第六話:シロの推理
その後、夕希さんは、手錠をかけられ、パトカーに乗せられた。
抵抗する様子は、まったくなかった。
「『黒猫』が解決……か」
刑事さんが呟く。
「どうして、『黒猫』なんですか?」
部下の一人が尋ねた。それは、僕も知りたい。
「ああ、何時も黒い服を着ていて、何処からか現れては、事件を解決する。だから、『不吉な黒猫』という意味で……」
「刑事さん」
何時の間にか、僕は刑事さんの言葉を遮っていた。
「別に、事件が起こるのは彼女のせいじゃありません。解決してくれているのに、不吉だとはお門違いもいいところですよ」
にこりと、笑みを添えて僕は言った。
どうして、そんな事を言ったのかはわからない。それも、何時も横目で見て無視するような内容の話に対して。
けれど、何故だか、勝手に口が動いていたんだ。
だって、事件が起きるのはどっちかというと、僕のせいだし。
「シロ」
くい、とクロに、袖を引かれた。
「?どうした?」
「……ありがとう」
何か、礼を言われる様な事したっけ?
まあ、いいか。
「お疲れ様」
謎を解くには、謎を知らなければならない。
犯人を見つけるには、犯人を知らなければならない。
その手口のみならず、理由や、心情まで、全部。
クロには、夕希さんが何を想っていたのか、全て見えていたのだろうか。見なくてもいい部分や、見たくない部分までも――。
見えないものが見えるというのは、どんな気持ちなんだろう。
ともすれば、見えているものまで見失ってしまいそうな、凡人の僕には知る由も無いけれど。
*
「おじゃまします」
あれから、数日。
僕は再び、クロの家へやって来た。誰かに言われて来た訳じゃない。
何となく、あのままクロとずっと別れてしまってはいけない気がしたからだ。
とはいえ、本当は同じ学校だから、クロが不登校を止めれば会えるのだけど。
「いらっしゃいませ」
小織さんが返事をしてくれた。
あんな事件があったにも関わらず、小織さんの様子は事件前と何ら変わりなく見える。
しかし、唯一事件前と変わった所があるとすれば、左手の爪だけが、右手より短くなっていた。
これは、ヴァイオリニストの手だ。
ヴァイオリンをやる人間は、左手で弦をおさえるために、左の爪を短くする事がある。
夕希さんも、そうだった。
「お嬢様に会いに来て下さったんですか?」
「ええ。そうだ、小織さん、チョコレートは好きですか?」
「申し訳ありません。甘いものは好きなんですが、チョコレートだけはどうにも苦手で」
「そうなんですか。じゃあ、今度ケーキでも持ってきますね」
そう言って、小織さんと別れ、階段を上がる。
よし。チョコレートが嫌いだという、『最後の確認』が取れた。
階段を上がって直ぐのところにある、黒猫のプレートが掛かったドアの前に立つ。
今度は、躊躇しなかった。
「クロ」
クロは常のように、本の山に囲まれて、速読というやつだろうか、凄い速さで、本を読み進めている。
そして、僕が部屋に入ってきたのに気づくと、直ぐに顔を上げ、猫のように伸びをした。
こうして見ると、本当に猫っぽい。けれど、『不吉な黒猫』では決してなく、例えるならば、赤川次郎の三毛猫ホームズの、黒猫版。
自分で推理までしてくれるから、黒猫ホームズの方が優秀かもしれないぞ。
「今日は、何を持ってきたの?」
僕が持っている紙袋に気づき、そう訊ねてくる。
僕は、にやりと笑った。
「お前の好きなものだよ」
クロは訝りながら、紙袋を受け取り、中身を覗いた。
「これは……」
中に入っていたのは、『きのこの山』。
「好きだろ?」
「何で――」
クロは目を丸くする。
「最初にここに来たとき、ケーキを冷蔵庫に入れに行っただろ?その時に、きのこの山が三箱も入っているのを見かけて。最初は別の人かと思ったけど、よく聞いて見れば、小織さんはチョコレートが苦手だし、氷鉋さん――クロのお母さんだって、チョコレートは好きかもしれないけれど、仕事が忙しいから、せめて一箱づつで、三箱も一気に買う事は無いと思う。そうしたら、消去法で、あとはクロしかいない。三箱も買うということは、よほど好きだという証拠だ。それに、お前は、『生クリームが嫌い』とは言ったけど、『甘いものが嫌い』とは言ってないからな」
QED(証明終了)。
クロの推理には劣るかもしれないが、僕なりに考えた結果だ。
だから、今度は僕が訊いて見ることにする。
「当たり?」
「……正解」
クロは、『きのこの山』を食べ始めた。
良かった、合ってて。
これは、僕がクロのことを『知った』から、導き出た結論なのだろうか。
夕希さんの件で、推理によってクロは辛い思いをしたかもしれないけれど、推理にはこんな使い方もある。
クロは授かったその能力を、自分や他人が幸せになるために使えばいい。
「僕が、事件召喚体質で呼んだ事件を、クロが推理する。これって、中々いいコンビじゃないか?」
少し、ふと思った事を言ってみる。
すると、クロが微かに、微笑ったような気がした。
僕がそのまま食べる様子を見ていると、無言でこっちに箱を差し出してきた。僕も食べて良いということだろうか。
いや、しかし僕は辛党で、けして甘党ではなく、辛いものが好きであって、甘いものは苦手なわけで……。
「いただきます」
気づくと、僕はそれを口に入れていた。
口の奥でほどけるチョコレートはやはり、甘かった。
けれど、けして不味くはなく、ほどよい甘さだ。
たまにはチョコレートもいいかもしれない。
ここまで読んでくださり、どうもありがとうございました。ようやく、完結です。
実は、連載小説を完結させたのはこれが始めてだったりします。
また、クロとシロのコンビで続編を書けたらなーと思っておりますので、その時にはどうかまたお付き合いくださいませ。