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第一章 オファー

東京都 渋谷区 某喫茶店


「ここのコーヒーは不味いですね」苛立つ男の前で、サングラスをした若者が苦い顔をしながら小声を出す。来たばかりのアイスコーヒーにたくさんガムシロップを入れてかき混ぜる。「で、要件とはなんですか?」と、ストローで啜る。今度は甘すぎるのか、また苦い顔になる。

正面に座る男が雑誌を机の上に叩きつける。テーブルに乗るコーヒーまで揺れるほどの衝撃だった。「これを読め。33ページ目だ」自分の目の前のコーヒーには目もくれずに若者を睨みつける。

若者はなにくわぬ顔でその雑誌を手に取り、足を組んで読み始めた。指定のページを読むと、若者の顔がだんだんと白くなり、額に冷や汗がにじみ始めた。喉に残ったガムシロップを流すようにお冷に手を掛ける。その手を正面の男が掴んだ。「俺は間抜けか?」タバコで焼けた声で、一段とその男の心情が若者に伝わった。「それとも俺の目は節穴か?」

「あ……これにはちょっと……だって俺、監督は初めてだったし……」おしゃれで巻いているスカーフを緩める。

「黙れ!そんな言い訳は聞き慣れてんだよ!お前は言ったよな?完璧な作品を作る!妥協しないってな!三流は必ずその言葉を残して四流の作品を作り上げて金をドブに捨てるんだよ!」男の目は血走り、茶色く染まった糸切り歯を剥きだす。

男の激しさを見てすくみ上がりながらもウェイトレスが近づいてくる。片手に乗せたトレイを机に乗せる。「サ、サンドイッチのお客様は?」

「食いもん持ってくんなぁ!」男がトレイをひっくり返す。「いいか?お前みたいなのを好きに遊ばせるだけの金を、もうスポンサーたちが払いたくないって言ってるんだよ!いいか?つまり、この前のアレはお遊びではないと信じてたんだよ、俺とスポンサーたちはな!なのになんだ!この結果は!」と、若者から雑誌を取り上げ、33ページを破れんばかりに叩く。そこには『国民が選ぶ今年の映画ランキングベスト20』と、書かれていた。そこには彼の作った映画のタイトルはおろか、邦画は一つもランクインしていなかった。全ては洋画で埋め尽くされ、その中の半分が新人監督による独創性あふれる作品ばかりだった。

「……こんな結果になるとは何とも……」と、サングラスを外し、おしぼりで額の汗を拭う。若者はいま一番輝いている役者ランキング2位の追川瞬一だった。そして彼の正面に座る沸騰したヤカンの様な男は映画プロデューサーの譲和夫だった。

「いいか?お前にはチャンスをくれてやった!未熟ながらも映画の監督をやらせ、今後お前が芸能界、映画界共に飯を食っていけるようにな!だが何だ!ベスト20から大きく外れやがって!このバカ野郎が!」と、もう一度机を叩く。

「お願いです!もう一度チャンスを……次は絶対にいい映画を」

「もう遅い!お前は当分映画業界からのオファーはこないと思え!それどころかドラマからも来ないぞ!来るのは安っぽいゴールデンタイムから外れた二流バラエティーだけだと思え!」回りの客がざわめき始める。

「いやだ!それだけは嫌だ!頼む!もう一度だけチャンスを!」

「ふざけるな!貴様の事務所の社長に泣きつくんだな!」と、睨みつける。

追川はその場で立ち上がり、半ベソをサングラスで隠しながら店を出て行った。譲はそれを見送りもせず、黙ってその場に座り、コーヒーを啜った。「美味いじゃないかよ、このコーヒー」すると懐から振動音が響く。携帯を取り出し、耳を当てる。「俺だ、あいつはダメだな。次の役者を適当に連れてこい……え?もう映画を作るな?……スポンサーが降りた?しばらく休暇を取れ?え?別のプロデューサーが?おい!ちゃっと待……」と、呆然とした表情をする。

切れた電話を懐に仕舞い、コーヒーを一口啜る。「はぁ……今日も暑いな」と、遠くを見る。


東京都 某港


天気のよい昼下がり。男たち五人が一列になって並んでいた。男たちは誰一人として口を開かず、胸を張って手を後ろで組み、休めの態勢で立っていた。一人を覗いて全員若者の域を脱したばかりの男たちだった。右はじに立つ男は老練なスナイパーの様な眼光をしていた。その男たちの斜め右にも同様の態勢の男が立っていた。眉毛が濃く、僅かに威厳を醸し出した表情をしていた。髭が濃いのか、剃ったばかりのようだがまるで泥棒髭をマジックで書いたような口元をしている。

そして正面に立つ男。彼は二十代半ばであったが正面に立つ男たちや隣に立つ男よりも威厳たっぷりの表情をしていた。口元に整った髭を生やし、顎を常にしゃくったような動かし方をしていた。何かを常に凝視するようなその目に左端にいる男が恐怖を覚えたのか冷や汗をかき始める。それ以外の者は落ち着き払った表情で正面を見ていた。

男たちが集まってから十分が経つと、正面の男が口を開いた。

「俺の名は大塚堅一郎。今回の仕事で皆の指揮をとる事になった。今回の仕事は、ある奴をあっと言わせる仕事だ。その奴とは、金を払って青春を買うのが大好きな奴らだ。そいつらを、満足させるのが今回の仕事だ。その為には何をすべきか?」そこで止め、正面に並ぶ男たちの前を往復する。

「映画を撮る事、だ。俺達は映画を撮る。過酷な仕事になるだろう!このクソ熱い炎天下の元で機材に焼かれ、物語構成に悩み、これで本当に世に出していいのかを考える。そして限られた期限内に精いっぱい絶望し、精いっぱいの汗を掻き、精いっぱいの努力をするわけだ。つまり……」

「死ぬ気でやれとぉ!」前に並ぶ五人の左端の男が手を上げ、突拍子もない声を上げる。

「死ぬ気だと?バカタレ!そんなセリフを吐く時点で二流だ!本当の覚悟の無い奴が吐く戯言をお前も吐くのか!あぁ?」大塚が発言した男の眼前に立ち、鼻先まで近づいて怒声を浴びせる。「おい田中ぁ!こいつをどうする?」ドロボー髭の男に声を掛ける。

「即刻辞めてもらうか……言葉の通り死んでもらうか……」田中と呼ばれた男は涼しげな顔で答えた。

「死にます!全力を出してあの世へ行きます!」左端の男は高校球児でも出さない様な高く、大きな声を上げる。

それを見ても大塚は眉を動かさなかった。ただ肩に手を置き、静かな声で「裏切るなよ?」と、だけ囁いた。「よぉし!まずは役割だ。俺が監督。で、この田中が助監督、脚本などを担当する」

「よろしく」田中が態勢を崩さす、首と目だけで礼をする。

「で、右から戸谷は撮影。加藤、内海、神谷は美術、照明、録音、装飾、特殊効果などなど。一まとめで言うと大道具だ、これを担当してもらう。そして、千葉はスタントマンだ。いいな!」

「はい!」監督を除き、全員が辺りの風を引き裂くような声を上げる。そんな彼らを港に来ていた人達が何か違ったような目で見ていた。「あのおじちゃん達なにやってんの?」

「見ちゃダメ……」


東京都 某テレビ局 第4スタジオ 収録『クイズ!鼻の欠けたスフィンクス』


 「さて、夏美ちゃん。この問題を解いて貰わないと君のチームは逆転サヨナラ負けだよ?」司会者の老練なベテラン芸人が見た目重視のマイク片手にセットを練り歩く。カメラの位置を把握した場数を踏んだ歩き方だった。

 「えぇとぉバカ、バカ……バカチンだったかな?」両手で頭を押さえながら苦笑し、声を絞り出す。それと同時にスタジオ中が赤く染まり、回りから二酸化炭素ガスが噴出した。

 「残念!正解はバチカン市国。ローマ教皇の統治するローマ市内に1929年に設立された面積0.44平方キロメートルの小さな独立国です」司会者の隣にいるアナウンサーが上がりもせず下がりもしない声で説明する。

 「きみ、このくらいは知っていないとね?来週までには勉強してこなきゃな?それとも塾通うか?ん?」

 「考えてるんですけどぉ、この歳で行けますかねぇ?」夏美が半笑いで答える。

 「行く行かないの問題じゃない!行けや!」後ろにいた若手芸人が夏美の肩に手を置き、独特の大阪弁で声を掛ける。

 「はぁい」肩をすくめ、舌を出す。

 「カット!では休憩の後、結果発表のシーン撮ります」スタッフが声を上げ、セットにいたタレントたちが思い思いの声を上げながらセットを後にする。スタジオに残る者もいれば楽屋に戻る者もいた。

 そして今回の番組で恥を掻いて笑いをとった、アイドルの松山夏美は手鏡片手に無表情を作っていた。「なんかいい表情……出ないかなぁ?」静かな声で独り言をぼやき、掌で顔を軽く叩く。

 「よ、ナッチー!お疲れ」背後からの先輩タレントの声にビクつき、逃げるようにスタジオから出て行った。「ん?俺なんかした?」

 夏美は無表情のまま足早に楽屋へ行き、ドアを勢いよく閉めて深呼吸よりも深い呼吸をした。「落ち着けぇ……落ち着け!大丈夫!絶対に大丈夫!」頭を掻き毟りながらしゃがみ込み、まるで呪文のように色々な言葉を唱えた。

 「夏美ちゃん?いる?」ドアからノックの音が響く。夏美のマネージャーだった。ドアを開け、夏美の目の前に立ち、肩に手を置く。「大丈夫?無表情だけど……ねぇ?」

 「大丈夫!元気!すっごい元気!」目を見開き、笑顔を作る。

 「君のお父さんから頼まれてやってるけどさ?この調子だと長く続かないよ?」

 「やっぱり?」無表情の割には悲しい声を出す。

 「気にしすぎだよ!カメラに映っても、地デジに写ってもバレやしないって!」と、頬に軽く触る。それを夏美は払い落した。

 「触らないでよ!」激しい声を上げる。そしてまた呼吸を荒げ、落ち着きを取り戻そうと深く息を吸う。「崩れたら……どうするのよ」

 「厚化粧じゃあるまいし……大袈裟な」

 「厚化粧の方がまだマシだよ……私は、私は……」

 「整形美人?」マネージャーが呆れた様な声を出す。

 「それの方がマシよ!私なんて、私なんて改造人間よ!」

 「それは大袈裟だって」

 そう、彼女は改造人間だった。と、言っても某悪の組織で改造手術を受けたわけではなく、整形クリニックで彼女の改造は行われた。しかし、そこは夏美の言うとおり整形という言葉では生易しい行為だった。

 始まりは夏美が生まれた時だった。隔世遺伝によって祖母と祖父の顔を足して二で割った顔をそのまま受け継ぎ、彼女は学生時代を某寺院の鐘つき男よりも酷い扱いを受けて育った。それを見た整形クリニックを営む両親は、世間に復讐をする為にある計画を立てた。それは今世代始まって以来の絶世の不細工をクレオパトラ顔負けの美女に生まれ変わらせる事だった。

最初におこなった事は骨延長手術だった。夏美は中学を卒業した時点で身長140センチの短足で寸胴な体型だった。しかも背中は猫背だった。そこから変えなくては、美人は生まれないと友人の接骨院の先生に相談して背骨の矯正と骨延長手術をおこなった。夏美は夜な夜な襲いかかる耐えがたい激痛をなんとか耐え、身長168センチを手に入れた。

そして次におこなったのは頭蓋骨研磨だった。元の頭蓋骨の時点で酷い骨格だった為、顔の皮膚や筋肉を少しずつ剥がし、頭蓋骨を研磨して過去の資料を元に美人の頭蓋骨に似せた。この手術にも夏美は苦しめられた。鼓膜を無視して脳に突き刺さる騒音に何時間、何十日と耐えたのだから。

骨の髄から矯正して骨格を変え、やっと本題の外見に取り掛かった。その作業は説明しきれないほど膨大だった。顔の皮膚を何度となく剥がし、体中の脂肪をバランスよく吸い出し、豊胸手術のさいの食塩水パックの水の量までこだわった。

そんな両親の血の滲む努力の結果、今の松山夏美は二十歳を少し過ぎたころに完成した。そして二年間のリハビリテーションをもって終了した。

今、彼女は二六歳。念願のアイドルデビューを果たして両親に何度となく感謝と自分の活躍を報告していた。

だが、そんな彼女にも欠点が幾つもあった。まず、彼女は中卒ゆえ頭が少々悪かった。バカと言うほどではないが、数年間のブランクや頭蓋骨研磨の時に脳細胞がヘヴィ級ボクサー並みに減った事でオツムが少々弱くなっていた。

さらに致命的なのが表情だった。何度も顔の皮膚を引っぺがしてきた彼女の顔の筋肉や神経は痛んでおり、表情を作るのは彼女にとって大変困難だった。今でも表情のパターンは約八種類ほどしかなく、それ以外は無表情で通してきた。

まだまだ欠点はあるが、それはまた後ほど説明しよう。

「さ、もうすぐ収録再開だからさ、はりきって!」

「うん……せっかくここまで来たんだからね」と、新しい表情を模索するが顔が強張り、妙な顔になる。

「無理しなくていいよ」

「うん……」と、無表情に戻る。

「そういえばさ、凄い仕事が舞い込んできたよ!」今にもプレゼントを差し出す勢いで声を出す。

「何?また水着でローションのひかれた床を滑るの?」呆れた様な眼を向ける。以前、深夜番組でこの罰ゲームにも近いゲームに参加し、大恥を掻きながらも笑いをとった。

「違うよ!映画だよ!映画のオファーが来たんだよ!君に!」いちいち声に力を入れる。このマネージャーには情熱があった。暑苦しい情熱が。

「まじっすか?」最初に覚えた表情で答える。キョトンとした、筋肉に負担を掛けない表情だった。


東京都 某テレビ局 第2スタジオ 収録『地上の旅人達』


巨大なスクリーンに映るモノクロ映画のワンシーン。背広の男が缶を投げ、数十メートル先にいる男の頭にぶつけるシーンだった。ぶつけられた男は膝立ちになり、前のめりになって倒れる。

「このシーンは実際どうやって撮られたのですか?」上品な化粧を施した女性司会者が正面に座る男に尋ねる。

男は高級の黒いスーツを身にまとい、首には薄手のマフラーを巻いていた。「このシーンを、このシーンだけを撮るのに三日かかったんだ。今ではCG技術で何とでもなるだろうが当時では違う。出来なきゃ出来るまでやる。弱音を吐いた奴には帰ってもらう。それが当時の在り方だった」

「では、彼は妥協を許さなかったのですね?」

「そうです。あの男……白泉京介監督はそういう男でした。妥協は許さず、役者やスタッフが少しでも弱音を吐けば怒声を上げてはメガホンで頭を叩き、しまいにはグーパンチですよ。まいったまいった」と、頬をさする。

「まさか、あなたも?」

「えぇ、今だから言いますが、この映画のワンシーンで私は何度も缶を投げ、なんとか遠くの男に当てようと必死になっていました。そしてつい『疲れた』と言ったんですよ。そしたら有無を言わさず拳が飛んできましたよ」

「はぁ……今では考えられませんね」

「いえ、今思うと私がいけなかったんだと思いますよ。あの時、スタッフ達は寝ずに働いていた。白泉監督はフィルムや脚本などに目を通し、スタッフ達一人一人を管理していました。一番頑張っているのは彼でした。そんな男の前で疲れたなんて言えませんよ……殴られて当然ですよね」

「はぁ……そうですか」一定した笑顔で司会者が頷く。「それでは次のシーンです」

数十分後、収録が終わりインタビューを受けていた俳優の大森玄が重い腰を上げて司会者と握手を交わす。今回の番組のテーマは『白泉監督の足跡』だった。大森は白泉監督の晩年の作品『白熱警官』の主人公を演じていた。

「ふぅ……この歳になると節々が……」と、腰に手を当てて伸びをする。彼は今年で58歳だった。それでもドラマスペシャルなどには多く顔を出し、重要な役を演じていた。

セットを降り、スタジオの出口へ向かうとすぐさま取り巻きが彼に群がる。ハンカチを持つ者、飲み物を持つ者、今後のスケジュールを読み上げる者などと様々だった。

「次の仕事は?」

「映画の収録が入っていますね。ロケ地は沖縄。期間は二ヶ月間と」

「じゃあ殆どバカンスじゃねぇか。荷造りは頼んだぞ」収録の時とは違う声色で部下に命令する。その中の一人が葉巻の吸い口を噛み切り、火をつけて渡す。それを大森は当然のように咥えた。

彼の所属する事務所は大森ブラザーズと言う、半分ヤクザの様な事務所だった。徹頭徹尾の縦社会で構成された事務所には先輩への反論を許さず、後輩はただ黙って従うという方針があった。その事務所の首領がこの大森玄だった。

その神山の取り巻きから少し離れた場所に一人、距離を置いて付いてくる若者がいた。その若者は赤黒くはれ上がり、前歯が欠けていた。彼は収録中、大森に向かってダメだしをしたスタッフの注文に向かってイチャモンをつけた。それを見た大森は彼の首根っこを掴んでしばらく立てないようにボコボコにしたのだ。そして「餅は餅屋だろうが!このクズが」と、吐き捨てた。そんな彼は大森が恐ろしくも憎くあり、涙目で彼の背中を見ていた。

「あいつ大丈夫なんすか?顔、ひでぇ事になってますよ?」

「あいつは役者じゃなくて歌手志望だろう?なら問題ねぇ」と、大森は鼻で笑った。

「今回の映画はどんな映画何すか?」

「さぁな。おかしな事に、台本も送られてこないんだ。なんかの手違いか?」

「いえいえいえ!家にも事務所にも送られてません。向こうの手違いでしょう?」

「そうか……ま、台本の一冊や二冊、現地で覚えて見せるさ。そして手違いを犯した奴を怒鳴ってやるさ」と、肩を揺らして笑った。回りの取り巻き連中も一斉に笑う。

そんな彼らを回りのスタッフは「またか……あいつら」という目で見ていた。


東京都 某局 9番スタジオ 収録『お笑い天国特急』


白装束を身にまとった若者が舞台袖より現れ、拍手が起こる。若者は夜光塗料を塗った模造刀を両手で持ち、険悪な表情で後退する。

すると、その若者の正面から背の高い黒マントを身に纏った男が現れた。顔には紫と黒で塗られたマスクをし、兜をかぶっていた。手には若者同様に怪しく光る模造刀を手にしていた。

しばらく二人はにらみ合い、そして刀と刀がぶつかり合う。しばらくちゃちな殺陣が繰り広げられ、やがて若者の刀が打ち飛ばされる。声を上げる観客達。

「貴様!俺は絶対に貴様の様な独裁者には屈しないぞ!」若者が吠える。

「ファッファッファ!お前は絶対に吾輩と共にこの世を征服すべきなのだ!なぜなら!」若者が息をのむ。「私はお前の息子だからだ!」険悪な音楽が舞台に流れる。ジャジャーン!

「う、うそだ!って……嘘だろう?」冷や水を掛けられた表情になり、若者が問う。「え?お前、俺のむす、え~?」

「う……そ、そうだ。私はお前の息子だ」仮面の男は調子を崩しながらも言い張る。

「いやちょっと!あんた何歳よ?え?俺は花の18歳よ?で、あんたは?声からして55歳でしょ?」腰に手を当てながら指を向ける。

「い……や、6歳だ」

「うそだー。絶対嘘だ!こんな6歳児見たことねぇモン。正直にいいなさい。俺があんたの息子だろう?」

「いや!私がお前の息子だ!」

「変に強がるなよ」と、気安く兜を叩く。「確かに俺は過去に女性経験3人くらいあるけど、どれも避妊したしな、お前が生まれたって連絡はないぞ?その前におかしいだろ!俺よりも背の高い6歳児って!つーか俺が12歳の子って事!ありえないだろう!」と、仮面男の足を踏む。

「いたいよ」と、刀を振るがアッサリ刃の方を掴まれて取り上げられる。

「うるせぇ!認めろよ!俺があんたの息子だろ?」と、ポカポカと兜を殴る。

「ちーがーうって!」と、地団太を踏む。

「じゃあ証拠見せろよ。俺がパパだって証拠をよ!そうだ、仮面を取れ。その気取った仮面を取れ!」と、仮面を外しにかかる。黒マントの男は必至で抵抗し「やめろ!息ができなくなる!」と、ぼやく。

「マスク取った!って、わぁ!こんな6歳児いねぇって!つーかこんなオヤジもいらねぇ!」マスクを撮ったその頭はツルツルの坊主頭の額に髪の毛がチョロッと乗っかった、哀愁漂う髪型だった。顔はのっぺりした中年の顔だった。独裁者と言うより万年係長の様な顔をしていた。

「みたな」

「うるせぇよ!」と、取ったマスクで突っ込みを入れる。「どうもありがとうございました!」と、二人揃って礼をし舞台袖へとはける。

 「ウケたな、おい」坊主頭の男、本田が肘で相方を小突く。

 「なぁ……こんな猿芝居、いつまでやる気だよ」頭を掻き毟りながら奥平誠が言う。「ウけたって言っても桜前線の奴らだけじゃねぇかよ。それ以外の客はみんなシラーってしてたぜ?」桜前線とは、客席前の二列の事だった。万が一滑ってもサクラが笑う事によって客や視聴者がつられて笑うというテレビ側の手法だった。

 「でも、俺は面白いと思うよ」指をもじもじさせながら言う。彼は大柄のくせに声はか細く、挙動も男らしくなかった。

 「自分が面白いだけじゃあ意味ないだろうが!いいか、俺はな!本当は俳優になりたかったんだ。だが入る事務所を間違えてお前と強制的に組まされて働いているが、これはしょうがない事だ!でもな、これは想定外だ!」と、顔を歪めながら更に髪をクシャクシャにする。

 彼らはガチャポンズというお笑いコンビで名を上げ、回りの先輩を差し置いてテレビデビューを果たした。まだ抱えているレギュラー番組は無いが、ここ一年で頭角を現し、バラエティー番組でいじられ上手、いじり上手と評判の高いコンビとなった。

 しかし奥平は複雑な心境だった。彼はある程度コンビとして場数を踏み、売れないと見切りをつけて本田と別れ、なんとかして俳優の道へと行こうとしたのだ。その計画が遠ざかっていき、今では世間的に奥平はお笑い芸人としてのイメージを完全に刷り込まれていた。

 「俺はもうお笑いなんて御免だ!こんな弱肉強食で汚く醜く争ってまで飯を食いたくない!細々とドラマで殺される役やヒロインの友人の隣に座る男になる方がマシだ!」舞台袖で喚いたお陰で次に舞台をやる芸人が白目で二人を睨んでいた。

 「でも奥平ぁ!お前がいないと俺はどうなるんだ?」本田は俗に言う『じゃない方芸人』だった。コントのネタやバラエティー番組での立ち回り方など全て奥平一人が考え、本田に教えていた。

 「知るか!事務所の社長に聞け!俺はこれから一人でやる。こうなったら何としてもドラマの仕事を……」

 「おい!いい知らせだ!」彼ら二人のマネージャーが走ってくる。息を切らせ、肩を揺らす。「映画だ。お前のやりたいって言ってた映画の話だ!」

 「マジぃ?」険悪な表情だった奥平の顔に光が差し込んだ。「で?どんな映画よ?」

 「何でも、スパイ映画とか?日本じゃあ珍しいよな。それがお前ら……」一度咳をし、喉を鳴らす。「お前に仕事のオファーが来た。どうだ?やるか?」

 「もちろんっすよ!」と、両手でガッツポーズをする。

 「俺は?」本田が寂しそうな声を出す。

 「お前は二ヶ月間仕事無しだ。夏休みだと思え。な?」

 「……そうか、頑張れよ、まこ、」と、奥平の肩を叩こうとするが、そこにはもういなかった。

 「悪いな、本田」と、光へ向かって奥平は走り出した。


 東京都 世田谷区 某高級マンションの一室


 「私はあなたを忘れない!誰に恋されても、愛されても、抱かれたとしても忘れないんだから!」スッピンに見えるような特殊なメイクをした女優が顔を思いっきり崩して主人公に向かって叫んでいた。

 「いつかまた……ここで会おうな。ここでばったり会ったその時、結婚しよう」と、主人公は振り返らず去ってゆく。

 そんな月9のドラマを見た女優の岡谷真里は煎餅を齧りながらソファーで寝転がっていた。「くっせぇセリフ、ここまでにおってきた」と、扇ぎながらチャンネルを変えてバラエティ番組にする。「お、ガチャポンズ。奥平君、まじかわいいし」と、小首を傾げる。またリモコンを操作し、チャンネルを変える。ニュースキャスターの女性が司会を務める番組になる。「おもしろくねぇよ」と、突っ込みを入れてチャンネルを変える。「えぇっと、とうかいりんって読むんっすか?」「違います、この漢字は東海林しょうじと、読むんです」クイズ番組が映る。「くっだらねぇ……」

 テレビを消し、煎餅を食べ終わって一息つく。足をパタパタさせ、顔の筋肉を痙攣させ、目を白黒させる。「あぁんもう!」と、台所へ向かい、脚立に昇って冷蔵庫の上にある戸棚を開け、奥にあるビニール袋へ手を伸ばす。そこから小さな包みを取り出し、慎重に開く。ステンレス製の流しに包みの中の粉を横一直線に伸ばすように出す。そして近くに置いてあった包丁で粉を整える。そして一度深呼吸をし、一気にその粉を鼻で吸い込む。一息で吸い込み、鼻を何度か摩る。「あぁぁぁん!たまんない!これよ、これ!」と、機嫌のよい声を上げながら包みを元の場所に戻す。

 彼女は数年前までアイドルをやっていた。しかも掃いて捨てるほどいる巨乳アイドルではなくインテリアイドルとしてデビューした。S大学で英文学を学びながらテニスサークルで体を鍛えていた時、渋谷で声を掛けられ面白半分でついて行ったら、いつの間にかテレビに出演していた。大学を卒業後、テレビ業界で注目を集め、人気を得た。そして間をおかずにドラマや映画のオファーが殺到し、彼女は女優への道を歩き始めた。

 そして現在、彼女は中堅の女優として安定した仕事をこなしていた。

 しかし、彼女は見ての通り薬物中毒になっていた。そもそも彼女は学生時代からコカインに手を染めていた。これも面白半分で始めた事だった。それが今でも続けており、一部の関係者からも問題視されていた。本人いわく『私だけじゃない。もしリークしたらみんなぶちまけてやる』だそうだ。

 今、彼女は久々のオフで、この日を満喫していた。といってもショッピングを楽しむわけでも彼氏といちゃつくわけでもなく、ただテレビの前でぼんやりと座っているだけだった。

 彼女はしばらくして冷蔵庫からワインを取り出し、グラスに注ぐ。ルビー色の液体を眺め、匂いを嗅ぎ、うっとりとした表情でそれを飲む。

 すると突然電話が鳴った。それと同時に彼女の鼻からワインが噴き出た。彼女の鼻はコカインのやりすぎによる副作用で鼻の粘膜が溶けていた。そのせいでたまに液体を飲むと鼻から噴射するというアクシデントに見舞われるのだった。

 鼻をティッシュで押さえながら受話器を取る。「なによ!お陰で鼻が……クシャミが出たじゃない!」

 「岡谷さん、また鼻から牛乳?」マネージャーからだった。

 「うっさいわね!なに?何の用よ!」

 「あぁ、なんか聞いたこともない名前のプロデューサーからオファーが来たんだけど、なんでも映画を撮るから二ヶ月ほど時間を寄こせって……」

 「時間を寄こせだぁ?なに様よ!」と、ワインを慎重に啜る。鼻から出るのは主に、不意に話しかけられた時や怒っている時だけだった。

 「沖縄ロケらしいんだけど……どうする?受ける?」

 「おきなわ……か。よし、一応オーケーしておいて。気に入らない現場だったら途中で帰ってやる!」

 「やめてよぉ……怒鳴られんのはいつも俺なんだから」

 「その為にいるんでしょ!あんたは!」

 「じゃあ荷造りしておいてよ?三日後だから」

 「あんたがしてよ」

 「俺は他にやる事があるから……じゃあ失礼します」と、切れる。

真里は鼻息を荒くしながら受話器を置いた。「二ヶ月か……沖縄って検問厳しかったっけ?」と、ぼやきながら、またテレビを点ける。


東京都 某タレント事務所 


「だからぁ!俺はあの子と付き合ってないって!突っ込んだだけ!」柳谷修斗が声を荒げる。

「でも週刊誌にお前とミッチーがホテルから出る所が載っているのは事実だろう?」と、週刊誌をデスクに置く。「お前がどう言おうと世間からすれば、付き合っている風にしか見えないだろう?」

「うるせぇ!俺は最近仕事がなくてイライラしてんだよ!」彼は『川島&シュート』というユニットを組むアイドルだった。しかし、人気は七対三の割合で川島の方が人気高く、柳谷のスケジュールはいつも穴だらけだった。しかも最近ではこのユニットの人気は下がり、その分川島だけソロで売れ、柳谷は置き去りにされていた。その事もあり、彼はワザと今回の騒動を起こしたのだった。

しかし、いざ群がったマスコミを目の前にして苛立ったのかは謎だが、いきなり『うざったいんだよ!このミーハー共!』という暴言を朝八時のニュースにさらしてしまったのだった。この事で、彼はさらに業界や世間を騒がせた。

「あの発言はダメだろう?」

「……うるせぇな!インパクトは大事だろ?」

「でもやっていいことと悪い事が……ってミッチーに手を出すのはだめだろう?向こうの事務所が許さんだろう!」ミッチーとは秋葉原や中野などで大人気のロリ系アイドルだった。そんな子と柳谷はラブホテルに行き、あんな事やこんな事をしたのだ。たったいまネットワーク上ではこの話題で大炎上していた。

「恋愛や性行為は自由だろう?」

「自由じゃねぇよ!特に後の方はな!テレビで言ったら大問題になっていたぞ!世間に向かっての発言くらいよく考えてからしろ!」

「発言の自由はどうなんだよ?」

「だから!この業界にはそんな権利は無いんだよ!全部が夢と魔法(捏造と誇張)で固まってるんだよ!」

「で?これからどうするんだ?仕事は?」

「とにかく上から謹慎処分が出るだろう。わかったな?謹慎中くらいは大人しくしてろよ!」と、指をさし、鼻先まで持っていく。

すると、部屋の電話が鳴り響いた。マネージャーが電話を取り、何度か頷く。「おい、謹慎処分と映画の仕事とどっちがいい?」

「もち映画だろう!」柳谷の表情が大きく変わる。調子に乗る若者の典型の様な顔だ。

「はい、はい。分かりました」と、電話を置く。「いいか?相手方のスタッフには失礼のないようにしろよ?」

「わかってるって!」


東京都 某デパート屋上 『ヒーローショー!ガンマンライダー三世 罠にも負けず悪にも負けず』


 「お願いしますよ!俺が跳んだらこのボタンで、次のアクションでこれ!いいっすね!」と、コスチュームを着た若者が鼻息を荒くする。

 「わかってますって。お前さんの夢だったんだろう?」音響係がタバコを咥えながら笑う。

 この舞台の主人公『ガンマンライダー三世』のコスチュームに身を包んだ小林広は小さくジャンプをしながら息を整えていた。

 彼は一応役者だった、といっても味噌っかすだった。今のこの仕事はバイトで、本業の方はいい仕事をやった事がなかった。デビューがCMだった。下剤のCMで、彼がその下剤をスポーツドリンクの宣伝さながらに飲み、トイレに駆け込むという陳腐なCMだった。そのCMは深夜にしか放送されなかったが、ある特番の『面白CM特集』で、そのCMが紹介され、彼は一躍、世間の笑い者になった。しかもその仕事以降仕事は無く、今はこうしてヒーローショーの着ぐるみの中で汗を掻いていた。

彼は普段、悪役怪人の着ぐるみに入っているが、今日は主役の人が病欠になり、代わりに主役をやる事になっていた。これが彼にとって、夢の様な話だった。

彼にとってガンマンライダーは憧れのヒーローだった。そのヒーローになるとういう幼稚園の頃の夢を今、叶えられるという興奮を胸に、コスチュームに腕を通した。しかし、少々複雑でもあった。

彼が好きなのは初代ガンマンライダーだった。それからのシリーズも好きだが、近年になって子供のウケを狙ったようなキャラクターに変わり始め、このガンマンライダー三世は初代からは、かなりかけ離れたキャラクターになっていた。おまけに初代の必殺技『リボルバーキック』が今では『スーパーマグナムスペシャル』という玩具宣伝用に作られた小道具を光らせるという安っぽい物に代わっていた。

「でも、上に内緒でこんなことやっていいのかな?」音響係が頭を掻きながら言う。

「いいんですよ!キックのないガンマンライダーはガンマンじゃない!」と、小林が怒鳴る。「向こう側にいる照明さんにも言っといた。派手になるぞぉ!」

「眼帯魔人には言ったのか?この事?」

「あぁ、潔く引き受けてくれたよ」と、仮面を被る。そして自分で作った初代ガンマンライダーのテンガロンハットを被る。その帽子のてっぺんにはピアノ線が付いていた。

「それでは、ガンマンライダー三世ショーの始まり!」司会の男が大声を出す。それと同時に子供や付き添いの大人、年寄り更には暇つぶしの学生が集まった。見物料が安いせいか、舞台の正面は完全に客で埋め尽くされていた。

舞台上ではガンマンライダー三世の本編が始まった。舞台特有の『いきなりクライマックス』から始まった。

「ぐへへへへ、お前らは人質だぁ!保安官の野郎をハメる為のなぁ!」と、眼帯魔人というキャラが立ちまわる。客席を何回か往復し、ちびっこを怖がらせる。「さぁ罠の中に飛び込んでこい!保安官!」

すると、「待てぇい!」という屋上を埋め尽くすほど大きな声が響いた。

「あれ?なんか違うぞ?」観客の中で一部ざわめく。今流れた声は初代ガンマンライダーの声だった。小林がビデオ録画した物を音声だけ使ったのだ。

「ど、どこだぁ!」眼帯魔人がキョロキョロする。いつもの人が中に入っていないせいか、かなり不自然な動きだった。

「ここだぁ!」と、効果音が鳴り響き、舞台があらゆる色で染まる。いつもならライトが何度か点滅するだけだが、今回の演出は大きく違った。

何度か激しい稲光のような音を繰り返し、そして舞台の真上から小林もといガンマンライダー三世が登場する。いつもなら舞台袖から軽くジャンプしての登場だった。

「あ、あれ?初代だ……」観客の中で初代ガンマン世代の人たちがざわめく。

「いつものガンマンじゃない!」ちびっこが喧しい声を上げる。

「貴様ら悪がいる限り、正義の保安官ここにあり!」と、次々に襲いかかる全身タイツの集団を倒していく。いつもなら拳一発で吹き飛ぶが、今回は違った。小林が昔から練習していた動きで立ちまわっていた。かなり複雑な動きだったので手下役はいつもよりも大きいリアクションをしながら吹き飛ばされていった。

「貴様!よくも!」と、眼帯魔人がドでかい銃を向ける。それをガンマンライダー三世が素早い抜き撃ちで弾き落とす。「くそ!」

「お前を倒すのに武器はいらん!」と、ガンマンがホルスターを外して投げる。ここは小林の演出だった。「この帽子が地に落ちる前に貴様を倒す!」と、被ったテンガロンハットを空中に投げ、眼帯魔人の足、脇腹、胸、肩、頭を蹴り、そして一歩下がる。「必殺!リボォルゥバァー!キィーャーック!」小林と拡声器からでる初代ガンマンの声が舞台に響く。小林は香港映画顔負けの飛び蹴りをワイヤーなしでやってのけた。眼帯魔人が倒れるのと同時に帽子が頭に戻る。そしてガンマンが眼帯魔人に背を向けた瞬間、一瞬舞台が暗くなる。それと同時に爆発の演出が始まる。

そして舞台が終わる。汗だくになった小林はスタッフ達とハイタッチをしながら歓喜の声を上げた。「やっぱりこうだろ!」汗を拭きながらスーツアクター控室に入る。そこには手下役や眼帯魔人役の人達がドリンクを飲んでいた。

「お疲れ!今日の舞台は凄かったな!だけど、最後の飛び蹴りでスーツがへこんだぞ!」

「リボルバーキックだ!スーツは悪かった……でも凄かったろ?」いつもの舞台なら、銃で撃ち抜き爆発演出になるだけだった。

「凄かったわねぇ」と、いきなり控室の扉が開く。そこには夏にも関わらず上から下までスーツを着た女性が立っていた。しかも男物のスーツだった。「あの主役をやってた人は誰?」蒸し暑く汗臭い部屋に澄み切った声が響いた。

「あ、僕です」と、小林が恐る恐る手を上げる。彼はこの女がPTAかどっかの役員だと予想した。『あの暴力的演出は止めていただきたい』昔、この意見のせいでガンマンライダーのキック演出がなくなったのだ。

「そう、あなたが……」

「ガンマンライダーです!」前のめりになって言う。

「そ、そうね……」と、ツカツカと歩み寄り、小林をじっと見る。「いい目ね。やっと見つかったかな……」と、小声で呟く。「ねぇ、もしアクション映画に出られるって言われたらあなた、どうする?」

目を剥き、驚きの表情をしながら口をパクパクさせる。これはチャンスだ。ビッグすぎるほどのチャンスだ。どんな端役をやらせてくれるのだろう?彼はそう思いながら声を上げる。「やりますとも!そりゃあもう、死ぬ気でやりますよ!」

「そう、よかった」女はまったく表情を見せなかった。携帯を取り出し、耳に当てる。「主役が見つかったわ。えぇ、死ぬって。じゃ」

「はい?」数千トンの水を被ったような顔になる。今何て言った?特に後の方……いや先の方……いや後の方?頭の中で右往左往する。

「申し遅れました。わたくし映画プロデューサーの増山玲子と申します。早速ですが明日、お迎えが来ると思うので、よろしくお願いします」と、一礼し、部屋から去る。

「……映画……主役……死ぬ?何だ?ドッキリか?」彼の頭の中は未だに混乱していた。


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