打倒BBA2
更衣室で着替えを終え、ちまきと栄子は各々の持ち場へと向かった。
ちまきはレジへ、栄子は仕出しの引継ぎだ。
夕方に商品が入荷すれば、ちまきも仕出し作業に回らなくてはならない。
それまでのレジ作業である。
「お待たせしました」
ちまきは笑顔でお客に対応し、機械的に商品のバーコードを読み取らせていく。
ちまきはこの仕事が好きになっていた。
老若男女様々なお客。
商品を手にした子供が漏らす溢れる笑顔。
自然と自分の表情が綻んでいくのがわかる。
「はい、ボク」
いいながら、オマケの入ったお菓子にシールを貼り、男の子に手渡した。
「ありがとう、お姉さん」
嬉しそうにお菓子を掲げ、男の子は満面に笑みを浮かべている。
ちまきは男の子に微笑み返した。
その光景をみながら、男の子の母親がよかったわねと、男の子の頭を撫でた。
しかし、その和んだ空気は一瞬にしてかき消された。
「なにやってるんだい!」
その物々しい声に、周囲のお客まで声のほうに注目し、男の子は泣きじゃくってしまった。
声の主は眼鏡の向こうにある、細長の目を吊り上げながら怒鳴っていた。
年齢は40を有に越えているであろう、張りの欠けた肌に化粧を塗りつけたような婦人が、頭を下げる女性従業員に向かって仁王立ちしている。
彼女こそ、この支店の店員教育を任されているチーフ、本木 民子だった。
いつもなにかにイライラとしている様子で、感情のままに言葉をぶつけるその態度に、従業員達は陰で彼女のことをBBAと呼んでいた。
ちまきは事の次第を把握すべく、周囲を見渡す。
すると、カップ麺のコーナーの一角が雪崩れでもおきたかのように崩れ、商品が床に散乱しているのが目に映った。
仕出しの陳列中に、誤って商品を落としてしまったのだろう。
そこで、本木の前で何回も頭を下げる女性に目が止まった。
綺麗な黒髪には見覚えがあったのだ。
エイちゃん――ちまきはすぐにでも駆けつけたい思いを必死に抑えた。
お客は待ってはくれない。いや、お客は自分の会計を待っているのだ。
しかし、お客の前で怒鳴るなんて本当に酷いと、ちまきは上司である本木に向かって内心で毒づいた。
そんな怒っている暇があったら二人で片付けたほうがよほど効率がいいのに、本木の説教は止まる事を知らなかった。
「あんたがそんなにトロいから、レジなんか任せられないんだよ!」
でも、それがエイちゃんの良いところなのに――何度も間違いがないか確認し、的確に仕事をこなす、それが栄子の良いところだと、ちまきは思っていた。
「お願いします」
作業着を着た壮年の言葉に、ちまきははっと我に返った。
「はい、失礼致しました」
感情を押し殺し、勤めて笑顔をつくった。
そして、籠の中の商品を手に取り、何事もなかったかのように、業務に戻った。