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第四話:推理

「それじゃあ全員のアリバイが……」

 刑事さんの当惑した声が耳に入る。

 クロが言った。

「アリバイは現場不在証明です。ある推理小説の言葉を借りるならば、密室は犯行時に犯人が現場にいたものと、いなかったものの二つだけ。つまり、西川さんが殺されたとき、犯人が現場にいなかったというだけのことです」

 ならば、どうやって犯人は西川さんを殺害したんだ――……?




 僕らは、再び現場に戻ってきた。

 新藤さんは、少しキレ気味だ。まあ、誤認逮捕されそうになった上、中々帰らせてもらえないんじゃあ、それも当然とも言えるが。

 僕なりに、今回の事件を考えてみる。

 床を見ると、さっきと変わらず、水がこぼれていた。

 ペットボトルを源に中身が流れていて、扇風機のスイッチの辺りまで濡れている。だが、何故かペットボトルと扇風機の間はあまり濡れていなかった。こんなこぼれ方をするものだろうか。

「クロ、この水変じゃないか?」

 クロは頷いた。

「私もそう思う。でも、まだ……」

 クロは、悔しそうに眉を寄せたが、すぐに夕希さん達の方へ歩み寄り、突然質問した。

「演奏会の前は何をしていましたか?」

「私は、一人で本番用のドレスに着替えてたわ……この控え室で」

 夕希さんが答えた。

「僕は、花屋で夕希さんにあげる花束を作ってもらっていたよ」

 そう言ったのは、前川さん。

「おいおい、また事情聴取か?そうだな……由衣と喧嘩をしていたな……」

 新藤さんは言って、俯いた。

 西川さんとの口論は、僕らも耳にしている。

「僕らは、夕希さんの控え室に行こうとして、迷ってたんだよな。それで、トイレから出てきた夕希さんと会って……」

 クロが、弾かれたようにこっちを向いた。

「……夕希さんは、手を振って水を切っていたわよね?」

「うん?確かな」

 どうして、そんな事を訊くのだろう。

「何かわかったのか?」

「解かりそう……あと少し。欠片があと少し足りない……」

 ミッシング・リンク――かの有名なエルキュール・ポワロでいうところの、『最後の環』か。

 ブーン、という音と共に、扇風機の涼しい風が頬を撫でた。

「そういえば、この扇風機まだ動いてたのか。電気代の無駄だよなーク……」

 クロ、と続けようとした声は、途中で途切れた。クロがすごい勢いで僕の肩を掴んでいたからだ。

「何で気づかなかったのかしら。そう、それよ。ありがとう、シロ。最後の欠片が見つかった」

 と、いうことは。


「解かったわ」





「解かったって、本当だろうな?」

 刑事さんは、疑わしそうな視線をクロに向ける。

「もちろん」

 クロは、平然と頷いた。

「まず、犯行当時、西川さんは眠らされていたんだと思います。使ったのはおそらく――クロロホルム」

 クロは、ゆっくり夕希さんの方を向く。

「夕希さん、ハンカチを貸して頂けますか?」

 夕希さんは、困った顔になった。

「ごめんなさい。今日ハンカチは持ってきてないのよ」

「いいえ、持っている筈です。あなたは、初めに会ったとき、水色のハンカチで汗を拭いていました。――しかし、トイレから出てきたあなたは、ハンカチを使わず、手を振って水を切っていました。あのときの服装は本番用のドレス。誤って水で濡らしてしまわないように、普通はハンカチを使いますよね?」

 夕希さんの表情が、変わった。

「あのとき、あなたはハンカチにクロロホルムをつけて、西川さんを眠らせ、トリックをセットし、クロロホルムの付いたおそれのある手を洗った後だったんです」

「!!」

 僕らは言葉を失い、一斉に夕希さんの方を振り返った。

「私じゃないわ。大体どうやってクロロホルムを手に入れたっていうの?」

「一般的なクロロホルムの作り方は、メタンを塩素ガスで塩素化するというものです。けれど、もっと簡単な作り方があるんですよ――エチルアルコールに水とさらし粉を混ぜて、蒸留するんです」

 クロは一端言葉を切って、夕希さんを見つめる。対する夕希さんは、首を振った。

「エチルアルコールや、さらし粉なんて、聞いたこともないわ」

「そうでしょうか。エチルアルコールの別名は、エタノール。さらし粉は、漂白剤のことですよ」

 エタノールは、比較的知名度の高い、消毒用などに使うアルコールだ。

 理科の実験などにも良く登場するし、音楽室などにも、吹奏楽器の消毒用に置いてある。手に入れるのは簡単だ。

「蒸留が少し難しいかもしれませんが、不可能ではありません。また、……前川さん」

 クロは、夕希さんから視線を外し、前川さんと目を合わせた。

「前川さんは、薬学部で勉強中でしたよね?以前、夕希さんにクロロホルムの作り方を訊かれた事はありませんか?」

「――!」

 はっ、としたように、前川さんは口を押さえ、夕希さんの方を向いた。

「でも、方法は?どうやってお母さんを殺したって言うのよ」

「被害者は首を絞められて殺されていました。犯行を手伝った凶器はこの――扇風機です」

「な!?」

 僕らは、一様に驚く。扇風機を、どう使うんだ?

「まず、扇風機のプロペラの根元に、紐をかけて、ひと巻きさせて固定します。それをあらかじめ眠らせた上で、扇風機の前に座らせた西川さんの首に回し、紐の端と端を結び、同じくプロペラの根元に、カッターの刃のような、小さい刃物をつけておくんです」

 僕はそよ風を運ぶ、扇風機を凝視した。

 そんな怖ろしいことに、この扇風機が使われていたなんて――。

「犯人はタイムラグを作るために、スイッチの側に、大きな氷の板を立てておいて、その上に西川さんの腕を置いたんです。ご丁寧に、氷が解けて床が濡れてもばれない様にペットボトルの水を転がしておいて……」

 クロは、さきほどの、不自然なこぼれ方をしている水を指差した。

「扇風機のスイッチの辺りが濡れていますが、肝心のペットボトルとの間は、あまり濡れていないでしょう?犯人が、カモフラージュしようとした証拠です」

 道理で、奇妙なこぼれ方をしている筈だ。

「時間が経ち、氷が溶けると、落ちた西川さんの腕の重みで、スイッチが押され、扇風機が作動します。すると、首にかけられた紐が捻れ、首が絞まるんです」

 それで、扇風機が動いていたのか。でも待てよ、それじゃあ紐が残ってしまうんじゃないか?

「捻れきったら、プロペラはいったん止まりますが、根本に付けられたカッターの刃に擦れ、何秒か後に紐は自動的に切れます。後は、プロペラが再び動きだし、紐を巻きとって回収してくれる。巧妙なトリックですね」

 ちらりと、黙っている夕希さんに、クロは視線を向けた。

「これで密室の謎も解けます。このトリックは、氷の溶けるまでに誰かに部屋に入られて、西川さんを起こされたら台無しになってしまう。だから、誰も入ってこないように、わざわざ鍵をかけたんです。また、自分にアリバイを作るためにもね」

 そうか、これがクロの言っていた、『被害者が亡くなるまで部屋に誰も入れたくなかった』訳だな。「このトリックは、割合簡単です。この部屋の鍵は、中からつまみを回せば、閉まるタイプですよね。長い紐を一本用意して、つまみに、回す向きと同じ方向に巻き付けます。五回程巻けばベストですね――そして、ドア下の通風口から外へ紐を出し、外から、紐を引っ張る。すると、つまみが回って、中から鍵がかかる。後は、適当に紐を引っ張って、回収すれば完了です」

 夕希さんは、最後にあがいた。

「あの時私は、一人で着替をしていたのよ。流石にお母さんも着替の時は――」

「一人で?」

 クロの双鉾が、猫のそれのように、鋭く煌めいた。

 なら、と口を開く。


「そのドレス、どうやって着たんですか?」


「っ!」

 夕希さんのドレスは、背中にチャックが付いているタイプだ。

 どんなに頑張っても、一人で着ることは非常に困難なのだ。

 おそらく、チャックを閉めてくれ、と西川さんを呼び、クロロホルムで眠らせたのだろう。

 束の間、この場に沈黙が訪れた。皆、複雑な表情で夕希さんを見ている。

 静寂を破ったのは他でもなく、西川夕希だった。

「あはははは、ばれちゃったら仕方ないよね……」

 夕希さんは、さもおかしそうに微笑む。

「西川由衣を殺したのは、私よ」

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