セクハラ上司は許さないわよ1
※凄惨な残虐シーンがありますので、心臓の弱い方は御注意下さい。
「ちょっと君、書類のコピーはまだか!」
オフィスに一際大きな声が響き渡った。
騒然としていた室内が一瞬静まり返る。
「はい、只今」
先ほど声を張り上げた男のデスクに向かって、一人の女性がパタパタと駆け寄っていく。
女性が手ぶらでこちらに来ることを見定めるや、男はため息をついた。
「もうこんな時間なのに、まさか忘れていたのか」
「いえ、お客様の対応とか、色々とありまして」
憮然とした表情のまま、小肥りの男――営業課長の山下は、彼女の顔を見据える。
オフィスは、キーボードを叩く音、電話応答の声などが飛び交い、まるで戦場のようだ。
その戦場から取り残されたかのように、山下のデスクの前に立ち尽くす女性――笹野 ちまき。
綺麗なストレートの髪は栗色で、束ねることなく、背中まで流し、大きな目は幼さを感じさせる。
童顔に反して紺色の事務の制服を着ている彼女は些か滑稽に映る。
そんなちまきは山下の威圧に堪えかねたのか、大きな目を伏せるように、視線を落とした。
ただ、黙って睨まれる状況は、沙汰し首のようだと、ちまきは感じた。
冗談抜きで、この場から逃げ出したいというのが本音だ。
そのような状況を楽しむかのように、山下はちまきの顔を見据え続けていたが、不意に山下のデスクの電話が鳴った。
小さく舌打ちすると、山下は早く持ってこいよと言い置き、受話器を取って応対を始める。
山下に軽く会釈すると、ちまきは自分の席からコピーの原紙を持ち出し、コピー機に向かった。
ちまきは派遣社員としてこのGRN社で事務の仕事をしている。
GRN社は広告代理店の請負業を中心にネット展開を開始し、急成長を遂げた会社だ。
ちまきはここに配属されたことに喜びを感じていたのだが、ここ最近はそうでもなくなっていた。
原因は山下である。
ここ最近になって山下は、なにかとちまきに絡んできては小言を言ってくるようになっていた。
「はぁ……」
気がつくと、コピー機は作業終了のランプを点滅させ、止まっていた。
コピー機が止まっていることにはっとしたちまきは、物憂い気持ちを頭の中から追い出し、作業を再開させた。
「笹野ぉぉ!」
粘りのある声で呼ばれた瞬間、身の毛が弥立つほどの嫌悪感に襲われた。
また山下がちまきを呼んだのだ。
何事かと返事をしようとしたちまきに、山下は言葉を次いだ。
「お茶をくれないか? 今すぐ、nowだ!」
「はい、只今」
そう笑顔で応対したちまきだったが、内心では、何がナウよ。そもそもいつの流行語? と吐き捨てた。
山下は冗談のつもりで言ったのだろうが、ちまきにとっては嫌味にしか感じられなかった。
愚痴は人の怒りを掻き立てる。
ちまきの内に山下に対する憤りが沸き上がってきた。
それに気がつくと、ちまきは激しく顔を振り冷静さを取り戻す。
怒ってはいけない。そう心の中で繰り返す。
早くお茶の用意をしなくては、また山下に何か言われるかもしれない。
ちまきは小走りで給湯室に向かった。