島 クルーザー内


「……はぁ……」小林は一人、レストルームで溜息を吐いていた。治療を終わらせ、体に包帯を巻き、肩から上着を羽織っていた。「次のシーン、俺、死ぬかもな」片手の台本を見てポツリと呟く。そのシーンは、『基地に再突入するサクラダ、十五名の敵を相手に激闘』と書いてあり、その下には『特撮+α』と書かれていた。「なんだよ、このαって」

「どうしたぁ?浮かない顔だな?」と、神谷が現れる。その後ろに続いて内海が現れる。

「五日後までに万全になって貰わなきゃな」と、内海が小林の隣に座る。その向こう側に神谷が座り、小林は二人に挟まれた。

「プレッシャーかけないで下さいよ……もう増山さんだけで十分ですって」と、胃を押さえながら、加藤から貰った痛み止め(という名の何か)を飲む。

「そんな薬にたよっちゃあダメだ!俺達が頼るべき物はこれだ!」と、神谷は片手に持った酒瓶を正面のテーブルにドンと置いた。コップを二つ置き、注ぐ。

「え?でも仕事中でしょ?」

「夕飯は二時間後。下拵えはできているし、内海も今日の仕事を終わらせ、明日の準備も終わってる。な?」と、内海に目を向ける。彼はすでに自分で持ってきた酒を瓶ごと呷っていた。

「ぷっはぁぁぁ……」と、熱い息を吐き出す。「お前も飲め」

「え?僕?いやぁ結構ですよ。傷に響きますし……」と、なんとか逃げ出そうとするが、内海が小林の頭を押さえつけた。

「未成年や医者じゃあるまいし何を言う!お前は息を抜け!ここ一週間、お前はそれだけの事をしたんだ」と、神谷がグラスに酒を注いだ。「ほら、乾杯だ」

「……分かりました。一杯だけ……」と、グラスを持ち、神谷のグラスに軽くぶつける。


「ねぇ……」小林のいるレストルームの隣の部屋で夏美が声を出す。「二人でババ抜きってさぁ……楽しいかねぇ?」と、奥平の持っている手札から一枚抜き取り、捨てる。

「でも、トランプ遊びってこれくらいしか知らないんだよなぁ……俺。あ!岡谷さんでも誘おうよ。昨日で仕事が終わったんだし」と、夏美から回ってきたババを見て「ゲッ」と言う。

「やだよぉ。だってあの人の部屋から変な呻き声とか笑い声が聞こえるんだよ?なんだかまだキリヤマになりきってるみたい……」と、身震いしながら顔を歪める。

「そういえば夏美ちゃんさ、表情が増えたよね」ペアを捨てながら問う。

「……そう?」

「と、言うより自然に表情が出てるって感じ。以前はなんだか不自然だったからな」

 「ふぅん……」と、俯き、考える。

 顔を調整した時、美和子が『少し工夫を加えてみました。これで筋肉がスムーズに動くはずですよぉ』と、言ったのを思い出した。夏美はそのセリフを冗談だと捉えていたが、まんざら冗談ではなかったようだ。

 「ん?」と、奥平が壁に耳を当てる。「なんか変な笑い声が?」

 「またキリヤマさん?」

 「いや、この笑い声は……鬼軍曹」と、手札を伏せる。


 「本当だって!千葉はその時にマジでちびったんだから!」と、神谷が大笑いをしながら小林の肩を叩く。小林も肩の痛みを忘れたのか、大笑いをし、腹を抱えた。

 「冗談でしょう?あなた方は本当にあそこへ?」と、小林が三杯目の酒を啜る。

 「そうだ。冗談だったらもっと上手にホラを吹く」内海は顔を赤くしながら頬を緩ませていた。そして二本目の酒瓶に口をつけ、喉を鳴らす。

 「そういえば内海ぃ?お前も赤っ恥話があったよなぁ?言えよ」

 「そうだなぁ……アレは大塚さんと出会った日の事だった……」と、遠くを見る。それと同時にレストルームに奥平と夏美が入ってくる。

 「どんな話よ!聞かせてくれよ!」と、奥平が近くの椅子に腰かける。

 「お前には聞かせん!コンソールの前でしか演技をしないお前なんかに聞かせてなるものかぁ!」と、奥平に向かって大粒の唾を飛ばす。

 「何だと!俺だって助監督から数十回もダメ出しを食らって苦労してるんだよ!」と、近くの酒瓶に手を出し、遠慮なく飲み始める。

 「お、お前さんもイケる口だな!」と、神谷が笑いながら手を叩く。「夏美ちゃんもどうよ?」

 「いえ、お酒は苦手なんです。みんなに迷惑をかけたくないし」

 「かけてくれて結構だ!さ!飲めぇ!」と、奥平が近くのコップに注ぎ、夏美に渡す。

 「じゃあ一杯だけ」と、恐る恐る口付ける。

 

 「……いいんですか?ハメを外させて」レストルーム近くで加藤が馬鹿笑いに向かって聞き耳を立てる。

 「いいのよ、私が彼に頼んだ事だし……」と、玲子が口の中をガリゴリさせながら答える。「あなたも参加してきていいわよ」

 「いえ、私はああ言うのは苦手です」

 「……そうね、あなたはそういう人だったわね……」と、薬の瓶の底を覗きながら言う。

 「ほどほどにして下さいね。さもないと」

 「ガタがくる、でしょ?放っといてよ……」と、瓶を近くのゴミ箱へ乱暴に入れる。「とにかく、今日はこれで解散、てことよ。あなたも休憩していいわ」

 「……五日後の事を考えると、休憩している場合ではないかと?」

 「そうね、もしかしたら小林君、死ぬかもしれないんだからね……だからこそ、今日はハメを外させるのよ」と、腕を組みながら歩き始めた。

 「こんな無茶ができるのは、あなたと大塚さんくらいですね」

 「正直、この映画が日本で上映できるか……それが一番心配だわ」


 「脱げ!このピエロ!脱げぇ!」顔は赤くなっていないが、悪酔いした夏美が奥平に襲いかかる。顔の色は変わっていないが、表情は上手に酔っぱらいの典型のような顔をしていた。

 「何上戸だよぉこれ!」ズボンを押さえながら叫ぶ。

 「脱げ上戸?」コップを片手に酔っぱらった小林が半笑いで呟く。


 沖縄県 謎の島 謎の施設


 「戸谷さん、俺の演技どうだった?なぁ?良かっただろ?」独房の外でカメラを磨く戸谷に向かって柳谷が話しかける。「夕日って綺麗ですよね。あなたはこんな綺麗な風景を、生涯何度見た事がありますか?僕は、この島に来て初めて感じましたよ。テレビ番組中に見た初日の出より綺麗に見えますよ……」

 それに対して戸谷は黙って聞いていた。時折、柳谷をチラッと見る。少し目が合うが、すぐに逸らし、レンズを磨く。

 「……この島の自然も美しいですよねぇ……それに比べて都会は汚い。人間も、建物も、音も、空も、みんな汚い……そんな汚い場所で僕達は何をして生きていたんでしょう?僕はこの独房に入っている内に、忘れてしまいました……」と、地べたに座る。

 柳谷にとって、この独房は居心地のいい場所になっていた。ここにいると心が落ち着くのだという。まるで胎内の赤ん坊のようだった。

 「戸谷さん、もう一度、今日撮った映像を見せてくれませんか?」と、前のめりになる。

 戸谷は鼻で溜め息を吐き、口髭を揺らした。


 撮影十六日目


 『香水か?任務中にそんな物を付けるのかお前?』と、マツオカが熊蜂を睨む。

 『男避けには丁度いいと思ってね』熊蜂は不敵に笑い、マツオカの間合いに入り、蹴りを放った。マツオカの脇腹に入り、倒れこむ。

 「カット、カット!それじゃあダメだろ!」と、大塚が腰を上げ、メガホンを鳴らす。

 「いやぁすいません!寸止めが間に合わなくって!」と、夏美が柳谷に駆けより、謝る。昨日の酒がまだ頭の中で引きずっており、普段の調子が出ていなかった。しかも監督に理由を説明したら怒られると思い、昨日の事は黙っていた。

 「いいんですよ、間違いは誰にでもある」と、柳谷は苦笑いをしながら起き上った。すると、頭上から監督のメガホンが落ちてきた。「いて!」

 「馬鹿野郎!上手く受けられないお前が悪いんだ!それに松山、お前もだ!」と、夏美に近寄る。「腰に体重が入っていないから、そんな半端な蹴りが出るんだ!」

 「は、はぁ……」と、頭を捻る。腰に体重を入れたら確かに良い蹴りは出るが、寸止めが困難だった。

 「よし!もう一度!」


 沖縄県 謎の島 森林


 内海と美和子は今、地図の記しの所に爆薬を仕掛けている所だった。来たるべき四日後の撮影に向けての作業だった。

 「爆薬の量が少ないんじゃないですかぁ?」美和子が内海の作業を見ながら言う。

 「これ以上多かったら死者が出るぞ!」と、作業の手を止めずに声を荒げる。

 「いいじゃん別に。小林君は私たちが死なせないけど、あいつらは何人死のうが……ねぇ?」

 内海は珍しく転びそうになりながらも踏みとどまった。「……一応相手は人間だぞ?」

 「人でなしは人間にあらず。我々に逆らう者には死あるのみ、てね」と、内海の仕掛けている爆薬の量を増やそうと手を掛ける。

 内海は慌てて美和子の手を掴み、抵抗した。「やめろ!この撮影では死者を出してはいかん!上映できなくなる!」

 「大丈夫、うまく編集するからさ!」と、ペンチを片手にニヤつく。

 「やめろ!そういう問題じゃないだろ!」と、美和子を突き飛ばす。美和子はそのまま茂みに倒れ込み、しばらくして起き上がった。

 「内海さん……」と、手を後ろに組んでモジモジする。

 「なんだ?」すると、美和子が手を顔の前に出す。

その手には毛むくじゃらな生き物が握られていた。「タランチュラ」

 「やめんかぁ!」


 日本領海外 十七日目


 だだっ広く、どこまでも青い海のど真ん中に一隻の船が浮かんでいた。その船は見た目は普通の漁船の様だが、その甲板に立つのは泣く子も(たぶん)黙る一四人のアジア系テロリスト『真夜中の戦士達(日本語表記)』だった。一三人が綺麗に整列し、正面にいるリーダーが口を開くのを今か今かと待っていた。全員アサルトライフル(知る人ぞ知る抵抗の象徴)とハンドガン(粗悪な中国製)を手にし、空に向かって唸り声を上げていた。

 「(静まれ!)」リーダーが大声を上げる。この男は米軍基地で取引をしていたアジア人だった。「(あと三日後に例の島に上陸し、ポイントAからポイントBに移動、そこでインドラの矢を三本回収し、船に戻る。それだけの簡単な作業だが、この任務によって我々は次なる大きな作戦に従事する事となる!それは)」皆が息を飲む。「(あの忌々しい国、日本を核攻撃するのだ!)」大それた夢物語を大声で語る。それに向かって部下達は歓喜の声を上げた。

 確かに夢物語ではあったが、彼らがもしインドラの矢(放射能をばら撒く悪意の塊)を手にしたらそれだけの事が出来る。そう、夢が現実になるのだ。

 「(核攻撃が終わった後、我々は声明を発表する!世界中の同胞を解放せよと!)」そこでまた歓喜の声が上がる。彼らは同士の解放の為に戦っていた。大抵のテロリストと同じ理由だ。大義名分を掲げて平気で強盗強姦殺人何でもやる奴らだった。

 「(ボス!質問です!)」

 「(何だ!)」

 「(日本のどこを攻撃するのですか!)」

 「(愚問だなぁ!分かりきっているだろう?東京都の……千代田区秋葉原だ!)」彼らは世界の文化を衰退させた権化は秋葉原にあると決めつけていた。「(よぉし!全速全身!目指すは東だぁ!)」


 沖縄県 謎の島 クルーザー内 二十日目


 ほとんどのシーンを撮り終えた大塚監督は、この船に乗って初めて気を抜いていた。レストルームのソファーに座り、息を吐く。「はぁ……もう少しで撮影が終わる。そして、気の長ぁい編集作業だ……」彼にしては珍しく愚痴をこぼしていた。

 すると、レストルームのドアを誰かが叩いた。大塚は急いでいつもの調子に戻り、「はいれ」と、言った。

 「失礼します」と、部屋に小林が入ってくる。

 「あぁ、明日のシーンで何か相談か?」

 「いえ、気になっているんですが……あ、座ってもいいですか?」

 「構わん」

 「……監督って、ガンマンライダーのファンですか?」小林は数日前から気になっていた質問を大塚にぶつけた。大塚は眉を上げ、口元を綻ばせた。

 「あぁ、大好きだ。正直、愛してる」と、久々に笑顔を見せる。

 「やはりですか!一番のお気に入りはどんな作品ですか?」と、前のめりになる。

 「……やっぱり初代だな……」と、視線を落とし、態勢を崩す。「あの作品の制作をやってるの、誰だか知ってるか?」

 「えぇ、白泉京介さんですよね」と、有名映画監督の名を口にする。「あの人が監督ではなく製作をやっていたなんて驚きですよ」

 「その人に憧れて俺は監督になったんだ。妥協をせず、厳しく、なにより自分に厳しく……とにかく凄い人だった。戦争経験者だけあって、神経の図太さは超人並みだった」まるで昔を懐かしむ様な口調で話す。

 「今はそういう人、少ないですよね」

 「あぁ……ああいう恐怖や緊張状態、つまりどん底のあの時代ってのは、やりたくても何もできない時代だったんだってよ。監督、役者、芸術家、大工……そういった人達は戦争に駆り出され、束縛された。だから戦争が終わった後にやりたい事をやったんだろうなぁ」口髭を指で擦り、話を続ける。「不自由な時代だからこそできる作品、ガンマンライダー以前の映画や特撮はそういったものばかりだった。だが、今はどうだ?物が溢れかえり、束縛するものはなくなった。そのはずだったが、今度は金稼ぎの事しか知らない傲慢な人間が出てきて、そいつらが束縛を始めやがった……俺はそんな奴らに縛られるのは御免だ。だからあの鬼プロデューサーの元で仕事をしようと思った……」

 「プロデューサーかぁ……思えばガンマンライダーが衰退を始めたのはあの……」

 「そう、譲和夫だ。あの強欲な男が現れてからガンマンライダーからテンガロンハット、ガンベルト、そしてキックが無くなっちまった。何がガンマンライダー三世だよ。普通なら隔世遺伝で二世よりも優れていなくてはならないのに、あれじゃあ第一話の怪人にすら勝てねぇよ……」と、鼻を鳴らした。

 「相当好きなんですね、ガンマンライダーが」小林は頬笑みながら大塚の表情を見た。

 「あぁ……あの昭和臭さが特にな……俺もあんな作品が作りたいよ」

 「これがそうじゃないですか?」

 「そうかな?ならお前がガンマンライダーで……でも怪人とかコスチュームがないのが残念だな」

 「あのズワイガニ将軍との戦いを撮れただけで十分じゃないですか?」

 「いや、最後に怪人を出したいな……」と、考え込むような表情になる。「よし、今更だがネタ探しだ!DVDを見るぞ!」

 「付き合います」


 きたるべき二十一日目 


 真夜中を通り越して明け方になる。船や施設では役者達やスタッフ達が眠っていたが、船室では二人の影が蠢いていた。

 「このスーツ、キツイな」と、神谷がピチピチのウエットスーツを着ていた。足元には防水リュックとバッグが置かれ、その中には機材が詰め込まれていた。

 「それが、私が用意できる最新型よ。万が一撃たれるような事が合っても、止血が容易にできるわ」玲子が相変わらず腕を組んで立っていた。

 「縁起でもない事を言うなよ……」と、ホルスターに入れた銃(消音器付き麻酔銃)を確認する。「で?撮影開始は朝の九時だよな?それまで足止めできればいいんだろ?」

 「えぇ、それと細工をね?ついでに加藤から渡された薬(謎の成分配合)を乗組員A~Nに飲ませてね」

 「へいへい、人使いの荒いプロデューサー様だこと」

 「今のは製作総指揮としての指示よ」

 「んじゃ、言ってくるぜ」と、装備品を全てリュックとバッグに詰めて船室のドアへ向かう。すると、玲子が神谷にそっと抱きついた。

 「怪我しないでよ……」愛しい人への口調にガラリと変わる。

 「帰ってきたら……やめとこ、死亡フラグになりかねん」と、クスクス笑いながら部屋を出た。そんな彼を玲子は見送りもせず、ただその場で立ち尽くしていた。

 

 神谷は船を出た後、駆け足で島の反対側へと向かい、ほふく姿勢になり双眼鏡を覗いた。その向こう側には玲子のクルーザーとは月とスッポン並みにガタのきている船が写った。神谷は口元を緩め、双眼鏡を仕舞い、日の出に照らされる海へと飛び込んだ。

 しばらく潜水し、顔をゆっくり出すと、そこはすでにテロリストの船の前だった。船尾へゆっくりと移動し、カギ縄をひっかけて昇る。目の前には船員が眠っており、起こさないように、ゆっくりと移動する。ポケットから船の見取り図を取り出し目的地を確認すると、すぐに仕舞う。船の上から聞こえる足音や寝息、衣類の擦れる音などで起きている者、寝ている者を探る。彼の判断からして起きているのは四名、寝ているのは十名だった。

 まず武器庫へ向かい、武器や弾薬を調べる。そして弾丸を用意した空気圧コルク弾(どういう仕掛けで飛んでいくかは不明)とすり替え、手榴弾もレプリカと交換する。ついでにその場に置かれた鉈やナイフに薬品をかけて刃引きする。

 次に簡易調理室へ忍び込む。その場にいた調理担当の乗組員を麻酔銃で眠らせ、椅子に座らせる。胴の長い鍋を見つけ、そこに薬指を突っ込んで舐める。酷い味なのか舌を出して苦い顔をした。その鍋に持たされた薬をありったけ入れる。次にスプーンや食器を見つけ、そこにジェル状の薬を薄く塗った。薬の苦さを感づかれないようにする為のものだった。

 そして神谷は船倉に下り、ウエットスーツを脱いで鞄に入れる。下には乗組員と同じようなボロボロの服を着ていた。顔に泥に近い特殊な化粧品を塗り、髪の毛にも特殊なヘアスプレーを吹きかけた。そして腕に抵抗の証の腕章とバッジを付け、船乗りの帽子を深く被った。そして弾薬の詰まったリュックを近くの布の下に滑り込ませた。

今の神谷はどこからどう見ても彼らの一員だった。「さて、ここからだな」


沖縄県 謎の島 森林 


「よぉし!今日は見せ場を撮るぞ!ドジ踏んでさらわれた熊蜂を助けに行くサクラダのシーンだ!」大塚は気合満々で声を上げた。

「あの、今更ながら質問です!」小林が手を上げる。ボロボロの野戦服に身を包んでいた。

「敵エキストラの事か?心配するな!手配済みだ!」と、軽い声を上げる。

「それならいいんですが……でもアクションはアドリブって……どういう事?」撮影、いや役作りの段階から彼は気になっていた。この映画にはアドリブが多すぎる。

「お前の付けているイヤホンを通して俺が指示する!あと、前回のアクションと同様にセリフはアフレコだ。好きに叫んでいいぞ」

「叫ぶ?えぇ?」と、眉を上げ下げする。

「地図は頭の中に入ってるな?いいか、絶対に赤いバツ印には絶ぇっ対に近づくなよ?」と、地図に付いた数十個ものバツ印を指さす。そこに大量の爆薬が仕掛けられていた。「それと俺が、時間だって言ったら青いバツ印の所へ向かえ。そこに窪みがある。そこに入って丸まれ。いいな?」と、赤いバツ印が固まっている中央を指さす。

「……聞いていいですか?」

「何だ?」

「僕、死ぬんですか?」

「死ぬって自分から言ったんだろうぅ?」と、大塚が小林の頭を掴み、振る。

「はいぃ!いいましたぁ……」と、頭を押さえながらボヤく。

 「戸谷!後は任せたぞ!」と、監督はクルーザーの方へ向かっていった。その代わりに、迷彩服の上から木の葉を何枚も貼り付け、顔に泥を塗った戸谷が現れた。片手にはカメラ、そしてもう片手でグーサインをする。

 「よろしくお願いしますぅ……」遺書を書けばよかった、彼はそう後悔した。

 

 所変わってクルーザー内。そこのモニター室には一か月前に戸谷と千葉が仕掛けた数十台にも及ぶ隠しカメラの映像が映し出されていた。田中はその目の前に座り、一つ一つを確認していた。「どうだ?順調か?」後ろから大塚が現れる。

 「えぇ、今さっき起動したんですが、一台も狂いがありません。さすが戸谷さんが調整したカメラですね」と、感心するように頷く。

 「よぉし、全部撮り逃すなよ!今から起きる国家の危機を映画のワンシーンに圧縮するんだからな!」と、体を震わせる。

今度は無線機を取り出す。「おい、そっちの状況は?」

「少し待ってて下さい!一匹かと思ったら三匹に囲まれちゃって」声の主は千葉だった。

「急げよ!スタントマンとして、まだお前は活躍してないんだからな!」

「でもこいつらヤバいですよ!あぁ!」

「死ぬって言ったのは誰だ!」

「はいぃ!全力で死に……あぁぁぁ!」と、同時に無線が切れる。

「ありゃま。ま、あいつなら大丈夫か」と、無線機を仕舞う。

「例のあれですか?」田中は眉一つ動かさずモニターを見ていた。

「あぁ、ラスボスの変更だ。と、言うより裏ボスの製作だな」と、笑う。

「楽しい仕事ですね、またこんな仕事がしたいもんだ」

「この作品がウケたら、またこのメンバーでやろうな、田中」

「そうだな、大塚」と、お互い顔を見合わせ微笑んだ。


沖縄県 謎の島 対岸の砂浜


「(よぉし、今からB地点へ移動する。皆、遅れるなよ!)と、生欠伸を噛みつぶし、目を擦りながらリーダーが大声を出す。何とか背筋を伸ばそうにも体がだるくて伸ばせない様子だった。「(だるいなぁ……朝飯が腐ってたのか?)」

「(ん?ひぃふぅみぃ)」最後列の男が歩みを止め、首を傾げる。「(あれぇ?おかしいな)」

「(どうしたぃ?)」その隣の帽子を目深に被った男が問う。

「(あぁれ?俺達さぁ、一四人で来たよなぁ?一五人に増えてないか?)」と、もう一度数えるような仕草を見せる。

「(いぃ?一六人で来たぜぇ?数え間違いじゃないか?)」と、男も数える。

「(うぅ?一四人だよぉ)」

「(えぇ?一六人だぜぇ?……あ!そうだ、間を取って一五人でいいんじゃね?)」

「(お!そうだな、お前頭いいな!)」と、問題を解決した様な顔で歩くのを再開した。

「バ~カ」と、帽子を少し上げて男がニヤッと笑った。


沖縄県 謎の島 森林


「戸谷さん、どこにいるんですかぁ?」と、小声を出しながら辺りを見回す。戸谷はすでに自然と溶け込んでおり、小林の目の前にいたが、彼は気づかなかった。

「馬鹿!もう撮影は始まっているんだ!銃を構えてキャラになりきれ!」と、監督がイヤホンから鼓膜をぶち抜かんばかりの怒声を飛ばす。

「よし!」と、ようやく頭のスイッチを切り替え、銃を構えながら森林の奥地へと進んでいく。すると、正面から複数の足音が聞こえ、木の陰に体を隠し、頭だけ出した。「エキストラ達か?いつの間に上陸したんだ?」と、小声を出した。

「無駄口を叩くな!お前が口にしていいのは台本のセリフ、映画に関するアドリブ、そして叫び声だけだ!」

「はい……」と、顔を引っ込めて目を瞑る。ここから彼のアドリブ演技のスタートだった。どう動くか昨日からプランを練っていたが、それが正面からくる足音によってかき消されていき、頭の中が真っ白になっていく。「どうしよう……」

「おい、敵はあと六メートルだ。早く動け!」と、監督が指示する。

「すみません、どうやって動けばいいのかわかりません……頭の中が真っ白ですぅ」彼自身も情けないと自覚しながら声を絞り出した。

しばらくたって大塚監督が咳払いをした。「いいか、ガンマンライダーならどう動く?ガンマンライダーならどう考える?さあ、やってみろ!」この言葉が小林を目覚めさせた。

「よぉし……よぉし!」頭の中に昨日練ったプランが蘇り、瞬時に味付けされる。そして目に輝きが戻り、余裕の笑みすら零れる。

さっそく木の陰から飛び出し、銃を発砲する。「ホゥ!ネミネミダァラ!(何!敵だ!)」「アリ、アリ!(撃て、撃て!)」どこの国の言葉かわからない言語が飛んできて小林は一瞬狼狽したが、すぐさま横転し、木の陰に隠れた。辺りからチュイーンやバシュという音が響いたが、これには慣れていた。

「ホゥ?レイワンダ!(何だ?よく見えん)」彼らには神谷が盛った薬が効いており、まともに銃を撃つ事が出来なかった。

茂みからサクラダが飛びだし、一人に跳びひざ蹴りを食らわす。彼には前もって大塚がエキストラ達は受け身の達人だと噴きこんでいた。よって彼は遠慮なく蹴りを見舞った。

続いてバック転し、もう一人の首筋に手刀を当てた。これはさすがに手加減をしたが、敵はバックアップとして紛れている神谷の麻酔銃を食らって眠らされた。

 一度茂みに潜る。すると監督が「バツの5に手榴弾を投げろ!」と、指示した。サクラダはすぐにレプリカ手榴弾のピンを抜き、投げた。レプリカは隠された爆薬へ向かって転がり、内海の遠隔操作によって爆破された。敵の一人は吹き飛び、地面に不時着して気絶した。

 「ん?」小林は目の前を通過するタランチュラを目撃した。迷わずそれを掴み、敵に投げつけた。

 それが敵の肩に上手く乗っかり、タランチュラはそのまま首筋の方へ向かった。敵はそれに気付き、掴んだ。「ホゥ?ホワギャァァァ!(何だ?ほわぎゃぁぁぁ!)」と、叫び声を上げる。その目の前で小林が銃を発砲し、それを見て神谷が麻酔銃で眠らせる。

 「よぉし、次はバツの6、7に手榴弾だ」その指示に上手く従い、三名を気絶させる。

 「ホゥンダ!ジャポニンニン?(何なんだ!あいつは日本の特殊工作員か)」「アイ!ネミミニミズ!(おい、そんな事聞いてないぞ!)」

 慌てる相手を尻目に小林は調子に乗り、インファイトを仕掛けた。まるで全身タイツの下っ端でも倒すかのようなアクションで瞬く間に四人(神谷の麻酔銃によって)倒し、残るは神谷をあわせて四人になった。

 「ウルルル!ダイコンヤクシヤ!ワルノリタレント!(おのれぇぇ!ぶっ殺せ!容赦するな!)」と、リーダーの掛け声で残りの二人が突撃する。しかし、その二人も謎の成分配合の薬によってフラフラだった。

 瞬く間に二人倒され、残るはリーダーと神谷だけになる。神谷は唸り声を上げ、小林に跳びかかり、押し倒した。

 「ぐぁ!」油断したと言わんばかりの表情をしながら倒れる。

 「俺だ。いいか?しばらく揉み合うぞ」と、刃引きしたナイフを抜き、サクラダの首へと向ける。しばらく押し引きを続け、緊迫した状況を楽しむ。こんな光景を戸谷は遠慮せずほぼ隣で撮影していた。その間、戸谷と同じ格好をした加藤が眠っているテロリストを爆薬の爆発範囲から遠ざけていた。

 しばらくして神谷が刺されるフリをして倒れる。「撃て」と、神谷が指示しサクラダは残っていたリーダーを撃った。神谷は背中越しに麻酔銃を撃ち、見事額に命中させた。

 「これで全員か……」と、小林が汗を垂らし、息を上げる。するとイヤホンから「時間だ」と、指示が入る。彼は必死になって青いバツの場所を探した。記憶の通りの場所を見つけ、そこへ向かって飛ぶ。

 「今だ、耳を塞げ」という監督の言葉と共にサクラダの尻に火がつかんばかりの爆発が辺りを埋め尽くした。

「うわぁぁぁぁぁぁ!うそだろぉぉぉぉぉ!」設定では『味方組織からの爆撃』という設定だったが、まるでベトナム戦争のアメリカ軍の絨毯爆撃に匹敵する大爆発だった。

 辺りは焦土と化し、草木が燃え落ち、近くに仕掛けてあった隠しカメラが火花を上げる。そんな地獄絵図の中をタランチュラがのっしのっしと闊歩していた。

 そして監督の指示の元、サクラダは起き上がり一言『死ぬかと思った』と、漏らした。

 

 沖縄県 謎の島 謎の施設 撮影開始二十二日目

 

 すっかり施設の回りの森は焼け焦げ、未だにこんがりとした匂いを放っていた。その施設の独房(柳谷の隣の房)にはテロリスト達が縛られ、すし詰め状態で閉じ込められていた。各々の罵声を響かせ、施設内を轟かせたが、内海がやってきて全員に猿轡を噛ませた。「黙っていないと飯抜きだぞ!」日本語は彼らに通じなかったが、何を言っているのか、この男に逆らったらどうなるのかは通じた。

 そして地下では撮影がおこなわれていた。

 『サクラダァァァァ!』マツオカが拳を振り、サクラダの頬にめり込ませる。

 『マツオカァァァァ!』と、サクラダも負けじと拳を振る。

 「いい殺陣ですね。二人とも切れがいい」体中に包帯を巻いた千葉が腕を組んで頷く。

 「お前、例のアレはできたのか?」監督が小声で問う。

 「あぁ……美和子さんに任せましたが、なんでも大成功だって言ってましたね」

 「そうか……ならいいか」と、正面のアクションに目を戻す。

 設定ではサクラダとマツオカは先輩後輩同士の仲だった。しかし、マツオカが二重スパイで敵であり、ボス(設定では瓦礫に潰され死んだ)無き今、彼が日本に核を積んだミサイルを発射しようとしていた。

 『くそぉ!……なぜ、お前はここまでしぶといんだ?』マツオカは目に涙を浮かべながら歯を剥きだした。

 『全部、あんたが教えてくれたんだろうがぁ!』と、飛び蹴りを放ち、マツオカを倒す。

 「カット!オーケー!ここでアクションは終わり……だが、急きょラストを変えます!」と、ワクワクした様な表情で手を叩く。「今からサクラダには『研究所で作られたバイオウェポン』と戦ってもらいます!アドリブでだ!」

 「喜んで!」と、小林が指を鳴らす。

 大塚が無線機を取り出す。「よし、着ぐるみはできたか?高野!」

 「はぁい!自信作でぇす!」と、声を上げる。すると、加藤が青い顔をした。

 「持って来い!」

 しばらくして美和子が現れ、千葉にスーツを着せる。「じゃん!名前はハ虫類怪人アリゲーター男爵!」と、拍手をする。もちろん材料は針と糸と、この島に生息するアメリカワニの生皮だった。

 だが、千葉が振り返った途端に辺りの空気がサーっと冷めた。「……滑ったぁ?」美和子が表情を崩さず、小さな声を絞り出す。

 「美術的センスだけが貴方の弱点ですね」と、加藤が溜息を吐く。

 「……小林、リボルバーキックの相手はやっぱりマツオカでいいか?」

 「はい……」

 

 沖縄県 謎の島 クルーザー内シャワー室


 「ふん!ふぅん!ふぅぅぅん!」と、鏡の前で夏美が唸っていた。口や鼻からはタラタラと涙を流していた。「……出ないよぉ!涙が出ないよぉ!」と、その場でしゃがむ。

 「どうしたんですかぁ?」隣のシャワー室から美和子が顔を出す。

 「高野さん?どうしよう!涙が出ない!」と、口から涙を出す。

 「どういう仕組みなの?あなたの涙腺って」

 「分かんないよぉ!これは人体の謎だってパパが言ってたぁ!」と、シャワーの水を出し、それに打たれながら大声で泣いた。「監督が明後日までに出せって言ってたけど、おならと一緒!出ない物は出ない!」

 「下品な例えね……」と、美和子は体の泡を落とし、夏美のシャワールームに入ってくる。「ねぇ、私が何とかしてあげようか?」と、微笑んだ。

 「え?」クシャクシャになった顔を上げる。

 

 二人は治療室へ移動した。夏美は手術台に両手両足、腰から頭までベルトでキツく固定され、身じろぐ事すらできなくなっていた。「あのぉ……これから手術ですか?」

 美和子は早速、オペ用の白衣に身を包み、手を洗っていた。「そ、あなたの涙腺を元に戻す手術よ。明後日までに何とかしたければ麻酔は無しでやるわよ。その方が、治りが早いからね。言っとくけど、かなり痛いし荒っぽいよ」と、ステンレス製の台を動かし、そこに置いてある機材を組み立てる。

 「大丈夫です。もっと辛いのを経験済みですから……」

 「それはないわね」と、目だけ笑う。「さ、やろうか?」と、手には電気ドリルが握られていた。先端には虫ピンより細い何かが付いており、真っ赤に焼けていた。

 「え?オペに電気ドリルぅ?ちょっと、本気でそれを目に?うわ!本気だよ、この人!だ、だれかぁ!」

 「忍耐は美徳よぉ、それに映画の為よ」と、スイッチを入れ、老若男女誰もが嫌うアノ音を鳴らす。「では、いきまぁす」と、瞼をめくり上げて眼球の斜め上に向かって物騒な物を近づける。

 「いやぁぁぁぁ~!うわぁぁぁぁぁぁ!ぎやぁぁぁぁぁ!」夏美は体を痙攣させ、悲鳴をこれでもかと上げた。そして動かなくなり、心電図が一直線を描く。

 「……やばい」


 沖縄県 謎の島 砂浜 二十四日目

 

 「ん?夏美ちゃん?しばらく見なかったけど、どこに?」と、奥平が夏美の肩を触る。

「いでででで!触んな!目に響く!」と、大声を上げた。目の周りに包帯を巻き、目の涙腺部分に脱脂綿を張り付けていた。

 「何をしたの?」

 「弱点の克服……」とだけ呟き、撮影現場へ向かった。

 「ダ、ダークマン?」

 

 「よぉし!今日でラストだ、気合を入れていくぞ!」と、監督の掛け声と共に戸谷がカメラを回す。それと同時に夏美が包帯と脱脂綿を取る。

 『ごめんね、サクラダ君』お互いにボロボロになり、仕事の最後に熊蜂はサクラダに銃を向けた。

 『何の冗談だよ?』

 『組織の命令よ……ライバルは潰せってね』目を鋭く(実際は痛みを堪えている)させる。

 『……わかった、殺せ……君を殺すよりはいい』と、サクラダは目を瞑った。

 『……うん……』と、銃を発砲する。『んぐぅ!』熊蜂は自分の腹に向けて引き金を引いた。

 『な、何をしてるんだ!』

 『こ、これでライバルが消えるね……よかった……ね?』と、膝から崩し、倒れる。

 『良くない!こんなのは良くないぞ馬鹿野郎!』と、熊蜂を抱き寄せ、抱きしめる。

 『いいの……これでいいの……あたしはぁ……これで』と、自分の握っていた銃をサクラダに握らせる。『さぁ、止めを刺して。この位置じゃあ死ぬのに丸一日かかっちゃう……今殺して……』

 『嫌だ!絶対に嫌だ!』と、銃を投げ捨てる。耳に入っているイヤホンも抜き取り、投げる。『逃げよう!組織から、この国から!』

 『無理だよぉ……そんな事は、無理……それに、言ったでしょう?英雄は二人もいらないって……早くして……私を愛しているのなら、今すぐ殺して!』と、襟元を掴み、血反吐を吐く。そしてようやく目から涙が溢れる。

 『……くぅ……』と、奥歯を噛みしめ、自分の銃を取り出す。立ち上がり、銃を向ける。

 『……じゃあね……向こうで待ってるよ』と、目を瞑る。涙が頬を濡らし、砂地まで流れ落ちる。

 『あぁ……俺も人を殺した。行先は……』発砲する。乾いた音が砂浜に響き、波の音で打ち消される。『同じはずだ』

 「カァァァット!お疲れぇ!撤収!」


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