セクハラ上司は許さないわよ3
室内に、お昼休憩の時間を知らせるチャイムの音色が流れた。
「よーし、午前中の作業は終わりっと」
ノートパソコンをパスワードでロックし、休止状態にしたちまきは、大きく伸びをする。
そこにすかさず耳障りな声がちまきに向かって放たれた。
「笹野! ちょっと」
声の主は言わずと知れた山下だ。
脂ぎった顔には嫌らしい笑みがへばりついている。
「はい」
ちまきは椅子に張り付いたのではと思われるほど重いお尻を上げ、山下のデスクに向かった。
書類のコピーはすでに怜香が、山下に渡してある。一体なんの用だと思いながらも、悪い予感しかしない。
何でしょう? と、必死に笑顔を繕い、山下に向き合うちまき。
「チキンカツ弁当を買ってきてくれ」
そう言うと、財布から小銭を取り出し、ちまきに突き付けた。
「は? い?」
突然のことに困惑しているちまきに構わず、山下はにやけ面で言ってのける。
「営業はエネルギーの消費が激しいんだよ。可愛い子が買ってきた弁当ほど高エネルギーの食べ物はないからな」
エネルギーの消費もなにも、山下は朝からデスクに座りっぱなしである。
どこにエネルギーを消費しているのかと思うと同時、下心が垣間見える山下の言動に、ちまきの口元が自然と動いた。
「セクハ……」
セクハラと言いかけ、ちまきは慌てて言葉を飲み込んだ。
言動もそうだが、弁当を買いに行かせようとするなんて、私を召し使いかなにかと勘違いしているのかしらと、怒りが頂点に達する。
「いけない」
しかし、爆発寸前でちまきは顔を振り、大きく深呼吸をした。
ここで怒ってはいけない。
ちまきには怒ってはいけない理由があるのだ。
それは彼女が持つ、特異体質が故の理由。
しかし、次に発した山下の言葉は、ちまきの忍耐の限界を遥かに越えるほどの破壊力だった。
「なぜ黙っているのかなー? あ、そうか、市販弁当じゃなくて、君の愛のこもった手づくり弁当をくれるんだな」
言うと、山下は、がははと豪快に笑った。
本人は冗談のつもりであろうが、我慢の限界を越えたちまきはには、もちろんそんなことは思いも寄らない。
「ふ……」
「ふ、がどうしたんだ?」
と、いいながらも、ちまきの異変に気がつき、山下の顔から嫌らしい笑みはみるみる姿を消していった。
熱い息と共にちまきは喉から言葉を振り絞った。
「ふざけんじゃねぇよ! この中年エロ親父がぁぁぁ!」
叫ぶや、ちまきは天に向かって手の平を突き出した。
手の平から、ピンク色のリボンが伸び、激しい渦を巻きながらちまきの全身を多い尽くす。
「な、なんだ一体!?」
強烈なフラッシュを焚かれたかのようなまばゆい光に、山下は右手で目元を覆い隠す。
やがて、光が収まった事を感じ、山下は恐る恐る手を下ろした。
「は……は? は?」
と、言葉に詰まった山下であるが、次の瞬間。
「ハハハハ! なんだそれ……ぷぷ……ぶはは!」
椅子から転げ落ちんばかりの勢いで、大爆笑していた。
ストレートの栗色の髪はツインテールに結われ、緑の短いジャケットの下に、フリフリ満載のピンク色のワンピース。その胸元には黄色いリボン。ハートをリング状にしたような腰ベルト。
そして、右手には大きな水晶のついたロッド。
これがちまきが怒ってはいけない理由……ちまきの怒りが爆発した時、彼女はマジカル戦士ちまきに変身してしまうのだ。